第1話「滅びを孕んだ川下り」

 リリムダ壊滅から数日後…………。

 それからの数日間、エミリアとアメリカ軍は大河を下り南進しつつ、川沿いの街を何個も滅ぼした。

 そのうちのいくかの街は、既に臨戦態勢を整えていたがアメリカ海軍の前には鎧袖一触。

 ただ、その様子から既に帝国はエミリア達の情報を掴んでいるという事なのだろう。

 帝都に向かうほど、帝国軍の数が増えていく。

 だが、危機感は全くない。

 今も、河川の広い場所で待ち伏せをしていた敵水軍を殲滅したところだった。
 
 既にエミリアの部隊は、装甲艦バージニア級が5隻になっていた。

 アメリカ軍とはいえ、たかがLv0。
 呼びだすことに何の苦もない。

 もともとは死霊術の変質した米軍術だ。
 現状なら、魔力が尽きることは絶対にありえない。

 かつてのエミリアは、もっと大量の死霊を使役し、アンデッドマスターの名を欲しいままにしていたこともある魔族最強の戦士だ。

 不死者の軍勢を率いていた頃に比べれば、こんなのは魔力消費でもなんでもない。

 ついでに言えば滅ぼした街から、適当に補給品を得ているし、倒した敵の数は何千と……。
 お陰で、Lvも急上昇している。

食事(ヒィア イズ)です( ザ ミール)

 船体の上でノンビリと海戦が終わるのを見ていたエミリア。
 既に帝国軍の河川戦闘艦は、全て沈むか炎上し、まともに動ける船は一隻もない。

 かなりの大群で一斉に攻撃してきたが、手漕ぎ船で装甲艦に戦いを挑むとは───いやはや。

 かすり傷一つ付けられることなく装甲艦は、敵船を壊滅させた。

 50隻余りいた河川戦闘艦は、海の───もとい川の藻屑となり果てる。

「───ありが(サンキュー )とう(サージェント)

 例を言って受け取ったのは、アメリカ軍の戦闘糧食ハードタック、そしてビーフジャーキー、コーンスープ、飲み物はコーヒーだ。

 この黒い液体の焦げ臭さに最初は辟易したが、中々どうして癖になる。

 砂糖をたっぷりと入れれば二杯、三杯といくらでも飲めるようになってしまった。

 木のトレイに乗せられたそれは川の流れにユラユラと揺れ動いていたが、装甲艦はドッシリと浮いており中々安定性がいい。

 カップの傍に置いてある角砂糖を一つコーヒーにいれ、スプーンで掻きまわす。
 シャリシャリと砂糖が溶けていく感触を楽しみながら、もう一つの角砂糖を手に取るとそれをカリカリと齧るエミリア。

 うんうん。
 なかなか。
 どうして。どうして。

 もう一個。

 ポリポリ、カリカリ。

 この砂糖──────甘さッ!

 (とろ)けそうになる。

 魔族領では甘味など望むべくもなかった。

 精々が、獣脂か果実か野甘草(ノカンゾウ)
 そして、稀に入ってくる高価な高価なハチミツ程度───。

 だけど、それがどうか!

 この砂糖は、甘さと甘さと甘さと甘さしかない!
 まさに甘さの塊だ。

 こんな甘いものが存在するとは知らなかった───。

 幸せそうな顔で砂糖を齧るエミリアの下では、海戦に敗れた帝国軍が大量に浮いており、装甲艦のスクリューで無残に轢断されていく。

 その他にも、ダイナマイトで水中爆破され、死体の振りをしている者を余すところなく殺していく。

 誰も容赦しない───。

 エミリアは戦いの度に、常に命じている───「滅ぼせ」と。

 だって、そうでしょ?
 あなた達が始めたんだから。

 これは生存競争。
 種と種を賭けた命の戦い。

 あなた達は魔族を滅ぼそうとした。でも、まだ(最後の魔族)がいる。
 ならば、反撃されて当然───。

 滅びが嫌なら、抗って見せなさい。

 私の慈悲を期待するな。

 魔族は滅ぼされたんだから、人類もその応報を受けるべきだ。
 なぜなら、人類は私たちに家族が居ようと、子供だろうと、何であろうと殺戮のかぎりを尽くした。

 ならば、自分たちが同じ目に合う事を覚悟しなければならない。

 殺す気で来たんだから、殺されても仕方ない───。
 違うかしら?

 クピクピ……。

 砂糖をひとしきり食べ、口に中が甘ったるくなってきたらコーヒーの出番だ。
 川の風を受けながら飲むコーヒーは格別だ。

 小さな笑みを浮かべるエミリア。

 例えその周囲が、燃え盛る帝国水軍の壊滅していく中であってもだ。
 むしろ、その光景をうっとりと楽しむエミリア。

 固い硬いハードタックも口に含んでいれば唾液で少しずつ柔らかくなるし、この麦の風味もまたいいものだ。

 一個を食べきるのに時間がかかるので、エミリアは行儀が悪いかなと、思いつつもコーンスープに残りにハードタックを放り込む。
 こうしておけば、温かいコーンスープの水分を吸って柔らかくなるのだ。
 もちろんコーヒーに浸してもいい。

 パッキン、ゴリゴリゴリ……。

 充分柔らかくしたつもりでも唾液だけではなかなか。

 うんうん……。
 でも、美味しい───。

 塩気が欲しくなれば、ビーフジャーキーを齧る。

 これも固いけど、うまい───。

 なんでも、エミリアの知らない香辛料が入っているんだとか。
 肉の臭みが全くないばかりか、食欲がわくという、不思議な香辛料。
 
 樽一杯貰えればコーヒーとかスープに入れて飲んでみたいものだ。

 ……さて、スープを実食。

 浮かしているハードタックを避けながら匙で掬って一啜り。

 ズズズズ……。

 音を立てて飲むと、ほんのりとした甘みが口に優しい。
 プチプチとした触感はコーンというやつだ。

 あ、そういえば───勇者パーティにいたころ、音を立ててスープをのんだら偉く睨まれたな……。
 シュウジは全然気にしていなかったけど、ロベルトとかサティラとか……。

 くそ、あの顔を思い出したら飯がまずくなってきた。

 エミリアは一気にスープを啜り、柔らかくなったハードタックを飲み下すとコーヒーで口をサッパリさせた。

 あとはゴロンと転がって空を眺めながら、ジャーキーを齧る。

 空が流れる様を見て、自身が確実に南下していることに満足する。
 だってそうでしょ?
 

 もう少し───……。
 もう少しで、お前に牙が届く───。


 賢者ロベルト───!!


 魔族を殺し、私の愛しい死霊たちを奪った連中(パーティ)の一人!

 震えて待っているがいい!!
 帝都ごと焼き尽くしてやるッ!

 ガリッ!!

 誓いとともにエミリアはジャーキーを齧り切る…………。

第2話「会議は踊る」


「軍を招集しろッ!! 違う───演習じゃない実戦だ!!」

「武器が足りない?! 市内の武器屋と鍛冶屋を総ざらいしろッ。金は後払いでいい!」

「予備役も根こそぎだ! 退役した将軍も全部連れてこい! 全部だ!!」

 わーわーわー!

 帝都中央───。
 皇帝の居わす、城の会議室は怒号に包まれていた。

 高価な椅子がひっくり返り、大量の地図とインクがそこかしこに転がっている。

 まるで泥棒にでも入られたような有様だが、違う。
 これでも、現役バリバリと今も使用中なのだ。

 伝令が出たり入ったり、大臣に軍の高官が大声で罵り合い、場を取り仕切る座長が頭を抱えている。

 議題はもっぱら軍の招集と、防衛ラインの構築だ。
 だが、それ以外にも喫緊の話題はいくらでもある。

 公共事業に、農業改革。
 治水工事に城壁の拡張工事。
 港の拡充に、他国との外交交渉───それこそいくらでも。

 戦勝パレードや、戦利品の分配もまだ終わっていない。

 そんな時に軍の緊急招集などやってみろ。足りない人手と、常に貧窮している国庫があっという間に払底する。

 内政関連の大臣は、頼むからウチの事業から人手を貫くな、金と資材を吸い上げるな、と懇願するが、軍の高官は緊急事態を告げて取り合おうとしない。

 もう何が何だか……。

 大臣は皆が頭を抱えていた。
 魔族との戦争は完全勝利で終わりを告げたんじゃなかったのか?
 街角に晒されているオーガや、トロールの首は、なんなんだ?
 作り物じゃないなら、戦利品なんだろう?

 実験室送りにされた、ダークエルフの身体もどう見ても本物じゃないか?

 何で今さら。
 しかも帝都近傍で戦争準備をしている?

 誰か教えてくれよ!!

 軍人の支離滅裂な妄言など!もう聞きたくないと大臣連中が噛みついているが、軍人は軍人で大真面目。

 会議室は踊るだけで何一つ進まない。

 わーわーわー!!

 わーわーわー!!!

 わー……───。

「───お静まり下さい」

 そこに威厳ある声量が降り注ぎ、会議室が一瞬にして静まり返る。

「はぁ。……帝国一の頭脳である皆さんと、帝国一の猛者である皆さまが揃いも揃ってこの(てい)たらく───」

 はぁ……。

「陛下もお嘆きになっておられますよ」

 ヤレヤレ嘆かわしい、と芝居がかった仕草で入室してきたのは「賢者ロベルト」……。
 魔族を滅ぼした勇者パーティの仲間で帝国一の英雄だ。

「お、おぉこれは賢者殿!」
「おや? 「大」が抜けておりますよ───将軍」

 そう。ロベルトは、魔族滅亡の功を認められ、「大賢者(アッカーマン)」の称号を賜ったのだ。

「こ、これは申し訳ありません───なにぶん、浮世から遠のいておりまして……」

 しどろもどろになりながら謝罪する将軍───いや、かれもじつは「大将軍」なのだが……。
 ペコペコ頭を下げているのは、征魔大将軍───ギーガン・サーランド。
 ……魔王領侵攻部隊の責任者だ。
 つまり、魔族を滅ぼした部隊を率いていた男である。

「し、して……。陛下は何と?」
「善きにはからえと、いつも通りですよ」

 あーそういうことか。
 皇帝陛下は暗愚ではないが、下々の者に一々口出しをしない。

 特に最近では、神々が勇者召喚し、帝国に遣わして以来、めっきりと口数が減ったと聞く。

 信頼しているのは、ロベルトくらいだろうか。
 実際、彼を除いてまともにコミュニケーションが取れている者のは……。

「で、では……?」
「えぇ、将軍の好きにされてください。軍のことは私にはわかりませんので」

「お、おお!! それはありがたきお言葉───おい! すぐに軍議だ。戦力を集められるだけ集めろッ! 急げ!!」

 ドタドタドタと、足音高く軍人達が出ていく。

 残ったのは一部連絡員として残る高級軍人が数名と、内政に携わる大臣のみ。

「そ、そんな?! ぐ、軍の好きにさせていたら国庫は破綻しますよ!」
「賢者───大賢者どの! 我らにも言い分が!」

 何とかしてくれと縋りつく大臣たち。

 それをやれやれと言った様子で振り払うと、
「分かっていますよ……。何も遠征軍を指揮するわけではありません。これは防衛戦です。───敵を駆逐すればすぐに予備役は解散させ、あなた方の下に返しましょう」

「ほ、本当ですか?!」

 まだ懐疑的な大臣たち。
 それに、資金のことも解決したわけではない。

「確かに一時的にとは言え、軍を編成すれば莫大な支出になるでしょう。ですが、逆に考えるのです───」

 ……逆?

「例えば、港湾大臣」
「え? は?」

「本、(いくさ)準備では、大量の船が必要になるでしょう。敵は川沿いに南下してきているといいます。先日、我が軍の水軍が迎撃に出たので、もしかするとそこで決着がつく可能性もありますが……」

 ふむ?

「今、帝都では船が不足しているということ───戦準備には輸送用の船ならいくらあっても構いません。つまり、船の需要が、」

 ……ピーン!
「そ、そうか!!! こ、こここ、こうしちゃおれん!! おい、伝令! 今すぐ、エルフと交渉だ。建材を大量に確保するぞ───ぐひひひひ」

(やれやれ……。儲け話があると知ればすぐに食いつく……。戦争で金づるが奪われることを心配しているのでしょうが、まだまだですね)

「皆さんもお分かりですね? 技術大臣、農業大臣───」

「お、おぉ! そうか!! こうしちゃ居れん、ワシもドワーフと交渉だ! 大量の武器を買い集めるぞ!」
「そ、そうですな!! 私は麦と塩と食肉を買い占め……げふんげふん。もとい、隣国と交渉せねばなりませんね」

 大臣連中はそれぞれの分野で私腹を肥やすべく、慌てて会議室を出ていった。

 国庫がどうの、資金だ、資材だ、人手がーー!! っていうのは、当然建前だ。

「さて、ここも静かになりましたね」

 あっという間に空っぽになった会議室。
 ロベルトとしては、こんなとこで油を売っている暇はないのだ。

 ポツンと残った座長と連絡員を尻目にロベルトもさっさと退出する。
 大臣連中を追い払って、すぐにでも軍議に移るべきなのだ。

 まったく嘆かわしいと、頭を振りつつ軍の作戦室に向かうロベルト。

 ───帝都の危機は十分に把握している。
 既にいくつもの街が燃え、滅び、大量の難民が帝都へ帝都へと流れ込んできていた。

 派遣した軍はほとんどが壊滅し、いくつかは消滅した(・・・・)

 だが、断片的とはいえ情報は集まりだしている。

 つまり……。


 バン!
「お待ちしておりました」

 重厚なドアを開けた先の作戦室。
 軍人だけの軍人のための聖域だ。

 余計な雑音の入らない作戦室では、高級将校と将軍、そして伝令だけがいる。

 ロベルトを迎えたのは、大将軍ギーガン。

 大臣の無理難題に辟易していたところを助けてやったのだ、この対応は当然だろう。

「こちらへ」

 一番奥、簡易椅子ではあるが、作戦室が一望できる座長席だ。
 そして当然の様に、そこに座るロベルト。

 ドッカと腰かけると、まさに殿様だ。

「では、はじめましょうか───」
 
 不敵な笑いを浮かべるロベルトの前に、ザ! と敬礼する軍人達。
 それを受けて、作戦会議は始まった。


第3話「軍と大賢者」


 軍人と大賢者だけの会議室。
 それは独特の緊張感に包まれた空間であった。

「───現在のところ、正体不明の敵は軍船数隻を要してリーベン川を南下中。……既にリリムダ、カラマ、アーエンズ、メルルランド、ポートハマン、ポルダム、他にも幾つかの村が壊滅しております」

 沈痛な表情で述べるギーガン。

「ま、待て?! ポルダムだと?! 帝都の目と鼻の先ではないか!」

 新たに加わった情報に、ロベルトが目を剥く。

「は……。その───敗走した兵から入った新情報です。ポートハマン、ポルダムは既に壊滅した、と……」

 馬鹿なッ!?
 は、早すぎる!!

 いくら船で川を下っていると言っても──この速度はありえん!!

「ん? まて、ポートハマンだと? あそこは確か……」
「は。水軍主力を派遣した場所でありますな……。情報は皆無でありますが、これは生存者なし──水軍は壊滅したと考えた方がよろしいかと……」

 ば!
 あ、ありえん!!

 ありえんぞ!!!

「ふ、ふざけないでもらいたい! あの水軍は私の肝入りで派遣した部隊ですぞ! 魔法兵に、ドワーフ製の重弩を大量に準備して挑んだ最強の河川部隊! たかだか数隻の軍船に敗れるはずがないでしょう!!」

「はッ! も、申し訳ありません──。さ、再度情報を精査いたします。──おい!」

 ギーガンが合図をすると、伝令が敬礼した後───直ぐに退出し、情報分析部門に駆け込んでいった。

 敗走した部隊からの情報や、難民から得た情報が集まり、それを分析している部門があるのだ。

 それを見送ったロベルトは、苛立たし気に鼻を鳴らすと、

「まったく……。私の案が早々破れるはずがありませんよ。それにしても、ポートハマンも、ポルダム守備隊も不甲斐ない。たかが、売女ひとりに我が軍がやられ放題とは……」

「申し訳ありません───。で、ですが! つ、次は大丈夫です! 私自ら指揮をし、必ずや敵を打ち砕いて見せましょうぞ!」
「当然です。では、作戦を───」

「はッ!」

 自分で会議の進行を妨げておきながらこの言い草。
 そもそも、軍人ではないくせに───。

「まず、敵の進路予想ではありますが、このように南下しつつの行動は、まさしく帝都を狙っております。次点として、エルフの大森林の可能性もありますが、戦略的妥当性を考えると、やはり帝都の可能性が高いと思われます」

 もっとも、

「念のため、エルフの族長には警報を発しておきました───ですが、我が軍には援軍を出す余裕はないと、」
「エルフたちは納得したのか?」

 戦争の惨禍が迫りつつあるときに、人類の盟主たる帝国が兵を出せないと言ったのだ。

 下手をすれば外交問題だ。

「は。意外にも、特に反対意見は出ておりません。それ以前に、エルフ兵はともかく、ドワーフ兵や帝国人の兵を、森に入れたくないと言う考えがあるようです」

「なるほど……。まぁ、向こうがそれでいいと言うなら、いいでしょう」

 エルフの族長どもは、防衛に絶対の自信があるのだろう。

 なんといっても!エルフの住む大森林には、精霊との契約によって森全体に霊的な結界が施されている。

 望まぬものを拒否すると言う森林。
 強引に分け入っても、方向感覚を狂わされ奥地で遭難したり、入り口に戻されたりすると言うのだ。

 結界を突破できるのは、唯一エルフ族のみ。

 忌み嫌うドワーフや、悪人ならばエルフ達が絶対に通さない。

「では、我々は全戦力を心行くまで投入できるわけですね」
「は。遠征軍ではないため、補給の心配がありません。また、この地域で戦うだけなら寒さに弱い飛竜部隊も使えます」

 帝国軍の全軍が使えると言う、実に豪勢な話だ。

「なるほど、なるほど───陸・海・空。……素晴らしい!」
「ありがとうございます。3兵科が揃って作戦行動をするのは前代未聞でありますが、これはよい戦訓になると思われます」

「将軍───嬉しそうじゃないか。帝都まで攻めてくる、バカ───いえ……『アホ』に感謝すべきですね」

 ニヤニヤとロベルトの嫌な笑い。

「まさかッ! 敵は薄汚い魔族の残党───いくつもの善良な人々の暮らす街を焼き、忠勇で品行方正な我が軍を潰してきた奴ですぞ。感謝など、とてもとても」

「ははは! 将軍言うねぇ。おっと、大将軍───しかし、そうですね。薄汚い魔族、そこは否定しませんよ」

 そうとも、エミリア・ルイジアナ───。
 勇者のペットで、パーティの汚点めがッ!

「……そのことですが、本当に例の死霊術士なのですか?」
「さて、南下してくる連中の顔を見たわけではありませんので、なんとも」

 ですが、

「──状況的にはありえなくもありません。最後まで生き残り、旧魔族領で歓待を受けていたはずですが、何らかの手段で脱走し、死霊術で軍勢を作り上げたならば或いは……」

 ロベルトとて可能性は低いと思っている。

 死霊術は確かに、『アホ』として消え去った。それはこの目ではっきりと確認したのでわかる。

 だが、目撃情報───。

 動機。
 兆候。
 そして、可能性。

 これらから、向かい来る魔族はエミリアであると確信していた。

 勇者のペットで、今は『アホ』……。

「くくくくく……。面白いね、エミリアぁ───私の研究成果を試せるかもしれません。見事、我が眼前に立って見せなさい!」

 うくくくくくくくくくくくく!!

 不気味に笑うロベルトを気味悪く思いながらも、ギーガン大将軍は作戦を説明し、詰めていく。

 帝都は難攻不落の都市であり、世界の中心でなければならないのだ。

 絶対に傷つけられてはならない。

 絶対に!!


第4話「激突の時、迫る……」


 ポルダムから帝都に続く街道は無数の帝国軍で埋め尽くされていた。
 歩兵、弓兵、騎兵、魔法兵と、あらゆる兵科が揃っている。

 さらには、重くて移動が困難な各種攻城兵器や面の制圧兵器も揃えられているらしく、投石器(マンゴネル)重弩(バリスタ)大型投石器(カタパルト)がズラリと並ぶ姿は圧巻であった。

 予備部隊も潤沢で、街道を進行してきた部隊は何重もの縦深をもった帝国軍とぶつかることであろう。

 さらには、空───。

 時折、太陽の光を遮る何者かに兵らが空を見上げれば、無数の飛竜(ワイバーン)が舞っているのが見えることだろう。

 帝国軍最強と名高い航空戦力。
 飛竜部隊『ドラゴンライダーズ』だ。

 そして、敵の進行が予想されるリーベン川には堰を作り、ガチガチの防御壁とした水上要塞と、ダメ押しのリーベン川を埋め尽くす戦闘艦艇の群れ。

 おまけに帝国の切り札である、水辺に強い人魚族が傭兵として詰めていた。
 人魚族は帝国発祥の地である南の島群ではよく見られる種族で、帝国とは非常に良好な関係を築いている。

 彼らの持つ三俣の銛が、ギラギラと水面と陽光に輝いていた。

 それは、過剰戦力とも思えるほど。
 もはや、帝都には万全の備えが揃い、エミリアを迎え撃とうとしている。

 そう、誰にも傷つけることのできない最強国家の都。

 それが帝都だ。

 ちなみに、帝都は多数の河川が注ぎ込む水の都。水運と陸上輸送の中心地でもある。

 もともとは、帝国とは別の大陸国家の中心都市であったが、遥か昔に占領され、島国出身の帝国が遷都し、帝国の新しい首都となった。

 その背には母なる大海を抱き、美しい砂浜(ビーチ)を供えている。
 目視できる距離には、豊かなエルフの大森林が迫り、遠くにけぶる山は荒々しきドワーフの大鉱山を抱いている。

 そして、砂浜には、多くの漁師が漁船を並べ、その空き地では若者たちが波と戯れていた。
 ───浜から少し行けば、もう帝都の大都会が目に前に迫り、喧騒が潮騒に負けじと響き渡る。

 どこもかしこも発展に次ぐ発展。

 戦争を繰り返し、他民族を征服し吸収し、ときには滅ぼした。
 エルフ、ドワーフ、人魚族。魔族を除くあらゆる人種が集まる都市は、帝国という国の象徴がたさに帝都であった。

 余談ではあるが、旧帝都は南の島嶼群にある商業国家を発祥の地としている。


 さて、軍団の中を見て見よう───。


 大軍団のなかほど、近傍の大農家の家を挑発し仮設の司令部とした中に、ギーガン大将軍と、大賢者ロベルトはいた。

 地図を広げ、軍の配置を満足げに見たかと思うと、あーでもない、こーでもないと議論する二人。

 もっぱらの議題は敵の進路だ。

 ギーガンは陸路の街道を固めることを主張し、ロベルトはリーベン川沿いの進路を警戒していた。

 一度は水軍の壊滅を疑ったロベルトだが、集まった情報から壊滅したことを認めざるを得なかった。

 つまり、ロベルトは敵の主力が水上戦力にあると説いたのだ。

「見なさい。人魚族は私が私費を(はた)いて雇いました。アナタがあまりにも強固に陸路を主張するからですよ!」

「大賢者どの……。傭兵を雇う時はご一報ください。水上要塞の兵は戸惑っておりますぞ。連携訓練もしていない兵を、急に連れてこられても困ります」

「おだまりなさいッ! 今はできる手は全て打つべきです。あの売女は、腐っても魔族最強の戦士───不意をつかれれば、陛下のお膝元が傷つきかねません」

「ま、まさか。そんな……全部で10万の大軍団ですぞ!」
「侮ってはいけない……。できることなら勇者殿にも来ていただきたいくらいだ!」

 そう、今の帝都に勇者は不在なのだ。

 新婚旅行だか、お披露目だか知らないが、ハイエルフ様を連れて各国周遊中なのだとか。

 あの好色男は、本当に使い辛い……!

