第43話「天使の名を冠する」


 ピッ……。

 ピッ……。

 カシュー……。

 カシュー……。


 奇妙な音が耳をつき、
 クラムの意識は覚醒した。

 ……うぐ。

 酷く体が重い───。
 肌の感覚はあるが、血液が鉛にでもなったかのように、内部からズシリとくる気怠さと気持ちの悪さがある。

 目を開けようと、(まぶた)を動かそうとするが、張り付いたような感覚があり──上手く開かない。

 くそ……。
 なんなんだ?

 (まぶた)を透かした先には、かなり明るい光源があるらしく、瞼裏(まぶたうら)の血管が浮いて見えるほどだ。

 ……ど、どこだ?
 ここは、いったい?

 たしか───。

 未だ体の気怠さは取れず、頭もはっきりしているとは言い難い。

 事の前後をゆっくりと思い出そうとするクラムだが…………。

 カツカツカツ───!

 と、大理石の上を歩くような硬質な足音が響き、不意に体を緊張させる。

 囚人に、そして囚人兵になって以来──こうした硬質な足音はろくでもないものばかりだ。

 牢屋を巡回する看守に、野営地を闊歩(かっぽ)する近衛兵の重い金属製ブーツの音……。

 どれもこれも、反射的に身を固くさせてくれるものだ。

 開かない目、
 動かない体、
 働かない頭、

 どれをとっても、今は何もできない。
 状況に身を任せて……()つ、唯一とも言える五感の一つ、聴覚に意識を集中させる。

 それくらいしかできないのだから。

 カツカツっ……。

 ───ガチャ!


 ドアを開ける気配。
 狭い空間に、人のそれが満ちる。

 カツ……。

 カツン。

 足音は一定のリズムを刻み、クラムの間近に止まった。
 そして、なにやら独り言をブツブツ……。

 フワリと漂う香りは、女性のもの特有の甘い匂いがした。

 そして、彼女が注目しているのはクラムではないらしく、別の何か見ている。
 研ぎ澄ます五感にも、その意識がクラムではなく、その周囲に向いていることが分かった。

 とはいえ、完全にクラムを無視しているわけではなく、時折視線を感じることもあった。

 ……何をしているんだ?

 クラムは居心地の悪い気分を味わいつつも、何もできず、じっとしているしかなかった。
「…………数値はクリア。……バイタルチェック異状なし」

 カリカリと黒鉛を木板に走らせるような、書き物の気配が(わず)かに伝わる。

 そして、

「脳波……正常。意識レベル……異状なし、覚醒中」

 カリリと、書き切ったらしく。
 最後にパチンと硬質な音を立てて彼女の気配が遠ざかる雰囲気を察した。

 口は…………。
 動く───。

 声を掛けるべきだろうか。
 状況が不明過ぎて、どうすべきかわからない。

 今はまだ、大人しくしていた方がいいかもしれない。
 クラムはそう判断すると、体を固くして身じろぎしない様に努めた。

 しばらく、ジッと見られているような気配を感じつつも───。


 カツン。

 カツカツ……。

 ガチャン!

 ……カ、

 カツカツカツ……。


 その特徴的な硬質な足音は、ようやく遠ざかっていった。
 
「ふー……」

 やはり、かなり緊張していたらしい。
 ドッと脱力しつつ、大きく息をついた。

「───狸寝(たぬきね)入りは、もういいのか?」

 ッッ!!!!

 うぐっ……!?

 し、心臓が、心臓が跳ねる!

 ……い、いつの間に!?

 クラムが全く気付いていない位置からの声かけ。
 少女のものらしきそれに、驚き──慌てふためく。

「落ち着け……。とっくに覚醒しておることは知っておるよ」

 ……う。

 ドクンドクンと心臓が早鐘の様に鳴る。
 口から飛び出しそうだ。

「だ……だれだ?」

 なんとか、紡ぎ出した言葉は月並みなソレ。

「んー? 覚えておらんのか? ふむ、どれ……」
 ギィと、金属が軋むような音を立てて部屋の隅に気配が生まれる。

 どうやらずっとそこにいたらしい。

 キュムキュムっと、硬質な足音とはまた違う、独特な音が近づいたかと思うと───。

「うむ……血と涙で(まぶた)が固着しておるな」

 柔らかい手がクラムの肌を撫でた。

「少々痛いかもしれんが、まぁ我慢せよ」
 チャポンと何か液体を逆さにしたような音と共に───。

 グリグリグリ……!!

 暖かい布が顔に当てられ、少々乱暴に拭われる。
 瞼には、確かに血などが固まっていたらしく、それらが強引に拭われていく感触は結構痛いものだった。

 だが、クラムにとってその程度の苦痛で、悲鳴を上げるほどのことではない。
 グっと歯を食いしばると、されるがままに任せた。

「ん……生理食塩水で洗ったから、問題ない。開けて見よ」
 
 目を開けろってことか?

 スゥと瞼をゆっくりと開くと、途端に刺激を受ける眼球。

「ぐぅ!」

 まさに刺す様に、そう……刺すような強烈な光がクラムの視界を焼いた。

「む? 眩しすぎるか? ライト!──……光量調整、50」
 その声と共に、幾分柔らかくなった光に漸く目を開けることができた。

 最初に目に飛び込んだのは、真っ白い天井と───少女……。

「見えるか? ワシを覚えておるかな?……先日ぶりじゃが~」

 コイツは、たしか───!

 あの戦場で、空に浮かんだ不思議な窓から人類に話しかけていた……あの、

 ───……そうだ、

 この子は!!

「あ……」
 パカっと口を開けたクラムは、

「む? 思い出したか? そう、ワシはお前らの言うところの……──」

「ルゥナ!!!!!」

「──まおぅ……あん? ル、」

 ガバチョ──と抱締めようと、体を起こしたクラム。

 鈍い痛みと、気怠さなど知るか!!

「うお?! お、おい! 無理をするな!」
 ピョンと()ねる様に、クラムの抱擁を避けた少女───ルゥナ? は、クラムを押しとどめようとする。

 (かわ)されたことで、クラムはバランスを崩し、ガッターンと床に落ちる。

 寝かされていたのは金属製のベッドらしく、そこそこの落差があった。
 そして、その拍子に体に付いていた様々な管が抜け落ち、激痛が走る。

 プラプラと抜け落ちたソレは針状のもので、赤く濁っていることからも今までクラムに突き刺さっていたらしい。

 ゾッとする気配を覚えるとともに、そんなものも気にならないと、少女に手を伸ばす───。

「ルゥナ! ルゥナ!! あぁ、無事だったんだな……!」
 ポロポロと零れる涙。
 乱暴に拭われた瞼からは睫毛(まつげ)が抜け落ちていたらしく、涙すら()みる……。

「無理をするなというに……! 誰か! 衛生要員はいないのか(メディィィッック)!?」

 必死で伸ばすクラムの手を冷ややかに見つつ、少女は人を呼び出す。
 途端に離れたところから、足音が響いてくる。

 カン、カン、カツカツカツ! と、急ぎ足のそれは、驚くほど迅速な対応だ。

「ルゥぅぅナぁぁぁ……」
 しかし、それすらも耳に入らないのかクラムは涙をこぼし、ズルズルと少女に、にじり寄る

「ええい……! 認識阻害のインプラントは任意で切れんのが面倒じゃのー」

 ポリポリと頬を掻く仕草は子供の容姿をしているのに、なぜか随分と達観した様に見える。

「大抵の奴はすぐにワシのことを認識して恐れ(おのの)くというのに……」
 ヤレヤレと首を振る少女。

「おい、聞けクラム。……ワシはルゥナではない。……お前らがのいうところの『魔王』じゃ」

 ……?

「ルゥナ……だろ?」
「違う! お前らの文明基準で──魔術と言えばわかりやすいか? 認識阻害の魔法の類じゃよ」

 ホレホレといってピョンピョンと目の前で跳ねる少女。
 しかし、容姿が変わるわけでもなく、声もそのままだ。

「うーむ……。こうも、物わかりが悪いとのー、こういう奴とは言葉が通じんのー」

 弱った弱ったと、今度は腕を組み考え込む───魔王。

「魔法……認識阻害──まおう……魔王? え? る、ルゥナじゃ───」
「───違う」

 ピシャリと言い放つ魔王。

「どれほど恋焦がれておるのか………ルゥナとな? ふむ……恋人かの?」
「……娘だ」

 ……───くりっと首をかしげる魔王。

「娘……とな? クラム・エンバニア───簡単に経歴を見たが。お主に、娘など居るのか? そもそも、」

「いる」

 そうだ……ここにいる!

 ───ルゥナ!

 ガチャ!!!───「所長!?」

 ドタドタドタと走り込んできたのは、白を基調とした明るい色の服を着こんだ女性と、紺色をした変わった鎧姿の男性が3人。

 ガチチャチャ……ッャキ!! と、手に持つ黒い塊を向けると、明確な敵意をぶつけてきた。

「きさま、所長から離れろ!」

 男のうち一人は、鉄製の棒のようなものを腰から抜き出すと、軽く振るう。

 シャッ──ジャキン! と如何にも物騒な音を立てるソレ───。

「よせよせよせ!……この男は何もしておらん───。誰か、介助してやれ」

 クラムから距離をとり、鎧の男達に(かば)われた魔王が顎をしゃくって女性に指示する。
 逡巡していた女性も、それでようやくクラムに駆け寄った。

 ヨロヨロとしたクラムに、危険はないと判断したらしい。
 
 だが、男達は女性に手を貸すでもなく、金属の棒と黒い塊を油断なくクラムに向けている。

「よせ……触るな!…………自分で立てる」
 女性の手を振り払うと、一瞬──男の敵意が体を貫くが、無視して起き上がる。

 ベッドの手すりに手を駆け体を起こす。

 足枷に気を配り、足を庇いつつゆっくりとベッドに───……。




 あれ?

 足──────。



第44話「魔王の名を冠する」

 あ、あれ?



 足が…………………。

 軽い……?!



「あぁ……! あの目障りな足枷は外しておいたぞ?」
 何でもないように言う魔王に驚きを隠せない。

「そ、そんなことをしたら、王国軍に殺される!」

 逃亡兵として捕まればどうなるか。
 ましてや羽より軽い囚人兵の命。

 たしかに、一度は元盗賊の囚人兵と共謀して逃げることも考えてはいたが、それもアテがあっての事。

 こんな訳の分からない状態で、王国軍に捕まりでもしたら……。
 引き渡された時点で、クラムは即処刑されるだろう。

「ん~? 何を心配しとる? 王国軍など居るわけがなかろう」

 くだらないとばかりに首を振る魔王に、
「だ、だけど…………あ、アンタら、ま、魔王軍なんだろ?」

如何(いか)にも、」
 
 やっぱり……!

「と言いたいところだが……少々違う」
 は?
「いや、だいぶ違う……──」

 え??

「魔王軍じゃ………ない?」
「あー面倒じゃの……、お主らの言うところの魔王軍で間違いないが──ワシらは魔王軍ではない」

「はぁ??」

 意味が分からない。
 魔王軍じゃないなら一体……?

「───魔王軍は、お主等側の勝手な呼称じゃ。ワシらは、」

 ……フフン、と小さな胸をはる魔王。

「Malignant and Oracle Hackers───通称:MAOH(まおー)、または『魔王』で通っておるな」

「M……何?」
 意味が分からない。

 マオーで魔王なら、やはり魔王軍じゃないか。

「Malignant and Oracle Hackers──じゃ。……偉そうに人の運命を弄ぶ、諸悪の根源を叩きつぶしてやろうという組織じゃよ。……ま、わからんか」

 うん……わからない。

「ふむ……。細かいところを説明しても理解できまい。まぁ、簡単に言えば、巨大な民間資本の研究機関じゃよ──普段はNGOとして、我々サイドの通称は『機構』で通っておる」

 ……ゴメン、全然簡単じゃないです。

「えっと……?」

 更にハテナ顔のクラムに、
「ふむ? クラム・エンバニア───エルフで、魔術に長けた才気あふれる男とあるが?」

 懐から小さな箱を取り出し、指をツツツと動かしながら何かを確認している。

「エルフ?」

 そりゃ、確かに多少ないし血が混じているが───。

「むぅ?……情報の改ざん跡があるの───ふむ??」

 ツツゥーと綺麗でしなやかな指が箱の上を踊っている。
 何をしているのだろう。

「ふーむ……。囚人兵になる前の情報がいい加減じゃのー? まいったな、紙媒体の情報ゆえ、これ以上は追跡調査せんとわからん」

 軽くため息をついた魔王は、未だに警戒している男たちを追い払うと、
 白衣の女性だけを残し、医療処置を続けさせた。

 頭が状況についていけず、しかめっ面のままボンヤリしていると──チクリ! と腕に痛み。

 驚いて見ると、腕に針が……!
 うぉえ!?

「な、なにを!?」

「暴れるな。針が腕の中で折れるぞ」
 そして、やれやれと大きくため息、

「痛み止めと、抗生物質……それに栄養じゃ。お主の生命維持に欠かせぬものじゃよ。しばらく我慢せよ」
 ポテポテと歩み寄ると、クラムの体を押さえつけ無理やりベッドに横たえた。

「本来ならの。我々は現地生物を確保したりはせん。……あー、要するに捕虜など捕らんのだよ」

 捕虜……?

 ほ、
「───捕虜!!」

 ガバリと起き上がるクラムに、白い服の女性が驚いている。
 彼女は腰のベルトから黒い塊を抜こうとしているが、魔王がそれを押しとどめた。

「いい加減落ち着け……」

 お、
「思い出した」

 そうだ。

 なぜ……。
 なぜ───。

 なぜここにいるのか……!!

 なんのために、捕虜になったのか───!
 それも、人類の天敵……『魔族』の捕虜として、だ。

「やれやれ……。記憶障害でも起こしておったのか? 脳波は正常なんじゃがの~」

 ふふふん、と不敵に笑う魔王……──。

 

 そうだ、
 そうだ、

 そうだ!

 俺が魔族の捕虜に───!
 いや、魔族と…………『魔王』と手を組もうと考えたのはッ!





 欲したからだ───。



 あの力を……。

 あの圧倒的なまでの──力!



 近衛兵団を滅却し、『勇者』を滅ぼせる、圧倒的な力をぉぉぉぉぉぉぉ!!


第45話「ドラゴン襲来」

 やや回想(時系列混乱しないでね!)

