第58話「実戦テスト」

 キィィィィィィィン───。

 空気を切り裂く音が高空に響き、薄い大気の層を滑るようにして、超大型の航空機が舞っていた。

 キィィィ……───。

『テステス───聞こえるかクラムよ?』

 (うつぶ)せに寝ているクラムの前に……というよりも、被っているエプソMK-2のバイザーに『魔王』の姿が映し出される。

 内蔵しているモニターに、母機側から信号を送っているのだろう。
 同時にスピーカーからも音声が出ていた。

「───あぁ、感度良好。聞こえているよ」

 バイザー越しに可愛いルゥナの姿が見えたことに相好(そうこう)を崩すクラム。
 魔王にもその姿は見えているらしく、思いかけず笑顔を浮かべるクラムに、少々戸惑ったとような顔でぎこちない笑みを浮かべた。

『う……戦場にいく前に見せる顔にしては、上々かの───』
 さもありなん、と言葉をつづける。
『んんッ。コホン……。確認するぞ? 今回はエプソの実戦試験を兼ねた、魔王軍初の人類への攻撃じゃ』

 初の??

『───我々は現時点で宣戦布告を受諾し、正式にここの現地生物と交戦することと相成(あいな)ったわけじゃ。今まではなんというか、……なんとなく戦ってます? といった状態での~』

 そういえば、この3カ月の間でその辺の歴史やら知識やらを、クラムは叩き込まれたな───と思い出していた。

 (いわ)く、
 魔王軍は基本的に定期的にこの地で、『勇者』と言われる特殊な人間の様なものの(・・・・・・・・)発生を警戒して現地に進出するらしい。

 それ以外は、基本的にエーベルンシュタットのある地は完全閉鎖され、そこで監視を続けているらしい。
 エーベルンシュッタットはその間、何人(なんびと)も立ち入れない聖域と化す。

 そのため、魔族と人類がいくら激しく戦争をしようとも基本的に不干渉───というより、興味がなかったという。

 そんな中、人類軍の一方的な越境から始まる略奪を観測。

 当初は放置しようとしていたのだが、戦争が激化するにつれ、とある国で『勇者』の存在が確認された。

 そのため、急遽『魔王軍』を編成し、連合軍の「北伐」に干渉したらしい。

 それでも、『勇者』を駆逐または活動停止に追い込めばそれで終了するつもりだったらしいが、今回発生したのは、かなり厄介な『勇者』らしく───彼等の呼称でいうα(アルファ)個体。

 そいつは、いわゆる不死身の『勇者』。

 ……魔王軍の戦力や、技術を(もっ)てしても現状では対処困難らしい。

 唯一、まともに戦えて、かつ圧倒できるのがこのエプソだが、様々な制約のため扱えるものがいないという状況で、相当持て余していたそうだ。

 そうこうしているうちに、『勇者』を航空攻撃で一時的に活動不能にしたが、その際に捕獲ないし完全な活動停止へ追い込もうとした。
 ───最悪でも組織サンプルを採取しようと派遣したのだが、武装チームが反撃に遭い……やむなく撤収したという。

 せっかく『勇者』を一時的に活動停止にしたが、損害の拡大を恐れて、それ以上の接触を諦めたというのが顛末だ。

(人道を重んずる───というより、機構側から死者を出したくないのが本音だそうだ)


 ……そして、その過程でクラムが捕虜になったと───。

『ん。とにかく、我々としてもな───これ以上『勇者』を野放しにするのは得策ではないと判断しての~。あまり、やりたくはないのじゃが……現地勢力と戦うことにしたのよ』

 ふん、と面白くなさそうに鼻を鳴らす。

 その辺の事情はよく分からないまでも、
 戦いはやむを得ないと───しつこいくらい再三言われたため、一応は納得しているクラム。

「───だが、今回はやるんだろ?」
『そうじゃ、限定的な作戦じゃが……王国深部に突入し、まずは情報収集と実戦テスト、そして───』

 ふと、目を逸らしバツが悪そうにする魔王。

『……お主の姪御(めいご)さんを救出する』
 苦々しくいう魔王に、クラムは目をつぶり思いを()せる。


 ───すまん、リズ。
 ………………………………待たせたな。


 クラムは強化手術をし、唯一のエプソを扱える人間になったことで、魔王軍における待遇が一気に上がった。

 もちろん、制限も多いし───彼らでいうところの現地生物であるクラムには監視の目は常についていたが、それでも、エーベルンシュタットでの自由行動と居室などが与えられた。

 それは、魔王軍いわく───勤務する職員と同等以上の扱い。
 しかも、(部下とはちょっと違うが……)戦場ではサポートする者さえ付くという破格の扱いだ。

 ……最もそれ(サポート)は、遠隔操作の無人機のことではあるのだが。

 そして、クラムはその時に満を持して、待遇改善の機会を逃さず、魔王と交渉を開始。
 リズの救出を協力のための条件(・・・・・・・・)として付けたのだった。

『まったく。……本来そう言った現地事情に関わらないのが我々の信条なのだが───』
「戦争するんだろ? 今更じゃないか」

 そうだ。
 たった一人を救うくらいどうとでもなるだろうに……。

『そうは言うがな!……しかも、発見次第──ルゥナもその条件に加えるなど……調子にのるなよ』

 「まったくもう……」と、ルゥナの顔をした魔王が、ルゥナについて文句を垂れているのだ。それが可笑しかった。

「そう言うなって、ちゃんと……死ぬまで(・・・・)協力するさ」

 そう、わずか数カ月の命───せいぜい目一杯活用するだけだ。
 その中で、リズとルゥナを救うのは当然のことだろ?
『わかったわかった!……ルゥナも同じく捜索させる。期待はするなよ? それに──』

 魔王は、ちょっと困ったような顔で、
『あの三人のことはええのか? 居場所は簡単に分かったぞ?』



 ……三人か。



 シャラ(義母さん)
 ネリス、
 ミナ、



「わからないんだ……。なんという、憎んでいるというよりも……戸惑っている。正直、裏切りは明白だし───心底腹立たしいが……」

 彼女らの真意がわからない。

 結局、一度もキチンと話す機会はなかった。

 だから、
「───だから、会って───いや、遭遇した時に考えるさ」
『…………そういうのは、戦場では命取りになるぞ?』

 胡乱(うろん)な目で見つめてくる魔王に、

「……こいつは最強なんだろ?」

 こいつは、と───エプソMK-2について、お道化るように暗に示して見せる。

『───だから、そういうのが……』

 ピーピーピー!

 バイザー内に響くアラームに、意識を削がれる。

 それは同時に、魔王側でも察知しているらしく、
『───っと、まぁいい。では、現地上空じゃ、せいぜい暴れまわるがいい。戦争ゆえな、被害は、』

「───ああ、気にしない。王国は、……滅ぼしてもいいんだろ?」

 そうだ……もう、容赦などしない。
 王国は───テンガを称えるような国は、




「───滅してやるッ!」


 ピーーーーー!!


 ガコン! とエプソの装甲越しに、航空機の腹が開く気配がする。

『ふむ……。もはや、何も言わん。お主の自由にせよ───では、我々は支援行動を開始する』

「頼む」

 ピコンと、バイザーに地図が表示され──そこに光点が灯る。

 それは中央に位置するエプソと同時に動いており、同じく航空機で移動中とわかる。

『緑の光点は友軍じゃ、青の光点は、補給品───お主の降下後にコイツを重量箱に入れて降下させる。必要になったら使え』
「大丈夫なのか? 鹵獲(ろかく)されたり───」
『そんなことは気にするな。回収部隊も待機しているし、最悪自爆させる。……町区画ごと、ボンッ!───じゃ、クヒヒヒヒヒ』

 悪戯っぽく笑う魔王を見て、

「本当は戦争したかったんじゃないのか? アンタらは……」
『否定はせんの~……圧倒的武力で蹂躙(じゅうりん)するのは興奮するぞ?……お主も、今にわかる』

 ニヤァ……と笑う顔は、絶対にルゥナのものではない。

「やっぱアンタは魔王で、アンタらは魔王軍だよ」

 緑色の光点を見つつ言うクラムに、
『お主も───じゃよ? っと、時間だな、武運を祈るぞ』

「了解」

 ブーーーーー!! とけたたましいアラームが航空機に鳴り響く。
 同時に、クラムの乗り込む小型の機材が傾いていく気配が、感覚として伝わってきた。

 そして、機械音声がバイザーに響く。

《───目的地上空、射出10秒前。職員は発射の衝撃に備えてください》

(───職員ねぇ。……とんだ魔王軍だぜ)

 ───5、4、3、2、1……。
 
 0───。




 ビーーーーー!



 ……さぁ、いこうか!
 俺の想いをのせて──────!!


 行くぞッ、エプソMK-2!!






「コンタ~~~ック!!」


第59話「大打撃!」

 ───コンタ~~~ック!!

 クラムは、訓練で教わった発進時の号令を威勢良く叫ぶ。

 しかし、これ……発進ではなく、
 発射といったのだが───??


『───発射します』


 バシュ!


「ぐお!?」
 身体にかかる強烈なGを感じ、思わず悲鳴がもれる。
 その間にもバイザーには高度計や速度などが表示され、目まぐるしく数字を回転させていた。

 クラムの搭乗する機体を俯瞰(ふかん)してみると、それは航空機の腹からまるでミサイルのように発射される……───というより、まんま大型ミサイルのそれだ。

 推力はロケット推進。

 尻と脇についたブースターから真っ赤な炎が長大な尾を引き加速していく。
 目標は、王国の首都───その郊外にある広大な敷地、練兵所に向かっていた。


 キュゴォォオオオオオオオ!!


 音速を越えた、地上を目指す一筋の矢のごとき大型ミサイル。
 それは、情けも容赦も慈悲もなく───。


 一路、眼下の街を目指す。


 街

 町

 まち……。

 そこは、
 王国軍の正規軍が駐屯する軍隊の町。

 王都の衛星都市ではあるが、それよりも軍隊色が強く───住民の大半は軍の関係者とその家族であった。

 その町は常に平和であった。しかし、今日をもってそれは変わる。

 天高くより降り注ぐ轟音が、すべてを変えるのだ。
 そうと知らぬは住民ばかり。

 だが、さすがに空を圧する轟音に気付かぬはずがない。

 兵も、住民も、
 訓練と、仕事と、
 全てが全て、それを中断して空を見上げた。

 そこに映るのは、一本の雲退く巨大な……、
「怪鳥《ガルダ》?」
 と、誰かが言ったのを皮切りにザワザワと、そして、その腹から生まれ落ちた火の玉に目を奪われる。

 火を噴き、町を目指す悪意の塊───。

 まるで、
 まるでそれは……?

 誰かが気付く、あれは悪意のそれで……。
 空から襲いくる───、

「ド……」

 ドラゴン───!?

 ギュゴゴオオオオオオオオオ!!
 ───ォォォォォオオオオオ!!

 その火を噴くドラゴンは、途中で何か黒い物体を吐き出したかと思うと、燃え盛る体をそのままに───……。


 ッッ!!!


 野戦(フィールド)師団(ディヴィジョン)の本部に突き刺さった。


 ズッガァァッァァァァァァッァン!!


 と、巨大なキノコ雲が吹き上がり、建中の野戦師団を、再建不可能にした。

「なんだ!?」
「な、なんの音よぉ?!」
「か、火山が噴火したのか?」

 こんなところに火山があるはずもないのだが、街の住人も被害を免れていた兵も頓珍漢なことをいっている。

 ただ共通しているのは、驚きを隠せないということ───。

 が、次の瞬間。

 ブワワワアアアアアアァァッァァ!──と押し寄せた衝撃波によって(もろ)い家屋ごとほとんどが押しつぶされてしまった。

 ボファァァァア……!!───と、薙ぎ倒される人々と家屋。

 そして箱庭のようなファンタジー世界の小さな町は、大型ミサイルに詰め込まれた高性能爆薬と、その後の衝撃波によって灰塵に帰す。

 無事だったのは、地形的に低い位置にいた野戦師団の一部隊と、訓練中の近衛兵団。
 
 生き残ったのはただの偶然なのだろうか?

 彼らの大半は、昼の休憩のため、一度天幕に入り、思い思いに過ごしているときだった。

 それは、近衛兵団長として魔王領から逃げかえってきた、あのイッパ・ナルグーも同様であった。
 彼の高尚な趣味の一環である、拷問趣味のそれを行っている最中のこと───天幕の隅で震えている少女を、さも楽しげに足蹴にしていた時のことであった。

 事態に驚いた近衛兵の若い騎士が勢い込んでイッパの天幕に飛び込んできた。
 そこで、既に事切れた少女や、……ズタズタにされた少女の死体と、今まさに痛めつけられんとしていた少女の姿を見て驚く。

 「北伐」時に誘拐した魔王軍の元占領地にいた少女たちやら、後に安値で買い漁った酷使奴隷たち───。

 それらが詰め込まれた檻が、ズラリと並ぶ醜悪な天幕。

 そこは、不衛生な生き物の発する酸えた臭いが漂っており、近衛兵団長(クズ野郎)そのもののようであった。
 もっとも。こいつの場合は、天幕の中のそれはいつも通りの光景だ。

 伝令のために訪れた若い騎士は、最初こそ顔をしかめたものの、職業意識を取り戻し、表情を引き締めた。

 この手の嗜虐(しぎゃく)趣味のある男だとは聞いていたのでそれほど驚きはしなかったものの、実際に目にしてしまうと、どうしても嫌悪感をあらわにしてしまう。

「何事だ!」

 ドカっと、ボロボロになっている少女を蹴り飛ばして脇に退けると、駆けこんできた兵に報告を促す。

 兵は嫌悪感を仕事人の顔で押し隠すと、
「───わ、わかりません!」
 と、阿呆な回答をしてしまう。

「馬鹿者ぉ! そんな報告があるか!」

 叱責を受けて、慌てて付け加える兵。
「ふ、不明ですが、野戦師団本部が爆発炎上! 町も壊滅しました! その……ド、ドラゴンらしき姿をみたと───」 

 ──ド、ドラゴンだと!?

 そう言ってイッパは青い顔をする。
 彼とて、あの戦場で魔王軍のドラゴンを見たひとりだ。

 だから恐怖する。

 ………あれが、襲ってきたというのか!?と。

「な、なんてことだ! 魔王軍めぇ、この地を襲いにくるとは、ふ、ふざけた真似を!」

 報告内容に、ぎょっとして体を仰け反らせたものの、流石は一軍を率いる長。

 一瞬で表情を取り繕うと、部下の前という事もあってすぐに平静を装う。

 内心は、かなりの冷や汗ものであったが……。

(───いや、待てよ?)

 ───ここは魔王領ではない。
 ここは我が祖国。つまり、こちらのホームグラウンドなのだ。

「フッ……。図に乗りおって……!」

 イッパはニヤリと口角を釣り上げると、
「伝令を出せ!」

 今は、逆に好都合かもしれん、と思い直していた。

 そう───。
 王国軍は、あの戦いで大損害を受けたが、それと同時に学習もし、ドラゴンや魔王軍に対する策を練り続けていたのだ。

 大損害を負った第二次「北伐」だが……。
 一足早く帰った伝令の報告をもとに、魔法技術を中心に特殊部隊を創設することに決定。

 対魔王軍、
 対ドラゴン、
 
 その専門部隊だ。

 それを、再建したばかりの新設近衛師団に組み込む訓練を実施中なのだが、今日この日は、まさにその訓練の最中の襲撃だった。


「いい機会だ!───迎え撃つぞ!」
 素早く装備を身に(まと)うイッパは、もう勝利を確信していた。

 ドラゴンなにするものぞ!

「魔法兵を出せ! ドラゴンを撃ち落としてやる!」
「はっ!」


 バシッと敬礼して応じる兵に、満足気に、頷くイッパ。



 さらに、ダメ押しとばかりに切り札の準備を───……。





「それと、私の天幕に───」


第60話「エプソ大地に立つ」

 近衛兵団長のイッパが気勢(きせい)をあげて、撃ち落とせと命じたドラゴン。
 その撃ち落とすべきドラゴンは既に着弾し、野戦師団本部を灰燼(かいじん)に変えていた。

 それはミサイルであり───、
 同時にクラム運ぶための、プラットホームでもあった。

 野戦師団本部───その手前で、クラムの操るエプソMK-2(パワードスーツ)は強制的に射出。

 バシュッッッ───!!!

 発射と射出の凄まじいGを機体に受けつつも、急制動のブースターを噴出しながら、落下傘を広げた。

 ボンッッ!

 強化繊維と特殊鋼材が編み込まれた───耐火、耐刃に優れた落下傘がフックによって自動開傘される。

 開傘衝撃はかなりのものであったが、エプソMK-2は耐えきった。

「なるほど……強化人間(ブーステッドマン)でなければ、死んでいるよ」
 ヒラヒラと舞う木の葉のように、クラムはゆっくりと地上に降下しつつあり───。

 その姿を見つけた町の生き残りが、クラムを指さしていた。

「ん……お客さんか?」

 集まりつつある人混みを、バイザー越しに見るクラムは、
 その人々を電子情報として解析。

 キュルキュル……と、バイザーの画面に輪っかの様なものが表示され、一つ一つが住民にマッチングし、文字情報として表示された。

「…………ただの住人か」

 ビッビッビ……。
 ───非武装市民、脅威度0

 その情報を、データバンクからクラムに伝える。

(……相手にするほどでもないな)
 独りごちるクラム。

 特に焦りもなく───。
 間もなく地上へ…………。

 ボシュウゥゥゥ!!

 ───と、落下直前にブースターから噴射。着陸時の制動を掛ける。
 一気に落下速度が低下し───そうして、何事もなくクラムとエプソは着地した。

 ズシィィン!

 と、重々しい音を立てて地についたクラムの姿………。

 まるで、フルプレートアーマーを着た騎士のような出で立ち。
 しかし、カラーリングは黒と赤。

 ……実に禍々しく映るそれだ。

 おまけに、顔の部分はツルンとした無表情……と、いうよりも完全に表情がない──のっぺらぼうだ。

 関節各部から湯気を吹き、射出の衝撃で熱を帯びたエプソは陽炎を(まと)っていた。

 そこに、上からフワリと落ちてきた落下傘がドラゴンの翼の皮膜の如く───。

「あ、あああ、悪魔───」
 
 呆気にとられた住民たち。
 エプソを見て慄いている住民は、幾人かは逃げ───幾人かは散らばった家の構造物を手に警戒している。

 ビッビッビ……ビー
 ───武装市民、白兵装備、脅威度1

 雑魚だな。

「どけ」
 マイクを通してしゃべるクラムの声は、人間の声帯から出るものと違いどこか無機質になる。
 それは一見して恐ろしげに見え───。

「ばけものめぇぇ!!」

 元軍人と思しき、初老の男性が勇気を奮い立たせて角材を手に突っ込んできた。


 パン


 と、
 クラムはサイドアームを手に、あっけなく撃ち倒す。

 ただの住民であっても容赦なく!

 その顔は全身鎧の様なパワードスーツに覆われているため外からは全くわからないが、感情に揺らぎは見えない。

「───失せろ」

 そして、その声はやはり無機質。
 ドサっと、初老の男が倒れる音を皮切りに、「「「ひぃぃぃ!!」」」と悲鳴をあげて、市民たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ散っていった。

「着地成功、───状況を開始する」
 短い報告を終えると、空を見上げる。

「……支援が来たか───母機から発進。無人機の一個小隊(シュバルム)……豪勢だな」

『───テステス』
 ヴン……! と、バイザーに魔王が表示される。
「感度良好」
『聞こ……先に言うでない! …まったく、どうじゃ? 異常はないか?』

「すこぶる快調だ。支援ありがとさん」
 
 クイクイと上を指さすジェスチャー。

『うむ、存分に活用するがいい。我々も支援するぞぃ。必要な時に言えば搭載火器で援護してやろう。───が、それまでは偵察に徹することになるじゃろうな』

「ほぅ?! 空中空母の援護も期待できるのか? 今日は大盤振る舞いだな」

『───今回は、より一層の慎重を期すためにな。なんせ初の実戦試験じゃ……補給用に潜水艦も沖合に待機しとる。心行くまでやるといい』

 ニカっと眩しい笑顔を見せる魔王だが、言っていることは物凄く物騒だ。

 魔王の確約した支援。
 その追加項目として、ピコンと、バイザー画面の隅に空中空母の支援火器がズラーと並ぶ。

 155mm連装榴弾砲、
 60mm迫撃砲、
 25mm機関砲、
 12.7mm重機関銃、
 掃射用レーザー、
 バンカー用レールガン、
 対戦車ミサイル、
 対人クラスター弾、
 気化爆弾、

「おいおいおい……本当に大盤振る舞いだな」
 ───こりゃ、魔王軍の本音がテンコ盛りだ。

 彼ら(いわ)く旧式の武器だという。
 魔王軍の基準でいえば博物館クラスの、骨董品なので、比較的入手も容易なのだとか?

 半面、個人火器にはかなり神経を使うらしい。

 軍用の現役ライフルなんて代物は、管理が厳重過ぎて触れることもできないとか……?

 正直、基準がよく変わらない。

 まぁいいか。と、クラムも手元の武器を整えていく。

 サイドアームの拳銃は別にして、降下の衝撃に備えるため、梱包箱(コンテナボックス)に収められたそれは背中に固定されていた。

 ガシャコと、音を立てて地面に下ろされるそれを開けると───。

「豪勢だな……!」

 中から取り出したのは、

 長大な12.7mm重機関銃の銃身と、
 下方に9mm拳銃弾用の回転式砲身が付いた上下二連装の大型マシンガン。

 さらに、側面には40mmグレネード発射機と、火炎放射器がついている。この火炎放射器は周囲の酸素を圧縮し放射するもので、空気ある限りほぼ無限に使えるという代物。

 さすがにグレネードは単発だが、腰につけたベルトに装着する予備弾は潤沢。

 12.7mmの弾は梱包箱に収められているので、それを再度背負い直せば給弾機構と連結して、いつでも発射可能になる。

 9mm拳銃弾は200発入りの弾倉に螺旋状に収められている。
 打ち切った場合は交換が必要だが、やはり予備弾は潤沢にあった。

 そして、脳波連動型のサイドアーム。

 梱包箱の中には肩に取り付ける脳波と視覚連動型の小型ガトリングガンと、対人ミサイル発射装置が収められており、左右それぞれに装着できる。

 それを(おもむろ)にガチャッ! と取り付けると、テスト作動。

 ウィ、ウィ───と異常なく視覚に連動している。

 腰には、何でも切り裂く一振りの高振動(ハイバイブレーション)(ブレード)と、予備の近接武器として、高熱で焼き切るヒートナイフを備えた。

 そして、オマケのサイドアーム。
 9mmガバメント改。

 これで全装備だ。

「足りるかな?」
 チラっと、バイザーに表示される残弾表示を見つつ、ひとりごちる。

「ま、補給もあるし、いってみるとするか」

 まったく危機感もなく、敵地に降り立ったクラム。

 メインウェポンのバカでっかいマシンガンを、かる~くヒョイっと構えると歩きだした。




 ギョム、ギョム、ギョム! という、機械チックな音を立てて……───。


第61話「あの『裁判長』を誅せよ」

「上空にドラゴンと───小型竜でしょうか」

 偶然生き残っていた野戦師団の一個大隊は、完全武装の500名をズラリと練兵場に整列させていた。

 その居並ぶ兵の前に、でっぷりと太った男───かつて、クラムに死刑を言い渡した裁判長のブーダス・コーベンが居丈高(いたけだか)にふんぞり返り、副官らしき女性の尻を撫でながら報告を聞いていた。

「ドラゴンだぁぁ?」

 スっと指さされるそこには、確かに見たこともない巨大な鳥のようなものが浮いている。

 動きは鳥にしては直線的で、どことなく硬さを感じさせた。

「はー? た~だの珍しい鳥じゃろうが?」
 ナーデナデと手つきも(いや)らしいが、顔もまた厭らしい。

 華やかりし時代は、司法を司る組織で偉イサンをしていたというブーダスも───ついには年貢の収め時、貴族の役目と言わんばかりに徴兵され、渋々(しぶしぶ)ながら野戦師団の指揮官に収まっていた。

 しかし、色々金やらコネやらを使って前線勤務を拒否。

 のうのうと王国の後方地域で過ごしていた。

 だが、前回の第二次北伐では、さすがに軍の損害が大きすぎたため、形だけのアホ指揮官とは言え、引っ張り出さなくてはならない現状が王国にあった。

 ゆえに、こんなアホ丸出しの男でも、軍人が払底(ふってい)し始めた王国では指揮官をできるのだ。

 ───というより、こんな奴ばっかりが後方に残ってしまい、優秀なものはとっくに第2次「北伐」で全滅している。

 ……むべなるかな。

「し、しかし───あっ♡……そ、その、し、師団本部が壊滅した、と、あっ♡」

 赤い顔で息を荒くした副官は、それでも気丈に報告を続ける。

 その間にも───モクモクと立ち昇るキノコ雲と、衝撃は練兵場からも観測できた。
 まるで雨の様に、様々な残骸が降り注いで来る段階になると、さすがにブーダスも重い腰を上げざるを得なかった。

「ち……。どっかのトンマが魔法を誤爆させただけだろうに……大げさな」

 そうだ、この程度の阿呆(ブーダス・コーベン)に、師団本部の壊滅なんてことが理解できるはずもないのだ。

 副官の女性もそれを分かっていつつも、このクソデブアホ指揮官の命令がなければ軍隊が動かせないので、仕方なく事実のみを話しているのだ。

「……まぁいい。調査くらいはするか───ん?」

 ギョム、ギョム……!