 だが、強さは本物だ。
 魔族領の奥地で、あのエミリアと激突した時のことを今も時々思い出す───。

 地の底から響く死霊の声……。
 大地を埋め尽くす死者の群れ。

 それらを率いる褐色のエルフ。
 月夜を舞い、月光を受けて輝く赤い目と白い髪…………。

 あぁそうとも───。
 恐怖したさ、見惚れたさ……。

 エミリア・ルイジアナは、美しさと強さを持つ紛れもない本物の戦士だった。

 あの時、間違いなくロベルトは彼女の儚さと、頑なさと、美貌に一目惚れした。

 勇者のペットになるまではな!!

 くくくくくくくく……。

 軍人どもは『アホ』だ。
 エミリアに、散々痛い目をあわされておきながら、まだ分からないらしい。

 あの売女相手に油断などしてはいけない。
 死霊の軍勢は不滅の軍勢───。

 対抗するには、数ではないのだ。

 ガツン! と強力な戦士をエミリアに直接ぶつけなければならない。
 ロベルトの魔法だけでは心もとないのは百も承知。

 だから、用意した。
 大賢者としての切り札を──────。

(精々戦争ごっこをやっていろ、大将軍殿)

 川だ、陸だ! という議論すらバカバカしくなったロベルトはさっさと仮設指揮所を去った。
 もう、あとは軍の好きなようにやればいい。

 念には念をと思い、既にやんごとなき皇帝には帝都を避難していただいた。

 彼の者の発祥の地───南島国……旧帝都へ。

「──さて、あなた達分かっていますね?」

 指揮所を出たロベルトの下に音もなく近づく小集団があった。

 いかにも歴戦の戦士たちと言った容貌の者。

 大剣を携えた戦士、怜悧な雰囲気のエルフの弓兵、双剣を弄ぶ獣人、錫杖を持つ虚無僧風の神官。

 大金を(はた)いて雇った冒険者だ。
 クラスは最高級のSランク。

 ロベルトの見立てでは、勇者に匹敵する戦力だ。
 先の魔族領侵攻時には、何処かのダンジョンに潜っていたがために雇えなかったものの、今回は違う。

「金は貰った。任せな」
「安心しぃや、兄ちゃん」

 無口なエルフと虚無僧に代わって、大男と獣人が答える。

 大賢者相手になめ腐った口調だが、力では勝てないので放置するしかない。

「……いいでしょう。では、皇城に戻ります。私の研究室の守りを固めてください」

「へーへー。畏まり」
「ビビり過ぎだぜ、賢者さんよ」

 へへへ。と笑う男達。
 イラッとくるものの、ここは堪える。

 だが、事実でもある。
 
 ロベルトは恐れているのだ……。
 敵がエミリアであったという事実に──。

 彼女は許さないだろう。ロベルトも、サティラも、グスタフも──……そして帝国も。

 だから、わかる。
 彼女の目的は復讐だ。

 そして、帝都に向かっているのは帝国への復讐もさることながらロベルト自身への報復もあるのだろう。

 あの月夜の彼女を思い出し、ブルリと震える。歓喜か恐怖かそれとも……。

「エミリア・ルイジアナ……」

 かつて、勇者に敗れたとはいえ、ロベルトもサティラもグスタフもあっと言う間に圧倒されたあの力───。

 死霊術とダークエルフという、この上ない最悪の組み合わせ……。
 

 あの悪夢が再び。


 ドクドクとなる動悸を押さえ、ロベルトは急ぎ足で皇城へ向かう。
 大丈夫……。
 大丈夫、私には切り札があると───。

 しかし……。

 読み違えていたのは、ギーガン大将軍だけではない。
 大賢者ロベルトも決定的な読み違いをしていた。

 エミリアがロベルトと帝国に復讐のために来たのは大正解。

 だが、エミリアはもはや死霊術士ではない───。

 彼女はもう、愛しいアンデッドの声を聞くことはできない。

 そう、今のエミリアは──────。






 米軍術士(アメリカ軍マスター)のエミリアだ。

第5話「獅子の尾を踏むということ」

 帝都の前面───そして、帝都脇を流れる大河───リーベン川を守る帝国軍。

 その数は概算で10万。
 そして、未だ帝国各地から続々と集まりつつあった。

 守るべき皇帝は既に南方へと避難していたが、帝都には平和を愛する市民が多数過ごしているのだ。
 必ず守らなけらればなれない。

 いつもは賑やかで、活気に沸き返っている帝都も、今は少しばかりその喧噪に陰りが見えた。

 それもそのはず。
 武器を取れる男達は根こそぎ動員され、さらには、少々ロートル染みた老人たちも予備役として駆り出されていた。

 女性でも従軍経験者は軒並み、根こそぎだ。子供でも体格のよいものは武器を支給され、臨時編成の旅団に組み込まれている。

 だから、帝都郊外に布陣している大軍勢は、概算10万! と、銘を打っていてもその中身は大半が帝都市民たちだった。

 正規兵はその半分もいない。

 だが、練度の低さをとやかく言う以前にこの緊張感のなさはどうなのだろうか?

 無理やり武器を持たされ、お古の鎧を着ていても、顔見知りが多いものだからそこかしこで、ペッチャラ、クッチャラ、おしゃべり三昧。

 まるで同窓会でもやっているようだ。

 そもそも、帝都市民を動員する理由が徹底していなかった。

 魔族の残党が攻めてきた───程度の情報しかなく、その程度の戦力にこの軍勢は過剰だろうと言うのがもっぱらの評判。

 自分が戦うまでもなく、正規軍がいれば鎧袖一触だろうと───。

 それよりも、家に残してきた家族が心配だなーとか。
 今日の配食はなんだろうなー、な~んて。

 つまり、だーーーーーれもが、緊張感などは、まっっっっっったく持ち合わせていなかった。

 そんなものだから、帝都内もしんみりとしている。

 陽気な男達が根こそぎ郊外にいるものだから、商売あがったりというものである。
 とはいえ、全ての男達を狩りだしたわけでもないので、多少は喧噪もある。

 子供たちや女房、年寄りたち。

 他にも、特殊な技術を持つがゆえ残された職人たちや、城や役場務めの文官などの役人に、他国からの観光客などなど。

 そして、こうした混乱に便乗して悪事を働く連中を取りしまる憲兵の部隊だ。

 彼らがいつも居丈高に警邏しているのは、示威行動のためでもある。
 ことさら威張って歩くのも職務の一環。
 「おい、ちゃんと見てるぞ!」と、アピールしているのだ。

 今日も今日とて、憲兵たちは胸を張って、肩で風を切りながら帝都を行く。

 すると───。
 なにやら、帝都の背中───砂浜(ビーチ)の方が少々騒がしい。
 ワイワイ、ガヤガヤと住民たちが集まっている。

 それに気付いた憲兵たちは、ちょっとした騒ぎに顔を見合わせる。

 なにやら不穏な気配……?

 ガチャガチャと鉄の靴を鳴らしながら憲兵が近づくと、住民たちが海を指さし、あーでもない、こーでもないと───。

「おい! 貴様ら、何を騒いでい───」
 そこで憲兵も言葉が詰まる。
 だ、だってそうだろ?

 住民たちが指さす先に見えるもの───。

 な、なんだありゃ……??
 
 もう一遍いう、
「───なんだありゃ?!」

 憲兵たちが目にしたもの。
 それは、一言でいうなら……城だろうか?

 海の上に浮かぶ───鋼鉄の城。

 いや、鉄が浮かぶはずもないから、海から生えた城?

 だけど、
 いやいや、まさか?

「け、憲兵さん! な、なんですかあれ?」
「今朝には何もなかったんだよぉ!」
「あれって皇帝陛下の御業? それとも神々が降臨なすったので!?」
 
 憲兵に気付いた住民が、わいのわいのと集まってくる。
 だが、聞かれたとて憲兵に分かるはずもない。

 というか、あの城──────。

「お、おい……俺の目の錯覚でなければ、あれ動いてないか?」
「いや、……見えてる。見えてるぞ。……こ、ここここ、こっちにくるッ!」

 よく見れば、かなりの数の城が海上にあり、まっすぐに帝都に向かって近づきつつあるようだ。

 正体は不明。

 不明だが……!!

「おい! 今すぐ警報だ! 鐘を鳴ら──」






 ドォォォオォォオオオオオオオオン!!!






 突如、砂浜(ビーチ)が爆発した。


第6話「太平洋艦隊」

「さぁ、征きましょう───愛しきアメリカ軍たちよ……」

 海上で海風を受けながら次々に、アメリカ軍を呼びだすエミリア。
 彼女は巨大戦艦の甲板の船首に立ち、両手を広げていた。

 バサバサとマントが波打ち、海風が気持ちいい───。

 視界は広く、眼下では白波が弾けている。
 まるで空を飛んでいるかのようだった。

「あぁ、これが海──────……皆、海があるよ」

 あの古い城で無残に殺された魔族と、両親と、ダークエルフ達を思い、そうっと話しかけるエミリア。

 今のエミリアには、もう死霊と話すことはできないが、きっと感じることはできる。

 彼らには、エミリアの声も届くかもしれない。

 それでいい……。

 『アンデッド』は去れども、エミリアは『アメリカ軍』とともにいる。

 エミリアは背中の刺青に魔力を送り込み、アメリカ軍を喚び出す。

 ズズズズズズズ───ズザァ……!

 すると、海に巨大な鉄板の様なものが現れ、波打つ鉄板の中央に描かれた『USA』の文字がせり上がり、中から更なる軍艦が進水してきた。

 『USゲート』

 エミリアが名付けたそれは『アビスゲート』の亜種のようなもの。

 それはエミリアの知識にはないだろうが、軍の格納庫を思わせる鋼鉄製シャッターを模していた。
 それこそ、かつて呼びだせた『アビスゲート』と同じように、この世ならざる者(・・・・・・・)を喚び出すものだ。

 そして、ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……! と、唸るような音ともに、顔出してきたのは巨大な船舶。

 そう。余りにも巨大。
 そして、圧倒的であった。

 そうとも。
 海を割り、波をかき分けて来たのどっしりと海上に姿を見せたのは───。

 ブゥゥン……!


 ズゴゴゴゴゴゴゴゴ…………!


アメリカ軍
Lv2:太平洋艦隊(WW2初期型:1942)
スキル:ヨークタウン級航空母艦
   (艦載機、対空砲)
備 考:第二次大戦で活躍した海軍艦艇。
    ダメージコントロールに優れる。
    大戦初期に生産された空母だが、
    非常に優れた性能を誇り、
    大戦後期に進水した新型艦に匹敵。


 そう、それは長大な飛行甲板を有する大型空母───ヨークタウン級であった。

 ドルン、ドルン、ドルンドルン…………。
 ドッドッドッドッドッドッドッ…………!

 甲板には多数の艦載機が並び出撃の時を、今か今かと待っている。

「さぁ、もっとおいで───我が愛しのアメリカ軍よ」

 ズズズズズズズズズズ……!

 エミリアの背後と海上に、大量の『USゲート』が現れる。
 そこから、出るわ出るわ!!

 ザザザザァァァァァア……!!

 この世ならざる者を喚び出すという点ではアビスゲートを同じだが、呼び出されるのはアンデッドではない───。

 彼らはアメリカ軍だ。

 次々と『USゲート』が現れ、その奥から続々と海兵隊員が現れる。


アメリカ軍
Lv2:太平洋艦隊(WW2初期型:1942)
スキル:海兵隊歩兵
   (機関銃(B.A.R)、小銃(M1903)手榴弾(マークⅡ)
    海兵隊砲兵
   (軽榴弾砲(75mmM1A1)対戦車砲(37mmM3)拳銃(ガバメント)
    海兵隊戦車兵
   (軽戦車(スチュアート)短機関銃(トミーガン)
    海兵隊工兵
   (騎兵銃(M1カービン)、梱包爆薬、火炎放射器)
備 考:海兵隊は第一師団装備を基準。
    ガダルカナル島攻略など、
    数多の激戦を経験。精強な部隊。
    着上陸戦のプロフェッショナル。


 ゾロゾロと沸きだした大量の小型船舶と車輌。
 なんと、海の上には上陸用舟艇(LCVP)に乗った海兵隊。
 さらには水陸両用車両(LVT)にのった海兵隊がエミリアの誘いに応じて集結していく。

 そして、さらに、さらに、さらにと、艦艇を喚び出すエミリア。

「もっとおいで。もっとおいでなさい──」

 ズザザザァァァァアアアアン……!!

アメリカ軍
Lv2:太平洋艦隊(WW2初期型:1942)
スキル:ノースカロライナ級戦艦
   (主砲、副砲、対空砲、艦載機)
備 考:第二次大戦で活躍した海軍艦艇。
    ダメージコントロールに優れる。
    主に太平洋での作戦行動に従事。
    高速航行により様々な任務に対応。


 そるは、エミリアが乗船する(・・・・・・・・・)艦と同系の───ノースカロライナ級戦艦。

 それが4隻。

 彼女が乗船する分を含めれば、5隻の巨大戦艦だ。

 ノースカロライナ級戦艦5隻
 ヨークタウン級航空母艦1隻

 これで、術のレベルがたったのLv2だ。
 当然ダークエルフのエミリアのこと───まったく魔力の減少を感じない。

 ダークエルフの体質として、元々魔力は高いのだ。

 だが、この質量。
 いくらなんでも、死霊とは比べるべくもないのではないだろうか?

 それとも、魂を冥府の主に食わせ、アメリカ軍へと昇華したときにエミリア自身も変質したのだろうか?

 もはや残る魂は欠片程度であっても、だ。

 いや、構うものか。
 愛しい、愛しいアンデッドのなれの果て───アメリカ軍。

 それでいい。
 それだけでいい。

 私は彼らも愛して見せよう。
 静かで、寂しくて、悲しいアンデッド。

 それが、

 喧しくて、陽気で、楽しいアメリカ軍であっても───。

(───あぁ。愛しのアメリカ軍。私の復讐の礎……)

 死霊を愛し、米軍を愛する。

 ゆえに、エミリアはたった一人で大量のアメリカ軍を率いるのだ。

(───遊弋している戦艦達との繋がりを感じとれるわ)

 艦載機を満載し、出撃の時を今か今かと待っている空母との繋がりをも感じる。

 そして、海上にいる海兵隊と、彼らが搭乗する多数の上陸用舟艇と水陸両用車両との繋がりをも感じる。

 みんな私と繋がっている。

「さぁ、行こう……皆。あの先へと───」

 うっとりとした目で見つめる先は美しく輝く世界国家の帝国───のその首都たる帝都だ。

 あぁ、楽しみだ。
 あぁ、待ち遠しい。
 あぁ、濡れる───!!

 お前たちを地獄に叩き落とせる日が来るなんて、なぁんて嬉しいんだ。

 さぁ、怯えろ。
 さぁ、竦め。
 さぁ、漏らすがいい───!!

 我がアメリカ軍は一切容赦しない。
 私のアメリカ軍は微塵も容赦しない。

 丁寧に、親切に、優しくお前たちを冥府に送ってやろう。

 そうとも、向こうで魔族が待っている。
 みんな、お前たちの到着を───今か今かと待っている!!

 さぁさ、超特急で送ってごらんに入れましょう───。

 地獄への直行便。
 
 その号砲こと、艦砲射撃は今、始まる!!

目標(ゴール)───帝都(インペリアルシティ)
了解(ラージャ)!!』

 エミリアの命をうけ、アメリカ軍は攻撃準備行動を開始する。

 空母は風上へと船首を向け、
 戦艦はエミリアが乗船する一隻を除き順次開頭───船腹を帝都に見せる。

 クゥィィィイイイン……!

 ───左舷砲戦用意ッ!!


 さぁ(ナゥ)
 聞け(リッスン)───。

 さぁ(ナゥ)
 見ろ(ルック)───。

 さぁ(ナゥ)
 感じろ(フィール)───。


 そして、
「───(ひざまず)き、伏して許しを乞えッ!!」


 ウィィィィイイン……!!

 4隻の戦艦が主砲の鎌首をもたげる。
 ゴンゴンゴン……!

 重々しい音と主に、巨砲が帝都を指向する。
 その数4隻36門───!!

 16インチ、約406mmの巨砲が帝都に食らいつかんとする。

お前たちが望んだ(・・・・・・・・)魔族がやって来たぞ!!」

 人を食らい、
 人を焼き、
 その悲鳴を楽しむ邪悪な魔族───!

 平和の(エネミィ オブ )(ピース)
 帝国の(エネミィ オブ )(インペリアル)
 人類の(エネミィ オブ )(ヒューマン)



 それが魔族(わたし)だ───!!

 それが魔族だ(イッツ マイン)───!!



聞け(リッスン)見ろ(ルック)感じろッ(フィィイル)!! これが復讐(ディスイズ ア )(フレイム)炎だッ( オブリベンジ)!!!!」



 一隻だけ帝都に向かって、驀進(ばくしん)する戦艦に乗ったエミリアは、一人───船首に仁王立ち。
 そして、復讐の炎を巻き散らかさんとする。



 すぅぅ……、
「───撃てっぇええ(ファイァアア)!!」


 ───ッッズガン!!!!


 16インチ砲が火を噴く!!

 1隻当たり9門!
 そして、4隻の一斉射で36門ッッ!!

 これを食らって、生きて、無事で、五体満足で帝都にいられると思うなよ!!


 ズガン! ズガン!
 ズガガガガガガガガガガガガガガン!!!


 海上を圧する長大な砲音!
 離れた位置にいるエミリアでさえ鼓膜が破れるかと思ったほどだ。

 ブワァァ!!───ザッァァア!! と、発射の衝撃波が海を伝い、半円に広がって小さな波を起こす。

 真っ黒な砲煙が発生し、巨大な戦艦を覆いつくす。


 そして、それは来た!!
 ───着弾の時は来た。

 グゥオォォオオオオオ!!

 空を圧する巨砲弾が、空気を割る轟音…………。


 ッ!


 ズドーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!

 ズドドドドドドドドドドドーーーーーーーーーーーーーーン!!!!!



 大爆発!!

 大爆発!!

 もう一度言う、大爆発だ!!


 砂浜が、
 街が、
 港が、
 
 帝都が、

 皇城が!!

 人々が!!!!!

 ───木っ端みじんに吹っ飛んだ!! 




To be contener……
──────────────────
※ アメリカ軍ステータス ※

アメリカ軍
Lv2:太平洋艦隊(WW2初期型:1942)
スキル:ヨークタウン級航空母艦
   (艦載機、対空砲)
    ノースカロライナ級戦艦
   (主砲、副砲、対空砲、艦載機)
    クリーブランド級軽巡洋艦
   (両用砲、対空砲、魚雷、爆雷)
    グリーブス級駆逐艦
   (両用砲、対空砲、魚雷、爆雷)
    ガトー級潜水艦
   (魚雷、主砲、対空砲)
    海兵隊歩兵
   (機関銃(B.A.R)、小銃(M1903)手榴弾(マークⅡ)
    海兵隊砲兵
   (軽榴弾砲(75mmM1A1)対戦車砲(37mmM3)拳銃(ガバメント)
    海兵隊戦車兵
   (軽戦車(スチュアート)短機関銃(トミーガン)
    海兵隊工兵
   (騎兵銃(M1カービン)、梱包爆薬、火炎放射器)

備 考:第二次大戦で活躍した海軍艦艇。
    ダメージコントロールに優れる。
    主に太平洋での作戦行動に従事。

    海兵隊は第一師団装備を基準。
    ガダルカナル島攻略など、
    数多の激戦を経験


アメリカ軍
Lv0→合衆国陸軍(南北戦争型:1864)
   合衆国海軍(南北戦争型:1864)
Lv1→欧州方面派遣軍(WW1型:1918)
   大西洋艦隊(WW1型:1918)
Lv2→サハラ軍団(WW2初期型:1942)
   太平洋艦隊(WW2初期型:1942)
(次)
Lv3→欧州派遣軍(WW2後期型:1945)
   太平洋艦隊(WW2後期型:1945)
   戦略爆撃軍(WW2後期型:1945)
Lv4→????????
Lv5→????????
Lv6→????????
Lv7→????????
Lv完→????????


第7話「ギーガン大将軍」

「な、何事だ?!」

 前線を視察していたギーガン将軍は、帝都から響き渡った爆発音に目を剥いた。

 大軍勢ごしに帝都を振り返ると───あぁ、なんてことだ!!

「て、帝都が燃えている───?!」
「しょ、将軍!! ギーガン大将軍!!」

 真っ青な顔をして伝令が飛び込んできた。
 その慌て方からもただ事ではない様子。

「なんだ! 早く言え───」

 ぜぇはぁぜぇはぁ……。
「おぇ……。はぁはぁ、て、帝都を巡回中の憲兵隊からの通報です───」

 憲兵?

「て、帝都沖合に不審なものが!」
「馬鹿者ぉぉお!! 見ればわかる! そんなものは報告ではない───もっと、」

 伝令の胸倉をつかんだギーガン。
 だが、彼も負けじと伝える。

「ち、違います!! 憲兵長官から、じきじきの通報なのです!!」

「なに?! 長官がそんな情報を──……!まさか、敵は海から?!」

 その可能性に気付いたギーガンは真っ青になる。
 敵は、てっきり南進してくるものとばかり……。

 だから、海側に兵など配置していない。
 それどころか、帝都自体がほぼ空っぽだ!

「くそ!! 急ぎ誰か物見を!! 今すぐ海側に早馬を走らせろッ」

 その不審なものはなんだ?!
 そいつが帝都を焼いているのか!?

 こうしている間にも、帝都に次々と火柱が上がり、ゴウゴウと燃えていく。

 今さらながら、帝都では緊急を伝える鐘があちこちで鳴っているが、それでどうなると言うのか!!


 ───ギィェェエエエエン!!


「む!」
「あ、危ないッ!! 飛竜がこんな近くまで!」

 突如、低空飛行を仕掛けた飛竜を警戒して、護衛兵がギーガンを取り囲み盾を成す。

 最悪の事態を想定して抜刀───。

 しかし、飛竜は謀反にあらず。
 ギーガンの上空で軽くホバリングすると、竜騎手が通信筒を落としてきた。

 カラァン♪

 と、軽い音を立ててバウンドしたそれを拾い、中の紙を確認した護衛がギーガンに差し出す。
 竜騎手は未だ上空に遷移し、そこから見える情報を伝えようとしているのだろう。
 
 確かに高い位置なら海まで見渡せる。

《海上にて、巨大な船舶を確認───火を噴き、帝都を焼いている》

「───だと?」

 何を言っているんだこいつは?!
 巨大船舶? 火を噴く?
 要領を得ない内容がツラツラと紙面に踊っていた。

「───ええい! 要領を得ん!! 飛竜に手旗信号を送れ、『その船はなんだ』と言ってやるのだ!」
「はっ!」

 ギーガンの指示により、通信旗手が小さな信号旗を取り出すと素早い動きで、竜騎手に伝える。

 すると、

 カラァァン♪

《全長約200m、幅約30m、総鉄製の巨大船が5隻、型違いが1隻、小型船舶多数》

「ぐぬぬぬ、何を馬鹿なことを!! 誰かあの竜騎手を引きずりおろしてこい!!」
「無理です! 兵が密集し過ぎていて着陸場所がありません!!」

 ムッキー! と頭から湯気を噴きながら続けて言う!

「『寝ぼけるな! 鉄の船が浮くものか! そんな夢物語でなく、まともな報告をしろッ』そう言ってやれ!!」

 通信旗手は戸惑いつつも、全文を間違いなく、竜騎手に送る。

 すると、

 カラァァン♪

《偽りにあらず! 小型船舶は多数が帝都の砂浜(ビーチ)に向かいつつありッ!───自分で見ろ、バカ!》

「なんだあの竜騎手!! あとで軍法会議にかけてやる!!」
「え、えっと、それを送るのでしょうか?」
 
 信号旗手がオズオズと尋ねる。

「アホぉぉお!! こういえ、『寝ぼけたことほざいてないで、まともに答えろ! その小さい船とやらは何をしようとしているッ』以上だ!!」

「は、はい!!」

 バッバッバッ! 信号旗手は良く見える様に大きな動きで旗を振る。傍から見れば実に間抜けに見える事だろう───。

 カラァァアン♪





《上陸しようとしている!!!》


第8話「敵前上陸」

 ザァァァァアッァアアン!!