 数日ほど遡ります。
 人類軍が壊滅するまでの経緯を追っていく。

 そして、クラムが魔王に収容されるまでの回です。

──────────────────

近接航空支援(CAS)の制限を解除する(タリホー!)───防衛予備行動を実施(ブチカマセ)せよ()

 無機質でいて、それで美しい発音───。

 魔王は、もはや会話をする気も起きないとばかりに、勇者達を突き放した。

 そして…………。


 ───それ(・・)は来た。


 最初は、兵の(とき)の声かと思った。


 実際、へたり込むクラムを目掛けて(別にクラムを目掛けていたわけではないが……)突撃を開始した近衛兵団の歩兵達と、後方に控えていた予備部隊の大群が地響きのごとく足音を立てて突っ込んできた。

「「「「ウラァァァァァァァァ!!」」」」
「「「「フラァァァァァァァァ!!」」」」
 
 王国軍の(とき)の声と、予備として集まった各国軍の声が合わさり耳をつぶさんばかりの大音量。

 実際に、すごい勢いだ。

 勇者の威を借りての蛮勇。
 誰もが、最強の男の背後に隠れて威勢をあげるのだ。

 ドドドドドドドドド、と───!!

 この勢いでは、クラムも死体ごと踏みつぶされかねない。
 軍馬ほどではないにしても、密集隊形の歩兵も十分に脅威だった。

 先程、重装騎兵をあっという間に掃き清めた光も鳴りを潜めている。
 それを好機と見たのか、テンガが隊列の先頭に躍り出た。

「おらぁ! 走れ、のろまどもがぁぁ」

 テンガは走るというよりも、跳躍(ちょうやく)といった勢いで魔族の城壁に取り付こうとする───まさにそのとき、





 ……………………来たのだ。





 テンガと、
 近衛兵団と、
 各国の予備部隊にとっての悪夢が───!




 ──キィィィィィィィィィィン…………!




 と、聞いたこともない……。
 まるで、高価な金属を磨く職人が立てるような美しい音色。
 そんなものが高空から響いてきた。

 空───……?

 な、
 なんだあれは??

 遮る物のない戦場を、我が物顔で闊歩(かっぽ)している人類の軍隊が、

 気付く。

 ふと、空を見上げた誰かが気付いたのだ。
 
 ───あれは……? と、

 それに、被さるのは不特定多数の声。


 ……………………ド、
 ドラ──────。


「───ドラゴンだぁぁぁぁああ!!」


 ど、ドラゴン……?
 死体の山から顔を出したクラムの目に写る影──。


 陽炎(かげろう)をまとわりつかせた、銀色の鳥の様なものが見えた。
 それも複数。

「ド・ラ・ゴ・ンだぁ?」

 兵の叫びに気づいたテンガはその場に足を止め、空を見上げる。

「あ、ありゃぁ……」
 何か知っている風な様子で、目を細めてその鳥の様なものをみている。

 おいおい───と、
「せ、戦……闘機、だとぉ?」

 テンガの呟きをクラムが耳にすると同時に、チカッっと鳥のようなものが光を放つ。

 それは煙を吐きつつ、徐々にこっちへ……───。

「じょ、冗談じゃねぇぇ!!」

 あの、
 あのテンガが初めて焦り声をあげた。

 そう、あのテンガが!
 
 『勇者テンガ』が恐れをなした、その鳥───いやドラゴンを……!

 (きびす)を返すテンガ───その背後に迫ったのは、煙を吐くドラゴンのブレスらしきもの……!!




 シュゴォォォォオオオオオオ!!! 

 ォォォ───…!

 ォ──……!

 ……!

 音が消え……。
 次の瞬間─────────!!


 大地が破裂した。
 そう、文字通りの破裂だ。

 ……そうとしか言えない。

 ドラゴンのブレスは、近衛兵団の真っただ中に飛び込むと、






 ズッッ!──グァアアアアアアン!!!





 と、巨大な火柱を上げる。

 そして、
 兵士を───!
 近衛兵だったものを───!

 空と地中と周囲にまき散らした!! 

 そうとも、撒き散らしたのだ!
 焼き焦が(ロースト)して!!

 兵の絶叫すら炎は溶かしていく。
 隊列中央に飛び込んだそれは、ただの一撃で近衛兵団を壊滅に追いやった。

 ムワァっ……! とした熱風がクラムにも押し寄せる。
 そこには、焼けた肉やら血やら……臓物の匂いが混ざって──もう何の匂いなんだか分からない!

 オエエエエエエェェ──と、人目も(はばか)らず吐き戻すクラム。

 そして、第2撃目!

 空に遊弋する、鳥───いや、………ドラゴンは複数!

 なんてこった!
 奴ら一頭じゃないぞ!?

 複数………………群れだ!

 ……これは、まずい!!

 消滅した近衛兵団を目の当たりにした予備部隊の動きが(にぶ)る。

 鼓舞し、
 (あお)り立てていたテンガはいない。

 あの炎によって消えたのだろうか?

 空に浮かぶ少女の姿はいまだそこにあり、今は口を引き結んで成り行きを見守っているようだ。

 その少女の像を突き破るように煙を吹く真っ赤なブレスが予備部隊にまっすぐに突き刺さり───。





 ズッッ!──ガァァアアアアン!!!


 更にもう一発!

 
 ドッッ!──ガァァアアアアン!!!




 もうもうと立ち込める炎の中──。
 予備部隊は、一兵も残さず焼却………。

 本当にこの世から消えてしまった!

 なんだ、
 なんなんだ!?
 そんなことありうるのか?

 だが、この目で確かに見た!
 だ、だけど、何が起きている!?

 これが、
 これがドラゴン……?

 ドラゴンの力!!??




 ──テンガは、ドラゴンを倒せるんじゃなかったのか!?


 いや、テンガなんぞ死んでしまったならばもうどうでもいい!

 今は───。

 今は──────!!




「リぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃズ!!」



第46話「俺の家族を……」


「リぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃズ!!」


 愛しき家族の残り香───俺の手に残る今唯一の肉親で、

 最後の家族!!

「リぃぃぃぃぃぃぃぃズぅぅぅぅぅ!!」

 逃げる?
 どうでもいい!

 勇者?
 どうでいい!!!

 義母さん、ネリス、ミナ───?


「どーーでもいいから、リズをぉぉおお!」


 隠れ場所から飛び出すクラム。

 ドラゴンのブレスの着弾点からは離れていたため無傷だったものの、周囲は酷い有り様だ。

 燃え、溶けて、流れる大地───!

 辛うじて生きているのは、半欠けの負傷者のみ。

 彼らの上げる断末魔、
 狂ったような笑い声、
 激痛への叫び、

 地獄だ……。

 地獄だ……。

 地獄だ……!


 だが、
 それがどうした!

 のたうち回っている奴も、
 瀕死で血ヘド吐いてる奴も、
 飛び出た(はらわた)をかき集めている奴も、

 みーーんな!
 俺をこんな目に合わせたクソ野郎どもの、仲間じゃないか!

 知るか!
 ざまーみろ!

 いいからどけぇぇ!!

 足枷を盛大に鳴らしながら駆けるクラム。
 溶けた地面が足裏を焼く……。

 痛みは限界を超え、感覚などとっくにない。

 今、この場を切り抜けても二度と走れないだろう。

 それが?
「──それがどうした!!」

 リズを……!

 あの子を守るためなら、足の1本や2本くらい……「いるかぁぁぁ!!」

 最後に『教官』がいた場所にリズはいた。

 ───そこまで行けば!

 幸いにも、『教官』らがいた位置にはブレスの着弾はなく、無事なようだ。

 あのドラゴンは、あくまでも大軍目掛けてブレスを降らせたということだろうか?


『α個体をロスト……。CAS(近接航空支援)停止。武装隊員は捜索開始!───不期遭遇に注意せよ』

 必死でリズを探すクラムなど、目にも入らないかのように、空に浮かぶ少女の像はブツブツと謎の言葉を放つ。

 それは王国軍や『勇者』に向けたものではないらしいが……?


『……出動部隊の装備は? 重武装か?……ん、了解した。───『軍』の介入を招く事態だけは避けよ』


 空から降る声に、どうしてもルゥナのそれと重なる。
 確かめたい衝動にかられつつも、クラムはリズを救うために動く。

 できることなど、何もないと知りつつも!

「リズ! リぃぃズ!──どこだッ!」

 ようやくたどり着いた位置にはリズの姿はなく、
「貴様……?! クラム・エンバニア───生きていたのか!?」

 『教官』が一人そこにいた。

「てめぇ! リズは! リズはどこだ!」
「てめぇ……だと?」
 口の利き方がなっとらんな───と、『教官』が額に青筋を浮かべている。

「ごちゃごちゃしゃべる気はねぇよ! リズを返せば見逃してやる!」

 ……は?

「クズが一丁前の口を聞くじゃないか?」

 クラムの怒気を平然と受け流していたはずの『教官』はこの時ばかりは、いつもと違った。

「ハッ! ひどい目にあったもんだよ……。命があっただけでも運がいいのだろうが、」
 コキキと首を鳴らす『教官』、
「───軍は壊滅。『勇者』は好き放題。おまけに囚人兵に(ののし)られるとは………な!」
 グンっ、と体を引き絞るように身を落とした『教官』は、

 「おらぁ!」と、拳をクラムの鳩尾(みぞおち)に叩きつける。

 ドスッという鈍い音のあとに、途端にこみ上げる吐き気と激痛───!

「ゲェエエエエ!」

 ビチャビチャ……と、胃液が(こぼ)れる(さま)など、
「素人が舐めるんじゃぁああねぇ!」

 クルっと体を反転、戻しざまに作った遠心力を生かして回し蹴りぃぃぃ!

 ドカっと吹っ飛ばされクラムは、無様に自分の吐しゃ物に突っ込む。

「ふん! 素人に毛が生えただけの囚人兵が敵うものかよ」
 ひゅぱっ、と足を戻すと残身。

 ボロとは言え、槍を持ち、皮鎧を着たクラムを素手で圧倒して見せた。

「リズぅぅ? あのガキなら『勇者』殿のご命令で、さっさと後方に送ったよ!」
 ペッっと吐き掛ける唾は、這いつくばるクラムに着弾。

「安心しろ……。『勇者』殿はあれで、かなり飽きっぽい───」

 リズが……無事?

「───飽きたら、今度は俺が使ってやるよ! ギャハハハハハ!」

 食らったような声で笑う『教官』。こいつには、
 コイツには何度も煮え湯を飲まされている……!

 何度も何度も、何度もぉぉ!

「てめぇも……。テメェもぶっ殺してやるぁぁああ……!」
 何とか絞り出した声に、

「できねぇことほざくな、ゴミがぁ!」
 ドゴス! と腹に喧嘩キックを叩き込まれ、体を九の字に苦悶するクラム。

「あぁ!? 舐めんなゴミが! ったく、使えねぇ連中だよ、テメェらはよー!! あわよくば、勇者を暗殺でもしてくれねぇかと思ったが……」

 はぁ?
 何を……───ぐぅぅ!

「どいつもこいつも舐めやがって、俺の軍まで木っ端みじんだよ!!」

 何を言っているんだコイツは!?

「て、テメェの事情なんぞ知るか……! り、リズに手を出したら、」

「どうするってんだよ!? あぁん? 下らねぇこと言いやがって。あのガキは滅茶苦茶にしてやるよ……! 犯しては(はら)ませて、指を切り取って肉を削いで、変態のお慰み者にしてやる! ハハハハハ、どうだ? 今決めたぜ!」

 オラァァと、思いっきり顔面を蹴り飛ばされ、ゴロゴロと転がるクラム。

 反撃の機会をと、槍を手放さずにいたが、


(つ、強い……!)



 勝てない!


第47話「我らはMAOH」

 ぐ…………。

 『教官』がこれほど強いなんて───俺では……勝てないッ!

 地に伏せるクラムを凶暴な面で見下ろす『教官』は、
「どいつもこいつも……クソがぁぁああ!」

 グググゥと持ち上げた足を、クラムに叩き落とす───!

「死ね、ゴミぃぃぃぃ!!」

 ブンと振り落とされるそれを、
「ぐぉぉぉおお!」
 ごろりと転がり、辛うじて一撃を(かわ)す。

 だが、かすった頬がブシュっ! と割け、血が噴き出る。
「チ……! もういいッ」
 渾身の一撃だったのだろう。
 ズン!! と地面に大きな穴をあけて強烈な一撃を見せた『教官』。

 だが、追撃はなかった。

 それっきり、興味を失ったかのように、(きびす)を返す。

 その頃には、ようやく生き残りの兵がパラパラと姿を見せ始めた。

 連中も壊滅したとはいえ、多少の人員は生き残っていたらしく、30名ほどの近衛兵が集まりだした。

 騎馬と歩兵でバラバラの編成だが、クラムから見れば脅威という他ない。

 近衛兵は『教官』の姿を認めると、急速に接近しつつあった。

 クソ……!
 まて、まてよ!!───『教官』てめぇ!

「───リズを……リズを返せぇぇええ!」

 『教官』は、ちらっと振り返ると、
「ハッ、飽きたらお前にも貸してやるよ」

 そのまま、ギャハハハハ! と高笑いしながら去っていく。

 その『教官』の前に、ズラリと一個小隊規模の兵が整列し、整然と敬礼して見せた。
 その中から一人の近衛兵が進み出ると『教官』の前に膝をつき───兜を脱いだ。

 こ、コイツは……!

「殿下!?……ご無事で!」
 見間違うはずもない、かつてクラムを逮捕しやがった近衛兵団長のイッパだ───。

 イッパは、ガン!! と膝をつくと、『教官』に対して(こうべ)を垂れる。

 ……で、殿下だぁ?

「無事なものか……。大損害だ! 父上になんと報告する!」
 忌々しそうに空を仰ぐ『教官』。

 彼の見上げる先にはドラゴンが悠々と舞っていた。

「面目ございません……。しかし、」

 ガバっと、顔を上げたイッパは───、

「『勇者』は現在行方不明であります。先の魔王軍の攻撃で死んだものと」
「バカを言え……! あの化け物が、あれしきで死ぬものかよ」

 憎々しげに口をゆがめる『教官』はドラゴンを睨みつける。

「魔王軍とて、勇者を殺すには手を焼くだろうさ───」

 そういって早々に立ち去ろうとするが、

『ちと、待て……』

 先ほどから沈黙し、対話の姿勢を放棄していた魔王が『教官』に語り掛ける。

『このまま帰られるのは──うむ、……気に食わんな』

 空に浮かぶ像が教官を見据える。

『当然、お主には軍を退いてもらうぞ? 嫌とは言うまいな? でなければ──』

 ───こうだ!

 そう、言わんばかりに、少女が腕を降り下ろす。

 その動きに合わせてドラゴンが急降下し、『教官』目掛けて最接近する。
 ブレス攻撃がないのは、威嚇(いかく)のためだろうか?

