これは、ここへきて、まだそんなにたっていない頃の話だ。王女は、クリスマスだろうと毎日剣術の修行を欠かさない。当時は、俺との勝負に負けたことが悔しくて、俺を倒すためだけに、執念も合い混じって特訓に精を出していた。勝ち逃げされることは、彼女のプライドが許さないらしい。
戦うこと、勝つことしか眼中にない王女は、楽しさも悲しさも――何もそこにはないようだった。
俺は、努力して強くなったわけでもなく、今現在は世界一の強さだろう。
しかしながら、本当は中の下程度の強さなわけで……。
一応、魔法が解けたときのために修行はしている。魔法が解けたら、弱小の俺は間違いなく王女に殺されるだろう。瞬殺だ。
しかし、魔法でイケメンになったとか強くなったっていう話は、誰も信じてはくれないだろう。
だとしたら……逃げたとしたら、本当の俺の顔を知っている者はいないから、永久に捕まらない。しかしながら、王女と結婚することもできない。実に難解な問題だ。
王女は異性としての意識を俺に対して持っているとは思えなかったし、1年限定のイケメン期間だからこそ、普段できない経験がしたいという気持ちにもなっていた。
クリスマス会にはかわいい女の子が来るらしいとか、今夜は飲み明かそうとか、戦士たちの会話が自然と王女の耳にも入ったのだろう。
「せいぜい楽しんで来い。私は貴様が遊びほうけている間に、強くなって貴様を倒す。覚悟しろ」
俺、悪役か何かですかね? 王女の中では俺は倒すべき相手で、友達になるとか情というものは芽生えていないようだった。冷たい機械人間といわれている王女だから仕方ないのかもしれない。
「せっかくのクリスマスイブ、楽しまないのか?」
俺が聞いた。しかし、彼女にそんな質問は、野暮でしかなかった。
やっぱり、夜遅くまでトレーニング室はあかりが灯っていた。王女は俺を倒すために鍛える。でも、俺の強さは実力ではなく、魔法のお陰だ。
どんなに強くなっても、俺にかなうわけがない。人生は不平等の連続だ。
俺は決死の思いで誘ってみた。
「クリスマスイブに何をしている? ちょっと外に出掛けてみないか?」
王女を外に誘うことは禁止されている。
勝手な外出はだめなことはわかっている。
それは王女もわかっていることだった。
でも、一年限定のイケメンの俺は、今年を逃したら来年はない。
来年はきっとここにはいられないだろう。
魔法が解けたら別人なのだから。
王女が俺の問いかけに答えた。
「パーティーはもういいのか? 今からどこへ行くのだ?」
少しだけ俺の誘いに食いついてきた。
「一時間くらいバイクでちょっと出掛けてみないか?」
やっぱり、断られるかな……俺は内心ドキドキしていた。
「たまには出かけてみるか」
意外にも王女は乗り気だった。
王女は思わぬ提案をしてきたのだった。
「貴様が言っていた幻のラーメンを食べてみたい」
王女は外の世界を知らない。
この国の姫君なのだから当然ながら、超箱入り娘である。
ラーメン屋に入ったこともなければ、1人で外に出かけたこともない。
いつもボディーガードが複数ついている。
今夜は俺がボディーガードだ。一年限定だけど、最強なのだから。
王女のラーメンが食べたいという提案に心の中で思わず突っ込む。
クリスマスイブにラーメンかよ?
