一発殴られたら、100万倍返しッ!

第1話「死霊術士エミリア」


 人類と魔族が相争う世界。

 人類文化至上主義を掲げる『帝国』と、邪悪な『魔族』は寸土を争い長年抗争を続けていた。

 それは、数えて1000年にも及ぶ大戦争。

 その戦争からの膠着状態を経て───ついに帝国が魔族の要所を突破!

 その勝利の立て役者となったのは、神々よりこの世界に送り込まれた異世界の【勇者】の力によるもので、彼と彼に従う『英雄』たちは、ついに魔族最後の拠点に軍を進めた。

 彼の者の名はシュウジ・ササキ──異世界より召喚されし最強の戦士にして、人類の護り手。

 勇者を先頭に、帝国は破竹の勢いで進軍し、次々に魔族の軍勢を打ち破った。

 魔族を追い詰め、残す所あと僅か。
 
 そこに立ち塞がったのは、穢れし禁術を使う死霊使い(アンデッドマスター)であり───魔族最強の戦士と謳われる一人の死霊術士だった。


 ※ ※ ※


 魔族領最奥にて、

 勇者パーティに立ち塞がるのは、不気味な人影。
 そいつは、ボロボロのローブを纏い、儚げに佇んでいた──。

「お前が我らが怨敵───勇者シュウジか?」

 帝国、魔族、多数の死体の山と、赤い月を背景に立つその人影は、囁くように呟いた。

 それに対するは、不敵な笑いを浮かべる美しい青年で、年相応の無鉄砲さと万能感に溢れていた。

「いかにも!───すると、お前が噂の死霊使いかい?」

 その問いに答える術なく、フと嘲笑する気配のあと、

「死ね───魔族の怨敵、勇者よッ!」

 奴が少年のような声色で小さく叫ぶ。 

 ……死霊召喚ッ。
「お出でなさい、愛しいアンデッド────!!」


 ブゥゥン……。

 と、死霊術のステータス画面が現れ、地より湧き出た不気味な召喚門───アビスゲートが開き、中からあふれ出す地獄の叫び声。

 ボコボコと、地面に滲みこんだ血が泡立ち、ゲタゲタゲタゲタゲタゲタゲタ! と地獄の底から響くような笑い声がしたかと思うと────。


【アンデッド】
Lv4:ダークファントム
スキル:呪い、吸命、震える声(テラーボイス)
    取り付き、etc
備 考:暗黒に落ちた魂の集合体
    大量の魂を媒介にして巨大なファントムを喚びだす
    物理攻撃を全て無効化、生きとし生けるものを呪い殺す


 勇者たちの眼前に、ヌゥと───中空から空間が歪んで黒い煙の様なものが浮かび上がった。

 そいつはボンヤリと煙の中に、青い炎を纏った上半身だけの骸骨を包み込んでおり、そいつがガチガチガチと歯をかき鳴らしている。見るからに邪悪で薄気味の悪い悪霊だ。

「で、デカイ───」
 ファントムに触れた帝国軍の雑兵が、生命力を吸い取られバタバタと倒れていく。

「兵は退けッ!───勇者パーティだけでやる!」

 倒れた兵を収容して帝国軍が後退すると、すかさず前に出て死霊術士に対峙する勇者パーティの四人。

 勇者、賢者、エルフ、ドワーフ!

「でりゃああ!!」

 ドワーフの騎士グスタフが、オリハルコンの斧を構えて斬りかかるも、霧散し集合しなおすだけでダークファントムには傷一つ付かない。

「退きなさいッ! そいつに物理攻撃は効きませんよ」

 両手に魔法の印を結ぶと魔力を練り上げていく賢者ロベルト────速いッ!

 彼は神聖魔法が使えないので、単純に高圧縮された魔力をぶつけて対消滅を狙う。それでも、威力十分!

 パァン! と破裂音がしてファントムの一部が消し飛ぶも、また徐々に形を取り戻していく。

「───く、周囲の魂を媒介にして、回復しているの?!」

 森エルフの神官長はすぐにファントムの正体を看破すると、素早く浄化魔法を唱えんとする。
 美しい容姿、そして、美しい声の森エルフのサティラの浄化魔法が輝き、ファントムをが叫ぶ。

「──────ッッ……!!!」

 ダークファントムの声なき悲鳴。

 サティラの美しい旋律の精霊術が空気を撫でると、ダークファントムの半分が消し飛んだッ!

「そのまま、消えなさいッ!」

 しかし、死霊術士は嘲る様に笑うと、
「アンデッドは不滅───舐めるなよ!……お前らのやったこと、思い知れッ」

 死霊術士が手を翳すと、ファントムがさらに肥大していく。

「さぁ、皆……行こう───愛しきアンデッド達よ!!」

 すると、周囲に漂う浮かばれない魂がダークファントムと融合し、さらに大きくなっていく。

「け、汚らわしい! 禁忌の死霊術ッ!」

 何度も何度もサティラの浄化と精霊魔法がぶつかり、体を削られていくダークファントム。
 だが、その度に周囲の魂を吸い取り、融合し徐々に大きくなり勇者パーティへ迫りゆく───。

 ダークファントムが術士の叫びに答えるように、勇者パーティを包み込み、溶かしつくさんとする。
 勝利を確信した死霊術士が、ローブの奥で笑う気配に、勇者パーティが戦慄する。

 だが、

「邪魔くせぇ……こんなもん、タダの煙だ」

 ──フンッ。

 パァァァァァアアン……!!

「な!? わ、私のファン、トムが──……?」

 死霊術士の目前で消滅したダークファントム。まだ完全消滅に至らないものの、たったの一発で致命傷だ。
 パーティメンバー総出でかかっても太刀打ちできなかったそれを一瞬で……。

 これが神々の僕───異世界より、召喚されし勇者の力だ。

「へぇ。コイツが最強の死霊術士って奴か? ボロボロのローブを着てるからよくわからんけど、……どんな奴かと思えば、思ったよりちっさいな~」

 軽口を叩きつつ、勇者は二刀を構えて見せた。死霊術士の見た目の儚さに、明らかに油断しているらしい。
 確かに、術士は身を隠すためにボロボロのローブ姿を纏っており、そこからうかがえる体格は決して良いとは言えない。

 その死霊術士が、緊張の滲む声で勇者に語り掛ける。
「───やはりお前が立ちはだかるか……。我らが魔族の天敵……勇者ッ!」

「お? おぉ??……この声は女───のガキか!? へへ。……あーえっと、こういう時はアレか──────如何にも! 俺こそが、」

 口上を述べようとした勇者を遮り、死霊術士が彼らの前に敢然と立ち塞がった!
「───ふッ、馬鹿め……。誰が、獣の口上など聞くか!」

 バサァ!──とローブを剥ぎ、隠していた全身を勇者たちの前に現した死霊術士。

「───私は魔族の戦士、エミリア・ルイジアナ! お前たちを打ち滅ぼすものだッ」

 月夜に映える褐色肌と白銀に輝く髪と赤い目───そして、特徴的な笹耳。

「うぉ! だ、ダークエルフじゃん!! す、すすす、スゲーレアもの!」
 姿を見せたエミリアに、勇者が驚愕に目を見開く。

 少女の容姿に、最強の死霊術を持つダークエルフ。
 それがエミリア・ルイジアナだ!

「───語るに及ばずッ! 我が誇りとともに、勇者ッ! お前たちを打ち倒してみせん!」

 私の愛すべき人々のために!

「いけッ! 愛しき、アンデッドたちよ──!!」
「───ちょ! まだ喋ってる途中だろうが!!」

 黙れ、クソガキ!───そして、無様に死ねッ!!

 死霊術士のエミリア・ルイジアナ。
 そして、彼女を最強たらしめるのが死霊術!

 その背中に刻まれた『アンデッド』の刺青の文字が、魔力を帯びて薄っすらと輝き───死霊術を発動させる。

 我が死霊術をコイツらの目に焼き付けてくれる。

「お出でなさい───私の愛しきアンデッド達」

 ……ブゥゥン!

 虚空に現れる死霊術のステータス画面。
 そこに表示される、エミリアの愛しき死霊たち───。


アンデッド:
Lv5:リッチ
スキル:高位魔法、スケルトン使役、再生

ヘルプ:高位魔法を操るスケルトンの魔術師。
    破壊衝動と生者への憎しみで満ちている……。


 ギィィィイ……と、
 地中より現れし、アビスゲートから、リッチが複数体召喚された。

「いけッ!! アンデッドたちよ!!」

 うぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎ……!

 不気味な杖を掲げて、リッチの高位魔法が次々に炸裂し、勇者を押し包んでいく。

 ズドン! ズドン! と炸裂する魔法に勇者パーティが圧倒されていく。

「うわぁぁぁああ!」
「きゃあああああ!」
「ぬおぉぉおおお!」

 帝国の賢者ロベルトも、森エルフの神官長サティラも、ドワーフの騎士グスタフも太刀打ちできず、魔法に翻弄弄されるのみ。

 だが、
「はははッ! 雑魚なんてのはな、何体いても雑魚なんだよッ!───おらぁぁぁあ!」

 アンデッドの上位種であるリッチを雑魚と言い捨て、あの勇者がただ一人で切り伏せていく。
 聖剣の一振りで魔法を打ち消し、神剣によって次々に薙ぎ払われていくリッチ────。

(く……やはり通じないッ────!!)

 だけど、な。舐めるなよ、勇者──────!!

「……本命はコッチだぁぁあ────!!」

 ジャリィィン──……! と鞘引く音も勇ましく、エミリアはここで初めて剣を抜いた。

 歴代、魔族最強の戦士に下賜(かし)されるというオリハルコンの大剣。

 凄まじく重く、そして硬い。
 だが、ダークエルフ族はドワーフに次ぐ筋力を誇る一族。

 エミリアとて、見た目に反してすさまじい膂力を持つ。

 ───だから、こいつが振れるんだッ!!

 エミリアがここまで剣を抜かなかったのは僅かな勝ち目を見出していたから。
 死霊術一辺倒と見せかけて油断を誘い、エミリアは自らの一撃に賭けていたのだ。

 リッチを薙ぎ払い、高笑いする勇者シュウジ────。
 崩れ落ちていくリッチの骨片───その骨の破片の先に、無防備な首が見えた。

 ここだ!!

「覚悟ぉぉお──────」

 リッチの残骸を隠れ蓑にして、一気に肉薄したエミリア。

「その首、貰───」───った!!

  ───ガキィィィイイインン……!!

 よし!!───通っ…………………って、ないだと?!

「──ほらはっへ(貰ったって)ほほっははろ(思っただろ)?」
 
 こ、コイツ────。
 く、口で?!

 ガキン……ギチギチッ、と歯でエミリアの剣を止めて見せた勇者。
 エミリアが渾身の力を籠めて繰り出したそれを、まさか口で止めるなんて……。

(ぐぐ……。び、ビクともしないッ)

 そのうちにリッチは殲滅され、手の空いた勇者はエミリアを見るとニィ……と口を歪めた────。

「ぺ……。中々強かったぜ。ダークエルフ、ちゃん!!」
 ガシリとエミリアの顔を掴むと、

 ゴスッッ──!!

「──コヒュウッ!」

 肺を穿つ強烈な一撃に、エミリアの口から呼気が強制的に排出され、無酸素状態になる。

(い、息が…………)

 メリメリと突き刺さる勇者の拳。
 その一撃だけで、エミリアを沈めんとしていた。

「ま、」

 まだだ。
 まだ、負けるものか……────。

「へへ……。異世界っつったらエルフだけど、はは!! ダークエルフは初めてだぜ」

 ニヤリと笑う醜悪な面。

 実際は端正な顔つきだと言うのに、エミリアにはその顔が悪魔のように見えた────。

「転生と神様にマジ感謝。──チート能力最高ッッ!」

 勇者の言っている言葉の意味は分からなかったが、奴がエミリアの頭に手を翳すのだけは薄れゆく意識の中で見えた。

「は、離せ───!!」

 顎を掴まれ、ギリギリと持ち上げられる。下卑た視線を至近距離で感じ、怖気が振るうエミリア。

「へぇ。……結構可愛いじゃん」

 ぞわッ!! 勇者の気配に、タダならぬものを感じて悪寒が走る。
 戦場で、女が捕虜になると言う事───。

「ゲスめッ!」
 
 ペッと、顔に唾を掛けてやるのが関の山。もはや、エミリアはまな板の上の魚と同じだ。

「いいね、いいね。その反抗的な目つき───」

 グググと無理やり顔を近づけられると、

「ふむふむ……。目の色、濁った赤───0点。目の下の隈、-10点。髪色、灰色0点。貧相な体-50点。……ダークエルフ、+200点ってとこかな。ひゃはははは!」

 散々と容姿を詰られるエミリア。こんな状況だと言うのに、羞恥ゆえ顔にサッと朱が走る。
 いくら戦士として、死霊術として生き、女であることを忘れていたエミリアでも、容姿を詰られていい気なわけがない───。

 しかも、これから虜囚にしようと言うのだ。
 魔族最強として、帝国に一人で抵抗し、散々殺し、散々倒してきた連中どもに囚われるということ──────……。

 それを想像しただけでゾッとした。

「くッ───殺せ……!」

 活きて虜囚の辱めを受けるくらいなら……!

「ブハッ!! ホントに言ったよ『くっころ』だぜ『クッ殺』!!」

 ぎゃははははははははははは!!

 エミリアを釣り上げたまま大笑いする勇者。
 
 こ、
 こんな醜悪な人間がいるのかと思うほどに、エミリアは嫌悪感で震えだし、全身から力が抜け落ちていく。

「ごーかく、合格! 今ので1000点あげちゃうぞ、ダークエルフちゃん」

 スッと、手を翳す勇者。何をされるのかと思い、身を固くするエミリア……。
「ひっ……! や、やめて!」
 少女のように怯え手懇願するエミリア。

「チートっ、つったらコレだよな───」

 勇者の手がエミリアの顔に触れ──────……。
 そして、何か温かい感情が、勇者の手を介してエミリアの中に────……。


 あぁ…………。
 な、なんだこれは?

 や、止めろッ!!

 あ、───あぁぁぁぁぁぁ……!

 みるみるうちに『魅了』されていくエミリア。
 あり得ない感状が見る見るうちに沸き上がり、心を締めていく。

 今まであった心の情景に、ありえないものが次々に流れ込んでいき、エミリアの拠り所を染めていく。

 戦地に赴く直前の家族との会話。

※ ※
「では、行ってまいります」
 貧しいダークエルフの里の、小さな家の玄関に立つエミリア。
「気を付けて───」
「無理をするなよ……何があっても帰って来い」
 両親の抱擁を受け、涙ともに別れを惜しむ。
「はい。はい…………!」

 父さん、母さん……!!

 一族のため、そして、死霊術を受け継いだがため───最強の戦士として、軍役につくことになったエミリア。
 彼女は優しい両親の見送りを受け、そして家の戸口で待っていた義理の妹、ルギアと無言で抱き合った───。

「…………」「…………」

 今生の別れとなるかも知れない家族。 
 別れを惜しみ、思い出を共有する中、長らく抱き締め会う二人……。

 ルギア……。ルギア・ルイジアナ。

 彼女は血のつながった家族ではないものの、長らくエミリアと共に過ごし暮らした大切な家族。

 出会いは偶然。
 数年前に、魔族領土の奥地で凍えていたところを斥候が発見。そのまま、はぐれエルフとして保護された。
 あとは、成り行きでダークエルフの里で世話をすることになったというだけ。

 外見は、白く線の細い小柄な女性。ダークエルフ特有の褐色肌ではなく、アルビノと思しき抜けるような白い肌。
 そして、金糸の如き美しい髪に、透き通るような青い目───。
 明らかにダークエルフではないものの、温厚なダークエルフの里は彼女を温かく迎え入れた。

 そして、年の近そうなエミリアの家庭に引き取られ、数年もの長い間一緒に暮らすことになった。
 優しい両親と、弱く、優しく、愛しい存在……義妹のルギア───。

 それらを守るために戦う。
 エミリアの戦士としての矜持はそこにあった。

 ※ ※

 ───そこに勇者への思慕が割り込んでくる。
 彼の者を愛せと、何かが語りかける。

 家族への思慕をも超える、無私の愛を彼に向けろと…………!

(ぐぅぅぅ……ふざけるな! 魔族の天敵───我らが怨敵を愛するなど死んでもあり得ないッ)

 だが───!!!

「へぇ……俺の魅了のスキルに一丁前に抗ってやがるぜ」
 さらに力を籠める勇者によって、ついにエミリアの抵抗が潰える……。

 あり得ない光景が記憶に刷り込まれ、思慕を募らせていく。
 身も心も勇者様のために尽くしたいと、心変わりしつつある自分がいた。

 そして、聞こえない声が脳裏に刷りこまれていく……!

※ ※
「エミリア────……愛しているよ」

 私みたいな女に───。
 初めて言われた「愛している」の一言に身も心もトロトロに溶けていくような気さえする。

「あぁ、とても綺麗だ───褐色の肌。銀に映える髪……美しいね」

 エミリアはボロボロの格好を気にしつつも、記憶の中でぎこちなく勇者様の抱擁を受け入れ、彼にその身をゆだねた。

 そして、徐々にエミリアは満たされていく。……否、満たされてしまった。

 ───勇者様が求めてくれる。
 ───必要だと言ってくれる。

 美しい……と。君の様な女性を待っていたと──……。

 抱擁を受け入れ、勇者に抱かれ、そして抱きしめるエミリア。

 ……今まで、女としてまともに扱われなかった境遇ゆえ、エミリアは勇者の「愛している」その言葉であっさりと落ちていく。

 帝国に抗い、勇者に対峙し、鬼神の如く戦っていたあのエミリアが、だ。

 死霊を語り、
 英霊を敬い、
 悪霊を愛でたエミリア────。

 そして、今日から勇者を愛するダークエルフとして……。


「愛しているよ───エミリア……」

 そして、()のものの美しさと、所作と、優しさと、強さと、その存在の全てが愛しくなり──────。


 プツン…………。


(あ──────………………)

※ ※

 刷り込みが終わり、エミリアの視線がボンヤリと霞む。

 ゆ、
「……勇者、さま────」

「エミリア……(くくく。チョロいな~……。ダークエルフ、ゲットー!)」

 彼の者の心の中など露知らず───。

 彼を、勇者シュウジを愛しいと思う感情に溢れる心。そして、あれほどあった敵意が霧散していく。

 ───あぁ……私の勇者さ、ま。

 無意識に、勇者に手を伸ばすエミリア。愛しい彼に触れ───熱を感じていたいと……。

 勇者。
 勇者……。
 私の愛しい勇者──────……。

 私だけの愛しい人…………。


 熱のこもった目で彼の者を見上げるエミリアは、抵抗のためか、精神負荷により───。



 ドサリ……!



 自らの身体が地面に投げ出された音を聞いたのを最後に、エミリアの意識は闇に落ちていった。




 おめでとう、エミリア。
 君は今日から勇者パーティ(裏切り者)だ。


※ エミリアの死霊術 ※

【アンデッド】

※※※:Lv0→雑霊召喚
    Lv1→スケルトン(生成)
        地縛霊召喚
    Lv2→グール(生成)
        スケルトンローマー(生成)
        悪霊召喚
    Lv3→ファントム(生成)
        グールファイター(生成)
        広域雑霊召喚
    Lv4→獣骨鬼(生成)
        ダークファントム(生成)
        広域地縛霊召喚
        英霊召喚
    Lv5→リッチ(生成)
        スケルトンナイト(生成)
        広域悪霊召喚
    (次)
    Lv6→ワイト(生成)
        下級ヴァンパア(生成)
        精霊召喚
        広域英霊召喚
    Lv7→???????
    Lv8→???????
    Lv完→???????

第2話「魅了の果てに」


 人類と魔族の最終戦争は終盤局面に差し掛かっていた。

 最強の戦士を欠いた魔族にはもはや抵抗の力はなく、ただただ狩られていくのみ。

 城塞は落ち、
 砦は焼け、
 陣地は奪われる。

 残すところ僅かな土地と、古びた魔族の城のみ。

 だが、ここで再び戦線は膠着していた。

 険しい地形と、魔族軍の徹底抗戦により遅々として進まぬ戦線。
 死に物狂いで戦う魔族に手を焼き、さらには最後の難関が突破できずに、帝国軍と勇者パ―ティは一進一退の攻防を繰り広げていた。

「ちくしょー!! 橋を落としやがった」

 奈落の谷底に消えていくのは、城へと続く橋。
 遅滞戦術の一環として、橋を破壊するのは常套手段だ。

 落差何百メートルもある谷を繋いでいた、唯一の橋が消え去った。当然、それがなければ乗り込めない……!

 橋を架けなおそうとしても妨害される。
 魔術で飛べば狙撃される。

 他にも空を飛ぶ術も、なくはないのだが───無防備な空中はいい的でしかなかった。

 ならば、陸路───谷底から迂回路を探してみるも、どこにも迂回路もなければ渡河点もない。


「あーちくしょう! どうしろってんだよ!!」


 最後の最後で足止めを食らった勇者は、いきり立っていた。

 短期決戦を考えていた帝国軍は補給力が弱い。
 しかも、魔族の地では現地徴発も容易ではない。
 元より生産力の低い土地ゆえ、補給線の伸び切った帝国軍は困窮していた。

 日々貧しくなる食事に腹を立てている勇者たち。
 帝国軍の兵よりも、相当に優遇されているとは言え、豪華絢爛というわけにはいかない。

 勇者とて、人間。
 飯も食えばクソもする。

 そして、女も抱く。

 膠着した戦線の陣地では、魔族としての抵抗を一切やめ、勇者に言われれば何でもする───ほとんど人形のようになったエミリアが、勇者の寝室の一カ所で飼われていた。

 彼女は無私となり、勇者の言うことを何でも聞く。
 何でもする──────何をしても不満を言わない。
 
 だって愛しているから───。
 だから、日々の苛立ちをベッドの上でぶつけられても、勇者への愛を妄執するエミリアは一切の不満を言わない。

 それもこれも全て愛ゆえ。

 ……愛する勇者。
 エミリアだけの勇者───。
 
 エミリア役目は後方要員として、勇者シュウジの臥所(ふしど)の相手をすることだけ。

 それに良い顔をしないのは、森エルフにドワーフくらいだろうか。
 あとは帝国兵の男ども。

 魔族最強の戦士、死霊術士のエミリアは帝国軍にとって悪夢のような敵だったのだから、そう簡単に許せるわけはないと───。

 最初からエミリアに対しては、敵意剥き出しの帝国軍ではあったが、今のところ勇者の愛人であるということで、目こぼしをされていた。

 だが、
 蔑む視線。
 好色染みた視線。 
 明らかに敵意を持った視線────。

 元は魔王軍死霊術士────……最強のダークエルフ、エミリア・ルイジアナ。

 殺しも殺したり────。
 散々、侵略者である帝国軍を薙ぎ払っていたのだから、相当に恨みも買っていよう。

 エミリアからすれば、人類の尖兵たる帝国軍は、侵略者同然。ゆえに謂れなき怒りではあるが、立場が違えば考え方も違う。……今は、勇者パーティの一員だから生かされているだけ。
 その庇護から外れれば、エミリアを貪りつくそうと喜んで帝国兵が群がってくるだろう。

 その視線に辟易としながらも、勇者パーティと共に行く。

(だけど、変わらないのは勇者様への愛だけ…………)

 そんな時だ。
 膠着した戦線を覆しかねない状況が発生した。

 勇者に飼われているエミリアの元にも、彼らの会話が聞こえてきた。

「内通者?」
 勇者の元へ帝国軍の男が耳を寄せ何かを話す。
「えぇ。抜け道があるとのことです。本当であれば一気に戦線は動きます───我が軍の勝利ですよ」

 将軍格らしい初老の男性は勇者に間違いないと告げている。

「信用できるのか?……罠の可能性は?」
「あり得ません───魔族を……そして、ダークエルフを忌み嫌っているハイエルフ様からの情報ですよ」

 その言葉に勇者が目を剥く。

「───マジか? で、伝説のハイエルフの?!」
「えぇ。魔族領を偵察中に行方不明となっていたらしいですが……無事に生き延びて、魔族に通じておられたようです」

 その事実だけで勇者は決意したようだ。
 エミリアもボンヤリとその会話を聞いていたが、特に興味を感じられなかった。

 ただ、戦争が終わるんだなーと……。

 そこで、チラリと帝国軍の将軍がエミリアを見る。
「───ただし、内通の条件として…………」

 ボソボソボソ……。

「マジかよ……。まぁ、最近飽きて来たからいいんだけどよ、ちょっと惜しいかなー」
「代わりなどいくらでも居りますよ───良いのを見繕いましょう。こんな貧相なガキよりもずっと、」

 グハハハハハ、と豪快に笑った後、簡単な打ち合わせを終えた後帝国の将軍と勇者は去っていった。

 その間、餌の様に置かれた乾いたパンをもそもそと食べ、勇者の帰りを待つエミリア。
 栄養不足ゆえ、ドンドン痩せてきている気がする。

 でも、戦争が終わればきっと良い暮らしができる。
 勇者様と結婚して───……。

 人も魔族も平和に暮らせる世が来る────。





 そう、妄信していたのに……。





 いつもならそろそろ勇者が戻ってくるであろう時間。
 それはきた───。

 バァン!!

