美月が案内を始めたから、
『お茶を淹れ変えます。』
と声を掛けてから、
客間のお茶を下げ、新たに客間と居間に人数分のお茶を用意した。

喉がカラカラだったから、きっと皆んなもそうだろうと思って。

部屋を移動すると聞いて、お母さんの目を離れると思ったら、途端に、緊張から解放されて、頭も体も動きが軽くなった。

新しく淹れたお茶を客間に出した時に、客間の襖も、リビングの入り口のドアも閉めて来たので、より気持ちが楽になった。

居間のソファに先に座って待っていた龍咲さん、櫻葉さん、美月と自分の分のお茶を出すと、私も、ソファに座った。

表情が緩んだのがわかったのか?

『やっと緊張が解けたみたいですね。忍葉様。』
と櫻葉さんに言われてしまった。

『……はい…。』

『忍葉様は、いつも来客があると、お茶を淹れるのですか?』

『はい。』

『忍葉様も、座られましたので、お話させて頂きたいと思います。宜しいですか?』

『はい。』

『はい。』

『まず、先ほどまでの話で、何か質問などはございませんか?』

龍咲さんが改めて訊いた。

『あの〜。さっきの神獣人の社会では、常識や立場を踏まえた節度ある態度が求められる…って話しですけど、

神獣人が花姫に対して礼を失することがないように凄く気を遣われているのは、わかりましたけど、
逆は、どうなるんですか?
例えば、花姫が自分の花王子より、上位の神獣人とか、上位の花王子の花姫に、失礼な態度をとった場合は、どうなるんですか?』


『神獣人一族は縦社会ですので、上位の方に礼を失することをより恐れます。

特に、花姫様は特別な存在ですので、
礼を失する態度を取らぬよう並々ならぬ配慮をされるので、それについての説明を致しましたが、

神獣人の方は、感情的で無意味な(いさか)いを好みませんので、

上位か、下位かや、
神獣人か、花姫か、花姫のご家族様のような普通の人間かなどの
立場や種別に関係なく、

相手に対し礼を失する態度をなさる方を好まれません。

諍いの種になられますからね。

結束の強い神獣人の和を乱すことにもなりますので、
礼を失する態度をとる方や、その方の身内は、神獣人一族から、
相手にされなくなりますし、
程度が酷ければそれなりの処罰があります。

古くからずっと
そういう社会になっておりますので、

そもそも神獣人の方は、
『礼を失する態度をとる』ということは、
自分自身や身内の『恥になる』感覚がございますので、まずなさいません。

それが神獣人の社会になっておりますので、
当たり前過ぎて前提の部分が、
説明不足でしたね。

そういった前提、背景が、ございますので、
神獣人一族の方は、皆様、
礼を失する態度を一度でも取るような方を、いつ、誰にそういう態度をとるか?
と危ぶみますので、

花姫様がもし、上位であれ、下位であれ、
神獣人や、花姫様、花姫様ご家族に礼を失する態度を取られた場合、
常習的に繰り返しそうな恐れがあったり、
改善が見られなければ、

花姫様としての教育を受けて頂き改善が見られるまでは、
花姫様の花王子やそのご家族やご親族が、
花姫様を、
神獣人一族と関わる全ての社交の場へ出さないでしょうね。

もし、礼を失する態度をしたお相手が花姫様であれば、改善が見られるまで、
例え、ご姉妹の花姫様であっても、

花姫様の花王子の上位、下位関係なく、
礼を失する態度をした花姫様を、
お相手の花姫様に今後一切、近づくことがないように、
礼を失する態度をした花姫様側の花王子様やご家族がなさると思います。


『えっと…上位、下位、神獣人、花姫、花姫家族、立ち場や人種や位に関係なく、

相手に対し礼を失する態度をする人は、神獣人社会では、好まれず、
神獣人社会で相手にされなくなる。
花姫様ならそうなる前に、社交の場に出されなくなる。

そのなかでも特に、縦社会の神獣人は、
上位の神獣人や上位の花王子の花姫への礼を失する態度を恐れる。
ってことですか?』

『そうそう。そうでございます。
ご理解頂けたようで嬉しいです。美月様。』

『ですが、こちらも説明が不足していました。』

上位の神獣人が
自分より立場の低い者に対し、礼を失する態度や振る舞いをすれは、
神獣人一族から、
上位に値する資質がないとみなされます。

それが一族の長である当主でしたら、当主の座から引き下ろす動きが起きるでしょうね。

その前に、そのような振る舞いをなさる方を、当主の座に、座らせないと思いますし、
上位の方であるほど、そのような愚かな振る舞いは、なさいません。

神獣人なら、言うまでもない当たり前のことです。

ですから、花姫様はこの上ないほど大切に扱われますが、上位の花王子の花姫様ほど、礼節のある態度がより求められます。

ただ、花姫様は、総じて分別のある聡明な方が多いので、神獣人一族の社会に入られますと、すぐに適応されていかれます。
そのことで苦労される花姫様は滅多にいらっしゃいません。