 と、聞きなれない音を立てて──フルプレートアーマーを(まと)った兵が、単身ブーダス達の前に現れた。

「伝令か? どこの所属だ」

 のっそりと起き上がったブーダスは、相手の格好が見慣れないので、万が一上官であったら不味いかと思い出迎える態勢を───、

 と、その時。

 ──ィィィン……! と、何かがハウリングするような音が響く。

 そして、次の瞬間には、無機質な声が練兵場に響きわたった。


『……てめぇ───見た顔じゃねぇか?』


 あん? と、ブーダスは怪訝(けげん)そうな顔をする。
 高貴な者の話し方ではないな、と即座に判断し───ならば、貴族ではなくタダの兵士かと、検討を付けた。

「何者だ! 官・所属を言え! ワシを誰だと思っておる! 元王国の最高裁判所の裁判長を勤めたこともある、正当なる王国貴族に名を連ねるブーダス・コーベンであるぞ!」

 忌々(いまいま)しい軍の階級などよりも、前職や貴族を前面に押し出した方がブーダスとしては自尊心を保つことができた。

 なにせ野戦師団の連中ときたら、平民でも普通にブーダスよりも上官になっているのだ。
 場合によっては、平民の上官に敬礼をせねばならない。
 貴族たるブーダスが平民ごときに敬礼をするなど、屈辱の極み。だが、時としてそれをしなければならない場面もある。

 ───それは本当に屈辱だったのだ。

 目の前の異形の兵も、上官である可能性は捨てきれなかった。
 だが、曲がりなりにもブーダスより上級者なら、一人で行動するはずもない。
 そういった見た目の情報から、ブーダスは異形の兵士を只の下っ端だと決めつけた。
 
 そして、それは間違いではなかったのだが……。

 異形の兵士は言う、
『あ゛あ゛? 俺の所属だぁ? ハッ!……元、野戦(フィールド)師団(ディビィジョン)───囚人大隊(プリズナーバタリオン)所属、』

 その言葉にブーダスの頭が一瞬混乱した。

 ───はぁ? 囚人兵だぁぁあ?
 ………………アホかこいつは?

『──────一兵卒クラム・エンバニア』
 と、常人の出すものとは思えぬ大音量。

 だが、生意気だ。

 たかだか───囚人兵がぁぁぁ!!

 すぅぅぅ……、
「───貴族たるワシに、偉そうな口を聞くとは何事かぁぁ!!」

 異形の兵の大音量に負けない声量で返すブーダスだったが、「クラム・エンバニア」その名前を聞いて、記憶にチリリと触れる何かがあった。

 一方、エプソMK-2を纏ったクラムは、モチベェの様子に驚くどころか、バイザー内で暗い笑みを浮かべていた……。

『思い出せないか?───勇者暴行罪で逮捕……初の『勇者特別法』の死刑囚……クラム・エンバニアだ』

 ガタン……!
 と、モチベェが尻もちを付く。

(そ、そうだ……覚えている! お、思い出した!!)

 モチベェは驚愕に目を見開く。
 
『どうだ……思い出したか?』
 と、クラム。

「お、お前……ば、ばばばば、馬鹿な?!」
 あ、ああああ、あの男のはずがない!

 勇者に…………王国上層部に()びを売らんがために、近衛兵団長のイッパと手を組んで無理やり押し通した法案。

 そして、改竄(かいざん)し、握りつぶし、擦り付けた冤罪───勇者暴行罪……その第1号。

 わ、忘れるはずもない───!

 彼の短い司法の場における……初めて下した死刑の判断でもあった。

 多少なりとも、思うところがなかったわけではないが──一度下せばあとはもうなし崩し。

 ……死刑にした人間は数知れず。

 それも、これも、ただひとえに自分の出世を利益のため……。

 彼らは───囚人兵クラム・エンバニアはその肥やしだったはず。

「う、嘘だ……ほ、北伐の軍は全滅───囚人兵に生き残りなんているはずが……!」

 ───ほう……多少知っているようだな?

 と、クラムは(あざけ)る視線をバイザー越しに送る。

 おかげで、青ざめた顔が十分に堪能できた。
 そうそう見たい面でもないが、今だけは違う。
 違うんだぜ?

 くくくくく……。
 よぉ、
『───地獄から帰って来たぜ……』

 ジャキン!
 と、大型マシンガンを構えるとぉぉお、


『───お前のような奴に復讐するためになぁっぁぁっぁぁ!!』

 ぎゃはははははははは!!
 この日、この瞬間を待っていた!!!

 何年も、何ヵ月も、何日も!!
 あの日、死刑を宣告されてからなぁぁあ!

 ブーダスが腰を抜かして後ずさる。
 だが、腐っても指揮官。

 ブーダスには多数の手下がいた。

 すなわち───、
「…………こ、殺せ!! こ、殺せぇぇぇぇぇええ!! 斬れ、切れきれキレ! ぶっ殺してしまえ!」

 モチベェの反応も、また早い!

 事態を見守っていた野戦師団の一個大隊はすぐさま反応。練度は低いが、基本教練だけは徹底して叩き込まれたので、動きだけは均質に整っている。

 まだまだ兵としては未熟だし、後方残置組だったこともあり、それなりに人格的、あるいは身体的に問題を抱えているものばかりだった。

 ───そんな奴らだ。

 たった一人ノコノコ現れた愚かな闖入者(ちんにゅうしゃ)など、グチャグチャにしてやると言わんばかりに、被虐の表情を浮かべてクラムを取り囲んだ。

 ───ヒュゥゥゥ♪

『そうこなくっちゃぁなぁあ!!』






 すぅぅ……、

『───レッツ、ショーーータ~イム!!』


第62話「殺陣! エプソMKー2の舞い」

 ───レッツ、ショウタイム!!!

 ビッビッビ、ビー!!
 バイザー内の表示が、周囲を取り囲む兵の脅威度を算出表示していく。

 ───王国軍正規兵、白兵装備、脅威度3
 ───該当あり、野戦師団第1歩兵大隊。

 ビッビッビ、ビー!

 ───敵集団、脅威度5……。

 ハッ。
 ……………………雑魚だな。

「でりゃあああ!!」
 クラムが表示される脅威度にほくそ笑んでいると、恐怖で硬直してでもいるのかと勘違いされたのか、「隙あり!」とばかりに、槍で突き倒されそうになる。

『おいおい……』

 グサリと突き刺さった槍──────いや、そうみえただけだろう。

 実際はグサリどころか……。

 パキィィン! ヒュンヒュンヒュン……!

「あ?」───ドスッ!

 折れた槍の穂先が、空気を切り裂く音を立てて空を舞い───。
 一番槍を決めた兵の頭に突き刺さる。
「あるぅえ?」
 グリンと白目をむいたそいつは……ドロリと血を流し、ビクビクと震えて地に伏せる。

『……効くわけないだろうが?』
 ───ボケが! 

 大体、鎧相手に槍とかアホか?
 囚人兵でも、もう少しましな戦い方をしたものだ。


 フ………。
 これが王国軍の正規部隊か。

 アホらし───。
『───くたばれ雑魚ども!』

 死ねぇぇぇぇ! 斬れぇぇぇぇ! と、叫ぶブーダスを視界の端に捉えつつも、クラムは焦らない。

 復讐の味はゆっくりと堪能するものさ。

 王国に死を。

 兵隊に死を。

 ブーダスには、絶望と苦痛と屈辱と激痛と絶望と絶望と絶望と絶望と絶望と絶望と絶望と絶望絶望絶望絶望絶望絶望を与えよう!


 さぁ──────。

 し、

 ね、

 ズジャキ!!!
 と、重々しくマシンガンを構えると──、

 ドガンドガンドガガガガガガガッ!!
 ガガガガガガガガガガガガガガッ!!
 ズガガガガガガガガガガガガガッ!!

 と、腹に響く重機関銃の12.7mmの重々しい射撃音が響きわたるッッ───!!
 
 その瞬間は───なんというかもう……。
 筆舌に尽くしがたい!

 だってそうだろ?
 重機関銃をぶっ放したのは、密集した軽歩兵の群れだ!

 彼らの薄っぺらい鎧は何の奴にも立たず。
 貫通したソレは人体を損壊してなお止まらず、一人二人と貫き、爆散させる。

 グチャグチャグチャ──────! と、血煙が立ち上り、もう──何が何だか?!

「「「「ぎゃああああああ!!」」」」
「「「「うぎゃぁぁあああ!!」」」」

 ボンボン!! と、人体が爆散する。
 射線上にいた兵はボロクズのように引き裂かれて倒れ……いや、もう───ばら撒かれていく!

「な、ななんあななななんあ!?」

 その光景を目の当たりにしたブーダスが、驚愕に目を見開いている。

 しかし、その間にも兵はズタズタに。
 そして、ボロボロに。

 たった数秒の出来事だ。

 そこには、一本の線ができる。



 ───死体の作る、一本の線。



 それはクラムの作る死体の帯───唸り声をあげる12.7mm重機関銃の暴威だ。

 その線を……。その帯を───。

 まるで、掃き清めるように、右へ左へ。
 それはそれは、一見して扇を開くように、人の死体の山が放射状に作られるさま。

 それでも数に勝る歩兵大隊は、クラムの前方に布陣していた一個中隊を壊滅させられてもまだ健在。

 残る兵は数秒の間に起こったことであり、未だ事態がつかめていない。
 何か爆発したな? くらいに感じているのだろう。
 集団心理は、危機感をかくも薄めてしまうらしい。

 バカな王国軍は、何を相手にしているか気付く暇もなく、包囲しているのをこれ幸いとばかり───無防備な後ろを見せるクラムに剣に槍を手にして突っかかる!

「うおおおお!」
「隙ありぃぃぃ!」
「でりゃぁぁぁ!」

 勢いだけは一丁前。
 その光景に、ブーダスも口を歪めて安堵する。

 これだけの大群で取り囲んでいるのだ。負けるはずもない、と。

『後ろが、ガラ空きだとでも思ったか?』

 バイザー上に取り付けられているカメラがフィィィン──と、表面をすべるように動き、背後やら左右の死角から迫りつつあった軽歩兵を睨みつける。

 そのカメラの映像は、クラムの見るバイザー内にサイド画面として表示。

 しっかりと、クラムの目に見えていた。

 それを強化手術された脳の処理で捌き切ると───、
『じゃ、ブワァァァァッァとな!』

 ウィィィンと、
 肩に固定されている「小型ガトリングガン」が右とその右後方から接近する兵を睨みつけたかと思うと───!!!


 ヴァァァアアアアアアアアアアン!!
  ヴァァァアアアアアアアアアアン!!


 と牛の鳴くような間の抜けた声を上げる。
 上げるが───……それは、牛の鳴き声などではない。
 あまりの高速射撃につき、音が間延びして聞こえるのだ。

 肩の上の小型ガトリングガンは、ぬ~ったりとした動きで動き、軽歩兵達を(はら)い清めていく。

 12.7mmほどの高威力でなくとも、連続射撃で発射される5.56mm弾はロクな防具もない軽歩兵に防ぎようもない。

 それこそ、ローラーで蟻を引きつぶしていくかのように、グッチャグチャのミンチが量産されていく。

「「「がぁ──────?!」」」
「「「ぐぁ──────?!」」」

 殆どの兵が即死で、逃れるすべもない。
 逆に即死できたものは幸運で、運の悪いものは体のどこかを欠損した状態で血と臓物の絨毯の上でのたうち回るのみ。

 もはや、「ぎゃああ」という悲鳴すら上がらない。

 左から近づいた兵は、多少マシだったかもしれない。
 しれないが……。
 左とて無防備ではない!!!

 左肩には、対人ミサイルの発射装置がついており、装弾数に比してクラムの敵側の兵のほうが圧倒的に多かった。

 百人規模の集団に対し、ミサイルの数は足りない。

 そう。
 一人あたり一発と見れば足りないが──。

 とは言え、これらの事態を想定して取り付けられている対集団戦装備。

 エプソMK-2に死角などない!!

 ババババシュシュン!! と、白い煙の糸を引いたそれは、猛烈なスピードで発射されたかと思うと、一度ホップアップして上空に向かい……そこからの急転直下。

 もっとも熱量の多い───人の密集集団に向かうと……ボンッッ! と自爆。

 いや、自爆というよりも、近接信管が作動し、内部に仕込んでいる広域殲滅用の散弾を発射したのだ。

 それは、クラムにまさに切りかからんとしていた左側の集団の真上で爆裂すると───グシャッ!!! と、兵を叩き潰す。

「「「あ──────?!」」」
「「「ぷびょ────?!」」」

 その様はまるで、蟻の密集したテーブルに掌を叩きつけたかのよう。

 内蔵されていた散弾が頭の上から兵を容赦なく切りさいていく。
 それがボン! ボンッ! と数発ばかり続くと、左側の集団でも動くものはほぼ消え失せえる。

 あるのは人間未満の肉片のみ……。

「え? あ? え?」
 あっという間に、
 そう、「あ?」っという間に、野戦師団第1歩兵大隊は壊滅。

 死者が、生者の数を一瞬のうちに上回ってしまった。
 生き残りも早晩(そうばん)死ぬような重症者ばかりで、残存兵力は大隊本部要員としてブーダスの元に詰めていた兵と、数名の将校のみ。


 先兵は……壊滅した。


『終わりか? 他愛ねぇな?』
 連続射撃で過剰加熱したブシュ~と煙を吹く大型マシンガンを手の中で弄びながら、ギョムギョム──と足音を立ててモチベェに近づくクラム。

『年貢の納め時だな……裁・判・長・どの?』
「ひぃ!」

 ギョムギョム……ズン! と、重々しい足音が近づくにつれてモチベェは後退(あとずさ)りし、イヤイヤをするように首を振るが、それでクラムが止まるはずもない。

 わずかに残った兵も、目の前で起こったことが理解できずに思考停止状態。

 どけっ───!

 クラムの進攻上にあった兵は、
 大型マシンガンの銃身で、ブワァキィ~ン! と、殴り飛ばされて吹っ飛んでいく。

 エプソMK-2で強化された筋力は易々と兵を吹き飛ばし、時には折り千切る。

「ま、まて! ……なにをしとる! こ、殺せ! わ、わわわ、ワシを守れぇぇぇ!」

 それでも、生き汚く……信頼関係も何もない兵に(げき)を飛ばすブーダス。
 しかし、既に士気は崩壊───ブーダスを守ろうとする兵などいるはずもなく……。

 ひぃぃぃ!
 ぎゃあああ!
 おたすけぇぇええ!!

 と、あっという間に逃げ散っていく。

 ならば、クラムには歯向かってこない兵など相手にする気などない。
 とはいえ、見逃すほど優しくともない。

『ぶっ飛べ!』

 バイザー上の支援項目を視界認識カーソルで選択し、上空の空中空母に支援を要請するのみ。

 ピコピコ──────カチ!

『───ほいほーい。さっ、とね!』

 軽い調子の魔王により、ほどなくして、……ドカン、ドカン、ドカン、ドカン!! と、凄まじい爆音が上空から響きわたる。

 直後、大粒の機関砲弾が逃亡兵の集団に降り注ぎ、哀れな兵どもを綺麗な綺麗な地面のシミに変えてしまった。


「ひぃぃいいいいいい!!!」


 一瞬の出来事。
 あれほどいた兵が全滅───。

 目の前で、その光景を目の当たりにした、ブーダスはジョワアアアア……と股間を濡らしていた。

 ちなみに、彼の傍らにいた副官はいち早く逃げ出し、そして、今さっきの空からの砲撃によって首だけを残してシミになっていた。


 ───よぅ……。


『ひさしぶりだな!!! さ・い・ば・ん・ちょ・う・ど・の!』

 そして、クラムがブーダスの前に立ち塞がる。
 それは、死刑を宣告されてから数年ぶりのこと──────。

 再び、クラムとブーダスは邂逅した。
 圧倒的に立場を代えて………………。


第63話「思いしれぇぇぇぇぇ!」

 ───ひさしぶりだな!!!
 さ・い・ば・ん・ちょ・う・ど・の──!

 ズン!!
 と、大股で一歩を踏み出し───ブーダスの目の前に足を振り下ろす。

 もはや逃げられないというのに、尻餅をついたブーダスはまだズリズリと逃げる。


『─────簡単に死ねると思うなよ……』


 ドスーーーーン!
 と、ヘビーマシンガンを地面に落とし、腰のシースからヒートナイフを抜き出した。

 空いた手にはガバメント改を構える。

 ブゥゥゥン……! と、赤く光るナイフを手に、ブーダスを見下ろすクラム。
 外からは見えないだろうが、きっと内部の彼の表情は暗い笑みに彩られているだろう。

「ひぃぃぃ! よせ! 待て! 違う。違うんだ!!」

 ……あ゛?!

 みっともなく命乞いを始めるデブの裁判長殿。何を言ったところで───、

『───聞くに()えん!』
 バンッ!

 ガバメント改で左手を撃ち抜く。

 まるでスローモーションのように、弾丸が奴の手にめり込んでいき、血を吹き出す。

 そして、思い出したように、

「───ぎゃあああああああ!!!」
 と、聞くに堪えない汚い悲鳴が上がる。

 だが、クラムが止まるはずなどない。
 チャキリ! と、ガバメント改を構え、

『そーいえばよー!! こうやって、バンバンとガベル(裁判で使う木槌)を叩いていたよな! あん時もよぉぉぉぉお!』

 あのクソのような裁判を思い出し───、

『うおらぁぁぁあ!! 判決ッッ』

 バン、バン、バンバンバンッ!!

 ……と、左手目掛けて立て続けに撃ちこむ9mm弾の連射。

「ぎゃぁぁぁあああああ!!! ああががががががっがが!! ぎゃあああ!! ま、待てってんだろ!!」

 涎と小便をまき散らしながらも、喚くブーダス。

 誰が待つか!!!
 裁判では、静粛に!!!

 バン、バン、バンバン!!


「あがっ! うぎええええ、違う! 違うんだ! 聞け、聞け……聞けよぉぉぉ!!」

 ───ざけんなぁぁ!!!

『てめぇぇぇはぁぁぁ! 俺の話を聞いたのかよぉぉぉぉぉ!!』

 主文を言い渡す!!
 ブタのような面に対して、左手削除の刑に処す!!

 バンンッ……! 

 トドメの一発が、左手の手首を撃ち抜き、穴だらけのそれはブチブチと音をたてて、その部分で千切れた。

 その際、

「───ぎゃあああああああああああ!!」

 一際デカい悲鳴を上げるブーダス。
 だが、

『まだまだ、まだ終わりにするかよ! この豚がぁぁ!』

 ヌラリと、ヒートナイフを手にしたクラムがゆったりと迫る。

「ひぎひぎぃぃ……イッパだ! イッパの奴がワシを(そそのか)したんだぁぁ!!」

 きったない涎をまき散らしながら、
 きったない声で(のたま)うクソ豚。

 で?!

『───それがどうしたぁぁぁっぁあ!!』

 ザックゥゥウウ!!

「ぎぃぃい?!」

 左の肩口にヒートナイフをぶっ刺すと、
「豚は、豚らしく捌いてやらぁぁぁあ!!」

 ビィィィィイィ!!
 と、切れた手首までハムでも割くように二枚に卸していく!

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ああああああああああ!!!」

 ジュウウウウ! 
 肉の焼ける匂いと、焼き切られて行き場を失った血が蒸発する悪臭が立ち込める。

「い、いでええええええ! あがぁぁぁ! き、ききき、聞けよこの野郎?! い、イッパの居場所を言うからよぉぉぉぉ!!」

 この期に及んで生き残ろうと、仲間を売るという素晴らしき同僚精神。

 だが、クラムの心が動くはずもない。

 さて……。
 仕上げだな。

 ガバメント改に替わり、背中の梱包箱から取り出すソレ。

 近代的かつ、近未来的な武器のなかで一際(ひときわ)異彩を放つ───……鉄球。

 …………鉄球?!

 錆び付き、ボロボロの皮膚がこびりついたそれは、かつてクラムの足にまとわりついていた無罪を有罪にする冤罪のシンボル。

 あの頃の……───囚人兵の象徴だった。

 それは、クラムの足から取り外されたあと、魔王軍によってヒッソリと廃棄される予定だったが、ソレをクラムは回収し……改良のうえ、装備に加えた。


 この瞬間のために───!!


 鉄球は手を加えずにそのまま。
 錆と人の皮膚やら血やらが染み込んだままの、素の状態。

 鎖のみエプソの装甲と同じチタン合金製。

 その鎖付き鉄球を構えるとぉぉぉぉ……ブン、ブン───ブンブンブンブンブンブブブブブブゥゥぅぅう…………!!!

 ───ブォォォォォォオオオオン!

 と凶悪な音を立て始めた。
 もはや、それは円を描く壁の如く───!

「いひぃぃぃ!! イッパの居場所を聞きたくねぇのかよぉぉぉぉ!!」

 聞くに堪えないと思いつつも囀ずらせるのも気分がいいものだ。
 あの日、他人を地獄に落として出世の肥やしにした報いを味わあわせるのだ!