 キィィィン! と急接近するも、まだまだ遠い。
 だが、こちらを見ているという事実が『教官』達を硬直させる。

「んんな!?」
 驚愕した『教官』に対して、近衛兵の動きはさすがに早い。
 勝ち目がないことを知りつつも、体を張って『教官』を守ろうとする。


『死を持って償え───総員、撃て』

 
 パァン……!

 ドタリと、近衛兵の一人が倒れる。
 ドラゴンはいまだ高空、ならば彼ではない。

 何が───……?

「な、何かいるぞッ!」

 ヒュッと剣を抜き、何もない空間を警戒する近衛兵たち。
 クラムには意味がわからなかったが、彼らは警戒している

 クラムと違い、戦争屋の彼らには見えているらしい。何かが……。


 空間を(ゆが)ませる陽炎の様な何かが───。


「チ……! バレたか、ステルスコマンド解除! 誤射するぞッ」

 バチバチバチ! と稲妻のような音と主に、奇妙ないでたち(・・・・)の男達が現れた。

 昆虫の様なフォルムに、つるんとした全身鎧。
 しかし、フルプレートアーマーの類ではなく、どちらかといえば華奢な印象を受けるそれだった。

「な、何だお前ら!」
 近衛兵の一人が暴力的に言葉をぶつけると、

「馬鹿者! ま、魔王軍だ!」

 教官だけは、驚きに目を見開き腰を抜かしている。
 ブルブルと震え「魔王軍……魔王……」───と譫言(うわごと)のように呟いている。

 一方の魔王軍は、奇妙な黒い塊を、まるでボウガンのように構えている。

 そして、そのうちの一人が片手を耳に当てるような仕草をしたかと思うと、

「こちら第一班。……了解(コピー)殲滅許可確認(ミナゴロシ)───全隊、撃てぇぇええ!」

 さっと、手を戻し──パァン!
 と、破裂音!

「撃て撃て撃てぇ!」

 パパパパパパパパパッパパパパパッパパパッパパパン!!!

 パパパパパパパパパッパパパパパッパパパッパパパン!!!

 連続した破裂音!

 なんだ!?

 クラムが疑問に思う間もなく、ドタドタドタと、近衛兵が折り重なって倒れる。

「対象の30%を無力化! 攻撃を継続するッ」

 ザッザッザ! と歩きつつ、パン、パァン! と破裂音を伴い歩く──そのたびにドタリドタリ……と近衛兵が、死ぬ。



 つ、強い!



「殿下! お逃げください」

 倒れた兵を盾にしたイッパが、『教官』に逃げるよう(うなが)している。

『む? 逃がしはせんぞ……──オイタが過ぎるようじゃ…殲滅せよ!』
了解(コピー)!」

 パンパンパァン! という破裂音とともに、近衛兵が抵抗もできずに倒れ伏す、

「ちぃぃ! 小癪(こしゃく)な魔法をぉぉぉ」

 おおおおおおおお!! と、イッパが手近の死体を盾に突進。
「な、なんだコイツ! 射線を集中しろぉぉおお!」

 パンパンパンパパパァン!

 魔王軍の攻撃はイッパに集中するが──!

 死体が有効な盾となったのか、イッパは無傷だ。

「く……9mmでは無理だ! ライフルの使用許可を! はや───ガハッ!」

 ズン! と、兵の死体ごと魔王軍に一人を貫く、イッパ。
「笑止───……剣すらない者など、敵ではない!」 

 そして、剣を引き抜き、魔王軍の真っただ中に突進すると振り抜いた。

 ズバァァと、切り裂かれた魔王軍が数名合わせて倒れ伏す───。

「ぐあッ! 本部! 至急救援を! KIA、KIA発生!」

 イッパが魔王軍の集団に突っ込んだところで、急に動きが鈍る魔王軍の兵。
 先ほどの圧倒的な攻撃が嘘のように鳴りを潜めた。

「く! 懐に入られた! 味方の背中を撃つぞ! 射撃中止、中止ぃぃい───」
「他愛もないッ!」

 慌てた様子の魔王軍に対して、イッパは容赦のない斬撃を繰り出すが、
「退避! スタングレネードを使う!」

 魔王軍の一人が、腰から筒を引っ張りだすも、ピィンという硬質な音を響かせた!、

「グレネード!───……アウトッ!」

 小さな筒は、カン、コン……! と、頼りなげに転がり地面で跳ねる。


 それを見て嘲笑うイッパだが、
「はははは! (きゅう)して石でも──」






 ヴァァァァァァァン!!!!



第48話「テンガ無双」

 ──ヴァァァァァァァン!!!!


 ッ……!
 キーン…………!

 あ?
 あーあーあー!

 くそ、耳が……!


 キーーーーーーーーーーーーン……!


 な、何が……? 何が起こった?!

 すさまじい光と音で、一瞬だけ意識の途絶えていたクラムだが、
「ぐぅ……癇癪玉(かんしゃくだま)となッ!」
 フラフラになったイッパが、それでも剣を手放さずに立っている。
 ……こいつも十分バケモノだ。

 それは魔王軍も同様の感想だったらしく、
「バケモノめぇ……! スタングレネードを至近でくらって平気でいやがる」

 だが、その一瞬のスキで十分だった。
 魔王軍はすでに体制を整えており、攻撃の矛先をイッパに向けるだけでよかった。


「撃───」


 まさにイッパを撃ち取らんとしていた魔王軍。勝利は揺るぎないかと思われたが──。

 魔王軍の指揮官らしき男が配下に合図を送ろうとした、まさにその時……!!

 魔王軍全員の───いや、この場にいたもの全ての耳に、ドォォン!! と、いう爆発音が響いたのはその瞬間だ。

 何事かと、全員が揃って空を見上げる。

 その視線の先には、支援のために急降下していたドラゴン……それが2匹。
 そのうちの一匹が火を()き、きりもみ状態で落下していた。

「───……な!? 無人機、ロスト?!」
「バカな! どうやって!?」
「対空火器があるのか!」

 瞬時に動揺し、動きに精細さを欠く魔王軍──。

 そして、更に異変は続く。
 
 ドラゴンの落下とは別に、キィィィン! と、空気を切り裂く音───!!

 その音は……。

 あぁこの音は、知っている。
 知っているぞテンガぁぁぁあああ!

 そう、これは──!
 『勇者テンガ』が跳躍し、空気を切り裂く時に響かせている、勇者の飛翔音のそれだ。


 やはり───生きていたか……!!


 悔しげに瞑目するクラムの耳に、
『む!? 武装全隊警──』

 魔王の焦りに満ちた警告が飛ぶ。


 ィィ……。

 ィィィ───!

 キィィィィィィン!

 ッ……!!

「砲弾の落下音? マズイ……!」

 空気を切り裂く音に、魔王軍指揮官は空を見上げる。

()迫撃砲(モーター)だ!」

迫撃砲(モーターイン)来るぞ(カミィィング)!!」



 ……違う。勇者だ───!!

 勇者が来るッッッ!!





 ッッッ───ドォォォォォオン!!!!




 もうもうと噴き上げる煙に、降り立つ達人影───。

「てめぇぇぇらぁぁ……」

 ブン……ベチャ! と、手に持っていた何かを投げ捨てる。
 女の……………………首?

 見たことのない女だったが、
 テンガの女の一人のようだ。
 
 ドラゴンの攻撃はハレムにも被害を及ぼしていたようだ。
 ハレム───まさ、か……な。

 ノシノシと歩くテンガ、
「ミサイルとかよぉぉぉ……ファンタジーな世界に随分(ずいぶん)無茶苦茶してくれるじゃんよー」

 その声は怒りに満ちている。
 気圧(けお)されるように、後退(あとずさ)る魔王軍。

 テンガの表情は、怒りに満ちている。
 理由は…………あぁ、たぶんさっきの魔王軍の攻撃で女に被害が出たんだろう───。

 こんな時でも、義母さんや、ネリス……ミナの顔が浮かんだ。

 (にく)いし、
 (くや)しい……が、死んで嬉しいのかと言われれば───。

α(アルファ)個体? いかんッ! 交戦するな、即時撤収せよッ! 全機体を現場に急行させぃ、部隊の後退を支援する!!』

 ギュゴオオオオオォォォ! と、残ったドラゴンの1匹が超低空に降りてくる。
 片割(かたわ)れは殺されたがもう一匹は生きていたようだ。

「ぐ……! 近接航空支援(CAS)の援護を受けて後退する! 重装備は放棄! 遺体の回収は今は諦めろ!」

 ガポン、と兜を脱いで次々に投げ捨てていく魔王軍。
 腰につけていた(びん)の様なものも捨て、手には黒い塊だけを携えている。

 意外なことに、顔は普通の人間に見える。

「要塞から、現地軍が急行している。ゴブリンどもを盾にしても(かま)わんから遁走(とんそう)するぞ!」
「「「了解(コピー)!」」」

 パンパンパンッ! と破裂音を響かせ、テンガに敵意を集中させつつも逃走体制にはいる魔王軍。

「逃・が・す・か・よ!」

 宝剣を構えると───!

「死ねや!!」
 ブワッ! と振り抜き衝撃波を放つ。

「来るぞぉぉお! 隊列変換ッ、キャンセラー持ちは最後尾に!」

 しかし、魔王軍の指揮官は冷静だ。部隊の隊列を入れ替えると、

「何ッ!?」

 テンガの必殺の一撃。
 それは、魔王軍の最後尾の兵に当たったかと思うと───その衝撃波は、彼の体に当たる(そば)から掻き消えた……。

 テンガの必殺一撃がまるで何事もなかったかのように、魔王軍を通過していく。

「白兵戦のみに注意すればいい! 後退支援射撃を行いつつ、順次撤退!」

「「「了解(コピー)!」」」

 パンパン! と破裂音を立てる魔王軍。
 さきほどの威勢もなく、大慌てで逃げていく。

 しかし、見事に連携してるのが地に伏せているクラムの目にも鮮やかに映った。

「い、今のうちに……」

 『教官』こと殿下は、近衛兵団長のイッパに付き添われて逃げだしていた。

 くそ!
 リズを……!

 行かせるものか!
 戦闘とかまけることなく、クラムは起き上がろうとするが───。

「た、弾切れです!」
弾倉最後の一本です(マガジンラスト)!」

 魔王軍は、連携しつつ逃げているが、それでも危機は迫りつつあったようだ。

『もう少し……もう少しじゃ! 耐えろ!』

 ゴォォォォオオオ! と超低空飛行のドラゴンが、ようやくテンガをその(あぎと)(とら)えんと接近していた。

 そしてぇぇぇええええ───!


 ──ガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンッッ!!!!


 ついに、ドラゴンが火を噴く。
 勇者を浄化せしめんと!!

 それは、まるで川に投げた水切の石のよう。
 炎が着弾するたびに、大地から次々に柱が立ち上り───不可視のブレスが飛び交っていることが見えた。

 だが……!

「舐めんなボケェェ!!」

 テンガが───「オラァァァ!」と斬撃を連発。

 衝撃波(ソニックブーム)! 衝撃波(ソニックブーム)! 衝撃波(ソニックブーム)


 巨大なブーメランのような衝撃波が空を切り裂く───。

 そして、─────ボォォォン!! と爆発音がひとつ。

「な……?! に、2番機、ロスト!」
「1番機もアイツか……!? バケモノめぇぇ」

 テンガに切り裂かれたドラゴンが地面に激突し、ズドォォォン! と盛大な火柱を上げる───。

『諦めるな! 3番機と4番機は弾を温存しておる! もう少しで発射地点に到達する。それまで、耐えろ!』

 空に浮かぶ少女の像は、先ほどでの余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)の表情は消え、純粋な焦りが見えた。

「所長、危険手当上乗せしてくださいよ!」
 リーダー格の魔王軍の一人が、逃走方向とは逆に立つ。

「お前ら援護しろ! あのバケモンに目にもの見せてくれる!」

 黒い塊をポイっと投げ捨てると、懐から銀色に輝く、美しい楽器の様なものを取り出した。

「班長……それ───」
 (あき)れたような声の仲間に、

「私物だ。高かったんだからな」
「個人じゃ違法ですよ。あー……業務日誌に書けませんね」
「死人も出ている。今更だ」

『あー……マグナムじゃと? ったく。ワシは何も見とらん』

 プイすとそっぽを向いた少女。その間にも、遠くの空にドラゴンが集まっているのが見える。

「いくらα(アルファ)個体でも、こいつを食らえば、(しば)らくは動けなくなるはずだ」

 魔王軍指揮官が、ジャキっと正眼に構える。

 それを──、
「へー。カッコイイなそれ……!」
 宝剣を肩に担いだテンガが、正面に向き合う。

「ち……! バケモノめ」
「剣 VS 銃───ひゅうぅぅ……いくぜぇぇえ!」
 ダンっと踏込み、一気に跳躍(ちょうやく)するテンガ。
 距離などあってなきが如しと───!

「っく、班長を援護する! ッ()ぇぇぇえ!」

 パパパパッパパパパパパパパパパッパパパパパパパン!!

 男たちの構える塊から、一斉に破裂音が響いた!!



第49話「それは人ならざる……」

 援護!
「───ッ()ぇぇぇえええ!」

 パパパパッパパパパパパパパパパッパパパパパパパン!!!

 連続する破裂音の先がテンガに集中する。

「うがぁぁぁ!」
 ここで、初めてテンガがうめき声をあげた!
 あのテンガが、だ!

「いってぇぇえぇぇ!」

 ゴロゴロと、突撃コースを外れて転がるも、

「続けろ! あれぐらいで殺せたら苦労はない! 撃て撃てぇ!」

 パンパンパンパパパパパパッパパパ!
 ───パァン!

「弾切れです!」「右に同じ」

 一斉に黒い塊を投げ捨てる魔王軍。
 しかし、期待に満ちた目を魔王軍の指揮官格に集中させると、
「班長! 今ですッ」
「上等ぉぉお!」

 ドカンッッッ!

 痛みにのたうち回るテンガに向けて、白銀に輝く楽器のような武器が打ち鳴らされる。

「ぎゃやああああ!!」

 ドカンッ……ドカンドカン! ドカンッドカン!

