♢♢♢♢♢

紫紺様が、気を使って
『桜どうする?今日は、このまま帰るか?』
と聞いてくれたたけど、

なぜかどうしても、桜の木を見たかった私は、

『ううん。桜見たい。連れてって。』
とお願いした。

『わかった。こっちだ。』
そう言って手を引いて連れて行ってくれた。

玄関の反対側にある立派な庭園の中に、その桜の木はあった。

『樹齢150年の枝垂れ桜。俺たちの木だ。』

青々とした緑の葉が、夏の日差しを受けて、キラキラ輝いて見えた。

巨木で、荘厳な佇まいをしているのに、
不思議なほど瑞々しい生気を感じられた。

吸い寄せられるように桜の木の幹に触れると、木の脈動を感じた。

私はこの木を知っている。

なぜかそう思った。

いつの間にか、側に紫紺様が来ていて、私の手を繋ぐと、桜の葉を眺めたまま、徐に話始めた。

『俺が7歳のとき夜中に、忍葉が天使の羽をつけてこの木に舞い降りてくる夢を見たんだ。

目を覚まして見にきた。

次の年、朝早くに忍葉の産声を聞いたんだ。
走ってここに来たら、満開に咲いていた。

でも、桜からは、消えてしまいそうなほど、強い哀しみが伝わってきた。

それから、毎年、桜が咲くと見に来た。
なぜかいつもわかった。

忍葉を強く感じた時も来た。

暫くは、幸せそうだった。
風に舞う花びらが踊っているように見えた。

それが、また哀しさを感じるようになって…、何年も続いたら、
それすら感じることが無くなった。

それでも、この木はあの日、咲いて以来、毎年、花を咲かせた。

桜が咲くのを祈り、花姫にいつか会えるのを願って、この木とずっと待ってきたんだ。』

そう言うと、私の方を向いて、

『忍葉。来年は、絶対、幸せな花を咲かせる。もうあんな哀しそうな桜を見たくない。
だから、もうずっと俺の側に居てくれ。』

ああ、幸せな花とはそういう意味だったのかと思った。

『はい。もうずっと、ずっと側にいます。』
そう答えた。

胸が一杯だった。