 もっと、もっと、もっと無様に殺してやる!! とばかりに、鉄球を振り上げるクラム。

 その目の前に、(正確にはバイザー内の画面に)魔王の顔が表示された。

『楽しんでいるところを悪いが……』

 ち……、と舌打ちしたい気持ちで、ルゥナの顔をした魔王を睨みつける。

 内部音声に切り替えて要件を聞く、
『なんだ!? 今忙しい』
 クラムは、言外に邪魔だと言い置いて、そっけなく突っぱねる。

 が、
『───敵の特殊部隊が接近中じゃ。かなりの数じゃぞ?』
 と、言い置くと、画面から消えた。

(ち、時間をかけすぎたか)

 魔王の代わりにあらわれたのはレーダー画面上の敵表示。

 なるほど……敵の表示を示す赤い光点が大量に。
 上空で旋回中の、空中空母からの偵察結果をリアルタイムで反映しているのだろう。

 そして、足元でブヒブヒと呻いているブーダスは、クラムが動きを止めたのをチャンスと見たのか。
 ……あるいは命乞いが通じた! と勘違いしたのか───勘違いしたとして、やめておけばいいものを………………ブーダスはそこで止まるような輩ではなかったらしい。

「ぶひ?! す、隙ありぃぃい!!」
 
 逃げればいいものを───……。

「ぶひひひひ!! わ、ワシは大貴族ブーダス様じゃぁああ!!!」

 と、足元に転がっていた兵の剣を拾い上げ、


 クラムに向かって──────……。


『判決───』
 ボソリと呟くクラム。


 思いしれ……。

 そうだ、思い知れ!!

 すぅぅ、
『────ブーダス・コーベン! 有罪ッ』

 と、クラムが……数年ぶりのセリフを、オウム返しにブーダスへと返す。

「ほざけぇぇぇえええ!!」

 グァァァア……! と迫るブーダスの凶刃をものともせず。

 ズパン!!! と、ブーダスの剣を半ばから片手ナイフで切りとった、!

 そよまま、
 ───返す刀で、鉄球をぉぉぉおお……!

 食らえぇぇぇぇぇえええ……───!!


『クソ野郎の(とが)で───』




 ドッッッッッスン! と、




『───死刑ぇぇぇぇぇえええ!!』

 プチッ─────────!


「──────っあ゛、か…………?!」

 どうだ!!!!!
 味わったか!!!

 この思いと、この重いをぉぉおおお!!

 てめぇの小汚ない粗チンをプッチン!
 鉄球をブーダスの男性器に叩き落としてやったぜ!


 ダラダラと脂汗を流すブーダス。

 あとから着いてきたであろう激痛に、
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛が!」

 ブリブリブリブリブリブリブリ!!

 激痛と恐怖で脱糞するブーダス……!!

 ビクビクと股間を抑えてカメのように(うずくま)り、痙攣(けいれん)している。

 小さなクレーターを穿った鉄球により、ブーダスの粗末なそれは弾け飛んで小汚なく霧散した。

『で───なんだっけ? あんとき言ったよなぁ。……たしか、刑の執行まで反省してろや! だったか……あぁん!?』

 エプソの装甲越しに、ゴキィ! と蹴り飛ばし、無理やりあお向けにする。

 白目をむいてブクブクと泡を吹き出すブーダスは、出荷待ちの虚勢済み豚のようだ。

 だが、慈悲など与えない。

 かつて………こいつはクラムの話など聞かずに、一方的に死刑を言い渡した。

 しかも、まだ特別法の成立前だ。完全に勇み足のそれだったにも(かかわ)らず、勇者に媚びを売る王国によって見過ごされてきた。

『───因果応報だ。死刑になった囚人全部の苦しみはそんなもんじゃねぇぞ!』

 さぁて、あとはじっくり、しっくりと仕返しの時間だ。
 もはや、殺すしかない段階まで追い込んでいよいよ、トドメというところで───、

『───タイムアップじゃ、クラム。銃を拾え!』

 ドドドドドドドドドドドドドドドドドド!
 ドドドドドドドドドドドドドドドド!

 大地を揺るがす大音声に、クラムは顔を上げる。

『この音は………』

 そうだ、覚えている。
 忘れようがない……!


『───近衛兵団、重装騎兵……!』


 スゥーと視線を向ける先には、地響きをと土埃を立てて接近する騎兵集団があった。

 その後方にも、かなりの兵力がいるのか、土埃は絶えない。

『奴らは優良部隊。雑魚の野戦師団とはちょーーーっと、違うぞ? 新鋭部隊も交じっておるから、多少警戒じゃ。くくく、ここからが実戦テスト本番じゃ、心してやれッ!』


 おうよ!!
 だが……その前に───。


「───死ね、ブ」

 タ……?




 あ!?



 は、

 は……、

「───は、はえええええ!!!」

 あれほどの傷、
 あれほどの痛み、
 あれほどのデブ、が───?!

 ブーダスの野郎は、近衛兵団の接近に気づくや否や、ガバリと起き上がり、物凄い速度で近衛兵団に向かって逃げていきやがった。

「くそ! 走れるデブだったか!」

 ジャキリ!! と、今更にマシンガンを構えるが、……もう遅い!
 あっという間に近衛兵の集団に紛れ込んでしまったブーダス。
 その姿は、すでに大兵力に飲み込まれて見えなくなった。

『今は諦めい。時間をかけるとそうなる。……学習したか?』

 馬鹿め、とでも言いたげに魔王が口を歪める。

「ち!!………………まぁいいさ。あの怪我じゃぁ、そう長くもないだろう」
 と負け惜しみじめて言う。

 どう見ても悔しそうだが、突っ込む奴は魔王しかいない。

 本音でいえばトドメを刺したかっただろうに……。

『代わりと言っては何だが。……あの兵団は、例の団長が指揮しておるらしいぞ──』

 と、魔王が漏らした瞬間。
 バイザー内のクラムは、顔面全体を凶悪にゆがめる。

 それはもう、狂気のごとく嬉しそうに、

「今日一番のいい情報だ! 魔王!……良い子だ」
『ワシはお主の娘じゃないぞ』

 ヤレヤレといった様子でため息をつく、
『───では、実戦テストだということを忘れるな? 補給は気にせず、思う存分やれ』


了解(コピー)!』


 そして、クラム 対 近衛兵団の戦いが始まる。


第64話「戦いは数だ!」



 ドドドドドドドドドドドド!!
 ズドドドドドドドドドドドド!!

 近衛兵団は疾走していた。

「敵───視認! 一人のようです!」
 若い近衛兵が馬上で叫ぶ。
 地鳴りのような馬蹄(ばてい)にかき消されまいと、それは自然と大声になった。

「一人!? バカな?!……前方の野戦師団の歩兵大隊は壊滅しているのだぞ!」

 だからこそ、最低でも同程度の敵がいるというのが返事をした将校の反応だ。

 それは常識でいえば正しい。

 正しいが───、
「し、しかし! 事実です! 確実に視認できる敵は一人───『勇者』ではありません!」

 そう。
 その常識を覆す者もいる。『勇者』はまさしくその例だ。

 たしかに、『勇者』なら一人でも、なんなく歩兵大隊を殲滅してしまうだろう。

 だが、それにしても───『勇者』以外にそんな芸当ができるものなど知らないし、いないはず。

「まさか……もう一人の勇者?」

 そんな存在は聞いたことがない。
 
 非現実的なことを考えるなら、いっそのこと──『勇者テンガ』が、鎧を着こんで顔を隠していると思ったほうがいいかもしれない。

「進軍───停止しますか……?」

 若い兵も『勇者』の可能性に思い当たっているのだ。
 歩兵大隊を殺戮したという状態で言えば、敵も味方もないのだが……曲がりなりにも『勇者』は人類の希望。

 そして、最強の戦力だ。

 敵味方もさることながら、『勇者』に勝てるとは思えなかった。
 近衛兵団全体に「どうするんだ?」 という動揺が走るが……、

「た、たすけてくれぇぇぇぇ!!」

 前方から、満身創痍の野戦師団の将校が掛けてくる。
 腕は欠損しており、股間はグチャグチャ!
 あれで、よく走れるなと誰もが思った。

 それを見た一騎が、集団を抜けてブーダスに走り寄る。

「………………ブーダスか?」
「いいいいいい、イッパか!?」

 顔見知りらしい二人は、邂逅(かいこう)すると同時に兵が前進しているのを尻目にして、話を続けた。

 団長であるイッパの合図がない以上、このまま突進するのだ。

「なにがあった!?」
 馬上に招くでもなく、興奮した馬をカッポカッポとブーダスの周囲を旋回させながら、動揺を抑えつつ問う。

「た、助けろ! 重傷なんだ!」

 ブーダスが必死に、懇願(こんがん)するも、イッパは冷ややかだった。

「今は突撃中だ、いいから話せ。……あれは敵か?」
 言外に『勇者』じゃないだろうな、と聞いているのだ。

「くそ! いでぇぇ!……『勇者』じゃねぇ、アイツだ! アイツだよッ!!」

 アイツだアイツだ。と(のたま)うブーダスにイッパは苛立ちを隠さず怒鳴る。


「わからん! 誰のことだ!」
「クラムだ!───クラム・エンバニア! あの日の、あの時の死刑囚だ!」


 ───ッッ!?


「な、なにぃ!?」
 イッパは覚えていた。
 もちろん覚えていたともさ。

 ブーダスなどよりも鮮明に……!

 勇者の寝所番、
 愛する女を奪われた哀れな男!

 そして、今飼っている少女(・・・・・・・)の血縁者(・・・・)───!

 馬鹿な……、
「──奴は死んだはずだぞ!!」

 そうだ……!

 あの日、
 第二次「北伐」の軍が壊滅した日。
 魔王軍の攻撃によって───!!!

「知らん! 知らんが、空の彼方から雷が降ってきた! そしたら、奴が来たんだよ! あ、あれは魔王の所業だ!」

 空からの雷───……ドラゴン!?

「ドラゴンがいるのか! よもや、奴は魔王軍に降ちたというのか!?」
「知るかぁぁ! いいから医者を呼べぇ!」

 喚くブーダスなど見向きもせずに、「ハァ!」と、馬の手綱を操ると、喚くブーダスなど見向きもしないでイッパは駆ける。

 ドドカ、ドドカ! と、近衛兵団の先頭に躍り出ると───。

 イッパは敢然と、突撃する騎馬集団の前に立ち、騎乗のまま器用に背後を振り返り騎槍を掲げて宣言した。

「───聞け! 我が精鋭たちよ! 前方の敵は魔王軍の先兵だ!……そう、奴は我らの怨敵、北伐軍の仇だ!」

 その声を聴いた近衛兵団がドヨドヨと騒ぐ、

「我らの手で仇を討つ! そして、汚らわしい足で我らが地に降りたことを後悔させてやれるのだ!──いけ、我らが力を示せ!!」

 そう宣言すると、近衛兵団が沸き返る! 

 仇だ! 仇だ!
 イッパ! イッパ! 団長! 団長!
 と───!!

 『勇者』が召喚されるまでは、人類最強の一角だったイッパ。
 久方ぶりに聞く、自分を称える声援に心が躍る。

 彼とて承認欲求はある。
 それゆえに、『勇者』の陰に甘んじる状況は精神的に辛いものであった。

 だから、まるで『勇者』のごとく───一人で戦場に立ち……野戦師団を殲滅したあの男は、まさに勇者のごとき所業!!

 それを倒すのだ!!

 ブーダスが言うことが本当なら「クラム・エンバニア」という───勇者に並ばんとする、あの『勇者の寝所番』を討つことに興奮を隠しきれない。

「行くぞ! 近衛兵団(ロイヤルガーズ)! …っ突撃ぃぃぃ(サ・チャァァァジ)!!」

 おおおおお!!! と力強く答える兵に、自然と頬が緩む。

 そうだ。
 これだ!

 これが近衛兵団(ロイヤルガーズ)だ!
 最強の兵団!
 ──たった『一人』になど屈するものか!

 ドドドドドオドドドドドドド! と、さらに加速した兵に飲み込まれるように徐々に速度を落として、兵団の中核に戻るイッパ。
 
 この位置が最も指揮に向いているし、生存率も高い。

 先頭で、一番槍も心地よいだろうが、そんな危険なことをする気にもなれない。

 それは若い血気盛んな兵に譲ろう。

 そして、「クラム」を打ち取って……出来れば生け捕りにして、『勇者』と同様に寝所番にしてやろう。

 それはきっと楽しいだろう。

 『勇者』から下賜(かし)されたあの美しい少女(おもちゃ)の声をクラムに聞かせてやるのだ。

 確か……姪だったはず。
 
 その目の前で甚振(いたぶ)れば、どっちも良い声で鳴くだろう。
 他の少女(おもちゃ)など比べ物にならないくらいに───!!!

「くくくくくく……」

 ついさっきまで、さんざん甚振(いたぶ)っていた少女のことを思い出し、さらには、今後捕まえるクラムのことを想像すると、笑いが止まらないイッパ。

 注意しなければならないのは、殺してしまわないか──だけだ。



 はあーーーっはっはっは! 



 行け! 新生(ネオ)近衛兵団(ロイヤルガーズ)
 我らの力を『魔王』に───……そして、『勇者』に見せつけてやれ!

 突撃する視界の端で、喚いているブーダスがちらりと映った。

 だから───ほん少しだけ思案する。 

 ……そういえば、奴の配下の大隊はどうやって殺された?

 と、僅かに疑問点をもって考えたが、

 ドドドドドドドド!! という激しい馬蹄に思考を塗りつぶされ、上昇する戦闘意欲に飲み込まれいつしか忘れてしまった。



 ※ ※



『大軍だな! こりゃ、やりがいがある!』

 クラムはバイザー内で、ニヤリと口を歪める。
 ドドドド──!! という地響きが徐々に近づきつつあるというのに、まったく危機感はなかった。

 それよりも、

 かつては、逆らうなど思いもよらない……まるで死の象徴のような近衛兵団の容赦のない突撃に、真っ向から反撃できることに喜びすら感じていた。 

 幾度となく、踏み散らされ……死に征く囚人兵たち。

 ───クラムもその一人だった。

 短い槍の一本で対抗できるはずもなく、死体の山に隠れてやり過ごすしかなかった暴力の化身……近衛兵団(ロイヤルガーズ)の重装騎兵。


 それを、真正面からぶん殴れるのだ。
 ……これほど心透くことはそうそうないだろう。


『まずは───』
 バイザー内の支援項目を選択し、支援機を呼び出す。

 すると、

 ──ィィィィィン! とすぐさま答える無人機4機の一個小隊(シュバルム)

 それに指示を与えて、2機ずつの一個分隊(ロッテ)に分けて近衛兵団を挟むように飛行させる。

 音速を超える速度を出せるソレ等は、あっという間にクラムの上を航過していき───近衛兵団の上空に遷移(せんい)すると、



『ぶっとばせ』



 気合も気合。
 ……まるでクラムの意思が乗り移ったかのように、無人機の2機編隊(ロッテ)がクロスするように近衛兵団の上空を航過し───……。




 チュバァァァッァァァアアアアアアアアン!!!



 猛烈に爆裂した!!

 それは、ブシュッ!! と、ばかりに一機ずつが、腹に抱えていた空対地ミサイルを発射───都合4発を近衛兵団の密集隊形にぶちこんだのだ!!

 命中、
 炸裂、
 爆発、

 そして、衝撃を与えた。

「はは!! 命中判定─────撃破ッ!」

 まるで地獄の蓋が開いたかのように、真っ赤な炎に包まれて近衛兵団の大多数が一瞬にして炎に飲み込まれる。

 その炎のベールを抜けてくる者はおらず、ほとんどが一瞬で蒸発したようだ。

「いや、壊滅か?」

 目の前の光景に、思わず叫びだしそうになる。



 はっはっはっ!!
 ざま───



 ビービービー!

 バイザー内に警告音。接近警報!?

「…………ったく、すげぇ数だな」

 ミサイルが直撃した先頭集団は確かに壊滅した。
 したが───……近衛兵団は、それ以上に大兵力を抱えていたらしい。

 ドドドドドドドド!!
 ズドドドドドドドド!!

 ……燃え盛る爆心地を避けるように、後詰の兵が突撃を仕掛けてくる。

 この有様(ありさま)(ひる)まないのは見事(みごと)なり。

「さーすが近衛兵団(ロイヤルガーズ)、勇者の私兵モドキなだけはある」

 先頭集団が壊滅したにも関わらず、戦意の衰えない近衛兵は、一心にクラムに向けて突進する。

 なるほど……。
 指揮系統は生きているようだ。

「こりゃやりがいがある!」
 ニィィ──と、人知れず笑う。



 すぅぅぅ……!

「───ラウンドツー! ファィ!」

 激しい闘志をみせるクラム。
 その戦闘訓練とはどの様なものだったのだろうか………………?



第65話「エプソ無双っ!」

 ラウンドツー!

『ファイト!』
 ジャキリと構える大型マシンガン。

 先の戦闘で少々の弾の消耗はあったが、まだまだ潤沢(じゅんたく)

 た~~~っぷりとある。

 背中のコンテナから延びる弾帯をジャラりと揺らし、クラムは銃口を近衛兵団に向けた。

『どうじゃ~、支援してほしいか? ん?』

 バイザー内で魔王が余計な一言を入れる。
『冗~談きついぜ。まずは俺がやるに決まってるだろ?』

 空中空母の支援射撃を潤沢(じゅんたく)に降らせれば、あっという間にケリがついてしまう。

 …………それでは面白くない。

『まだまだ、ウォーミングアップにもなっていねぇよ』
 と、野戦師団との戦いなどあって無しの(ごと)し───。

 睨み付ける先───近衛兵団に微かな異変が……。
『なんだ?』
 訝しむクラムの視線の先。
 ボボボボン!! と、空中に炎の弾が浮かんだ。

 ほう?
 ……あれは、魔法か。

 騎兵集団でありながら、異なる兵科の魔導士を組み込んでいるらしい。

 浮かび上がった魔法は多重詠唱により、巨大な火球を生み出し、クラムを指向する。
 
 その火球を浮かべたまま近衛兵団は突撃を続けるが、それを見てクラムが嘲るように笑う。

 フ……。

『───火力が違うんだよぉ!!』

 猛然と銃を構えると、躊躇なく引き金をひく。

 ボン!!! と、銃口側面の40mmグレネードを発射。

 素早く排莢、装填───発射。

 ボン! ジャキン、シャコ……ボン!

 と、恐ろしい手さばきで40mmグレネード弾をつるべ撃ち。



 ヒュルウルルルル……ドカン! ドカン!
 ドカン! ドカン! ドガン!

 激しく爆発する榴弾は、無人機の対地ミサイルには敵わないものの、この世界の兵には神の矢のごとし!

 重装騎兵とはいえ、所詮は生身の人馬に防げるはずもなく───。

「ぎゃああ!!」「ぐぉぉ!」「ひぃぃ!」

 と、爆裂する榴弾に巻き上げられ吹っ飛ぶ多数の騎兵たち。

 その爆発やら、
 破片やら、
 ふっとんだ仲間やら、
 
 その他諸々(もろもろ)に巻き込まれてかなりの損害を出している。

 だが勇猛果敢な近衛兵団。
 多少の損害を出しつつも、まだまだ重装騎兵の集団は止まらない。

 はは、

『数は正義ってか!?』


 ……違うね。

 すぅぅぅ……!!


「───火力が正義だ!!」


 おらぁぁぁぁぁああああ!!!

 くーーーーらーーーーーーえーーーー!!

 ドガン! ドガン! ドッガガッ! ガガガガガッガガガガガッガガガガガ! ガガガッガガガガガガッガガガガガガガガガガガガガッガガガ!

 唸り声をあげる12.7mm重機関銃。

 さらに、

 ヴァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!

 狂おうしいまでの咆哮を奏でる、肩部ガトリング砲。

 そして、

 バシュバシュバシュシュシュシュシュシュシュ─────……!

 舞い狂うわ、肩部対人ミサイルポッド!!

 そこにすかさず、

 ボンッ! ボンッ! ボンッ!

 無慈悲に降り注ぐ40mmグレネード弾!


 それらはファンタジーを打ち砕くには容易に過ぎて───。

 12.7mm重機関銃の連続射撃は──人も馬も、
 5.56mmガトリングの連続射撃は──鎧も兜も、
 対人ミサイルの連続射撃は──機動力も装甲も、
 40mm榴弾のつるべ撃ちは──生きとし生けるもの全てを……!!!!

 王国最精鋭を、
 近衛兵団を、

 そして、

 ファンタジーを──────。

 無慈悲に、
 一片の容赦もなく、
 憐憫の情すらなく……、



 ───徹底的に打ち砕く!!!!!



 そして、破壊の嵐が向かう先。
 それらが一斉に近衛兵団に襲い掛かり!


 ズドーーーーーーーーーーーーーーン

 着弾!!
 着弾!
 着弾着弾着弾着弾着弾着弾───!!!

 チュドォォォオオオンン!!

「「「「ぎゃあああああああ!!」」」」

 一斉に襲いかかるわ、火力と火力と火力と火力!!

 先頭の騎兵がもんどりうって倒れる。
 その騎兵に(つまづ)いた騎兵も倒れる。

 重機関銃に撃ち抜かれた近衛兵の上半身が吹っ飛び、馬は主人を失って迷走する。

 5.56mm弾が腹に当たった馬が滅茶苦茶に暴れる。

 上空から散弾を降らせる対人ミサイルに魔法兵を含む大多数が叩き潰される。

 時折思い出したように降り注ぐ40mm榴弾に、将校もろとも吹っ飛ばされる。


 もう、無茶苦茶だ!!
 無ッッ茶苦茶だッッ!!


 大打撃!
 大打撃───!

 大・打・撃!!

 大打撃なのに───。
 それでも、進む近衛兵団。
 一歩も動かないクラムはいい目標らしい。

 グッチャグチャ! と、仲間の死体を乗り越え、見事な馬裁きで遮二無二(しゃにむに)突撃する兵は、……なるほど精強だ。

 比較的、弾の少ない対人ミサイルは撃ち尽くし、発射ポッドはデッドウェイトになるのを避けるため、強制的に肩から弾き飛ばされる。

 重機関銃も、バイザー内の残弾表示が恐ろしい勢いで消耗していった。

 それは肩部ガトリング砲も同じで、

 ヴァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァ………………カタカタカタカタタタタタ……!

 と、右肩のガトリングも消耗し、弾切れ。

 やはりデッドウェイト防止のため──バシュン! と自動で廃棄される。


 ち、そろそろ弾切れか───!!


『──────か・ら・のぉぉぉ!!』

 レーダーに映る無人機が旋回し戻る。
 そして再び近衛兵の集団に高速で上空を航過する───!!

『行けっ!』
 クラムの気合に答えるように───無人機が急降下する!

 そして!!!!!


 ダラララララララララッララ!!!

 
 と、航過しつつ、20mm連装バルカン砲で地上を掃き清めていく。
 4機、計8門の20mmバルカン砲が生み出す破壊力は航過の一瞬のちには赤い絨毯しか残らない有様だ。

 だが、
『───ヒュゥゥ!! すげーな!』
 思わず口笛を吹くクラムの前にまだまだ、数の減らない近衛兵団の部隊が多数。

『どうじゃ? 支援するかのー?』

 冗談!
 全部俺の獲物だ。

 っていうか、
『……魔王、お前撃ちたいんだろう?』
 と、ついつい本音が漏れる。

 いっそ本心を聞きたくなるクラムだが、今は無視。

 なんたって、こいつはまだまだ性能を出し切っていないからな! 
 エプソMK-2に全幅の信頼を寄せるクラム。

『じゃ、こっちもいってみようか!』

 ブースト!!

 と、バイザーの項目を選択。銃を構えたままクラムは疾走開始──!!

 ───グオォン!!

 とばかりに、腰と足に付いている噴射口から白い炎を吹き出しつつ、ロケット推進装置で急加速する。

 目標は正面!!
 正面からぶち当てる!!!

 みてろーーーーー!!
 突撃する騎兵に真正面から──突撃返し(・・・・)だ!!

