第1話「はじまりの街」
ざわざわざわ……。
わいわいわい……。
帝国最辺境の街。通称「最北の街、リリムダ」
ここはにわかに沸いた戦争景気で潤っていた。
以前は小さな商店と稀に来る行商が高値で品を売るくらいの街だったのだが、つい最近集結した「魔族討伐戦争」のお陰で活気づいていた。
帝国の最北の人類領域ということで、ここに当初は大規模な補給処と軍の集結地が設けられていたのだ。
そのため、軍人やらそれらに商いする酒保商人やらで一気に経済が膨れ上がり町の規模は三倍以上に膨れ上がっていた。
そして、戦争が終結してそれで終わりかと言うとそうではない。
さらなる経済圏が北に生まれたのだ。
元魔族領───北の大地が帝国の支配地域に含まれることとなり、その地域の開拓のための中継地点としてリリムダは更にさらに潤っていた。
未だ旧魔族領を往復する軍人も多数いるし、気の早い商人やら、資源探索の山師らが大挙して押し寄せていた。
建物は増築に次ぐ増築。
商店は開店に次ぐ開店。
人足はいくらいても足らず、また彼らに提供する食料品の増産と提供で経済がグルングルンと周り、様々な店も増える。
そして、建築資材は供給しても供給しても追いつかず、旧魔族領に分け入り木を切り倒すものを出る始末。
未だ魔族の残党が出没する危険を冒してでも、稼ぐ価値はあるのだ。
人々の顔は明るく、軍人達も勝利の余韻で朗らかだ。
人の気持ちが明るく鳴れば財布の紐も緩くなる。
女を買うものもドンドン金をばら撒くし、ばら撒かれた金は街の隅々にまで行き渡る。
人々は言った、
「あーーーーー!! 戦争万歳!!」
帝国の辺境。最北端の見捨てられた街リリムダは息を吹き返し、北の土地では一、二を争う規模の街へと変わろうとしていた。
まだまだ、まだまだ!
まだまだこの街は発展する。
魔族の地は新資源の宝庫。
燃える水、オリハルコン、ミスリル。
希少な資源が唸るほど眠っているそうだ。
だが、悲しい出来事もある───。
時折取引していた魔族の商人は全て捕らえられ、魔族の奴隷もすべて処分された。
あの美しいダークエルフや、可愛い可愛いサキュバスといった種族も街の隅でひっそりと殺され骸を晒している。
帝国のお達しなのだから仕方がない。
行方不明になっていた『至高のエルフ』で、この世界で唯一ハイエルフ様も率先して魔族を処分せよとお達しを出している。
彼女は魔族の地に囚われていたというのだから、憎しみもひとしおなのだろう。
だから、町の人間は悲しみながらも奴隷を処分した。
お気に入りもいたので実に悲しい……。
北の大地で暮らすもの同士。
本来なら、魔族と距離の近いこの街ではさほど魔族に対する忌避感はなかったのだが、仕方ない……。
あぁ悲しい。
娼館にいた魔族の奴隷らは、無茶苦茶に使い潰されてから───ボロクズのようになって用水路に棄てられている。
どうせ処分するならと、娼館やら奴隷商人は安値で街に供給した結果だ。
長く保持できないので、本当に捨て値で売られた。
今も、街のあちこちで魔族の女たちや商人の悲鳴があがる。
あぁ、悲しい……。
人々は笑顔のまま悲劇を語り、今日も明日も発展すると心に決めた──────。
そう、今日のこの日を迎えるまでは……。
※ ※
「ん?」
引っ切り無しに出入りする人のチェックしていた門番は、妙な気配を感じ川を見た。
その方向には北の大地から流れる大河がある。
水は美しく、魚が多い。
豊かな恵みをもたらす命の川だ。
「おい、なんだあれ?」
「あん?」
ポンポンポンポンポンポンポン……。
耳慣れない音が上流から近づき、大きな塊が流下してくるようだ。
その塊が向かう先には町の門がある。
陸用の門と、河川用の水門だ。
このリリムダの街にはいくつかの門があり、それぞれ主要な街道と接続されている。
南北に広い街の出入りを司る、それ。
それが帝国首都に繋がる「南門」と旧魔族領に近い「北門」だ。
そして、街の中心をぶった切る様に流れる大きな河川にも当然のことながら門がある。
河川の流れ───それを塞ぐようにしてある水門式の河川交通路。
どちらも街の経済の中心だ。
陸路は、徒歩と馬で軍人と商人を運び。
水路は、舟と風で軍人と商人を運ぶ。
そして、たまに哀れな魔族が駆け込んでくる───。
戦争被害から逃げてきたという連中だ。
少しなりとも、魔族と交流のあったリリムダの街なら助けてくれるかもしれないという、微かな希望に縋って……。
もちろん、助ける義理はない。
男ならその場で処分し、見目のいい女は安値で娼館に卸され使い潰される。
だが、まぁそれも途絶えてきた。
旧魔族領で活動する帝国軍の掃討作戦は、かなりうまくいっているのだろう。
それはそれで結構なことだが、魔族の女を犯したり、最安値で買うこともできず、ついでに彼らが必死で担いできた家財を奪うことも出来ないのは少し残念……。
そういえば、昨日捕まえた魔族の難民の女はたったの一人。
そいつは門番連中で楽しみ、今はそこの草影で冷たくなっている。
イイ女だったよ?
でも、やっぱり数が減ってきた───。
それはそれでつまらない……。
やっぱり、あの女をもう少し生かしておいても良かったかもなーと、門番の男達はそう考えていた。
ポンポンポンポンポンポンポン…………。
そうこうしているうちに、川から近づく塊がドンドン近づいてくる。
かなりデカそうだ。
それにしても、川からとは珍しい。
デカい塊は、不安定に触れるでもない様子で真っ直ぐに街に向かって来ていることから、船だろうとあたりがつく。
帝国軍のものではないし、帆も立てていないので魔族の難民がのった避難用の艀かもしれない。
ツルンと下表面からして、なにか布のようなもので船体を覆っているようだ。
「おい! 見えるか! ありゃなんだ?」
「分からん!! デカいぞ、かなり」
ポンポンポンポンポンポンポンポン……。
水門上の見張りが目を凝らして確認している。
万が一に備えて門番たちは増援を呼び備えておいた。
明らかな不審物に対しては順当な考えだろう。
経済規模が膨れ上がったがために、不埒なことを考える連中も多い。
盗賊やら、傭兵崩れやら……。それに魔族軍残党の可能性も無きにしも非ず……。
「矢をつがえておけ! 魔法使いも呼んで来い!」
水門上に上がった門番長が険しい顔で、川の上を睨んでいる。
魔王使い? そんなに危険な事態か──これ?
若い門番たちは事態が全く深刻だとは考えていないらしい。弛緩した様子で槍に寄りかかり、雑な感じで入門者と出門者をチェックしている。
「見ろ! 川岸で停止したぞ───…………誰か出てきた!」
目に見えるほどの距離に近づいたそれ───。
のっぺりとした船体は鋼鉄の輝きを誇っており、尖った船首とそこから船尾まで盛り上がった小山の様に上部を覆う鉄のキャンバスを被った妙な──────船だった。
負のの上部からは煙突の様なものが伸びており、そこから黒煙を吹き出し「ポンポンポンポン!」と軽快な音を立て続けている。
「な、なんだありゃ?!」
「わ、分からん───ま、魔法使いを呼んでくる!」
さすがに異様な事態に気付いた門番のうち何人かが自警団事務所に飛んで帰り魔法使いを呼びに戻った。
───決して逃げたわけではないと思う。
アレが何かは知らないが、さすがに郊外に駐屯している帝国軍に出張って来てもらうほどの事態ではないはずだ。
リリムダの町の門番が、水門とその横にある陸用の門の前でワイワイと騒いでいるうちに、船から一人の小柄な人物が出てきた。
フード付きの帝国軍のマントをスッポリかぶった─────……子供?
「止まれ!!」
「何者だ!!」
帝国軍のマントとはいえ、鎧を着ているわけでもなく帯刀しているわけでもない。
マントだけの不自然な人物───。
線が細く小さな人影。
不意に、揺れるマントが体にピッチリと付いた時に、布地の部分から女性特有のふくらみが浮かび上がった。
(女───?)
槍を構える門番を無視して、そいつはテクテクと歩き、スゥ……とフードの奥からリリムダの街を見た。
「そこを退いて───……門を開けなさい」
スとマントから伸びる手が水門を差す。
開けろと言うのだ。
マントから出た手は小さく、まるで少女の様に細い。
そして、特徴的な褐色肌……。
(こいつ……魔族か?)
(多分な、ダークエルフか何かだろうさ)
(ちょいとガキっぽいが、女か───悪くないかもな)
ヒソヒソと話す門番たち。
ダークエルフは美形が多いのだから、考えつく事は全員似たような物だ。
そのうちにゲスな思考に囚われたらしく、ニヤニヤと厭らしい笑いを浮かべ始めた。
彼らからすれば、魔族なら最終的には殺してしまおうと……、女で見目のいいものなら隠してしばらく「飼おう」と考えていた。
クソを食わして、散々に犯しつくしてやろうと……。
だから重要なのは「容姿」───年齢なんぞ知るか。
「怪しい奴! フードをとれ!」
「……いいから、門を開けなさいッ」
少し強めの口調で詰問しても、開門を要求するのみ。
「野郎、舐めんじゃねぇぞ!!」
らちが明かないと判断した門番は、槍の穂先でフードを剥ぐと言う暴挙に出た。
一歩間違えれば、槍で顔を傷つけてしまうと言うのに───。
バサッ!!
乱暴に剥ぎ取られたフードの下。
そこにあったのはやはりダークエルフ!!
───そう、エミリア・ルイジアナだ。
赤く濁った瞳は三白眼。
灰色で油じみた髪は白さが際立つ。
目の下には深い隈が刻まれ、とれない。
長い笹耳はあちこち擦り切れており痛々しい、よく見れば顔も酷い暴行を受けたのか傷が多く、目の上も少し腫れている───。
体つきは少女と見まがうほどに貧相で不健康そう。
だが、エルフ基準的にはさほど美人ではないのだろうが、人間基準で言えば実に美しい部類だろう。
怖気を振るうほどに冷たい目つきを気にしなければ、十分に門番たちの獣欲を満たしうる───。
(お、悪くねぇ!)
(うまそうじゃねぇか!)
(小さいのも好きだぜ、俺ぁよぉ!)
ヒヒヒヒと笑う男たち。
すぐに捕まえるか、騙してどこかの家屋に連れ込むか───その二択しかない。
今殺す理由は特に見当たらず、まずは味見がしたいと門番たちは舌なめずりをした。
だが、すぐに捕まえるのは危険かもしれない。
なにせ、ダークエルフの膂力はドワーフに次ぐと言われるほどだ。
死に物狂いの抵抗をされてしまえば、門番たちにも被害が出る。
それくらいなら親切顔で騙してやれ───。
どうせ、こいつもこの小汚い様子を見れば難民だとアホでも気づく。
それにどうみてもガキだ。チョロいぜ……。
門番たちは顔を見合わせると、コクリと頷き合う。実に手慣れているのだ───。
「これは失礼───。最近盗賊が多くてね。お嬢さんの様な人なら問題ない」
「ようこそようこそ、どうぞリリムダの街へ」
「長旅でお疲れでしょう。こちらの休憩所でお休みになりますか?」
休め……そして、二度と解放しないけどな!!
たっぷりと可愛がってやるぜ!!
ぐひひひひひひ。
そう男達は笑っていた。
魔族の連中は、未だリリムダの街で受け入れられると思っているらしい。
旧魔族領では帝国側の情報が一切入らないのだろう。
だから逃げ込んでくる。
この少女も同じこと───。
だが、
「………………酷いことを───」
あ!
しまった……!
少女が屈みこみ、草地で冷たくなっている魔族の女性の目をそっと閉じていた。
まずいことになったと思ったが、そのころには門番たちはすぐに方針を変更した。
いっそ、とっ捕まえてやれ、と。
少女が屈んだ際に捲れたマントの下には、何も来ていないらしく───瑞々しい体がチラリと見え思わず喉が鳴った。
もう、我慢できないと───。
「ち! バレたみたいだぜ!」
「いいさ! 今やっちまえ!」
「ぎゃははははは! 可愛い子ちゃん! リリムダへようこそ、歓迎してやるぜコッチでなー!」
貧相な下の槍で挑発する門番たち。
だが、エミリアは門番たちを無視して、死んだ女性の手を重ねてやり、簡単な祈りをささげる───。
「ごめん……。もう死者の声は聴こえないの───……少なくともそっちは平穏でありますよう」
~~~♪
美しい旋律の祈り。
一瞬、聞き惚れていた門番たちは、自分たちが無視されたことに気付き、ハッと我に返る。
「こ、このガキ!!」
「大人しく捕まれッ」
はやった門番が槍を手にエミリアに掴みかかる。
が、
「───門を開けろと言ったぁぁあ!」
スパパパン!!
クルン! とムーンサルトを決めると、オーバーヘッド気味に美しい蹴りを放ち、門番の意識を掠め取る。
ヒュンヒュンヒュン! と回転し、空を舞った槍をパシリと掴み取ると、マントがバサリとめくれ上がり、しなやかな裸体を衆目に晒される。
だが、その体の痛々しいことといったら……。
傷だらけで、明らかに複数人から暴行を受けた証が刻まれている。
一瞬だけ見えた背中にも、思わず顔をそむけたくなる拷問の跡。
皮膚は焼かれ、剥がれ、刺され、千切られていた。
背中の傷が特にひどい……。
そこには、
『ア&%$#』
痛々しい刺青のあとがボンヤリと輝き、光の尾を引く───。
だが、そんなことは門番には関係がない。
仲間が伸されて、武器を奪われた───それだけだ。
敵対したなら、あとは数で圧殺するのみ。
お楽しみは、そのあとだ!!