「どうだ!?」
 
 連続する巨大な破裂音に、クラムの心臓がギュゥ、と縮こまる。
 あの破裂音は、生物を畏怖させるものだ。

「ってー……。めっちゃ痛いっての」

 と、
 いつの間にか起き上がって魔王軍の背後にいたテンガが──。

「───お返しだ」

 既に、剣を振り抜いた状態で立ち尽くしていた。

「な、なんで??」

 あぁ?!
 魔王軍のリーダーの体が、ブチブチブチ、と───……。

「あ? これだよ。これ」
 チャプチャプ、と試験管の様な容れ物に入った、赤い液体を軽く振る。

「な……よ、そ───」
 ブチチチチ……と、縦に半分に割けていく魔王軍のリーダーは驚愕の表情のまま、ドザ……ベチャ、と───倒れ割けた。

「あ?! あー! しまった! 銃も半分にしちまった……。あーくそ」

 ヒョイっと拾い上げた銀色の塊を惜し気に見ていたが、

「しゃーなし。じゃー、あとはお前らな? はい………………死刑ぇ!」

『ッ───全員伏せい!!』

 魔王軍の指揮官の男が切り裂かれたのを見て、沈痛そうな表情を浮かべていた少女が、ハッとした顔で魔王軍に(げき)を飛ばす。


「っっ! 伏せろ! 対ショック姿勢!!」


 ゴォォォォォォォォォォオオオオ!

 轟く爆音の向こう側にドラゴンが二機。
 そいつらが、クルクルと周りながら互いに交差したかと思うと───。

 ポロポロと何か糞のようなものを腹から投げ落とした。

「ふっっざけん───」

 テンガが顔をひきつらせて、腕で全身を庇った。

 そして、糞のようなもの───もといドラコンの吐息(ブレス)がついにテンガに着弾した!

 ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!!!
 ドッゴオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!!




 ブワァァァっ!! と、ものすごい熱風が吹き寄せ、クラムの肌をチリチリと焼く。

 これは───さっきのドラゴンと同じ!?

 やはり、ドラゴンブレスなのか……?!

 クラムの目の前で花咲いたそれは───それは、無慈悲な一撃で、そいつが直撃したテンガは、跡形もない。

 ブレスの命中した爆心地は火山の火口のような有様(ありさま)で……、テンガは間違いなく死んでいるだろう。

 そして、至近距離にいた魔王軍も無事ではなかったらしい。
 全員がヨロヨロと頼りない足取りだ。

 いや、そんなことよりも───!

 リズを……!
 俺の大事な最後の家族をッ!!
 
 『教官』に痛めつけられた体にムチ打ち、奴を追いかけようとするが───当然、その姿はどこにもない。

 だが、目を凝らせば遠くを駆ける騎馬が数騎───。

「あぁ……」

 あぁぁあぁぁ…………!!



 あああああああああああああああ!!!!



 リズ……。

「リぃぃぃぃぃぃっぃぃぃぃぃぃズ!!!」

 リーーーーーーーーーーーーズ!!


 また。
 また奪われた……!

 また!!
 まただ!!!


 テンガ……!
 勇者テンガぁ……!!

 そして、
 この世界がぁぁぁぁぁぁっぁぁぁ!!
 また、俺から家族を奪った!!!

 なんでだ!
 なんでだ!

「なんでだぁぁぁぁ!!!」

 くそぉぉお!!

 今度は……。
 今度はきっと帰ってこない……!

 リズは、今まで勇者に半ば無視されたような存在だったかもしれないが───。
 テンガに目を付けられろ『教官』が直々に奪っていったのだ。

 再び、クラムのところに帰る可能性なんて……もう、ない。

 もはや望みはゼロだ。

 せめてもの救いは───テンガに(もてあそ)ばれないくらいだろうか。


 そうとも、テンガは死んだ………。

 この目で見た。

 ──ブレスに焼かれて、溶けて消えた。
 ざまぁみろだ!

『───警戒を(げん)にせよ……! やはりα(アルファ)個体だ。時間の猶予(ゆうよ)は、さほどないぞ』
了解(コピー)!」

(……まだいたのか?)

 魔王軍の兵が引き返してきたらしく、何かを探している。

『───細胞の採取は無理でも………なんでもいい。奴の遺留品を探せ、データを解析する』
「遺留品っていうんですかね?」

 ザッザッザ……。

「所長。……職員の遺体回収はいかが致しますか?」

『うむ。現地軍に依頼した。これ以上職員の損害は出せん』
了解(コピー)

 ザッザッザ……。

『警報?! む……! もう、か……!?』

 空に浮かぶ少女の像が視線を動かし一点を見つめる。

 ザッザッザ……!
 その間にも魔王軍の兵が近づいてくる。


 リズを失い……。
 家族を奪われ……。

 誰も救いのない中で、クラムは何もかも諦めようとしていた。
 伏していた体を起こし、座り込む。

 死んだふりをすれば魔王軍もやり過ごせるかもしれないが………もはやどうでもいい、とさえ───。

 なによりも、テンガは死んだ。
 それでも、ちっとも心は晴れなかったものの、喪失感の様なものがぽっかりとある。

『くっ、組織再生率……10、15……な、は、早い! 早すぎるぞ!?』
「じょ、冗談きついぜ……!」

『───勇者が復活するぞ! 退却せよ!』
「しかし! 今、退(さが)っては犠牲が無駄に!」

『諦めろ! 情報が取れただけでも良い! 勇者を一時的にでも、行動不能にしただけでも良しとせい!』
「せめて奴の女なり、護衛を捕らえなければ! 接触があった人間なら、僅かでも組織がとれます」

『そんな時間はない! 急げッ』

 何か、ごちゃごちゃと言い合い押している魔王軍だが、いま聞き捨てならないことを言ったな?


 言ったよなぁぁあ!?


「勇者が復活…………?」

 ポツリとこぼすクラムに、
「誰だ!」

 ジャキっと金属の棒を構えた魔王軍の兵が言う。

「───敵性、生存者! 敵の優良部隊ではないですが……」

 ジリジリと、クラムと距離を取り警戒した目でこちらを見ている。
 彼の目は黒く、肌は黄色───人間だ。
 どう見ても、普通の人間……。

 これが魔族?

『ほおっておけ。後始末は現地軍がやる』
「奴の護衛では? 捕らえる価値は……」

 耳に手を当て、箱のようなものを操作しつつ少女と会話しているらしい男。

 どういう技術か知らないが、魔族の魔法だろうか?
 空に浮いた少女の像といい、随分と技術が進んでいる。

『どう見ても、2線級部隊の兵じゃろが。護衛であるはずがない───』

了解(コピー)

 この進んだ技術。
 『勇者』に対抗する組織───。

 そして、魔王軍……………。

「勇者が復活って……言ったよな?」

 一瞬、魔王軍の兵がピタリと足を止める。
 答える義務などないのだろうが、彼は律儀(りちぎ)な男だったようだ。

「見ろよ。お前らの英雄は……バケモノさ」
 吐き捨てるように言うその先で───ジュウゥゥ……ブクブクブク! と、ドラゴンのブレスの余波で、(いま)だ溶けて流れる大地の最中(さなか)で人影がユラユラと揺れている。

「『勇者』…………テンガ!?」

 あの影、
 あの形、
 あの体───!

「い、生きてるのか?!」
 もはや、唖然とするほかない。

「……そうさ、バケモノだよ」
 再び魔王軍。
 彼の嫌悪がまざまざと理解できる。

 そして、クラムの中にも、ふつふつと沸き起こる……殺意───。

 バケモノが……俺の家族を……!?

 生き返って、また義母さんやネリスやミナ……そしてリズを!?

 ここにきて、怒りが頂上を突き破り、疲労と、絶望と、恐怖により───クラムの意識が朦朧(もうろう)とし始める。

 『教官』に痛めつけられた傷もただでは済まないものなのだろう。
 露出している肌は妙に赤黒いので、酷く内出血している可能性があった。

 きっと内臓も傷ついているのだろう。

 ぼーっとし始めた意識の中、動き始めた『勇者』を見て───。

α(アルファ)個体の再構成を確認! 撤収します!」
 慌てた様子の魔王軍の兵。
 
「──れていけ……」
「あん?」

 コイツを殺すには───悪魔に……。

 いや、魔王に───。



 魔王に、魂を売るしかない!



「俺を連れていけ!」
 怒鳴るクラムを訝し気に見る魔王軍の兵。
「俺は……」

『捕虜なぞいらんぞ。奴の護衛なら別だが───』

「俺は勇者の寝所番だ!!」

『───……なん、だと?』

────────────────────
回想おわり!



第50話「知らない天井」

「思い出したか?」

 ベッドで横になっているクラムに話しかけるのは、ルゥナ───……ではなく魔王。

「あぁ……」
 勢いとは言え、クラムは魔王軍に投降した。
 いや……違うな。自らの意思で、()の軍門に(くだ)ったのだ。

 それもこれも『勇者』を殺すために!!

「で、じゃ……。ここ最近のお主の記録は、確かにあった。お主の言う通り『勇者』の寝所番でもあったようじゃな」

 また、あの小さな箱を(せわ)しなく触っている。

「あぁ。嘘は言っていない」
 寝所番であったことが、どうして捕虜にするという案件に関連しているか知れないが。

「うむ。それは調べがついた故、もうよい」
 スススっと箱に指を滑らせつつ、
「治療も兼ねて、既にサンプルも採取させてもらった。……酷い扱いを受けたようじゃな。他人の血液以外にも───確かにα(アルファ)個体……『勇者』の尿に、体液が付着していた」

 少女の姿で、淡々とクラムの有り様を述べる。

「ま、主に微粒子じゃがな。犬なら嗅ぎ分けられる程度には接触もあったようじゃが?」

 ……接触。

「勇者のことか?」
「うむ」

 あれを接触と言っていいのか───まぁ、痛めつけられたり、唾をかけられたりしたことならある。

 最後の晩には、ションベンをかけられ、シャラ達との絡みの際には、…………体液も付けられた(第8話「旧国境会戦」参照)。

 なるほど、確かに接触とも言えなくもない。

「あれだけでは、十分なサンプルとは言えんが……。ま、対策を立ててることはできる」
 そこで、ジッとクラムを見つめる魔王。
「対策?」
「むろん。……対『勇者』のじゃ」

 な………?!

勇者(あの化け物)を倒すのか!?」

 体が(きし)むのも(いと)わずに、身を乗り出すクラム。

「カッカッカッ!……そりゃあ、儂らは魔王軍ゆえな? 儂らを止めるか?」
「それはない」
 間髪入れずに帰すクラムに──「ん?」と顔に疑問符(ハテナ)を浮かべる魔王。

「勇者はお主らにとっては英雄じゃろ?」

 ………………あれが英雄?

「ふん。控えめに言ってもクズ野郎さ」

 ……これだけは事実。

「ふむ? 何やら事情があるようじゃの?」

 は!
 ……聞いて驚くなよ?

 ───クラムは会って間もない魔王に事情を説明した。
 極力、客観的になるように心掛けたが、憎しみが(にじ)み出てどうしても主観が交じるものの、身に起こった全てを話した。

 なぜ、魔王に身の上話をしているのかわからなかったが、ルゥナの姿をした魔王になら話していいと───そう思えたのだ。

 話終えると、魔王は神妙な顔つきで
「なんと………………」

 「むぅ……」と、眉間にしわを寄せて難しい顔をする魔王に、クラムは肩をすくめた。

 もちろん、話の内容には所々支離滅裂な部分もあったかもしれない。
 それは、自分の視点だけで話しているので、裏事情や多少の感情も含まれているためだろうが……。少なくとも、嘘はついていない。

 まったく関係ないところは端折(はしょ)っているし、元盗賊の囚人兵たちや、『教官』………近衛兵団長のイッパや、裁判長のモチベェらのことまで話しても仕方がないだろうからな。

 いずれは話すことになるだろうが、今は『勇者』のことだ。

 そして、シャラ達のこと───。

 家族………リズと、シャラ達ハレムの女のこと、そして勇者テンガとの確執(かくしつ)だけをなるべく、淡々と話したつもりだ。

 そうでもなければ怒りで、我知らずと叫びだしそうになるのだ。


「勇者の女癖の悪さは───まぁ、昔からあるものだが。いやはや……その犠牲となる夫や子の話は、さすがに身に詰まされるのー」

 うんうん……。と、しみじみ頷く魔王。

 見た目が少女ゆえ(魔王曰く認識疎外の魔法らしいが……)、年寄り臭いしぐさが物凄くアンバランスで───どこか微笑ましい。

 ルゥナと同じ見た目だというのも、クラムをしてすんなりと心を許してしまいそうだ。

 ルゥナか……──。

 魔王のその姿に、少しだけ頬が弛む。

「何がおかしい?」
 苦笑いをしているクラムに気づいて、魔王がまた眉間にしわを寄せる。

「いや。見た目とのギャップが……ね」

 「あー……」と(あき)れた声を出す魔王。

「どう見えておるのかしらんが、多分、全然違うからな?」
 見た目ほど若くはないという魔王。

 そうは言うけどな。
 少女の──ルゥナの姿で言われてもね。

「まぁいい」

 そこで、話を切る魔王。

「所で、儂は雑談するためにここに来たのではない、」
 こう見えても忙しいのだよ、と。
「あ、あぁ? 他に何かあるのか?」

 クラムからすれば、魔王軍については知りたい事だらけだ。

 あわよくばその軍に入り、勇者を殺す機会を得たいとすら考えている。
 その機会ともいえる魔王軍のトップ。
 まさにその『魔王』が目の前にいるのだ。

 がっつく(・・・・)わけにはいかないが、何かこう……組織に食い込む手掛かりが欲しいとは考え始めていた。

「お主と話してわかったのだが……、」
 一応の提案(・・・・・)じゃがのーと、区切る魔王は言う───。




「───勇者を殺す気はないかのぉ?」



 願ってもない話が向こうから舞い込んできた───。



第51話「魔王軍の人道とは?」

 ───勇者を殺す気はないかの?

 唐突に切り出した魔王。
 クラムとしては思いがけない……。
 そして、願ってもない話だ。

 もちろん、手助けをしてやると言われたわけではない。
 だが……!!

「もち───」

 いや──……。まて、今はがっつく(・・・・)な! まず話を聞こう。

「戦争をしているうえで、こういうことを言うと偽善臭く聞こえるじゃろうが……」

 魔王は、一度そこで言葉を切ると、
「ワシらの組織は『人道』を重んじておる───ゆえに強制はせんし……できん」

 ましてや、一度命を救った身じゃしのー──と続ける、

「命を?」
「何じゃ? 知らんのか?」

 …………は? 何を?

「お主……。ちょっと前まで、死にかけとったぞ」
 そういって、クリッと首をかしげる魔王。

「え゛……」

 ま、マジか?