「──死霊術士(アンデッドマスター)のエミリア!! 貴様を拘束するッッ!」

「────え?」


 ※ ※


「は、離せッ! 何の真似だ──!!」

 勇者以外の男に触られる───?!
 その嫌悪感で必死になって抵抗するエミリアに、帝国軍は容赦なく刃を向けてくる。

 勇者に飼われているエミリアにだ!
 曲がりなりにも、勇者パーティとして認められているはず───!

「放せぇぇぇえ! わ、私は勇者様の仲間だぞ──それを、」
「うるさいッ。その勇者殿の命令だ! 神妙にせいッ」

 え? い、今なんて────。

「えぇい。さっさと捕らえい!!」

 一瞬、聞き捨てならない言葉を聞いて呆けてしまったのがいけなかったらしい。
 隙を突いて帝国兵の強打を受けてしまい崩れ落ちるエミリア。

 薄れ行く意識のなか。誰かに乱暴に引き摺られていくのだけはわかった。

(ちくしょう…………)

 ズルズルと、ズルズルと、随分長い間連れ回されたらしい。

 引き摺られながら、ようやくボンヤリと霞む意識が覚醒したエミリア。
 彼女が覚醒して最初に目にした光景───…………。

「ぎゃあああああ!!」
「やめろッ───降伏したじゃないか!」

「「「うわぁぁぁああああ!!」」」

 ……そこは、すっかり変わり果てた魔族の古い城───最後の拠点の中であった。

 バタバタと足音も高く走り回る帝国兵たち。
「───本国から輜重隊を寄越せッ! 大至急だ! 勇者様たちの私物も忘れるなよ」

「おい、お前───処刑場はそこだ! 売り物と混合するなよ!」
「何人か来いッ! 向こうの塔を掃討しろ。まだ隠れてるやつらがいるかもしれん──!」

 わーわーわー。
 わー!!

 騒がしいのは、城の前庭。
 植生の乏しいこの地方ゆえ、庭は木々の類ではなく石畳と綺麗な苔で整えられていた。

 そして、そこかしこで忙しそうに動き回る帝国軍の兵士(・・・・・・)達。
 本来の主である魔族達は、あろうことか拘束され、順繰りに処刑されているではないか?!

(な、なにが?!)

 多少見目の良い者やら、サキュバスやダークエルフら一緒くたにされて拘束されている。
 首には縄を打ち、不衛生な柵の中に閉じ込められるその姿───。

 どう見ても家畜扱いだ。

「な、何が起こっているの?! は、離してッ! 勇者さまを、シュウジを呼んでぇぇえ!」

 そこに黙れとばかりに帝国兵が次々に暴行を加えていく。

「ぐ! き、貴様らぁ! ゆ、勇者さまがこれを知れば───」
「よう、エミリア」

 帝国兵をキッと睨み付けるエミリアの目の前に、勇者が現れた。
 その姿に救われたような思いを感じたのも束の間。

「シュウジ……勇者さま────! こ、こいつらが私を!!」
「おせーんだよ。雑魚兵士ども───ダークエルフのガキを拘束するのに、いつまでかかってんだ!」

 カィン! と帝国兵の兜を小突き嘲笑する勇者。
 どう見ても、エミリアを拘束したことに対する叱責ではない。

「ゆう、しゃ───さま?」
「悪いなぁ、エミリア───こういうことだから、さ!」

 言い切るや否や、猛烈に振りかぶった拳をエミリアの腹に突き落とす勇者。
「───ごひゅう!!」
 手加減なしの一撃がエミリアを吹き飛ばす!

 クルクルと舞うエミリアを見て、ゲラゲラ笑う勇者パーティと帝国兵たち。
 そして、落下してきた彼女に勇者とパーティがよって集って暴行を加えていく。

 顔を中心に、腹、下腹部、心臓と、およそ女性に与えるべきではない暴行の数々!

「うぐぇぇえ……! げふ、勇者、様───?」

 グチャグチャになった視界。
 顔面は腫れ上がり、瞼がふさがりそうだ。

「うわ。エミリア──お前ブッサイクだなー。こりゃ二目と見れねぇわ」

 ニヤニヤ笑いながら、エミリアの顔を小馬鹿にする勇者。
 自分達で殴っておいてその言い草。

 それでも、エミリアは勇者を愛しているので、その言葉に反射的に赤面してしまう。
 こんな顔じゃ、勇者様に(・・・・)嫌われてしまう(・・・・・・・)と────。

 いや、──────そうじゃない!
 こんな時まで、私は何を考えているッッ。

「ここまで来りゃわかるだろ? 魔族の皆さんの最後の抵抗も虚しく、拠点は陥落───あとはミナゴロシ(・・・・・)。悪いな、エミリア───」

 というわけで、だ。

「エミリア───……。魔族のお前も、当然あっち側だ」

 グイッ! とエミリアの髪を掴むと、ブチブチと引き抜きながら無理やり顔を向けさせる。

 あっちって────……。
 あっちって……。

 ───あっち(・・・)のこと?!

 エミリアの視線の先にある「あっち側」……。
 まるで作業の様に、淡々と殺されていく魔族達。

 拘束され身動きができない中、断頭台に乗せられ斧で───ドンッ、ドンッと、次々に切り離されていく。

 それが、あっち側────人間たち(正義の味方)魔族たち(悪者たち)

 そして、エミリアは────あっち(処刑される)側だという……。

「───そ、そんな……。ど、どうして?」

「今だから話してやるけどよ。内通者がこの拠点までの間道を案内してくれてな───その内通者から出された条件が、」

 まるで、クイズでもするかのように、クルクルと指を回すと、ピタリとエミリアを指した。

「───お前を徹底的に痛めつけて、魔族の中でも一番最後に殺せってさ」

 え…………?

 勇者はそれだけ言うと肩をすくめる。
 まるで、お気に入りのケーキが売り切れでした───くらいの軽い気持ち……。

 そ、そんな……。
 そんな事って───……。

「わ、私を愛してるって、」
 愛してるって、言ってくれたじゃないか?
 
 ───あ、あんなに、愛し合ったじゃないか?!

「ど、どうして私まで! 私はアナタの恋人なんじゃ───」
「はッ! 恋人だぁ?! バーカ、お前はタダのペットだよ───だから、諦めろよ。それともなんだ?……自分だけ助かろうってのか? 大好きな魔族の皆を差し置いてさぁ!」

 ち、違うッ!

 違う!!
 違う、違う、違う!!

 違うッッッッ!!

「───断じて違うッ!!」

 一人だけ生き残りたい何て言わない。
 私はそんなに恥知らずじゃないッッッ!!

 誇り高き魔族の戦士───死霊術士のエミリアだ!

「……なら、大人しく死ねよ?」

 ──────ッ!

 勇者に尽くし、愛し、純潔を捧げても、なお───魔族として死ねという。

「───くくく……。エミリアよぉ。本当は、最後までお前を手放さないつもりもあったんだぜ? いくら、パーティや帝国がギャーギャー言おうともなッ」

 じゃ、じゃあなんで!?

「さぁな? お前の知ってる誰か(・・・・・・・・・)が内通してくれたのかもなー。───城への抜け道をよ!!」

 ば、ばかな……!
 ばかな!!!

「馬鹿なッ!!!」

 魔族に、内通者がいたというの?! 殺されることが分かっていて内通を?

 あり得ないッッ!

「はは。エミリア───探偵ごっこしてる場合じゃないぜ。見ろよ」

 淡々と処刑されていく、魔族の兵士達───。
 その彼らの目を見たエミリア。

「ひッ!」

 濁った暗い瞳……。

 裏切り者。
 裏切り者。
 裏切り者……!

 彼ら(魔族)とて知っているのだ。
 その内通者とやらが吹聴したのだろう。

 ……エミリアが勇者に魅了されて帝国に降ったことを。
 快楽に溺れて、魔族を顧みなかったことを───!

 だから、帝国軍に処刑されるまでの短い時間を、せめて───裏切り者のエミリアを呪う時間に費やしているのだ。

 魔族を裏切った(・・・・・・・)エミリアを、恨みの籠った目で睨む……。

 睨む、睨む、睨む……。

 身体から切り離された目ですら、エミリアを睨む。
 抜け出た魂ですらエミリアを睨む。

 生者も、死者も、エミリアを責める。

 彷徨う魂が、死霊術を通じてエミリアを苛む。

 やめて。
 やめて……。
 やめて────!

「やめてぇぇぇえ!!」

 私をそんな目で見ないで!!
 そんな声で、(ののし)らないで!!

 わ、
 わ……。

 私は皆のために……。

 皆の、ために戦った────。

 だから、今も戦うッ!!

 今こそ戦うッ!!

 今なら……。今なら出来る。
 この怨嗟に満ちた空間なら、死霊術の独壇場だ!

 今なら────……。

 行けッッ!
 私のアンデッドたち──────!

「あーあーあー……。下手なことを考えるなよ? ダークエルフの里は、とっくに帝国軍が制圧した。この意味わかるな?」

「なッ!」

 ま、まさか────。
 あの隠れ里がみつかるはずが……。

「……へへ。黙っちまったな? アホなお前にも分かりやすく言った方がいいか? つまりよ。ダークエルフが、魔族かどうかってのは微妙な線引きだよな。オークやゴブリンでもないし、魔人でもない──ちょっと色素が違うだけのエルフだと、俺は思っている(・・・・・・・)

 つまり────。

「何が言いたいか分かるか? ダークエルフ達の生き死に(・・・・)はお前次第さ。黙って大人しく殺されるか、今ここで死霊術とやらで派手に暴れるか、」

 ───選べぇ……。

「ま、ここの連中を始末するまで、大人しく見てろって───」
 お前は運がいいんだから。と───。

 そう、勇者は(のたま)う。

「───知ってるか?……処刑される奴はさ、」

 くくくくくく……。

「処刑列の一番最後に並ぶためなら、親でも売り飛ばすらしいぞッ……ぎゃはははは!」

 だ、だからなんだ?!

「それを、感謝しろって言うのかぁぁあ!?」
「そうだよ。感謝して欲しいね───……お前は、一番最後なんだぜ!! もしかして、途中で俺が心変わりしたり、奇跡でも起こって助かる可能性が万に一つでもあるかもしれないからな」

 ぎゃははははははははははははは!!

 勇者に追笑するように、勇者パーティと帝国兵がゲラゲラ笑うのだ。

 人とはここまで残酷になれるのかというほどに……。

 ゲラゲラと、ゲラゲラと───。

 帝国軍は、ここまで苦戦させられた鬱憤を晴らすかの如く───……。
 勇者パーティは、間抜けなエミリアを小馬鹿にするために───……。

「あースッキリしたぜ。じゃ、次のイベントと行こうぜ───」

 パチンと勇者が指を弾くと、
「な、なにを…………」

 ボロボロのエミリアは霞む視界の先に多数の人影を捉えた。
 エミリアと同じ褐色の肌。長い笹耳───。白銀の髪…………。
 
 え?
 あれって───まさ、か……。

「そ、ダークエルフの里の皆さんだぜぇ」

 ちょ、
 ちょっと……。

 ちょっと、待ってよ───!


「しゅ、シュウジ───! だ、ダークエルフの皆だけは……」
「ん~? 何か言いたそうだな」

「おおおお、お願い!! お願いします!」

 なんでもします!
 どんなことでもします!

 なんでも食べます!
 泥でも、糞でも、他になんでもするから!!

「お願いします! どうか! どうか、ダークエルフの皆だけは!!」
「んん? 聞こえないなぁ?」

 もったいぶる勇者に必死で懇願するエミリア。

「お願い!! お願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願い! お願いします!!」

 どうか!!
 どうか!!

 どうか! ダークエルフの皆だけは!!

「お願いしますーーーーーーーーーー!! どうか、皆だけは許してぇぇえええええ!」

 詰る勇者の足に縋りつくエミリア。

「抵抗しなければダークエルフの里は見逃すって……」
「ん~そうだったっけ?」

「い、言った! 言ったじゃないか! 死霊術で抵抗しなければ───」

 必死で懇願するエミリア。

 ダークエルフの里だけは!!……父さん、母さんだけは!! 
 そして、ルギ───

「───誰もそんな約束をしてないわよ。義姉さん」

 ……え??
「る、ルギア───??」

 不敵に笑い、ダークエルフを追い立てていたのは、白い肌と、長い笹耳、金髪と碧眼の女性───ルギア。
 ルギア・ルイジアナ───エミリアの家族だった。

 え?
 ええ?

 な、
 なんで?
 なんで、アナタがそこに?

 さ、里に隠れていない!

 そんな所じゃ、殺されてしまうわよ。早く逃げなさい──────。

「ルギアッ!!!」

 愛しい家族のルギア。あぁ、錯乱しているのね?

 だけど、今なら逃げられる。
 勇者たちがアナタを拘束していないのがいい証拠───。

 きっと、見た目からダークエルフじゃないと判断されたのよ。
 だから、早く逃げ───……。

「気を付けッ!!」

 バシン!!

 帝国軍が一斉に起立。
 そして不動の姿勢───。

 処刑も一旦停止……。

「あら、いいのよ。作業中の者は作業を続けなさい──」
「ハッ! 作業に戻れ」

 そうして、処刑再開。
 帝国軍は作業(・・)に戻った。そこかしこで繰り広げられる、魔族にとっての地獄絵図……。

 その地獄から少し外れた輪にいるのは、残った勇者たちと──────ルギア。

 い、いや、ちょっと……。な、なんで、ルギアが帝国軍に指示を出してるの?

 る、
「ルギアだよね?」
「お久しぶりね、義姉さん。活躍は聞いているわ」

 ふふふ。と見たこともない妖艶な笑みを浮かべてシャラリシャラリと歩く───。
 着飾っているものの、記憶の中のルギアに間違いない。

「ふぅ。長かったわ……。ちょっとしたミスで魔族の地で過ごすことになったけど……本当に長かった」

 そう言って、エミリアに近づくと、優しく顎を撫でる。

「でも、それも今日で終わり───……。しかも、長年の悲願であった穢らわしい魔族が消滅するのよ……本当に嬉しいわ」

 何を……言っているの?

「義姉さんも、もう無理はしなくていいのよ。魔族最後の一人として見納めて、お逝きなさい」
「ルギ、あ……。アナタ何を言って───」

 ヨロヨロと手を伸ばすエミリア。
 だが、それをパシリと払いのけると言ってのけた。

「汚らわしいダークエルフ。……一緒に息をしているだけで気が狂いそう。勇者───早く終わらせなさい」
「へーへー。ハイエルフ様のお召の通り───」

 え?
 は、ハイエルフ(・・・・・)??

 見れば、森エルフのサティラが慌てた様子で勇者にしな垂れかかるのをやめ、片膝をついている。
 帝国軍に混ざるエルフの兵士も恐縮しきっている様子が見えた。

「ふふふふ……。いつ魔族を滅ぼしてやろうかと思ってウズウズしてたの。今か今かと待ち遠しくて、ちょっと遠出のつもりで魔王領を偵察にいったら、不死鳥(乗り物)がドラゴンに驚いちゃって、私は雪の上へ───」

 「あとは知ってるでしょ?」そう、ルギアは言った。

「あぁ……辛い日々だったわ。汚らわしいダークエルフに優しくされて、温かい食事に、義理の父さん、母さん、優しくって優しくって、」

 ───反吐が出るかと思った。

 ペッ!
 美しい顔を歪めてルギアはエミリアに顔に唾を吐きかける。

「挙句の果てに、仲良く遊んでくれた優しくて口下手の義姉ときたら、禁忌の死霊術士───毎日殺意を押さえることに苦労したわ。何度家に火を放とうと思った事か」

「る……ぎ、あ」

 知らなかった。
 知らなかった───。

 コイツのことを知らなさ過ぎた!!

「オマケに里の連中と来たら千年の間にあんなに数を増やしちゃって……あの昔に殺しておけばよかったわ───でも、よかった。千年前のやり残し、今日で終わりそうね」

 里での日々が脳裏にフラッシュバックするエミリア。
 不安げな顔で両親に預けられた時のルギアを思い出し、ぎこちない笑みで迎え入れられた日。

 名前も覚えていないと言い。記憶喪失だという───。
 そうして、見た目年齢の近さから義理の姉となり、時には仲良く遊び───時には少し喧嘩もした。
 戦いに赴く日には、涙を流して抱締め合った───。

 ルギア……。
 ルギア───。

 愛しい私の家族……。

「あぁ、心が漉くよう……。温かい里のみんな。種族の違いも気にせず接してくれた優しい温かいダークエルフの里の皆」

 すぅ……。

「ありがとう! 心の底からありがとう!! そして、」

 死ね。

「───ダークエルフは、死ね」

 ニッコリ。

「ル、ギ、ア!!!」

 このイカレ女ぁぁあ!!

「恩を……。恩を仇で返しておいて、アナタはそれで平気なの!!」
「平気よぉ───ずっっっっっと、ダークエルフのこと、殺したくて滅ぼしたくてウズウズしていたんですもの───」

 あぁ、そうか。
 そうか、そうか、そうか。

 そうか!!!

 内通者は……。
「ゆ、勇者パーティに情報を流したのは───」
「そーよ。私───。間抜けな魔族にトドメを刺してあげたの」

 あはははははははははははは!!
 あーーーーっはっはっはっは!!

 美しく、醜悪に笑うルギア。

 いや、違う──────。今はルギアじゃない。
 ルギアなものか!

 こんな義妹いてたまるかッ!!

 こ、
「この裏切り者ぉぉぉおおおおお!!!」
「そーーーーーよぉぉお!! 裏切っちゃったぁぁぁあ! あははははははは! 里を売ったのも私よぉぉおおお! あーーっはっはっは!!」

 間抜けッ!
 間抜けな魔族達!

 そして、ゴミクズ同然の、ダーーーーーーーーーーークエルフ!

 死ね!!

 死ね!!

 お前たちは等しく死ね!!

「あはははははははははははははは! あはははははははははははははははは!!」

 あーーーーーーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!!



「るーーーーーーーーーぎーーーーーーーーーーーあーーーーーーーーーー!!」


第3話「絶望の言葉すら生ぬるい」

「るーーーーーーーーーぎーーーーーーーーーーーあーーーーーーーーーー!!」



 コイツは……。
 コイツは生かしておけないッ!

 こんな奴がいるなんて信じられない!!

 恩を、
 大恩を、
 
 命の恩人に対する敬意を!!

 ───返せとは言わないッッッッ!!

「だけど、仇で返す必要がどこにあるのよぉぉぉおおおおおお!!!」

 コイツは殺す!!

 今すぐ殺す!!!

 いや、
 お前ら全員ぶっ殺してやる──────!


 ブチブチブチ、バッキィィィイン!!


 拘束を引きちぎり、どこにそんな力があったのか自分でもわからないほど。
 それでも、エミリアは駆けだす。


 元最強の戦士──今は……。
 今は元勇者の愛人(・・・・・・・・)で、今はタダのダークエルフのエミリアとして駆ける!!

 死霊術士のエミリアとして駆ける!!

 ダークエルフを守るため。父と母と里の仲間を守るため。───駆ける!!


 ──勇者の愛人?
 ──勇者に心酔し鞍替えした裏切り者?
 ──勇者と共に魔族を滅ぼそうとした恥知らず?


 知るかッ!!

 知るかッ!!

 知るかッ!!


 私は、私の信じる道を進んだだけ!!

 ただ、勇者を愛しただけ(・・・・・・・・)!!!


 結構ッ!!
 何とでも言え!!

 私を倒し、一度は殺すチャンスがあったにもかかわらず、私を受け入れてくれた勇者シュウジを愛している!!

 
 ───今もッ!!


 それの何が悪いッ?!

 私には帝国も人類もどうでもいい!!


 ダークエルフの里と家族!
 そして、今は勇者様ッ!!


 どちらも愛して、どちらも愛したッッ!!!


「───ルギアぁぁぁぁぁぁああああ!!!」


 この女だけは殺す。
 いや、この場にいる全員を殺す───!!

 出来ないと思ってるのか?
 私が無力だと思っているのか?!

 舐めるな……。
 舐めるな……!!

 舐めるなよ!!

 勇者に飼われて牙が折れたと思ったのか!

 否。
 断じて否ッ!

 私は……、
 ───私はアンデッドマスター(死霊術士)のエミリアだ!!


「こいッ」

 来い……!

 来い…………!!

 ここに処刑大量の死体があるということは周囲には浮かばれぬ霊がいくらでもいると言う事だ。
 いくらでも。
 いくらでも!!

 いくらでもいる!!


 だから、来ぉぉぉいい!!

「愛しき死霊たち……。私のアンデッド!」


 身体はボロボロ。魔力は枯渇しきっている。
 だけど、まだだ。

 まだ終わらないッ!!

 依り代はある。
 虚ろなる魂たちはここにいる。

 アビスは近いッッ!!

 裏切り者ルギア目掛けて駆け抜けながら、エミリアは地面の血痕を撫でていく。
 まだそこに魂があると感じるために──────。

 皆……。
 皆いるよね?

 まだここにいるよね?

 来たよ。
 勇者の愛人に成り下がったエミリアが来たよ。

 私が憎いよね。
 私は殺したいよね。
 私を引き裂きたいよねッ!


 ジワリ……。

 地面に滲みこんだ血が動いた気がした。
 エミリアの死霊術の刺青が怪しく輝く。

 背中の『アンデッド』が淡く儚げに輝く……。

 ざわざわざわざわざわ……。

 ひそひそひそひそひそ……。

『冷たい……』
『痛い……』
『寒い……』

 どこからともなく聞こえる冷たい声。
 耳元で、遥か彼方で……。

『裏切り者ぉ……』
『エミリアぁ……!』
『魔族最強のくせにぃ……!』

 あぁ、聞こえる。
 死者の声が私に死霊術を通して聞こえる……。

 えぇ、そうよ。
 私が弱いせいでみんな死んだ。

 だから、私を呪っていい。
 憎んでいい。
 恨んでいい!

 だから、だから今だけは力を貸して──────!!

『憎い……』
『苦しい……』
『妬ましい……』

 負に染まった悪意が地面から滲み起こる。

 シクシクとすすり泣きが響き、そして、急激に気温が───……。

「な、なんだ?」
「ひぃ! 今誰かが俺の足を!」
「お、女の声が───!!」

 蠢く地面に浮足立つ帝国軍。
 そして、勇者パ―ティも……。

 その隙をついて、エミリアがルギアに襲い掛かるッ!
「ルギア────……この裏切り者ッッ」

 お前は殺す!!
 ここに浮かばれぬ魂がある限り、アンデッドは不滅だ!!

「あは。往生際が悪いわね───義姉さん」

「死ねッ!! お前は死ね───!!!」

 ルギアの顔面にダークエルフの膂力でもってパンチを…………。


 え?……なんで?


「エミリア?」
「エミリアか?!」

 ルギアに拘束された、両親の姿があった。

「義姉さん───まだ、抵抗するのですか?」

 呆れた表情のルギア。
 彼女はあろうことか、両親の首に両手を掛けてエミリアに突き出した。

「る、ギア……!」
 苦しそうに呻くエミリアの父。
「ルギア───どうして?」
 悲し気に呟く母───。

 その姿に、思わずエミリアの拳が止まる。

「どうして?…………あなた方が不浄だからですよ───汚らわしい」

 数年一緒に過ごし、一緒の釜の飯を食べたというのに───本物の愛情すら注がれていたというのに、ルギアはそれを微塵も感じていないらしい。

 養ってくれた両親という感覚すらないのか、まるで家畜のように父と母を引き摺ると、エミリアを見下ろす。

「さようなら、お義父さん。お義母さん。最後に肉壁として感謝を──────お世話になりました」

 ペコリ。と、美しい所作で一礼すると、


 ボキリ──────。









 あ──────────────────────────────…………。










『エミリア……』
『エミリア───』

 死霊術を通して、微かに聞こえた死霊の声……。
 父さん、母さん……の声。

 茫然としたエミリア。
 彼女の時はその瞬間、止まる─────。

『エミリア……おかえり、元気でいて……』
『エミリア……息災でな───』

 そして、父も母も冥府へと旅立つ───。
 アビスゲートの先へと……。


 周囲では帝国軍の虐殺が続き、阿鼻叫喚の断末魔が響き渡る中、エミリアはもはやピクリとも動けない。

 あまりのショックが体を貫き、感情と心と心と心が───死んだ。

 ルギアがゴミのように両親の死体をポイっと投げ捨てて、その体がバウンドして横たわる瞬間にも、微塵も動けない。

 薄っすらと見える、二人の死霊の影がエミリアに寄り添い、抱締めても───それを感じる余裕もない。

『もういい……誰も憎むな───』
『生きて……。生きて、エミリア───』

 その彼女を、誰かがそっと撫でた気がした───。
 優しい気配に心が温まり、少しだけ穏やかな気分で彼女は覚醒する───。

 覚醒するんだけど、だけど……。
 だけど、首が反転し口から一筋の血を垂らしピクリとも動かない両親の死体と、その瞳に映る自分の姿を見たエミリア。

 誰かの霊魂が彼女に語り掛けてくれたものの……、

「う…………」

 守る。
 守りたい。
 死んでも守りたい大切なもの。

 何のための死霊術か……。
 誰のための最強なのか……。
 もはやどうでもいい……。

 守りたいもの、守るべきもの───。

 それが──────。

「あ、うう、う───」

 う、
 ううう、
 うぁぁああ……。

「あ──────…………」

 うぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!