「この野郎!」
「おい、増援を呼べ───!!」
「魔族だ!! 魔族がいるぞぉぉぉぉおお!!!」
わらわらと集まり始めた門番。
市内を警邏していた自警団もやってきた。
どいつもこいつも下卑た笑い───。
「───……そう。もう、私達の安息の場所はないのね」
魔族は滅亡した。
ここは全て人の世で、魔族の居場所はもうどこにもない───。
安息の地など─────────ない。
「ならば、」
そう……。ならば───。
「ならば、安息の地を作り出そう」
すぅぅ、
「───お前たちを滅ぼしてなッ!!!!」
「んな!!」
「こ、こいつ!!」
「魔族の軍人だな、てめぇ!!」
色めき立つ門番ども。
ふふふふ……。
獣相手に会話をしようとしたのが間違いだ。
勇者たちを優先しようとしたのが間違いだ。
そうとも、そうとも。
「帝国」も、敵じゃあないか。
魔族を殺し、家族を殺し、ダークエルフたちを殺した。
はははははははははははは!!
そうだ、そうだ。そうだった。
「お前らも帝国だったな。忘れていたよ、私としたことが───」
全て敵。
この世の全てが敵だ。
すべて敵だ。
上等。
上等だ。
上等だぁぁぁあ!
「あははははは! まずは、手始めにこの街から始めようか」
すぅ……。
思い知れッ、人類!!
帝国民であるだけでお前らは、罪だ!!
「構うこたぁねぇ!!」
「ぶっ殺せ!!」
「死体でもいい! 穴さえありゃなんでも同じよ!!」
「「「「「殺せぇぇええ!!」」」」」
ワッ!
一斉に飛び掛かる門番ども。
が、とんだ素人だ。───槍の握りもなっちゃいない……。
しょせん、弱者を甚振ることしかできない連中。
「ふ。実に人間らしいね──────クズどもがッ」
はなから、遠慮などいらない。
サッと手を掲げたエミリア。
その動きに合わせて、彼女が乗船していた船が動く───。
ゴギギギギギギギギギギギ……!
「な、なんだ、ありゃ?!」
「う、動いて───?」
「で、でけぇ……!」
そう、それこそがリリムダの街で惰眠を貪る愚民どもに見せる悪夢の顕現であり!
帝国に鉄槌をくだす怒りの体現者!
それが、彼女の召喚した──────。
───ブゥン……!
アメリカ軍
Lv0:合衆国海軍(南北戦争型:1864)
スキル:バージニア級装甲艦
※(ライフル砲×5、
滑空砲×6、
連発銃×4)
海兵隊
※(小銃、拳銃)
備 考:南北戦争で活躍した装甲艦を装備。
バージニアは1862年に沈没した。
世界初の装甲艦同士の開戦を経験し
のちに数多の戦訓を残す。
同乗している海兵隊は精兵。
当初より廃止と新設を繰り返すも、
精強な兵の集まり。
そうとも!!
彼らは最強のアメリカ軍。
───USネイヴィである!!
それこそ、人類に対する真っ向からの宣戦布告。
エミリオの慟哭───!
彼女の、凱歌の号砲!!
召喚せし、アメリカ軍────装甲艦バージニア級の産声だぁぁぁああ!!
第2話「リリムダ強襲ッ!」
サッと手を掲げたエミリア!
その動きに合わせてエミリアの乗船していた船が動く───。
エミリアの召喚した────装甲艦だ!!
ガコン、ガコン!!
『『───準備よし!!』』
船体の前部から9インチ砲が引っ張り出されて射撃位置につく。
船体横の砲門も順次開いていき、各種の大砲をニョキリと生えさせた。
「な、なんだありゃ?!」
「か、構うな!! このガキを先に───」
ふ……愚か者め。
「────撃てッ!」
サッと、エミリアが腕を振り下ろすと、間髪入れずに──!!
ズドォォォォオオン!
────ボコォォォオオンッッ!!
「ぎゃああああ!!」
「うわぁぁっぁあ!」
水門がぶっ飛び、警戒中の門番が多数焼け落ちていく。
「な!!」
「なんだぁ?!」
エミリアを取り囲んでいた門番が口をあんぐりあけて、焼け落ちた水門を見ている。
確か門番長もいたはずだけど───。
……あ、川にプカプカ浮いてる。
「ありがとう、ありがとう。そして、ありがとう。人類の皆さま───こんにちわ、はじめまして、」
そして、
「─────死ねッ」
突撃ぃぃい!!
ズザァァアアア……───。
エミリアを降ろしてからは停船中だった装甲艦も、命令を受ければ再び動き出す。
決して速いとは言えないが、並みの川船よりも明らかに高速だ。
流れに乗りつつも、内燃機関でスクリューを動かし、13ノットの最高速力が出せるのだ。
「な、なんてことしやがる!」
「死にかけの魔族のくせにぃい!」
「ふ、ふざけんなっぁぁぁあ!!」
門番たちは、水門の悲劇がエミリアの仕業であると気付き、激高して斬りかかってきた。
だが、舐めるなかれ───。
この少女こそ、魔族最強の戦士にして最後の魔族!!
───エミリア・ルイジアナだ!
「うりゃあああ!!」
「どりゃぁぁああ!」
遅いッ。
ストトトトトンッ!!
目にもとまらぬ連撃を繰り出し、槍の穂先で門番どもの喉を突く。
「おぐっ?!」
「ぐはっ!?」
そして、引き抜いた槍をヒュパン! と、血振りし、後ろに引いて腰を落とす。
「掛かってこい! 相手になってやる、ゲスどもッ!!」
エミリアの身体は本調子とは言い難いものの、この程度の雑魚──なんのことはない。
「ぐ……!」
「こ、こいつ───」
あっという間に半分の仲間を殺された門番ども。
しかし、オカワリ! と、ばかりに街中から自警団が続々と集まり始めた。
だが……。
「どうした───来ないのか? 見ての通り、薄汚い小さな魔族だぞ? ん?」
空いた左手でチョイチョイと挑発するも、エミリアがただものでないことは彼らも既に知っている。
場を取り仕切る指揮官がいなかったことも、災いしていたい。
……ようは、誰もビビッて手を出さないのだ。
ふッ……、
「そっちが、来ないのなら───」
───こっちから行くぞッ!!
ダンッ! と強力な踏み込みのもと、エミリアは門番と自警団の群れに飛び込む。
一見すると危険だが、長物を持っている連中相手なら、敵の懐の方が安全な場合もある───。
事実として、
「こ、このぉぉぉお!!」
「ぎゃッ!! バ、バカ! 槍が仲間に当たる! 振り回すな」
バカが突っかかて来たものの、隣の門番の腕を突き刺しただけ。
第一そんなへっぴり腰で骨が貫けるか!!
「退けとは言わん!! 全員死ねッ!!」
ビュンビュンビュン! と、頭の上で槍を回し、穂先で喉を掻っ切っていく。
微妙に角度を調整し、慎重違いの連中でさえ見逃しはしないッ。
「ひ、ひぃいいい!! に、逃げろ!!」
「ま、魔法使いを! 大先生を呼んで来い」
もうそこからは蹂躙劇だ。
ゴギギギギギギ! バキンッ!
焼き落ちた水門を、装甲艦が強引に押し広げているというのに、誰もそちらに手が回らない。
それ以前に、装甲艦一隻とエミリア一人にリリムダの街は押されまくっている。
蜘蛛の子を散らすように逃げ始めた門番に、自警団達だが……。
「───逃がすかッ!!」
ビュン!!
投槍の要領で、エミリアは散らばっている門番らの装備を集め投擲。
百発百中に近い精度で逃げる自警団らの背中を刺し貫く。
「げあッ!」
投擲と、重量と、膂力が加わり槍が軟弱な人間どもを面白いくらいに貫き、地面に縫い付ける。
「ぎゃあああ!」
「うぐああッ!」
「ぐほぉッッ!」
あるものは、斜めに近い立った姿勢で刺し貫かれて絶命。
ほかにも、
そのまま、立ちんぼになったり、槍の柄に抱き着くようにズズズと滑り地面に崩れ落ちるものもいる。
反撃?
そんな度胸のある奴はいないッ!!
「ッッ!!」
エミリアが次に獲物を探そうと、地面の槍を拾った瞬間───そこを狙っていたかのように火炎球が着弾した。
「ち!」
バク転気味に背後に飛び退り、危うい一撃を躱す。
「よくぞ躱したな───我こ、」
「撃て」
ドカーーーーーーーーーーーーーン!!!
偉そうなローブを着込んだ、用心棒風のおっさんが一瞬で爆炎の中に消える。
誰?
知らんわ。
そうして、エミリアが一帯を制圧した頃には、装甲艦がバリバリバリと水門を押し破り、市内に突入した。
その頃になって、ようやく街が事態に気付く。
カァン!
カァン、カァン、カン、カン、カンカンカンカンカンカン!!
半壊した水門の見張り台に張り付いていた門番の生き残りが、警鐘を激しく打ち鳴らしていた。
だが、今さら遅い───。
いや、遅いも速いもない!!
お前らは死ぬ。
お前らは滅びる。
私が滅ぼす!!!
アメリカ軍とともに滅ぼすッッ!!
リリムダの街は!!
貴様らは──────!
人類であるというだけの理由で、死に絶えるがいい──!
我ら魔族にしたようになぁぁあああ!!
第3話「蹂躙せよ!」
私が滅ぼす!!!
人類であるだけという理由で、死に絶えるがいい──!
タタタタタッ!!
軽快に駆けるエミリア。
目指すは半壊した水門───。そして、その上の見張り台だ。
走りつつ、サッと腰をかがめて門番の装備から片手剣を二本拝借すると、そのまま水門の壁を蹴る。
装甲艦の砲撃と体当たりでひしゃげたそれは足掛かりに十分だ。
ダンッ!
ダンッ、ダンッ!!
蹴り抜かんばかりに踏み込むと、エミリアは跳躍し上へ上へ!!
傍から見れば垂直の壁を上っているようにも見える。
そして、あっという間に水門の壁を上り切ると、バサバサバサー!! とマントをはためかせ、瑞々しい肢体を見せつけるが如く空を舞う。
そして、二手に構えた片手剣のもと、驚愕している門番の眼前に迫り───。
「一回鳴らせば十分だ!」
一手で未だ激しくカンカンと鳴らす警戒鐘を吊るす紐を断ち切り、さらに一手で門番の喉を掻き切る。
ビューと血が噴き出す前に、門番の上に鐘が落下し、出血を覆い隠した。
ガランガラン! と、激しい音共に鐘と一緒に地面に落ちていく門番。
エミリアはその体を踏み台としてさらに一跳躍。
バサバサバサッッ!!
蝙蝠がはばたくように、黒いマントを翻し、褐色の肌を太陽のもとに晒して水門の上空に遷移する。
そのまま、クルンと曲芸の様に体を翻すと、人間たちの街───リリムダが良く見えた。
「いい眺め…………」
エミリアの視界に映る街。
その中心をまっすぐに貫き南へ流れていく川の先───。
それは、川と並行に走る街道と、遥か遠くにみえる人の国の景色。
あぁ、そこか。
そこにあるのだな?
その先に、その道と川の果てに人間どもの都──帝国の首都があるというのだな……!
バサバサとマントが風を切る。
跳躍の最高点に達した後は、落下するのみ。
エミリアは無重力と自由落下を楽しみつつ、徐々に遠くに景色を眺めた。
光景が流れるように下へ下へと下がり、視界は再びリリムダの街。
そこには、右往左往する人間がウジャウジャといる。
うふふふふふふふふふふ。
たくさんいるわね───。
自警団が、慌てて装備を引っ掴んで事務所に駆け込む。
……かと思えば隊列を組んで、右へ左へ───。
何が起こっているのか、分かっていないのだろう。
バカな連中。
何か起こっている……?
「───私が怒っている!!」
クルリと空中で姿勢を変えたエミリア。
彼女は最後に街の外の景色を視界に収めた。
あれは───。
ほう?
街の外には帝国軍の駐屯地か───……ふむ、一個中隊もいないな?
まぁいい。
──────……スタンッ!!
エミリアは全てを視界に収めたあと、水門の半ばに強引に船体を突っ込んでいた装甲艦の上に着地した。
膝と腰を使って衝撃を逃がすと、血を吸った剣を左右の川に投げ捨てる。
こんなもの必要ない。
すぅぅ……。
「聞け! アメリカ軍!!」
『傾注』
ガガガン!!
装甲艦の中から姿を出したアメリカ海兵隊が、船上で不動の姿勢。
「私は命令する──────」
ザッ!
一斉に敬礼を受けたエミリアは、もう容赦などしない。
「───市内を蹂躙しろッ《 ザ シティ 》! 焼け、破壊しろ、全部殺せぇぇえ!」
人類は敵だ!!!!!
『了解! 閣下!!』
最大船速!!
両舷砲戦用意!!
陸戦準備!!
蹂躙せよ!!!
『タリホォォォオ!!!』
第4話「リリムダ炎上!」
最大船速!!
両舷砲戦用意!!
陸戦準備!!
蹂躙せよ!!!
『タリホォォォオ!!!』
「蹂躙、蹂躙、蹂躙!! リリムダの街を蹂躙せよ!!」
『『『ハッ! 閣下ッ』』』
───ずざぁぁぁぁああああ!!!!!