 魔王はクラムのベッドの傍らにある紙挟みを取ると、ペラペラとめくり始める……。

 っていうか、凄い紙だな……?!
 真っ白で、高級品っぽい。

「内臓破裂多数……骨折23か所、頭がい陥没、火傷、切創、打撲、捻挫、脱臼、水虫、インキン、……etc」

 ペーラペラと得意げにしゃべる魔王に、クラムは青ざめたり赤くなったりと忙しい。

 いや、インキンて───。

「ま。治療はしておいた、あとは2、3日寝とれば大丈夫じゃ」

 は?
 2、3日って……オマッ。
 ……な、内臓破裂に骨折だぞ!?

 しかし、魔王を見るに嘘でも冗談でもなさそうだ。
 実際にあの戦場の最中……今のように五体満足でいられるはずもない。

 だが、現状としてクラムは殆ど無傷に近い───。

 すごい技術力だな……。
 魔法にしても、ここまで効果のあるものは聞いたことがない。

「魔王軍……す、凄いんですね」
 急に敬語になるクラム。

 だって命を救われ、インキン治療までしてもらって、タメ口を利けるほど図太くはない。

「急に口調を変えるな。……気持ち悪いぞ」
 シッシッ、と手で追い払うようなしぐさ。
 魔王軍トップの発言にしては軽い。

「しかし……」
「よい、よい。気にするな。それよりも、」

 話を続けるぞ? と魔王は言う。

「はい……ぁ、ああ」
 口調を変えるな、と睨む魔王に従って砕けた口調に戻すクラム。

「で、だ。──お主勇者を殺したくはないか?」
「殺したい」

 ……あ、がっついちゃった。

「そ、即答じゃの」
 そりゃあ、そのためにここにいるようなものだしな。

 それよりも……。

「──────できるのか?」

 勇者の死と復活を()の当たりにしたクラムは、当然ながら疑問顔だ。

 この驚異的な技術や、ドラゴンという戦力を目の当たりにしても、……あの不死身の化け物に勝てる気はしなかった。

「できる───と、言いたいが、今のところ不可能じゃな。……せいぜい、無力化まではできるだろうが」
 腕を組んでムン! と鼻息荒く唸る魔王。
「あれは正真正銘の化け物じゃ……」
 さも恐ろしいと、首をふる。

 そして、まるで学校の教師のようにペラペラと語りだした───。

 『勇者』といっても、いくつかのタイプはあるのじゃが、あれはα(アルファ)個体と言って、

 ウンタラカンタラ…………。
 ちんぷんかんぷん…………。

「あー、話長くなる?」
 ぶっちゃけ半分も理解できません。

「む? まだ触りじゃが?」

 いや、ゴメン。無理! そんなにいっぺんに理解できないから!

「ふ~む? エルフで聡明じゃと聞いておるがの?」
 箱を取り出し、何かを確認している。

「エルフが賢いってのはどうなんだ?」
 ポヤンと、シャラの顔が浮かんだ。

「エルフは長命じゃろ? なら、知識もたくさんありそうじゃが……、違うのか?」

「……まぁ、世渡りはうまいのかもな」

 テンガに取り入ったシャラを思うと、そうとしか考えられない。
 義母さんだった頃(・・・・・・・・)のシャラからはそれほど聡明さを感じなかったが……実際はどうなんだろうな。

 披露する場がなかっただけで、かなり賢かったのかもしれない。

「エルフも、色々さ。……魔王軍にはいないのか?」
「おらんよ? 知っているエルフも───。うぅむ、一人だけじゃしの」

 ……意外だな。
 これほどの技術と組織だ。

 エルフの知恵があったものとばかり。
 ───あー、俺も無条件にエルフ=賢いとか考えてるな。

「そうか。俺の知ってるエルフは、……まぁ、要領がいい人だよ」

 そうだろ?
 ……義母さん。

「フム?…………まあよい。で、だ」
 そろそろ本題に行くかの、と──魔王。

「勇者を殺すための装備がある。それを見せよう」

 そのほうが早いと言う。

「そんなものが?」

 奴の持つ宝剣の様なものか?

 ただの鍛冶屋見習いで、囚人兵だった俺に扱えるとは思えないが、

「うむ……少なくとも、正面から戦えるはずじゃ」

 「殺せるかは別じゃがの……」と、付け加える魔王。
 確かに不死身の相手に、殺すのは不可能というものか。

「ま、体を治してからじゃな。後日また来るからの? 覚悟はしておけよ……。生半(なまなか)の方法では、使いこなせんし、」

 そこで言葉を区切ると、

「──ある意味……お主にしか使えんじゃろうな」

 ………?

「それはどういう意味だ?」
「……物を見てから話そう」
 じゃから、まずは体を治せ──と、魔王は(いた)わった。

 クラムからすれば、今すぐにでもその方法が欲しいのだが、

「言っておくが……断ってもええぞ? これでも人道主義で、自由意志を尊重するのが我々のモットーじゃからの」

 カカカカカ! と、笑いのける魔王を見て、なんとなく並の手段ではないことだけは察せられた。

 クラムにしか扱えないという───それ。

 一体なんだ?

「では、また後日な……今はゆっくりと考えるがいい」

 そういうと魔王は去っていった。
 キュムキュム……。という独特の足音が去っていく。




「考えろと言ってもな───」




 まずもって方法が分からないし、そもそも、結論はとっくに出ている。

 ドサッとベッドに体を預けると、天井を見上げた───。

 本当に恐ろしいほどに白だ。
 シミ一つない。




 その(さま)が、恐ろしい魔王軍というそれを完全に払拭(ふっしょく)していた。




 魔王───か。




 ──……「おとーたま」

「ッッ!!」

 不意にルゥナの声が聞こえた気がして、凄まじく心がザワついた。

 疲れてはいたが、とても眠れそうにない。
 眠れ……そ、



 ……………………ぐぅ───。


第52話「エーベルンシュタット」

 魔王軍に拘束されてから、クラムはずっと───この白い殺風景な部屋にいた。

 拘束といっても、無体(むたい)を働かれるわけでもなく、量は少ないが日々食事が三回に───それに、清潔な寝床とシャワーが与えられていた。

 囚人大隊の生活に比べれば、天と地程の差があるといっていだろう。
 ただ、困ったことと言えば───。


 ガチャ……!


「すっかり良いみたいじゃの~?」
 きっかり3日後、クラムの部屋を訪れた魔王は、開口一番そう言った。

 確かに、体調はいい。

 ───暇なだけだ。

 クラムは手厚く看病されているとはいえ、行動の自由があったわけではない。

 部屋の入り口には例の紺色の鎧を着た兵が見張っていたし、普段は扉も施錠されていた。
 当然、やってくる介護人も単独では来ないし、武装も忘れていないようだ。

 それでも、室内には水の出る仕掛けもあるし、味は薄いが食事も運ばれてきた。
 まさに、至れり尽くせりだ。

 ……それに清潔な便所まである。

 そう便所である。
 ───これがまた、なんというか。
 まぁ………その、なんだ。

 あれ(・・)が水で流れていったのは、見ていて驚愕だった。

 実は、最初あの仕掛けがわからなかった。

 使い方が分からず、漏らしそうになっているクラムを見て──クスクス笑いながら介護人が教えてくれたときは、死ぬほど恥ずかしかった。

 だって、う〇こをする(おけ)を貸してくれ!
 ───なんて言ったんだもん……だもん。
 ………だもん。

 っていうか、水で流れるとか……!
 つーな、あんな綺麗なトイレ見たことないわ!!

 まったく……!

 思い出しても恥ずかしいが、環境は今まで過ごしたどこよりも……。
 あの───「暖かな家庭」を除けば………ない。
 
 牢獄や囚人大隊を経験しているクラムからすれば、望外の待遇だったといえる。

「お陰様で」

 シレッという、クラム。
 トイレの一件は聞かれたくない。

 だが、
「……トイレは済ませたかの~?」

 く、……こいつ。

 ククク、と口の端で笑う魔王を見て、完全に揶揄(からか)われていることを知る。

「田舎者を揶揄(からか)わないでくれ……」

 プイすとそっぽを向くクラム。
 笑いながらも魔王はそれ以上言わずに、「ついてこい」と一言だけ。 

 クラムも黙ってついていく。

 キュムキュム……。
 ペタペタペタ……。

 魔王の足音に続けて、薄いサンダルの様な靴を渡されたクラムが後に続く。

 同じように白を基調とした建物はどこもかしこも明るく、恐ろしいくらい正確な、水平直角の世界だった。

 (いろどり)と言えば───。

 紺色の鎧を着た兵。
 黒い薄い服を着た文官らしき者。
 それに、白い服の──医者染みた連中くらいなもの。

 通路の左右には扉がついており、大抵は閉まっているが……なかには、開け放しの部屋もある。

 ちらりと視線をよこすと、同じような服を着た人間が、四角い箱の前で何やらカチャカチャと音を立てて作業をしていた。

 どこもかしこも、恐怖を感じるくらい静かだ。

 ……──かと思えば。


 ギャイーーーン!!
 バチバチバチッ!

 大きめの扉の中では、油で汚れた服を着た男たちが顔に大きなメガネの様なものを乗せて、けたたましい音を立てて動き回っていた。

 クラムに気付いた者が扉を閉めれば、その音が急に間遠(かんえん)になるのだからすごい……。どんな防音性能だよ!?

「ここは一体……?」
 誰に聞くでもなくポツリと言った言葉は、魔王が拾ってくれた。

 というか、魔王から離れた位置にいて──付かず離れずついてくる紺色の鎧を着た兵を除けば、魔王の他、クラムの傍には誰もいないのだから当然だろう。

「質問があいまいじゃのー?」
「あー、いや、気にしないでくれ」

 多分答えてもらったところで、どうにもならないし……理解できないだろう。

「? まぁええわあた。……ここはワシらの管理する土地での。───お主等風でいうところの「首都」というのかの~?」

 ここが、魔族の中心地!?

「名をエーベルンシュタットと言うておる。ま、都市というよりも研究所といったほうがええかの?」

 研究所……?

「一体何を?」
「言うて理解できるのか?」

 ………………無理です。

「ふふん、そのうち教えてやる、今は黙ってついてこい───おっと、ここじゃ」

 そういうと魔王は一つの扉の前に立つ。
 その左右には兵が立ち、厳重な雰囲気が漂っていた。
 更には、見るからに重厚そのものの扉。

 魔王は気負った様子もなく───扉の……そこに据え付けられた箱の様なものに、近付くと、

「よっと……」

 「手」を当て、
 小さな窓のような所には、「目」を見開いていて覗き込む───。

「開錠要求、時刻1312(ヒトサンヒトニィ)


 ……ん?


 ええ? 今の独り言?

 てっきりドアの前に立つ兵が開けるものと思っていたが、彼らは微動だにしない。
 視線だけは、クラムを興味深そうに見ている。

『指紋、虹彩、音声確認───……解錠します』
 と、

 どこか無機質な女性の声が響くと、


 ピー……ガチャキン──!

 ゴゥゥゥーーン…………。



 と、
 成り行きを見守っていたクラムの前で、扉がひとりでに開いていく。

 そして、

「ようこそ。エーベルンシュタット兵器廠へ──!」
 スっと足を退き、右手を差し出すように下げる。……まるで貴族を案内する執事のようだ。
 それをお道化(どけ)た動作でやって見せる魔王。

 左右に立つ兵士も苦笑いだ。

「ど、どーも……」

 内心色々驚いているのだが、クラムも殊更(ことさら)慌てないで、静々と中に入っていく。

 その後ろに魔王が付き、すぐに追い越すとまた先頭に立って歩き始めた。

 背後では、ゴゥゥーーーンと扉が閉まる音が聞こえる。

 まるでドラゴンにでも飲み込まれたかのようで──ちょっと怖い……。

 床の質もかわったらしい。
 それは、かなりの密度があるのか足音はまったく反響しないもの。
 その上、空気も重く───なんだか、狭い空間にいるような閉塞感がある。

「部外者を入れるのは、お主が初めてじゃ」

 楽し気な雰囲気の魔王だが、
 クラムはどう反応してよいのかわからない。


 そして、



 さほど広くない空間を抜けると、それはあった。



 魔王が立ち止まると、クラムの顔を見てニヤリと笑う。
 どうやら、これが魔王の言う、クラムにしか扱えない装備らしいが───。




「鎧?」



第53話「エプソMKー2」

「鎧?」

 クラムの感想が、その装備を表していた。
 ぶっちゃけ……そう言うしかない代物だ。

 透明なガラスの様な容器に入った……鎧。
 剣とかじゃなくて??

「鎧か───ふむ……ま、そういう使い方もあるな」

 魔王は鎧の前にある箱の前に立つと、ピコピコと音を立てながら何か作業を始める。

「───ポチっとな」

 ウィィィィン……ブシュー…………!!
 
 奇妙な音と主に、透明な容器が開き、同時に、パッ、パパパッと照明がつく───えらく明るい。

「外骨格スーツ……。元は医療用じゃが、既存の部品を排して完全にオーダーメイドの物を組み込んだものよ。うひひ、パワードスーツといえばわかるかの?」

 いやらしく笑いながら、ぺちぺちと鎧を撫でる魔王。

「───素材は超硬チタン合金。エンジンは四つ星社製の大型のもの換装した」

 ………はぁ?

「ただ、武装は現役の軍用は使えんからのー。しかたなく、一から新規設計と制作したものと、型落ちの軍払い下げやら、民生品を改良したものを組み込んでいるが……まぁ、」

 ニヤリと笑った魔王は、

「──コイツなら軍の同兵種の奴とも、互角以上に戦えるぞぃ」

 はぃ?????
 いや、ちょっと何をいってるか、全然わからん。

「あー、えー……。で? これがその……?」
「うむ。Ep-ssMKー2:bis───通称エプソマーク2じゃ、ワシはエプソというておる」

 エプソ───へー……。

「なんじゃ? そのぉ……『何それ? おいしいの?』みたいな顔しおって」

 ……いや、まさにそんな気持ちです、ハイ。

「カカカカカ、冗談じゃ。……いきなり言うても、お主等の世界の者にはわからんものよな」

 カーカッカッカと文字通り呵々大笑(かかたいしょう)し笑って見せる魔王。

 …………うん、なんだか凄く馬鹿にされてる気がする。

「そう怖い顔をするでない。こっちの世界とは技術レベルが根本的に違うからのぉ、理解できなくても無理はない」

 どーせ田舎者ですよ。

「で、じゃがの───」
 クルっと振りむく魔王は、一転して真剣な顔。

「コイツを使いこなすことできるのは、お主しかいないわけじゃが………」

 うん??
 これを俺が───?