『おおおおーーーらああああああああ!』

 ドガガガガガッガガガガ!
 と、重機関銃を使いつつ、急速接近しぃぃぃぃぃいあか!

 喰らえぇぇえ───!!!

『騎兵のヴェルダンだ!』
 キュバァァァァッァア!
 と、銃口側面にある火炎放射器を噴射!

 急速に周辺の酸素を圧縮し、連続噴射で5秒!!!

 距離50mという長大な炎を吹き出し、接近しつつある騎兵を浄化していく。

「ぎゃああああ」「くおおおおお!!」

 と、歴戦の騎兵、若年の騎士、ベテランの傭兵など、かき集めた精鋭からなる新生近衛兵団の強者(つわもの)といえども、炎に焼かれれば同じ。

 生焼けに焼かれる恐怖は変わらない。

 バチバチと馬の体ごと焼かれる兵を見て、さすがに動揺したのか、はたまた突然突っ込んできたクラムに恐れをなしたのか、動きの鈍る近衛兵団。

 クラムはそこにすかさず、断続的に火炎放射を放ちつつも、騎兵集団に突っ込む。

 いくつかの騎槍がクラムを(かす)めるが───超硬チタン合金製の装甲には傷一つつかない。

 懐に躍り込んだクラムは、12.7mm重機関銃はもとより、同銃の下方銃身の9mmガトリングをも同時に発射し、パララララララという軽快な音と元に死をばら撒き、死体を量産品している。

『はは! 全然へらねー。ほんと、凄まじい数だな!!』

 もはや、常に白兵距離という状態で次々に近衛兵を打ち倒していく。

 ロケット推進のクラムの速度は、騎兵のそれをはるかに上回っている。
 縦横無尽に動くクラムを、基本的に直線機動しかできない重装騎兵は捉えることができない。

 仮に、攻撃半径に入ったとしても騎槍と剣では、クラムに対して痛打など望むべくもなく──一方的に攻撃される近衛兵。

『ち……』

 弾切れだ。と、大型マシンガンを放り捨てるクラム。
 バイザー内にはまだ少々の残弾表示が出ていたが、もはやカス程度。

 ならば───!!

『剣には剣を!!』

 ズラァァン! と、腰に()いた高振動(ハイバイブレーション)(ブレード)を片手に構えると、空いた手にはガバメント改。

『いくぞぉぉぉ!』

 ヴーーーーーーと、微動音を立て続ける刀身は、ギラギラと輝いて見える。

 それはタダの反射などではなく、常に高振動する刀身が光を屈折させ震わせているのだ。

『飛び道具がなければ───』
 突っ込んで、仕留めるのみ! クラムに焦りなどない。

 銃を投げ捨てたクラムを見てチャンスと勘違いしたのか、勢い込んで突っ込んできた騎兵が、数騎!

 それをロケット推進のまま駆け抜けるクラムが、騎兵の脇を抜けざまに刀を差し込んでいく。

 脳内処理の高速化ができるクラムは、最適な経路を選び───騎兵の脇を走り抜けていく。その際に押し付けられた刀によって、


「あえ?」「ひで!」「ぶぴ?」「うぉ?」「らう?」

 
 ドチャチャチャチャ! と、次々に上下真っ二つにされた死体が量産されていく。
 そして、ガバメント改も撃ちまくる。

 バンバンバンバンバンバンバンバン!!

 本来、拳銃の命中精度などクソのようなものだが、コンピューター制御と着弾補正システムのお陰で、まぁー当たる当たる。

 それ以前に的が多すぎて、どこを撃っても当たりそうだ。

 人知れず獰猛(どうもう)な笑みを浮かべるクラムは、
『───ははっははっはは!!』
 と、(わら)う。

 笑う、笑う、笑う!!

 ……やはり強化手術でどこか感情に変化があるのだろうか?

 昔の彼なら考えるべくもない恐ろしいまでの残酷さ。

 もんどりうって倒れる騎馬。
 刀で切られたことに気付かずジタバタと暴れる近衛兵たち。

 その姿にまったくの憐憫(れんびん)の情すら抱くことなく、撃つわ斬るわ射つわ切るわ討つわ伐るわで──もー凄まじい。


 ははっはははははははははっはははっはは!!


 ゲラゲラと笑い、ブンブンと刀を振り回す。

 はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!

 狂ったように笑うクラムの耳に、

「うかつに近づくな!! 障害物を使え!」

 と、ここで冷静な声が響き、戦場に変化が訪れる。

 この声───!!

 興奮した頭に冷や水を掛けられたかの如く、そして、それでも覚めやらぬ興奮ととともに、

 ───歓喜!!!

 圧倒的歓喜!!!




「見つけたぞ! 近衛兵団長……イッパ・ナルグー!!」


第66話「格闘戦」

 ───見つけたぞ! 近衛兵団長……。

『イッパ・ナルグー!!』

 外部スピーカーを最大限に調整し、声を響かせる。
 その音は、まさに割れんばかりの声量!!

 間近にいた兵が、泡を吹いてぶっ倒れるほどだ。

 当然、気付いたイッパがこちらを穴が開くほど注視している。

「───貴様は本当にクラム・エンバニアなのか? そんな恰好(かっこう)の奴に覚えはないぞ!」

 外部音声を拾う収音器は、イッパの音声のみに集中する。

 その他の雑音はノイズキャンセラーが働き、カットしていった。
 おかげで、本来なら喧しいはずの戦場で、クラムには奇妙までの静音環境だ。


『はは! 帰って来たぜ、地獄の釜からよぉぉぉ!……これは俺の戦装束だぁぁぁ!!』

 ブババッババ!
 と刀を振り回すと、白兵戦を挑んできた兵を切り刻む。

 しかし、段々と(さば)き切れなくなってきたのか、ゴンゴンと槍や剣が命中する音が響く。

 訓練を積んだとはいえ、所詮は元一般人の囚人兵だ。

「舐めるな犯罪者が! たかだか囚人兵ごときに、おくれを取る我らではない!」

 「かかれぇぇ!」とイッパが合図をする。

 それを、しゃら臭ぇ!
 とばかりにガバメント改を乱射し、群がる兵を打ち倒す。

 バンバンバンバン!! カチン───。

 ──ち!
 ……ガバメントの弾が切れやがった。

 イッパを撃ち殺してやりたいが、ここで弾切れ。

 ブンと、ガバメント改を投げ捨てるとヒートナイフを抜き───刀と合わせて二刀流。

『どけぇぇぇ!!』

 イッパを切り刻むべく突撃するが、並みいる兵どもが邪魔だ!
 しかもイッパの指揮のもと兵どもとて、無謀な突撃ばかりを繰り返しはしない!

 いつのまにか、遮二無二(しゃにむに)突撃するのをやめ、下馬した兵が周囲を取り囲む。

 剣兵は後方へ遷移し、馬具から取り出した弓を構える。
 騎槍兵は長物の利点を生かしてチクチクと攻撃し始めた。

 貫通するはずもないが、腕の動きや足を阻害されて(わずら)わしい。
 
 正面装甲は絶対に貫くことはできないが、関節は別だ。
 超硬素材で作られているが、機関部ゆえ繊細な作り。
 故障の危険は常にある。

「ちぃぃ!」
 斬っても切っても兵は沸く。

 大隊規模どころではないのだ。

『どうじゃー? 支援するかのー?』

 魔王が天使の笑顔でクヒヒヒと笑う。
 ピンチでもなんでもないが……これは悔しい。

『うっせぇ! 黙ってろ!』

 無人機の支援も可能だが、こうも組み合っていると味方識別が邪魔をして攻撃できない。

 精々後方を攪乱(かくらん)する程度だ。

『強情じゃのー? 補給用の重量箱(コンテナ)はまだまだ先じゃぞ? ふむ、撃つか? 撃ってもいいかの?』
 ニヤニヤとした顔で(のたま)う。
 可愛らしいのが救いと言えば救いだが、その顔は認識阻害効果によるもの。

 脳の強化手術を受けても、この補正処理はできないようだ。
 ルゥナの顔はどこまでも意地悪に笑う。

(ち……!)

 クラムの苛立ち等構うことなく、近衛兵団は果敢に攻め立てる。
 さらにイッパの指揮は適確で、兵の被害が極限し始めた。

 騎槍など簡単に切り裂けるのだが、刀とナイフだけではリーチが足りず、トドメをさせない。

 そのうちに武器を失った兵は後方へ下がっていく。

 クッソ! ブーストでぶっ飛ばすか?

 強引に体をねじ込んで何人かを切り裂くが───!

 ───ドスン!?

 な、なんだぁ?!

 突如、巨大な質量が降り注ぐ。

「ぐ…………!」
 こ、こいつら……?!

 数人がかりで馬の死体を持ち上げ、ブン投げ始めやがった!

 馬の重量がどれほどだと!?
 さらには兵の死体まで───!!

『ぐぉおぉ!!』

 切り裂くことは切り裂けるのだが───数が……!

 数が多すぎる!!

 ドン! と、何体もの馬の巨体が飛んでくる。
『がっ!』
 ドカっとした衝撃に思わず振り返る。

 背後から投げつけられた近衛兵の死体を切り払おうとして───……。

 シャりぃぃん! と刀が落ちた。

 高振動刀は何でも切り裂くが、その効果は当然刀身のみ、腹や峰部分では効果はない。

 その腹にぶつけられた兵の死体のため刀は弾き飛ばされてしまった。

『の、野郎ッ!!』

 残る手持ちの武器はナイフのみ。
 あとは鉄球ぐらいだが……。

「いいぞッ! 武器を奪え!! 障害物を使え!」

 イッパは流石に戦い慣れしている。
 勇者を除けば国軍最強だというのも嘘ではないだろう。

 実際、あの戦場で魔王軍の武装隊員を切り倒している。

 案外、勇者と戦ってもいい勝負をするのかもしれないな。

 王国と言えど、『勇者』が反抗すれば勝ち目がないことくらい分かっている。対策くらい立てているだろう。

 それが、このイッパの戦い方なのかもしれない。

 次々に投げつけられる死体やらの障害物。

 ヒートナイフでは捌ききれない。
 そのうえ、この状態はさらに分が悪すぎる。

 高振動刀と違い、腹や峰部分も高温になり十分に脅威になるのだが、瞬時に切り裂くとは言い難い。

 それが故に、
『く!? ぬ、抜けん?!』
 ───スブブブ……。

 ついには、ぶつけられた馬体にナイフが沈み込み──取りだすことができなくなった。

「いいぞ! 仕留めろ!!」

 クラムが武器を失ったと見て、兵を突っ込ませる。

 騎槍兵が下がり、剣兵が奇声を上げて突っ込んできた!
「「「きぇぇえええええ!」」」

『舐めんな!!』

 奥の手は───武器はまだあるんだよぉ!
 そう叫ぶと、繰り出す一撃!

『うらぁぁぁああ!!』

 ───ブワッキィィィン!!

 と、衝突事故のような音が響き、突っ込んできた正面の兵が吹っ飛んだ。

 顔は───……いや、首がない。

「な! 何だ今のは……」

 イッパが驚愕している。
 周囲の兵に至っては恐慌状態だ。

「「ひえ?!」」
「「な、殴って殺しやがった」」

 なにかって?
 ジャブだよ。ジャブ。
 パンチぱんち……パーンチー!

 ただし、
『仕込みは、12.7mm空砲からのジャブだ!』

 ジャコン!!

 左腕の排莢口から、12.7mmの空薬莢が排出される。

 腕は僅かに伸び切り、その鋼鉄の手には兵の脳漿(のうしょう)がこびり付いていた。

 見たかっ!

 ……エプソMK-2は伊達じゃない!

 まだだ……。
 まだ、まだ終わりじゃねぇぞ!

『おおおおらあぁぁぁぁっぁ!』

 ガンガンガンガンガンガンガン!!

 まるで砲撃のような音が響き、クラムの腕が前後する。
 発砲?
 いや……わずかだが腕が伸縮している。

 これが───!!!
 12.7mmジャブ───腕に内蔵した伸縮機構に、同じく内蔵されている12.7mm重機関銃用空砲の発砲エネルギーを利用した機械式パンチ。

 その威力は12.7mm重機関銃なみの威力を遺憾なく発揮する。

『どぉぉぉっけぇぇぇぇ!!』

 ガガガガガガッガガガガガガガガガン!!

 連続打撃は正面に立つ兵を粉みじんに粉砕していく。

 その間にも、周囲から切りかかられようと完全無視だ。

 お前らのチンケな武器で装甲が貫けるものか!!

 兵の死体を投げつけられたとしても、筋肉アシストを受けているクラムにとっては羽の如し。邪魔なだけだ。
 
「ば、化け物め! そいつを、ぶつけてやれ!!」
「「はッ!!」」

 イッパが指示し───!!

 ブン、と馬体が再び投げつけられる。
 殺しまくったおかげで死体には事欠かない様だ。

 さすがに、馬の巨体は12.7mmジャブと言えど───……。

『───どっせぇぇっぇい!!』

 ドパッァァァァン! と、凄まじい音が響き、馬の巨体が粉々に……!!

 そして、ジャブを放っていた左腕の12.7mm重機関銃の空薬莢ではなく、

 伸び切った右腕からは排莢口(・・・・・・・・)!!

 そこからデッカイ薬莢が、ゴトン───と……。

 どうだ!!!
『───40mmストレートだ!』
 40mm榴弾を発射するための薬莢が、音を立てて転がり落ちる。

 その威力は、40mm弾の威力を遺憾なく発揮した。

 近接格闘戦闘用に、

 左腕には12.7mm空砲を利用したジャブ。
 右腕には40mm空砲を利用したストレート。

 ───それぞれが内蔵されている。
 これがエプソMK-2の武装だぁぁあ!!

「ほ、本当に化け物か貴様は!!」
 イッパが忌々しそうに(のたま)い、馬首を巡らせる。

 逃げる気か!

『逃がすか!』
「ほざけ! 総員ッ! 奴を包囲し、足止めせよ!」
 形成の不利を悟ったイッパは戦線離脱を図る。

「「「はッ! お任せを」」」

 この場に残る兵は死兵だ。
 せいぜいが足止めに使える程度……。

 イッパは素早い判断のもと、離脱準備にかかっていた。

 その目の前で、
 ズガァァン、ドパァァン! と、紙屑の様に兵の体が舞っているがしばらくは持ちこたえるだろう。

「せいぜい、時間を稼いでくれよ……」

 その隙に、後方の特殊部隊を投入する

「がっぁああああああああ!!」
 と獣のようにクラムが唸るが、イッパは最早(もはや)相手にせず逃走の姿勢だ。

 戦場の倣い……戦術的後退というものだ!

 ドカカッドカカッ! と馬蹄を鳴らし引いていくイッパ。
 この場は他の将校に任せて、逃げる気らしい。

 クラムも気付いて追いかけようとするが、さすがに敵の数が多すぎる。
 格闘だけで制圧するのはもはや不可能だ。

 それに、格闘装備は内蔵型兵器のためジャブもストレートも弾数が少ない。

 ストレートは5発。
 ジャブは50発しか放てなかった。

『ち! くそぉぉぉ!』

 逃がすくらいなら───!

『………………魔王、撃てぇぇぇ!!』

 バイザー内の支援項目を選択。
 空中空母に支援を要請した。

『ホイ来た! ウズウズしとったぞ?』

 バイザー内の魔王が、それはもう綺麗な笑顔でニコニコと───その隅でズガン! と巨砲が唸る音が響き、画像が少し揺れた。

 そして───……。


 
 キュガァァッァァンン!!

 

 と、大音響が響いたかと思うとバイザー内が真っ赤に染まり、爆風でユラユラと体が揺さぶられる。

 それは、155mm連装榴弾砲の着弾だ。

 空から降り注ぐ重砲に対抗できるものなどなく、兵が木の葉のように吹き飛んでいった。

 直撃すればクラムとて無事では済まない。
 そう、無事では(・・・・)───であるが……。

 当然、着弾点はズラしている。
 榴弾の威力を考慮し───兵だけを殺傷できる位置に着弾させている。

 余談だが、
 イッパは狙わない。


 なんたって、俺が殺すんだからな!


 155mm榴弾で粉々なんて………生ぬるい。
 奴は、俺の手で引き裂いてやる!

 道が(ひら)けると逃げていくイッパの背中が見えた。

 その先からは、別の兵団が見える。

『ち……! ほんと、数だけは多いな……』

 現状では、負けはしないものの。
 銃がなければ簡単には、勝てないだろう。


 ならば、





『───補給にいくッ!』


第67話「補給」

 ───補給にいく!


 『魔王』がバイザーの画面の中で、ご満悦と言った表情で笑う。
『おうおう、そろそろ補給が必要だと思っとったわ』

 ピコン! とバイザーの補給品の表示が強調表示され、クラムにルートを示す。

『一番近い補給用の重量箱(コンテナ)は、北西に1.5kmじゃ、近衛兵団とやらとは距離を空けてしまうが……』

 仕方ないさ、すぐに殲滅してやるがな!

『上等……いったん仕切り直しだ!』
 ガシャっと高振動(ハイバイブレーション)(ブレード)だけを拾うと、生き残っているが……衝撃のあまり茫然(ぼうぜん)としている兵を切り裂きながら(きびす)を返した。

 近衛兵団といえど、至近距離でうけた155mmの重砲には(かな)わなかったようだ。

 適当に切り散らすと、ブーストを使い切らん勢いで戦場を脱していくクラム。

 その背中を追うように、無人機の編隊が後方から追従してきた。


 そして……。


 ヒュルルルルルルル…………。

 ご丁寧に、「置き土産だ!」と言わんばかりに、小型の気化爆弾を落とし、残った近衛兵に叩きつけた。

 チュバァァァァァン! という音と共に、真っ白な爆炎があがり、その中にいたものを全て蒸発させる。

 生きとし生けるものが全て蒸発していく。

 バイザー内にあった敵表示が、あっという間に消滅した。
「チ……これじゃ、面白くねぇんだよ!」
 ギリリと歯を噛み締める。

 そうだ。
 ……俺の苦渋はこんなもんじゃぁねぇ!

 もっと、
 もっと、
 もっと!!

 辛く、熱く、キツクて、臭くて、
 ───あああああああああああああ!!!

 グググゥと足に力を籠めると、ドンッ! と、地を蹴り舞い上がる。

『───がああああああああああああ!!』

 バイザー内で叫び、慟哭(どうこく)した!
 クラムの感情は既に張り裂けている。

 癒しは復讐のみ───!!

 そうだ、
 復讐だ、
 復讐の時だ!!

 ……そうとも、
 一人はズタズタにしてやった。

 ……そうとも、
 もう一人はすぐ近くにいた。

 殺してやる。
 殺してやる!
 殺してやるッッ!!

 コロシテヤル、
 コロシテヤル、コロシテヤル!

 コロシテヤルぁぁぁあ!!!


 あああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!


 ゴゥゥゥ! とロケットブースターが噴出し、エプソMK2を空に浮かべる。
 重量をロケット推進で強引に空へ持ち上げるのだ。
 その強力なジャンプは、滑空へと移り──次いで、物凄い勢いで落下していく。

 だが、恐怖感はなかった。

 むしろ爽快ですらあり───。
 
 なんたって、1.5kmという距離を一瞬でショートカットし、着陸するのだ!!!

 ゴフフゥゥゥ! と、制動用のブーストが噴き出し、着地の衝撃を相殺した。

 ズゥゥゥウウン…………!

 さすがのエプソも、着地の衝撃にギシギシと軋んでいたが、それでもまったく不調の兆しはない。
 各部位の損傷個所もほぼなし、関節部がやや負荷によるダメージを負っているようだが許容範囲。

 自動修復機能(オートリペア)が働きたちどころに修復していく。

 その様子を、インジゲーターをチラ見しつつ確認。
 意識の隅に追いやると───、

『おいおい、デカすぎだろ……?』

 目の前には重量箱(コンテナ)
 魔王が空中空母から投下したというそれ(コンテナ)は巨大なもので、むりやり詰め込めば100人くらい人が入れそうだ。

『はっはっは、大盤振る舞いじゃ……とは言え、旧式ばっかでのー…新型兵器はさすがに軍に嗅ぎつけられる』

 ……ん?

『その軍ってのはなんだ? あんたらも軍隊かと思ったが───』
『気にするな、こっちの話じゃ。さて、好きなのを持っていくがよいぞ、───ポチっとな!』

 魔王がバイザーの画面越しに可愛らしく合図をすると、ウィィィィン……と、コンテナの蓋が上面から開き地面に接する。

 ズシィィィイ……!

『───ひゅうぅぅ~♪』
 そして思わず口笛。

 高ぶった怒りのボルテージすら下がり、別な興奮が生まれる。


()り取り見取り。好きなのを選ぶがいいぞ? 持ち運べない分は──ほれ、』
 画面越しに魔王が機械を操作しているらしい。

 すると───。
 キュラキュラキュラキュラ……!

『戦車───か?』
 戦闘訓練中に見せられた魔王軍の兵器の数々。その中にあった鋼鉄の悍馬(かんば)
 異界の戦車(チャリオット)だ。

『ん~? はっはっは。違うの違う。ただの無人輸送車両じゃよ。小型で高速、長距離行動可じゃ』

 武装も一応あるぞ? と、魔王が示すのは、無人車両の天井についた小型ガトリング砲だった。

『武装は最小限……ただし腹いっぱい物資が積み込めるってわけだな?』

『その通り、(無人)(小型)(輸送)(車両)───通称ポチじゃよ』

 ポチ?……なんだろう、そこはかとなく可愛い気がするな。

『まぁ、ええ。取りあえず重量箱(コンテナ)では簡易メンテナンスも可能じゃ。お前は、一度休息をとれ。バイザー越しに武器を選択してくれれば、内部のギミックが勝手にポチに積載するでの』

『了解した』

 少し手に取って選んでみたい気もするが、エプソMK-2の運用は魔王に一任している。
 クラムはあくまでもただの搭乗者だ。

 作戦も、整備も、運用も───なにもかも魔王任せ。
 クラムはこれを駆り、復讐対象を駆逐出来ればそれでいい。

 そして言われるままに、武器の詰まったコンテナの狭い通路を通り、奥の整備(メンテナンス)ブースに腰を下ろす。

『うむ……少し休むがいい。少々ならココでも抗戦できるでの』

 そういうが早いか、オートメンテナンスのギミックが、壁やら床からガチャガチャと出てきてクラムを拘束する。

 そして、ギミックアームがバイザーを取り外すと、汗にまみれたクラムの顔が外気に曝された。

「ぷはぁ…………!」

 エプソMK-2の内部にもエアコンは内蔵されているのだが、はやり激しい動きはパワーアシストされていても体には負担となっている。

「ふぅ……」

 軽い疲労を感じていると、ギミックアームが態々(わざわざ)高カロリードリンクを差し出してくれた。

 ……ご丁寧に小さな画面付き。
 ───このアーム動かしてるの魔王だろ。

『おつかれさんじゃの』

 ニィ……と笑う天使の笑顔。
 小さなスピーカーも内蔵されているらしく声は実に明瞭だった。

 ジュゥゥゥ……とストローで飲む。
 実にうまい。

「ぷぅ……! まだまだいけるぜ」
 ニッと笑うと、ルゥナ……魔王も不敵に返す。

『当然じゃ、そのくらいでは大したテストにならでの……ほれみろ』

 ビュワン! と空中に別のウィンドウが開く。
 ……この技術だけはよくわからない。

「なんだ?」
『うむ……新手じゃ。近衛兵団(ロイヤルガーズ)新鋭特殊部隊(ニュータスクフォース)らしいの』 

 ザッザッザッザ!