 ズザァァッァアッァアン!!


 ノースカロライナ級が、海を割りながら進む。
 巨大な四万トン級戦艦が、船首で海を盛大に切り裂き進む様は、実に圧巻であった。
 そこに、寄り添うようにして進むのは、海兵隊の上陸用舟艇───他に水陸両用車輌も併走している。

 それらの背後では、4隻の戦艦群が帝都に向け、何度も何度も艦砲射撃を繰り返していた。

 ズドン!
 
 ズドンッ!

 と、腹に響く音が空と大地を圧している。

 そして、帝都───。

 エミリアの視線の先の帝都は、ゴウゴウと燃え盛り、まるで魔女の釜だ。

 あの威容を誇っていた皇城は、まっさきに崩れ去り、今や基部がむき出しになっている。
 市街地に至っては、巨大な拳に殴られでもしたかのように、あちこちにクレーターが開き、そこから真っ黒な黒煙をふき出している。

 これから向かう砂浜にも、多数の砲弾が落下し、漁船や係留設備などが木っ端みじんに吹き飛ばされていた。

 そこかしこで、濛々とした煙が立ち込め、あそこで生きている人間がいるなんて、とてもじゃないが信じられないだろう。

 エミリアはその光景に、ニコニコと笑いながらみつも、時折うっとりとした表情をみせる。
 今も、ほら!
 着弾の度に何か(・・)が、派手に打ち上げられるのを見て下半身を疼くのだ。

 くぅ……♡

 見るものがいれば、彼女の顔をみてゾクゾクとしたことだろう。

 色気を感じさせる声で、体を火照らせるダークエルフの少女……。

「あぁ……。あぁ……♡」

 燃えている。
 燃えている───!

 あの帝都が燃えている!

 あの人類最強国家の首都が燃えている。

 あの魔族を殺した元首のお膝元が燃えている。

 なんて、
 なんて、

「───なぁぁんて、胸のすく光景ッ!!」

 いいわぁ。
 嬉しいわぁ!!

「もっと! もっと!! もっと!!」

 ───もっと榴弾を!!
 ───もっと榴弾を!!

「もっと榴弾を!!」

 奴らのねぐらに、16インチ砲弾をぶち込んでやれ!!

「───わたしに、散々ぶち込んだんだ!」

 だから、お前たちにもぶち込んでやるッ!

 さぁ、さぁ、さぁ!

さぁ(ナァウ)──────!!!」

 撃てッ(ファイア)
 撃てッ(ショット)!!
 撃てッ(アタック)!!!

ドンドン撃て(ファイアウェイ)! ドンドン撃て(ファイアウェイ)!! もっと撃てぇぇえ(キープファイァァア)!!」

 ドカン、ドカン、ドカン!!!

 次々に立ち昇る火柱。
 もはや、撃ち漏らした場所などどこにもないと言わんばかりに!!

「あははははははははは!! 帝国が燃えている!! 帝国を燃やしている!! 帝国は燃えているぞぉぉぉおお!!」

 あーーーーーっはっはっはっはっはっは!

『閣下!───上陸3分前!! 我が艦は座礁します!』
 
 キュィイインとハウリングを流しながら、艦内放送が流れる。
 ……なるほど、この巨大船だ。

 港でも、なんでもない砂浜にそのまま上陸できるはずもなし。

 だが、それでいい。

 これは威嚇だ!
 この巨大戦艦を帝都の前に乗り上げ連中のド肝を抜いてやるッ!!

「上陸用意! 艦は支援よ!」

 エミリアは美しい笑みを見せると、眼下にいる海兵隊員を見送る。

 速度を落とし始めた戦艦を追い抜くようにして、多数の上陸用舟艇と水陸両用車が白波を蹴立てて砂浜に向かう。

 さぁ、地獄の始まりはこれからよ───。

 精々抗って見せるがいい人類ッ!!

 そして、
「賢者ロベルト───……この程度で死んでもらっては困るからね」


 うふふふふふふふふふふふふふふふふふ。


「あはははははははははははははははははははははは!!」


 ケラケラと笑うエミリア。
 そうして、ようやくエミリア達は帝都に敵前上陸を果たす───。


 ズン……!!

 ズズズズズズ……。

 小動する戦艦。
 どうやら船底が砂浜を削っているのだろう。

 質量と運動エネルギーだだけで強引に乗り上げていく。

 波を受けない砂地はもう目と鼻の先───。

 海兵隊員は一足早く砂浜に取り付く……。



命令する(アイオーダー)───帝都を(デストロィ ザ )滅ぼせ(インペリアル キャピタ)()

『『『『我々に(イエスウィ)お任せを(キャン)!!』』』』



 ズザザァ………………ッ!

 波を割り、水の中に砂が混じり、スクリューとともにかき回される様子がまざまざと見えた頃、


 先頭船舶──────……達着ッッ!!

 上陸用舟艇の先端が砂浜を齧り、僅か先の乾いた地面を睨む。
 そして、それを目掛けて上陸用舟艇の先端が───ぱかりと前に倒れたッ!


行け行け(ゴーゴー)行け行け(ゴーゴー)行け行けッ(ゴーゴーアヘッド)!!』
進め進め(ムーヴムーヴ)進め進め(ムーヴムーヴ)進めぇぇぇぇええ(キープムーヴィング)!!』

 手に手に小銃を持った海兵隊が砂浜に躍り出て、帝都に向かう。

 念のために、上陸用舟艇にある2門の機銃がババババババッと、前方を掃射していく。

 海兵隊自身も分隊支援火器(B.A.R)の、ブローニングオートマチックライフルをバリバリバリ! と、撃ちまくり戦友を支援。

 そして、水陸両用車は搭載火器の12.7mm重機関銃でドゥドゥドゥ!! と腹に響く音を立てながら、僅かに残る家屋を薙ぎ払っていく。

 砂浜に乗り上げた水陸両用車は、後部から海兵隊を吐き出すと車体を盾に、兵士を援護して前へ前へと。

 そうしてあっという間に砂浜を占領すると、ドンドン前へ進み、帝都へ占領地域を広げ始めた。




 今のところ反撃はない……。


第9話「帝都攻防前哨戦(前編)」

 エミリアは座礁した戦艦の上に腕を組んだまま仁王立ち、眼下で行われる海兵隊の動きを注視していた。

 魔族最強と言われた彼女の目から見ても、彼らの動きの優秀なことといったら、このうえない。

 丁寧に、素早く、正確に!

 何一つ見落とさないとばかりに、帝都へと占領地を広げていく。

 さらに、砂浜に広がった後続部隊は続々と集結し、装備品を揚陸していく。

 対戦車砲に、軽榴弾砲。
 迫撃砲に、対空砲───とあらゆる火器が運ばれ仮設陣地の中に引き込まれていく。

 水陸両用車は搭載火器を振り回しながら帝都の残骸をバリバリと踏み割りながら奥へ奥へと!

 遅れて上陸した軽戦車もその後を追う。

 装甲車両の進撃に合わせて、海兵隊員も銃を油断なく廃墟の街に向けて前へ前へ。

 既に艦砲射撃は遠のいていた。

 味方の上に落とす程、海軍はバカじゃあない。

 ほとんどが無血上陸。

 今のところ抵抗らしい抵抗はないが──。

「来たか……」

 エミリアの目がキラリと輝く。
 彼女の優れた五感が!いち早く敵の存在に気付いた。

 こんなに早く動ける敵は───……。

「あれは、飛竜(ワイバーン)かしら?」
 
 空を圧する様な巨大な黒影───……なんと、帝国軍は飛竜を操れるのか!

 エミリアも噂では聞いていた。
 帝国の最速最強の部隊、ドラゴンライダーズのことは。
 だが、魔族領での戦いでは見かけなかったので、何らかの運用上の制約があるのだろうが……。
 
「ふふ。面白いじゃない───」

 私のアメリカ軍と、ドラゴンの亜種。

「───尋常に勝負だッッ!!」


 征けッッ!!
 我が空母艦載機よッ!!

 ───敵を叩き落とせッッ。


了解ッッ(コピー)!!』

 連絡員が頷き、すぐさま空母が動き出す。

 連絡などしなくてもエミリアとアメリカ軍は繋がっているので、すぐに動けるだろう。
 彼らが無線でやり取りするのは、そういう組織構造だから。
 そこをエミリアはとやかく言うつもりはなかった。

 艦首を風上に向けたヨークタウン級空母の甲板で待機していたF6F艦上戦闘機(ヘルキャット)が頼もしいエンジン音を立て、発進位置につく。

発艦準備(レディ フォ )よし(「ランチ───|3、2、1《スリー ツー ワン)……発艦(コンタック)!』

了解ッッッ(コンタァァァック)!!』

 ドドドドドド…………ウォォォオオン!!

 するすると滑るように飛行甲板を走り抜けると、甲板の切れ目で一度海に落ちそうになるもすぐに大馬力エンジンで機体を浮かび上がらせる。

 そのまま馬力にものを言わせてグングン高度を上げていく。

 飛竜部隊のど真ん中をぶち抜くのだ!!

 グゥオオオオン!
 クゥオオオオン!

 更にさらにと、空母から戦闘機が発艦していき。
 そして、お次はと順次艦内のエレベーターから艦上攻撃機、艦上爆撃機とドンドン甲板に並べられていく。

 大型爆弾を懸架したTBF艦上攻撃機(アヴェンジャー)は上空で仲間を待ち、
 急降下爆撃可能なSBD艦上爆撃機(ドーントレス)は翼をつらねて海兵隊の付近を旋回し、近接航空支援に備える。


 ふふふふふふふふふふ。


 ドラゴン……。
 ドラゴン……。

 ドラゴンよ──────。

 帝国に飼いならされた哀れな魔物……。

 今日! この日、この瞬間、
「───空の王者は誰か、その身をもって知るといいッ!!」

 あははははははははははははははははは!

 高笑いするエミリアは、マントだけを羽織って戦艦上から跳躍する。

 海兵隊のあとをお追うように、丁度眼前を走り過ぎた水陸両用車(LVT)の真上にスタンと降り立つと、ニコリとほほ笑む。

さぁ(レディ)行きましょうか(フォ ジェントルメン)
『『『ハッ、閣下(イエス マム)!!』』』


 バタバタとマントをはためかせ、裸体を少しばかり見せながらエミリアが帝都に上陸する───。

 史上初、帝都に進撃した魔族……。

 そして、おそらく最初で最後の出来事だろう───。



 なぜなら、本日をもって帝都は終了するからだ!

 なぜなら!!

 なぜなら、
「───この、私が来たのだ!! 突貫、吶喊、特観ッッ!!───人間どもよ、特と観よ!!」


 これが(魔族)だ!!

 これが米軍(アメリカ軍)だ!!

 これが復讐(歓喜)だぁぁっぁぁああ!!


 すぅぅぅ……。
「───突撃ぃぃぃいいい(チャァァァァアジ)!!」


 ウーラー!!

『ウーラー!!!』
『ウーラー!!!』
『ウーラー!!!』

『『『『ウーーーーラーーーーー!』』』』


第9話「帝都攻防前哨戦(中編)」


 一方、竜騎兵部隊では、


 ぎぃぃぇぇえええええええん!!


 竜騎兵たちの駆る飛竜が大声で鳴く。
 仲間たちの危急を伝えているのだ。

「……全くなんてことだ!!」

 事態に気付いた竜騎兵長は愛竜の首を海岸に向けると、盛んに軍団旗を振る。

 《集合》《緊急》の二つの信号だ。

 ほどなくして、全ての竜騎兵が集まるだろうが、空中集合にはいましばらく時間がかかる。
 その間に偵察を済ませておこうと、再び海岸───そして、眼下の帝都を見下ろした。

 海上には巨大な鉄の城が浮いており、何度も何度も火を噴き空を圧倒する大音響を立てている。

 耳にビリビリ響くこの感じは、何かが発射されているのだと言う事だけは分かる。

 だが、それがよく見えない。

 投石器の類なら、空を飛ぶ岩石が見えそうなものだがその姿は見えない。

 それでもわかるのだ───長らく空を仕事場にしている竜騎兵長は、空気にも音と質があることをよく知っている。

 その感覚を肌で感じるのだが、その感覚をもってして、確かに何かが発射されていると───「あッ!」

 一瞬だけだが、何か見えた!

 何か円錐形の巨大な塊が、目の前をものすごいスピードで航過していったのを……。

「な、なんだあれは───?!」

 竜騎兵長がその弾道を追うように眼下を見下ろすと、街が……帝都が燃えている。
 ゴウゴウと火を噴き、あちこち延焼しながら今も盛んに燃え広がっている。

「わ、我が帝都が!!」

 そして、それを助長するように、航過していった塊(・・・・・・・・)が地面に落下し──────ドカーーーーーーーン!! と派手に爆発した。

「な、なんてことを!?」

 なんてことを!!
 なんてことをぉぉぉおおお!!

 あの下に、いったい何人暮らしていると思っている!?

 銃後の非戦闘員が大半なんだぞ?!
 なんの罪もない女子供ばかりなんだぞ?!

「ひ、人でなしめが!!」

 戦える男達は根こそぎ動員され、帝都正面に布陣していた。
 そのため、帝都には女子供が大半だ。多少は男達もいるが非戦闘員ばかりである。

「なんて、卑劣なことを……! くそッ、くそぉおお!! まだか?! まだ集合は終わらんのか!!」

 近づいてきた僚騎に近づき大声で怒鳴る。
 そうでもしないと、上空では声がかき消されるのだ。

「今しばらく! 今しばらくです!」

 帝都中で大発生している轟音が、竜騎兵の伝達阻害のそれに拍車をかける。

「───兵長! もう少しです。全騎兵がともに信号を確認……───集結中です!!」
「ええい、遅いッ!! 50騎程つれていく───おまえは副長に連絡をとり、後続の指揮をさせろ、いいな!」

「はっ!!」

 敬礼を受け、竜騎兵はいち早く集合の終わった竜騎兵を引き連れ攻撃に移る。
 あの海の城を何とかして止めないと帝都が焼け落ちてしまう───。

「全騎我に続けッ!!」

「「「おう!!」」」

 頼もしい気配を背中に感じつつ、竜騎兵長は愛竜の速度を上げていく。

 ゴウ!! と空気を斬る音を感じながら、一直線に海の城を攻撃せんと一塊になる50余騎の飛竜部隊!

「行くぞ! 目標───先頭の海の城だ!」

「「「了解!!」」」

 竜騎兵長を先頭に、一つの槍のように三角錐型の戦闘隊形ととり襲い掛かる竜騎兵。

 見よ! この見事なまでの連携───そして練度を!!

「───帝都を焼いた罪は重いぞッ! 知れ、身の程を!!」

 グゥゥオオオオオオオオン!!!

 聞いたこともないような空気を切る音が頼もしい、我々竜騎兵の突撃の音だろう。
 さぁ、帝都を焼いたように、お前たちも焼き殺してやる───!!

 グゥゥゥォオオオオオオオオン───!!

 竜騎兵長はぐんぐん速度を上げ急降下しつつ、白波を蹴立てて驀進する巨大な海の城に突撃する。

 そして、見た──────。

 城の先端に立つ黒いマントの少女の姿を!

「あれは───まさか、魔族なのか?!」

 そうか……!
 これが噂の、魔族の残党どもか!!

 そして、アイツがそうなのか?!

 魔族最強の戦士───、
「エミリア・ルイジアナぁぁああ!?」

 竜騎兵長の目に映る魔族の少女が、ニヤリと口の端を歪めたのが良く見えた。

 不敵なその笑み───そして、美しさ!

 魔族め……!! 舐めやがってぇぇえ!

 ───グォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!

「なるほど……! あれが死霊術。道理で見たこともない敵がいるわけだ───だが、断じて許せん、」

 総員、
 突撃ぃぃぃいい──────!!

 グォオオオオオオオオオオオオオオン!!

「───竜の炎(ドラゴンブレス)用意……ってさっきからうるせぇな!! なんだこ」

「「「へ、兵長ぉぉおおおお!!」」」

 僚騎達の絶叫。

「なん、だ?! やかま」

 頭上を圧する音に、思わず空を見上げると──────……!!


 な、なんだあれは───!!


 頭上の太陽の中に何かいる。
 多数の何か──────……!!

「バカな! わ、我らよりも高く飛ぶものなど……」

 それが竜騎兵長の最後の言葉になった。
 彼の目に移ったのは太陽を背に負った、深い青色をした鳥の様なもの───F6F艦上戦闘機(ヘルキャット)の姿だった。
 
 そして、ソイツが火を吹いた!!
 噴きやがったのだ!!


 ズドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!!!


 まるで火山の爆発の様に、凶悪な光の火箭が6条も伸び竜騎兵長の姿に食らいつく。
 それはヘルキャット戦闘機の機銃、12.7mm機関砲の咆哮だ!!

 この艦上戦闘機は、重機関銃の部類になるM2ブローニングを元に開発された航空機関砲をなんと6門も搭載し、前方に集中配備している。

 その火力たるや!!

「へぶぁ?!」


 ぐしゃぁぁっぁあああ!!

 
 あっという間に竜騎兵長を血の染みに変えると、その下の飛竜すらズタズタに引き裂く。

「うわぁ!!」
「兵長ぉぉおお!!」
「な、何が起こった!?」

 一瞬で隊長騎を失った竜騎兵達はパニックを起こしそうになるも、そこは流石に手練れの精鋭たち。

 すぐに秩序を取り戻し、先頭騎を次級者に引き継ぐと、竜騎兵長の意志を引き継ぎ突撃を再開した。

 だが、彼らは分かっていない。

 竜騎兵長は、不幸な事故で死んだわけではない。
 それはそれは明確な敵意をもって、喉元を食い破られたのだ。

 すなわち──────。

「お、おいッ、待て!!」
「馬鹿野郎! 兵長の仇を───」

 勘のいい兵は気付いたようだがもう遅い。
 いや、気付いたところで何ができようか……!

 竜騎兵50余騎は、とっくに捕捉されているのだ。

 空母ヨークタウン級から発進した艦載機。
 地獄の猫──────グラマン社製の艦上戦闘機F6Fヘルキャット20数機に!!

 グウォオオオオオオオオオオオン!
 グゥオオオオオオオオオオオオン!!

 グォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!

「な、なんだこいつら!!」
「は、はやい!!」

 2000馬力エンジンが、数トンもの機体を強引に加速させ、竜騎兵たちに一斉に襲い掛かる。


 ズドドドドドドドドドドドドドドドド!!
 ズドドドドドドドドドドドドドドドドン!

 そして、空を埋め尽くす12.7mm機関砲の炎の嵐が!!

「うぎゃあああ!!」
「ひ、ひぃいいい!!」
「逃げろぉォおお!!」

 たちまち竜騎兵たちは大混乱──────そして、次々に空に血袋をぶちまけた様になり飛散する。
 その姿たるや、飛散し悲惨だ!!

「た、助けてくれ──────!!」

 散り散りになり、海上を低空飛行で逃げ惑う竜騎兵。だが、その時彼らは聞いた──。

 美しい旋律で歌うな少女の声を……。

《逃げられると思うの───? 逃がしはしないわ……。皆、等しく死になさい》

 ただの一兵たりとも、等しく悲惨に……。

 そう、お前たちはただ、ただ。


 だだ、
「───飛散せよッ!!!」

 悲惨せよ! 飛散せよ!!

 旋回し急降下しそれぞれの獲物の背後を取ったヘルキャット───。

 その視線に怯える竜騎兵たちは、あっという間にその火箭に囚われ今度こそ全滅した。


第9話「帝都攻防前哨戦(後編)」

「な、何が起こった!」

 竜騎兵たちの副長は、ようやく集合の終わった兵を引き連れ、本隊を形成していた。

 その数、帝都中からかき集めた竜騎兵のほぼすべて───。

 なんと、100余騎の精鋭達だった。

「わ、わかりませんが……! 見てください、アレを!!」

 若い竜騎兵に促されて視線を投げると、その方向では竜騎兵の先行50余騎が、何か鳥の様なものに追い回されている。

 深い青色をしたそれは、ともすれば海と混ざり見失いそうになる。

「青い───怪鳥(ガルダ)だと!?」

 竜騎兵には劣るも、巨大な鳥を飼いならした航空部隊も存在する。

 どちらかというと、南方諸島群やエルフ達が森で多用することが多いと言うが、帝国の平地でも多少ないし使っている。

 だが、いずれにしても飛竜に敵うほどの脅威ではない───ないが……。

 本隊が見守る中、あっという間に兵長以下が空の滲みになった。
 ブチャァ……と、赤い血潮が撒き散らされていく。

「ば、ばかな!! 全滅! 全滅しただと?!」

 眼下で繰り広げられる空戦は、一方的かつあっという間に終了した。

 いや、空戦と言っていいのかどうか……。

 そうだ。
 あれは、ただの殲滅だ。

 ワナワナと震える手を握りしめた副長が、隷下の部隊に叫ぶ!

「くそ!! 全騎聞け!」

 よく通る大声で副長は言った。
 彼に取れる選択肢は二つ。

 退くか
 征くか

 だが、当然ながら───。

「……我々は退かない! 見ろ! 敵は高度を失った───今こそ絶好の機会であるッ」

 そうだ。
 空を飛ぶものなら、何をおいても同じこと───。

 下から上に上がると言うのは、多大な労力がかかる。
 いかに、飛竜を圧倒した怪鳥といえど、それは同じこと。

「───我らは一丸となって、敵を討つ! 続け、兵長の仇をとれぇぇえ!!」

「「「おう!!!」」」

 高所が有利。
 それは間違いない───。
 副長の読みは正しいだろう。

 だが、

「目標!! 奥の4つの城だ!! 全騎一斉に攻撃開始」

「「「おう!!」」」


 そう。間違ってはいない───。
 だが、間違いだ。


 海上の4隻のノースカロライナ級が無防備に見えるのだろうか?
 ただただ、火を噴き───肩を寄せ合う烏合の衆に見えるのだろうか?

「突撃ぃぃいいい!!!!」

 副長は竜騎兵を引き連れ、ノースカロライナ級に一斉に襲い掛かった。

 上空からの急降下。

 そして、ドラゴンブレス───……。


 襲い掛かった?

 誰が何に?

 竜騎兵が4万トン級戦艦(・・・・・・・)に?



 逆だろう!!!!!!



 クゥィィィイイン……。

 ノースカロライナの備える高角砲と機銃群が、一斉に空を指向する。
 4隻合わせて、数百にのぼる対空砲が整然とした動きで飛竜たちを見上げていた。

 今か今かと時を待ち、
 ───連装5インチ高角砲が涎を垂らす。

 さぁ来いさぁ来いと手をこまねき、
 ───1.1インチ75口径機関砲が満面の笑みを浮かべる。

 やぁやぁヨロシクと、
 ───ブローニングM2、12.7mm機関銃が余裕綽々と手を差し伸べる。

 高性能の対空照準器は、とっくに彼らを捉えている。

 あとは待つだけ──────滅びの時を!

 そして、

「者ども───かか」
 れぇぇえ!! と言おうとしたときだ。


 ドォォォーーーォオオン……!


 あの副長が吹っ飛んだ。
 何の前触れもなく、一瞬で空に消えた。

 ちょっとした黒煙を残して────……。

「え?」
「あ?」
「ちょ……?!」

 出鼻をくじかれ、唖然とする竜騎兵100余騎───。

 次の瞬間。
 海上に火山が生まれた。

 比喩表現としてそれとしか言いようがない。

 ノースカロライナ級4隻。
 数百門の対空砲が一斉に砲撃を開始したのだ。


 ズズン!!
 ドガガガガガガガガガガン!!

 空に真っ黒な爆炎が花咲き───……。
 竜騎兵たちを押し包んだ。

 そして、あっという間に、間抜けで鈍い飛竜部隊は消滅した……。

第10話「エミリア、帝都に立つ」

「あはははははははは!!」

 あはははははははははははははははは!!