 慟哭するエミリア。

 心が、心が壊れていく───。

「あ、あ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 エミリアの絶叫が響く。
 目をそらしていたい事実を、まざまざと見せつけられて叫ぶ。

 死んだ……。
 死んだ……。

 父さんが死んだ。
 母さんが死んだ。

 死んだ……。
 殺された──────。

 ルギアに殺された───。

 勇者たちに殺された……。

 帝国に殺された──────。


 人類に殺された───………………。


 どこかで嘘なんじゃないかと、
 全部悪い冗談なんじゃないかと、

 誰か言ってよ…………ねぇ?

「───あああああああああああああああああああああ……ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ………………。あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 だけど現実で───!
 現実で!

 残酷なくらい現実で───……!

 魔族も、父さんも、母さんも───。

 そして、今───ダークエルフ達も、


 たった今、コロサレタ──────。
 アイツらにコロサレタ……。

 なのに、


「ひゃはははははははははははははははは!!」
「ぎゃはははははははははははははははは!!」

 あーーーーっはっはっはっはっはっはっ!!

「み、見ろよ! みたかよ!」

「うひゃはははははははは! 見とる見とるぞぃ」
 笑い転げるドワーフの騎士グスタフ。

「うくくくくくくく……。こ、こんな分かりやすい絶望初めて見ましたよ」
 含み笑いを隠せない帝国の賢者ロベルト。

「ハイエルフ様の浮世離れして様は聞いていましたが、──……ひどい人ですねー。うふふふふ!」
 歓喜の表情を浮かべる森エルフの神官長サティラ。

 コイツラナニガオカシインダ?
 ミンナ、シンダ……。
 ゼンイン、シンダ──────。

 ナノニ、ナノに、

 ナのに、何でコイツ等はイキテイルンダ?


 茫然自失のまま慟哭するエミリア。
 その絶望を、あざ笑う勇者パーティ。

 仮初とはいえ、同じ釜の飯を食ったこともあったはず……。

 どうしてそれを、こんな風に笑えるのだろうか?
 そもそも、戦争だって……魔族が何をした? 勝手に悪と決めつけて帝国が仕掛けてきたもので────。

 私たちが、何をしたって言うんだ?

 あぁ……そうか。
 そうか……。
 そうか──────。

 そうだったんだ。

 私が知らなかっただけで──────世界は残酷なんだ……。
 私、エミリアは今日───世界を知りました。

 はじめまして世界。世界は残酷です──……。


 ダカラ、ソンナセカイハ、ホロボシテヤリタイトオモイマス───。


「────ね」

 ドロリと濁った目つきになったエミリア。その目で、人間どもを睨み付ける──。
 勇者達を睨み付ける────……。

 ルギアを睨む───……。

「死ね───」

 死ね、と───!

 血の匂いの充満する地面。割り砕かれた、魔族の骨の散らばる死体置き場────。
 エミリアの家族と魔族たちの慟哭の地。

 そこで願う。誓う。呪う。

 死ね、と───!

 お前ら全員、
「───死ねぇぇぇぇぇえええええ!!」
 そうだ。死だ。

 死だ! 死こそ日常───。

 死者渦巻く、こここそが私の空間。

 エミリアの日常だ────。
 死霊たちの渦巻く非現実の一幕。

 死霊術士の日常はここだっぁぁあああああ!!

 だから、
「────全員、死ねぇぇっぇぇぇぇええッッ!!」

 そうだ死ね。死ね!! 死ねぇぇえ!!
 死んでしまえ!! それができないなら、

 ……殺してやる。
 殺してやる!! 殺してやる!!

 ワタシがコロシテヤル!!!

「ぎゃあああああああああああ!!」

 ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!

 エミリアの元に次々に流れ込む魂の力。
 勇者たちは忘れていたのだろうが……。
 エミリアを魅了し、ペットとして『仲間』にしたことで、殺戮した魔族の経験値が一方的に彼女に流れ込んでいた。


 ───それも膨大な量がッッ!!


 殺しも殺したり……。
 勇者の業がエミリアに注がれていく───。

「ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」

 ふははははははははははははははははは!!

「あははははははははははははははははは!」

 征けッッッ!!

 私の愛しき、
「───アンデッドぉぉぉおおおおおお!!」

 ブワ─────────!!

 あり得ない程巨大な死霊術の気配が周囲を包む。

 そして、地中から召喚門の「アビスゲート」が出現した。


 ブゥン!!!!!!


 直後、召喚ステータス画面が表れ───。


 アンデッドLv5→Lv6
 レベルアップ!!

Lv6:英霊広域召喚

第4話「死が起きる時───」


 アンデッドLv5→Lv6
 レベルアップ!!

Lv6:英霊広域召喚

スキル:広域への英霊呼び出し
    取り付き、死体操作etc

備 考:武運拙く命を落とした英霊を召喚
    他、周囲の英霊を集めることが可能

    召喚された英霊は強い魔物や種族に
    取付き生前の様に戦うことができる

※※※:Lv0→雑霊召喚
    Lv1→スケルトン(生成)
        地縛霊召喚
    Lv2→グール(生成)
        スケルトンローマー(生成)
        悪霊召喚
    Lv3→ファントム(生成)
        グールファイター(生成)
        広域雑霊召喚
    Lv4→獣骨鬼(生成)
        ダークファントム(生成)
        広域地縛霊召喚
        英霊召喚
    Lv5→リッチ(生成)
        スケルトンナイト(生成)
        広域悪霊召喚
    Lv6→ワイト(生成)
        下級ヴァンパア(生成)
        精霊召喚
        広域英霊召喚
    (次)
    Lv7→ボーンドラゴン(生成)
        中級ヴァンパイア(生成)
        広域精霊召喚
    Lv8→???????
    Lv完→???????

 ゲタゲタゲタゲタゲタゲタゲタゲタゲタゲタゲタゲタゲタゲタッ!!!

 アビスゲートから現れたのは、おぞましい声で笑い声をあげる英霊たち。


「ば、ばかな?! このタイミングでレベルアップだとぉぉお!」
「な?! ま、まずい!! 総員───死体を破壊しなさい」

 驚愕する勇者をよそに、エミリアの目的に気付いたロベルトが慌てて帝国軍に命じる。

 だが、一歩遅かったらしい───。

 地獄の底からさらにさらにと、笑い声が響き、そして地面から、あるいは中空に漂う魔族の英霊が次々に死体に生首に取り付き始める。
 一度、冥府に帰ったはずの魂が、アビスゲートを通じて帰ってくる!!

 門の先───漆黒の空間から流星のように青い光の粒子を棚引く霊魂が流れ出した。
 幻想的な光景であり、鮮烈な光景だ。

 ───彼らは英霊。戦いし戦士の魂!

 あはははははは!
「さぁ、皆起きて──────。もう一度、一緒に戦いましょう……」

 そっと死体を抱きよせるエミリア。
 もはや勇者パーティにも、エミリアを組み敷いている余裕はないらしい。

 全員が武器を持ち、全周を警戒している。
 そりゃあ、そうだ。

 ここは、あらゆる場所が死体で埋め尽くされている。

 全て勇者たちがやった事──────。
 だから、因果応報。

「な、なんてことだ! 数万のアンデッドを瞬時に生み出すだと?! な、なんたる力───」
 ロベルトは恐怖しているのか、はたまた歓喜しているのか全身をブルブルと震わせている。

 警戒し、武器を構えているのはグスタフとサティラのみ。

 他の帝国軍は、小グループに分かれて円陣を組むことしかできない。
 なにせ、ここにいる帝国軍を圧倒できるだけのアンデッドの軍勢なのだ。

「は! やるじゃないか、エミリア──!」

 勇者は腕を組んで仁王立ち。
 かのルギアと背中合わせに構えている。

 あわてて剣を抜いた帝国兵らが、エミリアを切り裂こうと、うつ伏せに組み伏せる。

「───今さら、もう遅いッ!! 私が死んだくらいでは死霊術は消えないッ!! 魂が食いつくされるまではアビスは閉じない」

 ───行けッ!! 愛しきアンデッド達よ!

 ドロリと濁った目を開け、起き上がろうとする魔族の死体。
 首を失った死体は首を求めて。
 惨殺された死体は無残な体で。
 焼き殺された者はボロボロの身体で。

 起きて、
 起きた、
 起きる。


         死が起きたッ!!


 ───ブルブルと震える魔族たちの屍。
 彼らは冥府から叩き起こされ、不死の魂を受け取った、アンデッドの軍団ッッ!!



 その数はこの場で死した魔王軍全てを覆いつくす程で、数万に上る魔族の死体が、余すところなく全て起き上がる───。

 殺しも殺したり……。

「あははははははは! あははははははははははは!」

 あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!

「あはははははははははははははは! あははははははははははははは!」

 狂ったように笑うエミリア。
 最後の戦いだ!

 こんなもので勇者を倒すことはできないだろうけど、帝国軍や勇者パーティはタダでは済まないはず。

「な、なんて数だ!」
「ひぃぃぃ! こ、これが魔族最強のアンデッドマスターの真の力なのか?!」
「か、神よぉぉお!!」

 さすがに動揺を見せた帝国軍が、慌てて臨戦態勢を取り始める。
 だが、圧倒的にアンデッドの方が多い!!

 あははははは!
 怯えろッ。竦めぇ!
 帝国の力を生かすことなく死んでいけ!

「───いけ! 私の愛しきアンデッド。そして、魔族の皆! 私と共に、勇者たちを討とうッ!!」


 ロォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオ!!!

 死者の咆哮───。
 アンデッドの叫び。

 エミリアの心を満たすアンデッドの戦音楽(タムタム)!!

「帝国兵どもを滅せよ───」

 ロォォォォオオオォオオオォォオオ!!
 ロォォォッォォオオォォオオオオオ!!

 数万のアンデッドが勇者達を───。

 そして、あの帝国軍全てを飲みこまんとする──!

 死ね、勇───、


「くっだらない……」


 吐き捨てる様に宣のたまうのは……。

「……る、ルギア?」

 お前か───……ルギア

 ふ、
 ふふふふふふふふ。

 ふはははははははははははははは!!

 ───くっだらないかしらぁぁ? 負け惜しみは結構!

 でも、もう遅いわね!!
 今さら、裏切り者のアンタにこの状況が覆せるとでも?

 ───無理よ。
「無理ぃ! 無理ぃ! あはははははははははは! ルギアぁ! アンタにゃ無理よぉぉお」

 あははははははははははははははは!!

 そして、安心しろ。
 お前だけは無残に殺してやる!

 私にやったように最後に殺してやる!!
 ズタズタに引き裂いて、皆の前にばら撒いてやるッ!!

 お前の魂だけは冥府につれていかないッ!!

 そして、お前ごときでは、発動した私の死霊術を覆せないぃぃいい!

 …………エミリアは、そう確信していた。
 だが、
「ふふふ……! 勇者シュウジよ───。エミリアの刺青を潰しなさい! それが汚らわしい死霊術の源泉よ───刺青を剥ぎ、このインクで上書きしてやりなさい。そうすれば死んでも死霊術は使えなくなる」

 場違いに冷静な声がしたかと思うと、ルギアが勇者に里の秘術である死霊術の特殊インクを差し出していた。
 ルギアの助言。
 里の秘密を知るがゆえのアドバイス。
 奴は命を奪うだけでなく、魔族の……そして里の秘術である死霊術の方法までルギアは奪っていたのだ。

「な、なるほど! 任せろッ!」
「がっぁああ! しゅ、シュウジぃぃ!」

 インクを受け取った勇者は、エミリアを組み敷くと、バリリとエミリアのボロ布を剥ぎ取った。

「───な、何を!?」

 さすがに羞恥によるものではないが、剣を突き立てるでも頭を踏み抜くでもなく、勇者はエミリアの刺青をむき出しにすると、
「お前ら手伝えッ!」

 古の文字で『アンデッド』の入れ墨が躍るエミリアの死霊術。

 それを消し去ろうと言うのだ。

 この女!! この女ッ!!
 この女は、とことんまで裏切り者だ──!

「あぁぁぁあ!! ルギアぁぁぁぁあ!!」

「グスタフ、ロベルト、サティラ───!! 俺が抑える───やれぇっぇええ!! 刺青を潰せぇぇえええ!!」

 気を取り直した勇者が仲間に指示を飛ばす。

「おうよ!」
「お任せを!」
「望むところよ!」

 勇者の膂力で押さえつけられると、エミリアにも敵わない。
 それでも死に物狂いで抵抗する。

「くそ──────!! どけぇぇえ!!」

 ドワーフの騎士グスタフが、暴れるエミリアの頭に足を乗せると、
「───がははははは!! いい景色だな、ええ、おい!!」

 製鉄魔法を唱えると、グスタフの斧が真っ赤に焼き染まる。

「小娘が!! ドワーフを舐めるなよ───」
「ぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああ!!!」

 そう言って、エミリアの背中の呪印を「一文字」焼き潰す、ジュウジュウと肌が音を立てて溶けていく。
 大切な死霊術の『アンデッド』の文字が焼かれていく。

「ぁぁぁぁぁっぁぁぁあああAAAああAAA!!」

 激痛と絶望と屈辱に喘ぐエミリア。
 病まない激痛にブリブリと糞尿を撒き散らし、のたうちまわるエミリア。

 ───燃える肌と焦げる肉。

「待ってください!!」
 それを差し止めたのはロベルト。
 一瞬、救いの手に思えた自分が呪わしい───。

「貴重な死霊術のサンプルですよ!! 私にもそれを!」

 そう言ってロベルトはナイフを取り出すと乱暴に文字を剥いでいく。
 ───その痛み!!

「GUああああAAAああああああ&%あ$3!!!」

 肉ごと削ぎ落され、文字が奪われ瓶に収められたエミリアの肌───。
 だけど、まだだ!! まだ終わりじゃないッ!

「しつこい!! いい加減死ねッ」
 ありとあらゆる面でエミリアを忌み嫌っているサティラは、更に容赦がない。
「この売女めが!」

 そう言って、エミリアの背中の呪印を「一文字」切り裂いた。

「うGAAAAAAAAAAあああああA!!!!!」

 切れ味の悪いナイフが与える激痛はエミリアの精神を粉々に打ち砕き、失禁させるに十分だった。
 サティラにとって刺青など関係ない。彼女はエミリアを殺さんと、凶刃を振り下ろし続ける。

 心臓を突かれる激痛、脳を抉られる不快感、骨を切られるショック……。

「しねしねしねしね! 邪悪なエルフ!」
「あが?! ぎゃあ! うぐぅああ!!」

 的確に致命傷のみを与え、何度も何度もエミリアを奇声をあげて刺し貫く鬼女───。

「殺しては駄目ですよ───まだ」

 そんなサティラを止めたのがルギアだ。ニコリとほほ笑み。エミリアの致命傷を癒していく───。
 高度な治療魔法が、ボロボロの刺青以外を綺麗に塞いでいく。

 脳の傷、心臓の傷、断ち切られた骨──。

 それらを立ちどころに修復するも、
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 急速回復から来る、激痛の嵐───。
 そうとも、無理やり繋がれる骨。
 筋肉によって締め上げられる心臓。
 痛覚が馬鹿になり最大限の危機を体に伝えようとする脳───!

 糞尿と涎と涙と、ありとあらゆるものを体からあふれ出し漏れ出すエミリア。
 もはや、これで生きているのが不思議なくらいだが、ルギアの回復魔法は死───それを許さない。

「汚らわしいダークエルフたち───。あなたはその最後の一人になるのですよ、義姉さん……」

 華が咲くような美しい笑顔。
 それはそれは美しい笑顔───……。

 ルギアの笑顔───。

「この、裏切りも、の──────」

 アンデッドの文字はボロボロになり、エミリアの死霊術は急速に力を失いつつあるも……。

「───舐めるな……アンデッドは不滅だぁぁあ!」

「はッ! ゾンビの軍団はうんざりだぜ。……おまえら、見とけ? こうやるんだよ!!!」

 ズブゥ───!!
 勇者がエミリアの柔肌に爪を突き立て、残る「アン$%&」の刺青の「ン」を、バリリリ!! と力任せに引きちぎる!!

 ぎゃ、
「───あぁぁぁぁああああ!!!」

「中途半端にやるから死霊術が消えないんだよ。ひゃははははははは! 見ろッ。『ア』は残して───」

 次々に起き上がり、首を求めてうろつき始めた魔族のアンデッド。
 だが、勇者はそれにも目くくれずインクを叩きつけた。

 何の真似……?!
(これは、死霊術を作る特殊インク? 今さらそれが───)

 ───そうだッッ、それがどうした!!
「───そうだッッ、それをこうする!!」

 叫ぶ勇者が、ベチャ! グリグリグリ────!

「こうして、こうして……こうだ!! ひゃは!! あ~ばよー、黒いエルフちゃん」

 と、ばかりに、今剥がされたばかりの皮膚の下の傷と、勇者パーティがさっき傷つけた3つの生々しい傷跡にインクを塗り込んでいく。

 すると、
 ジュウウウウウウウウウウウ!!!!

「うがぁぁぁああああああ!!!」

 白煙が沸き立ち、肉を焼くような気配。削り取られた文字4つ分の傷がインクを吸収していく。

 『アンデッド』の文字が潰れ、『ア#$%&』の文字にインクが滲みこみ──……刺青の文字や模様が明滅する!!


 ───その痛みたるやッッッッッ!!!


「ぐ、ぐぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 背中に無数の針を刺されるような激痛が走ったかと思うと、死霊術の刺青が肉の上で踊り、青白く明滅して、ジュクジュクと泡立ち始めた。

「おぉ! なるほど……さすがはハイエルフ様、そして勇者どの!」

 ロベルトが感心したように、エミリアの背中をしげしげと確認している。

「なーるほど、召喚術の上書きか───いや、落書きかの」
「あらあら、素敵なサインじゃない──」

 サティラの声に、勇者は上機嫌に答える。

「だろ? 見ろよ──これは、コイツのことだぜ」

 そーだろぉ?

 ぎゃーーーはっはっは!!
 ぎゃははははははははははははははは!!

 再びの哄笑。

 そんなもの! そんなものが効くか───!!

 私の死霊術は不滅だ……。
 魔力は充分……まだまだいくらでもッッ!


 ドサッ。


 ────…………え?

 ベチャ……!!
 ドザドサドサドサドササササササッッ!!

 突如として崩れ落ちていく魔族のアンデッドたち────……。

 エミリアが呼び出した召喚門───あの不気味なアビスゲートの門扉が消えていく……。

 そ、そんなぁ……。
 そんな!!

 あ、アビスゲートが──────消えていく?!

 そして、わかる───。
 なんてことだ、英霊たちの魂がない。いや、───消えていく……。

「な?! あ……。あぁ! そんな、そんなッ!!」

 そんな!!

 私の死霊術が!
 愛しいアンデッド達が──────!!

 皆の恨みが──────!!!!!!!

 消える……。
 消えていく……。

 そんなバカなッ!
 だめ、───消えないでぇぇえ!!

 皆ぁぁあああ──────!!

 勇者たちの哄笑を下で受けながら、エミリアの手が死霊を掴もうとして空を掻く。

(私の死霊たちアンデッド……)

 絶望の表情を浮かべたエミリア。
 あれほどの激痛に耐え、魂さえ捧げた乾坤一擲の反撃は、あっさりと封じられてしまった。

 もう、エミリアの魂の叫びはどこにも届かない。
 冥府の門は開かない……。

 どこにも届かず、エミリアはただ一人───。

「そ、そんなバカなッッ!! 私のアンデッド達が……?」

「ぎゃははは。バカじゃねぇよ。お前は『アホ』だ」

 ゲラゲラゲラと笑い転げる勇者。そして追笑する勇者パーティ。

 そして、さらに笑う帝国軍の兵士達。
 彼らの前にはグチャグチャになった魔王軍の死体がある。

 彼らはもう二度と動き出さない……。

「『アホ』だ」
「『アホ』だね」
「『アホ』ねー」

 ゲラゲラ笑う帝国軍の兵士が、何を考えたのかわざわざ巨大な鏡をエッチラオッチラ運んでくると、

「お。気が利くじゃねぇか! ほら、エミリアみろよ……」

 み、見る────?
 見るって何を───……。

 ゲラゲラ笑う連中と、ニヤニヤと肌を見る帝国軍の兵士の好機の視線に晒されて羞恥に塗れながらも、エミリアは見た。

 鏡に映る自分の死霊術の刺青を──……。

 『ア』を残して、無残に破り散らかされた皮膚───。

 そこに、
 『ア#$%&』──────いや、違う。

 その傷の上にべったりと大きく一文字。

 ───『ホ』と……。

 「ァ『 ホ 』」………………。

「あ、『アホ』って…………。アホって、アホって…………」

 アホって……!!!

「────わ、私のことかぁぁぁあああ!」


 ワーーーーーハッハッハッハッハッハ!!
 ギャーーーーハッハッハッハッハッハ!!
 ウヒャハハハハハハハハハハハハハハ!!

 あーーーーーはっはっはっはっはっは!!

 嗤い転げる勇者達。

 エミリアを指さし、馬鹿にし、大笑い。
 『アホ』───と上書きされた刺青に、侮蔑の一言を刻まれ頭に血が上るエミリア。

 魂を賭けた一撃が不発に終わったばかりでなく、その魂と誇りを笑われた。
 死霊たちを侮辱された……。

 こ、
 こんな!!

 こんな屈辱は、耐え切れない────。

 死霊たちとの繋がり。そして、ダークエルフ最強として、……誇りとなったはずの死霊術。

 それを辱め、傷つけ、バカにして────永遠に失わせた。
 ああああああ……なんてことだ。

「し、死霊たちの声が……」

 声が聞こえない──────。
 上書きされた入れ墨のせいで、本来あった死霊との特性すら失われてしまったというのか……。

 そ、そんなの……。

 い、
 いやだ……。

 嫌だ!!
 わ、私の愛しいアンデッド達───……。

 その声が聞こえないッ!!

「あああああああああああああ…………」

 もう、魔力を通しても何も反応はしない。
 地獄の底から悪魔の笑い声は響かない……。


 死体は永遠に動かない──────。


 そ、
「そんな…………………………………………」

 そんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああ!!!!

 今日だけで、何度も何度も───最後にして最大の絶望を味わったエミリア。
 彼女は帝国軍の笑い声を一心に受けながら、…………その心は、この日────死んだ。

 魅了され、快楽に溺れた愚かな魔族。
 勇者の愛人。

 ダークエルフ。
 死霊術士。
 ゴミ。
 傷もの……。

 『アホ』

 彼女が短い人生の果てに得た物は、最大にして最低の汚名のみ────…………。

第5話「終わりすら許されない」

 ゲラゲラと、ゲラゲラと下卑た笑い声が響く。
 エミリアは男たちに甚振られ続け、今は壊れた人形のように地面に放りだされていた。

 身体は傷だらけ、
 激痛と恐怖と絶望で、糞尿と涙と涎でドロドロだ。

 そこにドロドロとした他人の体液がぶちまけられ、もはや汚物と変わらない。
 散々、帝国を手こずらせたエミリアは、帝国兵の手によって死ぬまで甚振られ続けていた。

 もう、何人に犯されたのかすら分からない。
 どこを刺され、どこを潰され、どこを焼かれたのかすら分からない。

 殺さないように、死なないように、丁寧に丁寧に執拗に執拗に甚振られる日々───。

 刺青が壊され、死霊術を行使できなくなったエミリア。
 それだけでなく、彼女はいつしか死霊の声すら聞こえなくなり、……全てを諦めた。

 ただただ、死ぬまでの僅かな時を帝国兵の供物となり過ごすだけの時間……。

 その間に、帝国軍と勇者たちは、まるで効率のいい狩場で効率のいい獲物を淡々と何時間も狩り続けるが如く、魔族をことごとく殲滅してみせた。

 一部の奴隷を残して、ほぼすべての魔族がこの世から消えたことだろう。
 そして、刑場と化した古い魔族の城で、ボロクズのように打ち捨てられているエミリア。

 散々弄ばれた後、ちょっと小休止と言わんばかりに兵どもは去っていった。

 どうせしばらくすれば、水をぶかっけられ───再開だ。

 ───もうどうでもいい……。

 両親も、里の皆も、すべて……殺され晒された。
 残酷なまで現実を見せつけるように、彼女の傍にはダークエルフ達の死体の山がぁぁぁ────あああああああああああああ!!!