 いやさ、重い鎧ってだけじゃないよね? 絶対……。

「コイツには高度なCPが組み込まれておるわけでの、扱うには脳と直結する必要がある。それ自体はちょっとしたインプラント手術で何とかなるんじゃが……」

 は?
 しゅ、手術……!?

 「まぁ、黙って聞け」と魔王。

「で、じゃ、通常の方法での直結ではこいつは扱えん。並の人間が扱うと───……その、なんだ。の、脳が焼け付く」

 ……ぱーどぅん?

「───はぁぁあ!?」

 よくわからんが。
 …………使ったら脳が燃えちゃうってことか?

 頭バーン! って!?

「う、うむ……。そ、そんな反応をするでない。じゃから説明しておるじゃろうが」

 魔王(いわ)く、勇者に正面から対抗するために、この鎧に最大限の装備と能力を組み込んだらしい。

 クラムにもわかるように、一種の魔法の様なものだと言っているが……まぁ──。

 要するに、かなり無茶苦茶装備を盛り込み、ギンギラギンに魔改造を施した結果───!!

 …………普通の人間では扱えない代物になってしまったそうだ。

(いや、アホでしょ?)

 しかし、それくらいでないと『勇者』には正面から対抗できないという。

 ドラゴン(魔王は「無人機」と言ったが)での攻撃も制約が多いうえ───無人機自体が、かなり高価な代物らしい。

 おまけに、『勇者』相手に攻撃しても、無人機で確実な成果が出るかと言われれば、そうではないらい。

 ……先日の一件よろしく、精々が時間稼ぎにしか使えないという。

 まさに化け物。

 あのドラゴンですら、勇者には対抗できないという事実に驚愕する。
 
「───故にコイツの出番なわけじゃが……ま、使用者を選ぶという欠陥があるという始末じゃよ」

 コイツなら……単騎で、無人機を10機相手にしても対抗できるんじゃがのー。──と(のたま)う魔王。

 無人機……ってことは、あのドラゴン10匹より強いのか!?

「そ、そんなに強いのか?」
「当然じゃ、そのために作ったわけじゃしの」

 魔王が『勇者』を倒そうとする目的はよく変わらないが、かなり心血を注いでいる事実は分かった。

 しかしながら、それであっても、対抗は困難であるという。

「事情も……物の理解もできないのだが、」
「うぅむ……」

「───これを、俺だけが扱うことができるという理由はなんなんだ?」

 全然思いつかんし、理由もわからん。
 脳みそが焼けても───俺は生きてるとか思われてる?

 …………普通に死ぬ自信しかないぞ。

「言ったじゃろ? お主がエルフじゃからじゃよ」
「は?」

 魔王はやれやれ、仕方ない───といったふうに、
「……インプラント手術のほかにの、脳の強化手術(ブーストセラピー)をすればいいんじゃ」

 脳の、強化手術!?

「な、なんだよ、それは!」

 のけぞるクラムに対して、魔王は首を(まく)って見せる。

 白いうなじが見え、妙に艶めかしかった。

「──うなじ(・・・)じゃない。ここじゃここ……」
 チョイチョイと指さすところを見ると、皮膚が盛り上がり───。

「あ、穴?」

 ポカっと穴が開いてる。

「穴というか……。インプラント手術のそれ(・・)じゃよ」
 外部端子孔といってな───。ペーラペラ。

 ツラツラと話す魔王。
 その聞いた話は驚愕そのもの。

 なんということでしょう……!
 魔王軍の人たち、ほとんどがこういった手術をしているとか?

 脳の強化手術も別段珍しくもないという。

 ただ、

「エプソを扱う手術は特殊での……」

 ポリポリと頬を掻きつつ、
「この手術をした場合───」



 寿命が縮む───……。



 魔王は無表情で、………………そう言った。



第54話「強化手術」

「じゅ、寿命?」
「そうじゃ。……脳の処理速度を上げるわけじゃが───まぁ、ざっと100倍近くかのぉ」

 脳が100倍……って、100倍の頭の良さ?

「バカですか?」
「バカとはなんじゃ! バカとは!」

 ムキーと怒る魔王。
 ……いや、だってね。

「実際それくらいでないと、コイツは扱えん! そこまでしてようやく『勇者』を圧倒できるわけじゃ。……で、どうじゃ?」

 やるか? ん?

 と、そう聞いてくる魔王。
 なんか軽いね……。

 そんな、
 エビにする? カニにする? みたいなノリで聞くなよ!

 ───ま、そうと聞かれても、だ。
 ……もう決まっていること。



「やるさ」



 寿命が短くなろうが───そんなことは、どうでもいい。
 もう……どうでもいいことだ。

「ちなみに、どれくらい短くなる?」
「んー……20才の成人男性で───だいたい、一年ギリギリ生きられるくらいかの?」

 シュミレートしたんじゃぞ? と魔王。
 
「しゅみ……何とかがよくわからんが──……一年か」

 短いな…でも、

「やるさ……。一度死んだ身だ。家族を……───リズとルゥナを取り戻すためなら、なんだってやってやる」

(そして、勇者を殺せるなら……!)

「───他の3人のことはええのか?」

 ()えて名前を挙げなかった、義母さんとネリスとミナについて、突っ込んで聞いてくる魔王。

 ………………正直なところ───わからないとしか答えられない。

 ……殺意がないと言えば嘘になる。
 勇者の天幕で(あえ)ぎまくっていた彼女らを思い出すと!!

 ……歯がバリリと音を立てた。

 どうも、凄まじい形相をしていたらしい。

 魔王がチラリと視線を寄越すと、
「んー…………。すまんかった、忘れろ」
「……いや、いいさ」

 いずれ決着をつけることだしな……。
 魔王のおかげでその道も見えそうだ。

「手術でもなんでもいい、やってやるさ……たとえ一年しか生きられなくとも───な」

 ペチンと鎧───エプソを叩き、そう言った。

「一年? 何を言っとる?」

 ……ん?

「寿命は短くなるんだろ?」
「そうじゃが……。お主には関係ないことじゃろ?」

 ん、……んん?

「どういう……?」
「エルフじゃと聞いて居るが……その、不老とも長命とも言う、あの───」

 いや、何言ってんだコイツ?

「───俺は人間だが? そりゃ、多少の血は混じっているが……多分、人間より──ほんの少し寿命が長いくらいだと思うぞ……?」

 それでも100年だとかは……生きられないだろうな。

「ン!? んん??」
 目をぱちくりする魔王。

 ……あれ? 何かおかしいぞ。

「お主の経歴は───」
「あー。多分それは、例の『教官』が細工した奴だろう」

 ……家族の経歴もないとか言っていたしな。

 『教官』のことだ。囚人兵として使うために、エルフということにして経歴を誤魔化しているはずだ。

 魔王が知った経歴はそれだろう。

「ちょ、ちょちょちょ、ちょっと待て!」
「??……なんだよ?」

 顔をひきつらせた魔王は、
「さ、さっきの話は、なしじゃ──」

 ……はぃ?

「さっきってのは……」
「強化手術のことじゃ!」

 ……え?
 いきなり、何を?

「───ああ!? じゃ、じゃあ……どうやってこいつを扱うんだ? そのままだと死ぬんだろ!?」
「じゃから! それ(・・)これ(・・)もなしじゃ!……言うたじゃろ、人道を重んずると!」

 そんな、死んでしまうことが(・・・・・・・・・)確定している手術(・・・・・・・・)はできん! とピシャリと言い切る魔王。

 どうやら───寿命が縮むのは確定だが……。長命のエルフなら耐えられるという、推測ないし結論があったらしい。

 そして、クラムはその対象()りうると───。

「まさか、普通の人間じゃったとは……この話は忘れろ」



 おいおい……。
 おいおいおいおい……!!

 おいおいおいおいおい!!


 ───じょ、冗談じゃないぞ!!


「寿命なんて気にしないぞ? やってくれっ!」

 そうだ……!
 勇者テンガ……!───奴を殺すことができるなら…寿命など惜しくはない!!

「できん!! クドイぞ、この話は仕舞(しま)いじゃ!」

 出るぞ! と、クラムの背中をグイグイ押して、兵器廠から追い出されてしまった。
 抵抗はしたものの、存外強い力であっという間に摘まみ出されるクラム。

 「つれていけ!」と、クラムの案内を兵に任せると魔王はどこかへ行ってしまう───。



 おい……!

「おい!!」


 ふ、ふざけるなよ!?
 ふざけるなよ!
 
 ふ・ざ・け・る・な・よぉぉぉおおお!!


「ふっざけんじゃねぇぇえええ!!」


 対抗手段を見せておいて、それを手の出るところまで出しておいて───……!

 今更できないだと!
 人道だぁぁ? そんなの知るか!

 クラムの叫びなど、意にも(かい)せず去り()く魔王……。

 その背中に万感の思いを込め叫ぶ。

 叫ぶ!!

 俺を、
 俺を、
 俺を切り裂けよ!
 頭蓋を割ってぇぇぇええ、中身を掻き回せよ!!


 命なんていらない。
 体もいらない。
 心もいらない。

 
 ───寿命をくれてやる!


 だから、

 だから、勇者を殺させろよ!

「───なぁ! 魔王!!」


 しかし、魔王は振り返らない。
 兵に引き摺られて、魔王と遠ざかりつつあるクラム。


 待て、
 待てよ……!

 待てよぉぉ……!!


 ま、

「───魔王ぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 ぉぉぉおおお゛お゛お゛お゛お゛お゛!!



 ───魔王の背中にクラムは慟哭(どうこく)する───。



第55話「画策」


 それから、数日間は大きな出来事もなく。
 『魔王』も姿を現さなかった。

 クラムは、白衣を着た職員に何度か小さな部屋で世間話めいた尋問を受けただけで、実質ほとんど放置されていた。

 尋問といっても、苛烈なものではなく、良い香りのする紅茶の様なものを飲みながら、主に『勇者テンガ』に関する情報について聞かれただけだ。

 クラムの知っている情報はそれほど多くはなく、聞かれたことは()に入り(さい)にして、全て答えた。

 情報が少しでも『勇者テンガ』を倒す一助になればとの思いもあったが……。

 それ以上に、役に立つ人間であることをアピールすれば『魔王』の心変わりを促すことができるかもと考えたからだ。

 しかし、そんなうまい話もなく、次第に話す情報もなくなってしまえば、クラムに対する価値もなくなってしまったようだ。
 
 ことさら過酷な目に合うわけではないが、最初に目覚めた部屋からの自由はかなり制限されてしまった。
 決められた区画、決められた情報、そして似たような食事まで続くとなれば───。

 長い牢獄生活を送っていたクラムにも、ようやく状況が読めてきた。 

 おそらく、魔王軍はクラムに対する興味を完全に失っている。
 じきに、なんらかの処分が下されるだろうと……。

 人道を重んずるという、魔王軍。それゆえ、さすがに殺処分がなくとも───そのかわりに、最悪死ぬまで現状のまま放置されるかもしれない。それが一番恐ろしい。

 だが、
 少なくとも、それほど大したものではないとはいえ、クラムは魔王軍の中を見て、しってしまった。

 その魔王軍の内情を見たクラムを、人類側に放逐することはありえないだろう。
(……これは、囚人兵であった時よりも───希望が無くなったかもしれない)
 
 その思いは、クラムを焦燥させるには十分だった。

 何とかしなければと思うも、ただの凡人でしかないクラムにできることなど何もない。
 今できることは魔王と、魔王軍の情報を集めることだけ、

 それも、現状放逐状態のクラムに得られるものは少ないのは否めないが…何もしないよりはましだった。

 幸いにも、言語はほぼ同じものであったため、機会さえあれば情報を読み取ることは可能だった。

 故に、ずいぶん久しぶりに白衣の職員に尋問のために呼ばれた際には、これ幸いと情報収集に励んだ。
 
 職員は、比較的大人しく従順なクラムには油断しているのか、かなり無防備なところを見せることもあった。

 最初の頃は、紺色の鎧を着た武装兵が見張っていたが、最近ではそれも見られなくなった。

 どうもこの組織自体、それほど人が多いわけではないらしい。

 クラムの見立てでは一人で複数の仕事を掛け持ちしているのが見て取れたのだ。
 実際、クラムの尋問をする職員は白衣の男だったが、
 彼は別に尋問専門というわけでもなく、時にはクラムの健康診断のようなこともやっていた。

 それを知った時、天啓(てんけい)めいたことがクラムの脳裏に浮かんだ。

 すなわち───。
 
 もしかすると、『魔王』とこれらの職員とは、それほど細かい情報のやり取りができていないのでは───と。

 その確信を得るため、クラムは思い切って尋ねてみた。

「あ、あの……?」

 いかにも堅物といった職員だが、別に無口というわけではない。

「なんだい?」

 今も書き物をしつつ、クラムを尋問している。
 内容はクラムのいた町の風物やら、見て感じた『勇者』と軍についてだった。

 『勇者』そのものの情報はすべて吐き出したので、今は別のアプローチから情報を取っているといった感じだ。

「強化手術って知ってますか?」
 ピクリと肩眉をを上げて反応する職員。

「ふむ…知ってるが───」
「その手術。……誰でもできますか?」

 職員の反応を見て、クラムは勢い込む。
 失敗して元々だ。

「?? どうして興味を持つ? 君は、」
「───手術に興味があります!」

 一気に言うクラムに、

「あれがどういうものか、知っているのかい?」

 ……ビンゴ───!

「えぇ、『魔王』様に聞きました、」

 ふむ、と考え込む職員に、

「───『勇者』を倒すために必要なものだと!」
「うーん。間違ってはいないが……」

 ポリポリと頭を掻く職員に、

「俺なら…できます!」

 ピタっと、頭を掻く手を止める職員。

「リスクは聞いているんだろう?」
「えぇ! もちろんです」

 思案顔の職員。

「うむ……。君の処遇は、私に一任されているのだがね」

 さて、どうしたものか、と考え込んでいる。

 好感触か……?
 ならば、ここが勝負所!