 エミリアはご機嫌で笑い続ける。

 だってそうでしょう?
 おっかしいんですもの───。

 ドラゴンライダーズ?
 あは! あの程度の連中が、帝国最強で最精鋭をほこる飛竜部隊なんですもの。
 最強なんですもの。
 雑魚なんですもの。

「あはははははははははははは!!」

 コロコロと笑い、黒いマントをフワフワと海風に靡かせるエミリアは、美しく妖艶だった。

 既に帝都は艦砲射撃をうけ、爆発炎上している。
 だから、戦艦の援護射撃は終了していた。
 もちろん、味方への誤射をも考慮している。

 戦艦の主砲は強力無比!!
 上陸支援としては過剰なまでの火力も、止んでしまえばあっと言う間だ。

 ゴウゴウと燃え盛る帝都の音と、海兵隊の怒号以外は静かなもの。

 あっという間に無血上陸を果たした海兵隊は、既に支配地域を奥へ奥へと広げ、安全地帯となった海岸に次々と物資を揚陸している。

 積み上がる弾薬箱。
 仮設陣地に引き込まれる軽榴弾砲。
 揚陸されていく軽戦車。

 そして、彼らが万全の態勢を整え、海岸でエミリアを出迎えてくれた。

 海岸の手前で停止した水陸両用車両(LVT)から飛び降りるエミリア。

 バシャリ!! と、足に感じる海水が実に気持ちよかった。


 あぁ、気持ちいい─────……。


 バシャリ、バシャリ! と、海をかき分けエミリアは砂浜へ向かう。
 ハタハタとマントをはためかせ、艶かしい肢体をチラチラと晒しながらも、悠然と歩く───。

 誰にも邪魔されることなく、魔族が悠々と帝国のお膝元に上陸しているのだ!


 来たよ。
 父さん、母さん。
 ダークエルフ里の皆───。
 

「エミリアは来たよ───人類の最奥へ……」

 触れることも敵わぬ最強国家帝国の首都へ……。

「私は来た。私が来た。私も来た!!」

 魔族と共に、

「───多くの英霊とともに!!」

 すぅ……、
「人類よ!! 魔族(わたし)が来たぞッ!!!」

 ザッ!!

 遂に砂浜を噛んだエミリア。
 暖かくさらさらとした感触を足裏に感じ、ついに乾いた大地に……。

 そして、人類の支配地域へと魔族エミリアは到達した。

 史上初───……。人類は魔族の侵攻を受けることとなる。
 そして、

 今日をもって、
「───滅びの時は来たぞッ!!」

 思い知らせてやる。
 私達の思いを!

 虐げられ踏みつけられた者たちの悲願を!!

「さぁ、さぁ、さぁ!!!」

 滅びが来た。
 私が来た!!

 お前たちの悪夢が来たぞ!!

「滅びるのが嫌ならば──────!!」

 ザッザッザ……。
 無防備に帝都に身を晒し、砂浜を越えるエミリア。
 そして、浜と帝都を分かつ堤防の上に立つと、ザァ! と広がる帝都を見渡すッ!!


「───抗って見せろッッ!!」


 バサァ!! とマントを翻し帝都を圧倒するエミリアはたった一人で立ってみせた。
 
 魔王軍最強───魔族最強の戦士として!

第11話「鉄槌!!」

「りゅ、竜騎兵が──────ぜん……消滅?!」

 顎が外れんばかりに、口をあんぐりと開けたギーガン将軍。
 帝都から這う這うの体(ほうほうのてい)で逃げ出してきた憲兵の報告を受け、唖然とするばかり。

「は、はい……海上を監視していた他の憲兵も確認しております」

 そして、言う。

「さらに、そのぉ……。て、敵は多数の兵を伴っており、砂浜(ビーチ)はあっと言う間に占領。今は敵で埋め尽くされております」

「何ぃ!!」

 そんな報告は初めて聞いたぞ?!

「馬鹿な! はやい、早すぎる!!」

 早すぎるぞ!
 いくらなんでも、早すぎる!

 たしかに、竜騎兵の物見から上陸部隊の存在は聞いていたが、発見から占領までの間がほとんどない。

 竜騎兵にしても、さっき出撃したばかりである。

「き、貴様ぁ、嘘をいっているのではあるまいな?!」
「う、ううううう、嘘ではありません!! 現に、すでに敵は帝都へと侵入し───」

「な、なんだとぉ!!」

 ばかな! ばかな! ばかな!!

「───き、貴様ら憲兵はそいつらを止めるのが仕事であろうが!! いったい今まで何をしていた!!」

 自分の失言に気付いた憲兵は真っ青になる。

 そりゃあそうだ。
 帝都の治安維持が役割の憲兵が、帝都へ敵の侵入を許している。

 しかもコイツの言い草からすると、抵抗らしい抵抗はしていないようにも───……。

「いえいえいえいえいえいえいえいえいえいえ! め、めめめめ、滅相もありません! わ、わわわわ、我が憲兵隊は果敢に反撃し、敵の侵攻を帝都内で食い止めておりますぅぅぅうッッッ」

 だらだらと汗を流しながら、ブンブン首を振る憲兵。
 
「なぁにが抵抗だ!! それは何もしておらんのと同義じゃあああ!!!」

 ブァキィィィイイン!! と憲兵を殴り飛ばすと、ギーガンは肩をいからせて司令部から出る。

「集まれ、将軍ども!!」

 陣内全てに届かんばかりの大声を張り上げると、すぐさま近傍に控えていた将軍たちが集合する。
 軍議のために、彼らは司令部付近で待機していたのだ。

「第1師団長、ここに」
「第2、第3師団もおりますぞ」
「各旅団長も参りました」

 ざざっ! と敬礼する将軍のお歴々。
 
 その素早い動きに満足げに頷き返すと、ギーガンは喧しいほどの声量でがなり立てた。

「貴様らも知っての通り、敵───薄汚い魔族の小娘が帝都を襲っている」
 
 ふむふむ、と頷く将軍たち。

「卑怯にも小娘は多数の死霊を操り、我らの裏をかいて海岸から侵攻を開始した───由々しき事態である」

 裏をかくのが卑怯かどうかはさておき、状況は既に将軍たちも独自に集めた情報から知っていた。

 そして、竜騎兵が破れたことも───。

「……状況は最悪である。もう一度言うが、最悪である!!」

 そうとも、最悪だ。
 守るべき帝都は灰塵に()そうとしている。

 ならば、
「だが、我らは意気軒高───。軍団は幸いにも無傷である。……諸兄らに問う!!」

 我らの首都。
 母なる帝都。

「皇帝陛下のお膝元を、汚らわしい魔族が犯そうとしている───。いや、すでに犯されているのだ!! ならば、我らのすることは何だ!!」 

 ダン!! と一歩踏み込み、将軍たちを順繰りに指さす。

「奪還だ!!」
「殲滅するのみ!」
「魔族討つべし!!!」

「「魔族に死をッ! 帝都を取り戻せ!」」

 ワッ!!

 と、一斉に沸き返る場に、満足げに頷くギーガン大将軍。

「よろしい!! ならば、反撃だ! 諸兄らはすぐに攻撃準備せよ!! 後尾の第10旅団が最も近い。すぐに突入し、魔族を駆逐するのだ!!」

「ハッ!! お任せを!!」

 バシッ!! と綺麗な敬礼を決める第10旅団長。

 初老の彼は、出世コースを逃し、将軍職を近く退いていた。
 しかし、今回の動乱に合わせて急きょ編成された旅団に将軍として配置され、帝都を守る予備部隊となっていた。

 精鋭の第1師団~第3師団は帝都正面の前線に配備され、市民兵や予備役を招集した臨時旅団はもっぱら予備として、後続の部隊であった。

 だが、エミリアが海岸から上陸を開始したため一転して最前線になってしまったのだ。

 今から軍団の配備を変更することは困難であり、やったとしても、時間がかかるうえ、混乱を広げるだけだろう。

 そもそも、たかが魔族の残党という思いがあり、ギーガンを含め、帝国側の将軍はエミリアの戦力を侮っていた。

 それがために、予備部隊から戦線に投入すると言う愚を犯していることにこの時はまだ気付いていなかった。

「我が旅団が、必ずや魔族を駆逐してご覧に入れましょう!」

 そういって、すぐに踵を返し、自らの旅団を率いるために去っていく彼を見送りながら、
「では、諸兄らもすぐに準備せよ! 第10旅団だけで十分と思われるが、念には念を。順次帝都に入り魔族を掃討するのだ!!」

「「「「ハッ! お任せを───」」」」

 全将軍の敬礼を受け、自らもゴツイ腕をもって返礼しようと──────……。

 その時、



 グォォォォオオオオオオオオオオン……。

 グゥゥオオオオオオオオオオオオオン!!



 突如、空を圧する轟音が鳴り響いた。

※ ※

「なんだ? 何の音だ?!」

 ギーガンは上空を仰ぐ。
 すると、陽光を塞ぐ多数の黒い影───。

「ドラゴン?」
「竜騎兵隊ではないでしょうか?」

 そうだ。
 たしかにドラゴンの咆哮の様にも聞こえるが……。

「しかし、竜騎兵は全滅したと───」

 将軍のお歴々も首を傾げる。

「……憲兵どもめ! いい加減なことを言いおって!!」

 だが、ギーガンはただただ憤慨していた。
 不甲斐ない憲兵の態度もそうだが、情報は虚偽だらけであると!

「ええい! 飛竜部隊に決まっておる!! 我が軍の飛竜部隊が、早々全滅してもたまるか!」

 そんなことができるのは勇者か、天上におわす神々くらいなもの───。

「そうですな。おそらく、海上の敵を殲滅して、意気揚々と帰って来たのでしょう。もしや我らの仕事は既にないのでは?」

「「「「わはははははははははは!」」」」

 頼もしげに笑う将軍たち。

 だが、

「お、おい……。あれ、本当に飛竜か? ワシの目が曇っていなければ、飛竜の姿には見えんのだが───」

 飛竜部隊に所属していたこともある将軍の一人が、首を傾げる。

 そして、さらによく見ようと目を凝らすと、飛竜の様なそいつらが帝都正面に布陣する軍団の上空に差し掛かり、


 ひゅるる………………。


「なんだ? 糞……??」

 そう。
 飛竜の様なそいつ等は腹からバラバラと何か黒いものを落としていった。
 あろうことか、軍団の真上で糞を───。





 チュドーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!!!





 帝都正面に布陣していた、10万を豪語する軍団が今まさに爆発した。


 ヨークタウン級空母から発艦した、大型爆弾を懸架したTBF艦上攻撃機(アヴェンジャー)の絨毯爆撃によって───。


第12話「帝国軍反撃ッ!」

「ぎゃあああああああああ!!!」
「ひぃいいいいいいいいい!!!」
「火が、火が、熱い熱い熱い!!」

「腕が、腕がああああああ!!!」


 軍団は大混乱に陥っていた。
 そして、大被害を受けている。 
 そりゃあ、そうだろう。

 上空を遷移した TBF艦上攻撃機(アヴェンジャー)は、何者にも邪魔される事無く、30数機が翼を連ねて軍団を睥睨し、最も密集し、最も効果の高いと思われる場所に差し掛かると───。

目標上空(オールメン ウィル)嚮導機の(ビィ リリースドゥ)投下を合図に(ボム ウェンシグナル)全機一斉(アボゥフ ターゲット)投下ッ(リーダーア ドロップ)!』

『『『了解ッッ(ラジャ)』』』

 グゥォォォオオオン!!
 グゥォォオオオオオン!!

 大馬力エンジンで地上を圧するように咆哮すると、ついに到達。

 そして、
 先頭機が爆弾槍をグワバッと広げたのをみて、全機一斉に爆弾層を開く。

 その様たるや圧巻!!

コースよし(コースクリア)コースよし(コースクリア)コースよし(コースクリア)……』

 用意(スタンバァイ)用意(スタンバイ)よーい(ステェエンバァーイ)───。

『───……投下(ドロップ)ッ!!』

『『『投下(ドロップ)!! 投下(ドロップ)!!』』』

 ひゅるるるるるるるるる…………!

 投下(ドロップ)投下(ドロップ)投下(ドロップ)───!!

 ひゅるるるるるるるるる……!!
 ひゅるるるるるるるるる……!!

 大型爆弾が、空気を切り裂く不気味な悲鳴をあげると───。

 グゥオオオオオオオオオオオオオオン!!

 爆弾を投下し、機体がぐぐんと浮き上がった。

 そして、そのあとに、バラバラと振り落とされた大型爆弾と通常爆弾の群れッ!!

 2000ポンド爆弾一発か、500ポンド爆弾4発のいずれかがヒュルルルルルルルルルルルルル……と空気を切り裂きながら落ちていく───……。


 落ちていく。
  落ちていく……。
   落ちていく───!


 チュドーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!


 そして、爆撃の花が地上に咲いた。

 そして、阿鼻叫喚の地獄が生まれた……。

 それは、絨毯爆撃という、無慈悲で無差別で無茶苦茶な爆弾の暴威だ!

 ドカンドカン、ドカン!! と断続的に連続して爆発が起こり、地上に展開していた帝国軍の集中する場所で大爆発が起こる。

 2000ポンド爆弾は容赦なく兵を焼き、爆風で騎馬を薙ぎ倒し、破片で弓兵をバラバラにした。

 500ポンド爆弾は連続して降り注ぎ、100人長を木っ端みじんにし、10人長を恐慌状態に落とし入れ、一兵士の戦意を完全に奪った。

 大被害!!
 大損害!!
 大打撃である!!

 そして、エミリアにとっては、

 大戦果!!
 大勝利!!
 大打撃である!!

 彼女は笑っているだろう。
 あははははは、と花のように笑っているだろう。

 その様子をまざまざと見せつける様に、TBF艦上攻撃機(アヴェンジャー)はグルグルと爆撃上空を旋回すると、翼を連ねて帰っていった。


戦果(コンフォーム オブ)確認( バトル リザルト)───帰艦(リターン トゥ)する( ザ シップ)!! 第二撃の(フォーザ セカンド)準備を( ショット)!!』


 ギーガン達帝国軍の将軍からすれば、夜盗に突然刺されたようなもの。
 何もわからぬ、知らぬうちにこの様ッ!
 ようやく揃え、訓練し、布陣した軍団が粉みじんに吹き飛ばされたのだ。
 
 幸いにして、ギーガンたち将軍のお歴々は無事だったものの……。

「ぐ、ぐぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬ!!! なんだ、今のは!!」

 聞かれたとて将軍連中にも答えようがない。
 少なくとも分かっていることは……。

「わ、我が軍の飛竜ではありませんな」

「そんなことは分かっている!!! くそぉ、卑劣な魔族め、もう、ゆるさん!!」

 だんだん! と地団太を踏んだギーガンは顔を真っ赤にして唸る。
 そして、剣と軍配を引っ掴むと言った。

「もういい! 全軍反転ッ! 反転しろ! 一斉に帝都に雪崩れ込み、侵入した魔族を蹂躙するのだッ!!」

 順番とか、軍団内の混乱だとか、そんもん知るかーーーーーーーーーーーーーーー!!

「お、お待ちください! そんなことをすれば各師団、旅団内で部隊が混交してしまいます!」
「ぶ、部隊同士で衝突しますぞ! 我が軍団は密集しておりますゆえ」

 将軍連中はギーガンを押しとどめようとするも、

「ぶわっかもーーーーーーーーん!! 密集している部隊が今やどこにある!!」

 バーン!! と指さす先は、混乱し散り散りに逃げ回る兵士達。

 連携も連絡も、何もあったものじゃない!

「今は時間だ! 勢いだ! 兵らに混乱が生じぬうちにさっさと役割を与えてやれ! さもなくば軍団は今日をもって消滅するぞ!」

 ギーガンの言うことは正しい。

 今はパニックで右往左往しているも、その次に訪れるのはパニックからの集団恐怖だ。

 そして、それは一度軍団に広まるともう止まらない。

 全部隊が好き勝手に……。いや、兵士一人一人が勝手気ままに行動し、まるでネズミの死の行進のように、我先にと集団のようでいて、誰も統制しないただの烏合の衆と成り果てるのだ。

「は、はいいいい!!」

 将軍たちもようやくその事態に思い至り、慌てて自分たちの部隊に戻り始める。
 もはや、全滅に近い損害をうけた部隊も多数あったが、それでも辛うじて体裁を整えるくらいには生き残りもいた。

 そいつらが一斉に動き始めた。

 グルンと、巨大な生物が裏返る様に、一斉に踵を返す大軍団!!

 ゴウゴウと燃える戦友を踏みつけながらも、呻く負傷者を薙ぎ倒しながらも、味方の部隊と衝突しながらも、帝国軍は一斉に反転し、帝都に向かって進み始める。

 その様子を俯瞰していたギーガンは、(おもむろ)に軍配を取り出すと高らかに掲げた。
 すぅぅ……。

「全軍、突撃ぃぃいいいいいい!!!」

 そして、ギーガン大将軍自身も剣を抜き、巨大な軍馬を駆ると先頭に立って突撃を開始する。


 混乱醒めやらぬ軍団に、明確な目的を!!
 恐慌状態に陥る前に、攻撃を!!


「我に続けぇぇぇぇぇええ!!!」


 うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!

 数万の軍団が、一斉にして帝都に雪崩れ込み始めた。
 味方同士、肩と肩をぶつけつつ、槍の穂先で仲間の背を刺し貫きつつ、進軍する。

 帝都の家屋を、後続に押されるようになぎ倒しながら帝国軍は突き進む。

 潰し潰し、潰され潰され、突き進む!!
 だってしょうがないだろ?!

 後ろからドンドン来るし、
 横も斜めも人でギッシリ!

 前に進むしかないんだよ!!


「帝国万歳!!」


 帝国ばんざーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーいい!!!

 遮二無二突進する帝国軍。
 その流れは、まるで黒鎧の人々の大河のよう───。

 あらゆる物を飲み込み、
 あらゆる者を切り裂き、
 あらゆるモノを踏みしだく暴力の塊!!


 だが、そこにいたのは──────……。


第13話「火力と火力と火力と火力(前編)」


「あは♪ 来た、来たぁ」

 クルクルと舞い踊りながら、エミリアはアメリカ軍の作った仮設陣地の中にいた。

 既に帝都の半ばまで侵入し、皇城の基礎が見える場所まで辿り着いた彼ら(アメリカ軍)は、そこで進軍停止。

 水陸両用車両(LVT)や、スチュアート軽戦車を核に陣地構築を開始。

 廃材や、砂浜からドンドンと送り込まれる土嚢を積み上げ野戦築城の構え。

 兵隊と兵隊。
 分隊と分隊。
 小隊と小隊の間隙を埋め、火線によって連携させる。

 鉄条網は雑だが、しっかりと距離を測って有機的に、時には丸見えの地雷も敷設。
 埋めている時間などない。

 特に機関銃陣地と迫撃砲陣地には力を入れて、工兵隊を投入し迅速に掘り上げていく。

 完成した傍から、砂浜から送り込まれた機関銃チームや迫撃砲分隊が予備の弾薬と共に、陣地に乗り込んでいく。

 そうして、完成半ばではあったものの、帝国軍を待ち受けるには十分な陣地が完成していた───。


 そこに来たのだ。


 大声を張り上げ、家屋を薙ぎ倒し、戦友を踏みつけ、目を血走らせた帝国軍がッ!!!


 うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!

 ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!

 ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!

 奇声、蛮声、大声!!

 もはや、ネズミの大群と変わらない。

 それを見つめるエミリアは身体を火照らせ、艶かしく指を這わせ、下腹部を撫でる。

 あぁ♡
 あぁぁぁ♡

「さぁ、さぁ、さぁ、」

 さぁ!!!!

「来なさいッッ!! 魔族はここよ!! エミリア・ルイジアナはここにいるわよ!!」

 軽戦車の上に立つと、エミリアは叫ぶ。
 感極まって叫ぶ。

 あぁぁぁぁぁぁ♡

 ───我ここにありと叫ぶ!!

「私が憎い? 私を殺したい? 私は死ぬべき?」

 笑顔のエミリア。
 燃える帝都にあって、異様な雰囲気を纏ってクルクルと舞い踊るエミリア。

 少女が艶かしく、肉感的に官能を震わせて踊る。

 そこに、
「───見つけたぞ!! 魔族めッッ!!」

 巨躯の将軍───。
 魔王領に侵攻し、魔族を殲滅した帝国軍の指揮官か現れた!

 そう、かのギーガン大将軍がそこに来た!

「あら。指揮官先頭とは恐れ入るわね」
「ぬかせ! 売女が!! 聞け、」

 軍馬を駆り、大軍勢を引き連れたギーガンは、一度手綱を退いて馬を後ろ足で立たせると、その上背で圧倒する。(ナポレオンのポーズ)

 ヒヒーーーーーン!!

 その不安定な姿勢のまま言った。

「……我こそは、元魔族領侵攻軍指揮官、大将軍のギーガン・サーランド!!」

 ───名乗れッッ!!

 ギーガンの罵声の如き名乗りを受けて、エミリアも上品に笑い、名乗りを返す───。

「……我は(エクス)死霊術士(アンデッドマスター)、魔族の戦士───米軍術士(アメリカ軍マスター)のエミリア・ルイジアナ!!」

 または、

「貴様らの怨敵にして、天敵───。今宵の悪夢の体現者……」

 そして、

「──────最後の魔族だッ!!」


 ぬん!! と腕を組み、黒いマントで覆われた肢体を晒しながらも堂々と言ってのける。

 たった一人で、
 たったの一人で!

 数万の軍勢を前に、一人悠然と立つ!!

「ぐはははははははははははは!! 小気味よい小娘だ。そして、中々の胆力───気に入った!!」

 ズドンと、馬が前足を降ろし、ギーガンが軍配をエミリアに突きつける。

「ひっ捕らえて、ワシの慰み者にしてくれるわッッ! 者ども、かかれぇぇぇえええ!」

「「「おおおおおうッ!!」」」

 軍団が一斉に気鋭をあげる。
 先ほどまでの狂乱が嘘のように治まり、ギーガンの一挙手一堂に皆が注目している。

 さすがは大将軍。
 さすがは最強国家の軍人!!

 そして、元魔族領侵攻軍司令官!


 いいわぁ、
 そうよ───そうでなくっちゃ!

「あはは♪ 私が欲しいの……?」

 捕らえて慰み者にする?

 うふふふふふふふふ!!

 あははははははははは!

 ならば……。
 ならば!!!

「──────ならば、やってみろっ!!」


 おうよ!!!!!


「全軍、突撃ぃぃぃいいい!! 魔族を薙ぎ払え!!」

 軍配を突きつけるのを合図に、数万の軍勢が明確にエミリアを指向する。

「「「「「おぉうッッ!!!」」」」」

 そして、凄まじい勢いと足音でゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!! と帝都を驀進する!

 その勢いの中にドーーン!! と立ち、軍を指揮するギーガンは、周りの破壊されていく家屋とは違い、兵らが自然と避けていく。

 まるで大河のなかにギーガンという中州があるかのようだ。

 これが帝国軍の大将軍のカリスマ───そして、威容なのだ。

「ゆけ! やれ!! アイツが我らが帝都を焼いた(にっく)き敵だ!!」

 殺せ!!
 殺せ殺せ!!

 殺せぇぇええええええ!!!!

「見ろッ! あの貧相な死霊どもを!───奴の配下のアンデッド兵など地面で震えておるわ! いかほどのこともないッ!!」

 ニィと笑うギーガン。
 そして、フフフとほほ笑むエミリア。

 どちらも癇に障る(つら)だ───!

「舐めるな小娘!!」
「舐めるな人間!!」

 サッと、手を掲げたエミリアは高らかに言う。


ぶっ飛ばせッ(マザーファッカー)!!!」


『『『了解(イエス)! 閣下(マム)ッ!!』』』


 恐慌し、強行する帝国軍に向かってアメリカ軍の放火が咲いた……。


 無敵の砲火が花咲いたッッッ!!!

第13話「火力と火力と火力と火力(中編)」


ぶっ飛ばせッ(マザーファッカー)!!!」
 ───了解(イエス)! 閣下(マム)ッ!!