「……ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 もはや、エミリアには何も残っていない───……。

 何一つ──────。

 いや…………。
 あったか───。

 たった一つ残ったものがある。

「シュウジ……」

 シュウジ…………!
 シュウジぃ───!!

 そう、こんな状況(・・・・・)になってもエミリアの心には勇者への愛があった。

 もはや、異常だと自分でも気づいている───。
 ここ(・・)までされて初めて気づいた。
 それ───。

 多分、エミリアは何らかの洗脳を施されたのだろうと、そう結論付けていた。
 だが、それが分かってもどうしようもない。

 今も絶望と諦観の先に、勇者に対する熱い思慕がある。

 彼に抱かれたい。
 彼と共にいたい……。

 愛して欲しいと───。

 ふ、
 ふふふふふふ……。

「狂ってるね…………」

 そうだ、エミリアは狂っている。
 死霊術を奪われ、大勢の汚い男たちに凌辱され、両親と里の仲間と魔族すべてを殺された。

 しかも、義妹ルギアに裏切られてだ──。

 これでも、まだ。
 そうだ。これで、まだ勇者を愛しているなんて本当に狂っている。

 ……今だからわかる。

 勇者がエミリアを生かして捕らえたのは、彼女が美しいからでも、ましてや強いからでもない……。
 ただ、珍しいダークエルフだったから。

 ───そして、世間知らずの頭の悪いガキだったから。

 チョロっと優しくしてやれば落ちると思ったのだろう。まさにその通り。
 ルギアと顔見知りだったのは、本当にただの偶然だ。

 そして、
 「───悪いけど、お前(きった)ないからさー……もういいべ?」そう言って、勇者たちは城を去っていった。

 残ったのは、エミリアを許さない帝国軍と、魔族の生き残りを掃討する連中だけ。

 だけど、信じている。
 きっと勇者が助けに来てくれると───。

 エミリアを迎えに来てくれると、信じている。

「シュウジ───」

 本当に狂っている。
 こんな状況になっても、エミリアはまだシュウジを待っていた。

 会いたい。
 会いたい。
 会いたい──────! と。

 そう。
 唯一残った、この思い(・・・・)だけで生きていた。

「シュウジ──────……会いたいよ」

 両親も里も魔族も、もうない。
 何もない。

 エミリアには、かの勇者への愛しかない─────。 

「おい! 何寝てんだよッ! 起きろッ」

 バシャ!
 凍える北の大地であっても容赦なく水を駆けてくる男達。
 ニヤニヤと下卑た笑いを浮かべていることからも、これからもまた酷いことをしようと言うのだろう。

 まだまだ終わらない。

 なにせ、城に残ったのは後処理を任せられた一個大隊程度の連中。
 多分……。コイツらが満足するまで、エミリアは死ぬ事すら許されない。

「いやいや、隊長───こいつ起きてましたよ?」
「あん? 知るか。きったねーから、洗わないとな」

 そう言って、ザバザバと冷たい水をかけ続けてくる。
 どんどん失われる体温に、思考すら覚束おぼつかなくなる。

「ちょッ!───や、やり過ぎると死んじゃいますって、もうちょい生きててもらわないと……。こんな僻地で玩具おもちゃを失うなんてゾッとしますよ」

 当然、隊長を止める兵士とてエミリアを気遣ってのことではない。
 むしろ、甚振るため───長く苦しませるためだと言うのだからよほど質が悪い。

「で? なんだって?───シュウジに会いたいだぁ?」

 しっかり聞こえていたらしく、小馬鹿にする兵士達。

「ばーーーーか。お前みたいな小汚いダークエルフを勇者様が欲しがるわけないだろ?」
「ははは。しばらく飼われてたもんだから、情が沸くとでも思ったんだろう」

「ありえねーありえねー!! ぎゃははははは!」

 大笑いする兵士達に何か反論したいと思うも、思考がバラバラでうまく言葉にできない。

 だけど、
「………………し、シュウジは来てくれるッ」

 そうだ。
 愛してるって言ってくれた───。

 そして、エミリアも愛している。
 ───だから!

「ばーーーーーーか。このガキ、勇者様の能力に完全にやられているな。やっぱりコイツは『アホ』だ」
「はははは。そんな『アホ』にいいことを教えてやろう───」

 ニヤニヤと笑う男達。
 しかも、段々数が増えてきた。……気に入らない。

「残念だけどよ~。お前の勇者様はな───」

 くくくく……。

 含み笑いが響き渡る。

「ぎゃははは! 勇者様はな、この地で救いだしたハイエルフ様とご結婚なさるとさ!」

 …………………なッ!? ま、まさか───?!

「ブハッ! 見たか今の顔!」
「見た見た! まさか、って顔だぜ───ブハハハハ」

 ぎゃははははははははははははははは!!

「ひーひー! 受けるッ。こいつ、自分が勇者様と結ばれるとか本気で考えちゃってたんだぜ!」
「ひゃはははは! バーカ。お前みたいな薄汚いダークエルフなんて、誰が助けに来るかよ」 

 しゅ、
 シュウジ……。
 シュウジ……。

 シュウジ──────!!

 私の勇者さまッ!!!!

「……ど、どうして───」

 どうして、ルギアなんかとぉぉぉおおおお!!!!

 うあ、
 うあぁぁ……。

「うああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 聞きたくない聞きたくない聞きたくない!!
 嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!!!

「嘘だぁぁぁぁああああああああ!!!」

 ぎゃははははははははははははははは!!

「お、おもしれー!」
「スゲー反応いいぜ!」
「ひゃははは、こりゃいい。最近ほとんど無反応で飽きてきたとこだったんだよ!」

 大笑いし、囃し立てる帝国軍のクズ野郎ども。
 彼らはまだ気付いていない──────。

 切ってはならぬ物を切ったことに……。
 彼女の…………エミリアの最後の希望(・・・・・・・・・・)を無慈悲に切ってしまったことに───。

 この瞬間、エミリアは心は本当に死に、そして着いてしまった……。

 復讐の業火という、恐ろしい炎が!

「シュウジ───……シュウジ……シュウジ!!」

 あぁ、
 あぁ、

 あぁ、そうか。

 そうか……。
 そうか……!!

 そーーーーーだったのか!!!

 私を裏切り、ルギアを選んだのか。
 私を裏切ったルギアを選んだのか。

 よりにもよって、あのルギアを!!

 ルギアを!!!!

 ゆ…………………………許さない。

 許さない。
 許さない。

 許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない。

 許さない!!

 絶対に、許さないぃぃぃぃぃぃいいい!!

「お、おい。コイツどうした?」
「あん? 何が?」

 さて甚振ろうかと、エミリアに手を掛けた帝国兵がビクリと引き下がる。
 いつもと違うエミリア。

 ボロボロで無抵抗で、小さくてか弱い、アホなダークエルフのエミリア──────だったはず。

 だけど、どうだ?
 一人怯えた兵は、少しだけ利口だったのだろう。……少しだけ。

「いいからどけよ。ヤんねぇなら、先に俺が───」

「…………殺してやる」

 ん?

「殺してやるッッッッッ。シュぅぅぅうううううううううううジぃぃぃぃいい!!!!」

 エミリアを組み敷こうと覆いかぶさった兵が───ボン!! と上空に吹っ飛ぶ。

「ごぎゃあ!」

 エミリアの渾身の一撃を喰らった股間が体から分離し、離れた位置に湿った音と共に落ちる。

「な!?」
「こ、コイツ───!!」

 一気に色めき立つ帝国軍だが、ほとんどが帯刀していない。
 そりゃあ、自由時間(・・・・)に剣を持ち歩くような面倒なことはしないものだ。

 そして、彼らは忘れている。
 ボロボロで小汚かろうが、散々甚振っていようが──────彼女はエミリア・ルイジアナ。

 ダークエルフ……。いや、魔族最強の戦士だと言う事を!

 もちろんそれは死霊術ありきではあるものの。それでもエミリアは勇者に敗れる最後まで戦い抜いた歴戦の兵士。
 凡百の帝国兵に敵う存在ではない。

「ふっざけんな! ガキぃぃい!」
「よくもやりやがったな、ぐっちゃぐちゃに───チャ?!」

 グチャぁぁああ───!!

 ドワーフに次ぐと言う膂力が、兵士の顔面を打ち砕く。

退()けッ! 汚らわしいクズども! 私に触れるなぁぁぁあ」

 肩を掴んできた帝国兵の腕をもぎ取ると、それを武器にして周囲の兵を薙ぎ倒していく。
 栄養失調と不眠と低体温と陵辱の果てに、万全どころか、死にかけていたエミリアを突き動かす怒り───。

 心に残る勇者への愛が、怒りへと昇華されていく。
 怒りが上塗りされれば、湧き上がってくる帝国への───そして、人類への怒り!!

 家族を、里を、ダークエルフたちを、魔族を殺され、理不尽に奪われた怒り───!

 そして、愛する勇者を奪った可愛い憎い可愛い憎い可愛ぃいにっくき義妹───ルギアへの怒り!!


 ああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!


 瞬く間に群がっていた男達を薙ぎ倒したエミリア。
 打撃によって呻く男どもを、一人一人ぶち殺していったあとは裸体を晒したまま空に向かって吼える──────!!


「ルーーーーーーーーーーギーーーーーーーーーーーアーーーーーーーーーー!!!!」

第6話「その名はア───」

 ルーーーーギーーーアーーーーーーー!!

 あああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!

 殺す、殺す、殺す!!
 ぶっ殺してやるッッ!!

 あーそうだ!

 殺す。
 殺していい。
 殺さなければならない!!!

 私にはお前を殺す理由が百とある。
 私にはお前を殺していい意地が千とある。
 私にはお前を殺さなければならない真実が万とある!!!!


 ───お前をぶっ殺す!!!


 ああああああああああああああ!!!!
「ルギアぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああ!」

 裏切り者、裏切り者、裏切り者!!

 あの、裏切り者めぇぇぇぇぇぇええええ!


 慟哭するエミリア。
 全ての理不尽が彼女を押しつぶそうとする。

 だが、砕けない。
 折れない──────。

 折れてなるものか!!

「折れるのは、お前の首だぁぁぁぁああ!」

 恩人であり、義理とはいえ両親であったはずのエミリアの父と母を簡単に縊り殺したルギア。
 そして、勇者に与してエミリアの誇りである死霊術を汚し、潰したあのクソ女───!

「ぶッッッッッッッ殺してやる!!」

 叫ぶエミリア。
 だが、事態はそう簡単ではない───。

 なんたって……、

「お、おい!!」
「なんだ、悲鳴がしたぞ──────! うお!?」

 城から続々と集まりだした帝国兵。
 彼らは勤務中であり、全員武装している。

 当然、すぐに事態に気付いてエミリアを包囲した。

「こいつ───!」
「まて、迂闊に近づくな───! 弓兵を呼べッ!!」

 そして、指揮官がいれば軍は強い。
 優秀な指揮官がいれば、なお強い。

 間の悪いことに、ここにいる指揮官は優秀らしい。

 迂闊に近づくことをせず、槍衾(やりぶすま)を作り、盾で人垣作って包囲する。
 あとは弓兵で遠間からエミリアを射殺そうと言うのだろう。

「失せろッ!! お前らから血祭りにしてやろうか!」

 そうとも……。
 こいつ等も、等しく同罪だ!
 
 何が帝国だ。
 何が人間だ!

 お前らの都合のために私達が死ななければならない道理などあるか─────アグっ!

 威嚇するエミリアの肩に矢が突き刺さる。
 見れば、盾の向こう側に弓を構えた兵がどんどん集まってきた。

 クソ!!

「射てッ!! 足を狙え───殺さなければどこを打ってもいい!! 射てぇぇええ!」

 バィン!
 ババババババン!!

 弦を叩く音が連続し、矢がビュンビュンとエミリア目掛けて降り注ぐ。
 何本かを叩き落とし、数本を死体で防ぐも──────。

「あぅ!?」

 ズキンと痛みを感じたかと思えば、矢が足に何本も命中する。

 思わず膝をつき倒れるエミリア。
 
 くそ──────! こんな所で……。

 こんな所で──────!!!

「いいぞ! 多少傷つけても構わん、ひっ捕らえろッ!!」

 ワッ! と、盾の人垣が割れ、兵士が一斉に群がる。
 斬り殺さないためだろうか、鞘付きのまま剣を振り上げエミリアに振り下ろす!!

「あぁッ!」

 成人男性の力で強かに叩かれ、地面に潰される。
 足に力が入らず、腕だけで体を起こそうとすれば腕を突かれる。

「ぐぅ!!」 

 抵抗する間もなく、次々に殴打を浴び身動きができなくなったエミリア。
 その様子を見て、嵩にかかって打ち据える帝国軍。

「おらおら!!」
「ざっけんなよ、薄汚いダークエルフが!」
「オメェは黙って玩具になってりゃいいんだよ!!」

 おらぁぁぁぁあああ!!

 ガツンッ……!!

 手痛い一撃を頭部に受けクラリと視界が明滅する。

(ぐぅ……。ダメだ。意識を……手放すな───) 

 今ここで意識を手放せば二度と反撃の機会は訪れないだろう。
 絶望したエミリアが無抵抗であったから、こうして無防備に城の隅に放置されていたが、一度でも抵抗の意志ありと見れば今度は拘束される。

 鎖に繋がれ、牢に入れられ、死ぬまで甚振られ続ける───。

 そしてその間に、勇者とルギアは結ばれて、二人は永遠の愛を──────……ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!

 ふざけんなッ!!

 ふざけんなッ!!!!

「ぶっざけんなぁぁぁぁああ!!」

 ガシッ!!

 うずくまるエミリアを見て、油断した帝国兵が大振りなスイングを掛けてきたが、そこをエミリアが掴み取る。

 シュラン───!

 惜しげもなく裸体をさらして、剣を引き抜くと瞬く間に数名を切り伏せた。

「ぎゃあああああ!!」
「くそ! 剣を奪われたぞ」

 更には盾を奪い、シールドバッシュと組み合わせて周囲の兵を薙ぎ倒す。
 
「ぐ!」

 だが、激しい動きで足の矢が傷口を押し広げる。

(長くは……無理か)

 ドクドクと溢れる血───。
 それが、無くなればエミリアの抵抗は終わりだ。

 丁寧に治療され──────仕返しとして、これまで以上に弄ばれることだろう。

「退けッ!───槍で突けッ! 足の一本くらい落としても構わんッ」

 指揮官も必死だ。
 平定したあとの占領地で戦死者を出すなど無能の誹りを受ける事、間違いなしだ。

 その上で、当分は生かしておけと厳命されているエミリアを殺してしまってはどんな処罰を受けるか……。

 ザザザザ!

 剣兵が退き、槍兵が前へ。

 ガン!! ガンガン!!

 繰り出される一撃をエミリアは盾で受け止め、剣で払う───。

 だが、

 ドス──────!!

「ぐぁぁぁあああああああ!!」

 背後に回り込んで兵の一撃を膝裏に受け崩れ落ちる。

「剣を奪え! 縄を持ってこい!! 拘束しろぉぉおお!!」

 槍で突くのではなく、振り下ろしでエミリアをブチのめす兵ども。
 必死で奪われまいと、剣を手放してでも盾で体を守る。
 
 四肢を縮こめ、頭を隠し、背中を盾で守る──────……!

 ガン!! ガンガンガンガン!!

 くそ!
 このままでは──────!!

 いくら魔族最強とは言え、エミリアは小柄な女性だ。
 膂力に優れようとも、成人男性の体格で攻撃されれば、いずれ息絶える。

 彼女を強者たらんとしていたのは死霊術。

 エミリアの愛してやまない、愛しいアンデッドがあればこそだ。

 くそ!!
 クソッ!!!

 アンデッド───。

 私の愛しき死霊たちよ!!

 もう一度……。
 もう一度私に力をッッ!!

 その声を聞かせて──────!!!

 お願い、聞かせてッ!
 もう一度助けてッッ!!

 アンデッド!!!
 私のアンデッド!!!

 アンデッドぉぉぉぉおおおおお!!

「うわあああああああああああああああ!」

 
 死霊の声……。
 生まれた時から聞こえていた、彼らの声───。

 悲しく、静かで、冷たく、──────優しい彼らの声……。


 死霊達(アンデッド)───……。


 私の愛しいアンデッド────────。


(お願い。お願いよ! 助けて、力を貸して───……もう、一度!!)

 貸して……。
 力を貸して───……。

 ───力を貸してよぉぉぉおおお!!

 冥府の門(アビスゲート)ッッ!!

 たかだか、死霊術の刺青を傷つけたことで、もうアンデットを喚べないの?

 私の愛しいアンデッド────!!

 もう一度……!
 もう一度だけ力を───!!

 そのためなら、なんでもあげる。
 私の身体、血、肉、誇り───。

 そして、魂もッッッ!!!

 ねぇ!
 冥府の先から聞いているんでしょッッ?

 あげる。
 私をあげる!!

 私の魂を持っていけッッ!!

 持っていきなさいよ!

 悪魔よ!
 冥府よ!
 アビスよ! 

 アビぃぃぃぃぃぃいいス!!

 持っていけ……!
 持っていけッ!!

 今ここで、コイツ等を皆殺しにできるなら、私の魂なんてくれてやるッッ!!

 コイツらを殺すッッ。
 私はそのためだけに全てを尽くそう!!

 だから、私の魂を喰らえッ!!
 皆の無念を晴らすために──くれてやる。

 私の魂をくれてやる!!

 だから、寄越せ──!!

 そして、

 知れッッッ!!
 私の思いをッッッッッッ!!

 来なさい……死霊たちッ。
 私のアンデット!!

「うわぁぁぁぁぁぁああああ!!」

 どんな時でもエミリアに寄り添っていた死霊たち。
 戦場を駆け、最後の最後までエミリアに味方をしてくれた優しいアンデッド……。

 彼らの声がもう二度と聞こえない?
 不死者(アンデッド)は二度と立ち上がらない?

 そんな理不尽あってたまるか!!

 来て……。
 聞いて……。

 感じて───!!

 私の死霊達(アンデッド)!!

「ちぃ! しぶとい!」
「いい加減諦めろッ! テメェは大人しく俺らの玩具になってりゃいいんだよ!」
「薄汚い、ダークエルフがぁぁぁあ!」

 嘲罵する帝国兵の容赦ない打撃を受けつつも、エミリアは望む。

 死霊よ来いッ、と───!
 アビスゲートをもう一度と───!!

 エミリアは心臓に指を差し入れ、魂を昇華していく。
 ドクドクと溢れる鮮血にも関わらず、魂を魔力に……魔力を死霊術の刺青に───!

 ジクジクとジワジワと浸透していく魂と魔力。
 勇者の戯れで残された『ア&%$#』の刺青のうち、唯一のこった『ア』の文字が光輝き熱を持つ……。

 哀れにも、裸体を晒すエミリアの死霊術が僅かに光っていた。
 彼女にはそれが見えないが、微かに鼓膜を打つこの世ならざる者の声(・・・・・・・・・・)

 ───聞こえる!?

 帝国兵の容赦ない攻撃を受けつつ、エミリアを侮辱する『ァホ』の入れ墨。

 汚れ切り、男達とエミリアの体液でドロドロになり、すでに余分なインクは落ちているだろう。

 焼かれ、奪われ、切り刻まれ、引き裂かれた死霊術の入れ墨───『ア&%$#』…………。

 古の言葉で不死者をあらわす『アンデッド』のなれの果て。

 だけど、アンデッドは現れない。
 エミリアには聞こえない───。

 彼女には感じることができない。

「───腕だ! そして、足! いっそ四肢を落としてくれる」
「ハッ! おい、誰か斧を持ってこい!」

 剣で指し貫かれるエミリアの足。

「ぁぁぁあああああああ!!」

 貫かれる激痛にエミリアが声をあげて叫ぶ。
 もう、ダメだ───……。


 コイツ等に、
 こんな奴らに……!!
 
 クズどもにぃぃぃいいい!!

 最後の力を振り絞り、死霊術に魔力を送り込むエミリア。
 激痛と激情のなか、ありったけの魔力を送り込む───!

 だけど、聞こえない───届かない!!
 アンデッドは起き上がらないッッッ!!


 嫌だ!!!!!!!


 嫌だ、嫌だ、いやだ!!!
 嫌だぁぁぁああああ!!!

「ああああああああああああああああああああああああああ!!!!」


 魂を削り、残ったそれすら捧げる。
 もう、いらない──────魂の欠片なんていらない!!

 禁忌をおかし、死霊術の禁じ手を使う。

 もう価値はないと知りつつも、魂を自食するように昇華させる。

 その全ての魂を死霊術に捧げる。

 そして、

 じわりと輝いている『ア&%$#』。
 エミリアには見えずとも、盾によって守られたそれは、かつての如く光り輝き……冥府へと──────!


 持っていけ……。
 連れていけ……!

 私だ!!

 ───私こそが死霊(アンデッド)だ!!

 だから、

 来いッッ!
 もどってこい!!

 アンデッド……。

 アンデッド───!!



「アぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあンデッドぉぉぉっぉぉおおおおおおお!!!」




 ブワッ──────!!!
 



 エミリアの叫びが周囲を圧倒した時、それは起こった。
 
 出血と激痛の中、薄れゆく意識の先───確かに聞こえた。

 この世のものではない(・・・・・・・・・・)()を───。


 エミリアの捧げた魂がしみ込み、死霊術の刺青が魔力を受け入れた確かな感触。


 『ア&%$#』



 ───ア&%$#。

 かつて戦場と月夜に輝いていた時と変わらず、あの美しい刺青が再び輝くッ!

 霞んでいく視界と、薄れゆく意識の中、あの優しく頼もしい彼らが現れた(・・・・・・)───。

 幻じゃない。夢でもない。虚ろでもない!

 来た!
 あああああ、来たッッ!

 やっぱり来てくれた!

 門扉が現れ、続々と現れる彼らを霞む視界にとらえたエミリア。

 あぁ、私の愛しい死霊たち……。

 よくぞ、
 よくぞ来てくれた……。

 さぁ、行こう。
 ともに、冥府の先へと逝こう─────。

 ただし…………。

「……ぉ前たちを、道連れにしてなぁぁぁああ──────!!」

 呼びだせた彼ら(・・・・・・・)に困惑している帝国軍たち。
 そりゃあ、そうだ。

「逝くぞ!! 私の愛しき、ア─────」



 彼女の呼びだしたのは、アンデッドでは─────────なく?






 ボロボロの、青い帽子と服を着た男達だった……。 








 え?

 は?

「あ、あなた──達は?」

第7話「アメリカ軍召喚」

 男達は小汚い恰好だった。
 唖然とするエミリアと帝国軍の前に、突如として現れた青い服の男たち。

 まるでアンデッドの召喚の如く、本当に突然の出来事だ。

 ポカンとするエミリアは呟く。

「ど、どち──ら様?」

 だが、彼らは答えない。
 意思の強そうな目をして、ただ控えるのみ。

 エミリアに寄り添うように立ち───何かを待っている。

「な、なんだ、こいつら!」
「きゅ、急に出てきたぞ!!」

 同様する帝国軍とて完全に無視。

 ヨレヨレ帽子を被った十数名の男達と、大量の荷車の様な物(・・・・・・)とともに控える男。
 さらには、軍馬と細長い剣を携えた青年がおり、彼だけは鉛筆の様にスラ───と立っている。

 他の男たちは一様に青い服を纏い、腰にベルト。
 そして、ベルトには妙な鉄の塊をぶら下げており、体に沿って控える手には木と鉄の混合した杖の様なものを持っていた───。


 えっと……。

「ど、どちら様……ですか?」
(───ど、どうみてもアンデッドじゃないわよね?)

 ぽかーんとした、エミリアと帝国軍。
 当然誰も彼も答えられるはずもなし……。

 問われた彼らは、ピシッと背筋を伸ばして立ち黙して語らず。
 ガッシリとした体格はどうみてもアンデッドではない生者のそれ。

 こ、
 これは、まさか───。

 彼らは、死霊術で呼びだした霊魂のようにボンヤリと青白く輝き、棚引く白い光を纏っていた───。

 そして、

 彼らの背後に、あるのは───酒場の(・・・)スイングドア(・・・・・・)のようなもの。

 アビスゲートとは少し違うようだが、紛れもなく当初そこにはなかった───この世ならざる門扉(・・・・・・・・・)だ。

 つまり───!!

