お母さんが、2階から降りてきた。

『忍葉の様子は、どうだ?』

『お姉ちゃんは、大丈夫なの?』

『吐き気は治まって、気分も良くなったみたいだけど、今日、忍葉は、花姫会館に行くのは無理ね。
留守番するように言って置いたわ。』

『ホント。お姉ちゃんは、いつも人騒がせなんだから‼︎』

『もう15分で迎えが来るぞ。晶子、花姫会に連絡しなくていいのか?』

『あー、そうね。昨日、連絡先を聞いたから…。私たちだけで行くと伝えないとね。』

ピンポーン。

『花姫会の迎えじゃないか?』

『少し早くないですか?』

『車だから、混み具合で到着時間が変わるだろう?早めに出たんじゃないか?』

『そうね。』

お母さんがインターホンに出た。

『はい。』

『お迎えにあがりました。昨日、電話でお話しさせて頂いた花姫会の虎伏(こぶし) 千景と申します。』

『今、玄関を開けますね。』
とインターフォンに向かって言うと、

振り向いて
『貴方も一緒に来て。』
と夫に声を掛けた。

『ああ。わかった。』
と、夫、清孝。

晶子は、夫婦揃って、玄関へ向かいながら、
『美月と美咲も一緒に来て。』
と声を掛けた。

忍葉を除いた家族が、玄関にゾロゾロと集まった。

♢♢♢♢♢

『わざわざお迎えありがとうございます。今日、お世話になります。娘たちの母の晶子と、夫の清孝と双子の美咲と美月です。』

『先ほども、申しました花姫会の虎伏(こぶし)千景です。玄関先に車を停めておりますので、ご準備が出来ていらっしゃるなら車の方に…』

『えっと…長女の忍葉様は?』

『それがですね。ちょっと前に、忍葉は、体調を崩しまして。丁度、花姫会の方に連絡しようとしてたところでして…』

『まあ、それは、大変です。忍葉様は、大丈夫でしょうか?』

『あ、はい。いつものことですから。
夕方には、ケロっと良くなるので、心配要りませんよ。
昨日も、お話した通り、あの子は、見た目のことがあって、引き篭もり気味で、外に出ることがかなりプレッシャーになるみたいで…よく出掛ける直前に体調を崩すんです。
もう、落ち着いたみたいですので、
今日は、私たちだけで花姫会に伺いたいと思います。』

『いえ。忍葉様が体調が悪いなら、今日の予定はキャンセル致しましょう。』
とキッパリ言うと城虎は、微笑んだ。

忍葉は、家族で出掛ける間際に、体調を崩すことが多く、
忍葉が小さな頃から、当たり前に忍葉を置いて、家族で出掛けてきた浅井家の面々は、
城虎の言葉と態度に、一様に驚いた。

母、晶子だけは、余裕の様子だったが…。

『そんなキャンセルじゃ申し訳ないですから。忍葉が、また、次、行けるかわかりませんので、私たちだけでも、今日は、伺いますよ。』

『ご家族が出掛けると体調が悪いまだ、子どもの忍葉様お一人で家に残ることになりますよね…』

『実家のお手伝いに忍葉の面倒を見て貰うよう頼んであるので大丈夫です。
大事な娘を一人で留守番なんてさせませんよ。』

『そうでしたか…。
だとしても、花姫様の二人の姉妹、美月様と忍葉様が、花姫かどうかを調べないといけませんから、忍葉様もご一緒に行ける日に、日を改めて頂いた方が宜しいかと思います。』

城虎の言葉に、待ってましたと言わんばかりに、晶子は、得意の口弁を披露し始めた。

『恥ずかしながら…忍葉は、中央区まで行ったことがないんです…。見た目をとても気にしておりまして…オシャレもしたがりませんし…。
昨日も、何を着ていけばいいか?
あんまり悩んでいたので、美月にワンピースを借りるよう勧めたんですが…、
借りた服を来てみると、今度は、オシャレな服を着ても自分じゃ見劣りすると落ち込みまして…悩んで…夜も寝れなかったようで…
それで朝、気分が悪くなったと思います。』
と涙ぐみながら話すと、