 と音が聞こえそうなくらい整然と歩いているのは、

「………………ゴーレム?」

『ふむん? こっちではそう言うのかの? 我々は自動人形(オートマタン)と呼んでおる……奇妙な技術じゃよ』

 ザッザッザ! と行進するそれらは、石やら鉄やら木やら…人骨やら様々な素材で作られた多種多様な人型巨人だ。

 それを操るのは魔導士連中らしく。
 鉄板で覆われた頑丈な籠を据え付けた馬型のゴーレムに搭乗している。

 そいつらが複数を操作しているらしく、小グループがいくつかに分かれていた。

 そして、それらを先頭にし後方からヨチヨチと突いていくのは屈強な奴隷が2人一組で担ぐ籠に乗った魔導士連中だ。

 その更に後ろには、馬にけん引させるタイプの───車輪付きバリスタ(大型ボウガン)を多数率いている。

「よほどドラゴンが(こた)えたらしいな」
『はっはっは! ある意味この世界では無敵に近いからの~』

 そりゃそうだ……。

 魔王軍の兵器について学ぶまでは、異界の軍事の事なんて知る由もなかった。
 ましてや、この世界においては「対空砲」など存在もしていない。

 だから、近衛兵団としては、

 とりあえず固い壁→ゴーレムと、
 空へ発射できる→対ドラゴンの魔法兵とバリスタを準備した───ということだろう。

『───カッ! あんなもんで落とされちゃ面目が付かんわ』

 カッカッカと呵々大笑する。

 そりゃ俺もそう思うぜ、とクラムも追笑する。

 画面越しにゲラゲラ笑う二人には、敵の新手に対する危機感など微塵もなかった。

『───で、どうする? 無人機を使うかの? それとも重砲と爆弾で吹っ飛ばしてやるかの?』 

 ……はっ!

「冗談きっついぜ……」

 ピッと画面を指し示すと、クラムの動きに応じて画面が拡大される。

「イッパがいる……俺の獲物だろ?」

 そう、先遣隊が壊滅したためイッパ・ナルグーは後方から追いついてきたこの部隊に合流し、追跡を開始したのだ。

 すでに、敵の斥候にはこちらの動きはバレているらしい。

 宙に浮かぶウィンドウの副画面には、敵味方表示の赤い光点が灯り、その動きを見るに、チラチラとこちらを覗っているのがわかる。

『ほう? 正面からやるのか!?』

 目を見開いて驚いているが、反応からして予想していたのだろう。

「当然……! せっかくの補給だ。俺も大盤振る舞いしてやるぜ」

 コトっと、飲み干したドリンク置くと、そろそろメンテナンスも終盤を迎えていた。

 しゃべりながらも武器はしっかりと選定したいたので、『ポチ』には既に補給品が満載状態になっている。

『うむ……。もう少しで終わる。取りあえず外は掃除しておこうかのー』

 言うが早いか、魔王が『ポチっとなー』と、言いつつ機械を操作。

 コンテナの外で駆動音がする。そして、『見て見て~』と言わんばかりに新しいウィンドウが開き外の様子を示してくれた。

 外には下馬した斥候と思しき軽装の兵が、一個小隊ほど。

 槍も持たず剣と盾のみ。
 まったく脅威を感じない。

「なんだこいつら?」
『危険に近づく悪い子じゃよ』
 ヒヒヒと笑い、『あそーれ!』と、さも楽し気に……、


 ビュィイイ───!!


 ジュバァァ! と赤く輝く光線が出たかと思うと……───ドサドサドサ!
 瞬く間に一個小隊が胴体と首を切断されて2個小隊になる。

「おいおいおい! な、なんだよ今のご機嫌兵器は!」
『気に入ったかの? 航宙間輸送船……まぁ星の世界を行き来する船が装備している、石ころ破壊器(レーザー砲)じゃ。ありふれたものよ』





「気に入ったぜ…」


第68話「特殊部隊」

「気に入ったぜ……!」

 ニヤリと笑うクラム。
『───だと思うとったぞ』
 ちょうどメンテナンスが終わったらしく、ヘルメットが再び頭を覆う。

 途端に暗くなる視界だが、すぐに内部のバイザーに画面が表示───外の風景を360度スクリーンで映し出す。

 少々の息苦しさがなければ、ヘルメットを被っているなどとは思わないだろう。

『ほれ見ぃ、携帯用のもあるぞ?』

 バイザー内の視界にピコンと色が灯り、
 兵器群のうちの一角を切り取ったように淡く緑で光らせる。

 実際にその兵器が光っているわけではなく、クラムの見ているバイザー画面が補助をして、あたかも兵器が光っているように見せているのだ。

『ほれほれ…! 携帯型のレーザーライフルじゃ。本来、歩兵装備ではないがの……放熱が難しいので、生身で使うのは絶対に無理じゃ。───が、エプソなら使いこなせるぞ』

 ほう?

 レーザーを使っても御咎(おとが)めなし──とな?

 魔王の言う──『軍』ってのは一体どんな装備をしているんだか?

 こんな物騒な兵器を使っても、お目こぼしされる程……よほど凶悪な兵器を装備しているらしい。

 魔王曰く、
 現役の軍の個人携帯装備を使うと、すぐに軍にバレてしまうとか?

 バレた後のことは、魔王をして知らんほうがいい───というほどの事らしい。

 ───まぁいいさ。
 俺にはコイツで十分だ。

 ギョム、ギョム! と独特の足音を立ててコンテナ内の兵器を漁っていく。
 今の手持ちは高振動(ハイバイブレーション)(ブレード)のみ。

 当然、これじゃ苦労する───負けはしないだろうが、時間がかかりすぎる。

 ───やはり火力だ。
 火力が正義だ───!

 12.7mm重機関銃は、なかなかにご機嫌兵器(・・・・・)だったしな……!

 スーと視線を走査し、目に留まった良さげなものを選んでいく。
 どうせなら、ポチに積んだ兵器よりも違うものを使いたい。

『これと……、これと……、』

 ガチャガチャ、と買い物感覚で選び、各部に取り付けていく。
 明らかに重量過多。だが、エプソMK-2のパワーは伊達じゃない。
 とはいえ、パワーアシストが効いていなければ、重さで潰れているだろう。

『明らかに重量オーバーに見えて、まったく重さを感じないとか……エプソMK-2──とんでもないパワーだな』

『くくく。装備さえ整えば、星すら破壊できるかもな』
 魔王が底意地悪そうに笑う。

 内蔵兵器は弾薬の補充が済んでいるが、空挺降下時には重量と、強度の関係で取り付けられなかった物も、この際なので装備していく。

 手持ちの武器以外にも、装甲のアタッチメントには外装兵器を取り付けることもできるし、内側の空きスペースにはスロット式に、固定装備を収められる。

 そして背中には、携帯コンテナ。

 そこには大型の火器も装着できるので、そこにも弾薬と一緒に兵器を積載することが可能だ。

 ポチ(RLCV)もどこかで放棄しなければならないかもしれないのだ、武器はあるだけあってもいい。

 ──弾薬も同様。

『こんなもんか?』

 一通りの武装を整えたあと、試験的に軽く動いてみると───ギョム、ギョム! から、ガシャ、ガシャ…! という足音に代わっている。
 
 それもそうだろう。

 もはや、エプソMK-2の元の姿が見えないばかりに武装がテンコ盛り。

『ほほう、欲張ったの~?』
『へ、ご機嫌だぜ』

 クラム、エプソMK-2。
 装備は以下の通り、

・頭部、9mmバルカン砲×2
・右肩部、20mm短銃身対空機関砲×1
・左肩部、9連対人ミサイル発射ポッド×1
・左右肘部、40mm榴弾発射機×2
      (弾種多数)
・右前腕部、内蔵式セラミックナイフ×1
・左前腕部、火炎放射器×1
・左右太腿部、
 5連装対戦車ミサイル発射機×2
・右脛部、6連装発射発煙筒×1
・左脛部、BC兵器噴霧器×1
・背部コンテナ外装、60mm迫撃砲×1
・(格闘用空砲補充済み)
 

 手持ち装備

・右主武装、12.7mm重機関銃
     (40mm榴弾発射機装備)×1
・左主武装、レーザーライフル×1
・右側副武装、
 銃剣付き9mmガバメント改×1
・左型副武装、ハンドレールガン×1
・高振動刀×1
・ヒートナイフ×1
・手りゅう弾×10
・閃光手りゅう弾×10


 背部コンテナ搭載品

・110mm無反動砲×1
・コンバットショットガン×1
・折り畳み式長砲身レールガン×1
・7.62mmミニガン×1
・弾薬多数

『いや~……すごいの~壮観じゃな』
『そうなのか? 自分ではわからんが……』

 重さを感じないし、視界も補正処理されているため、まるで兵器など着いていないかのようだ。

 バイザー内の武器表示だけが、ズラーっと増えている。
 普通の人間なら絶対に処理できないような情報量でも、ことクラムは、エプソMK-2に限ってだけ言えば恐ろしい演算速度で処理していく。

『ふふん、エプソMK-2じゃからできること!』
『感謝してるよ、ル──魔王』

『お、おぅ。うむ……』

 どうしても素直に言葉にするときは、ついルゥナと言ってしまいそうになる。
 100倍の演算処理能力を手に入れているというが、よくわからない。
 実感もない。

 ──ただ、エプソMK-2を手足のように操れるということだけ。

『と、ところでじゃ、これなんかどうだ? 200mmドリルとか、スーパーショックハリセンとかあるぞ?』

『なんだよドリルって……。残ってる武器ほとんどネタ兵器みたいなもんだろうが……』

 実際、
 コンテナには、ぎっしりと武器が詰まっているように見えるが───中にはこれどうなの? という兵器もある。

 『とりもちライフル』ってなんだよ……?
 捕獲しろってか!?
 『カラーボール』とか……当たれば色がつくらしい、が……だからどうしろと?

『ね、ネタとは失敬な……これも、あれも、全~部ワシが選んだんじゃぞ! そ、そりゃ、ウチの職員も選定してはおったが……』

 うん。
 ……ちゃんとした兵器を入れてくれた職員に、感謝しよう。

『ありがとさんよ……じゃ、』

 行くぜ、と───。

 コンテナがミシミシと軋むほど、現在のエプソMK-2の足にかかる重量は相当なものなのだろう。

『舗装もされていない戦場じゃ、軟弱地に入った場合は──』
『わかってるよ』

 魔王の危惧はわかる。

 この世界でも、フルプレートアーマーはあるからな。

 それは、沼地などの軟弱地に知らずに入って沈んで死んだなどという、お間抜け話がついて回るほど。

 滅茶苦茶、重量級の装備を搭載したエプソMK-2……いや、この場合は「重武装(ヘヴィアーマー)エプソMK-2」というべきか?
 これも、
 当然ながら、そのフルプレートアーマー(・・・・・・・・・・・)的な、お間抜け話(・・・・・)の部類なわけだが……。

『半重力装置だな?』

『そうじゃ、消費も激しいので連用は厳禁じゃが、半日くらいならどうということはない。しっかりと使いこなせよ?』

 ふ……誰に言ってるんだか。

『エプソは俺と一心同体だ。問題ない』

 そうじゃな……。『すまんかったの』と魔王が殊勝(しゅしょう)に謝る。

 ───そう、これだ。
 こいつらの考え方はおかしいのだ───。

 155mm榴弾砲やら、気化爆弾で大量に殺しておきながら、……クラムの寿命を削る手術をしたことを(いま)だに悔いている。

 それどころか、(つぐな)いすら必要だというのだ。

 ……クラムからすれば薄ら寒い話だった。

 例えるなら、内臓を(えぐ)り出しておいてから、包帯を巻いて治療し───ニコニコと「良かったな」という。

 ……なるほど、魔王軍だよ───やっぱ、あんたらは。

 まぁ、俺は利用するだけさ。
 魔王も俺を利用すればいい。

 理由は知らないが『勇者』を駆逐したいという一点でのみ、クラムたちは共闘しているだけだ。


 俺は寿命を、
 魔王は武器と支援を、

 ───それぞれBETした。

 あとは、ディーラー次第ということだ。

 もう───ここから先は……ただ、()くのみ!

 ガシャン!

 と、大きな足音はコンテナの終わりを告げていた。
 背後にはRLCV───ポチが付き従っている。

 その鋼鉄のボディは頼もしく、ポチなどという可愛らしい呼称が如何(いか)にも皮肉だった。

『行くぞ!』
『応よ。無人機の補給も終わった。ワシらも上空で監視待機中じゃ、行って暴れてこい』

 ───おう、望むところだ!

 ビービービー……! 接近警報がバイザー内に流れる。
 目視距離に、近衛兵団の特殊部隊が入ったらしい。

「ふ……人形と魔法で───」


 ヒィィィィィィ───……ン!!


 と、内蔵型のロケットブースターが、その推進力を発揮する前の呼吸をしている。

 ははははは……いいぞ、エプソ! まだまだ、暴れ足りないだろう!

 ───行くぞッッ!


 ィィィィィィ───……キュゴォォン!!
 ───ゴォオオオオオオオオオオオオ!!


 凄まじい勢いで飛び上がるエプソMK-2。
 急激なGで機体がミシミシと音を立てているが、どこにも警報は出ない。
 負荷値が限界を超えると、けたたましいアラームが盛大に騒ぎ出す。

 それがないということは、全然許容範囲ということ。

 ───いい子だ……相棒よ。

 バイザー内のレーダーには、赤い光点がビッシリと映し出されていく。
 それがだんだんと増えていった。

 それも急激に!

 そう、クラムは今───物凄い勢いで敵の集団に接近しているのだ。

 既に目視距離!!
 無機質な木偶人形ども───ゴーレムがズン、ズン! と歩いているのが見えた。



『敵機甲兵力確認!……これより殲滅する』



 鉄だろうが……。
 岩だろうが……。
 木とか、骨とかでなぁぁぁぁ───!


 すぅぅぅ…………。








『───12.7mmが防げるかぁぁぁ!』



第69話「12.7mmフルメタルジャケット」

 ───12.7mmが防げるかぁぁぁあ!


 ズドォォォォォオオ!!

 ロケット推進で突っ込んだクラムは、急制動を掛けつつ───『おらぁぁぁぁ!』と、先頭にいたゴーレムにドロップキックを極める。

『ぶっ飛べッッ!!』

 ドッカァァァァン!

 ブレーキを兼ねたドロップキックにゴーレムが爆散する。

 そのあとに、盛大な爆発とも破裂とも付かない破壊の嵐が起こり、背後に隠れていた魔導士ともども二体、三体を吹っ飛ばして(ようや)く止まった。

 そして、

 ゴファァァァァ……!!

 と、激しく放熱するエプソMK-2。
 強制排熱により、白い陽炎に包まれる機体。
 その姿は近衛兵団にどう映ったのか──。

 突如、目の前に現れたクラムに近衛兵団は対応できない。

 馬型ゴーレムに乗った年嵩(としかさ)の魔導士が、キョトンとした目をしている。

 一方のゴーレムは何も言わず黙々と進むのみで無反応。

 今は、近衛兵団の発する、ザワザワとした喧噪(けんそう)だけが集音器から拾いとれた。

 ろくな反応もできんとは……。

 はっはっは! カモだな───!

 すぅぅぅぅぅ……、
『レッツ、パーティィィィ!!』
 
 ジャキン!

 両の手に持つ重機関銃とレーザーライフルと様々な固定武装が───、

「なんだ!?」
「敵か?」
「官姓名を名乗れ!」

『こいつに聞きなッッ!』


 ───火を噴く!!!



 ガガガッガガガガッガガガガガッガガガ!
 ビュィイイィィィィィィィィィ───!!
 ヴァアアアアアアアアアアアアアアアン!



 もの凄い轟音とともに、赤い光の奔流が迸る!!

 そして、ドサリ……!
 ドサリ、ドザリと、先頭のゴーレムと背後の魔導士が声もなく倒れていく…………?


 あ、
 ああああああ!?


 ブシュウ! と焼ける肉の臭い。
 弾けとんだ人体と、木偶人形(ゴーレム)のミックス。

 間抜けにも、今更ながら悲鳴があがる。

「ぎゃあああああ」
「腕が腕がぁぁ!!」
「あつ──」
「敵しゅ─ブ?!」
「ゴーレ?」

 に、
「「「───逃げろぉぉぉぉぉぉ!!」」」

 ───まるで、死のオーケストラだ。

 銃声と悲鳴と断末魔の阿鼻叫喚。

 この場は、一瞬にして悲鳴の渦に飲み込まれた。

 そう、そこは、もはや魔女の釜───地獄の一丁目だ。

 幸いにも魔導士の数は相当に少ないからいいようなものの、数の大半を占めるゴーレムは紙屑同然。
 直撃を受けたゴーレムはといえば、もう、ボッロボロ!

 12.7mmの大口径弾は貫通し、砕け散ってもまだ凶悪な破片となって周囲を襲う。

 レーザーは凶悪の一言で、あらゆるものを両断し、後方にいた移動式バリスタさえバターのように切り裂いていく。

 さらには、地面に着弾してもドロドロに溶けて溶岩の如き様相を生み出している。
 
『はっはっは! 来いよ特殊部隊(タスクフォース)! まとめて膾切(なますぎ)りにしてやるぜ』

 スピーカーを最大にして盛大に挑発する。
 しかし、敵も大混乱に陥っているのかイマイチ反応に乏しい。

 が───……!

「うろたえるな! 敵は一人! 包囲して撃破しろ───」

 ほぅ? この声は……。

『───見つけたぞイッパぁぁぁぁああ!』
 もう逃がさん! ここで仕留めてやるぜ。

「囚人風情が!!───()えある近衛兵団長の私を呼び捨てにするなぁぁぁ!」

 かかれぇぇぇ! とイッパの号令が響くと、ゴーレムに移動バリスタ、籠に乗った魔導士が動き始める。

 なるほど……、指揮能力は大したものだ。
 これほどの集団になれば、細かい指示は必要ない。

 長となるものは方針を示し、指示するだけでよい。

 それで集団は動くかどうかは別だが……。

 しかし、イッパは見事にやって見せた。
 一気に擾乱させられるかと思ったが、すぐに組織的行動を始める特殊部隊。

 クラムが勢い込んで敵の集団に突っ込んだだけあって、ゴーレムが全方位から襲い来る。

『おーおーおー……無茶しとるのぉ、支援は──』
『いらん!』

 相も変わらず茶化(ちゃか)してくる『魔王』。
 どうしても撃ちたいらしいが───。

 コイツらは───。
 コイツは俺の獲物だ!!

 見てろよ、魔王!
『───火力が全てだ!!!』

 おらぁぁぁぁぁあああ!!

 レーザーライフルを撃ちっぱなしにして、その場で一回転。

 ビュワン! と赤い光線が戦場を舐めると、ズズズズズ……ドスン! と周囲のゴーレムの上半身が下半身と別れて───落ちる。

 その範囲が───実に広大! まるで大鎌で麦を収穫するかのように、一気にズドドドドドドドドとゴーレムが倒れ落ち半壊した。

「な、なんだあれは!」
 馬に乗ったイッパが驚愕(きょうがく)している。
 奴の声だけは、特に聞き取れる様に機械処理により固定。
 狙って集音してくれる外部センサーがよく拾ってくれた。

『「なんだ?」だぁ?!───くはは、これはお前にとっての悪夢だッッ!』

 イッパによく聞こえるように最大音量でいえば、イッパをしてようやく自分の声がクラムに届いていることを知ったようだ。

「生意気な! 木偶人形は攻撃続行! 次ぃ、奴を休ませるな───バリスタぁぁ!」

 イッパの指示のもと、ゴトゴトゴトと押し出されてきた移動式のバリスタ。
 車輪付き故、照準は少々甘いところがありそうだが、───数が多い!!

 ズンズンと生き残りのゴーレムが死を恐れずに突進してくる。
 その隙にバリスタが発射準備を整えるのだろう。

『しゃらくせぇ!』
 
 バイザー内の武器選択項目から対人ミサイルを選ぶと、画面上に浮かび上がったターゲットポイントに敵のバリスタ集団を攻撃半径に収める。

『ぶっとべや!』

 バシュシュシュン!!
 と、連射したミサイルが飛翔して行きぃぃぃぃぃ───ッ……炸裂したッッ!


 ボォォォォン!


 バリスタの集団の頭上で爆発したミサイルは内部の散弾を雨のごとく降らせる!
 近接(VT)信管が作動して完璧な仕事をやり遂げてくれたようだ。

 ズシャァァァアアアン!!
 
 と、散弾が落着し激しい土埃のあとには、グチャグチャに潰れた敵の姿があるのみ。

 近くにいた魔導士連中も、巻き添えを食らって吹っ飛んでいる。

 この攻撃だけで、既にレーダーの中で主張していた敵の光点が相当数減っていた。

 そりゃあ。そうだ。

 爆撃やら砲撃やらを防ぐには、本来なら地に伏せるか地面に潜らねばならない。
 それもできずに、ただ突っ立っていたのでは鴨撃(かもう)ちも良いところ。

 ちょっとした破片でさえ、生身の人間には脅威となるというのにッ!


「ば、バケモノめぇぇえ!」


 イッパ自身は無傷で、未だ馬に(またが)っている。
 しかしこれは運でも、イッパ自身の腕のお陰でもない───。

 クラムが()えて狙っていないから。

 ただそれだけだ。

 まとめて、グシャ! と潰すのでは味気ないと───そう言っているのだ。

 けれども、もう仕舞だよ……。

 クラムといえば、まだまだ武器弾薬はたっぷり……!

 何回でも。
 そう、何回ででも殲滅できるほどの量がある。

 重武装(ヘヴィアーマー)エプソMK-2は現時点で、この戦場で最も火力があった。

「怯むな! 奴も消耗している、撃て、放て、潰せぇぇぇ!!!」
 
 生き残ったゴーレムが近づいてくるが、その数は少ない。

 見れば、いくつかのゴーレムは無傷にも拘らず行動停止……術者である魔術師が逃亡しているのだ。

『それで特殊部隊だぁ? テメェらの玩具と、こっちとではぁぁっぁぁぁああ───』

 クゥィィィン……!! 
 滑らかに駆動するのは、右肩部に据えられた20mm短銃身対空機関砲。

 その銃身がギラリと光る。

 まるで昆虫が捕食するかのように、ヌラァァーっと……居残るゴーレムに狙いを付けると───。

 ピピピピピ、ピ──────!!

 対空射撃もできるこの機関砲は、バイザー内のセンサーを通じて同時リンクしたターゲットを複数捉えることができるのだ。

 脳内処理速度を活用してクラムは、残る30のゴーレム全てをロックオンした。 

『───性能が段違いなんだよ!!』

 ファイア!!!  

 気合一閃───……!

 対空機関砲が火を吹いた!!!

 ッ
 ───ッッ!
 ──────ボンボンボンボンボンボボボボボボボボボボボボボボッッッ!!!

 腹に響く重々しい射撃音が轟き、箱型弾倉に収まっていた30発の20mm機関砲弾を惜しげもなく全弾発射。

 空を飛ぶ航空機さえ射止めるその射撃は、地上をノロノロと動くゴーレムなど物の数ではない!

 有り余る威力は、腹に大穴を開けつつもなお直進。背後に隠れていた魔術師たちを掠っただけで挽肉(ひきにく)にしていく。

 クィクィクィィィィンと、軽快な駆動音を立ててロックオン順に従い──ターゲットを順繰りに撃ち抜いていく。

 そして、僅か数秒の間に動くゴーレムは……全て塵と化した。

 が……!!