水門を抜け出した装甲艦。
街を貫く大河の両脇には当然リリムダの街がある。
便宜上、西リリムダ、東リリムダと呼ばれているが街の住人は単に住んでいる家を中心に「対岸」などと呼び合っている────うん。
すごく、どうでもいい──。
要するに、装甲艦に備えた両舷の6~7インチ砲も滑空砲も、海兵隊が船内から引っ張り出してきたガトリング砲も──────たっっっっっっっっっっぷりと撃ち放題という事だ!!
この街の人類は全て射程距離。
老若男女、瀕死から胎児にいたるまで。
全て。
全てだ!!
容赦などしない!!
すぅぅ……。
「撃てぇぇぇぇぇえええ!!」
ズドン!!!
ズドン、ズドン、ズドン、ズドン!!
ズドンズドンズドンズドンズドンズドン!
ズドドドドドドドドドドドドドン!!!
両舷、砲戦開始ッッ!!
ひゅるるうるるるるるるう………………ぅぅるるる───ドォォン!!
ドォン、ボォン、ドォンズドォォォォオオンン!!!
「ぎゃぁあああ!!」
「な、なんだ? うぎゃああ!!」
「「「ひぎゃぁぁあああ!!」」」
うららかな昼下がり───。
リリムダの街は地獄と化した。
燃え上がる家屋。
吹き飛ばされる人々。
木っ端みじんに消えた大量の資材!!
「あはははははははははははははははは!」
あはははははははははははははははは!!
人類が燃えてるよー!
人類が燃えてるよー!
人類が燃えてるよー♪
「あはははははははははははははははは!」
見ろッ!
街がゴミのようだ!!
「撃て撃て撃て撃て撃てぇぇぇぇえ!!」
エミリアがタクトを振るように指示を出すと、そこに砲撃が突き刺さる。
ズドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン!!!!
人類よ、燃えてあれと。
次々に砲撃が放たれる。
「もっと撃って! もっと撃って! もっと、もっと、もっと撃って! もっと!!」
連射!!
連続射撃!!
装甲艦の中では、砲が後座するたびに船内の砲員が駆けずり回り、練達の腕を見せ再装填!
砲撃位置に戻して、即発射!
狙い?
目標?
照準?
知るか。
関係あるか。
全部だ!!
全部が目標だ!!
丁寧に隅々まで余すところなく目標だ!!
この世にいる人類すべてが目標だ!!!!
いや、この世が全て目標だ!!!!!!!
「あはははははははははははははははは!」
街中で爆発音が上がり、全てが燃え堕ちていく。
急速に拡大した街は家々が密集しており、また建築資材も街の至る所にある。
消火しようにも、エミリアの装甲艦が水源たる川を下っていくのだ。
近寄れるはずもない。
そも街の人間には、何が起こっているのかすら知れない。
まさか、魔族がたった一人で乗り込んでくるなんて思わない。
アメリカ軍に攻撃されるなんて思わない!
だから、死ぬ。
愚かにも、呆気なく、なにも知ることもなく───。
そして、装甲艦はノッタリとした速度で川を下り、両舷から討ち放題。
タップリと火薬の詰まった榴弾は着弾と同時に地面にめり込み、家を砕き、人々を押しつぶし、そして信管を炸裂させる。
ドカーーーーーーーーーーーーーン!!!
もう、街は無茶苦茶だ。
魔族を売り買いし、魔族を食い物にし、魔族を滅ぼして肥え太った街。
エミリアの目には、これほど醜悪な街もないだろう。
「あそこを撃て! ここを撃て! 向こうを撃て!! 私の敵を根絶やしにせよ!!」
あははははははははははははははははははははははは!!
リリムダの街が燃えていく。
装甲艦の動きに合わせて、街が横に横にと滅びていく。
ああああ、胸がすく思いだ───。
「あ、あそこだ!!」
「か、構えぇぇぇ!」
おや?
反撃かしら?
エミリアの耳を打つ、人間どもの声。
見れば、街を繋ぐ橋の上に武装した自警団ども。
手に手に弓を構えている。
ふむ……?
橋の上で迎え撃とうと言うのか?
っていうか、
「橋───邪魔ねぇ」
ス───。
エミリアは面倒くさそうに橋を指さすと、言った。
「撃ち落とせッ!」
『了解、閣下!!』
ゴンゴンゴンゴンゴン…………。
装甲艦の前方砲───9インチライフル砲がやや高めに仰角を取る。
「───撃てッ!」
ズドォォォオオオオオオオオン!!
両舷の砲とは比べ物にならないくらいの、高威力!!
ひゅるるるるるるる…………るる───。
目に見えるほどの、遅い弾道がデッカイ砲弾を運んでいく──────。
そして、着弾!!!!
「に、逃げ───」
チュドーーーーーーーーーーーーーン!!
街を繋ぐ大きく長い橋───。
それが、たった一発でぶっっっ飛んだ!!
冗談でなく、橋全体がブルリと震え、直撃しなかった橋の上の自警団を振り落とす。
「「「ぎゃぁぁぁあああ!!」」」
そして、振動が収まる前にバラバラ、ガラガラーと橋が崩れ落ちていく。
「あははははははははははははははは!!」
あはははははははははははははははは!!
「リリムダ橋おーちたッ♪」
落ちた♪
落ちた♪
「リリムダ橋おーちたッ♪」
エミリアは装甲艦上でクルクルと回る。
空を仰いでクルクルとクルクルと───。
あはははははははははははは!!
あーーーーっはっはっはっは!!
そして、告げる───。
「ほらほら、水の中にいても安心できないわよー……撃ちなさい」
橋から落ちて、辛うじて助かった連中もエミリアは見逃さない。
プカプカ浮いてあわよくばエミリアをやり過ごそうと───。
「見逃さないから、ね?」
………………だって、見逃してくれなかったでしょ?
私達を。
魔族を───。
そして、ダークエルフたちを!!
なら……。
ならば、見逃す道理はない!
城の前に積み上げられた、頭と、腸と、体と、子供たちとぉぉぉおおおおお!!!
「───等しく死ねッ」
死ねッ!
人類は死ねッ!!
「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね、死ねぇ人類!!」
ドガン、ドカン!!
仰角低め───俯角を取った滑空砲がたっぷりに榴弾を溺者に向け放たれる。
直撃はしなくとも──────。
ドブゥゥゥゥン……!
くぐもった爆発音が水中で響き、水面がスライムの様に盛り上がった。
その中に真っ赤な泡がたくさん生まれる。
水中の爆発は地上の比ではない程、威力があるのだ。
爆発と水圧で圧死した自警団の生き残りは、ほとんどが死に絶えた。
そこに、
パパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパン!!
スタッカートの様なけたたましい射撃音。
船上に仮設したガトリング砲が、左右の溺者目掛けて撃ちまくる。
そうして、生き残りはガトリング砲が丁寧に仕留めていくのだ。
馬鹿め!!
人類であると理由言うだけで、お前らは死ぬのだ!
それ以上でも、それ以下でもない!!
ただ、死ねッ!
死んで死んで、死んじまえぇぇぇえ!!
エミリアの声なき慟哭。
だれにも聞かれぬまま川の水面に消えていく。
そのまま、エミリアは万遍なく街を滅ぼしながら、川を下った。
途中遭った橋をすべて叩き落とし、都合5本の橋は全部が川に消えた……。
そして、ついに殺戮も終演。
この街が終わりに近づく。
街としても、街を通過という意味でも───……。
そう、
エミリアの視線の先の街はあとわずか。
「き、来たぞ!!」
「固めろ!! 固めろぉぉお!!」
「全員集まれ、はやく!!」
おや?
あれはあれは、なるほどなるほど、これはこれは!
街の南側。
北から入ったなら南は出口。
そして出口の水門を固めるリリムダの皆さま───。
水路に家財を投げ込み、丸太を浮かべて障害としているのだろう。
確かに普通の川船なら、丸太同士が当たれば船体が傷む可能性はある。
普通の船ならね───。
さらに、水門上に弓兵をならべて陸にも多数の兵が詰めている。
ふむ。最終防衛ラインと言ったとこかしら。
「おあいにく様。最終もなにも、もう守るべきものは───もう、そこだけよ!」
そうだ。エミリアが通過した後の街は滅びた。
リリムダは今日をもって壊滅───そして、その門は私にとってタダ邪魔なだけ。
「……いいわ。相手になってあげる」
マントをはためかせ、装甲艦の船上に仁王立ちするエミリア。
ちょうど、9インチ砲も弾切れだと言う。
一度補給させるために召喚を解くか、あるいは開頭して両舷の砲を使う手もあるが───。
……いえ、こうしましょうか♪
この方が私らしい。
すぅぅ、
「───衝角戦用意ッ!!」
『了解!!』
ズザザザン!!
ズザザザザザアアアアアア!!
石炭が内燃機関にくべられ船速が上がる!
ガラガラガラガラ!!
海兵がクランクを回し、水中から鎖がせり上がる。
すると、水面下にあった突撃用のトンガリ───衝角が水を割って顔を出した。
ザッパァァァ……。
水面下の衝角の位置を調整すると、衝角が水面よりやや高めに角を突き出す。
ギラリと輝く凶悪な突撃槍!
だが、目標は船じゃない!!
水門だ!!
水量調整用の水門ではないため、リリムダの水門は水に触れるか触れないかの、水面ギリギリの位置にあるのだ。
だから、衝角もそこに当てるため高めに調整。
あとはブチ当てるだけ!!
「く、くるぞ!!!」
「見ろッ!! 船の上に魔族がいる!!」
「奴だ!! 奴が街を焼いたんだ!!」
「「「奴を殺せぇぇええ!!」」」
ギリリリ……。
一斉に引き絞られる弓。
リリムダの全戦力があつまり、凄まじい数の兵だ。
なかにはただの避難民もいるのだろうが、弓を持てば立派な民兵だ。
猟の経験者もいることだろうし、とりあえず弓兵の数だけはやたらと多い。
ふ…………。
私を殺す──────?
ハッ!!
「───やってみろッ!!!」
第5話「死んで詫びろッ!」
───やってみろッ!!!
バィン!!
バババババババババッババィン!!!
リリムダ民兵たちが持つ弓矢が、凄まじい量で弦を打つ音を響かせた。
途端に、ザァ───と空を圧する矢が、黒い塊となって装甲艦を狙うッ!
海兵隊は既に船内に避難している。
船上に残るはエミリアただ一人!!
このままでは──────!!
ギィン、ガン、ゴィン!!
耳障りな反跳音がそこかしこで響き、装甲艦の鉄板を叩く。
だが、効くはずもない───、いやそれよりも!!
「馬鹿め、そんな矢で装甲が貫けるものか───!!」
違うッ!! そうじゃない!
装甲艦は無事でも、エミリア自身の身は装甲で守られているわけではない!
いくら膂力があろうとも、肌は人のそれと同じ──────……。
「───舐めるなぁぁぁあ!」
直撃弾道の矢が数本───。
それを読み切ったエミリアはマントをばさりと脱ぎ捨て裸体を晒すと、腕に巻き付けたマントだけで──────。
「お前らの矢など、コイツに効くかぁぁぁあああ!!」
おそい、おそい、おそい!!
ブワサァァァア!! と布地で薙ぎ払う。
そう、たったそれだけで矢を叩き落とすと再び腕組みし、裸体を惜しげもなくリリムダの生き残りに見せつつ叫ぶッ!
「───装甲艦である!!」
いけッ!!
アメリカ軍!!
「吶喊せよ──! 突貫せよ! 特観せよ」
───特と観よッ!!
「だ、第二射!!」
「ま、間に合わないッ!!」
「ににに、逃げろぉぉおおおお!!!」
───逃がすものかッ!!
食い破れッッッ!!
バキャ!!!
バリバリバリバリバリバリバリ!!!!
装甲艦がズシンと揺れ動く。
そして、まともにぶち当たられた水門が、激しく振動し、恐ろしい音を果てて変形していく。
ズズン!!
バッギャリ、バリリリリリッッ!!
まるで地震でも起きたかのように、門全体が震え水門上の兵を地面に叩き落としていく。
「ぎゃああああ!!!」
「た、助けてくれぇぇぇええ!!」
「悪魔だ!! 悪魔だぁぁぁぁあ!!!」
助けろ?
悪魔ぁ?
ハッ!!!!
「アメリカ海軍である!!」
総員、陸戦用ぉぉ意《 ランド ファイト》ッ!!
「奴らを掃討せよッ!!」
『了解!!』
船内から海兵隊が続々と姿を現し、装甲板の上をガンガンがン! と、激しく歩いていく。
鋼鉄製のドアが頼もしく開き、ガトリング砲に、個人携帯火器がわさわさと!!
バンッ!! ガンガンガン……!!
ザッ──────ジャキーン!!
ガトリング砲4門、弾は唸るほど!!
ライフルに拳銃、手投げ用のダイナマイト、どれもこれも潤沢、潤沢ぅぅ!!
「ひぃぃいいいい!!」
「い、いいいいっぱいでてきたぁぁあ!!」
「逃げろぉぉおお!!!」
逃げ惑うリリムダの住民と自警団。
だが、最後の砦である南の水門は、今もバリバリと音も立てて変形していく。
装甲艦のエンジンがそれを力強く後押しし、衝角の鋭さがそれを押し広げていく!!
仮に装甲艦の脇を逃げたとしても、今も仕切りに撃ち続ける両舷砲の餌食になるだけだ。
この状態で戦意など保てるはずがない。
彼らはタダの民兵。
帝国軍正規兵ですらない。
水門に食らいつく装甲艦に威容に怯え、失禁する者もいる始末。
ほとんどが武器を放棄して、ガタガタ震えるのみ。
───くっっっっだらない連中……。
「ハッ……! 怯えろッ、竦めぇぇ!! ひれ伏して、許しを乞え!!!」
乞うたところで…………。
だが、許さんッッ!!