 そのとき、ブゥン! と、空気の震える音がした。

 それは見慣れた、死霊術のステータス画面だった。

 アンデッドを呼び出した際に現れるそれであり、エミリアの前に文字を連ねる。

 やっぱり───こ、これは…………!

 やはり、死霊術のステータス画面。
 ならば、彼らは死霊術の産物で、エミリアの愛しい死霊たち(アンデッド)?!
 
 あぁ……。

 ……来てくれた。
 来てくれたんだ!!

 やっぱり冥府の奥から来てくれた───!

 アンデッド。
 アンデッド……!
 アンデッド!!!

 私の──────愛しい、アンデッド!!

 エミリアの愛しい死霊たち。

 あぁ───やっぱり、来てくれたんだ!!




「ア────────────」




アメリカ軍
Lv0:合衆国陸軍(南北戦争型:1864)
スキル:歩兵(小銃(スペンサーライフル)拳銃(コルトアーミー)
    砲兵(鹵獲榴弾砲(アームストロング砲)連発銃(ガトリング砲)
    騎兵(騎兵銃(カービン)拳銃(スミスウェッソン)曲刀(サーベル))、
    工兵(マスケット(スプリングフィールド)拳銃(レミントン)爆薬(ダイナマイト)

備 考:南北戦争で活躍した北軍部隊。
    軍の急速な拡大にあわせて、
    輸入品や鹵獲品を活用している。
    制服の色は青。
    染料が安く入ったからとの説あり。
    南軍からみて、「ヤンキー」とは
    彼らを刺す蔑称───。

※ ※ ※:アメリカ軍
Lv0→合衆国陸軍(南北戦争型:1864)
   →合衆国海軍(南北戦争型:1864)
 (次)
Lv1→欧州派遣軍(第一次大戦型:1918)
    大西洋艦隊(第一次大戦型:1918)
Lv2→????????
Lv3→????????
Lv4→????????
Lv5→????????
Lv6→????????
Lv7→????????
Lv完→????????




 ……………………は?



 あ、
「…………アメリカ軍??」

ハッ(イエス)! 閣下(マム)!!!』


 指揮官然とした一人の青服の男が一歩進み出て手を前に翳して見せる。

 と、同時に───。

 ガガガガン!! 背後の男達は靴を鳴らして直立不動。

 
 は?

 え?

「はぁ?」


 いや、
 誰やねん?!


 エミリアも帝国軍も唖然とするのみ。

 アビスゲートからスケルトンが出てきても動じない帝国軍であっても、さすがに生身の人間が出てくれば驚く。

 彼らの背後には木製のスイングドア(・・・・・・)がキィキィと寂しげに鳴いており、今にも更なるアメリカ軍が出てきそうだ。

 っていうか──────『アメリカ軍』

 『アンデッド』じゃなくて???

 

 …………………………えええええええ?!


 エミリアには見えないだろうが、彼女の背中の死霊術の入れ墨はボンヤリと光っていた。

 ──────『ア&%$#』。

 『アンデッド』ではなく、『アメリカ軍』として──────。

 燦然と輝く死霊術の刺青に刻まれた文字。

 勇者パーティに切り刻まれ、ボロボロになったそこに、特殊インクが流れ込み文字が変化したらしい。

 『ア』しか読めない『ア&%$#』がぐちゃぐちゃにされたせいで『アメリカ軍』に?

 そんな例は聞いたこともない。

 もちろん、エミリアには背中の刺青が見えていないので分からない。

 きっと、彼女がそれを確認できるのは、この場を切り抜けた場合のみ。

 それが果たしてできるのか──────。

 愛しき死霊(アンデッド)が、米軍(アメリカ軍)に…………。

 『ア&%$#』は『アメリカ軍』に!!

 それは果たして、吉と出るのか凶と出るのか!!

 悲しく、
 寂しく、
 静かで、
 孤独な優しいアンデッド。

 それがどうだ。
 今はアメリカ軍。

 下品で、
 喧しく、
 圧倒的物量(チート)で、
 猛々しいアメリカ軍!!



 もう、全ッッ然違う───!!
 
 敢えて言うなら真逆の存在。

 アンデッドをむしろバンバン薙ぎ倒しそうな連中───それがアメリカ軍だ!!
 
「──────いや、アメリカ軍って……」


 ……何?!





 血だらけで満身創痍なエミリアが呟くも、そんな答えは誰も持ち合わせてはいない。

 いや、アメリカ軍ならば知っている──。

 この青い軍服の男達なら知っている!



ご命令を閣下(オーダー マム)!!』


 命令?
 命令ですって……?!


ご命令を(オーダー)
ご命令を(オーダー)
ご命令を(オーダー)!!』

 命令していいの?
 貴方達を頼っていいの?

 アンデッドの様に私を守ってくれる?


 アメリカ軍よ───……。


『『『ご命令を(オーダー)!!!』』』』

 いいの?

 言っていいの?!

 ねぇ、
 愛しき───アメリカ軍。

 いいのね?!



 なら……。




 ───……してよ。



 ───ろして……。





 殺して……!!





「───アイツらを殺してぇぇぇええ!!」

     『了解ッ(コピー)!!!!』

 エミリアは叫ぶ。
 力の限り叫ぶ。

 だからアメリカ軍は応えた!!
 ああああ、答えてくれた!!

   『『『了解ッ(コピー)!!!!』』』

 彼女の拠り所。
 そして、誇りであり、死者との最後の繋がりの死霊術───。
 エミリアに残った、最初で最後の宝物!!

 その死霊術の欠片すら変質してしまった。

 もう、エミリアには何もない!!!

 優しい家族も、
 敬愛する人々も、
 寄るべき魔族達も、

 帰るべきダークエルフの里も、

 勇者シュウジへの妄執染みた愛ですら、もうない!!


 何もない!!!
 何もない!!!

 何 も な い!!

 だけど!!!!!

 だけど、アメリカ軍が来た。

 アメリカ軍が、自分の言葉を寄越せと言ってきた!


 命令を(オーダー)
 命令を(オーダー)
 命令を(オーダー)

 ご命令を(ファッキンオーダー)!!!


 ───ならば(ゼェン)殺せッ(キルッ)!!


 殺せ(キル)!!

 奴らを殺せ(キル ゼム)!!
 帝国に(デス トゥ ザ)死を( エンパイア)!!
 人類に(リワード )報いを(マンカィンド)!!
 勇者たちに(ディストラクション)滅亡を( オブ ザ ブレイブ)!!

 神を(ディバァウ)食い破れ( ゴッッォド)!!!

「──あいつらを(キィィィル )殺してよぉぉおおお(ゼェェェッェェム)!」

了解、お任せを(サー イエッサー)!!』



「な、なんだこいつら!」
「ゆ、油断するな───死霊の類かもしれん!」
「一旦退けぇぇッ。総員、全周防御ッ!! 盾を全面に出せ」

 帝国軍は素早く動く。
 正体不明の敵にいきなり斬りかからないだけの分別はあるようだ。

 だが、それが命取りだった───。



命令する(アイ オーダー)! 私のアメリカ軍よ(マイ フォース)───」


 エミリアは真っ直ぐに立つ。
 アメリカ軍らの目を見て立つ。

 血が流れようと、激痛が走ろうと、裸体を晒そうと───立つッ!!


 すぅぅ…──、

奴らを、殺せッ(キル ユー)

『『『了解、閣下(アィ コピー)!』』』


 ズジャキ、ズジャキ、ジャキジャキジャキジャキジャキジャキジャキジャキッッ!!


 十数名の男達が一斉に杖を構える。
 まるでそれが武器であり、帝国軍の鎧を貫かんと言わんばかり───。

「ぬ?! 魔法使いどもか! 詠唱させるな───弓兵、射撃よ」



撃てぃ(ファイア)!!』


 ババババババババババババババッバン
 ババババババババババババババッバン
 ババババババババババババババッバン


「きゃぁ!」
 突然、耳をつんざい大音響!

 大抵のことに驚かないエミリアであっても、さすがに驚いた。
 まさか、炸裂魔法の使い手たちだったとは───。

 これがアメリカ軍?
 Lv0のアメリカ軍。

 ───合衆国陸軍なのか!?

 バタバタバタッとまるで見えない死神に命を刈り取られかのように倒れ伏す帝国兵。

「うぎゃああああああ!!」
「あーあーあーあーあ!!」
「目が、目がぁぁぁあ!!」
「だ、だれか、お、俺の足がぁぁああ!!」

 一方で、帝国軍は大混乱。
 一撃で、前列の盾持ちが全滅。

 オマケに指揮官もどこかに消えた。

 反撃どころか、腰を抜かしている奴らが大半だ。

 これがあの帝国軍?
 魔族を虐殺し、我が物顔でエミリアを弄んだ最強国家の兵ですって?!

前列、再装填(フロント リロード)!! 後列、援護(フォローバック)!!』
『『『了解(ラジャー)!!』』』

 男達は二列になっていた。
 いや、指揮官の男を含めれば三列か……。

 そして、一列目の男達が腰のポーチからソーセージの様なものを取り出すと端を噛み破り何やらゴソゴソを奇妙な動きをしている。

 一体何を?!

 早く帝国兵に追撃を───。

「ひ、怯むな!! 魔法が早々連発できるわけがないッ!」
「「お、おう!!」」

 いち早く立ち直った帝国軍。
 さすがに実戦経験者は違う───はやい!!

「「「突撃ぃぃい!!」」」

援護射撃(カバーファイア)!』
『『『了解ッッ(アイアイサー)!』』』

 チャキ、チャキ、チャキチャキ!!!

 前列は冷静に作業を続けていたかと思うと、後列の男達が腰から黒光りする拳銃を引き抜いた。

自由射撃(トリガーフリー)!! 撃て撃て(ファイアファイア)撃てぇぇ(ファイアァァ)!!』


 パンッ! 
 パパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパン!!

「ひゃあ!」

 エミリアの近くで再び炸裂魔法。
 さっきよりも小さいとは言え、連射力がすごい!!

「ぎゃああ!!」
「ぐぁあ……よ、鎧が?!」
「いでーいでーいでよおぉおお!!」

装填完了(オーキードーキー)!!』
ちゃちゃと撃てぇぇえ(ファッキン ファィア)!!』

 ズドドドドドドドドン!!!

 再び前列が火を噴く。
 もうその頃には、帝国軍は壊滅状態。

 突進してきた連中はズタボロになって転がっている。

 数少ない生き残りは、這う這うの体で逃げ惑う。

「た、助けてくれぇっぇええ!!」
「敵だ! 敵だあぁぁぁああ!!」

 占領された魔族城に飛び込む帝国軍。
 他の者は右往左往し、アメリカ軍に撃ち殺されている。

 だが、これだけ大騒ぎすれば帝国軍とて黙ってはいない。

 この地に残留する帝国軍は一個大隊約500名もいるのだ!

「死霊術だ!! あのガキが死霊を呼びやがった!!」

「出撃!! 出撃ぃぃぃいいい!!」

 城は蜂の巣をつついたような大騒ぎ──。

 そして城の正門から、雪崩を打って帝国軍が現れた。

「く……! なんて数!」

 さすがにアメリカ軍とはいえ、この数は─────!

 だが、アメリカ軍は不敵に笑う。
 彼らはいつの間にか数を増やし、ゴロゴロと荷車を転がしている。

ガトリング砲(ガトリングカノン)準備完了(スタンバァイ)!』
アームストロング砲(アームストロングガン)準備完了(ステェンバァイ)!!』

 ゴト、ゴトゴト、ゴトンッ!

 一見して妙な鉄の塊。
 破城追だろうか?

 鈍重で帝国軍の歩兵にはとてもかないそうにない───。

 そもそも歩兵相手に攻城兵器を持ち出してどうする?!

「無理ね……」

 ここまでか……。

 せっかく、一時でも自由になれたというのに、悔しい……!
 いっそさっさと逃げれば良かった───。

 死霊たち(アンデッド)の代わりに、アメリカ軍が現れた時点で───。

「でも、一瞬でもいい夢が見れた───胸がすいたわ、」

 ありがとう……アメリカ軍───。

目標正面(ゴールフロント)! 撃てぇぇえ(ファイア)!』

 破城追に取り付いた男がクランクをグルグル回し始めた。
 それが何になる?!

 もういい。
 もういい!!
 もういいのよ!!

 あとは、正門から沸きだす帝国兵に蹂躙されて終わり───。

 あなた達は帰りなさ


 パン……。

「ごぉあ!?」ドサッ───。

 軽い破裂音。

 そして、指向された何かが正門から雪崩出てきた帝国兵を打ち砕いた。

「───え?」

 パン、パパパン、パパパパパパパパパパパパパパパパパ!!

「「「ぎゃあああ!!」」」

「えええ?!」

 パパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパ!!
 パパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパ!!

「「「「ぎゃあああああああああ!」」」」

 一塊の暴力となって、エミリアを押しつぶさんと出てきた帝国軍一個大隊。
 そいつらがバタバタと倒れていく。

 血を噴き、頭を失い、手足を引きちぎられて倒れていく。

 パパパパパパパパパパパパパパパパパパ───! カチャン……。

再装填(リロード)!!』
援護射撃ぃぃぃ(カバーファイアァァ)!!』

 連射していたガトリング砲が上部からマガジンを交換している。
 その間隙を埋めるのが歩兵たちの小銃(スペンサーライフル)リボルバー拳銃(コルトアーミー)

 凄まじい笑顔を浮かべた男達が腰だめに構えた拳銃を連続射撃。
 さらには大威力のライフルが長射程をもって帝国軍をバキュン! バキュン! と撃ち殺していく。

『ハッハッハァァ!!』
『ヒィィィエァァァ!』
『ヒーーーハァァァ!』

 一応言っておくが、悲鳴ではない……。
 悲鳴なものか───!!

 こいつら───……。
 アメリカ軍は笑っている!?
 
 なんてこった……。
 これは、

 戦いの悦びに満ちた男達の叫びだッ!!


『『『『ヒャッハァァァアアア!』』』』


 バンバンバンバンバンバンバンバンバン!


 あれ程威容を誇っていたはずの帝国軍が何も出来ずに薙ぎ倒されていく。

 悲鳴も絶叫も、アメリカ軍の出す喧しい音にかき消される始末。

 そこに加わるガトリング砲の協奏曲(シンフォニー)!!


 パパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパ!!!


撃て撃て(ファイアファイア)撃て撃て(ファイアファイア)撃て撃て(ファイアファイア)撃て撃て(ファイアファイア)───撃ちまくれぇぇぇえ(マザーーーファッカー)!!』

 
 イィィィィエェェアァァアアアア!!


 嗅いだこともない香りが鼻腔を刺激する。
 エミリアは足の激痛も忘れて茫然と立ち尽くすしかない。

 アイツらを殺せとは言ったが……。これほどとは───!?

「だ、ダメだ!! 逃げろッ!」
「出撃した連中は忘れろッッ! 早く中に入れッ!!」

 遂に壊乱した帝国軍一個大隊……。いや、今は一個中隊くらいか?

 城に逃げ込んだ連中は、無情にも城外にいた連中を締め出す。

「よ、よせ! 開けろ!!」
「開けろ。開けろッ!」

 どんどんどんッ!

「貴様ら、ワシのために盾になれ! 早く開けんか───ワビュ」

 ブシュウと、豪華な身なりの城主が撃ち倒される。
 アメリカ軍の無慈悲なことといったらない!!

 もう、だれかれ構わず、動く帝国軍は全て敵だと言わんばかり───。

『HAHAHAHAHAHAHAHA!! いよぉし(グッメェン)敵の(コンフォーム)拠点確認(エネミィベース)アームストロング砲(アームストロングガン)───撃てぇぇぇ(ファィアァァ)!!』

『『了解ッ(アイアイサー)! 撃ちます(ショット)!』』

 ガキン───……。

 ズドォォォォォオオオオン!!!!



 大音響ッッッ!!
 空を圧せんばかりの大音響!!

「ひぃぃぃっぃぃい……」

 さすがにこれはエミリアも腰を抜かした。

 今までの轟音が川のせせらぎに思えるほどの大音響!
 アメリカ軍が準備していたもう一個の破城追が、なんと火を噴いた。

 火?!
 いや、火なんてものじゃない!!


 あれは(いかずち)だ!!!


 ヒュルルルルルルルルル…………。


 ルルル──────。




 ヅバァァァァァァァアアアアン!!!


「「ぐああああああああああ!!」」

 そして、爆発!
 強固なはずの城の正門を、文字通りぶっ飛ばした!!

「あわわわ……」
 エミリアですら腰を抜かす威力。

 中に入って一安心、と思っていたであろう帝国兵が粉々に砕け散った。

行けッ(レッツゴー)!! 行けッ(レッツゴー)!! 行けッ(レッツゴー)!! ダイナマイトを(インストォォォル)ぶち込んでやれ(ダイナマァァアイト)!』

『『『了解ッ(アイアイサー)!』』』

 肩掛け鞄を担いだアメリカ軍が身軽になって駆けていく。
 あっという間に魔王城の正門後に取り付くと、加えていた紙巻タバコに、線のようなものをおしつける。

 遠くにいてもジジジジ……という、どことなく不安にさせる音が響いてきた。

爆発(ファイア インザ)するぞ( フォォォオオルド)

全員伏せろぉぉぉおお(オールダァァァアウン)!!』

 駆けていったアメリカ軍が急ぎ足で戻ると、指揮官に報告。
 指揮官は今までで一番大きな声で周囲に怒鳴る。

『『『全員伏せろぉぉおお(オールダァァアウン)!』』』

 そして、楽し気に銃を乱射していたアメリカ軍もコレには素直に従うらしい。

 無様に見える格好で、全員が地べたに這いつくばった。

 エミリアは砲撃のあと、腰を抜かしていたがそこにアメリカ軍指揮官が覆いかぶさるとその体でエミリアを守った?

「え? きゃ!?」

 突然地面に押し倒され、可愛い悲鳴をあげるエミリア。
 反射的に、指揮官を押し返そうとしてしまう。
 
 それは今までの経緯からすれば仕方ないことだが、指揮官は真剣そのもの。

 一見間抜けに見えるも、口を開けて耳を覆っている。

 だが、エミリアがボケッとしていることに気付いた指揮官は、自らの手でエミリアの長い笹耳を覆った。

『口を開けて、腹に力をいれなさいッ』

 え?
 な、なに?

 だが、意味が分からずボンヤリしているエミリアに再度指揮官は言う。

 口を開けろ。
 腹に力を入れろ、と──。

 言われるままに口を開けた途端────。





 チュドーーーーーーーーーーーーン!!!





 城が大爆発した──────……!

第8話「合衆国陸軍騎兵───追撃!」


 チュドーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!!!!!


 人生初体験となる、お城大爆発を経験したエミリア───。

「あわわわ……」

 これには豪胆なエミリアも、さすがに驚いた。
 あの堅牢な魔族の城が一撃で崩れたのだ。
 当然の反応だろう。

 まるで火山の様に火を噴き、ゴウゴウと燃え盛る旧魔族の城。

 バラバラと構造材を撒き散らし、帝国兵だったものを満遍なくローストにしていた。

 アレでは生き残った者はいないだろう。

 たったの一発で───??
 エミリアは呆然とそれを見守る。

 ゴウゴウと燃え盛り、もはや黒焦げなった帝国兵が断末魔の叫びをあげながら飛び出してくる様を見つめる。

 あぁ……魔族の城が燃えていく───。
 燃えおちていく───。

 あぁ、魔族の象徴が──────……。

野郎ども(ゲラップ )起きろッ(バスターズ)! 追撃するぞッ(ウィル パシューズ)

 カッポッカッポと、蹄を鳴らして馬が指揮官にすり寄った。
 この爆発の中でも、よく訓練された馬は平気だったらしい。

 人間なら、誰もが腰を抜かすと言うのに───。

騎兵準備(キャバリィ )よし(レディ)! 行けます(ウィ キャン ゴォ)───』
いいぞ(グッメェン)! 突撃ぃぃいい(チャーーージ)!!』

 な、なにを?


 あ!!!!


 騎馬たちが物凄い勢いで走り出したかと思うと、その先には帝国軍の生き残りがいた。

 いや、違う!
 奴らは生き残りじゃないッ。

 近傍を巡回していた動哨だろう。
 殺戮した魔族の首を誇らしげに馬の鞍に結びつけてやがる!!

 アイツら──────!

 巡回の帝国騎兵は城が燃え落ちる姿に呆然としていたが、危機管理はできているらしい。
 アメリカ軍の数とその気配を敏感に察知すると、踵を返して逃げ始めた。

「くそ───逃げるのか?!」
 帝国軍の連中は、騎馬とはいえその数は少ない。

 今しがた追いかけていったアメリカ軍の騎兵隊より少し多いくらいか───。

 いや、
「まって、私も行く───!!」

 エミリアがヨロヨロと起き上がると、指揮官が手を差し伸べた。

前に(イン フロント)

 エミリアは、散らばる剣を一本拾うと、剥き身のまま騎馬に跨る。
 未だ裸体を晒したままだが、それどころではない───。

 ボロボロになりつつも輝く死霊術の刺青に気付かぬまま、アメリカ軍と共に駆ける。

 駆け抜ける──────!


 さようなら。
 お城───。魔族、ダークエルフたち。

 そして、私の家族……。


 ゴウゴウと燃え盛る魔族の城はいずれ崩れ落ち、その周囲にばら撒かれている魔族の遺体も燃やし尽くしてくれることだろう。

 どこかにある、エミリアの両親とダークエルフ達の亡骸すら区別なく───。


 ドドカッ、ドドカッ!!


 猛烈な勢いで駆けるアメリカ軍騎兵は、すぐに帝国軍の巡視隊に追いつく。

 帝国軍騎兵───彼らは城のあり様をみていたので、全速力で逃げる!
 ───も、アメリカ軍の方が早い!!

 馬の質というよりも、装備と覚悟の差だ。

撃てッ(ファイア)! 背中からでも(ウィ キャン ショット)構わんから撃てぇぇ(ゼェァ バッァァクス)!!』

 アメリカ軍騎兵隊は指揮官騎を入れて10騎。
 一方で帝国軍巡視隊は20騎。

 数の上では優勢だが、アメリカ軍に危機感はないッ!!

 男達は足だけで体を支えると、スチャキと魔法の杖(騎兵銃)を構える。


 ッッパァァァン!!


「ぎゃあああ!!」

 一騎落馬───!

 落ちた帝国兵を無造作に轢断しアメリカ軍は追う。

 パパッパパパパパン!!

 更に追いついた先では、騎兵銃(カービン)から拳銃へ。

 パパッパパパパパン!!
 パパッパパパパパン!!

 そして、その連射力で帝国軍を次々に撃ち落とす。
 その技量は神技クラスだ!
 
 都合、落馬5騎!!

「くッ!───ジェイク、サンディ、ガーランズ! 反転して足止めしろッ!!」

(───はッ! 足止めのつもりか。逃がすものかよッ!)

 帝国軍の指揮官は、仲間を捨て石に自分だけ助かろうとする。

 もちろん、死に体の部隊でそんなことに従う義理はないが、帝国軍では抗命罪は死を意味する。

 だから、足止めを命じられた彼らはここで死んだも同然。

 ジェイク、サンディ、ガーランズとやらは覚悟を決めて反転する。

 どうせ死ぬなら軍人らしく──────。

 パパパパパパパパン!!

「あーーーーーーーー!」
「うぎゃあああ!!」

 そして、覚悟は2秒で潰えた。

 落馬さらに3騎!!

総員(オールメン)抜刀( ソードプル)!!』

 指揮官の声にアメリカ軍騎兵隊がサーベルをシュラン、シュラン! と鞘引く。

 ギラリと輝く白刃が魔族の地に映えた。

 彼らはそれを肩に担ぐようにして一気に加速すると、帝国軍の騎兵に追いつきすれ違いざまに切り裂いた!!

突撃ぃぃぃい(チャァァァアジ)!!』

「ああああああああああああ!!!」

 切り裂かれた兵の首が、叫びながら大地を転がる。
 それを後続の騎兵隊が踏みつぶし、更に追撃。

 容赦のない一撃が、彼らを殲滅していく!

 アメリカ軍10騎の突撃で、帝国軍10騎を殲滅──────残り一騎!!

 指揮官騎のみ!!

『『突撃ぃぃいい(チャーーーージ)!!』』

 勇ましく突進するアメリカ軍騎兵!

 だけど──────。

 まてッ!!
 待ってちょうだい!!

 あれは……。
 あれは!

 あれは───!
「───あれは、私の獲物だぁっぁああ!」

 騎馬突撃の勢いを生かしたままエミリアは跳躍する。
 激痛の走る足に鞭打ち、最大の一跳躍ッ!