 魔王は、エプソの部屋に「部外者」を案内するのは初めてだと言った。
 それを呆気なくクラムに見せたのは、クラムが使うという前提があったからだろう。

 つまりどこかの段階で、それは決定事項になっていたはずだ。

 その部外秘の情報をクラムにあっけなく流したことは、想定内。
 しかし、クラムがエルフではないということは、想定できていなかったはずだ。
 
 最初の前提が崩れたのは、『魔王』としては予想外の事態であったはず。

 クラムの境遇を知り、覚悟を感じたからこそ、魔王は信用した。
 そして、部外者を部内の者に引き入れるつもりがあったからだ。

 だからこそ、簡単に秘密を暴露した。

 それは、『魔王』の独断であった可能性も高く───実際、この職員はクラムの話を頭ごなしに否定していない。

 「強化手術」をして、クラムに「エプソ」を使わせるという話は───まだ生きている可能性があった。

「確かに、君に対する「強化手術《ブーストセラピー》」の話はあったんだよ。被験者が了承すれば実施する(・・・・・・・・・)とね」
 ジッとクラムの顔を覗き込む職員。

 ……ここまでは上手くいっている。

「だが、いつの間にか立ち消えになっていたようだから、てっきり君が手術を拒否したものとばかり思っていたのだが?」

「えぇ。そうです。一度断りました」

 これは嘘だ。
 だが、魔王の意向で中止したと悟られてはいけない。

(ここで、下手を打つわけには………)
 選択肢を誤れば、『魔王』の知るところとなり、「強化手術」の禁止は徹底されるだろう。

「……ですが、心変わりしました。───やります」
「……うーむ」
 腕を組んで考え込んでいる職員。

 ……頼む───!
 『魔王』に報告しないでくれ!

「……一度、上に確認しないとな」
 く……!

「だが、その前に概要くらいは話しておこう。……いや、実物を見たほうが早いか?」

 ブツブツと独り言を言いだす職員に、
「俺なら問題ありません!」

 なんとか、食い下がるクラム。

「うむ……。しかしだな───こればっかりはら私の一存では決められん。それに、実際にやる段階で泣き言を言われても、余計な手間がかかる」



 だから、手術の内容を知れと───職員は、そう言った。



第56話「自動医療機械」

 カンカンカン───と、鉄製の階段を下っていく。
 『えれべーたー』とかいう昇降機は使わないのか、使えないのか、酷く暗い照明の元その部屋はあった。

 施設の中でもかなり(はし)に作られているらしく、清掃もいまいち行き届いていないようだ。
 この白一色の建物の中において、この部屋だけはむき出しの金属素材が飛び出し、如何(いか)にも放置されて久しいという雰囲気が漂っていた。

「ここは滅多に使用することがなくてね。──かつてロボトミーが行われていたころは悪臭も酷くて……。だから、こんな(はし)に作られているんだよ」

 職員はクラムを連れ出すにあたって、武装兵の同行を考えていたらしい。
 だが、シフトがあわないとか何とかで──仕方なく職員自身が武装してクラムを連行していた。

 いや、連行というよりは、同行に近いのだが……。

 なにせ、しばらく待てば武装兵の時間も空くという話だが、職員はかなりせっかち(・・・・)らしく、「もういい! 自分でやる」と相談先に言葉をぶつけると、あの黒い武装を手に、さっさとクラムを連れ出してしまった。

 もっとも、これは今までクラムが大人しくしていたこともあり、人畜無害の存在と思われているのも大きいことだろう。

 その彼の背中に、黙々とついていくクラムは、やはりどう見ても連行には見えない。

 今クラムが害意を持って職員を突き落とすだけで、つかの間の自由を得ることができる状態なのだ。

 ───もちろんそんなことはしないが。

 黙って追従すること数分。
「う……」
 職員の言う通り、悪臭が立ち込めはじめた。

「換気しているんだがね……」
 そういう職員は、平気そうにドンドン先へ行く。
 この匂いは、囚人大隊にいたときにも散々嗅いだ臭い───死臭だ。

 そして、階段の底へ。

 死臭が溜まりに溜まった、酷い場所だ。
 いや、実際にはそれほど臭いはないのだろうが……なんというか、こうー……瘴気が溜まったような空間で、まさに『魔王』の城といった雰囲気。

「さて、ちょっと待っていてくれ」
 職員は懐から紙の様なものを出すと、扉の横の箱に差し込んだ。



 ピー……ガシャ!



「行くぞ? 中を見ても驚くなよ?」

 意味深なことを呟く職員に、嫌な気配を感じる。その先に待ち受ける不気味な気配を感じとり、体中から汗が吹き出してきた。

 自動開閉するドアの向こうに踏み込むと、あの───物が腐ったような臭いがブワっとあふれでる。
 
 思わず仰け反るクラム。

 そして、自動で電灯する明かりの元に浮かび上がったのは───。

「ひ……!」

 クラムの口から情けない声が出る。

 照明下には、無機質な小さなベッド………いや、拘束台があり、
 その上にはレンコン(・・・・)の様なたくさんの穴が開いた正面がギラギラと輝いている。

 そして……。

 その周囲には、昆虫の手足の様な金属のそれが生えており、それぞれにノコギリや、小さなナイフや、針の様なものが無数に突き出していた。

 それらの下───床は、茶色に変色しており……元の白い床の面影はないといった有り様。
 
 要は───。
「と、屠殺(とさつ)場……」
 ゾワリと吹き出す冷汗(ひやあせ)
「おいおい、滅多なこと言うなよ。まぁ、気持ちはわからんでもないが…」

 十分に洗浄されているらしいが、
 それでも消せないほどに血を吸ったらしい床───そして、それらを行った昆虫のごとき金属の足と道具たち。

自動医療器械(オートメディック)───機械仕掛けの名医さ」
 そういって、機械の脇を抜けると近くの四角い箱の前に座る職員。

「ん? どうした?……適当に座ってくれ」

 何でもないようにいうと、ここの職員がよくやるように、箱の前でカチャカチャと音を立て始めた。

(……適当に座れって言ってもな)
 困った顔で周囲を見回すクラム。

 座る場所と言えば、職員がいる四角い箱の前の椅子と、拘束台のみ。
 そして、箱の前の椅子は職員が使用中だ。

 ……うーむ。

 拘束台に座る気にもなれずにクラムは、所在無(しょざいな)げに(たたず)む。
 そんなクラムに気づいているのかいないのか、職員はお構いなしに、カチャカチャを続けていた。

「……っと、これでいいかな」
 最後にターンと、箱の前で何かを叩くと、

 ビュイン……!

 と妙な音を立てて、拘束台の後ろの壁に、あの不思議な額が浮かぶ───。

 そして、映像が───!?


(凄いな、どういう仕組みかまったくわからん)


 そして、映像。
 ───…内容は、実に簡素なものだった。


 この拘束台に寝ていれば、自動的にあの機械の手足がクラムを切り刻み、所要の機械なんかを体に埋め込んでいくそうだ。
 不必要なもの(・・・・・・)を切り取り、必要なものを埋め込んでいく。

 映像の中で切り刻まれているのは、魔王軍でいうところの現地軍───ゴブリンだった。

 彼は眠っているらしいが、生きたまま切り裂かれているのが、いくらゴブリンとは言え、気分のいいものではなかった。

 オマケに、クラムも手術をするなら──ああなるという。

「どうだい? 怖気づくだろう?」
 無表情のまま言う職員の考えが分からなかった。

「あ、あの……。なんでこんなものを見せるんですか?」
 クラムからすれば嫌がらせにしか見えなかった。

「ふむ? なんでといわれてもね。……規則なんだよ『納得(インフォームド)医療(コンセント)』というんだがね。手術を行う患者には内容を説明する義務があって───」
 何でもないように言う職員にクラムは毒気を抜かれる。実際、彼からは一切の悪意を感じられない。

「昔は手術にも失敗が多くてね、人間がやるんだから当然なんだけど───手術を受ける側からしたら嫌だろう? 意味もわからず切り刻まれるのは?」

 そうして、映像は進む───、切り刻まれていたゴブリンは、驚くほどきれいに元通りになり………………目を覚ました。


 あれほど、
 あれほど、切り刻まれてなお生き返る。


「と、まぁこんな具合の手術だ。で、これが術後の経過と───」
 職員はベラベラとしゃべり続けるがその内容はほとんど頭に入ってこなかった。

 だが、とても重要なことがあった。

 それが───。

「今の時代、手術の失敗はまずありえない。怖いのは術後の感染症くらいなもので、それすらもほぼ克服している」

 彼の前の四角い箱。
 そこに表示される実行の文字───Y/N

「簡単なものだろ? 全部、機械まかせ──医者という職業はずいぶん前に(すた)れてしまったよ。で、だ。聞いてるかな?」
「え、えぇ」
「君の納得が得られて───上の許可さえおりれば、あとはこのキーを叩くだけで、手術開始」
 これこれと四角い箱の前のキーを示す職員。
 これも『納得(インフォームド)医療(コンセント)』の一環なのだとか。

「あとは麻酔が効いて、眠るだけ、痛みはないし、当然恐怖もね。数時間後に目覚めれば、君は『強化人間(ブーステッドマン)』だ!」

 はっはっは、すごいだろう!──と、納得医療なのか技術自慢なのかわからないが、クラムはあいまいに笑って返す。

「なぁ……。本当に、それを押せば手術開始なのか?」
「あぁ、あとは機械がやる。我々の出番は、なにもないよ」

 そうか………………。

「で、納得できたかい? やるかい?」
「もちろんだ」

 これで『勇者』を倒せるなら───安いものだ。

「はは、ここまで聞いて恐れないとはね? よし、あとは上の許可さ──」
「すまん!」

 ゴッキン!! と、

 それだけ言うとクラムは、思いっきり当身(あてみ)を職員に食らわせる。
 「ぐぅっ」と(うめ)いて倒れ伏す職員、呻いているが気絶してはいない───だが、

 ガキリと首を絞める。

「かはぁぁ」

 職員にとっての不運、
 クラムにとっての幸運は───

 この忘れられた施設には、カメラの(たぐい)はなく、警報も手動の物しかなかったことだろう。

 一応───クラムの所在は報告されてはいるが、単独で連行した以上、通報できるものはこの職員しかいなかった。

 そして、
 震える手で武器を取り出そうとする職員だが、見習いとはいえ、鍛冶屋で───この時代の最底辺を生き抜いてきたクラムだ。

 ひ弱な職員が(かな)うはずもなく、手から滑り落ちる武器の音を最後に職員の意識は闇に飲まれた───。


「……しばらく眠っていてくれ」


 殺すほどの長時間、締め落としてはいない。
 本当に(しば)らく意識を失うだけに留めている。

 殺す気がないのだから当然だ。
 それよりも───。



「さよなら人間ってとこか───」
 


 映像の中で強化手術を行われたゴブリン。
 彼の目は、ただのゴブリンでないのは明白だった。


 ただし───寿命と引き換えにしてのそれ(・・)ではあったのだろうが……。
 このゴブリンどうなったのかまでは映像ではわからない。
 ただ、この施設が忘れられたかのごとく放置されているところを見れば、(おの)ずと知れよう。

 だが、クラムに躊躇いはなかった。
 あの力を手にいれる入り口───。

 さぁ───……!

 復讐への第一歩(ざまぁ)だ。
 素晴らしき(ハレルヤ)日々へ祝福を(ざまぁ)───!!




 カチャ…………。




 Y─────────




第57話「強化人間」


「なんじゃと!!!」

 知らせを聞いた魔王は、叫び声をあげて飛び出していた。
 生体実験棟の奥───閉ざされた手術室は解放されており……。

「クラム───……」

 武装隊員に拘束されている、あの青年がいた。

「魔王………」

 あぁ、
 あの目───。

「『強化人間(ブーステッドマン)』になってしまったか……」
 ガクリと膝をつく『魔王』に、クラムは静かに微笑(ほほえ)み───、


「これで……戦えるだろう?」


 ……馬鹿め───!!


「黙れッ……! そいつを拘束しろっ! 許可のあるまで部屋から一歩も出すな!!」

 激昂(げっこう)する魔王を尻目に、クラムは大人しく引きずられていった。
 その様子を見送りもせず、自動医療器械(オートメディック)愕然(がくぜん)と見つめる魔王───。

「馬鹿め……一年、じゃぞ」
 一年しか生きられない宿命を負わせる、その罪悪感。
 『魔王』などと言われているが、彼女は───。


「馬鹿め」

 バカめ!!


 
 ───バカめがぁぁぁぁぁ!!


 ※ ※


 拘束されたものの、その後は変わらぬ扱いを受けているクラム。
 脳の手術を受けたといっても、体調に変化はなかった。

 「強化」といっても、正直なことろ全く実感はなく───、

「…………本当にこれで戦えるのか?」

 漠然とした不安を感じてしまうのが、正直な感想だ。
 自動手術では、術後の洗浄も行われるので、血の汚れすらない。

 ただ爪の中の様な細かいところまでは洗いきれないのか、よくよく見れば、爪が赤く染まっているので、確かに自分の血が流れたことを感じさせられた程度……。

 ただ間違いなく手術は行われたようだ。
 僅かに残る、頭部の縫合あと。

 だが、実感がない。

 もしかして盛大に担がれた(・・・・)のか? とそう言った思いもある。

 そんな風に悶々(もんもん)と過ごしていると───。


 ……ガチャ───!


「クラム・エンバニア……」
 ひどく無表情の魔王が部屋に来た。

 ルゥナの表情で、父を知らぬとばかりの、その顔には心が(うず)くが───。

「待ってたよ」
 余裕を見せるために笑って返す。

「愚か者め……!」
「知ってるよ」

 『勇者』を倒そうとするのだ。
 そんなこと───『魔王』か『愚者』にしかできない。

 だから間違っていない。
 俺は『愚者』さ。

「………」

 魔王は、ピクリと頬を一瞬だけ歪ませるも───、
「ついてこい」
 それだけ言うと、さっさと歩き出した。

 予想通りの展開ではあったが、一瞬だけ……憐憫(れんびん)の情を見せた魔王に───罪悪感を感じたクラムだった。


 ※ ※


 キュムキュム……。
 ペタペタペタ……。

 魔王の足音に続けて、薄いサンダルの様な靴でクラムは続く、それは、どこか既視感(デジャブ)を感じさせるものだったが──、
「……体の調子はどうじゃ?」
 ムスっとした様子の魔王だけが、前回(・・)と違っていた。

「すこぶる快調だ」

 しかし、クラムは気づかないふりをして何でもないように返す。
「ふん……! 当然じゃ」
 なら聞くなよと思いつつも、
「どこに行く?」

 ……クルリと振り向いた魔王。

「お主の、望み通りの所じゃ」

 そうか……!

「これで、『勇者』を倒せるんだな───」
 実感の湧かぬまま、クラムはジッと手を見る。

 特に強くなった実感もないし、倒せるというような自信もない。
 表面的には以前と全く変わりはなかった。

自惚(うぬぼ)れるな…! α(アルファ)個体はそう簡単に倒せる相手ではない」

 α(アルファ)個体───『勇者』のことか。

「むしろ、倒すのはほぼ不可能じゃ。お主を(もっ)てしても……精々互角以上に戦い、一時的に行動不能(・・・・・・・・)にできるだけじゃ!」

 魔王は不機嫌さを隠しもせずに言う。

「な!? は、話が違うぞ!」
 倒せる力じゃなかったのか?