 通じあうアメリカ軍とエミリアに意識の遅滞などない。

 すぐさま、海岸からドンドンドンドンッ!
 と、銅鑼を叩くような音が木霊したかと思うと───。

 シャシャシャシャァァァアアアア───!


 …………ッッッ!


 ズッドーーーーーーーーーーーーン!!!


 大地が猛烈に沸き返った!
 紅蓮の炎を巻き上げて!!!

「「「うぎゃぁぁあああああああ!!」」」

 それは、隊列のど真ん中で砲火が炸裂し、そこにいた多数の兵らが舞い上がる。
 当然、ぶっ飛んだ兵らは既に息をしていない。
 砲撃とは、そんな生易しいものではないのだ!!

 そして、次々にドカンドカンドカン!! と着弾し、帝国軍をぶっ飛ばしていく。

 発射元は砂浜(ビーチ)に展開した海兵隊砲兵の装備する75mm軽榴弾砲!

 とっくに照準を付けて待ち構えていたので試射の必要すらない───最初っから、全力の効力射だ!!

 そこに、更に加わるのは近接火網!!
 まずは、曲射火力───迫撃砲だ!!

「やりなさいッ!!」
了解(イエッサー)!』

 スコン……ガキューーーーーーーーン!!

 軽い音とともに放り込まれた60mm迫撃砲弾が、小気味のいい音を立てて発射される。

 それらが連続して、発射に次ぐ発射!!

 スコココココン……ガキン! ガキン! ガキューーーーーーーーーン!!!

 猛烈な速度で装填される砲弾が、次々に砲口から飛び出し、帝国軍に死を撒き散らす。

 そのうち、

 ガッ……キィーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!

 連続した発射音はついに一つの音と成り果て発射!!

 そして──────着弾!!!!!

 ズン、ズン、ズン……!

 ズドーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!

 榴弾砲に負けないくらいの曲射火力が頭上から降り注ぐ!!

 まるで、無慈悲な神の鉄槌の如き一撃が、血走った目でわけもわからず駆ける帝国兵の鼻先に降り注ぎ、彼らの身体をバラバラに吹っ飛ばす!!

「「「ぐわぁぁああああああああ!!」」」

 それだけで、そうとも───それだけで帝国の誇る精兵たちが吹っ飛んでいく。

 いや違う、それこそがだ!!
 砲弾と砲兵こそが正義!!

 火力がすべて!!
 雑兵をいくら連ねても無意味!!!

 戦場を支配するのは、砲兵なり!!!

 次々に降り注ぐ、砲弾と砲弾と砲弾と砲弾と砲弾と砲弾と砲弾と砲弾───!!

 ドガン、ドガンッ、ドガン!!!

「「あぎゃぁぁぁあああ!!」」
「「うぎゃぁぁぁあああ!!」」

 豪快な笑みを浮かべていたギーガンも徐々に口の端が下がって行き、わなわなと震えだす。

 そりゃあそうだ。

 数万の軍勢をエミリア一人に指向して、何も出来ずに配下の兵がぶっ飛んでいくのだ。

 その中には将軍もいる。

 将軍でさえ、突撃する兵に流されるように、あれよあれよという間に人の波の飲みこまれ、気付けばアメリカ軍の砲火に囚われていくのだ。

 だが止まらぬ。

 兵らは止まらぬ。

 突撃の命を受け、ただひたすら前へ前へ。
 前線で何が起こっているのかも知らずに、前へ前へ。

 ただひたすら屍を積み上げていく。

「ぐぬぬぬぬぬぬぅ!! たかが死霊が、こんなぁぁぁあ!」

「あははははは! どうしたの? こうしたの? そうしたの? 私はここよ。エミリア・ルイジアナはここにいるよ」

 あはははは、あはははは、とエミリアは美しく笑う。

 あはぁぁあ♡

 そして、体の線をなぞる様にうっとりと下から上へと撫で上げると、

「どぉう?♡ 薄汚い魔族は私で最後……。さぁ、おいでなさい───最強の国家とやら」

 ───私が欲しいんでしょ?

「あと、たったの百メートルよ! さぁ♡ さぁ♡ さぁぁあ!!」

「ぐぬぬぬぬ! 舐めおってからにぃぃいい!! 征くぞ者ども、ワシが先陣を切るッ!! 続け!!」

 そうして、ついにギーガンが前に出る。
 大剣を引き抜き、ジャギィィンと軍配と交差させると、

「続けぇぇえ─────帝国万歳ッッ!!」

 帝国万歳!
 帝国ばんざーーーいい!!

「帝国万歳!!」
「「「帝国万歳!!!」」」

 帝国万歳、帝国万歳、帝国万歳!!!

 さすがに大将軍! そのカリスマたるや、兵士の士気をあげにあげると、さらに勢いを増して突撃する。

 口々に万歳を叫び兵士は高揚していく。

 
 帝国ばんざーーーーーーーーーーーい!!


「「「うおおおおおおおおおおお!!」」」
「「「うおおおおおおおおおおお!!」」」


 うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!


 槍を、剣を、弓を──────魔法を!!


 だが、
「───私を前にして『万歳突撃(バンザイチャージ)』とは笑わせてくれる」

 そして、

 アメリカ軍を前に白兵戦とは愚かなり。

 エミリアの手が真っ直ぐに伸び、
突撃(スタート )破砕射(アサルトクラッ)撃開始(シングファイア)ッ!」

 振り下ろされる!!

『『『了解ッッッ(アイアイサー)!』』』

 ズジャキ───……!!

 砲火に任せるにしていたアメリカ軍。

 だが、鉄条網の後ろの護られた彼らとて、ただの(にぎ)わしのはずがない。

 彼らの持つ武器───近接火器が一斉に殺気を放つ!!

 7.7mm機関銃(M1919)自動小銃(B.A.R)、ボルトアクション小銃、拳銃(ガバメント)短機関銃(トンプソン)──────そして、ブローニングM2、12.7mm重機関銃。



 それらが一斉に火を噴いた──────。


第13話「火力と火力と火力と火力(後編)」


 アメリカ軍海兵隊の誇る、ありとあらゆる火器。
 保有する重火器、小火器のすべて───!

 それらが一斉に火を噴いたッッ───。
 一斉に放たれる銃弾と銃弾と銃弾と銃弾と銃弾と銃弾と銃弾と銃弾!!

 そして、耳をつんざく大音響!!!

 ──────ッッッッッッ!!


 ズガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ!!

 ズガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ!!

 ズガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ!!


 着弾、着弾、着弾。

 着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾!!

 命中、命中、命中。

 命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中!!


「「「ぎゃああああああああああ!!」」」
「「「ごがああああああああああ!!」」」
「「「うげぇあああああああああ!!」」」

 次々に倒れる帝国軍。
 バタリ、バタリと───。
 グッチャグッチャと───!!

 当然ながら、エミリアの下には一人たりともたどり着けず、それはもう───バタバタと倒れていく。

 そして、軽戦車や37mm対戦車砲がそこに加わり、物凄い勢いで帝国軍がバタバタと薙ぎ倒される。

「んな?! んなななななななな!!」

 そんな中、ギーガンが無傷で残っていたのは奇跡ッ!
 まさに奇跡だ!!

 一人突撃するギーガンは、味方がバタバタと死んでいくのを驚愕の眼差しで眺めながら言う。
 死の渦巻く銃弾の嵐の中で、一人(のたま)う。

 な、何が起こっている?!
 何なんだ?! 何ぞこれは!!??

「───なんだ! なにをした!! 貴様は何をしているッ!!」

 戦慄(おのの)くギーガンを前にして、エミリアはつまらなそうな顔───。

 ───はッ!!

 なんだぁ?
 何をしたぁ?
 何をしているだぁ?

 エミリアが跨乗するスチュアート軽戦車の対空機銃が帝国軍を薙ぎ払っていく───。

 すぅ……。
「───エリア制圧射撃である(撃ちまくっている)ッッッ!!」

 ふ、
「───ふざけるなぁっぁああああ!!!」

 ギーガンが陣地を乗り越え、鉄条網を切り裂き、まるで不死身の───不死者の戦士の様にエミリアへ迫るッ。

 ブングラと頭上で剣を振り回し、そのまま大剣を振り上げ、エミリアを討たんと一人で切り込むんでいく!

「舐めるな小娘がぁぁぁ!! 我が軍は不滅──────貴様らの戦力など、いかほどのものがある!! ()け戦士たちよ!!」

 魔族を蹂躙せよッ!!

 軍配を振るい、硝煙のベールを掻き分けるようにしてギーガンが前へ、前へ!

 前へ、前へ、前へ、前へ、前へ!!!

「うおおおおおお! たった一人の魔族に、やらせはせん! やらせはせんぞぉぉぉおおお!」

 大剣を振り回し鉄条網を切り裂くギーガンがエミリアへ、エミリアへ!

 だが……。

「いーえ。もう終わりよ」

 大剣を振り上げるギーガンを見ても全く動じず、エミリアは笑う。

 そして、スっと上空を指さすと、

「ぶち込んであげる──────……デッカイのをねッッ!!」

 エミリアの様子に、危機感を覚えたギーガンは、ハッと気付いて上空を見上げる。
 彼が空を仰いでいると、キラリと陽光を反射するなにかが……。

(ぐ! また、敵の飛竜か─────!!)

 ブワリと全身から嫌な汗が噴き出すのをギーガンが感じた時、それは来た……。



 ───キィィイイイイイン…………!!



 空気を切り裂き、急降下で何かが───。

 い、いかん!!!

「総員、伏せよーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」

 ギーガンの絶叫が戦場に木霊したかと思うと、



 ──────ッッッカ!!


 チュバーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!!



 ……帝国軍が吹っ飛んだ!
 文字通り吹っ飛んだ!!!


「んんん、んなぁぁあ?!」

「どーお?! 満足したかしらぁぁ!!」

 あははははははははははは!!

  グゥゥオオオオオオオオオンン!!!
 グゥゥオオオオオオオオオンン!!!
グゥゥオオオオオオオオオンン!!!

 1000ポンド爆弾を、急降下にて帝国軍に叩きつけたSBD艦上爆撃機(ドーントレス)が翼を振ってエミリアに答える。

 その数、30余機!!

 そして、1000ポンド爆弾が同数だ!!

「な、ななんあなななん、何をした!!」
「見て分からないのかしら? うふふ、これは帝国軍終了のお知らせ───」

 そして、

「───敢えて言おう、近接航空支援(CAS)であるとッ!!」
「馬鹿にするなぁぁぁぁあああ!!」

 最後の一歩を乗り越え、ギーガンが切り込む。

 帝国軍は文字通りぶっ飛んでいき、焼け焦げ、もはや一人として残っていない──……ギーガンだけを除いて。

「こぉの、売女がぁぁぁぁぁああ!!」

 ダダダダダダダダダダダッ!!
 ズガガガガガガガガガガッ!!

 アメリカ軍の射撃が、ギーガンに掠り彼を傷つけるも倒れないッ!

 この男は倒れないッッ!!
 帝国軍、最後の男は倒れないッッ!!

「死ねッ!! 魔族ぅぅぅうう!!」
「あはははは。さすがギーガン将軍──……だが、」




 ───私を舐めるなッッ!!!!!


第14話「獲ったどーーーーー!」

 ───私を舐めるなッッ!!!!!

 ダンッ!!! と踏み込み、軽戦車から飛ぶエミリア。

 そして、最後の踏み込みとともに、すでに跳躍しているギーガンと空中で睨み合い……──────激突するッッ!!

 ギーガンの気合一閃!!
 「ふん!!」と、ばかりに振り下ろされた大剣を彼女は両手で挿みこんだ。

 ガシィィィイイイ……!!!

「むっ……! この剣は───!?」
「ぐはははははは! 気付いたかッ。こいつは、お前の剣よ!!」

 ゴテゴテと装飾を施された剣は、確かにオリハルコンの輝きを放っている。

 そして、削り取られてはいるが……微かに、魔族のものである紋章が───。

「このッ! 私の剣に余計な装飾を──!」

 怒りに満ちた表情でエミリアはギーガンを睨むも、奴は全く怯まないッ。

「ふんッ! 薄汚い魔族の分際で分不相応なものを使っているから、ワシが再利用してやったまでよ! むしろ、」

 ───ありがたく思え!!

「ふざけるなッ!! 我ら───魔族の戦士に代々受け継がれる、栄えある剣に何という醜悪な装飾を!………………恥を知れッ」
「ぬかせ、小娘がぁぁあ!! この紋様の美しさが我が帝国の力の証じゃぁあ───!」

 ギリギリ……と、力を籠め剣を奪い返そうとするエミリア。
 空中で二人は絡み合い今も滞空している。

「笑止───。その文様には、なんの軍事(ミリタリー)的価値(アドバンテージ)もない!!」

「ならば、勝ち取ってみせるがいいッ!!」

 ───おうよ!!!

 小柄なエミリアと巨躯のギーガン。
 一見してギーガンのほうが有利に見えるが……。

「───私を誰だと思っている!!」

 膂力はドワーフに次ぐ、怪力の持ち主──────。

 ───ダークエルフの、
「エミリア・ルイジアナだぞッ!!」

 ブンッ!!

 両手で白羽取りした大剣を、力任せに引っこ抜くと空高く舞い上がる。

 そして、勢いのまま空中で激突する二人。

「ば、かな……!」
「アンタが、ね」

 ガッッ!!

 驚愕に顔を染めるギーガンの頭を、両足の太ももで挿むように、そっと包み込み抱締めるエミリア。

 巨躯の将軍と小柄なダークエルフ。

 まるで祖父と小さな孫の様に見える二人は空中で絡み合い、ギーガンはエミリアの鼓動と温もりを間近で感じた。

(ダーク……エルフ───)

 至近距離で見つめ合う二人。
 そっと、ギーガンの頭を撫でるエミリアは、ニコリとほほ笑む。

 不覚にも、ギーガンはそれを美しいと感じてしまった。だが、次の瞬間!!───彼女の顔がキッ、と鋭いものに代わる。

「捕・ま・え・た……」

 ミリミリミリ……! と、怪力を感じた頃には頭部に激痛が走り、エミリアの膂力に負けて空中ですら押し返されていく。
 そのまま、帝国軍が壊滅した方へと飛んでいき───。

「ぐ、が───は、放せ……!」

「帝国軍指揮官──魔族領侵攻部隊の長……そして、我らが大敵、」

 ギーガンの抗議など耳を貸さず、エミリアは冷たい目でギーガンを見下ろすと、言う。

「……数多の同胞を殺戮し、今もなお、その地位にいる───すなわち、我らが怨敵ッ」

「ま、まて!! よせ!!」

 ギリギリ……ミシミシ……!!

「め、命令だ!! へ、へへへへ、陛下の命令だ! 上司の指示なのだ!!」

 わ、ワシは……。
 ワシは──────!!

「ワシは悪くないッッッ!! ワシは微塵も悪くなどない!! ワシは──────」

「はッ」 

 まともな言い訳を言うのかと思えば……。

「んなわけ、」



 あるかーーーーーーーーーーーーー!!!



 ブチィ!!
 力任せに首根っこを引っこ抜くと、ギーガンの身体を蹴り飛ばす。

 ギュルギュルと回転する身体が、陣地手前に、急造した応急地雷原にドスーン──と。

 首を見れば、まだ口をパクパク動かして、何やら言っているが───もう幾ばくも命の火はないだろう。

 それでもまだ、どう見ても言い訳を言ってやがる……。

 もっとも、肺がなければ空気を送り出せない。
 どうやっても、しゃべれはしまい。

「聞くに耐えないわ」

 ドスーーーンと、体が地雷原に転がったのを見据えて、
「くっだらない男……。最後くらい気概を見せなさい」

 ミシミシと、手に持つ顔面を握りつぶす様に構え──────ぶん投げた!!

 ブンッッと!

 身体のすぐそこ───地面に敷設された地雷目掛けてッ。

 ぱくぱくぱくーーーーーーー!! と口が動いている。

 多分、やめろーーーーー!! とか言ってるのだろうが、

「帝国軍は終~了─────さようなら、最後の将軍。派手に吹っ飛びなさいッッ!!」


 そして、地雷に顔面が着弾────、地雷の信管を叩いて、ドカーーーーーーーーン!

 と、首が空に舞い上がっていく。

 爆風の中に見えた顔が、「嘘ぉぉぉぉおおん?!」って感じで歪んでいく。

「良かったわね───帝国軍では戦死者は二階級特進するんでしょ? きっと、アナタがナンバーワンよ」

 あははははははははははは!

 ひとしきり笑うと、エミリアはクルリと身を翻して着地。

 あとには、ベチャベチャと、地雷で生焼けに焼けたギーガンの肉片が降り注ぐのみ。

(きった)ないシャワーね……」

 それはそれは楽しげに、ニッコリとギーガンの最後を見つめてエミリアは笑った。

 そこにタイミングよく、空に舞い飛んでいた剣がクルクルと回転しながら落ちてくる。

 パシリッッ! と、見もせずにそれをキャッチしたエミリアは、柄に唇を当て小さく呟いた。


(おかえり……)


 そして、言う。



 さぁ、
「お次はロベルト──────」


 そうとも、勇者パーティの知恵袋。
 賢者ロベルト───次は、お前の番だ。


第15話「対面」

「ん~♪ ふふ~♪」

 エミリアは帝国軍を撃破したあと、抜き身の剣を携えたまま悠然と帝都を歩いていた。
 
 もっとも、帝都とは言っても今は瓦礫の山。
 だが、そんな瓦礫の中にも濃密な人間の気配は感じる。

 さすがは世界最強国家の帝国───その首都だ。
 あれ程16インチ砲弾をぶち込んでも、まだまだ、まだまだまだ、まーだ人間はたくさんいるらしい。

「あはははは♪ これが人間? ここが帝都?」

 たいしたことないわねー♪

 帝都はあちこちで延焼しており、まるで焼け野原だ。

 当然住民の姿は見えず───……。

 だが、そこかしこに生き残りはいるのだろうが、微かに気配と衣擦れの音がする。
 その様子からも、一部始終を彼らは見ていたのだ。
 帝都を焼いた下手人がエミリアであると言う事を知り、今は息を殺しているのだろう。

「うふふ。そのまま、怯えているがいいわ」

 家屋の残骸に身を寄せ、ガタガタと震えているのだ。ワザワザ相手にするまでもない。

 だが、歯向かうなら別だ。敵の残党とて、まだまだいるだろう。
 そして、ギーガンの突撃に付き合わず逃亡を図った兵も、かなり多くいるに違いない。
 逃亡兵と敗残兵にエミリアを攻撃する意思などないだろうが、ここは腐っても敵地だ。

 もっとも、エミリアに戦いを挑もうとする勇者(この場合は愚者か)は、どこを探してもいない様子。

 いるとすれば…………。

「さぁ、ロベルト───あなたは、これくらいで死ぬはずはないわよね」

 勇者パーティにいた時に、散々自慢していたものだ。
 帝都に専用の研究室をもっていると──。

 そして、魔族領を出るときに、帝国軍の指揮官クラスから得た情報をもとに、エミリアは征く。

 奴がいる、その根城へと───。

 目標は基部だけになった皇城だ。
 デカくて目立つものだから、戦艦の艦砲射撃が集中して、ほとんど更地になっている。

 構造材が今も燃えているのか、白い煙と黒い煙が斑に混ざり合っている様子が見えた。

 だが、それだけじゃあない。

 世界最強国家の帝国───その元首が住む城だ。当然、地下も広大で無茶苦茶頑丈に作られている。

 すわッ、その時!───となれば皇帝が脱出するための通路もあることだろう。

 そして、今がまさにその時だ。

「ふふふ。でも、アナタはそこにいる───でしょ? ロベルト」

 プライドが高く、それなりに頭のいいロベルトのことだ。

 ただただ、無防備に逃げるよりも、少しでも有利な態勢で迎え撃とうとするだろう。
 ここは、廃墟に成り果てようとも、奴のホームグランドだ。それなりに策も駒もあるに違いない。

 それ以前に、ロベルトはエミリアを侮っている。
 かつて、勇者のペットをして喘いでいる姿を見られているのだ。そう思われていても仕方のないこと。

 ましてや、ボロクズのようになり果てたエミリアを知っている。なにせ、死霊術の刺青を破壊した連中のひとり。
 ゆえに、見下し、笑い、辱めた女が復讐に来るのだ───。それに対して、尻尾を巻いて逃げるなど出来ないだろうさ。

「だから、さっさと来なさい───」
 でないとこっちから行くわよ。

 奴とて、エミリアがどこまでも追ってくることを理解しているのだから当然のこと。

 バリ、メリ、グシャ……!

 廃墟と化した皇城跡地を歩く。
 海岸と帝都中心に、アメリカ軍を置いていき、エミリアはただ一人ロベルトに相対しようと言う。


 そして……。
 

「ゴホゴホ……!」

 ロベルトが咳き込みながらも、(くすぶ)る廃墟の中、ひとり悠然と立っていた……。

「やぁ、エミリア───」
「あら、ロベルト───」



 久しぶり。



 ニッコリと笑って笑顔の応酬。
 ロベルトは例の細目をさらにキュウと細く、細く───。

 エミリアは美しい笑みを深く、深く──。

「お待たせ……」
「ふふ。君は勇者どのの傍に身を寄せていた時より、今の方が一層、だんぜん輝いているね」

 微笑を浮かべたまま、ロベルトはエミリアの足先から頭の先まで舐める様に見渡す。

「あら、ありがとう。お陰様で───……」

 でも、
「───アナタとおしゃべりをする気はないわ。まずは私の刺青を返してもらおうかしら? そのあとは、」

 死ん───

「刺青? あぁ、これですか───」

 足元の木箱から小さな瓶を取り出すロベルト。
 そこには、褐色の皮膚片が液体に浮いていた。
 あぁ、間違いない。
 あの紋様は私の愛しいアンデッドとの繋がり───死霊術の刺青だ。

「大変参考になりましたよ。あとはこちらをバラバラにして、よ~く解析してみました。───ほら、アナタのご両親」

 ッ!!

「死霊術を生んだご両親です。やはり、血筋も多少関係しているようですね。お陰で人類の悲願───蘇生と不老不死に一歩近づけましたよ」

 そう言って、木箱の中から大きな瓶を──────……。

「と……」

 父さん?
 母……さん?

「おや? 感動のご対面でしたかな?───ははは、つもる話も、」
「───おのれぇぇぇぇぇぇぇぇっぇぇええええ!!!!」

 ───こぉぉぉぉぉおおの、外道がぁぁぁぁあああ!!

 ダンッッッ!!! と、足元の廃材を踏み抜きエミリアが跳躍ッ!!

 この腐れ外道と会話したのが間違いだ!!
 一呼吸すら、させてなるものか!!


「死ぃぃぃぃぃいいねぇぇぇええええ!!」


 剣を構え、ビキビキッ!! と力を籠めてロベルトの顔面を串刺しにしてやるぁぁぁぁぁぁぁああ!!!

 猛烈な勢いで迫る、オリハルコンの大剣!
 ロベルトの顔を輪切りにせんとする──、


「───そうはさせねぇよ!」


第16話「vs S級冒険者(前編)」


「───そうはさせねぇよ!」
 ガィィィイイイン!!!

 サッと、エミリアとロベルトの間に割って入る影が数名ッ!
 大剣を携えた戦士風の大男が、すかさずエミリアの剣を受け止めた。

「チッ!」
「くくく。何の策もなくアナタの様な、猪武者の前に出るわけないでしょうに───私を誰だと思っていますかッ」

 賢者(サージ)ロベルト───。

「いーえ。今は帝国一の頭脳を持つ、大賢者(アッカーマン)のロベルトです!!───そして彼らは、S級冒険者!! アナタを迎え撃つ最強の刺客ですよ!」

 コイツ等が最強(・・)の刺客?

 フッ……。

「あんまり、笑わせてくれないでよ───ロベルトぉぉお!」

 ───ふんッッッ!
 
 ギリギリギリ……!!