「今だ! 打てェェ!!」
 クラムの攻撃が止む、一瞬の隙をついた指揮の冴え!!!

 バッと腕を振り下ろし、バリスタの一斉射を指示するイッパ。

「発射ッ」
「発射!!」
「「「発射ぁぁあッ!!!」」」

 ──ガキュン、ガキュン、ガキュ、キュ、キュキュキュン!!

 と、ばかりに、ブッとい(げん)が、鉄の(やじり)を叩く音が不気味に響き───生き残っていたバリスタが何十という大量の、大型ボルト弾を発射した。

 それらは、全てクラムに指向しぃぃい!!

 命ちゅ──────!

『───それが、ど・う・し・たぁぁぁ!』

 直撃軌道は3本!

 エプソの演算機能が正確に命中軌道を読み、そのOSが敵弾の接近警報を告げる。

 と、同時に───自動迎撃装置を作動させる。

 搭載兵器が自動射撃(プロテクトアタック)を開始。

 クラムの指示を待たずに、頭部9mmバルカン砲を立て続けに撃ちまくる。

 タラララララララッラララッラッ!!
  タラララララララララララララッ!!

 弾丸に比べればはるかに遅いボルト弾は、あっという間に捕捉され───パァン! と破裂音を残して9mmパラベラム弾と空中衝突し、対消滅。

 細かな木くずと、鉛と、鉄粉とを撒き散らして霧散消滅してしまった。

「な、なにぃ!?」
 驚愕するイッパを尻目に、バリスタごときを、みすみす射撃させたことに苛立ったクラムが弾種変更を指示する。

『ざっけんなよ! 纏めて吹っ飛ばしてやらぁ!!』

 バイザー内には、弓なり弾道が電子的に表示される。

 この弾道はいったい…………?

 それは、弾着先の危害半径を表示。
 そこにバリスタ部隊をすっぽりと取り込むと───……。

 装填!

 ガシャキ!!!

 コンテナ下部から取り出された60mm迫撃砲弾を手に取り、まるでお手玉でも扱うかの様な気軽さで、背部コンテナ外装に固定された迫撃砲に落とし込んだ。

『くたばれッ!』

 コトン、スーーー……と筒内に落ちた迫撃砲弾。

 それは、すべらかに砲身を降っていくと、筒内下部の撃針によって、雷管を叩かれる。

 ───発射ぁぁあ!!

 ゴッキィィィィン!

 展張された支持脚を震わせながら背負い式の迫撃砲を発射!


 それは、それは、綺麗な弾道を描くと……
 

 ヒィィィィン!───…………ボォン!!

「「「───ぎゃぁぁああああ!!!」」」

 大量の土塊と爆炎と……肉片が飛び散る。
 炸薬だけでなく、その破片すら人体には危険に過ぎる迫撃砲弾。

 まさに歩兵の天敵と言えるそれは、無防備なバリスタ操作員など、ハムでも切り裂くが如し勢いでズッタズタにしてしまう。

 しかし、クラムはそれで満足することなく、バイザー内に表示される弾道を確認し、次の危害半径にバリスタ集団を照準し立て続けに装填発射、装填発射!!

 装填発射装填発射装填発射装填発射!
 
 発射、発射、発射発射発射発射ぁぁぁ!!

 ゴキィィィン!
  ゴキィィィン!
   ゴキィィィン!

 と、つるべ撃ちされた60mm迫撃砲弾は余すところなく、正確にバリスタ毎、部隊をグッチャグチャにしていく。

 そう、グッチャグチャ。

 何台かのバリスタは勇敢に反撃に転じようとするが、連続する爆炎に覆われて──狙いどころか再装填すらおぼつかず、ただ、ただ、無為に破壊されるのみ。

 こうなればもう士気の維持など出来ようはずもない。
 最後のバリスタ操作員は我先にと逃げ出すが───、

『逃がすか!』

 トドメぇ! とばかりに、撃ち込まれた迫撃砲弾は一塊になって逃げる操作員たちを危害半径にすっぽりと捉えて───直撃ッ!!

 まともに食らった連中は、手肢を四散させて息絶える。

 そして、至近弾を喰らった者は絶叫の声もそよ風に聞こえるほどの断末魔を上げて転がり回っていた。

 軽くて重傷。
 悪くて死亡の───迫撃砲が生み出した地獄だ。

 チン……キィン、と──迫撃砲の筒が熱されて空冷する独特の音を立てるのを聞きながらクラムは悠々と歩く。

 もはや、敵の残存兵力は幾ばくか?

「や、奴の攻撃が止んだぞ! ち、ちち、チャンスだ、畳みかけろぉぉお!」 
 まったく事態を理解していないのか、イッパは部下を(けしか)けるばかり。

 ゴーレム部隊も、バリスタ隊も壊滅し、
 残ったのは及び腰の魔法兵隊のみ───

 彼らとて特殊部隊に名を連ねる要員だが、先頭を守るべきゴーレムと、遠距離射撃戦の主役を務めるバリスタがいて初めて機能するのだ。

 機動性に乏しく、継戦能力に乏しい魔法兵は前衛と遠距離という補完戦力がいて初めて威力を発揮しうる。

 しかし、そのどちらも欠いた今、彼らに重武装(ヘヴィアーマー)エプソMK-2に敵う術など……。

「ひ、怯むな! 逃げる奴は私が斬る!」

 大剣を振りかざし、魔法兵を威圧するイッパ。
 その圧力に気圧されて魔法兵がオズオズと前に出るが───。
 
 はっはー………!!




 すぅぅぅ…………──。

『───やんのがゴラァァァッァァ!!』


第70話「殲滅」

 ───やんのがゴラァァァッァァ!!

 クラムはスピーカ音量を最大にして一喝!
 空気がビリビリと震える……!!!

 それだけで、(かろ)うじて士気を保ち、なんとか一歩を踏み出した魔法兵と彼らを担ぐ奴隷が(すく)みあがった。
 その様子に、クラムはバイザー越しにほくそ笑む。

 ははは! 近衛兵団が形無しだな!

 ジャキぃぃっ! と、重機関銃を構えると魔法を乗せた輿(こし)を担ぐ、奴隷を次々に撃ち抜いていく。

『くたばれッ!!』

 戦意があろうが、なかろうが、敵対するものは───死すべし!

 死すべし!

 死すべし、死すべし、死すべし!

『死すべしッ!』

 ドバババババババン!
 ババババッバババン!

 機動力の要たる、人力輸送の担い手の奴隷たちがバタバタと倒れれば、担がれている魔術師は成す術もなく地面に転がされていく。

 ヨロヨロと起き上がった魔法兵には、既に戦意などない。

 恐怖に濁った眼をクラムとイッパに向けるのみで、一歩も動けずにいるようだ。
 
「ふがいない! 構わんから督戦しろ!」

 イッパは残存する歩兵たちに指示し、魔法兵の背後から槍を突き上げて無理やり前進させる。

「いけ! おら、さっさと前に進め!!」
「我々は督戦隊だ! 後ろから刺されたくなくば前進せよ!」

 残った歩兵隊もロクな有様ではないが、今まで銃撃に(さら)されていなかったおかげで壊滅的な損害は受けていない。

 この特殊部隊において、歩兵の存在は火力の補完でしかないため二線級の扱いだったのが幸いしていた。
 
 だが、それもここまで……!
 
 狙うべき敵が減ればクラムとて、敵の抗戦兵力をいつまでも見逃すはずもなし!

「「さっさとすすめ!!」」

「よ、よせ! み、味方だぞ!」

 督戦隊と落伍兵が押し合いへし合いしているところを、興味なさげに見つめるクラム。

 段々その様子に腹がたってきた。

 てめぇら、
『──────いい度胸だ!!』

 槍を前にし、クラムではなく地面に転がる魔法兵をチクチクと前へ前へと押し出していく歩兵部隊。
 ノロノロとした動きの魔法兵は、為すすべもなく歩かされるのみ。
 ……その目は恐怖に濁っており、魔法の詠唱等覚束(おぼつか)ない。

(な、なんだ? この既視感は───)

 督戦されて押し出される憐れな兵士たち。
 その有様は───どこか、昔に見た景色を感じさせた。

 ッ!!

 あぁ!! そうか………!!

 あの有様はちょっと前までの俺(・・・・・・・・・)だ!!

 そうだ。
 囚人大隊そのものの有り様じゃぁないか!

 敵にも狙われ、味方からは後ろで突かれる。
 ありゃぁ……酷いもんさ。

 連中は昔っから何も進歩しちゃあいない。


 だ・け・ど───!


『同情はしねぇ!』

 そうだ……。殺すために来たんだろ?
 魔王を殺すために編成された軍勢───。

 たまたま攻守が逆になっただけで、お前らは魔王を討つことは諦めていない。

 いずれ『勇者』を先頭に───また攻めて来る。

 そうだろ?

 だから、さ。

『だーかーらーさぁぁぁ!!』

 ───今、ここで死ね!

『──おらぁぁぁぁっぁぁ!!』

 ガシャキ! と、構えた重機関銃は無慈悲。
 そう……!
 鉄の塊に憐憫の情などない!

 ただ、ただ無慈悲に、無感情に、熱く焼けた鉛の弾丸をばら撒くのみ。

 いや……!

 違うな。無慈悲などではない。
 大口径の弾丸は敵を即死させるのだ。

 ──それは慈悲だ!
 一瞬で苦しみを終わらせる、慈母のごとき慈悲かもしれない。

 ありがたく、くらえ!
 近衛兵団ッッ!!

50口径(キャリバー)は慈悲の塊だぁぁぁあ!!』

 ガンガンガンガガガガガガガガッ!
 ガキガガガガガガガガッガガガガ!


 12.7mm(50口径)弾は(かす)っただけでも、生身の兵などズタボロにする。

 四肢ははじけ飛び、捩じ切られ、衝撃は脳を破壊し、直撃すれば四散し、頭部は爆裂する!!


「「ぎゃぁぁああああああああああ!」」
「「うわっぁぁぁぁぁああああああ!」」
「「たすけてくれぇぇええええッ!!」」


 阿鼻叫喚の地獄の有り様。
 クラムも最早(もはや)笑わないし、脅しもしない。

 ただ、敵を殲滅するのみ。
 ただ、敵を屠るのみ。

 貫通力抜群の12.7mm弾は後方で督戦(とくせん)中の歩兵隊すら巻き込み始め、絶叫は地を覆いつくし、やがて小さくなる。

 弾が切れる前に銃身が連続射撃で融解寸前になり、真っ赤に彩られた。

 見るからに暑そうなそれは、エプソから発せされた強制冷却の送風を受けて、キンッ、キシンッ……! と、金属の軋み音を立てていた。

 冷却(クールダウン)のため、一時的に射撃を中止したクラム。
 焦る必要などない。

「い、今だ!」
「う、動きが止まった?! チャンスだ!」

 クラムの攻撃停止を弾切れとでも勘違いしたのか、生き残りの魔法兵が必死に魔法を詠唱し、巨大な火球を生み出していた。

『ほぅ? 多重詠唱ってやつか…』

 単独の詠唱よりも早く、そして威力も向上する魔法技術。
 当然ながら高度なそれは一朝一夕でできるものではない。この哀れな魔法兵たちは、これでいて相当に優秀な部類なのだろう。

 しかし、それが報われることはない。

 …………だってそうだろ?

 エプソMK-2相手に、
「───そんなもん効くかぁぁ!!!」

 クラムが気合一閃! 叫ぶと当時に、魔法兵たちも死力を尽くして魔法を発動させた!

 連中の頭上に真っ赤に燃え盛る巨大な火球が産み出された。

『たいしたお手玉じゃないか』

 揶揄するクラムに、魔法兵たちは必死で魔力を練り込んでいく。
 これさえ当たれば───という声が聞こえてきそうだ。
 
 ……たかだか、火球如き効くはずもない。
 だが、全くの無傷かというとそうでもない。

 ───当たったところでエプソには痛痒(つうよう)も与えられないだろうが、外装装備が誘爆する危険もあった。

 もっとも、それとて、エプソにはさほどのダメージにはならないが……。

 ───まぁ、みすみす当たってやる義理もない。

 っていうか、
『───遅いんだよ……!』
 重機関銃を冷却している今、片方に持つもう一つの主武装であるレーザーライフルを構えると───火球を狙い撃った。
 
 ビュワン!
 
 と、オゾンの匂い漂うレーザー!
 その発射音と空気を焼くソレは、クラムを捕らえんとしていた火球に命中した。

 そのまま、火球を真っ二つに割り───勢いをそのままに、固まって詠唱していた魔法兵を纏めて消し炭にしてしまう。

「「ぎゃぁぁああああ!!」」

 空気減衰のため遠くに行けば行くほど威力は乏しくなるが、レーザーを防ぐ武器はこの世界の人類には持ちえない!!

「ひ、怯むなぁ! じ、次弾用意ッ」

 魔法兵の指揮官は前進も後退もできずに絶望的な戦いを強いられて、ただ闇雲に無謀な命令を連発するのみ。

 射線の間近にいたものは大出力のレーザーをうけて蒸発───離れた位置にいたものは、胴や顔面を焼き切られて両断された。

 傷口は熱線止血状態のため、ほとんど出血しなかったが、哀れにも、心臓が押し出す血流に押されてあらゆる穴から血を吹き出して倒れ伏す!

 それは、レーザー砲が作り出した地獄とその光景……。

 そして、
 ついには誰も動く者がいなくなった。


 ───魔法兵全滅。


 彼らが命を賭して放った火球。
 切り裂かれた状態で、二つに分かれたままクラムの付近に命中するが、装甲に守られた彼には痛痒も感じない。

 冷却中の銃身温度が、わずかに上昇したのみだ。

「ば、ばばば、ばかな!」
 ここにきて初めてイッパが驚愕に声を荒げる。

『よぉぉぉ! 団長さんよ! もうじきテメェの番だぜ……』

 そうだ……!
 自慢の特殊部隊は全滅!!

 あとはどこにでもいる、クソ雑魚(歩兵隊)を始末して、ゆ~っくりと料理してやるぜ!

「───ええぃ、不甲斐ないッ! もういい、貴様らは時間を稼げ! 私自ら出るぞ! 側近は例の鎧(・・・)を準備しろっ」



「「「はっ!」」」


第71話「怨敵追撃」

 ここに至っても、近衛兵団は瓦解しない。

 かなり士気は低下しているだろうに、残存する騎兵と歩兵は未だイッパの命令をよく聞いている。

 そして、魔法兵ごと殺された兵も多数いたが、主力が健在の歩兵達はイッパの命令を忠実に守り、遅滞行動に移り始めた。

『おいおい…味方を見捨ててどこに行く気だ?』

 見れば、イッパは馬首を巡らせて一目散に後方地域へと駆けていくではないか。

 歩兵たちにも、その姿が見えているだろうに……。
 しかし、近衛兵には動揺はない。

 魔法兵が無残にやられたことに驚きこそあれ、イッパが指示を出せばこの通りだ。

 何度かの戦いを経て、近衛兵たちもクラムとの戦いを学習しつつあるようだ。
 いくつかのグループに別れて、クラムを半包囲にかかる。それを指揮するのは、騎馬に(またが)っている将校だろうか。
 歩兵達に指示を与えて、むやみな突撃を控えさせている。

「───ひるむな! 団長が来るまでもちこたえろ!」

 さっきから、装甲をカンカンと叩いているのは矢による遠距離射撃。

 バイザー内の画面には狙撃手の方向をアラームで教えてくれているが、その数はやたらと多い。

 当たったところで全くの無傷だが、
 気分的には、よろしくないのが本音だ。

『ちい……! 密集してくれれば楽だが』

 ビュワン!!
 ビュワン!!

 対狙撃射撃(カウンタースナイプ)で敵の弓手(アーチャー)を仕留めていくが、レーザーライフルでちまちま攻撃するのは、鶏相手に牛刀を持ち出すようなものだ。

 オーバーキルなのは当然のこと。
 ……単純に(エネルギー)がもったいない。

 歩兵駆除に向いていそうな重機関銃の冷却は、未だ終わらず。
 外装固定武装に至っても、弾に余裕があるわけではない。

 ポチには予備弾倉も積まれているが、クラムが高速で戦場に飛び出したため、ポチは遥か後方を追従中だ。

『───ちぃぃ! 邪魔くせぇ連中だ』
 ポイすと主武装を格納すると、左右の手に副武装を持ち帰る。

 右手にガバメント改。
 左手にハンドレールガンを装備すると、キュィィィィ──と、対人レーダーの感覚を上げて武装とリンクさせる。

 20mm対空砲の射撃時にも使用した、エプソMK-2に組み込まれたロックオンシステム。
 副武装の射程は短いが、敵との距離はさほど離れていないのでギリギリ射程距離だ。

 これなら、レーダー内の敵をロックオンして、コンピューター制御射撃に切り替えたほうが効率的だろう。

 ピピピピピピピピ───と、レーダー内にいる近衛兵団の歩兵が次々にロックオン表示に囚われていく。

 装弾数の限界までロックオンをすると、

『まとめて消し飛べぇ!!」』

 右手のガバメント改と、左手のレールガンが火を噴く。

 ちなみにレールガンは、電磁射撃のため火は出なかったりするが───。

 パパパパパパパパパパパッパパパパ!
 キュバキュバ、キュバババキュ──!

「「ぎゃぁぁああああ!!」」

 エプソのモーターが唸りを上げて、クラムの腕を包む外骨格部分を動かしていく。

 ロックオンシステムを使った場合、射撃の姿勢は、ほぼ全てがオートで行われるため、クラムからすれば無理やり体を動かされているに等しい。

 真後ろへの振り向きなどの、人体に深刻な影響を及ぼす以外の動きは、全てエプソに内蔵された機械によるものだ。

 恐ろしい勢いで弾丸が発射されていき、流れるような動作で予備の弾倉を取り出す。

 そして、再びロックオン!

 ───連続する射撃音のたびに、近衛兵団の命が刈り取られていく。

 もはや、まともに抵抗できるはずもないが、彼らは勇敢だった。

「敵が動きを止めたぞ! 畳み掛けろ!」
「「「突っ込めぇぇぇえ!!!」」」

 うおおおおおおおおおおおおおおお!!

 未だに数の有利があると信じているのか、弓矢に投げ槍にと、徹底して遠距離攻撃を仕掛け、クラムに打撃を与え続ける。

 その間にも、分散と攪乱行動のため、動きは止めない。

「か、かたまるな! 散れっ、散れぇえ!」
「一人より、五人の方が狙われるぞ、散れ」

 なるほど、優秀だ。

 クラムも、撃ちまくってはいるものの所詮は拳銃だ。
 しかも、一人で撃ちまくったところで、そう簡単に大部隊を殲滅できるはずもなく、その間にイッパの姿が兵の中に埋もれて見えなくなる。

 一応、無人機や空中空母の監視の目を借りてマーキングしているので逃げ切ることはできないだろうが──……。

 怨敵を三度も逃がしたとなれば、気分はよろしくない。
 そう、とてもよろしくない(・・・・・・)
 
『邪魔だ、どけ!』
 近衛兵どもを薙ぎ倒していくクラム。
『おうおうおう……。無理するでないぞ? ほれほれこっちから支援砲撃するかの?』

 ……………………く!
 やむを得んか!

 
『頼む!』
『カッカッカ、嫌か? 強情を張るで……──ん? 今なんと?』
 当たり前のようにクラムが突っぱねると思っていた魔王は、驚いて間抜けな表情で聞き返してきた。

『頼むと言った!───めんどくせえから吹っ飛ばしてくれ!』

 クラムをして自分勝手だと思う。
 全部自分の獲物だと言っておきながら、この(てい)たらくだ。

 だが、数が多すぎる上に、対策を立てられたら面倒なことこの上ない。

 おまけに討つべき敵、イッパに逃げられでもしたら───!!

『了解した! ふひひひ……腕が鳴るのぉ』

 ペロリと舌なめずりする魔王。
 顔はルゥナのものなので──できればはしたない(・・・・・)真似はしてほしくないが……言っても詮無き事。

『おっと、お前さんの目標は、その先の天幕におる。何か奥の手があるようじゃな』

 ……は!

『どんな手でもドンときやがれ!───やってくれ!』

 『あいよー!』と、魔王の気の抜けるような声に乗って───……ズドォォン! ズドォォン! 155mm榴弾砲が上空から激しい射撃音を響かせる。

 さらに、ゴォォォォォォォッォォォ───と長大な炎を引きつつ何十発ものミサイルが降り注いできた。

『はっはっは! 大盤振る舞いだな、魔王ぉぉぉ!』

『まだまだ序の口よ、序の口ぃぃ。その気になれば、沖合いの潜水艦からも支援砲撃できるからのー? 遠慮はするなよ』

 ふ……冗談キツイぜ。
 アンタら本当に『勇者』を倒せないのか?
 どうみてもエプソMK-2よりも、火力はあるだろうに───。

『何か良からぬことを考えておるのかの? 
っと、それよりも、そろそろ敵さんも動き出すぞ』

 ビービービー!

 バイザー内ではミサイル接近警報がひっきりなしに鳴り響いている。

 当然、味方のミサイルだが、これほど高密度に発射されるとレーダーも飽和状態になり、至近弾を恐れて早く回避しろ! とやかましく(うなが)してくる。

『了解した! イッパを追う!』
『カッカッカ! ()けい!──クラム』

 おうよ! と答えるクラムの眼前……バイザー内にルートが表示される。

 降り注ぐ重榴弾に混じり、対戦車ミサイルの雨───その直撃コースと危害半径を勘案した安全なルートが、空中空母の管制を通してエプソMK-2に送信されているのだ。

 完全に信用しきったクラムは、全力でそのルートを駆ける。

 武装を変更───両手に近接装備である高振動刀とヒートナイフを構えると、
 進路を妨害している近衛兵たちを切り裂き、押し倒し、弾き飛ばしながらロケット推進でぶっ飛んでいく。


『───どぉぉぉぉけぇぇぇぇぇぇ!!』


 キュィィィィィン! とロケットモーターが唸りを上げて、人体では考えるべくもない高速を生む。

 一歩一歩と跳ねるように足を着くたびに、自重が地面に小さなクレーターを生むが、勢いは全く衰えない。

 ヒュルルルルルルル…………!!

 駆け抜けるたびに背後にミサイルと重榴弾が降り注ぎ、爆裂し地獄を生み出していく。
 
 ズガン! ドガン! ボンッ!

 着弾し、吹き上がる炎の柱!!

 それはまるで、火山!!
 火山、火山、火山! 火山の如し!

 燃え盛る大地と、
 巻き上がる焼けた土、
 真っ赤に溶けた破片、

 そこにある破壊の嵐は、クラムとて安全ではない!
 時には目の前に砲弾が落下して、ギリギリのところを破片が掠めていく。

 周囲は───、
 そう、周囲は阿鼻叫喚の地獄!

 いやその言葉すら生ぬるい。
 もはや、この世の光景とは思えぬ死後の世界だ。

 巻き上がる臓物に兵の死体と生体。
 グッチャグチャに潰れた体から新鮮な血が吹き出し、目とか脳とか(はらわた)とかぁぁぁぁぁ!
 もうワケのわからないナニカ。元は人間の一部だったものが、無茶苦茶に巻き散らかされ半生に焦げてぶちまけられている。

 そこを駆け抜けてクラムはイッパを追う。


『イぃぃぃぃぃぃぃっパぁぁぁぁぁぁぁ!』


 奴が(こも)ったと思しき天幕に狙いをつけると、冷却の終わった重機関銃を取り出し構える。
 そしてもう片方の手には、レーザライフルだ。
 近接装備は一挙動で格納済み───!