『忍葉を中央区まで行かせて花姫かどうかを調べるなんて酷だと思うんです‼︎
花姫のような華やかなものは、自分には縁がないと思っている子なんです。
忍葉は、もう15才ですし、花紋が現れる年齢を超えてますし、無理させることはないと思います。
だから、美月だけ調べて貰えませんか?』
と強い口調で言い切った。

『そういうわけには、参りません。
必ず、花姫様のご姉妹は、花姫さまかどうか調べる規則になっておりますから。今日のところは、一旦、帰らせて頂きますね。』

演技派な晶子の口弁に全く飲み込まれることなく、城虎は、毅然とそう言い切ると、
またも、朗らかな笑みを浮かべた。

これには晶子も、驚いて思わず、
『えっ?』
と声を漏らした。

『晶子。もうそれくらいにしておけ。
わざわざ迎えに来て頂いたのに、申し訳ありません。』

珍しく空気を読んだのか?父、清孝がそう言った。

『いえ。体調は誰でも、崩します。お気になさらず、お大事になさって下さいね。
それでは、忍葉様の体調が良くなりましたら、また、ご連絡下さい。
では、これで失礼致します。』
と言い終えると、城虎は、玄関に顔を揃えていた浅井一家に一礼をすると踵を返して、
颯爽と玄関を後にした。

♢♢♢♢♢

得意の口弁で、周りや家族を牽制し、家の中を思うままにしてきた晶子は、
意図した展開にならなかったことに驚き、城虎が帰っていく背中を呆然と見つめていた。

城虎が帰ってから、この家に漂っていた凍りついたような静けさを破ったのは、美咲だ。

『もう、お姉ちゃんのせいで‼︎
花姫会の人、帰っちゃったじゃない。今日、翔に会えるはずだったのに。』

『花姫会の人も、お姉ちゃんなんか真面目に調べようとして、馬鹿じゃないの‼︎

忍葉様、忍葉様って様なんかつけちゃって‼︎

あんな欠陥品が花姫なわけないでしょ‼︎』

『……もう、今日は、行かないんでしょ。
ならもう部屋に戻ってもいいよね。』

『ああ、そうだな、美月。』

美月は、父、清孝の返事など聞く耳がないかのようにスタスタと自分の部屋へ向かった。

その美月の態度も、美咲は気に入らない様子。

『もう、美月ったら。何なの‼︎あの態度。』

『今日、花姫かどうかがわかるはずだったのに、お姉ちゃんのせいで行けなくなったのに、平然としちゃって。
お姉ちゃんも、美月もムカつく‼︎』

怒りのままに騒いでいる美咲の声を聞いている内に我に返った母、晶子は、
いつもの調子を取り戻すと、

『美咲、翔君に、今日の予定が中止になったことを伝えたらいいんじゃない?日曜日、だから、デートに誘われるかもしれないわ。』

母親のこの言葉に、
一気に表情を変えると美咲は、
『翔に電話してくる。』
と自分の部屋へ駆けて行った。

『美月と違って、美咲は、単純だな。』

『美月は、今、思春期なだけよ。どちらも、私たちの愛情を受けて素直に育ってるわ。』


晶子の意図に真っ向から対峙し、
一歩も譲らなかった城虎、
その城虎が属する花姫会が、
大きな逆風となってわもうすぐこの家を呑み込んで行くとも知らず、

世間の常識から外れた似たもの同士の夫婦、清孝と晶子は、2人の双子の娘のことで、
相変わらずの頓珍漢な会話をしていた。


♢♢♢♢♢

まだ、誰も気づいていないが、
この日、城虎がとった玄関での態度は、
その場にいた浅井家の面々を驚かせただけでなく、
母、晶子、父、清孝、双子の美月と美咲、
其々の心の奥に深く印象づけられ、大きな影響を及ぼしていくことになった。

今まで、弁が立つ晶子にこれほど影響されなかった人物は、居なかったからだ。