 膂力でもって押し返すエミリア。
 S級だとかいう冒険者の戦士は、顔面汗だらけにしながらも、ズリズリと後ずさる。

「こ、こりゃ……! わ、割に合わねぞ!」

 ギギギギギギ……。
 戦士の剣が不気味な音を立てる。
 剣の質が違い過ぎて相手にならないのだ。

「何を気弱なことを! 大金を払ったのですよ!! 私の準備が整うまで(・・・・・・・)時間を稼ぎなさい!!」

 予想外の苦戦にロベルトが驚いている。
 いや、それ以上に──────準備だと?

(何か企んでいるな……)

 だが、構うものかッ。
 罠だろうが何だろうが、それごと食い破ってやる!

「迂闊だぞ、ボルドー!!」

 戦士を援護するべく、双剣使いの獣人が戦士の背後から、突如エミリアに襲い掛かる。


 ───チッ!


 ギィン!! 激しい火花を弾けさせながらエミリアと戦士が距離を取る。
 その中間に双剣使いが着地すると、猛然と肉薄し、エミリアに白兵戦を挑む。

「おらおらおらおらおらぁぁぁあ!!」

 双剣使いの、素早い剣の一撃一撃がエミリアの肉を削ぎ落さんと攻め寄せる。

 ギィン! ギィン! ガィン!

 それをバックステップで躱しながら捌き、一撃を叩き込もうと隙を伺っていると──。

「今だ! コンビネーションアタック!!」

 リーダー格らしい戦士が叫び、双剣使いが背後に飛んだ。

(───何の真似かしら?)

 弓使いのエルフを除く三人が、サッとそれぞれを支援できる位置に別れると、エミリアを半包囲する。

 なるほど───ベテランだ。

 ……面白い、
「───いいわよ。……まずは、あなた達から血祭りにしてあげるッ」

 4体1という、不利な条件ながらエミリアは全く焦っていなかった。

 剣を肩に乗せると、トントンと肩を叩きしつつ、空いた手でチョイチョイ───と挑発して見せる。

「こ、コイツ!」
「落ち着け───連携を乱せば、奴の思うつぼだぞ」
 
 頭に血の上りやすいリーダー格の戦士を、双剣使いが(いさ)めている。

 こいつが参謀格ね。

「ふふふ。ビビってるのかしら?───それでは、ごあいさつ。皆さまご機嫌用、」

 不敵な笑みを浮かべると、淑女が紳士に挨拶でもするかのように、スカートのようにも見える黒いマントの端を少し摘まんで一礼───。

 肢体が晒されるのも構わず、

「───お日柄もよく。そして、………無様に死ねッ!」

 挑発のさなか、猛然と体を起こすと、全身のバネを使って振りかぶりぃぃい───!

 ブンッ!!

 と空気を震わせながら、一人───包囲の輪から離れている弓使いのエルフ目掛けて剣を投擲したエミリア。

「んなッ?!」
「まずい!」
「…………ちぃ!」

 リーダー格の戦士以外の全員が驚愕するなか、その戦士だけが一歩早く動いた!!

 な、
「───舐めるなぁぁぁぁあ!!」

 ガ、ギィィイン!!

 辛うじて飛び出した戦士。
 そいつが辛くもその一撃を防ぐも、僅かだが包囲が崩れる。

 そこに、エミリアが突っかけた。

 狙いは、邪魔なエルフッ!!

「───ちぃぃぃ!! メルシア、チャンスがあったら射れ!!」

 きりりり、と矢を番えた弓がしなる。

「任せて!───ダークエルフめ、私達の時間差攻撃……避けられるかしら!」

 大剣使いの戦士が、巨大な刀身を盾にしつつエミリアに突進。
 双剣使いの獣人が、戦士の姿に隠れるようにして遊撃の構え。

 虚無僧風の男はエミリアの退路を断つ!

 結果、エミリアは素手で四人に立ち向かうしかないのだ──────…………素手?

 誰が??

「奴は武器がない! 畳み掛けるぞ!」
「おう!!」「ええ、任せて───」

 エルフの弓使いが精霊魔法を纏わせた弓矢を引き絞り、戦士と双剣使いがエミリアと激突する瞬間に狙いを定める。

 なるほど───。

 戦士の攻撃を一の太刀としつつ、双剣使いが二の太刀、そして、エルフの弓使いが三の太刀。

 連続攻撃と見せかけて、微妙に一撃の時間をずらした、絶妙な時間差攻撃かッ!!

「やるじゃない──────。…………ほんの、ちょっとだけねッ!!」

 だーけーどー、それに付き合ってやる道理はないわ!


「───私を誰だと思っているッッ」


 ブワサぁ! と、黒いマントを翻したエミリア。

 その下にある、瑞々しい裸体を晒しつつも──────そこに巻き付くようにして体を縛っているのは、大量の各種ガンベルト。

 そこに収まった無数のコルトガバメント(自動拳銃)を二挺───両手を交差させつつ、二手で引き抜く。


 ズ───ジャキ!!


「な、なんだ、あれは──────?!」

 これのこと?
 これは、コルトガバメント。




「───45口径の拳銃よ!!」


第16話「vs S級冒険者(後編)」

 これは、コルトガバメント。
「───45口径の拳銃よ!!」

 特と観なさいッ!
 アメリカ軍の、鉄の拳の威力を───!!


 パァン、
 パァンパァンパンパンパンパンパンパン!


「ぐぅお!!」

 戦士の身体に拳銃弾がめり込むと、まるで巨大な拳でぶん殴られたかのように動きが鈍り、ガクリと膝をつかせる───!

 見たかッ!!

 コルトガバメントの、45口径───45ACP弾のマンストップ効果は伊達じゃない!!

「ぼ、ボルドーぉぉおおお!!」

 崩れ落ちる戦士の背後にいた双剣使いが、驚愕の表情を浮かべている。

 まさかやられるなんて?───そう思っている顔だ。

 だが、容赦などしない───!

「ヒッ!!」

 銃を向けるエミリアに驚き、身体を硬直させる。
 未知の武器、未知の攻撃に思考停止状態に陥っているのだ。

「───そういうときは、伏せるのよ」
 もう遅いけどね!

 パン、パン、パンパンパンパン!!!

「あぐッッ!」
 グシャ───と、変形する顔を見届ける事なく、エミリアは弾切れの拳銃を空に放り捨てると、疾走ッッッ!

 そのまま、双剣使いの身体が崩れ落ちるのを見越して、彼の身体を飛び越えざまに、その後頭部を蹴り飛ばして、背後にうっちゃる!

 そこには、ちょうどエミリアの死角を突こうと、攻撃をしかけてきた虚無僧風の男が、双剣使いの身体にまともにぶち当たる。

「ぐ───!!」

 どうやらエミリアの背後を突こうとしていたようだが、───見え見えだぁぁあ!

 双剣使いを蹴り飛ばして稼いだ滞空距離をそのままに、クルリと頭を下にして背後を振り返るムーンサルト!

 まるで、空中で制止するかのように跳躍。

 反転した景色の中、スチャキ! と、新しい拳銃を二手に構えなおした。

 そして、しっかりと拳銃の照準を虚無僧風の男に付けると、
「───背後(バック)から無理やりって、好きじゃないの」
 
 パン、パン、パンパンパンパンパンパンパンパンパンパンパンッッ!!

「………………ぐふッ」

 ガクリと崩れ落ちる虚無僧風の男。
 深編笠の下から、ドクドクと血が流れているのが見えた。あれは即死だろう。

「このぉ!! ダークエルフぅぅぅうう!」
「そうよ? それがなにか?───森のエルフさん」

 憤怒の表情で矢を放つエルフ。

「───空中で躱せるものかぁぁぁあ!!」

 ビシュン!!

 凄まじい勢いで放たれた矢を、ガキィィィン───! と、ガバメントを交差させて弾く。

「───躱す必要なんてないわね……。貧弱な森エルフめが!!」

 クルンと体を捻り態勢を元に戻すと、バサバサと黒いマントをはためかせてエミリアが迫るッ!!

「ひぃ!!」
()ーーーーー、らーーーー、えーーーーー!!」

 バサバサバサバサッ!!

 巨大な黒い蝙蝠───?
 いや、
「───あ、ああああ、悪魔ぁぁあッ?!」

 悪魔ぁぁあ?

 ハッ!
 違う───魔族のエミリア・ルイジアナである!

 ガッツン!!! と凄まじい衝撃の下、エミリアは弓使いのエルフに着地すると、
「こんにちわ。魔族の軍人なら、アナタまぁまぁの使い手よ──────さようなら」

 パァン!!

 ……ドサリ。
 力なく倒れ伏した弓使いのエルフ。

 エミリアは弾切れになったその一丁をポイっとエルフの亡骸に投げ捨てた。
 そこに、まるで図ったかのようにエルフを見下ろすエミリアの手に、さきほど戦士に弾かれたエミリアの剣が降ってきた。

 ヒュンヒュンヒュン!!


 …………パシィィ!! 


「ヒュゥ♪ あっと言う間に殲滅ですか!」

 パチパチパチと、乾いた拍手で白々しく笑うロベルト。

「これがS級?……こんなものがアンタの隠し玉?」

 ───違うでしょ?

 そう言って堂々とロベルトの前に立つ。

 両者ともに美しく笑う───。
 そして、激突のとき(きた)る…………。

第17話「人造死霊術(前編)」


「ヒュゥ♪ あっと言う間に殲滅ですか───」

 パチパチパチと、乾いた拍手で白々しく笑うロベルト。

「───これがS級?……こんなものがアンタの隠し玉?」
 ……違うでしょ?

 そう言って、堂々とロベルトの前に立つエミリア。

「あっはっは! いやはや、大したものです。彼等とて、人類最強の一角(ひとかど)なのですよ。それをまぁ……。ふふらさすがは元魔族最強の戦士───エミリア・ルイジアナ」

 フルフルと芝居がかった仕草で、首をふるロベルト。

「あーら。ありがとう───アンタに褒められるなんて光栄だわ」
 
 じゃあ、

「そろそろ、死んでちょうだい。賢者ロベルトぉぉぉぉおおお!!」
「───大賢者(・・・)だ!! 言い間違えるな売女がぁぁぁああ!!!」

 突然激昂するロベルト。
 権勢に囚われた哀れな勇者パーティ──。

 奴が懐から伸縮式の魔法杖(スタッフ)を取り出すと、シャキン!! と伸ばし構えて見せる。

 そして、魔法行使の構え──────!!



 ふ──────遅いッ!



 そのな物を待つほど、
「──────私は優しくないぞッ!!」

 チャキリ……!

 エミリアの持つコルトガバメント(45口径自動拳銃)が、ロベルトを射抜かんとする───。


 だが……。



 ──────ぞわっ!

「う!?」
(な、なに?! この感覚はッ!?)

 突如、エミリアを襲った悪寒───。
 彼女の五感が最大限の危機を伝え、思わず真横に飛び退る───!

 そこに、ブゥン!! と大剣が叩き込まれ、エミリアの過去位置を刺し貫いた。

「な、にぃぃ」

 こ、こいつは……?!

 エミリアに奇襲をかけた下手人は───。

「お前……! 何で生きてるの?!」

 全身穴だらけで、出血多量───そして、まちがいなく急所を撃ち抜いたはずのS級冒険者の戦士(・・・・・・・・)が立ち上がり、エミリアに立ち塞がった。

「ふふふふふふふ……。くははははははははははは!」

 突如笑い始めたロベルト───……こいつの仕業か!



「アンデッドマスターのエミリア! 私も、アナタの真似をさせてもらいましたよぉぉぉぉおお!!」

 見なさい。
 倒した敵が蘇る恐怖!

 ───そして、数の暴力を!!

 バッと両腕を広げて大袈裟に空を仰いで見せるロベルト。

 すると、倒したはずのS級冒険者どもが次々に起き上がり始めた。

 な?!
 ま、まさか───、
「し、死霊術……!?」

 ば……か、な!
 バカな!!

 もう、私の他に死霊術の使い手など──!

「言ったでしょう!───私は『大賢者』だと!!」

 ロベルトが凄惨な笑みを浮かべて、クルクルと舞い踊る。

「さぁ、さぁ♪ 起き上がりなさいッ!」

 私の愛しい死者たちよ──────!

 あははははは! と、歌うように唱え、笑うのはロベルト!!

 き、
「───貴様ぁぁぁぁあ!! 私の愛しい、死霊たちを愚弄するなぁぁぁああ!!」

 こんな奴が死霊術だと!!

 私の……!
 私だけの死霊術がこんな奴に!!

「うぁぁあ……、あうー……」

 ついには、今しがた倒したばかりの森エルフまでもが起き上がる。

 ダラダラと涎を垂らし、ドロリと濁った目のまま、脳漿を零しながら森エルフの弓使いが起き上がる。

 そして、エミリアに掴みかかる───。

 だが、
「───触れるな下郎ッ!!」

 パン、パン、パンパンパンパンパンッ!!

 剣とは別の手に握る銃を乱射し、撃ち倒す。

 しかし……!

「……く! 効いていないッ、だと?!」

 少しばかり、ヨロヨロとよろめきはしたものの、倒れることなく再び歩き出したエルフ。

 ならば!

「私の愛しい!アンデッド達よ────……ゴメン!!」

 ズバァァ!! と、大剣をもって頭から股間まで真っ二つに切り裂くと、エルフは二枚に開かれた状態でドシャリと潰れる。

 なるほど……死霊術とはかくも厄介なモノなのか───!
 自分にその脅威が向いて、初めてエミリアは自覚した。

 なるほど……。
 帝国が、エミリアを危険視したのも理解できる。

 だが!!
 ───よりにもよってこんな奴に?!

「ふふふふふふ! どうです! すごいでしょう、私の死霊術は! これで、これで! 私が人類最強。そして、お前を捕らえて解剖し、さらなる死霊術の深淵にたどり着いて見せようじゃないか!」

 ああーーーーーーー!!!

 欲しい!
「欲しい!!」

 ───欲しい!!!

「エミリア・ルイジアナ!! 唯一の死霊術の使い手だった女ぁぁぁあ!! 私はお前が欲しい!!」

 そして、お前の中を見たい!

 身体をバラバラにして、犯して数を増やして、それらをさらに解剖してぇぇぇええ!!

 わははははははははははは!!

「───私は不死身の神となる!!!」
「はッ?! おためごかしを!!」

 こんなものが死霊術だと!?
 こんなものが?!

「……お前の死霊術はタダのままごとだ!」

 ───アビスはどこだ?
 深淵を知りもしないで語るな!!

 冥府の門(アビスゲート)はどこにある!!

 死者の声など、どこにも聞こえないッ!!




「───カラクリは何だ、ロベルトぉぉぉおおお!!」


第17話「人造死霊術(後編)」

「───カラクリは何だ、ロベルトぉぉぉお!!」

 叫ぶエミリア。
 そこに、しつこく(すが)りつくものがいた。

 半分にしてやったエルフが、なんとまだ動いている。

「ッ……この!!」

 踏みつぶしてやろうかと足を振り上げたエミリア。

 だが、奇妙なことに気付き、眉を顰める。
 なんと、動いているのは半分の片方だけ。
 ───もう一方はピクリとも動かない。

 …………こ、これは?

「キィ、キィ、キィィイ……!」

 エルフの頭部からウゾウゾと、蠢く昆虫の様なものが顔を出し、必死にエルフのもう半欠けの脳ミソににじり寄ろうとしている。

 そして、そいつの先端が半欠けの脳に触れたとたん、ビクリ!! と、半分に裂けたエルフがまた動き始めた───。

「おや、おやおやおや……。これは、これは───ネタがバレてしまったようですね」

 まいった、参ったと、天を仰ぐロベルト。

「そうです───。これは完全な死霊術ではありませんよ。見てください」

 そう言ってロベルトが懐から取り出したのは、真っ赤な幼虫のような気味の悪い物体。

「これは、寄生型ホムンクルス───。この子は人体に寄生し、宿主が死ねば宿主を乗っ取り動き出すのです! 私が死霊術を解析し、その様に作りました!!」

 こ、コイツ───!!

「それがお前の研究成果なの───」

 馬鹿め───。

「そんなものは死霊術ではないわ!!」

「そうです、そうです!!───だから……だから、あなたが欲しい! 今すぐッ!!」

 さぁ、愛しきアンデッドよ……!

「───かかれ!!」

 ズルリ…………。
 ズルズル…………。

「うううううう……」
「ぐぐぐぅ…………」
「あーうー…………」

 戦士、双剣使い、虚無僧までもがドロリと動き出す。

 そして、半欠けのエルフも……。

「くだらない───」
「ふふ、どうでしょうか? 死体が起き上がり襲い掛かる───その恐怖!!」

 とくと、味わいなさい!!

「くだらないと言ったぁぁあ!」

 エミリアは気合い一閃!

 カッ! と、目を見開くと、
「ふ──────……ようはホムンクルスとやらを破壊すればいいのね?」

 ならば、

 ──────グシャッぁぁあ!!

 エミリアは足元で蠢くエルフの頭部───そこに巣食うホムンクルスを、思いっきり踏みつぶした。

 すると思った通り、エルフがビクリ! と震えて──────止まる。

「そうですよ!! ですが、できますか! その優秀な武器と剣だけで、全てのホムンクルスを破壊することが」

 さぁ!!! やってみなさい!!
 ロベルトが余裕の表情で死体を指し示す。

「ふっ」
 対する、エミリアは小馬鹿にした笑いをニヒルに決めると───。

 ジャキ──────ズドン!!!

 頭部をぶっ飛ばされた戦士がグシャと、湿った音を立てて倒れる。


 ……ドサッ。


「───できるわよ?」

 背中に背負っていたショットガンを構えたエミリアが、ガシャキン───と、ポンプアクションを決めると薬莢を排莢し、再装填。

「え? あ? な……?」

 ポカンとした顔のロベルト。

「……お馬鹿(・・・)な『大賢者』さん、」

 ジャキ──────ズドン!!
 グシャアア──────どさり。

 双剣使いが斃れる。

「───こんなノロマを量産したところで、私に敵うとでも?」

 馬鹿め……。

 S級の冒険者どもが元より強くなるならまだしも───。
 弱体化した死体を操ったところで、何になる?

 すぅぅう、
「──────死霊術を舐めるなッ!!」

 ショットガンを担うと、大剣を代わりに携え、鋭く踏み込み───ズパンッ!! と虚無僧の首を一刀のもとに跳ねる。

「な、ば……ばかな!」
「バカはアンタよ───大賢者さん」

 さぁ、そろそろ年貢の納め時。

 他の連中(残りの勇者パーティ)の情報をたっぷり吐き出してから───。



「死になさい!!」



 チャキっ!! 

 美しい所作で剣を向けると、ロベルトが青い顔で後ずさる。

 だが、
「ふ───ふふふふふふふふふ。ふははははははははははははははは!!」

 言ったでしょう───!!

 寄生型ホムンクルスは人体に寄生し、宿主が死ねば動き出すと!!!

「なに?……………………ッッ、まさか!」

「さぁさぁ、お手並み拝見──────死霊術の先輩エミリアさん、私の軍団を降して見せて欲しい!!」

 コイツ!!

「うううああああ…………」
「「ぐるるるるるる…………」」
「「「あーうーあー……………」」」

「「「「「おおおおおお………!」」」」」


 な、なんてやつ!!

「───ま、まさか、帝国軍全体に寄生虫をばら撒いたの?!」

「はははははははははははは!! 当たり前でしょう! アナタが来る(・・・・・・)のです。備えておきました」


 この、
「───外道がぁぁぁぁあああ!!」



 なんてことだ。
 ……全帝国軍が再び起き上がる!?


第18話「キャニスター弾」

 この、
「外道がぁぁぁぁあああ!!」

 帝都中の───……そして、エミリア達が殲滅した帝国軍が再び起き上がり立ち向かってきた!

「ひゃははははははははは!! 見ろッ、これが私の死霊術だぁぁぁああ!!」

 ヒラリヒラリと舞うようにして、ロベルトが死体の群れに飛び込んでいく。

 そして、まるで死霊の軍勢の主のように振る舞うと───。

「征けッ。私の愛しいアンデッドたち! 逝くのだぁぁあ!!」

 ズルリズルリズルリ……。
 死してなお酷使される帝国軍。

 彼らに何の同情もしていないが、死霊術を名乗られるのは業腹ものである。

「ふ………………。くだらない男───」

 所詮、こんなものは紛い物。

「いいわ。相手してあげる──────。何十、何百の男を受け入れるくらい、とっくに経験済みよ」

 私が欲しい?

 …………だったら、

「抱いて見せなさいッッ!!」

 いでよ!! アメリカ軍──────!!

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!

 地面からせり出した『USゲート』。
 ガラガラと騒音をたてながら、防弾シャッターが開き、海兵隊が大砲を転がしながら現れる。

傾注(アテンション)!!』
 美しい敬礼を決めた海兵隊の砲兵。
 彼らの押す大砲は───、

※ M3、37mm対戦車砲 ※

 口径37mm
 全長3、92m
 全幅1、61m
 全高0、96m
 重量413Kg
 初速884m/s
 最大射程6、9Km
 弾種、
 徹甲弾、榴弾、キャニスター弾、曳光弾

 それは、対戦車砲。
 太平洋戦線で散々日本軍に痛い目を見せてきた戦車キラー。
 そして、大型散弾(キャニスター弾)により、歩兵を惨殺した恐ろしい兵器でもある。
 
 ゴロゴロと重々しく、黒々とした砲口をとみせる無骨な対戦車砲。

 その威容に、初めてロベルトが驚愕に目を見開いた。

「な、なななな、なんですか、それは?!」

 シャッターの中から次々に現れる海兵隊。
 彼らはらズラリと37mm対戦車砲を並べると、その砲列をもって死体の群れに照準を付けた。

「彼ら? ふふふ。彼らは、私の愛しいアンデッドのなれの果て───いいえ。新しい私の死霊たち…………愛しきアメリカ軍よ!」

「あ、アメ───??」

「語るに及ばず! ただ、知れ、見よ、聞け!!」

 そして、

 ───撃てぇぇえ(ファィァァア)!!

 ドンッッッッ!!

 ドン、ドン、ドン、ドンッッッッッ!!!

 計5門になる砲列が一斉に火を噴き、死体の群れに突き刺さる。
 発射弾薬は37mm砲用のキャニスター弾(大砲用散弾)だ!!

 ザァァァァア!!

 と、無数の弾子がばら撒かれ───憐れな死体どもを薙ぎ払う!!

「ひぃ!?」

 ロベルトにギリギリ届きそうな範囲で、死体の群れが放射状にぶっ潰され、グッチャグチャに潰れていく!!

 頭部とか、ホムンクルスとか、もうそんなもの関係ない!

「あははははははははははははは! さぁ、大賢者さん。──────私が欲しいんでしょ? ねぇ、まぁだ~?」

 自らの手で体をさすり、薄い身体のラインをマント越しに強調してみせ、熱い吐息をはく。

 うふふふふふふふ……。

 私はここよ。
 ここにいるわよ?

「さぁ、さぁ、さぁ、さぁぁ───抱いてごらんなさい! ここまで来れば、愛してあげるわ!」

 大賢者ロベルトぉぉぉおおお!

 あはははははははははは!!
 あはははははははははは!!

「ま、まだです!! まだまだまだまだぁああ!! 行け、アンデッドども!」

「違う違う違う───違うわよぉぉおお、大賢者ロベルト」

 ロベルトとエミリアが言葉の応酬をしている間も、アメリカ軍は黙々と大砲を放つ!!

 ドン、ドン、ドン、ドン、ドンッッッ!!

 たかが、37mm程度の砲弾だ。
 砲手にかかる負担も少なく、反動も駐退機で完全に吸収できるので、発射速度がやたらと速い。

 無数の死者の群れに、無数の弾子が食い込んでバラバラにしていく。
 それは、もはや作業だ。

「な、何が違う! 私の死者の軍勢だ!! 私の死霊術だ!!」


 違ぁぁぁぁあう……。


「それは、」
 ───ただの人形だ!!!


「だ、黙れぇぇぇええ!!」


 憤怒の表情でロベルトは言い放つと、懐からさらにホムンクルスを取り出すと空中にばら撒いた!!