きっと今日、ラーメン屋は、がら空きなはずだ。王女の考えていることは一般人には理解できない。どんな高価な店よりも、国宝級の建物よりも、王女にとってラーメン屋がとても興味のあるものなのだろう。
俺は一押しの幻のラーメン屋に向かった。
そこは、 男1人が食べに来るような古びた油まみれの店で、国王の娘である王女が行くことは、絶対に一生ないような店だった。
俺は自慢のバイクに王女を乗せて、冬の道路をぶっ飛ばした。あまり長時間不在だと周囲にばれてしまう。タイムリミットは一時間。こっそりうまく城を抜け出すことができた。襟ぐりの開いた服を着ていた王女の寒そうな首に俺のマフラーを巻いてみる。彼女は嫌がるそぶりも見せずマフラーを受け入れた。
小デブのブサイクがバイクに乗っていても、さっぱり格好がつかないが、イケメンのスタイル抜群な男がバイクに乗るとかなり見た目がいい。これがドラマだったら、さまになるだろう。一年間だけ、せいぜい格好つけさせてもらうぜ。
冬の風は冷たい。
頬が痛い。
王女がバイクにニケツなんて、前代未聞だろう。
いずれ俺は消える。
少しくらいのヤンチャは、許してくれ。
俺の今しかできない、思い出作りなのだ。
王女は、一目惚れの初恋相手だ。一緒にいたい。
王女の腕が俺の腹の辺りを締め付ける。
ブサメンだったころの俺なら腹が出ていてプニプニだった。
全然ドラマチックじゃない。
しかし、今の俺の腹筋は割れて脂肪はない。魔法の力だがな。
幻のラーメン屋のおじちゃんは、人がいい職人だ。
ブサメン時代から通っていて小太りになったのだが、今の俺はいくら食べても太ることはない。便利な体だ。おじちゃんは俺が見た目だけ変わったということに気づいてはいない。
こちらのイケメン顔になってからも常連なので、
「兄ちゃん、彼女かい?」
「まぁ…」(違うけど)
「女の子連れなんて、はじめてだね」
相変わらず、にこやかなおじちゃんだ。
「そうなのか?」
王女が、いぶかしげに聞く。
俺は、ブサメン時代彼女などいたためしがない。
モテないのだから仕方がない。
彼女がいても、あえてここには連れてこないだろう。
クリスマスイブだけあって、客はいない。
あっという間に出来上がったラーメン。
いたって普通のしょうゆラーメンを王女は、美味しそうに食べた。
どんな高級料理よりも、美味しそうに食べたのだ。
グルメな王女の舌を満足させられるか正直心配だった。
でも、その心配は取り越し苦労だったようだ。
「幻の味だけあるな」
「店の名前が幻のラーメンというだけ……だけどな」
「ここの店長、王室のコックに雇いたいものだ」
そこまで気に入ったのかよ?
「ここに来たのはお忍びだから、食べたら早めに帰るか」
俺たちは食べ終わるとすぐに外に出た。
店を出ると 露店でアクセサリーが売られていた。
千円程度の安物で、王女には不釣り合いな代物ばかりだったが、
「これ、かわいいな」
珍しく女子らしさのない王女が興味を持った。
「おねーさん、絶対似合いますよ」
露店商の若いおにいちゃんが勧めた。
似合うわけないだろ。この人、こう見えて王女だぞ。
億単位のアクセサリーが似合うレベルだぞ。
「これ、買うよ」
王女が即決したが 王女は金を持ち合わせていなかった。
普段、一人で買い物をすることはないので基本現金を持ち歩くことはない。
「俺が買ってやるよ」
俺は、生まれて初めて女性にプレゼントをした。
それも初恋相手に。
千円程度の安物のネックレスだったが、シルバーの色合いで、デザインはかわいい。
「俺のデザインした世界でたった一つのネックレス。お買い上げありがとう」
露天商は笑顔で対応する。
ジュエリーデザイナー志望の若手アーティストらしい。
「世界で一つか、悪くないな。あいつをデザイナーとして国で雇いたいものだ」
王女の好みはわからない。これが本当になったら、このおにいちゃんデザイナーとして大出世することになるな。
「そろそろ戻らないとまずいな」
俺はバイクを走らせ王女が俺につかまる。
距離が近い。心臓の音が聞こえてしまわないかという距離感にドキドキしながら王女と城へ戻った。脱走がバレたら大変な騒ぎになっただろうが、なんとかバレずに済んだようだ。その日からそのネックレスはいつも王女の首にかけられていた。きっとデザインが気に入ったのだろう。王女は魔除けだと主張していたが。
俺の私生活はだいぶ充実していたが……。
とうとうその日がやってきたのだ。魔法が解ける一年というタイムリミットが。美しい妖精は、突如現れた。
「一年経ちました。元の姿にあなたを戻しに来ました」
「もう少しこの姿のまま最強の力を持つことはできないかな?」
なんとか今のままでいたい俺は最後に願ってみた。