「───家畜の様に死ねッッッ!!」
ジャキジャキジャキ!!
海兵隊の銃を向けられ恐怖に怯える住民たち。
それが武器か何かわからずとも、殺気を感じれば恐怖するというものだ。
いやだああああああああああああああ!!
助けてぇぇぇぇぇぇぇぇええええええ!!
多数のリリムダの人間が命乞いをするが、許さない。
誰一人として許さない。
……お前たちは知っていた。
魔族が滅びること知っていた。
なのに、街に出入りしていた魔族の商人を笑顔で殺し、売られた奴隷を使い潰して笑っていた!
魔族の土地で獲れた産品を買い叩き、あまつさえ、それが取れることを帝国に伝え滅びを助長した!
そして、お前たちは魔族の命をもって肥え太り、今もなお食い物にしようとしている!
そんなお前たちを、この私───エミリア・ルイジアナが許すと思ったのか!!
「───断じて許さないッッ!!」
エミリアの叫びを聞いて、絶望に顔を染めるリリムダの民。
海兵隊はライフルに、ガトリング砲を指向し、住民たちに狙いを付ける。
アワアワと慌てるリリムダの民。
武器を捨て降参する者、こっそり逃げ出そうとする者、徹底抗戦の構えの者。
だが、大半はひれ伏して許しを請うた。
それが?
それで?
それを?
この街に、一人でも生きている魔族がいれば、お前たちを救ってやろう───。
一人でも魔族を救った人間がいれば助けてやろう───。
だが、知っている。
私の五感はもうわかっている。
この街に満ちているのは魔族の死臭のみ!
お前たちは救いを求めてきた者も、今まで友誼のあった者も、まとめて殺した!
帝国の命令?
帝国に言われて仕方なく?
帝国が全部悪いんです??
ふ。
ふははははははははははは!!
ふはははははははははははははははは!!
「笑わせてくれるッ!」
ならば、
───ならば、帝国と共に滅びろッッ!!
サッと手を掲げるエミリア。
その瞬間、海兵隊の殺気が最高潮に高上る。
エミリアが手を振り下ろしさえすれば彼らは全滅することだろう───。
その光景の何と甘美なことか。
魔族を食い物にして肥えた街。
ならば、その贅肉を削ぎ落してやるまでのこと。
「撃───」
「貰ったぁぁっぁああ!!」
水門の裏側から突如、黒鎧の軍勢が現れた。
第6話「リリムダ壊滅」
「あら?」
どちら様かしら?
──ブン!!
空を切る一撃。
真っ直ぐにエミリア目掛けて振り落とされたその一撃を、危なげなく躱す。
「ぬぅ、やるな! 小娘ぇ!!」
第二撃をくわえようと、鎧の───郊外に駐屯していた帝国兵が構える。
郊外にいた連中よね?
こいつら、いったいどこから……?
見れば、装甲艦が食い込んでいる水門の裏から続々と乗り込む帝国兵の姿が見えた。
いつの間にか水門の裏に回り込んでいた帝国軍が、乗り移ってきたのだ。
どうやら、住民が抗戦ラインを強いている間に、連中は水門の裏に潜み機会を窺っていたのだろう。
水上と陸上では勝負にならないと踏んでいたようだ。
ち……。
さすがは正規軍といったところか。
まぁ、いいわ。
接舷上陸戦とはちょっと違うけど───。
「───みんな、白兵戦用意ッ!」
エミリアは素早く下達すると、海兵隊に帝国軍を排除させる。
その間に、エミリアは目の前のコイツを仕留めることにッ!
「───飛び道具ばかり使いおって、この卑怯者が!!」
バサリとマントを翻す帝国兵。
それを見て、少しだけ驚いたエミリアの顔。
どうやら一番槍のこの男、指揮官らしい。
他の帝国兵より、少しだけ豪華な意匠の鎧に勲章が輝いている。
「指揮官率先───将校の鏡ね。惚れそうだわ……うふふふ」
───恐らく、魔族との実戦経験がある部隊。魔族戦争に参加していた連中だろう。
そいつは多数の兵を背後に従え、一人エミリアと斬り結んでいる。
「ほざけッ! 貴様……見ていたぞ、これまでの狼藉三昧! そして、知っているぞ!」
あーそー。
「───貴様は死霊術士のエミリアだな! 降伏し、飼いならされていると聞いたが……魔族の地にいた他の兵はどうした!?」
「聞いてどうするの? 足りない頭で考えなさい」
「んなっ?!」
偉そうに出てきて、何様なんだか。
「お話は終わり? じゃ、ご機嫌よう──」
優雅に一礼し、
スパァァン!!
と、脚線美を見せる様に鋭い廻し蹴りを───……止めた?!
「く……」
ガシリと掴んだその手。
人間にしては力強いそれ───。
「は、放せ!」
「ぬかせ! このまま引き裂いてくれようかッ」
ギリギリギリ……!
本当に引き裂かんばかりの勢いで、エミリアを組み敷こうとする指揮官。
「売女のくせに、調子に乗った罰を食わせてやらんとなぁぁぁあ、ぐははははは!!」
ふ…………。
「そういう割には、力がこもってないんじゃない? ふふふ……私が欲しいの───?」
なら、
「くれてやる!!」
掴まれた足をそのままに、エミリアもう片方の足で指揮官の顔をサンドする。
「ぐあ!!」
そして、そのまま体を振り子のように振り回し、勢いを付けた回転をくわえた。
全身のバネ。
そして、柔軟性。
さらには、遠心力を使った足だけの投げ技ッ!!
どんな時でも、戦う術を捨てない────それがダークエルフの生き方だ!!
死ね!! 帝国兵よ!
「ぐおおぉおおおお?!」
グルン! と指揮官の身体が浮かびあがり、空中で振り回され──────……!!
投げ技のぉぉぉお、フランケンシュタイナぁぁぁあああーーーーーーー!!
「ひぃぃぃいいいいい!」
ズドォォオオオオン!!!…………ぷち。
次は、
「───お前らだ!!」
グチャ……と、潰れた指揮官を無視して、エミリアは立ち上がると乗り込んできた帝国兵を指さす。
撃てぇぇえ!!
『『『『『了解ッ!』』』』』
パン……………!
パンパンパンパンッパッパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパ!!
バババババババババババババンッババババババババッババババババババババ!!
「ぎゃあ!」
「うぎゃぁぁあ!!」
装填、発射、再装填、発射、再装填、発射!!
乗り込めば勝てると思ったか?
一見動き無さそうな船上だが、ここは不安定な水の上!!
慣れない場所で戦う貴様らと、水の上で戦う専門家────。
彼らは、
「海兵隊だぞ!!」
「「「ぎゃあああああああ!!」」」
あっという間に殲滅された帝国軍。
死体が揉んどり打って川に沈んでいく。
僅かばかりいた生き残りは、まだ水門の裏にいて乗り込むタイミングを図っていた連中だけだ。
(チ……! 思ったより水門突破に手こずる───これは逃げられるわね)
実際、水門の裏にいた帝国兵は、あっという間に指揮官を含め殲滅されたことをうけ、急速に戦意を低下させていた。
乗り込むどころではなく、気配が徐々に遠ざかっていく。
いま、情報を持ち帰られるのは面白くないが……。
仕方がない。いずれ帝国相手に、エミリアとアメリカ軍だけで喧嘩を売るつもりなのだ。
エミリアが暴れまっているのが露見するのは、時間の問題だろう。
まぁ、いい。
それよりも、
「さて、皆さま──────」
ジロリと、睨む先には怯えるリリムダの住人達。
フルフルフルと、首を振ってヤメテヤメテと懇願する。
うふふふ、
「……ここは、良い街ですね───。風光明媚で、水が豊かで、そして住民たちが、」
そして、
ギギギギギギギギギ、バリ!!
遂に水門が破れて装甲艦が街を出る。
そして、行き掛けの駄賃とばかりに両舷砲を住民に向けた。
エミリアは、射撃用意の手を振り上げて───……。
「───とても静かな街」
だから、さようなら。
どうか、お元気で。
───振り下ろした。
ズドン、ズドン、ズドン、ズドン!!!
ぎゃあああああああああああああ!!!
こうして、リリムダの街は殲滅された。
第7話「エミリアの旅立ち」
ザァァン……。
ズザァァァアアン……。
リリムダの街からでで、水門を抜けた先は、広い広い、広い荒野であった。
乏しい植生の中に、所々湿地が顔を覗かせており、その周囲だけは豊かな緑に包まれている。
北の魔族領ほどではないが、この地方も寒い土地だ。
決して豊かな土地ではなく、育つ作物は限られている。
遠くの方に見える疎林もそのほとんどが低木ばかりで、その脇には見たこともない大きな獣が川を下るエミリアを興味深そうに見ていた。
ポンポンポンポンポンポンポン……。
合衆国海軍の装甲艦が立てる軽快なエンジン音だけが、荒野に響いている。
いや、違うか───。
船上の一番高い場所で、エミリアはゴロンと転がっていた。
視線の先には太陽が輝き、薄い雲のベールを纏っている。
手を翳して太陽を遮ると、ソゥっと目を閉じた。
………………………ジッと耳を澄ませる。
あぁ、やっぱり───。
風の音───。
水の音───。
そして、
キィキィキィ……。
クゥーァ、クゥーア……。
ピチチチチチッ───!
あぁ、聞いたこともない鳥の声───。
「ふふふふふふふふふ」
あはははははははは。
「あははッ♪」
マントだけを体に掛けたエミリアは、スゥと目を開け───翳していた手を太陽に伸ばすと、それを掴むようにして………握った。
「知らなかった───……」
そう、世界は広い。
狭く、寂しい魔族領だけが世界ではない。
寒く、貧しいダークエルフの里だけが世界ではない。
魔族が滅びて、初めて世界に出ることになったエミリア。
残酷で、理不尽な世界───。
だけど、それだけが世界ではない。
きっと、もっと、どこかにエミリアの知らない優しい世界があるかもしれない。
帝国と魔族領だけじゃなく、もっと優しい人達に住む世界や国が───。
パァン!!!!
「ぎゃああああああ!!」
数時間ぶりに聞いた銃声。
リリムダの街を出てしばらくは、数発ほどあったものの、それもしばらく途絶えていた。
「……仕留めた?」
『ハッ! 一人です』
身体を起こしたエミリアの視線の先には、ライフルに撃ち抜かれたのか、まだ息がある不様な芋虫の様にもがく帝国兵が一人。
恐らくリリムダに駐屯して、無謀にも接舷上陸を挑んできた連中の生き残りだろう。
指揮官の敗北をみて、いち早く脱出した彼らは、一目散に帝国の領域に向かって逃げ出していた。
リリムダはここいらでは大きな町だが、元は辺境の街。
隣と言っていいのか分からないが、近隣都市からは徒歩で2、3日はかかるという土地だ。
だからこそ、魔族領開拓の最前線として栄えていたのだが───。
もう、どうでもいいことね……。
エミリアは囚われていた魔族城から逃げ出すときに、あの帝国軍の騎兵将校から得た情報の一つとして、帝国の地図を思い浮かべる。
エミリアの目的は復讐だ。
それ以上でも、それ以下でもない。
だから、大事なのはその順番。
まずは──────。
ロベルト。
賢者ロベルト───。
生粋の帝国人で、上位の知識階級。
現在は、都にて帝王の補佐をしているらしい。
……そう、一番最初に仕留めようと考えた勇者パーティの一人は、帝国の都市に住んでいるのだ。
彼とエミリアの繋がりは薄い。
エミリアは所詮は勇者のペットだったのだから当然のこと。
しかし、勇者パーティにいた頃は、エミリアとも、多少なりとも交流があった。
細目で色白、……知識人を気取ったクソ野郎だったっけ。
とはいえ、エルフを忌み嫌うドワーフのグスタフとはほとんど口もきかなかったし、森エルフのサティラも同じくダークエルフを忌み嫌っていた。
そういう意味では、まだマシな部類ではある。
ダークエルフと魔族を喜々として殺していた人間をマシと思わなければならない程、連中はクソの塊であったわけだけどね。
いずれにせよ、居場所がはっきりしているのは帝国都市部にすむロベルトと、ドワーフの鉱山に住むグスタフ。そして、大森林の神殿にすむサティラだ。
あと二人───ルギアと勇者シュウジの居場所は誰も知らなかった。
「まぁ、いいか。どの道───人類と私の戦い……。いずれ、どこかでぶつかるに違いない」
……そうだ。
ダークエルフの私が生きていることを、ハイエルフのルギアは良しとしないだろうし、ルギアと結婚するというシュウジも一緒にいる可能性が高い───。
可能性……。
シュウジ──────……。
あぁ、シュウジ。
「会いに行くよ───愛しい人……」
エミリアに掛けられた洗脳は、骨の髄にまで沁み込んでいるらしい。
人類を滅ぼしたとしても、最後の最後でシュウジを殺すのを躊躇ってしまうかもしれない。
愛していると囁かれれば即座に股を開いてしまうかもしれない。
間違いなく殺意もあると言うのに……。
それでも……。
それでも───。
「それでも、愛しているよ───シュウジ」
だから、殺しにいくね。
愛しているけど、殺しにいくから……。
いや、違う。
愛していてもいいんだ。
愛があれば殺せないわけじゃない───。
愛ゆえに殺そう──────。
そうだ。
そうだとも、
「───殺したいほど、愛しているよ……シュウジ」
ふふふふふふふふふふふふふふ。
太陽のような存在。
温かく、優しく、強くて、とても綺麗なシュウジ……。
エミリアは再び太陽に手を伸ばし───。
さぁ、待っていて…………。
必ず殺してあげるからね。
私の愛しの勇者さま。
うふふふふふふふふふふふふふふふ。
───太陽を握りしめた。
ざわざわざわ……。
わいわいわい……。
帝国最辺境の街。通称「最北の街、リリムダ」
ここはにわかに沸いた戦争景気で潤っていた。
以前は小さな商店と稀に来る行商が高値で品を売るくらいの街だったのだが、つい最近集結した「魔族討伐戦争」のお陰で活気づいていた。
帝国の最北の人類領域ということで、ここに当初は大規模な補給処と軍の集結地が設けられていたのだ。
そのため、軍人やらそれらに商いする酒保商人やらで一気に経済が膨れ上がり町の規模は三倍以上に膨れ上がっていた。
そして、戦争が終結してそれで終わりかと言うとそうではない。
さらなる経済圏が北に生まれたのだ。
元魔族領───北の大地が帝国の支配地域に含まれることとなり、その地域の開拓のための中継地点としてリリムダは更にさらに潤っていた。
未だ旧魔族領を往復する軍人も多数いるし、気の早い商人やら、資源探索の山師らが大挙して押し寄せていた。
建物は増築に次ぐ増築。
商店は開店に次ぐ開店。
人足はいくらいても足らず、また彼らに提供する食料品の増産と提供で経済がグルングルンと周り、様々な店も増える。
そして、建築資材は供給しても供給しても追いつかず、旧魔族領に分け入り木を切り倒すものを出る始末。
未だ魔族の残党が出没する危険を冒してでも、稼ぐ価値はあるのだ。
人々の顔は明るく、軍人達も勝利の余韻で朗らかだ。
人の気持ちが明るく鳴れば財布の紐も緩くなる。
女を買うものもドンドン金をばら撒くし、ばら撒かれた金は街の隅々にまで行き渡る。
人々は言った、
「あーーーーー!! 戦争万歳!!」
帝国の辺境。最北端の見捨てられた街リリムダは息を吹き返し、北の土地では一、二を争う規模の街へと変わろうとしていた。
まだまだ、まだまだ!