人間社会においても、周りの方に礼節のある態度をとるのは、基本的なマナーでしょう。

神獣人一族の社会では、それが、少々厳しいというか一貫されているだけですからね。』


『美咲に分別や聡明さがあるとは、思えない……。』

小さな声で、ボソッとそう呟くのが聞こえた。龍咲さんと櫻葉さんには、聞こえていないようで、ホッとした。

美月の言うことには、私も同感だった。

千景さんの話を聞いた後の美月の顔に薄っすら浮かんでいた得意気な笑顔を見て、

きっと花姫会の方が帰ったら、
真っ先に私のところへ来て、
『やっぱり花姫様は特別な存在なのよね。
私の機嫌を損ねるようなことは、はもうできないわね。お姉ちゃん。』
と言ってニヤリと笑うだろうと思ったから。


『美月様、忍葉様も他に気になることはございますか?』

『これって聞いてもいいことかわかりませんけど…。美咲の相手、花王子の家は、上位の家ですか?』

『大丈夫ですよ。花姫様の花王子の立場を知っておくのは、花姫様のご家族になると、必要になりますからね。千虎 翔様の家ですね。
まず、東京中央区管内に居を構えていらっしゃる神獣人の方は、日本中からすると、上位のお家です。

ですが、中央区管内では、千虎家は、下位の方になるかと思います。』

『そうですか…。』
美月は、興味なさげな返事をした。
さっきから何か考えている様子で、ずっと難しい顔をしている。

『他に何か質問や聞いて置きたいことなどございますか?』

『もうないです。』
と美月。

龍咲さんと目線が合ったので、思わず首を振りながら、
『無いです。』
と答えた。

『それでは、次のお話をさせて頂きます。宜しいですか?』
と言うと龍咲さんは、2人を順に見た。

美月も私も、頷くのを確認すると、龍咲さんは、話し始めた。

『まだ、決まってはおりませんが、千虎家の方は、花姫の美咲様が家族と暮らしたいという気持ちを汲まれて、中央区管内に家族と住める家を用意する予定でいらっしゃいます。
このお話は、ご家族とされましたか?』

美月も、私も共に頷く。

『決まった話ではございませんし、忍葉様も、美月様も、明後日の花姫かどうかの確認次第で変わってくる話にはなりますが、今の地点で、ご家族と中央区管内に、引っ越すことをどうお考えでしょうか?
引っ越すとなると学校も転校することになるでしょうし…色々、考えや思いがあるかと思うのですが…。』

『引っ越すのも、転校も嫌。だいたい半年前に、越したばかりだし…。無理なのはわかるけど…、お母さんたちが、引っ越しても、この家にこのまま住めるなら、住みたい。』

『まだ、わからないって言ってたけど、
お父さんも、お母さんも乗り気だったから…、一緒について行くしかないと思います。
花姫の確認をしても、私が、花姫なわけないし…。』

『そんなことわからないでしょ。お姉ちゃんだって、花姫かも知れないじゃない。』

『へっ‼︎』
美月が、あまりに思い掛けないことを言ったから、変な声が出た。

気を取り直して、
『私が花姫なわけないよ。美月。』
と言った。

それが私にとって当たり前のことだから。

『お姉ちゃんは、花王子からも、その家族からも大事にされる花姫になりたいとは思わないの?』

『考えたこともないよ。そんなこと。』

『はあ〜。』

美月が大きな溜息をついてから、話し出した。

『私は、お姉ちゃんが花姫になるといいなとずっと思ってた。今日の話を聞いて余計に、そう思ったよ。
お姉ちゃんも、自分が幸せになることをちょっとは考えたら。』

『幸せになること?』

『そうよ。』

私に幸せなんてない。私は幸せになっちゃいけないと思っていたから、考えたこともないことだった。
美月の言葉に、まるで頭を鈍器で叩かれたような衝撃を受けて、それ以上何も言葉が出なかった。