『……あとはテメェぇ、だけだ!』

 おらぁぁぁ! と気合のこもった蛮声でイッパを撃ち抜こうとするも───。『む!? 生体反応──……こ、これは、』
 しかし、それを(とど)める様に魔王から至急の通信が入る。

『ま、待てクラム!!』

 ち、うるさい……!
 今はイッパを仕留───







 ───さん?



第72話「旧エプソ」

 ───さん?


 バサっ! と天幕の支柱が吹き飛び、ロケット推進が生み出す突風と、空中空母から降り注いだ爆撃、それによる熱を伴った爆風が天幕をそのまま上空へと(さら)っていった。

 あとに残ったのは、むき出しの地面に並べられた天幕内の調度品と、

 無数の檻と、
 転がる少女達の死体と───、

 巨大な鎧を着たイッパと……、

『───撃つな、クラムぅぅう!! 姪御さんがおるぞぉぉおお!?』


 り、
『──────ズ……?』






「ぉ、ぃさん……?」






 ヨロヨロと起き上がったボロを(まと)った美しい少女はまぎれもなく、
『リ───』

「よそ見をするなぁぁ!!」

 ゴキィィィン! と頭全体が揺さぶられる衝撃にバイザー内が真っ暗になる。
 バチバチ!! と、バイザー内のモニターが点滅し……画面が死んだ。

 ブラックアウトの直前には、衝撃によってヒビが入り、目の前を映していた360度モニターが激しく点滅したかと思うと、小さな火花を散らせて───……。

 バシュゥゥゥン…………

 ピーー!!


「error───」

『…ム!…───えるか!? ク……』

 くッ! なんだ今のは!?

 通信機もイカレたのか、魔王の声が途切れ途切れに聞こえる。

 ダメだ。前が見えねぇ!

 仕方なく、頭全体を覆うヘルメットを外すと───、

「え、エプソ!?」

 クラムの目の前に、エプソMK-2が立っていた。

「しゃべるな下郎ぉぉぉ!」
 グワぁぁ……! と得物を振り上げたのは、馬を切り裂く斬馬刀を構えたもう一機のエプソだ。

 断じて目の前にいるのは、クラム本人ではない。

 そいつは、今のクラム同様にヘルメットを被っていないかった、人物確認は容易だった。

 い、
「……イッパてめぇぇええ!」
「しゃべるなと言ったぁぁぁ!」

 ズガァァァン!! と、強大な質量を伴った一撃が地面を穿(うが)つ。

 それは、直前までクラムがいた場所で、そこには小さなクレーターができる。

「少しはできるようだな! 囚人兵ぃぃ!」

 くそ!?
 なんでエプソがもう一機ある?!

『クラム、聞け!』

 ザザっと、雑音を伴った声が背後から聞こえる。

 これは───?

『背部コンテナの緊急パックを開け! 予備の通信機がある。急げ!』

「誰としゃべっているんだ! あぁぁん!」

 ブン! とさらに一撃ッ。それを辛うじて(かわ)すがエプソの動きが鈍い───!

 ゴロゴロと転がりつつ、視線はリズに向く。

「リズ!」
「───俺を無視するなぁぁ!」

 憤怒の表情で、ベッキベキに折れ曲がった斬馬刀をさらに一撃!
 (かわ)せないと思ったクラムは重機関銃の銃身で受け止める!
 ───ガッキィィィン! と凄まじい音が響き、クロムメッキ加工を施された強化銃身がへし曲がる。

 くそ!
 このパワーは、間違いなくエプソと同等だぞ!?

 重機関銃を投げ捨てイッパにぶつけると、その隙にコンテナからインカムタイプの通信機を取り出し装着する。

 途端に通信が明瞭に聞き取れ、魔王の声が耳を打った。同時に右目の前に小さなウィンドウが現れる。

 その映像がやや荒いのは、ホログラムとして表示されるためだ。
 簡易型のバイザーシステムらしい。

『装着したか!? クラム……すまん! 情報開示が遅れた───』
「何を言ってる? 何故、エプソがもう一機ある!?」

 視界にいたリズを覆い隠すように、イッパが悠々とした足取りで、ズン! ズン! と歩を進める。

 ほどよい距離まで迫ると──斬馬刀を正眼に構えた。

『あれは───かつての我々のモノじゃ。いわゆる遺失物のエプソじゃ。MK-2風に言えば旧エプソ……エプソMK-1じゃ』

「な、なんだと?」

 旧式のエプソ!?
 なんでそんなものがここにある───??

『まさか、ここにあれが持ち込まれておるとは……自動修復装置(オートリペア)は半永久的に有効らしい』

 苦々しく一人で納得している魔王だが、

「あれはお前らの持ち物か!? お前ら一体なにを───」

『すまん、今は話せん! だが、援護はしてやる! ワシらの尻ぬぐいをさせるようで申し訳ないが───』

 魔王は一度息を切ると、言った。

あれを破壊しろ(ファッキン・シット)!』
「……了解した(アイ・コピー)

 魔王め……。
 何を隠している?

 ……旧式のエプソだと?

 エプソは、強化手術をしないと扱えないとか言ってなかったか?

「戦いの最中に───誰と話している!?」

 ブンブンッ! と連撃を繰り出すイッパ。
 その動きは、なるほど……。

 強大で巨大な剣を握ったエプソのそれ。
 明らかに人間の動きではないが───、

「おい、魔王。エプソMK-1とやらは性能的に、MK-2に勝っているのか?」

『……まさか。だたの医療器具に装甲が付いただけの代物じゃよ。もちろん、性能はダンチじゃ!』

 上等!

 それだけ聞ければ問題なし!





 ……リズ。待ってろ。




 リズ、
 リズ、
 リズ。

 俺のリズ───!!

 リズ、お前がそこにいるってことは……。

 そぅいぅことだろ(・・・・・・・・)

 イッパぁぁ、てめぇを殺す理由が山と増えたぜ。

 すぅぅぅ……、
「……リズを(はずかし)めた、リズを甚振(いたぶ)った、リズを(なじ)った──」

 おらぁぁ! と振り下ろされた斬馬刀。

 なるほどな。
 強力な一撃には違いない。が、初撃こそ不意打ちだったためクリーンヒットしたものの、所詮は旧式。

 たしかに、人間の筋力をはるかに上回った攻撃が出せるのかもしれないが───、

「───なぁ、近衛兵団長さんよ……」

 僅かに体を捻るだけで、強烈な一撃を回避。

 更に、イッパの連擊!
 それは流れるような動作で繰り出されるが、

「───俺にはお前を殺す理由がゴマンとできたぞ!」

 スッ、
 スッ、とクラムは身を躱す。

「ほざけ囚人兵ぃぃ!」

 リズは───。

 リズはおれの家族だ。
 家族なんだ!!!

 断じて、お前の玩具じゃねぇぇぇぇ!

 この天幕でリズが何をされていたのか……何をされようとしていたのか。
 転がっている少女達の死体を見ればわかる。

「お前は人間の屑だ!」
「ほざけ囚人兵がぁ!」

 ブン! と迫る斬馬刀。

 ───クラムは左手のレーザーライフルを打ち捨てると、

「あの世で()びでも入れろやぁぁぁ!」

 ガシィィン!
 と、斬馬刀を手で止めて見せる───!!

「ば、……ばかな! で、伝説の鎧だぞ!?
 神の祝福を受けた鎧だぞ!! 貴様の様な(まが)い物とは違──」

「──中古品と一緒にするんじゃねぇぇぇぇえ!!」

 ボッキィィィン! と斬馬刀をへし折る。

 筋肉アシストを全開。草でもむしるように……イッパの片手と一緒に、だ。


「ぎ、」
 ───ブシュ!

 ぎ、ぎ、
「ギィヤアアアアアアアアアアア!!!」

 と、吹き出した血にイッパが(おのの)き絶叫する。

「何痛がってんだよ……」

 転がる少女達の死体には無数の(あざ)鬱血(うっけつ)の跡がある。

 両の足がありえないくらいに腫れているところを見ると───骨折しているのだろう。

 そっと近づき、死した少女たちの、数人──その目を優しく閉じてやる。



 そして、



「ぉじ、ぁん……」
「リズ………───」


 リズを冷たい装甲越しに軽く抱きしめた。


第73話「懲罰」

 リズを冷たい装甲越しに───軽く、そして熱く抱きしめる。

「待たせたな───」
「……さん───」

 う゛う゛う゛とリズのしゃくりあげる泣き声を聞きながら、優しさの(こも)る手で頭を撫で……──装甲に覆われたそれでは、リズの柔らかい触感すら感じられないな、と苦笑する。

 だが、その間も油断せずイッパを注視している。

「うがぁぁぁあ───ガァァァアアアアアアアア!!」

 ジタバタと暴れるイッパに、
「腕の一本くらいでぎゃーぎゃー騒ぐな!」

 ドカぁ! と蹴り飛ばし、(すご)む。

 フルパワーのエプソMKー2の蹴りを食らってゴロゴロと転がるイッパは、それでも気丈に立ち上がると───、


「囚ぅぅぅ人んんん兵ぃぃぃぃ!」

 と、威勢良く叫び、片手で折れた斬馬刀を拾う。


「はん!……いいだろう。来いよっ」


 チョイチョイと、片手であやして(・・・・)挑発。
 クラムも、イッパにあわせてライフルやミサイルは使わずに、高振動刀を抜く。

 フィィィィイン……。

 振動音を聞きながら──片手で正眼に構えてみせた。

(けっ……!)

 別に正々堂々と戦ってやる義理もないし、つもりもないが……!!

 このやり方でこいつを倒したほうが、確実に屈辱を与えることができるだろう、という思いがあった。

 なにより、リズも見ているしな───。

 お前の苦しみ。
 叔父さんが少しでも晴らしてやる!!

 ……っと! 来たぁぁあ!

 ズンズンズンと足音もけたたましく!

「なぁぁぁぁ、めぇぇぇぇえ、るぅぅぅぅ、なぁぁぁぁぁぁ!」

 うぉらぁぁぁあ!!!
 
 ダンッ!! と踏み切るイッパ。
 負傷を思わせない動きは、一流のそれだ。
 「うがぁぁぁぁぁぁ!」と、気合のこもった一撃を繰り出してくる。

 なるほど。

 速さも重さも一級品。
 さらに旧エプソのアシスト付き───。

 ……確かに、優秀な戦士なのだろう。

 近衛兵団にこの男あり、と……そして、王国随一と称されるのもわかる。

 『勇者』を除けば最強だと───!


 だが、
 だがよぉぉお……!

「ハエが止まるほど(おせ)ぇよ……!」

 恐怖も、
 焦燥も、
 驚愕も、

 ───何もない!!

 そう。
 強化手術を受けて、脳内処理速度が上がったクラムにとって、たかが王国随一(・・・・・・・)、それは───、


「死ねよ───ただの、雑魚がぁぁあ!!」


 ───まさに雑魚だった。

 ヘルメットを失って火器管制能力こそ激減しているが、エプソの心臓部は全身に張り巡らされている電子回路のネットワークによるものだ。

 それは、マザーコンピューターのようなものがあるわけではなく、核心となるものはクラウド化されたシステムである。

 そのため、どこかが破壊されてもシステムの処理速度や能力が少々低下する程度で、全体的な能力が失われることはない。

 故に、クラムの強化手術の成果は、今もエプソを動かすことには何の支障もなかった。

 最適な動き、
 最適な選択、
 最適な回答───!

 それは自然と脳内で処理され……目の前の雑魚を瞬殺するに、何の支障もない。

 唯一の懸念があるとすれば、だ。


「リズをいたぶっておいて、楽に死ねると思うなよ───……」


 簡単に殺してしまわな(・・・・・・・・・・)いように調整(・・・・・・)することだった───。

 なぜなら、それは……クラムが、イッパに積年の恨みを晴らす機会。

 残虐な復讐を望む人間だということだ!!


 さぁ、始めようか───。
 あの日の復讐と、リズの苦しみとぉぉお!

 そして、その先に開く復讐の幕開けの第一歩のためなぁぁぁぁあああ!!


 まずは、
「この痛みを噛み締めろ!!」

 スパン───! と何でも切り裂く高振動刀はイッパの腕を斬馬刀ごと切り裂く。

 ───縦に、だ。

 エプソの頑丈極まりない装甲ごと、まるでバターのように……ズバババババ!! と、縦に切り裂く。

 そう、
 いっそ輪切りにするように切ったわけではなく、割けるチーズのようにびりびり縦に切り裂いてみせた。

「ぎ、」
 ギャアアアアアアアアアアア!!!

 こりゃ痛そうだ……!! 
 裁判長と同じザマだな!

 どうよ? 見ろよ! 見てみろよ!
 
 (いびつ)に割れた腕の完成だ。

 はっはっはっ……!!

 ……超痛ぇぇだろう!


 ───ほらぁ!

「それが俺の受けた痛みの集大成だ!!」

「ぎゃぁぁぁぁあああ!!」
 ───ギャアアアアアアアアアアア!!!

 と、既視感溢れる光景でイッパがのたうち回る。
 
「アアアアアア!!! ぐぁぁあ!」

「は! 一端に騒ぐじゃねえか!」
 ───まだ、こんなもんじゃねぇぞ!

 ベチャベチャと、汚らしい血をばら撒きながらゴロゴロと転がる。

 ビチャ!!

 その血がリズにかかりそうになって、素早くクラムが姪っ子を庇ってやった。

「───お前は見なくていい……」
 そう言って、視界を塞ぐように立つ──。


「よぅ、近衛兵団長どの」


 シュラン──と、ヒートナイフを抜き放つと、エネルギー供給をストップさせる。

 すると、赤熱したオレンジの刀身が鈍い鉄の色に戻っていく。
 そうなれば、ただの切れ味の悪い肉厚のナイフでしかない。

「まずは、お前からだ───さ、楽しもうじゃないか?」

「ぎざま゛ぁ゛ぁ゛! ごん゛な゛ごどじでだだで、……ぐぉぉお──?!」

 ズドン!

 ──────ッ!!!

 ぐ、
「ああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛──!」

 と、

 分厚い肉厚のナイフを、奴のボロボロの腕に突き立てる───。

「ぎゃ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛──!」
 痛い痛い痛い! と騒ぐ屑野郎。

「今のは、貴様に踏みにじられた囚人兵たちの分だ!」

 元盗賊の囚人兵や、最初期に生き残った古参の囚人兵たちの顔がよぎる。

 彼らの苦しみを代弁するなんて、烏滸(おこ)がましいけど、それでも何かしてやりたかった。

 ほら、
「───楽・し・め・よ、この子らにしたみたいに、自分で体感しなッ」

 ───きっと楽しいさ。

 …………………………楽しかったんだろ!

 ……ああ!?
 どうなんだよ!!

 ───楽しめや、おらぁぁぁ!!

「ほら、寸刻みにしてやるよ!」

 ブツと、まずは数センチ───
 ……肉を切り離す。

「ぐぁああああ!!」

 これは意趣返し。
 正・当・な・仕・返・し・だ!

 まずはぁ、
「これは、俺の分───!」
 ブツ! と、数ミリ。

「ぐあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」

 次、

「これは、その他の引き潰された仲間の囚人兵の分───!」
 ブツ、グチ! と、多目に数センチ。

「があ゛あ゛───っ……ああが!!」

 は!
 良い声で鳴くじゃないか?

「たっぷり味わえ……」
 クククっ!

 お次は───!

「囚人大隊───500人分!!」
 ズドン!
 グリブリグリブリ!

 ───たくさん、たくさん切り分ける。

「ぁ゛───カッ…………ばっ───!」
 
 腕を細切れにするため、まずは暴れられないように、アシスト付きのパワーで足蹴にしたまま───ゆっくりと寸刻みにぃぃぃ!

「よぜ! ぐあ゛あ゛あ゛あ! やめっ!」

 ……やめろ、だぁ?

 ああ! ごら!
 てめえ、ふざけてんのか!?

「楽しいんだろう! 人を殺しても毛ほども感じないんだろ!? おら゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛!」

 ズドン、
 ズドン、
 ズドンッ!!

「あぐ、が───」
「聞こえんわぁぁぁ!!」

 聞くに耐えん声で──喋るな屑がぁぁぁ!

「どうだ!? あぁん! 楽しいか? 楽しいんだろ!?………………」

「ぐぶぶぶ………………」

「答えろや屑野郎ぉぉぉ!!」

「ぎ、が───」

 まだ、
「───腕の一本だろうがボケぇぇぇ!!」

 ブチブチブヂィ! と、ナイフを突き立て───ケバブを切り分けるようにビリビリに引き裂いてやる。

 もはや、イッパは声にもならない。

 まだだ!
 まだ終わりじゃない───。

 お前は許さん。
 いや、許せん。
 絶対に許さない!

 俺の……。
 俺のリズに───。

 俺の、最後の家族に………。
 俺だけの、リズにぃぃぃぃぃぃぃ!!

「これは、リズの分───」
 ドガッ! と、剥き出しの顔面を蹴りあげる。

「───これはリズの分、」
 グチャ! と、肩の傷を抉り蹴る。

「───これはリズの分」
 ゴキィン! と、拳を喉に叩き込む。

「これは───」
 リズの分、ボグッ!

「これは───」
 リズの分、グサッ!

「これは───」
 リズの分、ゴキィッ!

 これは、これは、これは、これは、これは、
 リズの分リズの分リズの分リズの分リズの分

 ドカ! ボグ! グサ! グチャ! ズドン!

「しね、しね、死ね、死ね、死ね、氏ね、シネシネシネ───」

 糞のような面をぉぉ!──ザクぅぅッ!
 理不尽な暴力しか生まない腕もぉ!──ブヂぃ!
 その真っ黒な腹の中もぉぉ!──ドカ!
 罵るしかできない口はぁ!──グリリッ!

「ぃぐ、囚人んん……ぐぁ゛ぁ゛あ゛!」

 黙れよ……。

 これは、これは、これは、これはこれはこれはぁぁ!
 リズ、リズ、リズ、リズリズリズリズリズリズぅぅ!


 面、腕、腹、口、面、面ぁぁ!
 腹腹腹腹ぁぁ!

 がぁあぁああ!!
 腕を千切ってやるぁああ!!

 面ぁ、頭頭! 歯ぁ!
 鼻、歯歯歯、前歯全部!

 おらぁぁああ゛あ゛あ゛!!
 目ぇ玉ぁぁぁ!!

 おら、おら、おらぁ!
「ぎゃあぁあアアア亜亜AAああ゛ぁ゛!」
 
 一際大きなイッパの悲鳴。
 まだだ───。

 まだ、終わらせるものかよ!

 終わルカヨォォ!
「シネヤ、コノクズヤロウガアァァ──!」

 これは、
 これは、リズの分だああぁぁぁ───!!

 リズにヒデェことしやがって、
 そのぉお──小汚ない逸物(いちもつ)をぉぉぉ!

 砕けろやぁァァァアアア!!!

 ジャキン!! と、近接戦闘装備を繰り出すと!

 ───ドガァァァン!

 と、腕に仕込まれた格闘戦用の40mmストレートが炸裂!!

 軍馬すら砕く鋼鉄の拳がイッパの股関にぃぃぃ───……直撃!!!

 ドォォッッパァァァン!!!

 と、土塊と肉と、汚い液体と───!!

 地面にクレーターができて───股関がエプソの装甲ごと、そう……逸物(いちもつ)ごと消し飛ばす!!!


 イッパの、表情が───、

「─────か! っ! っ──……?!」

 ブシュゥゥ──と、40mmストレートを放った腕から空薬莢が排出され、奴の口からも、

「な゛ぁぁぁぁぁぁ!!───ぁ……!!」

 長い吐息のような絶叫が排出。

 そのあと……糸が切れたように、グリンと白目を剥くイッパ。

 あ゛?

 気絶とは生温い……そんな楽をさせるか!

 ……もういい、仕上げだ───!!!



 ぐっちゃぐちゃに、ぶっ殺してやる!!!

 

「リズ……───目を閉じてろ、お前は見なくていい」

 クラムなりにリズに気を使ったのだが、

「ぅ、ぅん……」

 フルフルと首を振るリズ。
 その目は悲し気に伏せられているが……イッパに同情しているわけではないようだ。

その人ぁ(その人は)酷ぃぉぉをぁくぁ(酷いことをたきさん)してぃぁ(していた)()……小ぁぃ子ぉ(小さい子も)幼ぃぉも構ぁぅ(幼い子も構わず)……何時ぁんぉ(何時間も)ぇぇて(責めて)……せめぇ(責めて)せめて(責めて)、責めて責めて───」

 その情景を思い出したのか、オエエエエエ……と、リズが吐き戻す。

 血の匂いを嗅いで、その時の光景がフラッシュバックしたらしい……。

(リズ………………!)

 勇者から下げ渡された戦利品(・・・)という名目でなければ、自分もその目(・・・)に遭っていた──と。

ぅぉく痛ぁった(凄く痛かった)……ほぁの子ぁち(他の子たち)ぉもっと痛ぁった(はもっと痛かった)、……思う、よ」

 そして言う。
 彼女は勇気を振り絞って聞いたのだ。

 拷問を楽しむイッパに敢然と───!

 「なんでそんなに酷いことができるのか」と───。


「リズ…………」
「───でも、もぅ終わぃにしよぅ(もう終わりにしよう)?」

 イッパはリズに言ったらしい、「なんで?」と問う彼女に───「楽しいからさ」と……。

()ぁたしは楽ぃくない(わたしは楽しくない)──」

 リズ───。

楽ぃくなぃ(楽しくない)! 楽しくなんかぁぃよ(楽しくなんかないよ)!」

 人が痛がる姿も、
 人を痛めつける人も、
 それを笑ってみている人も───!



 叔父さんのことも!!!






 リズ




「いい子だ───……」

 そうだ、
 そうだ。

 そうだ!

 リズは俺の家族。
 家族だ───それでいい。

 それだけでいい。

 今回はエプソの性能試験でもあったが、俺は、魔王がリズの居場所を見つけたと言ったからこそ、この作戦に乗った。

 そうでなければ……一番に『勇者』を殺している。

 でも、その前に……───リズだけは、最後の家族だけは!!
 この子だけは、救いたいと───そう思った。

 3カ月もの長きにわたり……。

 この醜悪な男に飼われていたと思うと、怖気(おぞけ)が振るうが───。

 それでも生きていてくれた……。
 まだ、俺を叔父さんと呼んでくれた──。

 それだけで十分だ。
 十分なんだ……。
 
 だから、


 ……もう終わりにしよう。
 リズが望むなら───。


「───おらぁ!」
 股間に蹴りをいれて無理やり覚醒させる。

 流石に効くのか、
「ウギャアアアアアアアアアアア!!!」
 と、間髪なく反応。

 ……それだけでもリズは悲しげに瞼をふせる。

「うるせぇよ───」
 聞くに耐えん。

 ───ビュワン!