「私は妖精として転生したルイザの母親です」
いきなりの告白に驚いた。
「え……? ルイザを置いて男と駆け落ちした……お母さん?」
「えぇ。その通りです。私はルイザを連れて行きたかったのです。しかし国王はそれを許しませんでした。部下の男は私の幼馴染でずっと彼が好きでした。しかし、親同士の取り決めで国王と結婚し、子供を授かりました。でも、幼馴染の彼のことが好きで、私は国王に内緒で浮気をしていました。国王は大変ご立腹で、離婚する条件が子供を置いていくことでした。そして、私は死んだ人間として、国を追放するという命令が下されました。そのあと、大好きな人との生活は大変楽しい時間でしたが……私は、病におかされ死んでしまったのです。罰が当たったのでしょう。しかし、心を閉ざした一人娘のことが心配で魔法を使える妖精に転生して、娘を救う道を選びました。妖精にはわかるのです。あなたが娘を変える力を持っていると。そこであなたに近づき、魔法をかけました」
「ケガをしていたのは嘘だったってことですか?」
「ごめんなさい。あなたの人柄を試させてもらいました。私はこれから天に召されます」
「死んでしまうのですか? せめてルイザに会ってください」
「私はあの世へ旅立ちます。あなたは元々イケメンになんてなっていなかったのです。最強の力と引き締まった体になるという魔法と《《自分自身だけ》》自分の姿がイケメンに見えるという思い込みの魔法をかけました。魔法はもう切れています」
「俺、イケメンになっていなかったのですか? 俺はもう最弱なのでしょうか?」
正直慌てている自分がいた。イケメンじゃなかったのになぜ俺なんかと婚約したのだろう? それに、なぜ女性にもてるようになっていたのだろう? 思い込みによって、自分に自信を持っていたからなのか? 実は案外かっこいい男だったということなのか?
「いえ、最強でいられるのは今だけで、トレーニングを怠れば弱くなっていく。これは常人と同じです。今までが超人だったのですから。強くありたければ毎日鍛えていれば、この力を保つことは可能です」
いきなり最弱な男に逆戻りするのではないという事実を聞いて安堵していた。俺は、鏡で自分の姿を確認した。
あれ? 俺、痩せてないか? しかも筋肉もついている。鏡に映ったのは超絶イケメンではないが、戦士らしい体つきになった自分だった。
「一年間、強豪の戦士たちと毎日体を鍛えていたのです。体が絞られることは当然ですよ」
「最強と言われる王女と毎日格闘していたのだ。太っている暇なんてなかったよな……」
「今から娘に会いに行きます。私につかまってください」
◆◆◆◆◆
「起きてください。ダーク。バイトは、終了しました」
あれ、俺は寝ていたのか?
「夢の中で思い込みの実験はいかがですか?」
目を開けると、瞳は冷たいが、美しい女性がいた。ここの研究所の職員のようだ。
「ルイザ……??」
俺は、つい王女が目の前にいるような気がして、恋人を呼ぶかのように声に出してしまった。
「実験の効果は絶大ですね。人間の脳は思い込むことで心を支配するのですね」
何やらメモを取りながら、冷たい表情の美人は、ほほ笑んだ。
「俺は、ダークですよね」
確認してしまった。
「そうですよ」
「私たちの研究は人間の脳が自分という存在をどう認識しているか? 思い込みについて調べています」
「そっか、割のいいバイトだったから、申し込んだんだっけ?」
「これで終了したので、お帰りください」
あっさりと研究所の女性がお別れの言葉を放つ。俺は、どうしても思いが高ぶってしまい、
「ルイザは?」
「実験の異世界で王女は待ってますよ」
「ルイザに会いたい」
「じゃあ、次の実験に入りますか? 夢の続きをみることができますよ。しかし、次に夢の世界に入ると2度とこちらの世界には戻れなくなりますが、よろしいですか?」
「戻れないのですか?」
「異世界の住人になってしまいます」
「俺は、異世界の住人になります」
それを聞いた研究所の女性は、事務的な笑顔でほほ笑んだ。
――もう、俺は夢の世界にどっぷりはまってしまってどうやら抜け出せそうにない。思い込みという恐ろしい魔力によって異世界から出たくなくなっていた。もしかしたら――研究所の思惑通りなのかもしれない。
自分には何もできない、どうせ自分なんか……なんていう思い込みは可能性を閉ざしているのかもしれない。思い込みはプラスにもマイナスにもなるのだ。人を好きになることも何かに夢中になることも「思い込み」の魔法の力なのかもしれない。
見た目のいい悪いなんて決まっているものではないのだ。基準のマニュアルなんて元々ないのだ。見た目は、その人の一部分でしかないのだから。