美月も忍葉も黙っていると、

『美月様は、ご自分が花姫になることをどうお考えですか?』
と櫻葉さんが訊いた。

『花姫なんかなりたくないと思っていたけど、今日の話を聞いて、ちょっとなってもいいかも…って思ったけど、
引っ越すのも、相手の花王子家に住むのも、嫌、考えられない。』

『まあ、そうなんですね。
相手の花王子家に住むか…の話は、花姫だとわからない今しても悩むだけですからね。
とりあえず置いておいて、

『ご家族と中央区管内に、引っ越すことに対して、
美月様は、嫌。出来るなら、このままここに住みたいと思っていらっしゃって、
忍葉様は、ご家族と一緒についていくしかないと思っていらっしゃるということで宜しいですか?』

いつも家で起きる展開と違うので、
思わず、2人顔を見合わせてから、頷いた。

また、龍咲さんが、話し始めた。
『今まで、花姫様とご両親が中央区管内に一緒に住むことになった場合、
ご兄弟、ご姉妹の方の中には、
寮のある学校に転入し、寮から学校へ通ったり、
祖父母や親戚の家に住み、転校せず、今までと同じ学校に通われたり、
遠い親戚や祖父母の家に住んで転校したり、ご両親以外に身内がいない場合は、国や市町村にある支援を利用して、住む場所を確保して、そこから学校へ通ったりと、
親御様や姉妹の花姫様と暮らさない選択をされた方も沢山いらっしゃいますので、

気持ちに合う選択をするお手伝いはできるかと思いますので、自分だけで考えないでご相談下さい。

まだ、決まった話ではないので、とりあえず心にお留め置き下さい。』

他の選択肢は難しそうだけど、
寮から学校に通うことなら、ひょっとしたら出来るかもしれない…ほんのり希望が生まれたけど、
いつも、いつも…期待しても、裏切られる結果ばかりだったから、あんまり期待しないように自然と気持ちにブレーキがかかった。

花姫じゃないとハッキリして、住む場所の選択をする時になったら寮のことを聞いてみようと思った。

『それでは、次のお話をさせて頂いて宜しいですか?』
と龍咲さん。

2人が頷くのを、確認すると、話し始めた。

花姫会の方は、みんなビックリするほど、丁寧だなとボンヤリ思いながら耳を傾けた。

『お母様とお電話でお話しした時に、お伝えしたのですが、花姫様は誘拐など狙われることがあるので、ここにお住まいの間は、警備をさせて頂くのですが、聞いていらっしゃいますか?』

『はい。』
と返事をして、2人とも頷くのを確認すると、

『明日の終業式のことですが、車で、送迎をさせて頂きますが、宜しいでしょうか?』

『へっ?…私はいいです。そんな大袈裟なこと、花姫でもないのに…。』

『ご姉妹様が花姫様と間違われて誘拐されることもございますので、決して大袈裟ではありません。ご協力頂きたいのですが…。』

『事情がよくわかっていなくて…。断ってごめんなさい。わかりました。』

『大丈夫ですよ。いきなり送迎は、ビックリしますよね。』
櫻葉さんがそう言って微笑んでくれた。
少しホッとした。

『私も、わかった。』

『それでは、忍葉様と、美月様、美咲様は、
学校が違いますので、
忍葉様は、お一人で、
美月様は美咲様とご一緒でと考えておりますが、宜しいでしょうか?』

一つ、一つ、確認しながら、送迎の段取りをしてから、一人であまり出歩かないなどの注意事項の説明を受けた。

『それでは、この話は以上になります。
今日のところは、他にお話はありませんが、
何か質問はございますか?』
と龍咲さんが確認した。

『特に無いです。』

『私も、ないです。』

『それでは、これで終わります。』
と龍咲さんが言うと、

『はあ〜。』
っと、美月が大きな溜息をついた後、笑った。

『2人とも、疲れましたよね〜。』
と櫻葉さん。

櫻葉さんも、龍咲さんも、微笑んでいたので和やかな空気が流れた。

『忍葉様。お茶ありがとうございました。』

『そう。そう。美味しかったです。
それでは、私たちは、千景と合流しますね。』
と龍咲さんが言うと、2人で、客間の方へ歩いていった。

『あー、疲れたー。』
と言って、美月は、大きな伸びをした。

時計を見ると、7時を回っていた。

『夕飯何にする?』

『カレー。こういう時はカレー。』

『美月が、食べたいだけでしょ。』

『わかる?』

『ふふっ。わかる。わかる。』

時々、美月と2人きりで居る時だけは、素で話せる。
この時間が心の癒しだなと思った。