 ……と、出力を最低限に絞ったレーザーライフルはイッパの足を溶かし、地面に縫い付けた。

 これで(しま)いだ。

 レーザーは最低限の出力とは言え、熱量は凄まじい。

 装甲のない状態のクラムの頭部───その髪と、リズの──剥き出しになっている瑞々しい肌を焦がさんばかり……。

 なるほど、魔王がエプソMK-2を纏った状態でなければ使うなといったわけだ。

 その威力は有り余り、直撃したイッパの膝近くまで溶かしてなお、地面を溶解させてガラス化させた。

「ごふ……」

 焼き溶かされた足。

 その血流の止まった状態でイッパの意識が保てるはずもなく、今度こそあっという間にその意識は闇へと落ちた。

 この醜悪な男はまだ生き汚く、死に損なっている……。


「───だが、殺しはしない…………リズの前ではな」


 散々近衛兵団を殺してきたが、リズがもう終わりにして───とそう言う以上……クラムにはその言葉を反駁(はんばく)する気は毛頭なかった。

 そうだ。
 この子のために尽くすと、かつて誓った。

 あの囚人大隊の野営地で───。

 
 復讐に身を焦がしながらも、誓った。
 それはクラムの決して譲れない一線でもある。勇者への復讐に次ぐ、それなのだ。

 そう。
 たった一つ(・・)を除いて、俺の全てをお前(リズ)にやる。


 そう───誓った。
 誓ったんだ……。


 ならば、この子が望むようにしよう。

 この子の叔父さんであろう。
 ……例え、偽りの姿であったとしても、この子には、見たいもの──信じたいものだけを見せよう。

 この子は、どんな辛い目にあっても人を(・・)「殺して」なんていう子ではない……!

 そうだ?
 ───俺のリズ。

 だから、今はこれで終わりにする───。

「……………………帰ろう、か──リズ」
「───ぅん、かぇる(帰る)帰ぅよ(帰るよ)……帰、る」

 ヒクッと、リズがまたしゃくりあげる。

 よく……。
 本当に、よく泣く子だな。

 その頭に軽く手を置く。
 ポン、と───優しさが伝わるように尾をひくように……。

 いくらでも、
 いつまで、
 好きなだけ───……。

 うん。
 リズ───いくらでも泣いていい。
 もう、いくらでも泣け。

 俺が、
 俺が全て受け止めてやるから───。

 俺の全てはお前の物───………だた一つ(復讐)を除いて、全てがお前のものだ。


 ………だから。


 だから、イッパ……。
 テメェは生かしておいてやる。





 ──────今はな。


※ ※




「魔王、終わった。目標沈黙、敵勢力は殲滅した」
『ん……んむ。そうか、わかった……迎えをよこす───じゃが、その、』
「いい。ほっとけ」

 ……む。

『わかった、わかった。ポチはどうする?』

「あれは残置していいか? ちょっと考えがある。あとで少々プログラムを(いじ)らせてくれ」
『ん? まぁ構わんが……近いうちに回収部隊が拾いに行くが、それまでは自立させておこうかの』

 自衛火器もあるし、どうとでもなる。
 そう言って魔王はそれっきり黙ってしまう。

ぉじぁん(叔父さん)? まぉぅってだぁれ(魔王って誰)?」
「魔王は魔王さ─────いい人(・・・)だよ。リズも気に入るはずだ」

 ???

 人類の天敵とされる魔王のことをリズが知らぬはずもないが、それでもクラムの言葉を一切疑っていなかった。
 そして、
 リズを連れて……魔王の迎えが来るまでの時間いっぱいを活用して、同じく飼われていたであろう少女たちを解放した。

「好きに生きろ───ここにあるものは何でも持っていけ、後から来るもの(・・・・・・・)も役に立つはずさ。使い方はさっき教えたからわかるな?」

 コクリと数人の少女たちが頷く。
 体の動かせない子もいたが、彼女たちの表情は晴れやかだった。

 すまんな……。
 連れていくことはできん。

「───あばよ」

 クラムはそれ以上イッパを害することなく、リズだけを伴って去っていった。


 ───キュイィィィィン!!


 空中空母からの迎えは小型のVTOL(垂直離陸機)だった。
 けたたましい音を立てて着陸するソレ。

 目を丸くして驚くリズが実に可愛かった。

 しかし、リズの現在の格好は際どい……。
 というか、絵面的にヤバい。……適当に天幕を切り裂いただけのボロを纏っているだけだ。

 なんという、その…………。
 まるで、少女に乱暴を働いた後始末のよう。

 それはもう、バツが悪いことこの上ない。

 だが、魔王ならこの先リズに無体を働くこともあるまいと、勝手に考えている。

「帰ろうか。俺たちの家に───」

 コクンと頷くリズの肩を抱き、小さな座席へと腰かけさせてやる。

 パイロットに一言二言声をかけて、クラムは貨物用のにラッチに乗った。
 一応、人が乗ることも考慮されているのか申し訳程度の補助席が付いているので固定具でしっかりエプソMK-2と結合し、パイロットに合図を送る。

「やってくれ!」
『了解』

 座席に腰かけると、落下防止を兼ねた銃座についている12.7mmドアガンを地上に指向した。

 もっとも、戦いは終了したことは明白で形以上の見張りでしかなかったが……。


 ───キィィィィィィィ……!!


 エンジンが空気を焼き、陽炎が生まれる。

 その余熱を頬に感じながら、座席に沈みこみ───この轟音の中、眠りこけているリズの髪を撫でた。

 よほど疲れていたのか、それとも安心したのか、リズの眠りはとても深い。

 だけど、生きている。
 美しく、気高く、あの頃のまま生きている……!

 ……良かった。
 本当に良かった……!!

 お前が生きていてくれて……本当に──!


「───待たせてすまなかった」


 ……もう、一人にしない。
 約束だ、リズ。

死ぬまで(・・・・)一緒だ───」

 男の誓いが戦場に溶けていき、そうして戦場は墓場となり───動く人影は一握りの少女たちだけとなった。



 否、もう一人───いる。
 この戦場には、囚われていた少女たち以外にもまだ一人。



 そう。
 たった一人生き残った男がいる……。


第74話「報い」

 キュラキュラキュラキュラキュラ───。

 聞きなれない音に、イッパの意識がゆっくりと覚醒した。

 周囲は薄闇に包まれており、夕方から夜に変わろうとする時間だとすぐにわかった。

「ぐ……!」

 激痛に顔をしかめて体を起こそうとすれば、伝説の鎧により守られた体と───あの男によって切り飛ばされた腕、そして、焼き尽くされた足が目に入った。

「く……くそ! あの野郎!!」

 全身を絶え間なく襲う激痛に、(さいな)まれながらもイッパは生き残ったことを感謝する。

 全身の気だるさと、悪寒は出血によるものか───。だが、すでに血はとまっているようだ。伝説の鎧に組み込まれていると言う、魔法の技術によるものらしい。

「く……。くくくく! あの野郎、とんだ甘ちゃんだな」

 あれほどの苦汁をなめておきながら、イッパを見逃す甘さ。

 ───くだらない男だ。

 妙な正義感だか驕りだか知らないが……殺さなかったことを後悔させてやる、と──。

 そう決心していた。

 これでも、王国随一の強者。
 いざとなれば、魔法治療に魔法薬。なんでもござれの治療が受けられる。

 欠損部位とて、この国随一の治療を受ければ治すことも不可能ではない───。

 聖女も、『勇者』に言えば利用できるだろう。
 奴に頼むのは、しゃくではあるが……。
 背に腹はかえられん。

 そうすれば、少なくともほぼ全快にまでは可能なはず。

 実例として、イッパは趣味である──弱者を甚振る拷問で、その手の証明は何度も見てきた。

 長く、永く……拷問を楽しむために───少女たちにワザと治療を施したこともある。

「うくくくくく……今度は負けないさ」

 たしかに、あのクラム・エンバニアの野郎は、強力な武装に凄まじい腕前だった。

 だが───。

「あれでは『勇者』には及ばんな。今度こそ、バケモノ同士で潰し合ってもらって、」

 それから───……。

「ん? 誰かいるのか?!」

 ふと、周囲に多数の気配があることに気付く。
 先ほどの、妙な音も近づきつつある。

 キャラキュラキュラ……ゴシュー……!

「な、なんだ?」
 闇の中にボンヤリと浮かぶ、見たこともないシルエット。
 敢えて言うなら、馬のない馬車のようにも見えるが───。

 チカチカチカ──と、そいつが淡い光を放っているものだから、周囲がぼんやりと照らされては、すぐに暗闇に沈むというリズムを繰り返す。

 淡い光、闇、淡い光、闇……。
 イッパの初めて見る、美しい光のコントラスト───。


 は?


 そのリズムの中に、周囲に佇む人影がぼんやりと浮かび上がった。

 ───ッ!?

「お、おまえら!」

 ボロを纏った姿。
 そのシルエットは実に小さく華奢だった。
 だからこそ、イッパをそれをよく見知っていた。

 間違っても近衛兵団のものではない。

 リズ───?

 いや。
 ぼんやりと浮かび上がった姿は、リズではない、少女のもの。
 酷く損傷したそれは、あのリズのものではい。

 ───それも、複数人……。

「う……!?」

 薄明りに慣れたイッパの目に、彼女らの全身に浮かぶ無残な痣が浮かび上がって見えた。

「お、お前───ら」

 ヨロヨロと頼りなく立つ者もいる。
 歪なシルエットの者に至っては──部位を欠損しているか、酷い骨折を伴っているのだろう。

 全て、イッパの飼っていた玩具。

 誘拐した少女、
 酷使奴隷、
 魔王領占領地の捕虜、

 全て若い、小さな子ども達で───女の子で…………等しく、満遍なく、楽しく、楽しく、たーのしく、いたぶった者たちだった。

「な、何の真似だ! 俺を誰だと!───がぁぁ!」

 サク……!

 肌に刺さる妙な感触に、イッパは思わず悲鳴を上げた。

 見れば、すぐ近くに立った少女がナイフのようなものでイッパの頬に傷を付けていた。

 そう、彼女らは犠牲者。

 全て若い、小さな子ども達で───微塵もイッパに恩などない……。

 それは、恨み辛みを募らせた復讐者の──群れだった。

 最初の一撃は躊躇(ためら)いがち、しかし万感の想いが(こも)ったそれだ。

「な、なにをする! や、やめろー!!」

 ざく!
 ざく、ざく!!

 最初の一突き!
 そして、それを皮切りに次々に突き立てられる刃物。

 どれもこれも、顔ばかりだ。

「き、貴様ら、こわなことをして───」
 ザクッ!

 ぐ、
「ぐぁぁあああああああああああああ!!」

 うちの一つが、既にボロボロになったイッパの目を貫く!!

「ひ、ひぎぃぁああああ!」
 鋭い痛みに絶叫が漏れる。

 「き、貴様らぁぁあ!!」と、怒りの形相で睨み、残った片手で振り払う。

 そうだ。
 顔ばかり狙うのは、今のイッパが全身の他の箇所を伝説の鎧で覆われているからだ。

 それは残った手も同様。そこも装甲で守られている。
 むき出しなのは顔のみ!!

 な、ならば!! と。

 グワシッ! と顔を鷲掴みするように、手で顔を覆い隠す。

「こ、これならば、そう簡単に害することはできまい! ぐははは!」

 舐めるなよ、玩具どもが!!

 近衛兵団は全滅したようだが、ここは王国内の練兵場だ。
 あれほど大騒ぎになって、誰も気付かないはずがない。

 そう、イッパは考えていた。

 だが……実際は近隣の町含めて、ミサイルと爆撃で壊滅しており、住民のほとんどは避難していた。

 もちろん、イッパにはそこまでの事情を知る術もなく、そして、決して間違っていたわけでもない。

 たしかに、この騒ぎはすでに中央の知るところとなっており、調査のための兵は派遣されていた。

 とはいえ、それらが到着するのは今すぐというわけでもなかった。

 そんなことを露とも知らないイッパは、しばらく(しの)げれば助けが来ると信じていた。

 その間、このクソの様な玩具どもに殺されないようにすればいいとばかりに、高を括っていた。

 そして、幸運にも伝説の鎧のおかげで、ちんけな刃物では露出部位以外に傷つけるすべはないと、───そう思っていたのだ。

 だが、イッパは知らない。

 クラムが何故RLCV───通称ポチの残置を提案したのかを……。

 そして、魔王から迎えが来るまでの、余った時間をどうしていたのかを知らない──。

「くくくくく! き、貴様ら覚えておけよ。兵が救助に現れたら───そのあとは、どうしてくれるか……!」

 一瞬、怯んだように見える少女たち。

 その様子に満足気に(わら)うイッパ。
 クククと、暗い笑みで後日こいつらを責め殺すことを思い、愉悦(ゆえつ)に体を震わせていると───、

「……さない」

 ん?

「許さない……」「許さない」「許さない」

「「「「「「許さない……!」」」」」」

 ハッ! 何を生意気な!
 クズどもが王国随一の俺に───。



 バンッ!



 ───……「は?」

 え?
「ぐふっ」

 突如、胸を殴られるような衝撃をうけたイッパ。

 やがて、焼けつくような激痛が胸を引き裂くように弾け出た! あまりの痛みに、と以外な攻撃にイッパは驚きに目を見張る。

 なぜなら、今の音は、昼間あの囚人兵が散々立てていた魔道兵器の音に他ならない。


 それがなんでここに───?


 そして、気づく……。
 闇に沈みつつある中で、少女たちの手には実に物騒な得物が多数握られていることに。

 ブゥゥゥン──!! と、不気味な振動音を立てる刀。

 ジジジジ───!! と、赤い光を放つ熱のこもったナイフ。

 そして、焼けた藁の様な匂いを立てる魔道兵器……。

「よ、よせ!」

 ば、ばかな?

 お、
 俺は近衛兵団長だぞ!

「───貴様ら! よせ! 今なら許す!」

 俺は『勇者』の次に強い男だぞ!?

 バン! ザク!

「ギャアアア! ぎざまらぁぁぁ! ぶざげるなよぉぉぉ! ごほ───」

 ゲフ……! と、血混じりの咳をこぼすイッパは、懇願でもなく、抵抗でもなく──。

「───俺は近衛兵団長だぞぉぉおお!!」

 虚勢を張った。










「「「「「「だから?」」」」」」







 ぁぁぁあ……!


※ ※


 暗く沈む練兵場の奥。

 近衛兵団の野営地で、朝まで物凄い悲鳴が響いていたというが、それを聞いていたものはほんの一握りだった──。






※ ターゲット ※

イッパ死亡

所要復讐ターゲット残り3
(勇者、教官、ブーダス)……ほか。


第75話「顛末報告」

「えげつないことをするのー」

 空中空母の艦橋の中で、拡大したモニターに映し出されたのは、画像補正を施され──昼間のように明るく映し出された練兵場の一角だった。

 そこでは、夜の闇に沈む野営地でイッパが、イッパだったもの(・・・・・・・・・)に変わり───そして、さらに少女たちに解体されている様子だった。

 ……それも、生きたまま。

 その様子に()したる興味も示さず、クラムは魔王の前に立つ。

 魔王は帰還した空中空母の指令室でふんぞり返っていた。

 年恰好はルゥナのものだが、着ているものは、この「MAOH」の最高位の者が着るという、軍服のようなシンプルなデザインの服だった。
 そこからスラリと伸びた健康的な脚から、チラチラとパンツが見えているのはご愛嬌と言ったところか。
 見た目はルゥナだし、ピクリとも来ない。

「───当然の報いだろ」

 まずは、一人……。

 グッチャグチャ! に、現在進行形で解体されているイッパ。

 時折、画面内で明るい光が瞬いている所を見れば、玩具にされていた少女達は無事に銃も使いこなしているらしい。

 パンパンパン!!

 と、容赦ない銃撃がイッパに突き刺さっているようだ。

 後は、弾がなくなればそれまで。
 少女たちは補充の仕方は知らないだろうし、クラムも敢えて教えなかった。
 きっと、弾が切れればそのまま逃げ散ってくれるはずだ。

「───で、その子が姪御さんじゃの?」
「……リズだ」

 回転する指揮官席を、くるーりと回し──クラムに向き直る魔王。

 エプソを着たままのクラムは、その有り余る筋肉アシストをもってリズを軽々と運んでいた。
 所謂(いわゆる)お姫様抱っこという奴で、魔王の前にリズを抱き抱えたまま、微動だにしていなかった。

 リズは静かに目を閉じている。

 ……たぶん、疲労が激しすぎて───ほとんど気絶に近い形で寝入っているのだ。

 ささやかな胸が小さく上下していることから、決して致命的というわけではないのが幸いか。

「ふむ……。似ておらんの?」
「親父も御袋(おふくろ)も混血……。妹とその旦那も言わずもがなでな───ま、こんなもんさ」

「ほう? 興味深い話ではあるが……。今はそれよりも休息じゃな」

 そうだな……。
 致命的でないとはいえ、リズは監禁生活───しかも、ペットよりも劣悪な環境にいたらしい。

 いつかのように体臭が酷い。
 …………この子は、本当に不遇だな。

 サラリと髪を撫でてやると、うっすらと目を開くリズ。

「……叔ぃぁぅ(叔父さん)?」
「あぁ、無理しなくていい。……ゆっくり休んでいろ」

 そう言って労わるものの、リズがフルフルと軽く首を振り──地面に降ろしてと願う。

 反対する理由もないので、ゆっくりと立たせてやり、倒れてしまわないように支えてやった。

「リズ。…………紹介する、魔王だ」

 リズにとっては初対面だろう。
 せっかく目を覚ましたんだ。治療の前にあいさつくらいしておいても損はない。

如何(いか)にも、MAOHの所長をしておる。……どういうわけか、お主ら現地人どもには『魔王』と呼ばれておるらしいでの───魔王でも、所長とでも好きに呼べ」

 ピョンと司令用の席から降りると、チンマイ胸を張ってフフンと自信満々に紹介する。

「お───」

 リズはリズでびっくりした顔で、目を驚愕(きょうがく)に見開いている。

 ん……?

「あれでいて偉いさんだ。……挨拶はしっかりな。───それと、認識阻害の魔法を使っているらしくてな。どうも、その人が見たいという理想の姿に見えるんだそうだ。おかげで、俺には魔王がルゥナにしか見えん……」

ぅゥナ(ルゥナ)……」

 オドオドした目でクラムを見上げるリズ。
 ……そりゃ、急に『魔王』を名乗るものが出てきたらビビるか。

「ルゥナではないぞ? そやつはいつまでたってもルゥナと呼び違える。終いには抱締めようとすることもな!」

 セクハラじゃ、セクハラ! と魔王は呵々大笑(かかたいしょう)している。

 ち……リズの前でバラすんじゃねぇよ。

「リズ。お前にはルゥナに見えるか?」
 チラっと不安そうな目で見上げるリズ。別に、誰に見えても悪いことじゃない。

 だが……。

()ぅん(うん)……()ぁのまぉぅ(その魔王)……ぁん(さん)ぉろぃく(よろしく)ぉぉぅいしぉぅ(お願いします)

「うむ。礼儀正しいの。いきなり抱き着いてくる、どこかのバカとは大違いじゃの~!
カッカッカ!」

 うっせぇ……。

 つむじが見えるくらいに、ペコリとお辞儀するリズ。
 王国じゃ珍しい挨拶の形だが、相手に誠意が伝わればいいのだ。

「うむうむ、そう堅苦しくなるな。現地生物とは言え……。おぬしはクラムの家族だしのー。ま、特例で構わんじゃろ」
()ぁぃがとぅごぁ(ありがとうござ)ぃあすっ(います)───くぅ!」

 バッと顔をあげたリズが腹を抑えて、綺麗な顔を歪ませた。

「リズ!?」
「お、これはいかん……!? 衛生要員、前へ(メディィィック)!」

 『魔王』のよく通る声が空母中に響く。

 気密の完璧な空母の中はほとんど陸地と変わらず、巨大(ゆえ)に揺れすら感じない。
 そのため、本当に空の上かと疑ってしまうほどだ。

 実際に、艦橋に駆け付ける衛生要員の足音は甲高く、まるで魔王の城にいた時と変わらなかった。

「おそい!! その子じゃ、医務室に連れていけ───丁重になッ」

 駆けつけたのは、紺色の戦闘服の上に白衣を被った、変わった出で立ちの職員だった。
 見た目はあれだが、いわゆる武装隊員の一種なのだろう。

 ここは城と違い、敵地だ。

 非武装の衛生要員やらがいるところでは、ないらしい。

 その武装衛星要員ら手慣れた様子で、毛布を肩にかけると、リズを優しく抱え起こしストレッチャ―に乗せた。

「お、おぃさん(叔父さん)……!」

 少し怯えた目でリズはクラムに手をさし伸ばす。

 それをキュッと軽く掴んでやり、
「大丈夫だ……安心しろ。少し痛いかもしれないが、大丈夫。無体(むたい)なことは、彼らはしないよ」

 一緒についていってやりたい所だが、クラムもまた消耗している。

 それに可及的に報告しなければならない義務があるし、エプソのメンテナンスも急務だった。

「すまんのー……。姪御さんは丁重に扱う故、心配するな」
「あぁ、そこは信用している。人道的(・・・)って奴だろう?」
 少し皮肉交じりに言う。
「何か引っかかる言い方じゃの。……ワシ等を見てみぃ、どっからどう見ても平和の使者じゃろうが?」

 どこがだよ?

 指令室に並ぶのは、全周を覆うモニター群で、その下にコンソールと椅子があり、職員が無言で働いている。

 そのうちのいくつかには、如何にも物騒な表示が並び、画面上に長大な砲身を覗かせていたりする。

 他にも、多連装の銃身をみせるガトリングガンが周囲の空を睥睨(へいげい)していたりと、

 実に物騒だ。

「少なくとも、ワシ等から連中を殴りつけることは無い。ワシらには、防衛予備行動と、防衛行動しか認められておらぬでな」

 出たよ……!
 詭弁が───!

「アンタらの言うところの防衛予備行動は、こっちの世界じゃ防衛戦───で、防衛行動は侵略行為って言うと思うんだがね」

 実際、現状王国の上空を絶賛侵犯中(領空という概念があるかは不明)なのだが、これはこれで防衛行動と称している。

「ん、む……。しかし、我々はのー。攻撃行動などという、明確な行動規範はないのじゃよ……。今回はほれ───」

 今思いついたみたいな表情で、

「───保護しておる現地人の血縁者を救うためじゃしの。それもテスト支援中の現地協力者が地表に落下したとあってはのー……」
 と、一見すると滅茶苦茶に理論を(のたま)う。

 そんな理由でズタボロに攻撃された王国軍なら、普通は文句の一つも言いたくなるだろう。

 とは言え死人に口なし。
 王国軍とて全滅ではないが、ほとんど殺傷しているので早々文句が上がることもない。

 あがったとしても、だれも聞く耳をもたないだろうが……。

「ほぅ? 俺を護るために、無理をして出張(でば)ってきたと?」
「左様」

 ……か!

 ダメだこりゃ…………。

「あーはいはい、わかったわかった。好きに言い回してくれ。俺には関係ない話だ」

 そうだ……。俺もこいつらを利用するし、コイツらも俺を利用すればいい。
 利害が一致する以上、WinWinの関係で行こうぜ。

「聞き分け良くて助かるのー」

 クヒヒヒ、と悪戯っぽく笑う魔王。見た目はルゥナなのでひどく愛らしいが、まさしく悪魔の笑顔と言った奴だろう。

 魔王軍は人道的といいつつ、気化爆弾で軍団ごと蒸発させる恐ろしい連中だ。

 そして、たまたま生き残った者にはバンドエイドを渡して、人道的とぬかしやがる。

 王国軍や『勇者』もクソ野郎には違いないが、魔王軍も根っこでは同じ気がするぜ。

 もっとも、クラムもその片棒を担いでいる以上、偉そうなことは言えない。
 魔王軍は『魔王』軍なりの行動規範とやらがあり、ソレに(のっと)っているのだろう。

 少なくとも、……彼らは懐に入った者には優しい。

 リズとて最高の治療と───他に望めば教育も受けられるに違いない。
 そのためにも、クラムは自分が有用であることを示さなければならない。



「では、第1回の実地テストの結果を報告する───」







 そうして、クラムは簡単にまとめた戦闘詳報を、魔王に報告した。