まだまだこの街は発展する。
魔族の地は新資源の宝庫。
燃える水、オリハルコン、ミスリル。
希少な資源が唸るほど眠っているそうだ。
だが、悲しい出来事もある───。
時折取引していた魔族の商人は全て捕らえられ、魔族の奴隷もすべて処分された。
あの美しいダークエルフや、可愛い可愛いサキュバスといった種族も街の隅でひっそりと殺され骸を晒している。
帝国のお達しなのだから仕方がない。
行方不明になっていた『至高のエルフ』で、この世界で唯一ハイエルフ様も率先して魔族を処分せよとお達しを出している。
彼女は魔族の地に囚われていたというのだから、憎しみもひとしおなのだろう。
だから、町の人間は悲しみながらも奴隷を処分した。
お気に入りもいたので実に悲しい……。
北の大地で暮らすもの同士。
本来なら、魔族と距離の近いこの街ではさほど魔族に対する忌避感はなかったのだが、仕方ない……。
あぁ悲しい。
娼館にいた魔族の奴隷らは、無茶苦茶に使い潰されてから───ボロクズのようになって用水路に棄てられている。
どうせ処分するならと、娼館やら奴隷商人は安値で街に供給した結果だ。
長く保持できないので、本当に捨て値で売られた。
今も、街のあちこちで魔族の女たちや商人の悲鳴があがる。
あぁ、悲しい……。
人々は笑顔のまま悲劇を語り、今日も明日も発展すると心に決めた──────。
そう、今日のこの日を迎えるまでは……。
※ ※
「ん?」
引っ切り無しに出入りする人のチェックしていた門番は、妙な気配を感じ川を見た。
その方向には北の大地から流れる大河がある。
水は美しく、魚が多い。
豊かな恵みをもたらす命の川だ。
「おい、なんだあれ?」
「あん?」
ポンポンポンポンポンポンポン……。
耳慣れない音が上流から近づき、大きな塊が流下してくるようだ。
その塊が向かう先には町の門がある。
陸用の門と、河川用の水門だ。
このリリムダの街にはいくつかの門があり、それぞれ主要な街道と接続されている。
南北に広い街の出入りを司る、それ。
それが帝国首都に繋がる「南門」と旧魔族領に近い「北門」だ。
そして、街の中心をぶった切る様に流れる大きな河川にも当然のことながら門がある。
河川の流れ───それを塞ぐようにしてある水門式の河川交通路。
どちらも街の経済の中心だ。
陸路は、徒歩と馬で軍人と商人を運び。
水路は、舟と風で軍人と商人を運ぶ。
そして、たまに哀れな魔族が駆け込んでくる───。
戦争被害から逃げてきたという連中だ。
少しなりとも、魔族と交流のあったリリムダの街なら助けてくれるかもしれないという、微かな希望に縋って……。
もちろん、助ける義理はない。
男ならその場で処分し、見目のいい女は安値で娼館に卸され使い潰される。
だが、まぁそれも途絶えてきた。
旧魔族領で活動する帝国軍の掃討作戦は、かなりうまくいっているのだろう。
それはそれで結構なことだが、魔族の女を犯したり、最安値で買うこともできず、ついでに彼らが必死で担いできた家財を奪うことも出来ないのは少し残念……。
そういえば、昨日捕まえた魔族の難民の女はたったの一人。
そいつは門番連中で楽しみ、今はそこの草影で冷たくなっている。
イイ女だったよ?
でも、やっぱり数が減ってきた───。
それはそれでつまらない……。
やっぱり、あの女をもう少し生かしておいても良かったかもなーと、門番の男達はそう考えていた。
ポンポンポンポンポンポンポン…………。
そうこうしているうちに、川から近づく塊がドンドン近づいてくる。
かなりデカそうだ。
それにしても、川からとは珍しい。
デカい塊は、不安定に触れるでもない様子で真っ直ぐに街に向かって来ていることから、船だろうとあたりがつく。
帝国軍のものではないし、帆も立てていないので魔族の難民がのった避難用の艀かもしれない。
ツルンと下表面からして、なにか布のようなもので船体を覆っているようだ。
「おい! 見えるか! ありゃなんだ?」
「分からん!! デカいぞ、かなり」
ポンポンポンポンポンポンポンポン……。
水門上の見張りが目を凝らして確認している。
万が一に備えて門番たちは増援を呼び備えておいた。
明らかな不審物に対しては順当な考えだろう。
経済規模が膨れ上がったがために、不埒なことを考える連中も多い。
盗賊やら、傭兵崩れやら……。それに魔族軍残党の可能性も無きにしも非ず……。
「矢をつがえておけ! 魔法使いも呼んで来い!」
水門上に上がった門番長が険しい顔で、川の上を睨んでいる。
魔王使い? そんなに危険な事態か──これ?
若い門番たちは事態が全く深刻だとは考えていないらしい。弛緩した様子で槍に寄りかかり、雑な感じで入門者と出門者をチェックしている。
「見ろ! 川岸で停止したぞ───…………誰か出てきた!」
目に見えるほどの距離に近づいたそれ───。
のっぺりとした船体は鋼鉄の輝きを誇っており、尖った船首とそこから船尾まで盛り上がった小山の様に上部を覆う鉄のキャンバスを被った妙な──────船だった。
負のの上部からは煙突の様なものが伸びており、そこから黒煙を吹き出し「ポンポンポンポン!」と軽快な音を立て続けている。
「な、なんだありゃ?!」
「わ、分からん───ま、魔法使いを呼んでくる!」
さすがに異様な事態に気付いた門番のうち何人かが自警団事務所に飛んで帰り魔法使いを呼びに戻った。
───決して逃げたわけではないと思う。
アレが何かは知らないが、さすがに郊外に駐屯している帝国軍に出張って来てもらうほどの事態ではないはずだ。
リリムダの町の門番が、水門とその横にある陸用の門の前でワイワイと騒いでいるうちに、船から一人の小柄な人物が出てきた。
フード付きの帝国軍のマントをスッポリかぶった─────……子供?
「止まれ!!」
「何者だ!!」
帝国軍のマントとはいえ、鎧を着ているわけでもなく帯刀しているわけでもない。
マントだけの不自然な人物───。
線が細く小さな人影。
不意に、揺れるマントが体にピッチリと付いた時に、布地の部分から女性特有のふくらみが浮かび上がった。
(女───?)
槍を構える門番を無視して、そいつはテクテクと歩き、スゥ……とフードの奥からリリムダの街を見た。
「そこを退いて───……門を開けなさい」
スとマントから伸びる手が水門を差す。
開けろと言うのだ。
マントから出た手は小さく、まるで少女の様に細い。
そして、特徴的な褐色肌……。
(こいつ……魔族か?)
(多分な、ダークエルフか何かだろうさ)
(ちょいとガキっぽいが、女か───悪くないかもな)
ヒソヒソと話す門番たち。
ダークエルフは美形が多いのだから、考えつく事は全員似たような物だ。
そのうちにゲスな思考に囚われたらしく、ニヤニヤと厭らしい笑いを浮かべ始めた。
彼らからすれば、魔族なら最終的には殺してしまおうと……、女で見目のいいものなら隠してしばらく「飼おう」と考えていた。
クソを食わして、散々に犯しつくしてやろうと……。
だから重要なのは「容姿」───年齢なんぞ知るか。
「怪しい奴! フードをとれ!」
「……いいから、門を開けなさいッ」
少し強めの口調で詰問しても、開門を要求するのみ。
「野郎、舐めんじゃねぇぞ!!」
らちが明かないと判断した門番は、槍の穂先でフードを剥ぐと言う暴挙に出た。
一歩間違えれば、槍で顔を傷つけてしまうと言うのに───。
バサッ!!
乱暴に剥ぎ取られたフードの下。
そこにあったのはやはりダークエルフ!!
───そう、エミリア・ルイジアナだ。
赤く濁った瞳は三白眼。
灰色で油じみた髪は白さが際立つ。
目の下には深い隈が刻まれ、とれない。
長い笹耳はあちこち擦り切れており痛々しい、よく見れば顔も酷い暴行を受けたのか傷が多く、目の上も少し腫れている───。
体つきは少女と見まがうほどに貧相で不健康そう。
だが、エルフ基準的にはさほど美人ではないのだろうが、人間基準で言えば実に美しい部類だろう。
怖気を振るうほどに冷たい目つきを気にしなければ、十分に門番たちの獣欲を満たしうる───。
(お、悪くねぇ!)
(うまそうじゃねぇか!)
(小さいのも好きだぜ、俺ぁよぉ!)
ヒヒヒヒと笑う男たち。
すぐに捕まえるか、騙してどこかの家屋に連れ込むか───その二択しかない。
今殺す理由は特に見当たらず、まずは味見がしたいと門番たちは舌なめずりをした。
だが、すぐに捕まえるのは危険かもしれない。
なにせ、ダークエルフの膂力はドワーフに次ぐと言われるほどだ。
死に物狂いの抵抗をされてしまえば、門番たちにも被害が出る。
それくらいなら親切顔で騙してやれ───。
どうせ、こいつもこの小汚い様子を見れば難民だとアホでも気づく。
それにどうみてもガキだ。チョロいぜ……。
門番たちは顔を見合わせると、コクリと頷き合う。実に手慣れているのだ───。
「これは失礼───。最近盗賊が多くてね。お嬢さんの様な人なら問題ない」
「ようこそようこそ、どうぞリリムダの街へ」
「長旅でお疲れでしょう。こちらの休憩所でお休みになりますか?」
休め……そして、二度と解放しないけどな!!
たっぷりと可愛がってやるぜ!!
ぐひひひひひひ。
そう男達は笑っていた。
魔族の連中は、未だリリムダの街で受け入れられると思っているらしい。
旧魔族領では帝国側の情報が一切入らないのだろう。
だから逃げ込んでくる。
この少女も同じこと───。
だが、
「………………酷いことを───」
あ!
しまった……!
少女が屈みこみ、草地で冷たくなっている魔族の女性の目をそっと閉じていた。
まずいことになったと思ったが、そのころには門番たちはすぐに方針を変更した。
いっそ、とっ捕まえてやれ、と。
少女が屈んだ際に捲れたマントの下には、何も来ていないらしく───瑞々しい体がチラリと見え思わず喉が鳴った。
もう、我慢できないと───。
「ち! バレたみたいだぜ!」
「いいさ! 今やっちまえ!」
「ぎゃははははは! 可愛い子ちゃん! リリムダへようこそ、歓迎してやるぜコッチでなー!」
貧相な下の槍で挑発する門番たち。
だが、エミリアは門番たちを無視して、死んだ女性の手を重ねてやり、簡単な祈りをささげる───。
「ごめん……。もう死者の声は聴こえないの───……少なくともそっちは平穏でありますよう」
~~~♪
美しい旋律の祈り。
一瞬、聞き惚れていた門番たちは、自分たちが無視されたことに気付き、ハッと我に返る。
「こ、このガキ!!」
「大人しく捕まれッ」
はやった門番が槍を手にエミリアに掴みかかる。
が、
「───門を開けろと言ったぁぁあ!」
スパパパン!!
クルン! とムーンサルトを決めると、オーバーヘッド気味に美しい蹴りを放ち、門番の意識を掠め取る。
ヒュンヒュンヒュン! と回転し、空を舞った槍をパシリと掴み取ると、マントがバサリとめくれ上がり、しなやかな裸体を衆目に晒される。
だが、その体の痛々しいことといったら……。
傷だらけで、明らかに複数人から暴行を受けた証が刻まれている。
一瞬だけ見えた背中にも、思わず顔をそむけたくなる拷問の跡。
皮膚は焼かれ、剥がれ、刺され、千切られていた。
背中の傷が特にひどい……。
そこには、
『ア&%$#』
痛々しい刺青のあとがボンヤリと輝き、光の尾を引く───。
だが、そんなことは門番には関係がない。
仲間が伸されて、武器を奪われた───それだけだ。
敵対したなら、あとは数で圧殺するのみ。
お楽しみは、そのあとだ!!