 慣性の法則を得て、踏み込みの一足を加えた高速をもって──────帝国軍の隊長騎に飛び掛かった。

「ちぃぃぃいい!! 売女がぁぁぁぁぁあああ!!」

 さすがに逃げ切れないと判断した帝国軍の隊長は、剣を引き抜くと、エミリアを迎撃しようとするが───。

 は!
 舐めるるなよ、人間!

「───貧弱ぅぅぅうう!!」

 ダークエルフの膂力は、伊達じゃないッ!


 パッァキィィィィィイイイン!!
 ───ズバァァァア!!

「ぎゃああああああ!!」

 膂力と速度の合わさったエミリアの一撃が隊長を切り裂き、剣を折り、そして馬から突き落とす。

 痛々しい裸体のまま、エミリアは隊長の身体をクッションにして、ズザザザザー! と地面を滑る。

「ダークエルフを舐めるなぁぁぁあ!!」
「ひぃぃいいいい!!」

 わざと急所は外したので、落下の打撲か骨折。
 それと、小さな切創くらいなものだろう。

 落下の衝撃が消えたのを見計らって、エミリアを隊長に跨ったまま剣を振り上げるッ。


「や、やめろぉぉぉぉおおおお!!!」

 やめろだと?!
 やめろだぁ?!

 はッ──────ふざけろッ!!

 お前らは、
 お前らは!
 
「───お前らは、そう言われて止めたのかよぉォぉお!」

 エミリアは叫ぶ。
 全ての理不尽に慟哭しながら───!

「私たちを弄び、切り裂き、八つ裂きにしておいてぇぇぇえ──────」

 積み上げられる魔族の死体と、
 ぶちまけられた(はらわた)とぉぉぉおお、
 皆の頭の転がる音とぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!

「や、やめ!! うわぁぁぁぁぁぁああああああああああああ!!」

 思い知れぇぇぇぇえええ!!

「ひぃぃいいいい!!」

 グサッ──────。

「ひ、ひぃ?」

 剣は──────……。
「───今だけ(・・・)は、やめてやるよぉぉぉおおお!!」


 ゴキィ!!


 エミリアは剣を隊長の頭の傍に突き刺し、代わりに強烈なパンチを鼻っ面にお見舞いしてやった。

 メリメリと拳が沈み込み、鼻底骨が砕けたのだろう。
 プクプクと血の泡が隊長の顔から噴き出している。

 だが、殺さなかった──────。

 まだ、殺しはしない。


 まだな(・・・)!!!!!

第9話「復讐への道のり」

「起きろッ───!」

 エミリアは、気絶している隊長をさらに殴って無理やり覚醒させる。
 ぶん殴ってから数秒と経っていない。

「ぐぇぇええ……。ひ、ひぃ!!」

 意識が覚醒した隊長は、目の前に裸体を晒したボロボロのダークエルフが立っていることに恐怖した。

 散々、犯したあげく、ボロボロになるまで甚振った、魔族の英雄───死霊術士の少女がそこにいることに。

 美しく、儚げで可憐な少女。
 彼女は素っ裸だが、それを注視しているどころではない。

「よ、よよよよ、よせ! お、おおおお、俺は何もしていないッ、何も!!」

 もちろん嘘だ。

 魔族を散々切り刻み、エミリアにも散々ねちっこく犯して、性を注ぎ、必要のない執拗な暴行を加えた。

 それこそ、何度も何度も───。

「黙れぇぇぇえ!」

 ズバァ! と剣を振るわれたことに恐怖する。
 だが、生きているので、恐る恐る目を開けると、ポトリと何かが落ちる───……。

 見覚えのある、なにか。

 ひぃ!
「───み、耳がぁぁぁああ!」

 突然側頭部に激痛を感じた隊長だが、それ以上叫ぶことも許されなかった。
 ピタリと冷たい刀身が、もう一方の耳の上に宛がわれているのだ。

「聞かれたことだけに答えろ……」
「は、はい」

 コクコクコクと壊れた人形のように首を振る隊長。
 例え、何を聞かれても取りあえず話すことにし、ヤバイ案件は嘘を言えばいいと───ぎゃああああああああ?!

 更に耳を切り落とされる激痛に、全身から脂汗が噴き出した。

「……今さら、嘘を聞く気はない───私が嘘と判断したら(・・・・・・・・・)それは嘘だ(・・・・・)

 そ、そんな!

「知らない場合も嘘と同義だ──頑張って思い出して、洗いざらい情報を吐くんだなッ」

 そんなぁぁぁぁああ!!

「では、聞くぞ──────まずは、勇者たちの居場所を教えてもらおうか……」

 そう、
 エミリアを嬲り、死霊術を奪い、魔族と家族とダークエルフ達を殺した勇者たちの居場所を!!

「し、知らな───ぎゃぁぁああああああああ!!」

 エミリアに容赦はない。
 情けも許容もない。
 だからやる。
 いくらでもやってやる。

 なんたって、人間だ。
 同胞を笑って殺しやがった人間だ。

 そして、人間の身体は嫌になるくらい丈夫な時がある。

 ───そうだろ?

 こんなふうに、切り離しても無事な部位もある!!

「ぎゃぁぁぁぁあああ!!」

 耳がそうだし、
 鼻や目、唇に歯。そして四肢と指と爪ぇ!

 もちろん、放置すれば死んでしまうだろうが、知った事か!!



 吐けッ。
 吐けッッ!!



 アイツらの居場所と、お前らの急所を教えろぉぉぉおお!!!





 ぎゃああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!


 ※ ※

 カラーーーン。

 エミリアは真っ赤に染まった剣を放り捨てた。

 周囲には指やら耳やら……。

 かなり時間がかかったが、聞きたいことは聞きだせた。
 その全てが真実かは知らないし、今は知りようがない。

 だが問題ないだろう。
 幾つかの、信憑性の高い話には当たりがついた。

 それを元に、徐々に近づいていけばいい。

 帝国の賢者ロベルト!
 森エルフの神官長サティラ!
 ドワーフの騎士グスタフ!

 裏切りもので、薄汚いルギア!!
 ハイエルフで私の義妹のルギア!!
 両親とダークエルフ達の仇のルギア!!

 そして、勇者シュウジ──────!!!

 首を洗って待っていろッ。
 必ず殺してやる!
 皆と同じ目をみせて殺してやる!

 お前たちのような人間は、ただ死ね!!
 後悔、反省、謝罪もいらない───!!
 
 死ね!
 死ね!!

 ただ、ただ死ね!!

 そして、私が殺してやるッッ!!

「───うぉぉぉぉおおおおおおおおお!」

 魔族終焉の地でエミリアは慟哭する!
 四人と帝国と人類に復讐せんとして!

 そして、待っていろ!!
「……私の勇者よ──────!!」

 愛しているよ!!
 そうだ、愛している!

 こんな目にあっても愛している!

「愛しているから、必ず殺してやる!!」
 
 魅了の力のためか、シュウジに対する愛は確かにある……。
 あるが、それを塗りつぶせるほどの殺意があった。

 愛ゆえの殺意。
 奪われた故の殺意。

 きっと、きっとだ。

 ───きっと多分。
 勇者とルギアが結婚するという話がなければ、最後までエミリアは彼を信じていた気がする。

 どれほど愚かであろうと───。
 それが魅了された者の末路。

 それほどに、勇者のかけた洗脳は強力なのだ。

 だが構わない。
 愛した男を、愛する男を、愛のために殺そう───。

 そして、帝国を滅ぼし、人類を生物の頂点──その座から引きずり落としてやるのだ。

 エミリアの復讐は今から始まる。
 今から始める───。


 そう、今からな!!


「ぐぐぐぐ……。だ、ダスゲテグデ……。全部喋っただろ? な、なぁ」

 …………ふふふふ。
 そうだね、まずはコイツが手始めだ。

 血だらけのまま、裸体を真っ赤に染めてエミリアは隊長の前に立つ。

「ほ、ほら……! ま、まだ俺の助けがいるだろ?! か、金も払おう───馬も持っていけ! なぁ?!」

 なあ!?
 なぁ?!

 ユラリと、幽鬼の様に立ちふさがるエミリア。

 薄い胸。小さなお尻。
 灰色の髪と赤い目の褐色肌の少女。
 隈の消えない眠たげな表情。

 だが人類とは違った、美しいダークエルフの女死霊術士───……。

 いや、今は違う。
 もう……死霊術はない───。

 あるのは背中の刺青が変質したアンデッドマスター改め、アメリカ軍マスター。

 『米軍術士』のエミリアだ!!

 ゆら~りと、一歩。
 
「よ、よせよ……。や、やめろ! やめろぉぉおー!」

 剣を拾おうとするエミリアに、不穏な空気を感じた隊長が叫び懇願する。

「頼む! 頼む!!」

 魔族を殺しておきながら、凌辱しつくしたエミリアに命乞いする。

「お願いだ!! 俺には家族がいる!! 老いた両親と、幼い娘が!!」

 そうだ。
 家族がいる。

 誰にだっている───。
 私にもいた!!

 そう、
「───私にも家族がいた!!!」


 それを殺したのは、
「──お前らだろうがぁぁぁぁああああ!」

 積み上げられた同胞の死体と、
 血の溢れる(はらわた)と、
 子供の頭と、皆の屍とぉぉおおおおおお!

「───家族がいるから見逃せ?!」
 だったら、魔族全員を見逃したのか?!

「家族がいたら、命乞いを聞いたのか!?」


 聞いてないんだったら───。


「───そんなことは知るかぁぁあああ!」
 
 私の家族は殺された!!
 私の目の前で殺された!!

 殺された家族の前で犯され、
 嬲られ、
 愛しいアンデッドを奪われた!!

 同胞たちは皆殺しにされたぁぁぁああ!!


 ───こんな風になぁぁああああ!!


 ルギアに首を折られた、両親の姿がフラッシュバックし、エミリアは激高する。

 ───ガシィ!!

 そして、哀れに命乞いをする隊長の首掴むと、ダークエルフの膂力をもって─────ボキぃぃぃいい!!

「ぶぴょ……!」



「これが家族を奪われた者の痛みだ!!!」

 ───思い知れぇぇぇぇえええ!!!

 ブクブクと血の泡を吹き出し、力なくしゃがみ込む様に息絶えた隊長。

「はぁ、はぁ、はぁ…………!」

 エミリアはその前で荒い息をつき、倒れ込む。

 失血のため、しかもその上で激しい動きをしたものだから、体が急速に冷えていた。

「まだだ……。まだ死ねない───」

 そうだ。
 アイツらを全員殺して、同じ目にあわせてやるまでは死ねない───。

 帝国全部の死体を積み上げ、山を作らないと死ねない……!

 だが、エミリアは自分が長くないことも知っている。アビスゲートに食わせた魂と、変質した死霊術に与えた魂。

 きっと余命はもう、いくらも残っていないだろう───。

 長命種たるエルフ族。
 だが、肝心の魂が欠ければ同じようにに生きれるはずもない。

 明日か……。

 今か……。

 それとも、一年、二年──────百年か。



 あ──────?

「ふ、ふふふふふふ……」

 うふふふふふふふふふふふふふ。

「あははははははははははははははは!」

 なんだ、簡単じゃない。
 いつ死ぬか分からないなら、
「……今までと同じ、じゃない───」

 エミリアの周囲には集合したアメリカ軍がいる。

 あーーーーーそうだ、そうだ。

 彼らがいる。

 愛しいアンデッドとは真逆の存在だが、頼もしく、強くて、陽気で、愛しいアメリカ軍が───。

「愛しい、アメリカ軍よ───……私とともに逝こう」

『『『『『ハッ、閣下(イエス マス)!!』』』』』

 ババババッ!
 右手を顔の横に掲げる奇妙な仕草。

 だが、統制された動きは軍隊のそれで、一種の美しさがある。

 それを倒れ込んだまま、敬礼を受けるエミリア。
 
 そして、殺しも殺したり……。

 帝国軍の一個大隊を、エミリアとアメリカ軍だけで、殺したのだ。

 当然、術のLvが上がっていることだろう。

 その甲斐あってか、アメリカ軍との繋がりが深くなり、アンデッドを使役していた時の様に彼らの感情や知識がエミリアに流れ込んでくる。

「─────ふふふふふふふふふふふ……」

 ふははははははははははははははははははははははははははは!!

「あははははははははははははははは!!」


 まずは──────ロベルト!!

 ……お前だッッ!!

「首を洗って待っていろぉぉぁああああ!」

 アメリカ軍によって抱き起されるエミリア。
 死んだ帝国軍の隊長からマントだけを剥ぎ取り、体に纏う。

 黒き、血塗られたマントを───。
 漆黒の闇を纏うように…………。

 エミリアは征く。
 アメリカ軍とともに。

 彼らから、簡単な治療ではあるが、アメリカ軍から鎮痛剤と止血処置を受け、ボロボロの身体で馬に跨る───。


 ───さぁ行こう。


 魔族にとっては、失われた大地───。

 人間たちにとっては安住の地。
 そして、勇者たちが住む国へ───……最強国家の『帝国』へと。


 カッポ、カッポカッポ……。


 エミリアはダークエルフとしては、恐らく何百年ぶりに北の大地を出る一人だろう。

 もちろん奴隷や商人を除いてだが……。

 もっとも、彼らとて今は生きてはいまい──────。




 だって、
 エミリアは最後の魔族なのだから……。




 寄り添うアメリカ軍が、スゥ───と消えていく。
 ひとり、また一人と。

 馬に揺られながらエミリアの意識は失われ、馬の本来の主が向かっていた場所に向かうのみ。

 良く訓練された馬は、馬上の人影に気遣いゆっくりゆっくりと──────。








第1話「はじまりの街」

 ざわざわざわ……。
 
 わいわいわい……。


 帝国最辺境の街。通称「最北の街、リリムダ」

 ここはにわかに沸いた戦争景気で潤っていた。
 以前は小さな商店と稀に来る行商が高値で品を売るくらいの街だったのだが、つい最近集結した「魔族討伐戦争」のお陰で活気づいていた。

 帝国の最北の人類領域ということで、ここに当初は大規模な補給処と軍の集結地が設けられていたのだ。

 そのため、軍人やらそれらに商いする酒保商人やらで一気に経済が膨れ上がり町の規模は三倍以上に膨れ上がっていた。

 そして、戦争が終結してそれで終わりかと言うとそうではない。

 さらなる経済圏が北に生まれたのだ。

 元魔族領───北の大地が帝国の支配地域に含まれることとなり、その地域の開拓のための中継地点としてリリムダは更にさらに潤っていた。

 未だ旧魔族領を往復する軍人も多数いるし、気の早い商人やら、資源探索の山師らが大挙して押し寄せていた。

 建物は増築に次ぐ増築。
 商店は開店に次ぐ開店。

 人足はいくらいても足らず、また彼らに提供する食料品の増産と提供で経済がグルングルンと周り、様々な店も増える。

 そして、建築資材は供給しても供給しても追いつかず、旧魔族領に分け入り木を切り倒すものを出る始末。
 未だ魔族の残党が出没する危険を冒してでも、稼ぐ価値はあるのだ。

 人々の顔は明るく、軍人達も勝利の余韻で朗らかだ。

 人の気持ちが明るく鳴れば財布の紐も緩くなる。
 女を買うものもドンドン金をばら撒くし、ばら撒かれた金は街の隅々にまで行き渡る。

 人々は言った、
「あーーーーー!! 戦争万歳!!」
 
 帝国の辺境。最北端の見捨てられた街リリムダは息を吹き返し、北の土地では一、二を争う規模の街へと変わろうとしていた。

 まだまだ、まだまだ!
 まだまだこの街は発展する。

 魔族の地は新資源の宝庫。

 燃える水、オリハルコン、ミスリル。
 希少な資源が唸るほど眠っているそうだ。

 だが、悲しい出来事もある───。

 時折取引していた魔族の商人は全て捕らえられ、魔族の奴隷もすべて処分された。

 あの美しいダークエルフや、可愛い可愛いサキュバスといった種族も街の隅でひっそりと殺され骸を晒している。

 帝国のお達しなのだから仕方がない。

 行方不明になっていた『至高のエルフ』で、この世界で唯一ハイエルフ様も率先して魔族を処分せよとお達しを出している。

 彼女は魔族の地に囚われていたというのだから、憎しみもひとしおなのだろう。
 だから、町の人間は悲しみながらも奴隷を処分した。

 お気に入りもいたので実に悲しい……。

 北の大地で暮らすもの同士。
 本来なら、魔族と距離の近いこの街ではさほど魔族に対する忌避感はなかったのだが、仕方ない……。

 あぁ悲しい。

 娼館にいた魔族の奴隷らは、無茶苦茶に使い潰されてから───ボロクズのようになって用水路に棄てられている。

 どうせ処分するならと、娼館やら奴隷商人は安値で街に供給した結果だ。
 
 長く保持できないので、本当に捨て値で売られた。
 今も、街のあちこちで魔族の女たちや商人の悲鳴があがる。

 あぁ、悲しい……。

 人々は笑顔のまま悲劇を語り、今日も明日も発展すると心に決めた──────。

 そう、今日のこの日を迎えるまでは……。

 ※ ※

「ん?」
 引っ切り無しに出入りする人のチェックしていた門番は、妙な気配を感じ川を見た。
 その方向には北の大地から流れる大河がある。

 水は美しく、魚が多い。
 豊かな恵みをもたらす命の川だ。

「おい、なんだあれ?」
「あん?」

 ポンポンポンポンポンポンポン……。

 耳慣れない音が上流から近づき、大きな塊が流下してくるようだ。

 その塊が向かう先には町の門がある。
 陸用の門と、河川用の水門だ。

 このリリムダの街にはいくつかの門があり、それぞれ主要な街道と接続されている。
 南北に広い街の出入りを司る、それ。
 それが帝国首都に繋がる「南門」と旧魔族領に近い「北門」だ。

 そして、街の中心をぶった切る様に流れる大きな河川にも当然のことながら門がある。

 河川の流れ───それを塞ぐようにしてある水門式の河川交通路。
 どちらも街の経済の中心だ。

 陸路は、徒歩と馬で軍人と商人を運び。
 水路は、舟と風で軍人と商人を運ぶ。

 そして、たまに哀れな魔族が駆け込んでくる───。
 戦争被害から逃げてきたという連中だ。

 少しなりとも、魔族と交流のあったリリムダの街なら助けてくれるかもしれないという、微かな希望に縋って……。

 もちろん、助ける義理はない。

 男ならその場で処分し、見目のいい女は安値で娼館に卸され使い潰される。

 だが、まぁそれも途絶えてきた。
 旧魔族領で活動する帝国軍の掃討作戦は、かなりうまくいっているのだろう。

 それはそれで結構なことだが、魔族の女を犯したり、最安値で買うこともできず、ついでに彼らが必死で担いできた家財を奪うことも出来ないのは少し残念……。

 そういえば、昨日捕まえた魔族の難民の女はたったの一人。

 そいつは門番連中で楽しみ、今はそこの草影で冷たくなっている。

 イイ女だったよ?

 でも、やっぱり数が減ってきた───。
 それはそれでつまらない……。

 やっぱり、あの女をもう少し生かしておいても良かったかもなーと、門番の男達はそう考えていた。

 ポンポンポンポンポンポンポン…………。

 そうこうしているうちに、川から近づく塊がドンドン近づいてくる。
 かなりデカそうだ。

 それにしても、川からとは珍しい。

 デカい塊は、不安定に触れるでもない様子で真っ直ぐに街に向かって来ていることから、船だろうとあたりがつく。

 帝国軍のものではないし、帆も立てていないので魔族の難民がのった避難用の(はしけ)かもしれない。

 ツルンと下表面からして、なにか布のようなもので船体を覆っているようだ。

「おい! 見えるか! ありゃなんだ?」
「分からん!! デカいぞ、かなり」

 ポンポンポンポンポンポンポンポン……。

 水門上の見張りが目を凝らして確認している。
 万が一に備えて門番たちは増援を呼び備えておいた。

 明らかな不審物に対しては順当な考えだろう。
 経済規模が膨れ上がったがために、不埒なことを考える連中も多い。
 盗賊やら、傭兵崩れやら……。それに魔族軍残党の可能性も無きにしも非ず……。

「矢をつがえておけ! 魔法使いも呼んで来い!」

 水門上に上がった門番長が険しい顔で、川の上を睨んでいる。

 魔王使い? そんなに危険な事態か──これ?

 若い門番たちは事態が全く深刻だとは考えていないらしい。弛緩した様子で槍に寄りかかり、雑な感じで入門者と出門者をチェックしている。

「見ろ! 川岸で停止したぞ───…………誰か出てきた!」

 目に見えるほどの距離に近づいたそれ───。

 のっぺりとした船体は鋼鉄の輝きを誇っており、尖った船首とそこから船尾まで盛り上がった小山の様に上部を覆う鉄のキャンバスを被った妙な──────船だった。

 負のの上部からは煙突の様なものが伸びており、そこから黒煙を吹き出し「ポンポンポンポン!」と軽快な音を立て続けている。

「な、なんだありゃ?!」
「わ、分からん───ま、魔法使いを呼んでくる!」

 さすがに異様な事態に気付いた門番のうち何人かが自警団事務所に飛んで帰り魔法使いを呼びに戻った。

 ───決して逃げたわけではないと思う。

 アレが何かは知らないが、さすがに郊外に駐屯している帝国軍に出張って来てもらうほどの事態ではないはずだ。

 リリムダの町の門番が、水門とその横にある陸用の門の前でワイワイと騒いでいるうちに、船から一人の小柄な人物が出てきた。

 フード付きの帝国軍のマントをスッポリかぶった─────……子供?

「止まれ!!」
「何者だ!!」

 帝国軍のマントとはいえ、鎧を着ているわけでもなく帯刀しているわけでもない。
 マントだけの不自然な人物───。

 線が細く小さな人影。

 不意に、揺れるマントが体にピッチリと付いた時に、布地の部分から女性特有のふくらみが浮かび上がった。

(女───?)

 槍を構える門番を無視して、そいつはテクテクと歩き、スゥ……とフードの奥からリリムダの街を見た。

「そこを退いて───……門を開けなさい」

 スとマントから伸びる手が水門を差す。
 開けろと言うのだ。
 
 マントから出た手は小さく、まるで少女の様に細い。
 そして、特徴的な褐色肌……。

(こいつ……魔族か?)
(多分な、ダークエルフか何かだろうさ)
(ちょいとガキっぽいが、女か───悪くないかもな)

 ヒソヒソと話す門番たち。
 ダークエルフは美形が多いのだから、考えつく事は全員似たような物だ。
 そのうちにゲスな思考に囚われたらしく、ニヤニヤと厭らしい笑いを浮かべ始めた。

 彼らからすれば、魔族なら最終的には殺してしまおうと……、女で見目のいいものなら隠してしばらく「飼おう」と考えていた。
 クソを食わして、散々に犯しつくしてやろうと……。

 だから重要なのは「容姿(見た目)」───年齢なんぞ知るか。

「怪しい奴! フードをとれ!」
「……いいから、門を開けなさいッ」

 少し強めの口調で詰問しても、開門を要求するのみ。
「野郎、舐めんじゃねぇぞ!!」
 らちが明かないと判断した門番は、槍の穂先でフードを剥ぐと言う暴挙に出た。

 一歩間違えれば、槍で顔を傷つけてしまうと言うのに───。

 バサッ!!

 乱暴に剥ぎ取られたフードの下。
 そこにあったのはやはりダークエルフ!!



 ───そう、エミリア・ルイジアナだ。



 赤く濁った瞳は三白眼。
 灰色で油じみた髪は白さが際立つ。
 目の下には深い隈が刻まれ、とれない。
 長い笹耳はあちこち擦り切れており痛々しい、よく見れば顔も酷い暴行を受けたのか傷が多く、目の上も少し腫れている───。

 体つきは少女と見まがうほどに貧相で不健康そう。

 だが、エルフ基準的にはさほど美人ではないのだろうが、人間基準で言えば実に美しい部類だろう。

 怖気を振るうほどに冷たい目つきを気にしなければ、十分に門番たちの獣欲を満たしうる───。

(お、悪くねぇ!)
(うまそうじゃねぇか!)
(小さいのも好きだぜ、俺ぁよぉ!)

 ヒヒヒヒと笑う男たち。
 すぐに捕まえるか、騙してどこかの家屋に連れ込むか───その二択しかない。

 今殺す理由は特に見当たらず、まずは味見がしたいと門番たちは舌なめずりをした。

 だが、すぐに捕まえるのは危険かもしれない。 
 なにせ、ダークエルフの膂力はドワーフに次ぐと言われるほどだ。

 死に物狂いの抵抗をされてしまえば、門番たちにも被害が出る。
 それくらいなら親切顔で騙してやれ───。

 どうせ、こいつもこの小汚い様子を見れば難民だとアホでも気づく。
 それにどうみてもガキだ。チョロいぜ……。

 門番たちは顔を見合わせると、コクリと頷き合う。実に手慣れているのだ───。

「これは失礼───。最近盗賊が多くてね。お嬢さんの様な人なら問題ない」
「ようこそようこそ、どうぞリリムダの街へ」
「長旅でお疲れでしょう。こちらの休憩所でお休みになりますか?」

 休め……そして、二度と解放しないけどな!!
 たっぷりと可愛がってやるぜ!!