「見なさい!! 私の研究成果を───!」

 バラバラと振りまけられたホムンクルス。
 そいつが、腹に抱いていた卵の様なものが粘糸を撒き散らしながら無数の子虫を放つ。

「汚い粘液……」

「ははは! 余裕で居られるのも今のうちです───。この瓦礫の下には、無数の死体が埋まっている! お前の卑怯な攻撃のお陰でな!! 私のホムンクルスは、」


 ───死体にも寄生できるのです!!


 ガラガラガラ……!!

「うーあー…………」
「ぐるるるるる……」

 なるほど、死体だ。
 艦砲射撃によってバラバラにされた死体だ。

 多少五体満足な奴もいるが──────。

「………………アメリカ軍相手に、数で対抗しようだなんて───」

 なんて、おバカな子。

「だ、黙れ、黙れぇぇぇぇええええ!!」

 行けッ!!
 私のホムンクルスども!!

「そう…………わかってるじゃない?」

 所詮──────人形(ホムンクルス)だってことがね!!

「違うっっっ!! 死霊術だぁぁぁああ!」

 ふ……ほざけ。
 そんな死霊術なら──────!!

 すぅ……。
「───薙ぎ払えッッ」

『『『了解ッ(アイコピー)閣下(マム)』』』

第19話「USA!!」

 すぅ……。
 ───薙ぎ払えッッ
『『『了解ッ(アイコピー)閣下(マム)!!』』』

 ズドンッッ、
 ドン、ドン、ドン、ドンッ!!

 新たな死者の群れもなんのその!!
 アメリカ軍が、鎧袖一触でどんどん弾をぶっぱなし、死体の群れの数を減らしていく。

 対戦車砲の周りには、硝煙臭い薬莢が大量に散らばっているが、まったく故障もなく撃ち放題。

 ドン、ドン、ドン、ドンッ!!
  ドン、ドン、ドン、ドンッ!!
   ドン、ドン、ドン、ドンッ!!

 待ち構えている対戦車砲列に、ただボンヤリ歩いて向かう死者に敵うはずもない!

 一応、弓やら槍やらで反撃しようとしているらしいが、射程に入る前に大粒散弾に引き裂かれてグッチャグチャ!!

「なんですか! なんなんですか! なんなのだ、それはぁぁぁああ!!」

 スゥっ───、
「───キャニスター弾である!!」

 そんなの、
「おかしいだろうがーーーーー!!」


 ドカーーーーーーーーン!!


 ザァァァァ……と、降り注ぐ大粒散弾が死者を、もう一度死者に……。

 死体は死体に変わり、二度と動かない。

「もう、眠りなさい───……帝国軍の兵士たちよ。死者の魂まで、断罪しようとは思わないわ」

 帝国兵とはいえ、いまやもう愛しき死霊たち──────……貴方たちにも冥府が待っているよ。

 ───そこに、お帰りなさい……。

「まだだ!! まだだ!! まだだぁぁあ!
 帝国軍10万は不滅だぁぁぁああ!!」

 うーーー、あーーー、うぅーーー!
 ぐるるるる、ぐぅぅぅうーーーー! 

 ズルズルズルズルズル……。

 ロベルトの背後から、何体もの死者の群れが現れる。

 そして、瓦礫の下から顔を出す。

 なるほど、確かにキリがない。

 だけど、
「───アメリカ軍相手に物量?」

 そう、だけど───だ。

 ふふふ。

「───ふふふふふふ」

 ふはははははははははははははははははははははははは!!

「あーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっ!!」

 心底オカシイと笑うエミリア。

 それを顔を歪めながら、憎々し気に睨むロベルト。

「こ、この売女め! な、なな、何がおかしいのです!」
「おっかしいわよぉ────あははははは」

 ギリギリと歯ぎしりするロベルトを、クスリと笑って挑発。

 だぁぁって、そうでしょ??

「私ね───……物量勝負なら負ける気がしないもの」

 呆れた物量を誇るアメリカ軍。

 ()の者たちの戦術理論(バトルドクトリン)は常に数の優位。

 物量の優越がなくして、戦いなどあり得ない───。

「おいで……愛しのアメリカ軍よ───」

 ズズズズズ───!!

 地中より競りだしてきた防弾シャッター!
 それが無数に!!

 そこから、

 ギャラギャラギャラ……。

 『USゲート』から、スチュアート軽戦車が騒々しい音とともに、

 ザッザッザッザ!!

 『USゲート』から、火炎放射器を担いだ工兵たちが群れを成して、

 ゴロゴロゴロゴロゴロ……。

 『USゲート』から、追加の対戦車砲が砲兵と共に何門も!!

 アメリカ軍。
 アメリカ軍。

 ───アメリカ軍!!!

 どこから、どこまでもアメリカ軍!!!

「───な、なんななななななな、なんですかそれは!?」

 あはは、見てわからない?
「───アメリカ軍(世界最強の軍隊)であるッッ!!」

 ドォン!!

 と、腕を組んだエミリアの周囲を───ズラッと埋め尽くすアメリカ軍の兵士達!

「そ、そんなの……。そんなの───」



 そんなの──────!!!


 さぁ、
「───終わりよロベルト。さぁさ、かかっておいでなさい」

 エミリアの言葉に答えるように、ビュン!
───と矢が放たれ、彼女を貫かんとするも!

 パシィと、それを受け止め投げ捨てる。

 そして、

 発射地点に向かってアメリカ軍が一斉砲撃!

『『『撃てぇぇえ(ファイヤァァア)!』』』

 スドドォォオオオン!!
 あっという間に紅蓮の炎に包まれる死体の群れ。

 とくに、矢を放った着弾点は念入りに更地に変えられる。

 ふふふふふ!
「……一発の矢には、千発の銃弾で答えよう!」

 ダダダダダダダダダダダダダダダン!!

「───10発の魔法には、万発の砲弾で答えよう!」

 ズドン、ズドンズドンズドンズドン!!!

「───百人の騎士には、十万の兵士(GI)を送りこもう!」

『『『『『U・S・A!!』』』』』

 平伏せ、帝国の愚者どもよ───!!

 『『『U・S・A』』』
『『『『U・S・A!!』』』』

 U・S・A───!!!


「U・S・A!!」


 謳いながら、ロベルトを睥睨するエミリア。

 そして、驚愕のためか体をガクガクと揺らすロベルト……。

 驚いたかしらロベルト?

 これがアメリカ軍。
 私の──────新し

「そ、そんなの───」

 ん?



 そんなのって─────────!!!




「──────いいッ!!」

 ニコォと微笑むロベルト。
 いつもの細目がさらにキュウと細くなりキツネのようだ。

 そして(のたま)う。
 
「いい!! いい! いいぞ、エミリア!」

 ───いいなぁぁぁ!!

「───いいなぁぁぁあ!! それ、それが、欲すぃぃぃぃいいい!!!」

 ロベルトが目を輝かせて恍惚とする。

 あぁ!
 あぁぁ!!

 あぁぁぁぁッ♡
 
「エミリア!! エミリア!! あぁぁぁ、エミリア!!!」

 愛しい、愛しい、愛しいエミリア!!

「あぁぁぁ、好きだ!! 君が好きだエミリア!!」

 欲しい、欲しい、欲しいエミリア!!

「ああああああ、どうすればいい?! どうすれば手に入る───!!」

 愛している、愛しているよエミリア!!

「何でも出そう───。何でもしよう!! だから君に、ぶち込ませてくれ!!」

 犯して、鳴かせて、喘がせたい!!

「好きだ好きだ好きだ好きだ!! あの夜に君と会った瞬間───恐怖とともに、私はアナタを愛していたんだ!!」



 エミリアぁぁぁぁぁぁあああああああ!!






「………………きも」


第20話「殲滅」

「………………きも」



「気持ち悪くなどなぁぁぁぁぁああい!!」

 今すぐ。今すぐ。今すぐ!!!

「───今すぐ、君を組み敷いて、何度も何度も何度も、私を注ぎ込みたぁぁぁあい!」

 もう堪らんと、ばかりにブルブルと震えるロベルト───。

「一つになろう! 君がいれば、私は世界を滅ぼしてもいい!! なるべきだ! そうだ、私と君は夫婦に……いや、一つになるべきなんだ!!」

 ああああああああああああああああああああああああ!!

 そうか!!

 そうだ!! 

 食べよう!!

 君を食べよう!!

 食べたい! 食べたい!! 食べたい!!

 君が食べたい!!

「喉を、胸を、心臓を!! そして頭を食らいたぁぁぁああい!!」
 
 ロベルトは懐からエミリアの入れ墨の破片を取り出すと、ベロベロと舐め始め、ついには口に含み齧り始める!!

「ふひひひひひひひひひひひひひひひひ!」





 うん…………………………キモイ。





「ロベルト──────」

 ニコリ。

「なんだい。愛しの君よ」
「キモイからもういいわ」

 え?

命令する(アイオーダー)───」
傾注(アテンション)!!』


 蹂躙せよ(バィオレィト)


はい、閣下(サーイエッサー)!!』


「行きなさい、愛しのアメリカ軍───」

 一つの取りこぼしもなく。

 一切の容赦もなく、
 一辺の慈悲もなく、
 一欠片の憐憫の情もなく!!

アイツを殺せ(キル ヒム)ッ」
了解、お任せを(イエス ウィ キャン)ッ!』

 全軍(オールメン)!!

 ───すぅぅう……。

 突撃ぃぃぃいい(チャーーーージ)!!

 ギャラギャラギャラギャラ!!!

 スチュアート軽戦車が、死者の群れに突っ込み蹂躙する。

蛇行運転しろ(ファッキン ジグザク)!!』

 グシャグシャ!! と戦車の車体と履帯が死者を引き裂き潰していく。

「うひゃはははは!! エミリア───!」

 君の愛情を感じるよぉぉおお!!

 ロベルトは更にさらに死者を起こして対抗する。
 なんせ今の帝都は死者だらけ。

 ホムンクルスの宿主には事欠かない。

「ほーーーーーーんと、キモイったらないわ───撃ちなさい」
撃てぇ(ファイヤ)!!』

 ドカン、ドカン、ドカン!!

 37mm対戦車砲が、キャニスター弾で更にさらにと薙ぎ払う。

「うっひょーーーーーー!! あああああああ、私のホムンクルスを通して、ビクンビクンと感じる!!」

 涎を垂らし、股間をムクムクと大きくしたロベルトが狂ったように笑い続ける。

「欲しい欲しい欲しい! 欲しいったら欲しいぃぃぃいいい!!」
「悪いけど……。色~んな()をぶち込まれた私だけど、アンタだけはお断り……───生理的に無理」

 ジト目のエミリア。

 だが、それすら堪らないとばかりにロベルトが体を揺する。

 ───マジでキモイ。

汚物を消毒(ディジィンファクト)して()頂戴(フェルト)
了解(コピー)!』

 きゅごぉぉおぉおおおおおおおお!!

 工兵の火炎放射器が、ロベルト目掛けて物凄い火炎を放つ。

「君の愛が熱いよぉぉぉぉおおおおお!!」

 バチバチバチ!!
 ロベルトの前に魔方陣が浮き上がり、炎を防ぐ。

 ───高位魔法結界(ハイマジックシールド)!?

 ち……。
 魔法で防ぎやがったか───。

 あれでも、腐っても賢者。
 いえ、腐ってる大賢者か。

「私の愛ならいっぱいあるよぉぉぉおお!」

 ヒャハハハハハ!

 バラバラと汚い粘液を撒き散らすホムンクルスを何匹もばら撒き、死体を起こす。
 そして、帝国軍の死体が、帝都の住人がまだまだ、まだまだと迫りくる。

「───ふ…………」

 懲りないやつ。
 だが、『USゲート』は続々と兵を送り出す。

 戦車を送り出し、工兵を送り出す。

 スクラムを組んだ軽戦車と、間隙を埋める工兵たち。

 ズダダダダダダダダダダダダダダ!!
  ズダダダダダダダダダダダダダダ!!
   ズダダダダダダダダダダダダダダ!!

 戦車の車載銃が死者を薙ぎ払い、工兵の火炎放射器が丁寧に清めていく。

 キュバァァァァァァアアアッ!!
  キュバァァァァァァアアアッ!!
   キュバァァァァァァアアアッ!!

「さぁ、私の可愛いお人形さん───エミリアを迎えに行っておくれ、さぁさぁさぁぁぁぁああ!!」




 ……………………………あれ?





「品切れよ」

 ロベルトの背後には、グッチャグチャになったロベルトのお人形がたっくさん。

「え? あれ? え?」

「10万の帝国軍──────そのなれの果てよ」

 お生憎様……。

「ふふふ。アメリカ軍ってね? ゾンビ退治がと~っても、大好きなのよ───」

 パチリ♡ と、ウィンクして見せるエミリアに、ロベルトがついに白目をむいてぶっ倒れる。

「あふ~~~ん……」

 恐怖や驚愕よりも、ただただ、エミリアの魅力に昇天してしまったらしい。

 …………容姿には自身のないエミリア。
 彼女からすれば複雑な気持ちだろう。

 ───だってそうでしょ?

 ドロリ濁った赤い瞳は三白眼。
 不健康そうな眼付───目の下には、くっきりと隈がつき、常に眠たげ。
 灰色の髪に、同族より薄い褐色の肌。

 …………そして、貧相な体は勇者と帝国軍に弄ばれ、汚れている───。

 とても美人とはいえない……。
 汚れた穢れたヨゴレたダークエルフ。
 
 そう、それが私。
 エミリア・ルイジアナ。

 でもね、そんな私にだって好みはある。




「───御免ね。お付き合いできません」

第21話「カタパルトパンチ(前編)」

 ザザーーーーーーン……。

 ザァァァッァァッァ……。

 ザザーーーーーーン……。


 潮風と波しぶき───。
 帝都の香りに、ロベルトの意識は覚醒した。

「───う…………。こ、ここは?」

 薄っすらと開けた目に飛び込むのは、強烈な太陽光。
 遮るものもないここは海岸だろうか?

 やけに波の音が近い。

「お目覚め?」

 え、
「───エミリア?」

 ヨロヨロと体を起こしたロベルト。
 ようやく光に慣れた目に、黒いマントを羽織ったダークエルフの少女の姿が映る。

 海岸のそれでいて、どこか高い場所にいるらしく、風がバタバタと強烈だ。

 彼女のマントがはためき、薄い彼女の肢体をあらわにしている。

「おはよう、大賢者さん」

 どうやら、鋼鉄の建物にいるらしく、よく見れば周囲にはゴテゴテと硬そうなものばかりで覆われている。

 そして、エミリアはと言えば、ロベルトに顔を向けるでもなく、灰色の髪を海風に流して波を見ていた。

 はためくマントと、風に流れる髪────赤い目のダークエルフ。

(う、美しい………………)

 勇者のペットをしていた時は何も感じなかったが、今の彼女は───あの夜に勇者パーティを圧倒した時の死霊術士のエミリアそのものだった。

 陽光の元と、月光の元。
 そして、帝都の海岸と魔族領の奥地と──当時とはまったく逆のシュチュエーションだが、それが故になお、だ。

 綺麗だ。
 エミリア……。

「うん…………? え、エミリア? こ、これは───どういうことですか?」

 立ち上がろうとしたロベルトだが、どうやら拘束されているらしく、鉄板の様なところにグルグル巻きにされていた。

「見ての通りよ。拘束させて貰ったわ。うふふ、……私の勝ちね」

 クスッと小さく微笑み、エミリアがロベルトを見つめ返す。

「そのようですね…………。参りました。まさか、あの死の縁から蘇り、帝都を滅ぼしてしまうなんて───この大賢者、感服いたしました」
「あら? 殊勝ね? もっとこう───」

 肩をすくめるエミリア。だが、ロベルトは言葉通りに感服していた。

 それはそうだろう───。

 世界最強国家に真正面から立ち向かい、たった一人で打ち破ってしまったのだ。
 そんなことができるのは、勇者ただ一人だけのはずだった。

 魔族とて、何千年も成しえなかったのだから。

 いや、今思えば……帝都を滅ぼすなど、勇者ですらできるかどうか───。

「はは、負けは負けですよ。アナタは強い───そして、美しい……あぁ愛しの君よ」

「うん。キモイからやめて───。父と母を解剖しておいて、よくもそんなことが言えるわね」

 すぅ……と空気が冷えるような怒気を感じる。

 だが、それも仕方のないことだろう。

「あぁ……そうですね。死者の尊厳を傷つけるとは、愚かなことをしたものです……」

「なぜ? どうしてあんなことを?」

 どうして?
 あんなこと───???

 何を言っているのだ、この小娘は。

「───あの日の、アナタに……。たた、近づきたかったのですよ」
「あの日??──────あぁ、あの夜ね」

 死を覚悟して戦ったあの夜。

 戦い、戦い、戦い。
 そして、勇者に敗れ───彼を愛した、あの夜。

 なるほど……。

「アナタの強さ、そして美しさに見惚れました……。それが死霊術の姿なのだと」

 だから、
 そう、だから───。

「だから、私は死霊術を研究し、アナタに至ろうとした。エルフのごとき長命を得て。エミリア・ルイジアナに───私にとっての唯一無二の神へと……!」

 あぁ。そうだ───。
 死霊術は素晴らしい!

 とても、とてと素晴らしい……!!

「けれども、私は考えを改めました。───そう、帝都で戦うあなたの姿を見てッ!!」

 そして、

「そうです。()のアメリカ軍!! あぁぁぁぁ、なんて素晴らしい力。───欲しい! 欲しい! その力が欲しいッ!!」

 ───君が、欲しい!!

「エミリア・ルイジアナ!!───そうです、私と結婚しましょう!! 子を成し、育て、一緒にバラバラにして『アメリカ軍』の秘密へと至るので、びゅばひゅ───」

 はぶぁ……?

 え? グーで……殴った?

「喧しい……。囀り過ぎだロベルト」

 ちょっと、優しくしてやれば、

「私はね………………」

 ボキボキと、拳をならしエミリアがロベルトに迫る。

 そして、

「───無茶苦茶怒り狂ってんのが分からないのか、このあほチンがぁぁぁあああ!!」

 ドスゥゥ!! と腹に、イイーーーーー一撃(いちげき)をぶち込む!

「えべろばれべべべべべええ!!」

 ゲロゲロゲロゲロゲロ───……。

「…………拷問し、入れ墨を潰し、何度も何度も犯し、帝国兵の玩具にし、魔族を……ダークエルフの里の皆を殺害し、あまつさえ、父と母の骸を解剖したお前に私が微塵でも好意を抱くことがあるとでも思ってんのかぁぁぁぁああ!!」

 その、素チンでぇぇぇええええ!!
 ほざくなぁぁぁあ!!

「おらぁぁぁぁあああ!!」

 思いっきり足を振り上げたがために、マントがまくれ上がるも、裸体を晒らすことなど今さら構わず、エミリアは踵をロベルトの股間にぃぃい──────突き落としたッ!!

 ズドンッッッ!!
 ぷち…………。

「──────────────かッ?!」

 あ、
 あ、
 あーーー!!

「…………あげぇぇえええええええええあああああああああああ!!」

「はぁはぁはぁはぁはぁ…………!! 返せ……」

 返せ……。

「父さんを返せ……。母さんを返せ……」

 魔族を返せ……。
 ダークエルフを返せ……。

 私の愛する人々を───。

 そして、
 私の愛しき死霊たちを返せッッッ!!

 あああああああああああああああああ!!

「返せぇぇぇぇぇぇぇええええ!!!!」
 踏み潰した足を思いっきり捻るエミリア!

「いぐぁぁあああああ──────ひぃぃぃぃいいいいい!!」

 ぶりぶりぶりと脱糞しつつ、痛みと恐怖で顔中をドロドロにしたロベルトが絶叫する。

「あああああああ!!! わ、私だけじゃない!! 私だけじゃないだろう!! グスタフもサティラも勇者どのもぉぉおおお!!」

 当たり前だ……!!
 奴等にも応報を受けさせる!!

 そして、
「───まずは、お前からだぁぁああ!!」

 ひいいいい!!!!

「ま、まてまて。待って!! え、エミリア───聞いてくれ! こ、こうしよう!」

 そうだ。
 そうだ!

 良いことを思いついたんだ───。
 だから、聞いてくれ!!!

「───か、家族だ! 家族になろう!! もう一度、家族を作るんだ!!」

 ───なぁ!!

「それがいい! 私と一つになろぉぉぉぉぉおおおおおおおおおお!!!!」

 なるわけ、

「───あるか、ボケぇぇぇええええ!!」

 バク転からのぉぉぉぉぉおお!!

 ───踵落としぃぃいッッ!!

 ブチュ─────────……!!

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 ロベルトの絶叫──────!

「どう? これでもまだ宣うのかしら? アンタの二つあったものは、ナクナリマシタ」

 ひ、
「ひーーーーどーーーーいーーーーーー!」

 ウワァアアアアアアン!!

 激痛と、玉無しのせいで泣きじゃくるロベルト。

「これじゃあ、私とアナタの子供が作れないじゃないですか───!!」

「そんな選択肢は、万に一つもない!!」

 もう、お前の繰り言を聞いているのはウンザリだ。

「本当に大賢者なの? どーーーーーーーーー見てもタダの『アホ』でしょ?」

 そのアホに『アホ』と馬鹿にされたのだ。
 私の、死霊術を愚弄された。

「ひいいいい…………。ひどい───」

 ボロボロと涙を流し、情けなくもメソメソと。
 ハッ! 同情を誘うつもりなのか?!

 まっっっっっったく、同情の余地もないけどね。

「ロベルト……。アナタには二つ選択肢がある」
「うううう……ひっく。───え?」

 急に泣き止みやがった……。
 あ、コイツこっそり回復魔法使いやがったな。
 エルフの高位神聖魔法でもない限り、欠損部位は直らないが、傷を塞ぎ、痛みを取るくらいなら出来る。

 ……つまりは嘘泣き───。

 まぁいい。

「け、けけけ、結婚してくれるのですか? 夫婦に!?」

 何でその発想になる!!
 コイツ頭いかれてるのか?

「…………情報を吐いて、あっさり死ぬか。情報を中々吐かないで、痛めつけられて死ぬか───……どっちがいい?」

 ニコリ。

 そ、
「───け、結婚で」

 ドゴォ!!!

「げぶぉぉおお!!」
「ふっざけんな!!! どうせ回復魔法使うんだろうがぁ! だったら、何発でもぶん殴ってやるぁあ!!」


 おらぁぁぁああああああああああああああ!!!

 オラオラオラオラオラオラオラオラオラ!

「あぎゃああああああああああああああああああ!!!」


 それからしばらく、ノースカロライナ級の甲板では二人の声が途切れることなく続いていたとか……。

 そして、

「───はぁはぁはぁ!…………し、知らないなら、そういいなさいよッ」
「言っでまず……。言いまじだよね?!」

 回復が追い付かないのか、顔面をパンパンに腫らしたロベルト。
 そして、肩で息をするエミリア。

 暑苦しくなって、既にマントは脱いでいる。

 今さらコイツに裸体を見られることに、何の抵抗もないエミリアは、汗で濡れる体を海風で冷やす。

「──────もういい……。ルギアの居場所が分かっただけで良しとしよう」

 結局分かったのは不確かなことのみ。

 ルギア・ルイジアナ──────本名はどうでもいい。
 あのクソ野郎は、この世界唯一のハイエルフとして、エルフの大森林よりも、さらに奥地にある太古の森に居を構えているという。

 勇者シュウジの諸国周遊に付き合った後は、そこに戻る可能性が高いと───……。

 ならば、シュウジは?

 …………それが、誰も知らない。
 愛しい私の勇者(・・・・・・・)は、常に動き回っているらしい。

 ゆえに、シュウジに繋がる情報はルギアに聞くしかないと言う事だ。

 妻として娶られたルギアに────……。

 ギリリ……。
「シュウジ──────……」 

 ギュウ……! と、胸が締め付けられるこの思いッッ。

 洗脳でもなんでもいい───。

 今のエミリアは、シュウジへの愛を感じている。

 ピクン、ピクンと感じている。

 ……だから、戦える。
 ……だから、追いかける。
 ……だから、人類を滅ぼせる。

 だから、
「──────必ず会いに行くよ」

 シュウジ───。



 そして……。

 そして、ルギア!!!