「この野郎!」
「おい、増援を呼べ───!!」
「魔族だ!! 魔族がいるぞぉぉぉぉおお!!!」
わらわらと集まり始めた門番。
市内を警邏していた自警団もやってきた。
どいつもこいつも下卑た笑い───。
「───……そう。もう、私達の安息の場所はないのね」
魔族は滅亡した。
ここは全て人の世で、魔族の居場所はもうどこにもない───。
安息の地など─────────ない。
「ならば、」
そう……。ならば───。
「ならば、安息の地を作り出そう」
すぅぅ、
「───お前たちを滅ぼしてなッ!!!!」
「んな!!」
「こ、こいつ!!」
「魔族の軍人だな、てめぇ!!」
色めき立つ門番ども。
ふふふふ……。
獣相手に会話をしようとしたのが間違いだ。
勇者たちを優先しようとしたのが間違いだ。
そうとも、そうとも。
「帝国」も、敵じゃあないか。
魔族を殺し、家族を殺し、ダークエルフたちを殺した。
はははははははははははは!!
そうだ、そうだ。そうだった。
「お前らも帝国だったな。忘れていたよ、私としたことが───」
全て敵。
この世の全てが敵だ。
すべて敵だ。
上等。
上等だ。
上等だぁぁぁあ!
「あははははは! まずは、手始めにこの街から始めようか」
すぅ……。
思い知れッ、人類!!
帝国民であるだけでお前らは、罪だ!!
「構うこたぁねぇ!!」
「ぶっ殺せ!!」
「死体でもいい! 穴さえありゃなんでも同じよ!!」
「「「「「殺せぇぇええ!!」」」」」
ワッ!
一斉に飛び掛かる門番ども。
が、とんだ素人だ。───槍の握りもなっちゃいない……。
しょせん、弱者を甚振ることしかできない連中。
「ふ。実に人間らしいね──────クズどもがッ」
はなから、遠慮などいらない。
サッと手を掲げたエミリア。
その動きに合わせて、彼女が乗船していた船が動く───。
ゴギギギギギギギギギギギ……!
「な、なんだ、ありゃ?!」
「う、動いて───?」
「で、でけぇ……!」
そう、それこそがリリムダの街で惰眠を貪る愚民どもに見せる悪夢の顕現であり!
帝国に鉄槌をくだす怒りの体現者!
それが、彼女の召喚した──────。
───ブゥン……!
アメリカ軍
Lv0:合衆国海軍(南北戦争型:1864)
スキル:バージニア級装甲艦
※(ライフル砲×5、
滑空砲×6、
連発銃×4)
海兵隊
※(小銃、拳銃)
備 考:南北戦争で活躍した装甲艦を装備。
バージニアは1862年に沈没した。
世界初の装甲艦同士の開戦を経験し
のちに数多の戦訓を残す。
同乗している海兵隊は精兵。
当初より廃止と新設を繰り返すも、
精強な兵の集まり。
そうとも!!
彼らは最強のアメリカ軍。
───USネイヴィである!!
それこそ、人類に対する真っ向からの宣戦布告。
エミリオの慟哭───!
彼女の、凱歌の号砲!!
召喚せし、アメリカ軍────装甲艦バージニア級の産声だぁぁぁああ!!
第2話「リリムダ強襲ッ!」
サッと手を掲げたエミリア!
その動きに合わせてエミリアの乗船していた船が動く───。
エミリアの召喚した────装甲艦だ!!
ガコン、ガコン!!
『『───準備よし!!』』
船体の前部から9インチ砲が引っ張り出されて射撃位置につく。
船体横の砲門も順次開いていき、各種の大砲をニョキリと生えさせた。
「な、なんだありゃ?!」
「か、構うな!! このガキを先に───」
ふ……愚か者め。
「────撃てッ!」
サッと、エミリアが腕を振り下ろすと、間髪入れずに──!!
ズドォォォォオオン!
────ボコォォォオオンッッ!!
「ぎゃああああ!!」
「うわぁぁっぁあ!」
水門がぶっ飛び、警戒中の門番が多数焼け落ちていく。
「な!!」
「なんだぁ?!」
エミリアを取り囲んでいた門番が口をあんぐりあけて、焼け落ちた水門を見ている。
確か門番長もいたはずだけど───。
……あ、川にプカプカ浮いてる。
「ありがとう、ありがとう。そして、ありがとう。人類の皆さま───こんにちわ、はじめまして、」
そして、
「─────死ねッ」
突撃ぃぃい!!
ズザァァアアア……───。
エミリアを降ろしてからは停船中だった装甲艦も、命令を受ければ再び動き出す。
決して速いとは言えないが、並みの川船よりも明らかに高速だ。
流れに乗りつつも、内燃機関でスクリューを動かし、13ノットの最高速力が出せるのだ。
「な、なんてことしやがる!」
「死にかけの魔族のくせにぃい!」
「ふ、ふざけんなっぁぁぁあ!!」
門番たちは、水門の悲劇がエミリアの仕業であると気付き、激高して斬りかかってきた。
だが、舐めるなかれ───。
この少女こそ、魔族最強の戦士にして最後の魔族!!
───エミリア・ルイジアナだ!
「うりゃあああ!!」
「どりゃぁぁああ!」
遅いッ。
ストトトトトンッ!!
目にもとまらぬ連撃を繰り出し、槍の穂先で門番どもの喉を突く。
「おぐっ?!」
「ぐはっ!?」
そして、引き抜いた槍をヒュパン! と、血振りし、後ろに引いて腰を落とす。
「掛かってこい! 相手になってやる、ゲスどもッ!!」
エミリアの身体は本調子とは言い難いものの、この程度の雑魚──なんのことはない。
「ぐ……!」
「こ、こいつ───」
あっという間に半分の仲間を殺された門番ども。
しかし、オカワリ! と、ばかりに街中から自警団が続々と集まり始めた。
だが……。
「どうした───来ないのか? 見ての通り、薄汚い小さな魔族だぞ? ん?」
空いた左手でチョイチョイと挑発するも、エミリアがただものでないことは彼らも既に知っている。
場を取り仕切る指揮官がいなかったことも、災いしていたい。
……ようは、誰もビビッて手を出さないのだ。
ふッ……、
「そっちが、来ないのなら───」
───こっちから行くぞッ!!
ダンッ! と強力な踏み込みのもと、エミリアは門番と自警団の群れに飛び込む。
一見すると危険だが、長物を持っている連中相手なら、敵の懐の方が安全な場合もある───。
事実として、
「こ、このぉぉぉお!!」
「ぎゃッ!! バ、バカ! 槍が仲間に当たる! 振り回すな」
バカが突っかかて来たものの、隣の門番の腕を突き刺しただけ。
第一そんなへっぴり腰で骨が貫けるか!!
「退けとは言わん!! 全員死ねッ!!」
ビュンビュンビュン! と、頭の上で槍を回し、穂先で喉を掻っ切っていく。
微妙に角度を調整し、慎重違いの連中でさえ見逃しはしないッ。
「ひ、ひぃいいい!! に、逃げろ!!」
「ま、魔法使いを! 大先生を呼んで来い」
もうそこからは蹂躙劇だ。
ゴギギギギギギ! バキンッ!
焼き落ちた水門を、装甲艦が強引に押し広げているというのに、誰もそちらに手が回らない。
それ以前に、装甲艦一隻とエミリア一人にリリムダの街は押されまくっている。
蜘蛛の子を散らすように逃げ始めた門番に、自警団達だが……。
「───逃がすかッ!!」
ビュン!!
投槍の要領で、エミリアは散らばっている門番らの装備を集め投擲。
百発百中に近い精度で逃げる自警団らの背中を刺し貫く。
「げあッ!」
投擲と、重量と、膂力が加わり槍が軟弱な人間どもを面白いくらいに貫き、地面に縫い付ける。
「ぎゃあああ!」
「うぐああッ!」
「ぐほぉッッ!」
あるものは、斜めに近い立った姿勢で刺し貫かれて絶命。
ほかにも、
そのまま、立ちんぼになったり、槍の柄に抱き着くようにズズズと滑り地面に崩れ落ちるものもいる。
反撃?
そんな度胸のある奴はいないッ!!
「ッッ!!」
エミリアが次に獲物を探そうと、地面の槍を拾った瞬間───そこを狙っていたかのように火炎球が着弾した。
「ち!」
バク転気味に背後に飛び退り、危うい一撃を躱す。
「よくぞ躱したな───我こ、」
「撃て」
ドカーーーーーーーーーーーーーン!!!
偉そうなローブを着込んだ、用心棒風のおっさんが一瞬で爆炎の中に消える。
誰?
知らんわ。
そうして、エミリアが一帯を制圧した頃には、装甲艦がバリバリバリと水門を押し破り、市内に突入した。
その頃になって、ようやく街が事態に気付く。
カァン!
カァン、カァン、カン、カン、カンカンカンカンカンカン!!
半壊した水門の見張り台に張り付いていた門番の生き残りが、警鐘を激しく打ち鳴らしていた。
だが、今さら遅い───。
いや、遅いも速いもない!!
お前らは死ぬ。
お前らは滅びる。
私が滅ぼす!!!
アメリカ軍とともに滅ぼすッッ!!
リリムダの街は!!
貴様らは──────!
人類であるというだけの理由で、死に絶えるがいい──!
我ら魔族にしたようになぁぁあああ!!
第3話「蹂躙せよ!」
私が滅ぼす!!!
人類であるだけという理由で、死に絶えるがいい──!
タタタタタッ!!
軽快に駆けるエミリア。
目指すは半壊した水門───。そして、その上の見張り台だ。
走りつつ、サッと腰をかがめて門番の装備から片手剣を二本拝借すると、そのまま水門の壁を蹴る。
装甲艦の砲撃と体当たりでひしゃげたそれは足掛かりに十分だ。
ダンッ!
ダンッ、ダンッ!!
蹴り抜かんばかりに踏み込むと、エミリアは跳躍し上へ上へ!!
傍から見れば垂直の壁を上っているようにも見える。
そして、あっという間に水門の壁を上り切ると、バサバサバサー!! とマントをはためかせ、瑞々しい肢体を見せつけるが如く空を舞う。
そして、二手に構えた片手剣のもと、驚愕している門番の眼前に迫り───。
「一回鳴らせば十分だ!」
一手で未だ激しくカンカンと鳴らす警戒鐘を吊るす紐を断ち切り、さらに一手で門番の喉を掻き切る。
ビューと血が噴き出す前に、門番の上に鐘が落下し、出血を覆い隠した。
ガランガラン! と、激しい音共に鐘と一緒に地面に落ちていく門番。
エミリアはその体を踏み台としてさらに一跳躍。
バサバサバサッッ!!
蝙蝠がはばたくように、黒いマントを翻し、褐色の肌を太陽のもとに晒して水門の上空に遷移する。
そのまま、クルンと曲芸の様に体を翻すと、人間たちの街───リリムダが良く見えた。
「いい眺め…………」
エミリアの視界に映る街。
その中心をまっすぐに貫き南へ流れていく川の先───。
それは、川と並行に走る街道と、遥か遠くにみえる人の国の景色。
あぁ、そこか。
そこにあるのだな?
その先に、その道と川の果てに人間どもの都──帝国の首都があるというのだな……!
バサバサとマントが風を切る。
跳躍の最高点に達した後は、落下するのみ。
エミリアは無重力と自由落下を楽しみつつ、徐々に遠くに景色を眺めた。
光景が流れるように下へ下へと下がり、視界は再びリリムダの街。
そこには、右往左往する人間がウジャウジャといる。
うふふふふふふふふふふ。
たくさんいるわね───。
自警団が、慌てて装備を引っ掴んで事務所に駆け込む。
……かと思えば隊列を組んで、右へ左へ───。
何が起こっているのか、分かっていないのだろう。
バカな連中。
何か起こっている……?
「───私が怒っている!!」
クルリと空中で姿勢を変えたエミリア。
彼女は最後に街の外の景色を視界に収めた。
あれは───。
ほう?
街の外には帝国軍の駐屯地か───……ふむ、一個中隊もいないな?
まぁいい。
──────……スタンッ!!
エミリアは全てを視界に収めたあと、水門の半ばに強引に船体を突っ込んでいた装甲艦の上に着地した。
膝と腰を使って衝撃を逃がすと、血を吸った剣を左右の川に投げ捨てる。
こんなもの必要ない。
すぅぅ……。
「聞け! アメリカ軍!!」
『傾注』
ガガガン!!
装甲艦の中から姿を出したアメリカ海兵隊が、船上で不動の姿勢。
「私は命令する──────」
ザッ!
一斉に敬礼を受けたエミリアは、もう容赦などしない。
「───市内を蹂躙しろッ《 ザ シティ 》! 焼け、破壊しろ、全部殺せぇぇえ!」
人類は敵だ!!!!!
『了解! 閣下!!』
最大船速!!
両舷砲戦用意!!
陸戦準備!!
蹂躙せよ!!!
『タリホォォォオ!!!』
第4話「リリムダ炎上!」
最大船速!!
両舷砲戦用意!!
陸戦準備!!
蹂躙せよ!!!
『タリホォォォオ!!!』
「蹂躙、蹂躙、蹂躙!! リリムダの街を蹂躙せよ!!」
『『『ハッ! 閣下ッ』』』
───ずざぁぁぁぁああああ!!!!!