 ぐひひひひひひ。
 そう男達は笑っていた。

 魔族の連中は、未だリリムダの街で受け入れられると思っているらしい。
 旧魔族領では帝国側の情報が一切入らないのだろう。

 だから逃げ込んでくる。
 この少女も同じこと───。

 だが、
「………………酷いことを───」

 あ!
 しまった……!

 少女が屈みこみ、草地で冷たくなっている魔族の女性の目をそっと閉じていた。
 まずいことになったと思ったが、そのころには門番たちはすぐに方針を変更した。
 いっそ、とっ捕まえてやれ、と。

 少女が屈んだ際に捲れたマントの下には、何も来ていないらしく───瑞々しい体がチラリと見え思わず喉が鳴った。
 もう、我慢できないと───。

「ち! バレたみたいだぜ!」
「いいさ! 今やっちまえ!」
「ぎゃははははは! 可愛い子ちゃん! リリムダへようこそ、歓迎してやるぜコッチでなー!」

 貧相な下の槍(・・・)で挑発する門番たち。

 だが、エミリアは門番たちを無視して、死んだ女性の手を重ねてやり、簡単な祈りをささげる───。

「ごめん……。もう死者の声は聴こえないの───……少なくともそっちは平穏でありますよう」

 ~~~♪

 美しい旋律の祈り。
 一瞬、聞き惚れていた門番たちは、自分たちが無視されたことに気付き、ハッと我に返る。

「こ、このガキ!!」
「大人しく捕まれッ」

 はやった門番が槍を手にエミリアに掴みかかる。

 が、
「───門を開けろと言ったぁぁあ!」

 スパパパン!!

 クルン! とムーンサルトを決めると、オーバーヘッド気味に美しい蹴りを放ち、門番の意識を掠め取る。

 ヒュンヒュンヒュン! と回転し、空を舞った槍をパシリと掴み取ると、マントがバサリとめくれ上がり、しなやかな裸体を衆目に晒される。

 だが、その体の痛々しいことといったら……。

 傷だらけで、明らかに複数人から暴行を受けた証が刻まれている。
 一瞬だけ見えた背中にも、思わず顔をそむけたくなる拷問の跡。

 皮膚は焼かれ、剥がれ、刺され、千切られていた。
 背中の傷が特にひどい……。
 そこには、

 『ア&%$#』

 痛々しい刺青のあとがボンヤリと輝き、光の尾を引く───。

 だが、そんなことは門番には関係がない。
 仲間が伸されて、武器を奪われた───それだけだ。

 敵対したなら、あとは数で圧殺するのみ。
 お楽しみは、そのあとだ!!

「この野郎!」
「おい、増援を呼べ───!!」
「魔族だ!! 魔族がいるぞぉぉぉぉおお!!!」

 わらわらと集まり始めた門番。
 市内を警邏していた自警団もやってきた。

 どいつもこいつも下卑た笑い───。

「───……そう。もう、私達の安息の場所はないのね」
 
 魔族は滅亡した。
 
 ここは全て人の世で、魔族の居場所はもうどこにもない───。

 安息の地など─────────ない。

「ならば、」

 そう……。ならば───。

「ならば、安息の地を作り出そう」

 すぅぅ、
「───お前たちを滅ぼしてなッ!!!!」

「んな!!」
「こ、こいつ!!」
「魔族の軍人だな、てめぇ!!」

 色めき立つ門番ども。

 ふふふふ……。

 獣相手に会話をしようとしたのが間違いだ。
 勇者たちを優先しようとしたのが間違いだ。

 そうとも、そうとも。
 「帝国」も、敵じゃあないか。
 魔族を殺し、家族を殺し、ダークエルフたちを殺した。

 はははははははははははは!!
 
 そうだ、そうだ。そうだった。

「お前らも帝国だったな。忘れていたよ、私としたことが───」

 全て敵。
 この世の全てが敵だ。

 すべて敵だ(オールメン エネミィ)

 上等。
 上等だ。

 上等だぁぁぁあ!

「あははははは! まずは、手始めにこの街から始めようか」
 
 すぅ……。

 思い知れッ、人類!!
 帝国民であるだけでお前らは、罪だ!!

「構うこたぁねぇ!!」
「ぶっ殺せ!!」
「死体でもいい! 穴さえありゃなんでも同じよ!!」

「「「「「殺せぇぇええ!!」」」」」

 ワッ!

 一斉に飛び掛かる門番ども。
 が、とんだ素人だ。───槍の握りもなっちゃいない……。

 しょせん、弱者を甚振ることしかできない連中。
「ふ。実に人間らしいね──────クズどもがッ」

 はなから、遠慮などいらない。

 サッと手を掲げたエミリア。
 その動きに合わせて、彼女が乗船していた船が動く───。

 ゴギギギギギギギギギギギ……!

「な、なんだ、ありゃ?!」
「う、動いて───?」
「で、でけぇ……!」

 そう、それこそがリリムダの街で惰眠を貪る愚民どもに見せる悪夢の顕現であり!

 帝国に鉄槌をくだす怒りの体現者!


 それが、彼女の召喚した──────。


 ───ブゥン……!

アメリカ軍
Lv0:合衆国海軍(南北戦争型:1864)
スキル:バージニア級装甲艦(CSS)
   ※(ライフル砲(6~9インチ)×5、
    滑空砲(ダルグレン砲)×6、
    連発銃(ガトリング砲)×4)

    海兵隊(マリーン)
   ※(小銃(エンフィールド海軍銃)拳銃(コルトネィヴィ)

備 考:南北戦争で活躍した装甲艦を装備。
    バージニアは1862年に沈没した。
    世界初の装甲艦同士の開戦を経験し
    のちに数多の戦訓を残す。

    同乗している海兵隊は精兵。
    当初より廃止と新設を繰り返すも、
    精強な兵の集まり。



 そうとも!!
 彼らは最強のアメリカ軍。

 ───USネイヴィである!!

 それこそ、人類に対する真っ向からの宣戦布告。

 エミリオの慟哭───!
 彼女の、凱歌の号砲!!

 召喚せし、アメリカ軍────装甲艦バージニア級の産声だぁぁぁああ!!

第2話「リリムダ強襲ッ!」


 サッと手を掲げたエミリア!

 その動きに合わせてエミリアの乗船していた船が動く───。

 エミリアの召喚した────装甲艦だ!!

 ガコン、ガコン!!

『『───準備よし(ステェンバァイ)!!』』

 船体の前部から9インチ砲が引っ張り出されて射撃位置につく。
 船体横の砲門も順次開いていき、各種の大砲をニョキリと生えさせた。

「な、なんだありゃ?!」 
「か、構うな!! このガキを先に───」

 ふ……愚か者め。

「────撃てッ(ファイア)!」

 サッと、エミリアが腕を振り下ろすと、間髪入れずに──!!



 ズドォォォォオオン!
 ────ボコォォォオオンッッ!!


「ぎゃああああ!!」
「うわぁぁっぁあ!」

 水門がぶっ飛び、警戒中の門番が多数焼け落ちていく。

「な!!」
「なんだぁ?!」

 エミリアを取り囲んでいた門番が口をあんぐりあけて、焼け落ちた水門を見ている。

 確か門番長もいたはずだけど───。

 ……あ、川にプカプカ浮いてる。

「ありがとう、ありがとう。そして、ありがとう。人類の皆さま───こんにちわ、はじめまして、」

 そして、

「─────死ねッ」

 突撃ぃぃい(チャァァァアジ)!!
 ズザァァアアア……───。

 エミリアを降ろしてからは停船中だった装甲艦も、命令を受ければ再び動き出す。
 決して速いとは言えないが、並みの川船よりも明らかに高速だ。

 流れに乗りつつも、内燃機関でスクリューを動かし、13ノットの最高速力が出せるのだ。

「な、なんてことしやがる!」
「死にかけの魔族のくせにぃい!」
「ふ、ふざけんなっぁぁぁあ!!」

 門番たちは、水門の悲劇がエミリアの仕業であると気付き、激高して斬りかかってきた。

 だが、舐めるなかれ───。

 この少女こそ、魔族最強の戦士にして最後の魔族!!

 ───エミリア・ルイジアナだ!

「うりゃあああ!!」
「どりゃぁぁああ!」

 遅いッ。

 ストトトトトンッ!!

 目にもとまらぬ連撃を繰り出し、槍の穂先で門番どもの喉を突く。

「おぐっ?!」
「ぐはっ!?」

 そして、引き抜いた槍をヒュパン! と、血振りし、後ろに引いて腰を落とす。

「掛かってこい! 相手になってやる、ゲスどもッ!!」

 エミリアの身体は本調子とは言い難いものの、この程度の雑魚──なんのことはない。

「ぐ……!」
「こ、こいつ───」

 あっという間に半分の仲間を殺された門番ども。
 しかし、オカワリ! と、ばかりに街中から自警団が続々と集まり始めた。
 
 だが……。

「どうした───来ないのか? 見ての通り、薄汚い小さな魔族だぞ? ん?」

 空いた左手でチョイチョイと挑発するも、エミリアがただものでないことは彼らも既に知っている。

 場を取り仕切る指揮官がいなかったことも、災いしていたい。

 ……ようは、誰もビビッて手を出さないのだ。

 ふッ……、
「そっちが、来ないのなら───」

 ───こっちから行くぞッ!!

 ダンッ! と強力な踏み込みのもと、エミリアは門番と自警団の群れに飛び込む。

 一見すると危険だが、長物を持っている連中相手なら、敵の懐の方が安全な場合もある───。
 
 事実として、
「こ、このぉぉぉお!!」
「ぎゃッ!! バ、バカ! 槍が仲間に当たる! 振り回すな」

 バカが突っかかて来たものの、隣の門番の腕を突き刺しただけ。
 第一そんなへっぴり腰で骨が貫けるか!!

「退けとは言わん!! 全員死ねッ!!」

 ビュンビュンビュン! と、頭の上で槍を回し、穂先で喉を掻っ切っていく。

 微妙に角度を調整し、慎重違いの連中でさえ見逃しはしないッ。

「ひ、ひぃいいい!! に、逃げろ!!」
「ま、魔法使いを! 大先生を呼んで来い」

 もうそこからは蹂躙劇だ。

 ゴギギギギギギ! バキンッ!
 焼き落ちた水門を、装甲艦が強引に押し広げているというのに、誰もそちらに手が回らない。
 
 それ以前に、装甲艦一隻とエミリア一人にリリムダの街は押されまくっている。

 蜘蛛の子を散らすように逃げ始めた門番に、自警団達だが……。

「───逃がすかッ!!」

 ビュン!!

 投槍の要領で、エミリアは散らばっている門番らの装備を集め投擲。

 百発百中に近い精度で逃げる自警団らの背中を刺し貫く。

「げあッ!」

 投擲と、重量と、膂力が加わり槍が軟弱な人間どもを面白いくらいに貫き、地面に縫い付ける。

「ぎゃあああ!」
「うぐああッ!」
「ぐほぉッッ!」

 あるものは、斜めに近い立った姿勢で刺し貫かれて絶命。

 ほかにも、

 そのまま、立ちんぼになったり、槍の柄に抱き着くようにズズズと滑り地面に崩れ落ちるものもいる。

 反撃?

 そんな度胸のある奴はいないッ!!


「ッッ!!」


 エミリアが次に獲物を探そうと、地面の槍を拾った瞬間───そこを狙っていたかのように火炎球が着弾した。

「ち!」

 バク転気味に背後に飛び退り、危うい一撃を躱す。

「よくぞ躱したな───我こ、」
撃て(フォイア)


 ドカーーーーーーーーーーーーーン!!!


 偉そうなローブを着込んだ、用心棒風のおっさんが一瞬で爆炎の中に消える。

 誰?
 知らんわ。

 そうして、エミリアが一帯を制圧した頃には、装甲艦がバリバリバリと水門を押し破り、市内に突入した。

 その頃になって、ようやく街が事態に気付く。


 カァン!

 カァン、カァン、カン、カン、カンカンカンカンカンカン!!


 半壊した水門の見張り台に張り付いていた門番の生き残りが、警鐘を激しく打ち鳴らしていた。

 だが、今さら遅い───。

 いや、遅いも速いもない!!

 お前らは死ぬ。
 お前らは滅びる。

 私が滅ぼす!!!

 アメリカ軍とともに滅ぼすッッ!!

 リリムダの街は!! 
 貴様らは──────!

 人類であるというだけの理由で、死に絶えるがいい──!

 我ら魔族にしたようになぁぁあああ!!

第3話「蹂躙せよ!」

 私が滅ぼす!!!
 人類であるだけという理由で、死に絶えるがいい──!

 タタタタタッ!!

 軽快に駆けるエミリア。
 目指すは半壊した水門───。そして、その上の見張り台だ。

 走りつつ、サッと腰をかがめて門番の装備から片手剣(ショートソード)を二本拝借すると、そのまま水門の壁を蹴る。

 装甲艦の砲撃と体当たりでひしゃげたそれは足掛かりに十分だ。

 ダンッ!
 ダンッ、ダンッ!!

 蹴り抜かんばかりに踏み込むと、エミリアは跳躍し上へ上へ!!

 傍から見れば垂直の壁を上っているようにも見える。
 そして、あっという間に水門の壁を上り切ると、バサバサバサー!! とマントをはためかせ、瑞々しい肢体を見せつけるが如く空を舞う。

 そして、二手に構えた片手剣のもと、驚愕している門番の眼前に迫り───。

「一回鳴らせば十分だ!」

 一手で未だ激しくカンカンと鳴らす警戒鐘を吊るす紐を断ち切り、さらに一手で門番の喉を掻き切る。
 ビューと血が噴き出す前に、門番の上に鐘が落下し、出血を覆い隠した。

 ガランガラン! と、激しい音共に鐘と一緒に地面に落ちていく門番。

 エミリアはその体を踏み台としてさらに一跳躍。

 
 バサバサバサッッ!!


 蝙蝠がはばたくように、黒いマントを翻し、褐色の肌を太陽のもとに晒して水門の上空に遷移する。

 そのまま、クルンと曲芸の様に体を翻すと、人間たちの街───リリムダが良く見えた。

「いい眺め…………」

 エミリアの視界に映る街。
 その中心をまっすぐに貫き南へ流れていく川の先───。

 それは、川と並行に走る街道と、遥か遠くにみえる人の国の景色。

 あぁ、そこか。
 そこにあるのだな?

 その先に、その道と川の果てに人間どもの都──帝国の首都があるというのだな……!

 バサバサとマントが風を切る。
 
 跳躍の最高点に達した後は、落下するのみ。
 エミリアは無重力と自由落下を楽しみつつ、徐々に遠くに景色を眺めた。

 光景が流れるように下へ下へと下がり、視界は再びリリムダの街。

 そこには、右往左往する人間がウジャウジャといる。

 うふふふふふふふふふふ。

 たくさんいるわね───。

 自警団が、慌てて装備を引っ掴んで事務所に駆け込む。
 ……かと思えば隊列を組んで、右へ左へ───。
 何が起こっているのか、分かっていないのだろう。

 バカな連中。
 何か起こっている……?

「───私が怒っている!!」

 クルリと空中で姿勢を変えたエミリア。
 彼女は最後に街の外の景色を視界に収めた。

 あれは───。

 ほう?
 街の外には帝国軍の駐屯地か───……ふむ、一個中隊もいないな?

 まぁいい。

 ──────……スタンッ!!

 エミリアは全てを視界に収めたあと、水門の半ばに強引に船体を突っ込んでいた装甲艦の上に着地した。

 膝と腰を使って衝撃を逃がすと、血を吸った剣を左右の川に投げ捨てる。


 こんなもの必要ない。


 すぅぅ……。

聞け(リッスン)! アメリカ軍(マイフォース)!!」
傾注(アテンション!!!)

 ガガガン!!

 装甲艦の中から姿を出したアメリカ海兵隊が、船上で不動の姿勢。
私は命令する(アイ オーダー)──────」

 ザッ!

 一斉に敬礼を受けたエミリアは、もう容赦などしない。

「───市内を(ランオーバー)蹂躙しろッ《 ザ シティ 》! 焼け(バーニング)破壊しろ(デストロイ)全部殺せぇぇえ(ジェノサァァァイド)!」

 人類は敵だ!!!!!

了解(アィコピー)! 閣下(マム)!!』

 最大船速!!

 両舷砲戦用意!!

 陸戦準備!!







 蹂躙せよ!!!






『タリホォォォオ!!!』


第4話「リリムダ炎上!」


 最大船速!!

 両舷砲戦用意!!

 陸戦準備!!




 蹂躙せよ!!!




『タリホォォォオ!!!』

「蹂躙、蹂躙、蹂躙!! リリムダの街を蹂躙せよ!!」

『『『ハッ(イエス)! 閣下(マム)ッ』』』

 ───ずざぁぁぁぁああああ!!!!!


 水門を抜け出した装甲艦。
 街を貫く大河の両脇には当然リリムダの街がある。

 便宜上、西リリムダ、東リリムダと呼ばれているが街の住人は単に住んでいる家を中心に「対岸」などと呼び合っている────うん。
 すごく、どうでもいい──。


 要するに、装甲艦に備えた両舷の6~7インチ砲も滑空砲も、海兵隊が船内から引っ張り出してきたガトリング砲も──────たっっっっっっっっっっぷりと撃ち放題という事だ!!

 この街の人類は全て射程距離。
 老若男女、瀕死から胎児にいたるまで。

 全て。
 全てだ!!

 容赦などしない!!

 すぅぅ……。
撃てぇぇぇぇぇえええ(ファイアァァァァァア)!!」



 ズドン!!!

 ズドン、ズドン、ズドン、ズドン!!
 ズドンズドンズドンズドンズドンズドン!

 ズドドドドドドドドドドドドドン!!!



 両舷、砲戦開始ッッ!!


 
 ひゅるるうるるるるるるう………………ぅぅるるる───ドォォン!!

 ドォン、ボォン、ドォンズドォォォォオオンン!!!

「ぎゃぁあああ!!」
「な、なんだ? うぎゃああ!!」
「「「ひぎゃぁぁあああ!!」」」

 うららかな昼下がり───。
 リリムダの街は地獄と化した。


 燃え上がる家屋。
 吹き飛ばされる人々。
 木っ端みじんに消えた大量の資材!!

「あはははははははははははははははは!」

 あはははははははははははははははは!!

 人類が燃えてるよー!
 人類が燃えてるよー!
 人類が燃えてるよー♪

「あはははははははははははははははは!」

 見ろッ!
 街がゴミのようだ!!

撃て撃て(ファイアファイア)撃て撃て(ファイアファイア)撃てぇぇぇぇえ(サノバビィッッッチ)!!」

 エミリアがタクト(指揮棒)を振るように指示を出すと、そこに砲撃が突き刺さる。

 ズドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン!!!!

 人類よ、燃えてあれと。
 次々に砲撃が放たれる。

「もっと撃って! もっと撃って! もっと、もっと、もっと撃って! もっと!!」

 連射!!
 連続射撃!!

 装甲艦の中では、砲が後座するたびに船内の砲員が駆けずり回り、練達の腕を見せ再装填!

 砲撃位置に戻して、即発射!

 狙い?
 目標?
 照準?

 知るか。
 関係あるか。
 
 全部だ!!

 全部が目標だ!!

 丁寧に隅々まで余すところなく目標だ!!

 この世にいる人類すべてが目標だ!!!!

 いや、この世が全て目標だ!!!!!!!


「あはははははははははははははははは!」


 街中で爆発音が上がり、全てが燃え堕ちていく。

 急速に拡大した街は家々が密集しており、また建築資材も街の至る所にある。

 消火しようにも、エミリアの装甲艦が水源たる川を下っていくのだ。
 近寄れるはずもない。

 そも街の人間には、何が起こっているのかすら知れない。

 まさか、魔族がたった一人で乗り込んでくるなんて思わない。

 アメリカ軍に攻撃されるなんて思わない!

 だから、死ぬ。
 愚かにも、呆気なく、なにも知ることもなく───。

 そして、装甲艦はノッタリとした速度で川を下り、両舷から討ち放題。
 タップリと火薬の詰まった榴弾は着弾と同時に地面にめり込み、家を砕き、人々を押しつぶし、そして信管を炸裂させる。



 ドカーーーーーーーーーーーーーン!!!



 もう、街は無茶苦茶だ。

 魔族を売り買いし、魔族を食い物にし、魔族を滅ぼして肥え太った街。

 エミリアの目には、これほど醜悪な街もないだろう。

あそこ(ショット )(オーバー)撃て( ゼアー)! ここを撃て(ショット ヒァ)! 向こうを撃て(ショット アウェイ)!! 私の敵を(オールダイ)根絶やしにせよ(オールダァァァイ)!!」

 あははははははははははははははははははははははは!!

 リリムダの街が燃えていく。
 装甲艦の動きに合わせて、街が横に横にと滅びていく。

 ああああ、胸がすく思いだ───。

「あ、あそこだ!!」
「か、構えぇぇぇ!」

 おや?
 反撃かしら?

 エミリアの耳を打つ、人間どもの声。

 見れば、街を繋ぐ橋の上に武装した自警団ども。
 手に手に弓を構えている。

 ふむ……?

 橋の上で迎え撃とうと言うのか?

 っていうか、
「橋───邪魔ねぇ」

 ス───。

 エミリアは面倒くさそうに橋を指さすと、言った。

撃ち落とせッ(ショット ダウン)!」
了解、閣下(イエス マム)!!』 

 ゴンゴンゴンゴンゴン…………。

 装甲艦の前方砲───9インチライフル砲がやや高めに仰角を取る。


「───撃てッ(ファイア)!」



 ズドォォォオオオオオオオオン!!



 両舷の砲とは比べ物にならないくらいの、高威力!!

 ひゅるるるるるるる…………るる───。

 目に見えるほどの、遅い弾道がデッカイ砲弾を運んでいく──────。


 そして、着弾!!!!


「に、逃げ───」
 チュドーーーーーーーーーーーーーン!!


 街を繋ぐ大きく長い橋───。
 それが、たった一発でぶっっっ飛んだ!!

 冗談でなく、橋全体がブルリと震え、直撃しなかった橋の上の自警団を振り落とす。

「「「ぎゃぁぁぁあああ!!」」」

 そして、振動が収まる前にバラバラ、ガラガラーと橋が崩れ落ちていく。

「あははははははははははははははは!!」

 あはははははははははははははははは!!


リリムダ橋(リリムダブリッジ)おーちたッ(フォーリングダウン)♪」


 落ちた(フォーリンダゥン)

 落ちた(フォゥリンダウン)


リリムダ橋(リリムダブリッジ)おーちたッ(フォーリングダウン)♪」


 エミリアは装甲艦上でクルクルと回る。
 空を仰いでクルクルとクルクルと───。


 あはははははははははははは!!
 あーーーーっはっはっはっは!!


 そして、告げる───。

「ほらほら、水の中にいても安心できないわよー……撃ちなさい」

 橋から落ちて、辛うじて助かった連中もエミリアは見逃さない。

 プカプカ浮いてあわよくばエミリアをやり過ごそうと───。

「見逃さないから、ね?」
 ………………だって、見逃してくれなかったでしょ?


 私達を。
 魔族を───。

 そして、ダークエルフたちを!!

 なら……。
 ならば、見逃す道理はない!



 城の前に積み上げられた、頭と、(はらわた)と、体と、子供たちとぉぉぉおおおおお!!!



「───等しく死ねッ」

 死ねッ!

 人類は死ねッ!!

死ね死ね死ね(ダイダイダイ)死ね死ね死ね(ダイダイダイ)死ね(ダイ)死ねぇ人類(ダァイヒューマン)!!」


 ドガン、ドカン!!

 仰角低め───俯角を取った滑空砲がたっぷりに榴弾を溺者に向け放たれる。

 直撃はしなくとも──────。


 ドブゥゥゥゥン……!


 くぐもった爆発音が水中で響き、水面がスライムの様に盛り上がった。

 その中に真っ赤な泡がたくさん生まれる。
 水中の爆発は地上の比ではない程、威力があるのだ。

 爆発と水圧で圧死した自警団の生き残りは、ほとんどが死に絶えた。

 そこに、

 パパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパン!!


 スタッカートの様なけたたましい射撃音。
 船上に仮設したガトリング砲が、左右の溺者目掛けて撃ちまくる。

 そうして、生き残りはガトリング砲が丁寧に仕留めていくのだ。

 馬鹿め!!
 人類であると理由言うだけで、お前らは死ぬのだ!
 それ以上でも、それ以下でもない!!

 ただ、死ねッ!
 死んで死んで、死んじまえぇぇぇえ!!

 エミリアの声なき慟哭。
 だれにも聞かれぬまま川の水面に消えていく。

 そのまま、エミリアは万遍なく街を滅ぼしながら、川を下った。