「それはお主が曲解しておるだけじゃ! α(アルファ)個体は、現状で倒せる相手ではない!」

 それを聞いて、クラムはドラゴンの炎の中で立ち上がった『勇者』を思い出した。


 まるで悪魔のようで、
 醜悪な魔物のようで、
 腐った神々のようで───…………。


 それでも、だ。


「だが………ぶん殴ることはできるんだろ?」

 倒せないなら……………──倒れるまでぶん殴ってやる!
 槍で突き刺してやる!
 何度でも……何度でも!

 グググと拳を作るクラムを見据える魔王は、
「呆れた男じゃ……」
 そういいつつも、どこか吹っ切れたように寂しげに笑う。

「たしかに、ぶん殴ることも、槍でぶっ刺すこともできるぞ。…………何度でもな」

 やれやれと肩をすくめる魔王は、やはりさっさと歩きだす。
 しかし、その空気は幾分弛緩(しかん)している。

「それだけでも、俺には望外のことさ」

 ちらりと、見つめ返されると、魔王のその目にルゥナを感じてドキりとする。

「寿命が……余命あと一年であってもか?」

 ……正直、
「───嘘偽りないことを言えば、気にはなるさ」

 だが、

「どのみち、俺はあそこで死んでいてもおかしくはなかった」
 それが、
「あの戦場で生き延び───『勇者』を倒す力を手に入れることができる。……それが寿命と引き換えなら、俺は何も不満はない」


 本心だ。

 
 長く生きたくないわけじゃぁない。

 でも、
 それには条件がある。

 俺だって、普通に生きたい。

 だが、
 だが、な……。

 だが、なんだ!!


 このまま、地獄で生きるくらいなら──!


 家族と、
 愛する人々と長く、長く生きたかった。


 それが奪われたなら……生きる意味があるのか?


 もしあるとすれば───!

 それは未だ見えぬルゥナと───リズのためにある。


 だから、
 俺の一生は、
 俺の寿命は、

 ───彼女たちに捧げよう。

 『勇者』と、……その女どもを(くび)り殺してからな───!!!


 そういいつつも、『勇者』以外にはいまだ複雑な感情が渦巻く。
 ルゥナやリズならば問答無用で救い出すが、シャラ、ネリス、ミナ───あの3人に相対したとき……。

 俺は、

 ___るのか?


「ついた」

 クイっと顎でしゃくってみせる『魔王』───。

 なんだ、ここ……?




「戦闘訓練場?」




「そうじゃ。お主、もう強くなったつもりか?」

 甘い甘い……、と(のたま)う『魔王』。

「そ、そりゃ……。実感はないが」
 すでに強くなったのかと勘違いしていたクラムに冷や水をぶっかける『魔王』。彼女は言う。

「3カ月じゃ……」

 ……え?

「3カ月で訓練を終えろ。それが限界じゃろうし、我々も限界じゃ」

 ───3カ月、か。

 余命1年のクラムからすれば、残る人生の4分の1を消費することになる。

「3……」
「不満か?」

 ……いや、言うまい。

「はっ! 望むところだ」

 ガンと両の拳を突き合わせる。

「『勇者』を『愚者』が倒せるための訓練が3カ月……。随分簡単じゃないか」

 ニヤリと笑う。
 こんな笑いをしたのは久しぶりだ。

 望みは叶う───。
 
 こうも具体的に示されればクラムに言うことなどない。

「もうワシらも引き返せん……。せめて、成果を示してくれよ?」

 『魔王』は複雑そうな顔だが、最後にはあいまいに笑って見せた。


 とてもルゥナのする顔ではなかったが、それでも、クラムには天使(ルゥナ)の如き笑みに見えた。




「任せろ!」




間話「おお、死んでしまうとは情けない……」


 王都。

 賑わいを見せる街。

 その繁栄は、善政を敷いたといわれる王によってもたらされたもの。
 そして、魔王の侵攻から人類を救った勇者よ功績によるもの。

 それを信じて疑わない民衆は熱狂し、魔王討伐より凱旋した(・・・・)した勇者を熱烈に歓迎した。

 「テンガ!!」「テンガさま!」と、勇者に熱狂する国民と、そのテンガを擁する国を治める王を称える国民。

 その(くだん)の王が住まう城の後宮では、テンガが女を(はべ)らせて酒を大いに(あお)っていた。

 ……それは上機嫌というわけでもなく、むしろ不機嫌な様子。

 しばらく前に、長い長い遠征を終えて帰ってきた時には……もっとひどい有り様で荒れていたという。

 いったい何があったというのか?
 遠征帰りの途中では──女を壊さんばかりに貫き、責める……。
 実際、何人かは正気を失うほどにボロボロにされてしまったらしい。

 幸いにも、今、テンガにしな垂れかかり、一緒に酒を飲んでいるシャラとミナは無事だった。

 むしろ、彼女たちを壊さないためにテンガは他の女に苛立ちをぶつけていたとでも言わんばかり。

 実際、テンガのお気に入りになっていたシャラ達は、遠征から無事に帰ることができてホッとしていた。

 軍を滅却せしめたあの破壊の嵐。
 そして、人類連合軍の壊滅。

 ……あのとき何が起こったのか。
 戦場から離れた後方にいたシャラ達には知るべくもなかったが───彼女らには、ただ見たこともない巨大な煙が立ち上り、後方で待機していたハレムまで押し寄せる熱気と、生き物が焼ける匂いが漂ってきたことだけを覚えている。

「ネリス! どうした、()げよ」
 
 絡み合った状態で、ネリスに無理難題を言うテンガに、色っぽい声で鳴きながらネリスが震える手でワインを(そそ)ぐ。

 ポタポタと零れるそれは、テンガの大腿部を枕に、顔を埋めていたシャラの髪にかかる。

 彼女はそれを鬱陶し気に払った。

粗相(そそう)ね。どうしたのよネリス?」

 ジロっと睨むのは(かつ)ての義理の娘……。

 いや、クラムとネリスの婚姻関係は消えていないので、法律上も習慣上もネリスとシャラは、クラムという男を間において(いま)だ嫁と姑の関係だ。 

 もっとも、そんな(かび)臭い言葉に置き換えるような清廉(せいれん)な関係はもはやここにはなく。
 もっと粘ついた、ドロドロとした肉感的なそれがあるのみだったが……。

「なんだぁ、シャラ? ネリスがどうしたって?」

 テンガの問いに答えたのはミナ。
「帰ってきてから……いえ、あの日からちょっとおかしいのよ、この子」

 あの日、という単語にピクリと反応したテンガは、物凄い勢いでワインをミナにぶちまけた。

「クソアマぁぁ! てめぇ、あのことは話題にすんなっつてんだろうが!」

 あああん、ごらぁぁ! と、声だけで殺さんばかりに怒鳴りつける。

 事実ミナは怯え切り、「ひぃゴメンなさい」と言ったきり、体を丸くして震えだした。

「ち……興が冷めた」
 ブンと、空になったグラスを近くにいたメイドに投げつけ……「ぎゃ!」と断末魔の声を上げさせると、意味もなく絶命させてしまった。

 ワインのグラスとはいえ、勇者の膂力で投げつければ、ヒト一人破裂させることなど造作もない。

 その様子を見ていたシャラが、顔を青くしつつも、
「───そ、そう? ゴメンなさい、呼ばれるまで控えているわね」
 ソソクサと立ち上がりミナを促して退室していった。

「テメェもいつまでも(またが)ってんじゃねぇよ!」

 グイっと、ネリスの髪を掴むと───。


「あの寝所番はもういねぇ……」


 わかってんだろうな? と、ネリスを睨むテンガに、艶やかな声を上げつつ、乱暴にされながらも……離れがたく熱のこもった息を吐く彼女。

 ───すでに、ネリスは肉欲に溺れたかのごとく、正常な思考ができないようだ。

「……けっ。テメェらに飽きるのも時間の問題だぜ」

 ペッ、とネリスの顔に唾を吐きつけると、テンガはネリスを放り捨て、適当に服を掴むと剣を片手に後宮から出ていった。

 その後には、アゥアゥ……と声を上げるネリスがだらしなく体を弛緩させるのみ。

 絶命したメイドの血と、ネリスの汗などの体液が混じり───酷く酸えた匂いの漂う空間には、しばらく誰も踏み込むことはなかった。


 一方のテンガ。

 部屋を出ると後宮から王城へ向かう。
 「どけっ! おらぁぁ!」と、テンガはイラついた気配を隠すこともなく、時折目についたものを感情任せに叩き壊しながら歩いていた。

「クソ……ムカつくぜ」

 「あの日」の事を思い出す。

 それは、一種の恐怖としてテンガの中に刻み込まれてしまった。

 戦闘機。
 ミサイル。
 そして、爆発の渦───。




 …………………………初めて、死んだ。



 いや、今こうして生きているので、本当に死んだのかどうかと言われれば、正直よくわからない。

 だが、思うのだ。

 超至近距離から発射された機関砲とミサイルの直撃は……間違いなく一度、テンガを死に至らしめたと───。

 高熱による息苦しさ、
 肺を焼かせる激痛、
 目が蒸発する鈍痛、

 そして、

 動きを止めた心臓と、
 思考できなくなった脳。


 ───それは間違いなく死だった。


 にも関わらず、暫らくの後に意識ははっきりと覚醒した。
 そこは、間違いなくこの腐った世界の大地で、あの世だとか天国、はたまた地獄の類ではない。
 ましてや、この世界に呼ばれる前の、あの懐かしい世界でもない。

 ならば? ここは?
 この腐った世界から、一歩たりともはみ出すことができなかったなら?

 それは……──つまり、生き返ったということ。


 バカな……!?

 衣服は焼け落ち、大地はガラス結晶化するほどの高熱に包まれており……未だに(くすぶ)っていた。

 これはまさか───「おぉ勇者よ、死んでしまうとは情けない……」というやつか? 

 と思い至るより前に、いつの間にか魔族の大群に包囲されていることに気付いた。

 とは言っても、あの時見たSF映画のような兵士ではなく、ここらでよく見かけるゴブリンだとかオークの兵士───装備はといえば剣に槍といった出で立ちだ。

 とりあえず、焼けずに残っていた宝剣でなぎ倒し、殲滅した頃には周囲の状況がよく見えた。

 まさに、焼け野原……。

 あれほど威勢を誇っていた連合軍は壊滅───というか、全滅していた。

 前線に投入された兵は、囚人兵、近衛兵問わず消え失せ、グズグズの炭化死体とガトリング砲で薙ぎ倒されたミンチがあるだけだった。

 そうして───。

 戦いは終わりを告げた。
 指揮官がいなくなり、軍が壊滅してしまえば、テンガにもどうすればいいのかわからなかった。

 偉そうな将軍もいないため、『勇者』であっても軍のことなど何もわからない彼は、単身で魔王領に挑むでもなく、生き残っていた後方部隊と合流し、戦意を失った彼らとともに撤退し───今に至る。

 凱旋とは恐れいる。

 それにしても、
「───なんだったんだあの戦いは……? それに、戦闘機にガトリング砲……そした、ミサイル」

 あれはまるで近代兵器じゃないか?
 魔王軍ってのは、なんなんだ……?

 ゴブリンやオークの兵士だけじゃない。
 何か得体のしれない者がいやがる。

「くそ! こうなったら王どもをぶっ殺してでも話を聞きだしてやる!」

 ……遠征から帰ってきて以来、時々思い出す死の恐怖と痛みに(さいな)まれ、当たり散らすように女や兵を殺しまくった。

 それはハレムの女も同様で、辛うじてお気に入りのシャラ達を相手には我慢していたが、それ以外の女はほぼ使い捨てで無茶苦茶にしていた。



 それも、今日までだ。



 あの日の出来事には、裏がある。
 少なくとも、連合軍の上層部は何か知っているに違いない。

 第一次「北伐」とやらが失敗したのも、魔王軍が関係しているのだろう。

 でなければ、勇者である俺が敗北を喫するはずなどない!

 知っていながら、人類の連合軍はテンガを死地へと追いやったのだ。

 だとしてら、
「───ぶっ殺してやるから! 覚悟しとけッ」

 ズンズン! と、足音荒く──殺気立ったテンガに王城の者は道を開ける。
 運悪く気付かなったものや、出合頭(であいがしら)にすれ違ってしまったものは例外なく殺傷されていた。

 王城と後宮を繋ぐ門は容赦なく破壊。
 守備の兵は全滅。

 かなり数を減らした近衛兵団も、帰還した一部の要員によってなんとか兵力を回復させていたが、練度は以前に比べて致命的に低下していた。

 もっとも、練度云々(うんぬん)でテンガを止められるはずもなかったが……。

 王の間に近づくテンガを止めようとしていた近衛兵が一刀の元に切り伏せられ、ゴロゴロと死体を晒す。


 バガァァン!!


 そして、乱暴に切り破られた扉の先には……。

 年老いた王が若い女性と乳繰り合っていた。
 だが、テンガの勢いに驚いて玉座から転がり落ちると、
「なななななな、なん?」
「よーよーよー……昼間っからお盛んだな、おー様よぉぉ」

 ズンズンズン、…………ドカ~ン! と侍らせていた女性の頭を蹴飛ばすと───ポーン! とボールのように吹っ飛んでいくそれ。

 ドサリと、力を失った女の体がビクビクと震え、滅茶苦茶に血を吹き出して倒れる。


「ひ、ひぃぃ!! て、て、て、テンガよ! 何をする!」
「「何をする!」…じゃねぇぇぇ!!」

 宝剣で王の股座(またぐら)を切り裂かんばかりに、その間にどっかりと突きさすと、
「テメェらに聞きたいことがあるんだよ、俺はぁぁぁ!」

 ジロっと、王の痴態を見つつも放置していたらしき周囲の重鎮(じゅうちん)を睨みつける。

「だれか、だれかあるか! 『勇者』が『勇者』が乱心したぞ!」
 重鎮(じゅうちん)の一人が駆け出し、兵を呼び出そうとするが、

「うるっせぇぇ!」
 ブンと、王の頭から取り上げた王冠をブン投げてソイツに命中させる。
 「ヒデブ!」とか言ってそいつは絶命……その瞬間、誰も動けなくなる。

「兵が何人来ても意味ねぇこたぁぁ知ってんだろうが!! いいから答えろや!」

 と、脅しに脅して、王たちから魔王軍について詰問していくテンガ。

 彼らのうち何人が事情を知っているかは知らないが、
 答えなければ簡単にこの化け物に命を奪われることだけは理解できた───。








「おぉ、勇者よ───………………」