水門を抜け出した装甲艦。
街を貫く大河の両脇には当然リリムダの街がある。
便宜上、西リリムダ、東リリムダと呼ばれているが街の住人は単に住んでいる家を中心に「対岸」などと呼び合っている────うん。
すごく、どうでもいい──。
要するに、装甲艦に備えた両舷の6~7インチ砲も滑空砲も、海兵隊が船内から引っ張り出してきたガトリング砲も──────たっっっっっっっっっっぷりと撃ち放題という事だ!!
この街の人類は全て射程距離。
老若男女、瀕死から胎児にいたるまで。
全て。
全てだ!!
容赦などしない!!
すぅぅ……。
「撃てぇぇぇぇぇえええ!!」
ズドン!!!
ズドン、ズドン、ズドン、ズドン!!
ズドンズドンズドンズドンズドンズドン!
ズドドドドドドドドドドドドドン!!!
両舷、砲戦開始ッッ!!
ひゅるるうるるるるるるう………………ぅぅるるる───ドォォン!!
ドォン、ボォン、ドォンズドォォォォオオンン!!!
「ぎゃぁあああ!!」
「な、なんだ? うぎゃああ!!」
「「「ひぎゃぁぁあああ!!」」」
うららかな昼下がり───。
リリムダの街は地獄と化した。
燃え上がる家屋。
吹き飛ばされる人々。
木っ端みじんに消えた大量の資材!!
「あはははははははははははははははは!」
あはははははははははははははははは!!
人類が燃えてるよー!
人類が燃えてるよー!
人類が燃えてるよー♪
「あはははははははははははははははは!」
見ろッ!
街がゴミのようだ!!
「撃て撃て撃て撃て撃てぇぇぇぇえ!!」
エミリアがタクトを振るように指示を出すと、そこに砲撃が突き刺さる。
ズドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン!!!!
人類よ、燃えてあれと。
次々に砲撃が放たれる。
「もっと撃って! もっと撃って! もっと、もっと、もっと撃って! もっと!!」
連射!!
連続射撃!!
装甲艦の中では、砲が後座するたびに船内の砲員が駆けずり回り、練達の腕を見せ再装填!
砲撃位置に戻して、即発射!
狙い?
目標?
照準?
知るか。
関係あるか。
全部だ!!
全部が目標だ!!
丁寧に隅々まで余すところなく目標だ!!
この世にいる人類すべてが目標だ!!!!
いや、この世が全て目標だ!!!!!!!
「あはははははははははははははははは!」
街中で爆発音が上がり、全てが燃え堕ちていく。
急速に拡大した街は家々が密集しており、また建築資材も街の至る所にある。
消火しようにも、エミリアの装甲艦が水源たる川を下っていくのだ。
近寄れるはずもない。
そも街の人間には、何が起こっているのかすら知れない。
まさか、魔族がたった一人で乗り込んでくるなんて思わない。
アメリカ軍に攻撃されるなんて思わない!
だから、死ぬ。
愚かにも、呆気なく、なにも知ることもなく───。
そして、装甲艦はノッタリとした速度で川を下り、両舷から討ち放題。
タップリと火薬の詰まった榴弾は着弾と同時に地面にめり込み、家を砕き、人々を押しつぶし、そして信管を炸裂させる。
ドカーーーーーーーーーーーーーン!!!
もう、街は無茶苦茶だ。
魔族を売り買いし、魔族を食い物にし、魔族を滅ぼして肥え太った街。
エミリアの目には、これほど醜悪な街もないだろう。
「あそこを撃て! ここを撃て! 向こうを撃て!! 私の敵を根絶やしにせよ!!」
あははははははははははははははははははははははは!!
リリムダの街が燃えていく。
装甲艦の動きに合わせて、街が横に横にと滅びていく。
ああああ、胸がすく思いだ───。
「あ、あそこだ!!」
「か、構えぇぇぇ!」
おや?
反撃かしら?
エミリアの耳を打つ、人間どもの声。
見れば、街を繋ぐ橋の上に武装した自警団ども。
手に手に弓を構えている。
ふむ……?
橋の上で迎え撃とうと言うのか?
っていうか、
「橋───邪魔ねぇ」
ス───。
エミリアは面倒くさそうに橋を指さすと、言った。
「撃ち落とせッ!」
『了解、閣下!!』
ゴンゴンゴンゴンゴン…………。
装甲艦の前方砲───9インチライフル砲がやや高めに仰角を取る。
「───撃てッ!」
ズドォォォオオオオオオオオン!!
両舷の砲とは比べ物にならないくらいの、高威力!!
ひゅるるるるるるる…………るる───。
目に見えるほどの、遅い弾道がデッカイ砲弾を運んでいく──────。
そして、着弾!!!!
「に、逃げ───」
チュドーーーーーーーーーーーーーン!!
街を繋ぐ大きく長い橋───。
それが、たった一発でぶっっっ飛んだ!!
冗談でなく、橋全体がブルリと震え、直撃しなかった橋の上の自警団を振り落とす。
「「「ぎゃぁぁぁあああ!!」」」
そして、振動が収まる前にバラバラ、ガラガラーと橋が崩れ落ちていく。
「あははははははははははははははは!!」
あはははははははははははははははは!!
「リリムダ橋おーちたッ♪」
落ちた♪
落ちた♪
「リリムダ橋おーちたッ♪」
エミリアは装甲艦上でクルクルと回る。
空を仰いでクルクルとクルクルと───。
あはははははははははははは!!
あーーーーっはっはっはっは!!
そして、告げる───。
「ほらほら、水の中にいても安心できないわよー……撃ちなさい」
橋から落ちて、辛うじて助かった連中もエミリアは見逃さない。
プカプカ浮いてあわよくばエミリアをやり過ごそうと───。
「見逃さないから、ね?」
………………だって、見逃してくれなかったでしょ?
私達を。
魔族を───。
そして、ダークエルフたちを!!
なら……。
ならば、見逃す道理はない!
城の前に積み上げられた、頭と、腸と、体と、子供たちとぉぉぉおおおおお!!!
「───等しく死ねッ」
死ねッ!
人類は死ねッ!!
「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね、死ねぇ人類!!」
ドガン、ドカン!!
仰角低め───俯角を取った滑空砲がたっぷりに榴弾を溺者に向け放たれる。
直撃はしなくとも──────。
ドブゥゥゥゥン……!
くぐもった爆発音が水中で響き、水面がスライムの様に盛り上がった。
その中に真っ赤な泡がたくさん生まれる。
水中の爆発は地上の比ではない程、威力があるのだ。
爆発と水圧で圧死した自警団の生き残りは、ほとんどが死に絶えた。
そこに、
パパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパン!!
スタッカートの様なけたたましい射撃音。
船上に仮設したガトリング砲が、左右の溺者目掛けて撃ちまくる。
そうして、生き残りはガトリング砲が丁寧に仕留めていくのだ。
馬鹿め!!
人類であると理由言うだけで、お前らは死ぬのだ!
それ以上でも、それ以下でもない!!
ただ、死ねッ!
死んで死んで、死んじまえぇぇぇえ!!
エミリアの声なき慟哭。
だれにも聞かれぬまま川の水面に消えていく。
そのまま、エミリアは万遍なく街を滅ぼしながら、川を下った。
途中遭った橋をすべて叩き落とし、都合5本の橋は全部が川に消えた……。
そして、ついに殺戮も終演。
この街が終わりに近づく。
街としても、街を通過という意味でも───……。
そう、
エミリアの視線の先の街はあとわずか。
「き、来たぞ!!」
「固めろ!! 固めろぉぉお!!」
「全員集まれ、はやく!!」
おや?
あれはあれは、なるほどなるほど、これはこれは!
街の南側。
北から入ったなら南は出口。
そして出口の水門を固めるリリムダの皆さま───。
水路に家財を投げ込み、丸太を浮かべて障害としているのだろう。
確かに普通の川船なら、丸太同士が当たれば船体が傷む可能性はある。
普通の船ならね───。
さらに、水門上に弓兵をならべて陸にも多数の兵が詰めている。
ふむ。最終防衛ラインと言ったとこかしら。
「おあいにく様。最終もなにも、もう守るべきものは───もう、そこだけよ!」
そうだ。エミリアが通過した後の街は滅びた。
リリムダは今日をもって壊滅───そして、その門は私にとってタダ邪魔なだけ。
「……いいわ。相手になってあげる」
マントをはためかせ、装甲艦の船上に仁王立ちするエミリア。
ちょうど、9インチ砲も弾切れだと言う。
一度補給させるために召喚を解くか、あるいは開頭して両舷の砲を使う手もあるが───。
……いえ、こうしましょうか♪
この方が私らしい。
すぅぅ、
「───衝角戦用意ッ!!」
『了解!!』
ズザザザン!!
ズザザザザザアアアアアア!!
石炭が内燃機関にくべられ船速が上がる!
ガラガラガラガラ!!
海兵がクランクを回し、水中から鎖がせり上がる。
すると、水面下にあった突撃用のトンガリ───衝角が水を割って顔を出した。
ザッパァァァ……。
水面下の衝角の位置を調整すると、衝角が水面よりやや高めに角を突き出す。
ギラリと輝く凶悪な突撃槍!
だが、目標は船じゃない!!
水門だ!!
水量調整用の水門ではないため、リリムダの水門は水に触れるか触れないかの、水面ギリギリの位置にあるのだ。
だから、衝角もそこに当てるため高めに調整。
あとはブチ当てるだけ!!
「く、くるぞ!!!」
「見ろッ!! 船の上に魔族がいる!!」
「奴だ!! 奴が街を焼いたんだ!!」
「「「奴を殺せぇぇええ!!」」」
ギリリリ……。
一斉に引き絞られる弓。
リリムダの全戦力があつまり、凄まじい数の兵だ。
なかにはただの避難民もいるのだろうが、弓を持てば立派な民兵だ。
猟の経験者もいることだろうし、とりあえず弓兵の数だけはやたらと多い。
ふ…………。
私を殺す──────?
ハッ!!
「───やってみろッ!!!」
第5話「死んで詫びろッ!」
───やってみろッ!!!
バィン!!
バババババババババッババィン!!!
リリムダ民兵たちが持つ弓矢が、凄まじい量で弦を打つ音を響かせた。
途端に、ザァ───と空を圧する矢が、黒い塊となって装甲艦を狙うッ!
海兵隊は既に船内に避難している。
船上に残るはエミリアただ一人!!
このままでは──────!!
ギィン、ガン、ゴィン!!
耳障りな反跳音がそこかしこで響き、装甲艦の鉄板を叩く。
だが、効くはずもない───、いやそれよりも!!
「馬鹿め、そんな矢で装甲が貫けるものか───!!」
違うッ!! そうじゃない!
装甲艦は無事でも、エミリア自身の身は装甲で守られているわけではない!
いくら膂力があろうとも、肌は人のそれと同じ──────……。
「───舐めるなぁぁぁあ!」
直撃弾道の矢が数本───。
それを読み切ったエミリアはマントをばさりと脱ぎ捨て裸体を晒すと、腕に巻き付けたマントだけで──────。
「お前らの矢など、コイツに効くかぁぁぁあああ!!」
おそい、おそい、おそい!!
ブワサァァァア!! と布地で薙ぎ払う。
そう、たったそれだけで矢を叩き落とすと再び腕組みし、裸体を惜しげもなくリリムダの生き残りに見せつつ叫ぶッ!
「───装甲艦である!!」
いけッ!!
アメリカ軍!!
「吶喊せよ──! 突貫せよ! 特観せよ」
───特と観よッ!!
「だ、第二射!!」
「ま、間に合わないッ!!」
「ににに、逃げろぉぉおおおお!!!」
───逃がすものかッ!!
食い破れッッッ!!
バキャ!!!
バリバリバリバリバリバリバリ!!!!
装甲艦がズシンと揺れ動く。
そして、まともにぶち当たられた水門が、激しく振動し、恐ろしい音を果てて変形していく。
ズズン!!
バッギャリ、バリリリリリッッ!!
まるで地震でも起きたかのように、門全体が震え水門上の兵を地面に叩き落としていく。
「ぎゃああああ!!!」
「た、助けてくれぇぇぇええ!!」
「悪魔だ!! 悪魔だぁぁぁぁあ!!!」
助けろ?
悪魔ぁ?
ハッ!!!!
「アメリカ海軍である!!」
総員、陸戦用ぉぉ意《 ランド ファイト》ッ!!
「奴らを掃討せよッ!!」
『了解!!』
船内から海兵隊が続々と姿を現し、装甲板の上をガンガンがン! と、激しく歩いていく。
鋼鉄製のドアが頼もしく開き、ガトリング砲に、個人携帯火器がわさわさと!!
バンッ!! ガンガンガン……!!
ザッ──────ジャキーン!!
ガトリング砲4門、弾は唸るほど!!
ライフルに拳銃、手投げ用のダイナマイト、どれもこれも潤沢、潤沢ぅぅ!!
「ひぃぃいいいい!!」
「い、いいいいっぱいでてきたぁぁあ!!」
「逃げろぉぉおお!!!」
逃げ惑うリリムダの住民と自警団。
だが、最後の砦である南の水門は、今もバリバリと音も立てて変形していく。
装甲艦のエンジンがそれを力強く後押しし、衝角の鋭さがそれを押し広げていく!!
仮に装甲艦の脇を逃げたとしても、今も仕切りに撃ち続ける両舷砲の餌食になるだけだ。
この状態で戦意など保てるはずがない。
彼らはタダの民兵。
帝国軍正規兵ですらない。
水門に食らいつく装甲艦に威容に怯え、失禁する者もいる始末。
ほとんどが武器を放棄して、ガタガタ震えるのみ。
───くっっっっだらない連中……。
「ハッ……! 怯えろッ、竦めぇぇ!! ひれ伏して、許しを乞え!!!」
乞うたところで…………。
だが、許さんッッ!!