 ルギア!
 ルギア!!
 るぎあ!!!

 お前だけは、絶対に許さないからな……!

「え、エミリア? この際、ゆ、勇者どののことは諦めて私と───」

 ゴン!!!

 うっざいロベルトをぶん殴って黙らせると、奴が縛り付けられている鉄板の上にあがり、ロベルトの上に跨る。

「おぉ、エミリア! 私とひとつに、」

 な、わけあるか!

「───大賢者さん、知ってるかしら? この場所を」


 この場所?


「鉄の───城ですか?」
「いーえ。これはアメリカ海軍の戦艦。ノースカロライナ級。そして、あなたが今いるここは、艦載機を射出するカタパルトの上なの───」




 カタパルト?

第21話「カタパルトパンチ(後編)」

 か、カタパルト?

「かたぱると? それはなんですか? それに、せ、戦艦とは───こ、ここここ、これが船なのですか?!」

 こんなに巨大な鉄の塊が?!

 驚愕するロベルト。
 まさか、鉄が浮かぶなど信じられないのだろう。

 今は座礁して砂浜に突き刺さっているが、その気になれば、この艦は28ノットの快速で海上を疾駆できる。

「うふふふ。凄いでしょう?」

 拘束を解かれたロベルトは、縛られた後を痛そうにさすりながら立ち上がる。

「い、いたたた……。いやー、それにしても素晴らしいですね───これが貴女の力?」

 エミリアに許されたとでも思っているのだろうか。

「───で、ね。色々考えたのよ」

 ロベルトの質問には答えず、ニコリと笑うエミリアはロベルトを見つめて言う。

「うーん。主砲に入れてぶっ飛ばすか。対空砲で蜂の巣にするか。はたまた、スクリューでズタズタにするか色々考えたの───」

「すくりゅー? お、おおお! よくわかりませんが、それでは私と共に───」

 黙れ。

「……結局、これがいいかな、と。ね♡」
 コンコン! と、カタパルトの鉄板を叩くエミリア。

「ふふ。やっぱり、私自身がアンタの骨を砕く感触を得ないとスッキリしないと思うのよ──で、わかったらその先まで歩きなさい」

 ゲシ!!

 無造作にロベルトを蹴り、鉄板の端に歩かせる。
 その先で、解放してやると言って……。

「ほ、ほほほほほほ、本当に開放してくれるのですか?! し、信じますよ───」
 ロベルトが細目を精一杯に開けてエミリアに懇願する。
「私は、嘘はつかない───ほんとよ?」

 そうとも、薄汚い魔族でも、小汚いダークエルフとでも、好きに言えばいい。

 だけど、お前ら人類と我ら魔族が決定的に違うのが、『誇り』があると言う事。

 騙し打ちはしない。
 戦いにおいて、嘘などつかない。
 女子供を皆殺しなど鬼畜の所業!!
 

 戦うなら、正々堂々戦って見せる───。


 …………だから、嘘はつかない。

「ぐ……! し、信じますよ。愛しの君よ」

 ロベルトは渋々と鉄板の先まで歩いていく───。
 いや、正確にはカタパルトの射出レールの先端まで……。

 そこから下を見下ろすと、なんと高いことか!!

 海面まで何十メートルもある。

「ひ、ひぃ! こ、こここ、こんなところで解放されても死んでしまいますよ───!」

「そうよ───開放してあげるの。アナタをそこから……。そして、その体から、」

 そ、
「──そんな?! それじゃぁ嘘と同じだ!この嘘つき売女! 薄汚い魔族がぁぁあ!」

 ぐおおおおお!!

 拘束を解かれたのを幸いに、ロベルトがエミリアに掴みかかろうとする。

 だが、そんな(いとま)を与えるほど、
「───私は優しくないわよッ」

 シィィ……!! と、凶悪な笑みを浮かべるエミリア。

準備よし(ステェンバァァイ)!!』
問題なし(ノープロブレム)

 そこに、カタパルト操作要員が親指を立てて合図。
 そして、エミリアもそれに返す。

 (スリー)(ツー)(ワン)(ナァウ)!!

『───発進(コンタクト)!!』
発進よしッ(コンタァァァック)!!」

 エミリアは射出用の台座に乗り、グググと力を籠めて体を固定する。

 足の力だけで体を支え、顔は正面───ロベルトを睨み、拳を作るッッ!!

「こ、この、ダーーーーーーークエルフがぁぁぁぁああ!」

 ボロボロの身体でロベルトが突っ込んでくると同時に、ガシュン!!! と火薬式カタパルトが作動ッッ!

 そうよ?
 私はダークエルフ。

 ……それが、何か??


 ──────ガシュン!!!!


 ズドン!! と、エミリアの体ごと台座を射出し、猛烈な勢いでロベルトにぃぃぃいいいッッッ!!

「んんなぁぁぁぁぁああああああ?!」

 あ、そうだ。
「最後に聞きたかったんだけど───……」
「ひいいいいいいいいいいいいいいいい!」

 ……アンタの細目、

「───開いてるとこ見たことないけど、あるの?」

「や、やめろぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 あっそ。
 別にいいわ。
 
 じゃ、
「───この拳に聞いてみようかしらぁぁぁあああ!!」

 おらぁぁぁぁあああああああああああ!!

 物凄い勢いで発射されたそれは、強烈なGを生み出し、エミリアの小柄な体が悲鳴をあげる。

 だが、知らぬ!!

 この拳を、振り抜くまではぁぁぁぁぁぁあああ!!

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」


 これが、

 カタパルトパンチだぁぁぁぁぁぁぁああ!


 カタパルトからの射出速度と、エミリアの膂力(りょりょく)と、体重と、怒りと、怒りと怒りと怒りと怒りをのせてぇぇぇぇええ!!

「ブッ飛べやぁぁあああ!!!」

 エミリアの拳が物凄い速度で命中する瞬間、ロベルトの目が驚愕のあまり、これでもかと、見開かれる(・・・・・)ッ!!


 ひ、

 ひぃぃい!!

 ひーーーーーーーー!!

 メリィ…………。

「ひでぶーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」



 メリメリメリメリメリメリめりめりめりめりめりめりぃ…………………と、ロベルトの顔面にめり込んで行くエミリア拳!!

 骨が砕け、鼻が折れて陥没し、顔という顔をぶち抜いていく感触──────!!

 あーーーーーーーーーーー♡♡♡


 快ッッッッッッ感よぉぉぉぉぉおおおお♪


 ───ぶわぁぁあッッきぃぃいんんん!!

 そして、殴り抜くッッ!!

 ぶっ飛べ、ロベルトマン!
 ならぬ、ロケットマーーーーーーーーン!



「あーーーべーーーーしーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」



 殴り抜いた勢いそのままに、顔面が陥没したままのロベルトが、ギュンギュンと回転し遠くの海面に飛んでいく。

 エミリアは空中でクルンと、体を(ひるがえ)すと手足を広げて空気抵抗を楽しむ。

 瑞々しい肢体が、陽光のもとでキラキラと輝く。

「さようなら、ロベルト───」

 ひゅーーーーーーーーーーーーーーーーん、…………ざっぱぁぁぁん!!!

 と、ロベルトが水面に激突し、さらに水切りの要領でバウンドしていく。

 そして、あっけなく波間に消えた。



「あはははははははははははははははは!」



 ひとしきり笑った後、エミリアは水面に飛び込んだ。

 ぞぅんッッ!

 と、水が泡立ち音が遠のく───。
 そして、温かく、優しい海水に包まれる感覚。

 あっ。

 海…………。

 初めての海──────。
 海水って、こんなに綺麗で、温かくて、しょっぱいんだ……。

 ま、
 まるで涙のように──────。

 う、
 うううううう……。

 うわぁぁあああああああああああああ!!

 父さん、
 母さん、
 皆!!


 仇──────討ったよ!!


 まだ、たったの一人だけど……。
 討ったよ。

 討ったんだよ!!

 ざぱぁ……。
 水面を割り顔を出したエミリアは、顔に張り付く灰色の髪を拭うことなく太陽を仰いで慟哭する。

 う、
「うわぁぁぁぁぁぁぁあああああああん!」

 あああああああああああああああんん!!

 子供のように、いつまでも、いつまでも、いつまでも……。

 

 エミリア・ルイジアナは慟哭した───。


閑話1「それはお口の天敵」

 海軍工兵隊(シービー)のブルドーザーが走り回り帝都を更地にしていく。
 まだ瓦礫に下には、ロベルトのばら撒いたホムンクルスによって蠢く死体もありそうだが、瓦礫ごと撤去してしまえば関係ない。
 
 エミリアはその様子を、皇城の基部に腰かけてノンビリと眺めていた。

 身体にはいつもの黒いマントだけを羽織っているだけなので、薄い体のラインが浮かび上がっていた。

 そして、彼女の傍らには美麗な装飾の施されたオリハルコン製の大剣だけが寝かされている。

「───♪」

 時折その刀身を撫でながら、エミリアは「ふわわ~……」と小さく可愛らしい欠伸を浮かべる。

(いい天気───……)

 抜けるような快晴の中。
 帝都は未だ艦砲射撃の影響で(くすぶ)り、先日までは黒い雨が降り続いていた。
 おかげで大方は消火できたものの、まだ所どころが燃えている。

 だが、そんなことは知らぬとばかりに、海軍のブルドーザーは、帝都の瓦礫や死体を容赦なく堀や港、そして帝都郊外へと押し出していく。

 その牙に引き潰されそうな哀れな民衆も、もはやここにはいない。

 瓦礫に下にいた住民たちは、エミリアがホンの少し眠った隙に大半が逃げ出したようだ。

 ……別に追いかける気もない。

 今のエミリアの目的は、ルギアだ。
 奴、ただ一人───。

 そして、最後に勇者シュウジに至る。

 そう、エミリアの頭には、ルギアとシュウジしかいない。
 残りの勇者パーティも帝国もただの添え物だ。
 もちろん許しはしないものの、人類をどうこうすると言うのは、最終目的でもなんでもない。

 ただの過程。

 シュウジに至るまでの障害でしかない。
 それよりも───だ。

 帝都で見つけた大きな地図。
 それを地面に広げたエミリアは、几帳面に作戦計画を立てていた。

 そこに刻まれているのは、燃えカスの炭で描かれた真っ直ぐの矢印が示す侵攻方向。

 大森林を抜け、その先───ルギアが居を構えると言う太古の森を一路指し示す……。

「ふふふ……。その前に懐かしい顔にも会いに行かなくちゃね」

 大森林のサティラ。
 そして、ドワーフ鉱山のグスタフ。

 ちょうど進行方向だ。

 そのついでに用事を済ませても、罰は当たるまい。

 実に、楽しみだ。
 ニィと美しい唇を歪めてエミリアは笑う。

「うふふふふふふふ……!!」


 ───カタカタカタッ!
 
 エミリアの興奮を諌めるように、傍らのポットが湯気を噴き上げていた。

 ───おっと、お湯が沸いたみたいね。

 帝都から拝借したヤカンや五徳、そしてカップを準備してニコニコとほほ笑むエミリア。
 ついでに言えば、火も帝都の焼けた廃材から使っている。

 さぁ、頂きましょうか。

 紙箱に入ったそれを開封すると、
「───いただきます」

 開けて一番に目を引いた大きな缶詰めを取り出す。その他にも小さな缶詰めや調味料なども並べていく。

 そして、まずは傍らの缶詰容器を引き寄せると、エミリアは器用に缶切りを使って開封しはじめた。

 うーん……たまらない!!
 この匂い! そして、中身!!

 ほら、見て見て!!

 エミリアがウキウキして開けているのは『Cレーション』とやら。
 よくわからないけど、携帯性を工夫した軍人達の食べ物らしい。

 知識としてはアメリカ軍を理解するうちに、エミリアに馴染んでいくのだが、如何せん元の知識量が違い過ぎる。

 武器なら扱いが分かっても、機械類はチンプンカンプンだ。
 
 でも、それでもいい。

 愛しきアメリカ軍と繋がっているという安心感があれば、それでいい。

 キコキコ……、カパンッ──────!

 大型缶を開け切ると、中からビスケットとキャンディーから転がり落ちた。

「おっと、三秒ルール、三秒ルール!」

 そのうちのビスケット一つとって口に含むと、「サクッ!」とよい触感───そして、なんという甘さと、クリスピーさ!

「うん。うん。うん!!」
 サクサクサクサクサクッ。

 もっもっも、と口の中でビスケットを何度も何度も噛む。

「えへ♡」
 ペロリと口の回りの粉を拭いとると、さっそく二枚目!

 味を変えてみようと、そこに同封されていたチーズスプレッドを取り、たっっっっぷりとビスケットに掛けて、まぁた一つ口へ……──────。

 サクリ…………しゃくしゃくせさゃく。

「ん~~~~~~~~!! 美味しいッ!」

 チーーーーーズの、風味が堪らないッ!!
 さらにジャム缶まであるのだから、至れり尽くせり。

 ベリーの甘酸っぱい味のジャムも、これまた旨ーーーーい!!

「ジャムだけ食べちゃおっと」

 指にタップリジャムを取ると、チュプンと口に含んで舐めとっていく。
 両親が見ていたら、きっと怒るだろうなー───と、ふと思い出し少しセンチな気分になる。

 でも、甘い──────……美味しい!!

 すぐに破顔すると、今度はジャムをビスケットに乗せて幸せそうに頬張るエミリア。

 ジャムの甘さと、ビスケットのサクサク感の罪なことヨ───。

 大満足で腹に落とすと、ちょっとしたことを思いつく。

「えへへ。チーズとジャム一緒に乗せちゃお~っと」
 たっぷりのジャムと、たっぷりのチーズスプレッドをビスケットの上にテンコ盛り。

 チューチューと余ったチーズスプレッドを容器から吸いつつ、悪戯っ子のような顔でビスケットを眺めると、大きく口を開けてパクンと一口──────……旨ひッッ!!

 旨い! じゃないよ!
 旨ひ!! だよ。だよ!!

「もっくもっく…………ごっくん─────おいひーーー!!」

 両手で頬を支えて幸せに浸る。
 こ、こんなおいしいビスケットがあるなんて……!

 ペロペロと残ったジャムを食べつつ、ちょっと塩気の欲しくなったエミリアはもう一つの缶詰を開ける。

 食べている間に、お湯に浸しておき温めておいた奴だ。

「あち! あち! あちちち……!」

 手で保持するのが大変なくらいの熱さだが、中身へのワクワクが止まらない。

 キコキコキコと缶切りを入れるのももどかしく感じるが、一開け目でプシュウと温かい空気が抜け、そこに豊かな肉と豆の香りが漂う。

 それだけど、体が早く早くと中身を求める。
 ちょっと待ちなさいってマイボディ──。

 なんとか、かんとか、缶を開け切ると──なんということでしょう?! 中身は茶色のスープがひたひたに!

 すごーく食欲をそそる香りが、辺りにたちこめた。

 ゴクリ……。

「さ、さぁ、食べるわよー!」

 同封されていたスプーンを使い、大きく一掬いッ!

 そして、パクッ!!!

 
 ッ!!!


「これ───!!」


 ちょ、これ!!!


「うまッッッ!!!」

 なにこれ!?

「ちょー美味しいんですけどぉ!!」

 パク。
 パク、パク、パク。
 
 パクパクパクパクパク!!
 
 んーーーーーーーーーー止まらないッ!!

「なにこれ、なにこれ!!」

 お肉、そして、お豆!!

 それをなにか、とっても深い味のするスープで煮てる?

 美味しすぎるぅぅぅう!!

「あ、ダメ! これは駄目かも!!」

 凄いこと思いついちゃった!
 これを──────……。

 そーっと、お肉だけ掬い上げて、ビスケットの上にIN!!

 アーンド、お口へパックン…………!!

「ぐは─────────最ッッッ高!!」

 何このクオリティ!!

 おいひーよー!!
 おいひーよー♡♡

 缶を傾け、中身のスープを残さず飲み干し満足げかつ、幸せそうな吐息をホゥ♡ と吐く。
 肌がほんのりと赤く染まり、何処か色気すら漂わせたエミリア。

「おい、しぃ…………♡」

 ボーっと、余韻を楽しむように、缶から出てきた簡易飲料のレモネードのパウダーを水のカップに溶かし、啜る───。
 それはもう、余韻にひたたったまま機械的な動作で──────……。

 ジュゾゾゾゾ……。

「あ───!!」

 そして、意識が現実世界に返ってきたエミリアはビックリしてカップを見る。

 黄色に染まったカップの中身に驚愕。

「すっごい! 口の中サッパリ───」

 肉の余韻と油でコテコテになった口が、リセットされる。
 これは凄い!!
 旨い! 最高!!

 最高よぉ!!

「あーもう、レーションってば、最高ッ!」
 
 装甲艦の上で食べたハードタックも悪くはなかったが、いかんせん硬くて硬くて……。

 それがどうだ、このCレーションの中身のすばらしさ。

 残るビスケットをレモネードと一緒に食べきると、ケプッ───と小さなおくび(・・・)を漏らす。

 食後の楽しみに、とキャンディを一つ口へ放り込み、その甘さに目をトロントロンに蕩けさせるエミリア。

 ニコニコ顔のまま、残りのキャンディをマントの内ポケットに入れて満足気。
 これは、あとで食ーべよ♪

 じゃ、お次は───。

「やっぱり食後はこれよねー」

 同封されていた粉末コーヒーを取り出すと、カップに落とし、そこにお湯を注いだ。

 コ、ポポポ…………。

 ホワァ……と、コーヒーの香りが漂いうっとりとする。

「砂糖もついてるなんて、ほんと至れり尽くせりなこと……」

 別に配られたアクセサリーパックを取り出し、中から砂糖とガムを取り出すと、ガムはポケットへ、そして砂糖は全部コーヒーの中に注ぎ入れた。

 そこに、さっきのスプーンでかき混ぜると、ショリショリとカップに当たり砂糖が溶けていく感触。
 少し、スプーンについていた肉の油が浮かぶが構うことはない。隠し味、隠し味。

 まだまだ、熱いのでジュズ───と一啜りで止めておく。

 うん、あつい!!!!

 けど、
「──あぁ、なんだろう。ホッとする……」
 
 コーヒーの中に含まれる「かふぇいん」という成分のせいだろうか?

 よくわからないけど、疲れも吹っ飛ぶようだ。

「そして、これ───コーヒーといったら、これよ!!」

 じゃん!
 とエミリアが効果音つきで満面の笑みで取り出したのが、『特別に───』という名目でアメリカ軍から無理を言って貰った『Dレーション』だ!!

 ウキウキとしながら包装をバリバリと開封していく。

 中身はなんと『ちょこれーと』というやつだ。

 焦げた茶色のレンガのような代物だが、なんともいえない甘さと苦さの中間のような複雑な香りがして自然と頬が緩む。

 これがまた、コーヒーに合うのよ!!

「えへへへ……。デザートは別腹です」

 あーーーーーーーーん。ガブッ!
 
 豪快に噛り付くエミリア。
 口の端に茶色の汚れが付着するけど、気にもしない。

「おっきくて入らないよぉ───♡」

 とか言いつつ、3分の一近く噛み切るとモッシャモッシャと口の中でたっぷりと味わう。
 
「ん~~~~~~~~~~~~~」

 甘くて、苦くて、
「おいひーーーーーーーーーー!!」

 もう、何て言っていいのだろうか。
 苦いのに甘い。甘くて苦い───うん。わけわからん!

 だけど、おいひーーーーよぉぉぉぉおお!

「そして、すかさずコーヒー!!」

 クピクピクピッ……。

「ほぅーーー……」

 温まるしぃ、苦さと甘さが調和するぅぅぅ……。

 あ、ダメ、ダメ、ダメダメダメ!!
 ダメ──────言っちゃうぅぅう!!

 け、

「チョコレートぉぉお─────────結婚してぇぇぇぇえええ!!」

 あーーーーーー言っちゃった!!
 だぁぁあって、甘いんですものぉぉお!

 もう駄目、この甘さに溺れていたい。

 こう……。チョコレートの海があったら。ピョーンと飛び込んじゃう!
 溺れたいのよぉぉおお!

 もうーーーーーーーーーー!!

 誰ッ!? 
 誰なの?!
 こんなおいしいもの作った人ぉぉおお!!

 ああああああ、もう!!
 罪!!

 有罪!!

 作った人は、有罪です!!
 そして、主文を言い渡す!!

 判決、エミリア・ルイジアナと結婚し、チョコレート料理を毎食作ること!!

 以上──────!!

「あー……美味しかった───」
 まるまる一本のDレーションのチョコレート?バーを食べきると、
 うにゅ~~~ん、とだらしなく地面に寝っ転がり、お腹をポンポンとさする。

 デザートのチョコレートは、あっという間に消えていた。

 あとは、カップに残ったコーヒーをジュズズズ……と啜りながらゴロンと転がり海軍工兵隊の仕事を眺める。

 帝都の残った瓦礫はあらかた片付いたらしく、今は整地作業をしているようだ。

 帝都の痕跡など露とも残さず──────まるで、そういわんばかりの徹底さ。

「凄いわね……この光景───」

 あれ程威容を誇った帝都が消えていく。
 帝国の象徴が消えていく───。

 そこに何の感慨もない。

 もっとこう胸のすく思いがするのかと思ったが……。

 それよりも、なによりも、アメリカ軍のトンデモ無さのほうが圧倒的だ。

 ブルドーザーが片付けた場所をグレーダーがタンデムを組んで一斉に均していく。
 さらには、ダンプカーが何やら穴の開いた鉄板、マーストンマットとかをガチャガチャと敷き詰めていく───それをなんともなしに眺めながら、食後の余韻に浸るエミリア。

「ダメねー……。美味しいものって、人を弱くしちゃうみたい」

 もう少し、ゴロゴロしていたかったが、このところアメリカ軍に貰う糧食が美味しくって美味しくって、ちょっとお腹周りが……。

 シュウジに会いに行くんだから、ちょっとは見栄えも気にしなきゃね───。

 バサッと、風を含んだ音を立てて、黒いマント一枚でエミリアは立ち上がる。

 のんびりと散歩のつもりでゆっくりゆっくりと、整地されていく帝都を歩いていく。

 きっと本当ならここに花屋があって、服屋があって、食堂があって、酒屋や冒険者ギルドなんかもあって大勢の人でにぎわっていたのだろう。

 そして、街の向こうにはいけ好かない貴族や、軍人どもがひしめき合って─────。

 フッ……。
「でも、もう夢の跡よ───」

 うふふふふ……。

 マントのポケットからガムと取り出すと、ポイッと口に放り込む。
 さわやかな風味のガムは、食後のお口の健康にいいらしい。

 それよりもなによりも、楽し気で何となく好き───。
 ずっと、クチャクチャ噛んでいられるし、なんなれば……ほら───。

 ぷくーーーーーーー……パンッ!

 あはははははははは!

 袋魚みたい!
 たーのしい!!

 くっちゃくっちゃ、ぷくーーーーーー、とエミリアはなーーーーーーーんにもない、帝都の更地を、ブーラブラと歩いていく。

 忙しそうに動き回るアメリカ軍に気を使って、なるべく帝都の端へ端へ───。



 そして、来た──────。



 翼を休める銀の怪鳥─────…………。

「綺麗───」

 そっと、シルバーに輝くそれ(・・)を撫で、エミリアはそうっと呟く。

「待ってなさい……」

 大森林……。
 そして、森エルフの神官───ダークエルフを喜々として殺したクソ野郎ッ!


 ロベルトは始末したわよ……。

 だったら、次は誰かしら───??

 うふふふふふふ……。

 決まってる。もう決まっている。




 オリハルコンの剣を手に取ると、ギュンギュンと頭の上で振り回し───……!!

「次は─────────サティラ!! お前だ!! せいぜい、その首を洗って待っていろッッ!」 

 ブォン───!! と太陽に向かって一振り。




 すぐ行くさ、今すぐ行くさ───!
 飛んでいこう(・・・・・・)じゃないか、サティラぁぁぁあああ!!