「───家畜の様に死ねッッッ!!」
ジャキジャキジャキ!!
海兵隊の銃を向けられ恐怖に怯える住民たち。
それが武器か何かわからずとも、殺気を感じれば恐怖するというものだ。
いやだああああああああああああああ!!
助けてぇぇぇぇぇぇぇぇええええええ!!
多数のリリムダの人間が命乞いをするが、許さない。
誰一人として許さない。
……お前たちは知っていた。
魔族が滅びること知っていた。
なのに、街に出入りしていた魔族の商人を笑顔で殺し、売られた奴隷を使い潰して笑っていた!
魔族の土地で獲れた産品を買い叩き、あまつさえ、それが取れることを帝国に伝え滅びを助長した!
そして、お前たちは魔族の命をもって肥え太り、今もなお食い物にしようとしている!
そんなお前たちを、この私───エミリア・ルイジアナが許すと思ったのか!!
「───断じて許さないッッ!!」
エミリアの叫びを聞いて、絶望に顔を染めるリリムダの民。
海兵隊はライフルに、ガトリング砲を指向し、住民たちに狙いを付ける。
アワアワと慌てるリリムダの民。
武器を捨て降参する者、こっそり逃げ出そうとする者、徹底抗戦の構えの者。
だが、大半はひれ伏して許しを請うた。
それが?
それで?
それを?
この街に、一人でも生きている魔族がいれば、お前たちを救ってやろう───。
一人でも魔族を救った人間がいれば助けてやろう───。
だが、知っている。
私の五感はもうわかっている。
この街に満ちているのは魔族の死臭のみ!
お前たちは救いを求めてきた者も、今まで友誼のあった者も、まとめて殺した!
帝国の命令?
帝国に言われて仕方なく?
帝国が全部悪いんです??
ふ。
ふははははははははははは!!
ふはははははははははははははははは!!
「笑わせてくれるッ!」
ならば、
───ならば、帝国と共に滅びろッッ!!
サッと手を掲げるエミリア。
その瞬間、海兵隊の殺気が最高潮に高上る。
エミリアが手を振り下ろしさえすれば彼らは全滅することだろう───。
その光景の何と甘美なことか。
魔族を食い物にして肥えた街。
ならば、その贅肉を削ぎ落してやるまでのこと。
「撃───」
「貰ったぁぁっぁああ!!」
水門の裏側から突如、黒鎧の軍勢が現れた。
第6話「リリムダ壊滅」
「あら?」
どちら様かしら?
──ブン!!
空を切る一撃。
真っ直ぐにエミリア目掛けて振り落とされたその一撃を、危なげなく躱す。
「ぬぅ、やるな! 小娘ぇ!!」
第二撃をくわえようと、鎧の───郊外に駐屯していた帝国兵が構える。
郊外にいた連中よね?
こいつら、いったいどこから……?
見れば、装甲艦が食い込んでいる水門の裏から続々と乗り込む帝国兵の姿が見えた。
いつの間にか水門の裏に回り込んでいた帝国軍が、乗り移ってきたのだ。
どうやら、住民が抗戦ラインを強いている間に、連中は水門の裏に潜み機会を窺っていたのだろう。
水上と陸上では勝負にならないと踏んでいたようだ。
ち……。
さすがは正規軍といったところか。
まぁ、いいわ。
接舷上陸戦とはちょっと違うけど───。
「───みんな、白兵戦用意ッ!」
エミリアは素早く下達すると、海兵隊に帝国軍を排除させる。
その間に、エミリアは目の前のコイツを仕留めることにッ!
「───飛び道具ばかり使いおって、この卑怯者が!!」
バサリとマントを翻す帝国兵。
それを見て、少しだけ驚いたエミリアの顔。
どうやら一番槍のこの男、指揮官らしい。
他の帝国兵より、少しだけ豪華な意匠の鎧に勲章が輝いている。
「指揮官率先───将校の鏡ね。惚れそうだわ……うふふふ」
───恐らく、魔族との実戦経験がある部隊。魔族戦争に参加していた連中だろう。
そいつは多数の兵を背後に従え、一人エミリアと斬り結んでいる。
「ほざけッ! 貴様……見ていたぞ、これまでの狼藉三昧! そして、知っているぞ!」
あーそー。
「───貴様は死霊術士のエミリアだな! 降伏し、飼いならされていると聞いたが……魔族の地にいた他の兵はどうした!?」
「聞いてどうするの? 足りない頭で考えなさい」
「んなっ?!」
偉そうに出てきて、何様なんだか。
「お話は終わり? じゃ、ご機嫌よう──」
優雅に一礼し、
スパァァン!!
と、脚線美を見せる様に鋭い廻し蹴りを───……止めた?!
「く……」
ガシリと掴んだその手。
人間にしては力強いそれ───。
「は、放せ!」
「ぬかせ! このまま引き裂いてくれようかッ」
ギリギリギリ……!
本当に引き裂かんばかりの勢いで、エミリアを組み敷こうとする指揮官。
「売女のくせに、調子に乗った罰を食わせてやらんとなぁぁぁあ、ぐははははは!!」
ふ…………。
「そういう割には、力がこもってないんじゃない? ふふふ……私が欲しいの───?」
なら、
「くれてやる!!」
掴まれた足をそのままに、エミリアもう片方の足で指揮官の顔をサンドする。
「ぐあ!!」
そして、そのまま体を振り子のように振り回し、勢いを付けた回転をくわえた。
全身のバネ。
そして、柔軟性。
さらには、遠心力を使った足だけの投げ技ッ!!
どんな時でも、戦う術を捨てない────それがダークエルフの生き方だ!!
死ね!! 帝国兵よ!
「ぐおおぉおおおお?!」
グルン! と指揮官の身体が浮かびあがり、空中で振り回され──────……!!
投げ技のぉぉぉお、フランケンシュタイナぁぁぁあああーーーーーーー!!
「ひぃぃぃいいいいい!」
ズドォォオオオオン!!!…………ぷち。
次は、
「───お前らだ!!」
グチャ……と、潰れた指揮官を無視して、エミリアは立ち上がると乗り込んできた帝国兵を指さす。
撃てぇぇえ!!
『『『『『了解ッ!』』』』』
パン……………!
パンパンパンパンッパッパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパ!!
バババババババババババババンッババババババババッババババババババババ!!
「ぎゃあ!」
「うぎゃぁぁあ!!」
装填、発射、再装填、発射、再装填、発射!!
乗り込めば勝てると思ったか?
一見動き無さそうな船上だが、ここは不安定な水の上!!
慣れない場所で戦う貴様らと、水の上で戦う専門家────。
彼らは、
「海兵隊だぞ!!」
「「「ぎゃあああああああ!!」」」
あっという間に殲滅された帝国軍。
死体が揉んどり打って川に沈んでいく。
僅かばかりいた生き残りは、まだ水門の裏にいて乗り込むタイミングを図っていた連中だけだ。
(チ……! 思ったより水門突破に手こずる───これは逃げられるわね)
実際、水門の裏にいた帝国兵は、あっという間に指揮官を含め殲滅されたことをうけ、急速に戦意を低下させていた。
乗り込むどころではなく、気配が徐々に遠ざかっていく。
いま、情報を持ち帰られるのは面白くないが……。
仕方がない。いずれ帝国相手に、エミリアとアメリカ軍だけで喧嘩を売るつもりなのだ。
エミリアが暴れまっているのが露見するのは、時間の問題だろう。
まぁ、いい。
それよりも、
「さて、皆さま──────」
ジロリと、睨む先には怯えるリリムダの住人達。
フルフルフルと、首を振ってヤメテヤメテと懇願する。
うふふふ、
「……ここは、良い街ですね───。風光明媚で、水が豊かで、そして住民たちが、」
そして、
ギギギギギギギギギ、バリ!!
遂に水門が破れて装甲艦が街を出る。
そして、行き掛けの駄賃とばかりに両舷砲を住民に向けた。
エミリアは、射撃用意の手を振り上げて───……。
「───とても静かな街」
だから、さようなら。
どうか、お元気で。
───振り下ろした。
ズドン、ズドン、ズドン、ズドン!!!
ぎゃあああああああああああああ!!!
こうして、リリムダの街は殲滅された。
第7話「エミリアの旅立ち」
ザァァン……。
ズザァァァアアン……。
リリムダの街からでで、水門を抜けた先は、広い広い、広い荒野であった。
乏しい植生の中に、所々湿地が顔を覗かせており、その周囲だけは豊かな緑に包まれている。
北の魔族領ほどではないが、この地方も寒い土地だ。
決して豊かな土地ではなく、育つ作物は限られている。
遠くの方に見える疎林もそのほとんどが低木ばかりで、その脇には見たこともない大きな獣が川を下るエミリアを興味深そうに見ていた。
ポンポンポンポンポンポンポン……。
合衆国海軍の装甲艦が立てる軽快なエンジン音だけが、荒野に響いている。
いや、違うか───。
船上の一番高い場所で、エミリアはゴロンと転がっていた。
視線の先には太陽が輝き、薄い雲のベールを纏っている。
手を翳して太陽を遮ると、ソゥっと目を閉じた。
………………………ジッと耳を澄ませる。
あぁ、やっぱり───。
風の音───。
水の音───。
そして、
キィキィキィ……。
クゥーァ、クゥーア……。
ピチチチチチッ───!
あぁ、聞いたこともない鳥の声───。
「ふふふふふふふふふ」
あはははははははは。
「あははッ♪」
マントだけを体に掛けたエミリアは、スゥと目を開け───翳していた手を太陽に伸ばすと、それを掴むようにして………握った。
「知らなかった───……」
そう、世界は広い。
狭く、寂しい魔族領だけが世界ではない。
寒く、貧しいダークエルフの里だけが世界ではない。
魔族が滅びて、初めて世界に出ることになったエミリア。
残酷で、理不尽な世界───。
だけど、それだけが世界ではない。
きっと、もっと、どこかにエミリアの知らない優しい世界があるかもしれない。
帝国と魔族領だけじゃなく、もっと優しい人達に住む世界や国が───。
パァン!!!!
「ぎゃああああああ!!」
数時間ぶりに聞いた銃声。
リリムダの街を出てしばらくは、数発ほどあったものの、それもしばらく途絶えていた。
「……仕留めた?」
『ハッ! 一人です』
身体を起こしたエミリアの視線の先には、ライフルに撃ち抜かれたのか、まだ息がある不様な芋虫の様にもがく帝国兵が一人。
恐らくリリムダに駐屯して、無謀にも接舷上陸を挑んできた連中の生き残りだろう。
指揮官の敗北をみて、いち早く脱出した彼らは、一目散に帝国の領域に向かって逃げ出していた。
リリムダはここいらでは大きな町だが、元は辺境の街。
隣と言っていいのか分からないが、近隣都市からは徒歩で2、3日はかかるという土地だ。
だからこそ、魔族領開拓の最前線として栄えていたのだが───。
もう、どうでもいいことね……。
エミリアは囚われていた魔族城から逃げ出すときに、あの帝国軍の騎兵将校から得た情報の一つとして、帝国の地図を思い浮かべる。
エミリアの目的は復讐だ。
それ以上でも、それ以下でもない。
だから、大事なのはその順番。
まずは──────。
ロベルト。
賢者ロベルト───。
生粋の帝国人で、上位の知識階級。
現在は、都にて帝王の補佐をしているらしい。
……そう、一番最初に仕留めようと考えた勇者パーティの一人は、帝国の都市に住んでいるのだ。
彼とエミリアの繋がりは薄い。
エミリアは所詮は勇者のペットだったのだから当然のこと。
しかし、勇者パーティにいた頃は、エミリアとも、多少なりとも交流があった。
細目で色白、……知識人を気取ったクソ野郎だったっけ。
とはいえ、エルフを忌み嫌うドワーフのグスタフとはほとんど口もきかなかったし、森エルフのサティラも同じくダークエルフを忌み嫌っていた。
そういう意味では、まだマシな部類ではある。
ダークエルフと魔族を喜々として殺していた人間をマシと思わなければならない程、連中はクソの塊であったわけだけどね。
いずれにせよ、居場所がはっきりしているのは帝国都市部にすむロベルトと、ドワーフの鉱山に住むグスタフ。そして、大森林の神殿にすむサティラだ。
あと二人───ルギアと勇者シュウジの居場所は誰も知らなかった。
「まぁ、いいか。どの道───人類と私の戦い……。いずれ、どこかでぶつかるに違いない」
……そうだ。
ダークエルフの私が生きていることを、ハイエルフのルギアは良しとしないだろうし、ルギアと結婚するというシュウジも一緒にいる可能性が高い───。
可能性……。
シュウジ──────……。
あぁ、シュウジ。
「会いに行くよ───愛しい人……」
エミリアに掛けられた洗脳は、骨の髄にまで沁み込んでいるらしい。
人類を滅ぼしたとしても、最後の最後でシュウジを殺すのを躊躇ってしまうかもしれない。
愛していると囁かれれば即座に股を開いてしまうかもしれない。
間違いなく殺意もあると言うのに……。
それでも……。
それでも───。
「それでも、愛しているよ───シュウジ」
だから、殺しにいくね。
愛しているけど、殺しにいくから……。
いや、違う。
愛していてもいいんだ。
愛があれば殺せないわけじゃない───。
愛ゆえに殺そう──────。
そうだ。
そうだとも、
「───殺したいほど、愛しているよ……シュウジ」
ふふふふふふふふふふふふふふ。
太陽のような存在。
温かく、優しく、強くて、とても綺麗なシュウジ……。
エミリアは再び太陽に手を伸ばし───。
さぁ、待っていて…………。
必ず殺してあげるからね。
私の愛しの勇者さま。
うふふふふふふふふふふふふふふふ。
───太陽を握りしめた。