 途中遭った橋をすべて叩き落とし、都合5本の橋は全部が川に消えた……。

 そして、ついに殺戮も終演。
 この街が終わりに近づく。

 街としても、街を通過という意味でも───……。

 そう、
 エミリアの視線の先の街はあとわずか。

「き、来たぞ!!」
「固めろ!! 固めろぉぉお!!」
「全員集まれ、はやく!!」

 おや?

 あれはあれは、なるほどなるほど、これはこれは!

 街の南側。
 北から入ったなら南は出口。

 そして出口の水門を固めるリリムダの皆さま───。

 水路に家財を投げ込み、丸太を浮かべて障害としているのだろう。

 確かに普通の川船なら、丸太同士が当たれば船体が傷む可能性はある。

 普通の船ならね───。

 さらに、水門上に弓兵をならべて陸にも多数の兵が詰めている。

 ふむ。最終防衛ラインと言ったとこかしら。

「おあいにく様。最終もなにも、もう守るべきものは───もう、そこだけよ!」

 そうだ。エミリアが通過した後の街は滅びた。

 リリムダは今日をもって壊滅───そして、その門は私にとってタダ邪魔なだけ。

「……いいわ。相手になってあげる」

 マントをはためかせ、装甲艦の船上に仁王立ちするエミリア。

 ちょうど、9インチ砲も弾切れだと言う。

 一度補給させるために召喚を解くか、あるいは開頭して両舷の砲を使う手もあるが───。
 
 ……いえ、こう(・・)しましょうか♪

 この方が私らしい。

 すぅぅ、
「───衝角戦(ラムアタック)用意ッ(ステェンバァイ)!!」

了解(コピー)!!』

 ズザザザン!!
 ズザザザザザアアアアアア!!

 石炭が内燃機関にくべられ船速が上がる!

 ガラガラガラガラ!!

 海兵がクランクを回し、水中から鎖がせり上がる。
 すると、水面下にあった突撃用のトンガリ───衝角(ラム)が水を割って顔を出した。

 ザッパァァァ……。

 水面下の衝角(ラム)の位置を調整すると、衝角が水面よりやや高めに角を突き出す。
 ギラリと輝く凶悪な突撃槍(ランス)

 だが、目標は船じゃない!!

 水門だ!!

 水量調整用の水門ではないため、リリムダの水門は水に触れるか触れないかの、水面ギリギリの位置にあるのだ。

 だから、衝角もそこに当てるため高めに調整。
 あとはブチ当てるだけ!!

「く、くるぞ!!!」
「見ろッ!! 船の上に魔族がいる!!」
「奴だ!! 奴が街を焼いたんだ!!」


「「「奴を殺せぇぇええ!!」」」


 ギリリリ……。
 一斉に引き絞られる弓。

 リリムダの全戦力があつまり、凄まじい数の兵だ。
 なかにはただの避難民もいるのだろうが、弓を持てば立派な民兵だ。

 猟の経験者もいることだろうし、とりあえず弓兵の数だけはやたらと多い。



 ふ…………。
 私を殺す──────?


 ハッ!!


「───やってみろッ!!!」


第5話「死んで詫びろッ!」


 ───やってみろッ!!!


 バィン!!
 バババババババババッババィン!!!

 リリムダ民兵たちが持つ弓矢が、凄まじい量で弦を打つ音を響かせた。

 途端に、ザァ───と空を圧する矢が、黒い塊となって装甲艦を狙うッ!


 海兵隊は既に船内に避難している。
 船上に残るはエミリアただ一人!!


 このままでは──────!!


 ギィン、ガン、ゴィン!!
 
 耳障りな反跳音がそこかしこで響き、装甲艦の鉄板を叩く。
 だが、効くはずもない───、いやそれよりも!!

「馬鹿め、そんな矢で装甲が貫けるものか───!!」

 違うッ!! そうじゃない!

 装甲艦は無事でも、エミリア自身の身は装甲で守られているわけではない!

 いくら膂力があろうとも、肌は人のそれと同じ──────……。

「───舐めるなぁぁぁあ!」

 直撃弾道の矢が数本───。
 それを読み切ったエミリアはマントをばさりと脱ぎ捨て裸体を晒すと、腕に巻き付けたマントだけで──────。

「お前らの矢など、コイツに効くかぁぁぁあああ!!」
 
 おそい、おそい、おそい!!

 ブワサァァァア!! と布地で薙ぎ払う。
 そう、たったそれだけで矢を叩き落とすと再び腕組みし、裸体を惜しげもなくリリムダの生き残りに見せつつ叫ぶッ!

「───装甲艦(バージニア級)である!!」

 いけッ!!
 アメリカ軍!!

「吶喊せよ──! 突貫せよ! 特観せよ」

 ───特と観よッ!!

「だ、第二射!!」
「ま、間に合わないッ!!」

「ににに、逃げろぉぉおおおお!!!」


 ───逃がすものかッ!!


 食い破れッッッ!!


 バキャ!!!

 バリバリバリバリバリバリバリ!!!!


 装甲艦がズシンと揺れ動く。

 そして、まともにぶち当たられた水門が、激しく振動し、恐ろしい音を果てて変形していく。

 ズズン!!
 バッギャリ、バリリリリリッッ!!

 まるで地震でも起きたかのように、門全体が震え水門上の兵を地面に叩き落としていく。

「ぎゃああああ!!!」
「た、助けてくれぇぇぇええ!!」
「悪魔だ!! 悪魔だぁぁぁぁあ!!!」


 助けろ?
 悪魔ぁ?



 ハッ!!!!



アメリカ海軍(USネイヴィ)である!!」

 総員(オールメン)陸戦(パーパス フォー)用ぉぉ意《 ランド ファイト》ッ!!

奴らを掃討(ゲット リッド オブ)せよッ( ゼム)!!」
了解(アィコピー)!!』

 船内から海兵隊が続々と姿を現し、装甲板の上をガンガンがン! と、激しく歩いていく。
 鋼鉄製のドアが頼もしく開き、ガトリング砲に、個人携帯火器がわさわさと!!

 バンッ!! ガンガンガン……!!

 ザッ──────ジャキーン!!

 ガトリング砲4門、弾は唸るほど!!

 ライフルに拳銃、手投げ用のダイナマイト、どれもこれも潤沢、潤沢ぅぅ!!

「ひぃぃいいいい!!」
「い、いいいいっぱいでてきたぁぁあ!!」
「逃げろぉぉおお!!!」

 逃げ惑うリリムダの住民と自警団。

 だが、最後の砦である南の水門は、今もバリバリと音も立てて変形していく。
 
 装甲艦のエンジンがそれを力強く後押しし、衝角(ラム)の鋭さがそれを押し広げていく!!

 仮に装甲艦の脇を逃げたとしても、今も仕切りに撃ち続ける両舷砲の餌食になるだけだ。

 この状態で戦意など保てるはずがない。
 彼らはタダの民兵。

 帝国軍正規兵ですらない。

 水門に食らいつく装甲艦に威容に怯え、失禁する者もいる始末。
 ほとんどが武器を放棄して、ガタガタ震えるのみ。


 ───くっっっっだらない連中……。


「ハッ……! (おび)えろッ、(すく)めぇぇ!! ひれ伏して、許しを乞え!!!」

 乞うたところで…………。





 だが、許さんッッ!!





「───家畜の様に死ねッッッ!!」

 ジャキジャキジャキ!!
 海兵隊の銃を向けられ恐怖に怯える住民たち。

 それが武器か何かわからずとも、殺気を感じれば恐怖するというものだ。


 いやだああああああああああああああ!!
 助けてぇぇぇぇぇぇぇぇええええええ!!


 多数のリリムダの人間が命乞いをするが、許さない。
 誰一人として許さない。

 ……お前たちは知っていた。
 魔族が滅びること知っていた。

 なのに、街に出入りしていた魔族の商人を笑顔で殺し、売られた奴隷を使い潰して笑っていた!

 魔族の土地で獲れた産品を買い叩き、あまつさえ、それが取れることを帝国に伝え滅びを助長した!

 そして、お前たちは魔族の命をもって肥え太り、今もなお食い物にしようとしている!
 そんなお前たちを、この私───エミリア・ルイジアナが許すと思ったのか!!



「───断じて許さないッッ!!」


 
 エミリアの叫びを聞いて、絶望に顔を染めるリリムダの民。
 海兵隊はライフルに、ガトリング砲を指向し、住民たちに狙いを付ける。

 アワアワと慌てるリリムダの民。

 武器を捨て降参する者、こっそり逃げ出そうとする者、徹底抗戦の構えの者。
 
 だが、大半はひれ伏して許しを請うた。

 それが?
 それで?
 それを?

 この街に、一人でも生きている魔族がいれば、お前たちを救ってやろう───。
 一人でも魔族を救った人間がいれば助けてやろう───。

 だが、知っている。
 私の五感はもうわかっている。

 この街に満ちているのは魔族の死臭のみ!

 お前たちは救いを求めてきた者も、今まで友誼のあった者も、まとめて殺した!

 帝国の命令?
 帝国に言われて仕方なく?
 帝国が全部悪いんです??

 ふ。
 ふははははははははははは!!

 ふはははははははははははははははは!!


「笑わせてくれるッ!」

 ならば、
 ───ならば、帝国と共に滅びろッッ!!


 サッと手を掲げるエミリア。
 その瞬間、海兵隊の殺気が最高潮に高上る。

 エミリアが手を振り下ろしさえすれば彼らは全滅することだろう───。

 その光景の何と甘美なことか。

 魔族を食い物にして肥えた街。
 ならば、その贅肉を削ぎ落してやるまでのこと。

(ファ)───」



「貰ったぁぁっぁああ!!」



 水門の裏側から突如、黒鎧の軍勢が現れた。

第6話「リリムダ壊滅」



「あら?」

 どちら様かしら?


 ──ブン!!


 空を切る一撃。

 真っ直ぐにエミリア目掛けて振り落とされたその一撃を、危なげなく躱す。

「ぬぅ、やるな! 小娘ぇ!!」
 第二撃をくわえようと、鎧の───郊外に駐屯していた帝国兵が構える。

 郊外にいた連中よね?
 こいつら、いったいどこから……?

 見れば、装甲艦が食い込んでいる水門の裏から続々と乗り込む帝国兵の姿が見えた。

 いつの間にか水門の裏に回り込んでいた帝国軍が、乗り移ってきたのだ。

 どうやら、住民が抗戦ラインを強いている間に、連中は水門の裏に潜み機会を窺っていたのだろう。

 水上と陸上では勝負にならないと踏んでいたようだ。

 ち……。
 さすがは正規軍といったところか。

 まぁ、いいわ。
 接舷上陸戦とはちょっと違うけど───。

「───みんな(オールメン)白兵戦(レディフォ)用意ッ( メィメー)!」

 エミリアは素早く下達すると、海兵隊に帝国軍を排除させる。

 その間に、エミリアは目の前のコイツを仕留めることにッ!

「───飛び道具ばかり使いおって、この卑怯者が!!」

 バサリとマントを翻す帝国兵。
 それを見て、少しだけ驚いたエミリアの顔。
 どうやら一番槍のこの男、指揮官らしい。
 他の帝国兵より、少しだけ豪華な意匠の鎧に勲章が輝いている。

「指揮官率先───将校の鏡ね。惚れそうだわ……うふふふ」

 ───恐らく、魔族との実戦経験がある部隊。魔族戦争に参加していた連中だろう。

 そいつは多数の兵を背後に従え、一人エミリアと斬り結んでいる。

「ほざけッ! 貴様……見ていたぞ、これまでの狼藉三昧! そして、知っているぞ!」

 あーそー。

「───貴様は死霊術士のエミリアだな! 降伏し、飼いならされていると聞いたが……魔族の地にいた他の兵はどうした!?」

「聞いてどうするの? 足りない頭で考えなさい」

「んなっ?!」

 偉そうに出てきて、何様なんだか。

「お話は終わり? じゃ、ご機嫌よう──」

 優雅に一礼し、

 スパァァン!!

 と、脚線美を見せる様に鋭い廻し蹴りを───……止めた?!

「く……」

 ガシリと掴んだその手。
 人間にしては力強いそれ───。

「は、放せ!」
「ぬかせ! このまま引き裂いてくれようかッ」

 ギリギリギリ……!

 本当に引き裂かんばかりの勢いで、エミリアを組み敷こうとする指揮官。

「売女のくせに、調子に乗った罰を食わせてやらんとなぁぁぁあ、ぐははははは!!」

 ふ…………。

「そういう割には、力がこもってないんじゃない? ふふふ……私が欲しいの───?」

 なら、

「くれてやる!!」

 掴まれた足をそのままに、エミリアもう片方の足で指揮官の顔をサンドする。

「ぐあ!!」

 そして、そのまま体を振り子のように振り回し、勢いを付けた回転をくわえた。

 全身のバネ。
 そして、柔軟性。
 
 さらには、遠心力を使った足だけの投げ技ッ!!

 どんな時でも、戦う術を捨てない────それがダークエルフの生き方だ!!

 死ね!! 帝国兵よ!

「ぐおおぉおおおお?!」

 グルン! と指揮官の身体が浮かびあがり、空中で振り回され──────……!!

 投げ技のぉぉぉお、フランケンシュタイナぁぁぁあああーーーーーーー!!

「ひぃぃぃいいいいい!」


 ズドォォオオオオン!!!…………ぷち。


 次は、
「───お前らだ!!」

 グチャ……と、潰れた指揮官を無視して、エミリアは立ち上がると乗り込んできた帝国兵を指さす。

 撃てぇぇえ(ファイアァァ)!!

『『『『『了解ッ(ラジャー)!』』』』』

 パン……………!

 パンパンパンパンッパッパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパ!!
 バババババババババババババンッババババババババッババババババババババ!!

「ぎゃあ!」
「うぎゃぁぁあ!!」

 装填(ロード)発射(ショット)再装填(リロード)発射(ショット)再装填(リロード)発射(ショット)!!

 乗り込めば勝てると思ったか?
 一見動き無さそうな船上だが、ここは不安定な水の上!!

 慣れない場所で戦う貴様らと、水の上で戦う専門家(プロフェッショナル)────。

 彼らは、
海兵隊だぞ(ウィーアー マリーン)!!」

「「「ぎゃあああああああ!!」」」

 あっという間に殲滅された帝国軍。
 死体が揉んどり打って川に沈んでいく。

 僅かばかりいた生き残りは、まだ水門の裏にいて乗り込むタイミングを図っていた連中だけだ。

(チ……! 思ったより水門突破に手こずる───これは逃げられるわね)

 実際、水門の裏にいた帝国兵は、あっという間に指揮官を含め殲滅されたことをうけ、急速に戦意を低下させていた。

 乗り込むどころではなく、気配が徐々に遠ざかっていく。

 いま、情報を持ち帰られるのは面白くないが……。
 仕方がない。いずれ帝国相手に、エミリアとアメリカ軍だけで喧嘩を売るつもりなのだ。
 
 エミリアが暴れまっているのが露見するのは、時間の問題だろう。

 まぁ、いい。

 それよりも、
「さて、皆さま──────」

 ジロリと、睨む先には怯えるリリムダの住人達。

 フルフルフルと、首を振ってヤメテヤメテと懇願する。

 うふふふ、
「……ここは、良い街ですね───。風光明媚で、水が豊かで、そして住民たちが、」

 そして、
 ギギギギギギギギギ、バリ!!

 遂に水門が破れて装甲艦が街を出る。

 そして、行き掛けの駄賃とばかりに両舷砲を住民に向けた。

 エミリアは、射撃用意の手を振り上げて───……。

「───とても静かな街(・・・・・・・)

 だから、さようなら。
 どうか、お元気で。

 ───振り下ろした(ファキン ファイア)


 ズドン、ズドン、ズドン、ズドン!!!

 ぎゃあああああああああああああ!!!




 こうして、リリムダの街は殲滅された。

第7話「エミリアの旅立ち」

 ザァァン……。
 ズザァァァアアン……。

 リリムダの街からでで、水門を抜けた先は、広い広い、広い荒野であった。

 乏しい植生の中に、所々湿地が顔を覗かせており、その周囲だけは豊かな緑に包まれている。

 北の魔族領ほどではないが、この地方も寒い土地だ。
 決して豊かな土地ではなく、育つ作物は限られている。

 遠くの方に見える疎林もそのほとんどが低木ばかりで、その脇には見たこともない大きな獣が川を下るエミリアを興味深そうに見ていた。


 ポンポンポンポンポンポンポン……。


 合衆国海軍の装甲艦が立てる軽快なエンジン音だけが、荒野に響いている。

 いや、違うか───。

 船上の一番高い場所で、エミリアはゴロンと転がっていた。

 視線の先には太陽が輝き、薄い雲のベールを纏っている。

 手を翳して太陽を遮ると、ソゥっと目を閉じた。

 ………………………ジッと耳を澄ませる。

 あぁ、やっぱり───。

 風の音───。
 水の音───。

 そして、

 キィキィキィ……。
 クゥーァ、クゥーア……。

 ピチチチチチッ───!

 あぁ、聞いたこともない鳥の声───。

「ふふふふふふふふふ」

 あはははははははは。

「あははッ♪」

 マントだけを体に掛けたエミリアは、スゥと目を開け───翳していた手を太陽に伸ばすと、それを掴むようにして………握った。

「知らなかった───……」

 そう、世界は広い。

 狭く、寂しい魔族領だけが世界ではない。
 寒く、貧しいダークエルフの里だけが世界ではない。

 魔族が滅びて、初めて世界に出ることになったエミリア。

 残酷で、理不尽な世界───。
 だけど、それだけが世界ではない。

 きっと、もっと、どこかにエミリアの知らない優しい世界があるかもしれない。
 帝国と魔族領だけじゃなく、もっと優しい人達に住む世界や国が───。



 パァン!!!!



「ぎゃああああああ!!」

 数時間ぶりに聞いた銃声。
 リリムダの街を出てしばらくは、数発ほどあったものの、それもしばらく途絶えていた。
 
「……仕留めた?」
『ハッ! 一人です』

 身体を起こしたエミリアの視線の先には、ライフルに撃ち抜かれたのか、まだ息がある不様な芋虫の様にもがく帝国兵が一人。

 恐らくリリムダに駐屯して、無謀にも接舷上陸を挑んできた連中の生き残りだろう。

 指揮官の敗北をみて、いち早く脱出した彼らは、一目散に帝国の領域に向かって逃げ出していた。

 リリムダはここいらでは大きな町だが、元は辺境の街。
 隣と言っていいのか分からないが、近隣都市からは徒歩で2、3日はかかるという土地だ。

 だからこそ、魔族領開拓の最前線として栄えていたのだが───。
 もう、どうでもいいことね……。

 エミリアは囚われていた魔族城から逃げ出すときに、あの帝国軍の騎兵将校から得た情報の一つとして、帝国の地図を思い浮かべる。

 エミリアの目的は復讐だ。
 それ以上でも、それ以下でもない。

 だから、大事なのはその順番。
 まずは──────。

 ロベルト。
 賢者ロベルト───。

 生粋の帝国人で、上位の知識階級。
 現在は、都にて帝王の補佐をしているらしい。

 ……そう、一番最初に仕留めようと考えた勇者パーティの一人は、帝国の都市に住んでいるのだ。

 彼とエミリアの繋がりは薄い。
 エミリアは所詮は勇者のペットだったのだから当然のこと。

 しかし、勇者パーティにいた頃は、エミリアとも、多少なりとも交流があった。

 細目で色白、……知識人を気取ったクソ野郎だったっけ。
 とはいえ、エルフを忌み嫌うドワーフのグスタフとはほとんど口もきかなかったし、森エルフのサティラも同じくダークエルフを忌み嫌っていた。

 そういう意味では、まだマシ(・・)な部類ではある。

 ダークエルフと魔族を喜々として殺していた人間をマシと思わなければならない程、連中はクソの塊であったわけだけどね。

 いずれにせよ、居場所がはっきりしているのは帝国都市部にすむロベルトと、ドワーフの鉱山に住むグスタフ。そして、大森林の神殿にすむサティラだ。

 あと二人───ルギアと勇者シュウジの居場所は誰も知らなかった。

「まぁ、いいか。どの道───人類と私の戦い……。いずれ、どこかでぶつかるに違いない」

 ……そうだ。

 ダークエルフの私が生きていることを、ハイエルフのルギアは良しとしないだろうし、ルギアと結婚するというシュウジも一緒にいる可能性が高い───。

 可能性……。

 シュウジ──────……。

 あぁ、シュウジ。

「会いに行くよ───愛しい人……」

 エミリアに掛けられた洗脳は、骨の髄にまで沁み込んでいるらしい。

 人類を滅ぼしたとしても、最後の最後でシュウジを殺すのを躊躇ってしまうかもしれない。

 愛していると囁かれれば即座に股を開いてしまうかもしれない。
 間違いなく殺意もあると言うのに……。

 それでも……。
 それでも───。

「それでも、愛しているよ───シュウジ」

 だから、殺しにいくね。
 愛しているけど、殺しにいくから……。

 いや、違う。
 愛していてもいいんだ。

 愛があれば殺せないわけじゃない───。
 愛ゆえに殺そう──────。


 そうだ。

 そうだとも、
「───殺したいほど、愛しているよ……シュウジ」

 ふふふふふふふふふふふふふふ。

 太陽のような存在。
 温かく、優しく、強くて、とても綺麗なシュウジ……。

 エミリアは再び太陽に手を伸ばし───。



 さぁ、待っていて…………。


 
 必ず殺してあげるからね。

 私の愛しの勇者さま。






 うふふふふふふふふふふふふふふふ。




 ───太陽を握りしめた。
第1話「滅びを孕んだ川下り」

 リリムダ壊滅から数日後…………。

 それからの数日間、エミリアとアメリカ軍は大河を下り南進しつつ、川沿いの街を何個も滅ぼした。

 そのうちのいくかの街は、既に臨戦態勢を整えていたがアメリカ海軍の前には鎧袖一触。

 ただ、その様子から既に帝国はエミリア達の情報を掴んでいるという事なのだろう。

 帝都に向かうほど、帝国軍の数が増えていく。

 だが、危機感は全くない。

 今も、河川の広い場所で待ち伏せをしていた敵水軍を殲滅したところだった。
 
 既にエミリアの部隊は、装甲艦バージニア級が5隻になっていた。

 アメリカ軍とはいえ、たかがLv0。
 呼びだすことに何の苦もない。

 もともとは死霊術の変質した米軍術だ。
 現状なら、魔力が尽きることは絶対にありえない。

 かつてのエミリアは、もっと大量の死霊を使役し、アンデッドマスターの名を欲しいままにしていたこともある魔族最強の戦士だ。

 不死者の軍勢を率いていた頃に比べれば、こんなのは魔力消費でもなんでもない。

 ついでに言えば滅ぼした街から、適当に補給品を得ているし、倒した敵の数は何千と……。
 お陰で、Lvも急上昇している。

食事(ヒィア イズ)です( ザ ミール)

 船体の上でノンビリと海戦が終わるのを見ていたエミリア。
 既に帝国軍の河川戦闘艦は、全て沈むか炎上し、まともに動ける船は一隻もない。

 かなりの大群で一斉に攻撃してきたが、手漕ぎ船で装甲艦に戦いを挑むとは───いやはや。

 かすり傷一つ付けられることなく装甲艦は、敵船を壊滅させた。

 50隻余りいた河川戦闘艦は、海の───もとい川の藻屑となり果てる。

「───ありが(サンキュー )とう(サージェント)

 例を言って受け取ったのは、アメリカ軍の戦闘糧食ハードタック、そしてビーフジャーキー、コーンスープ、飲み物はコーヒーだ。

 この黒い液体の焦げ臭さに最初は辟易したが、中々どうして癖になる。

 砂糖をたっぷりと入れれば二杯、三杯といくらでも飲めるようになってしまった。

 木のトレイに乗せられたそれは川の流れにユラユラと揺れ動いていたが、装甲艦はドッシリと浮いており中々安定性がいい。

 カップの傍に置いてある角砂糖を一つコーヒーにいれ、スプーンで掻きまわす。
 シャリシャリと砂糖が溶けていく感触を楽しみながら、もう一つの角砂糖を手に取るとそれをカリカリと齧るエミリア。

 うんうん。
 なかなか。
 どうして。どうして。

 もう一個。

 ポリポリ、カリカリ。

 この砂糖──────甘さッ!

 (とろ)けそうになる。

 魔族領では甘味など望むべくもなかった。

 精々が、獣脂か果実か野甘草(ノカンゾウ)
 そして、稀に入ってくる高価な高価なハチミツ程度───。

 だけど、それがどうか!

 この砂糖は、甘さと甘さと甘さと甘さしかない!
 まさに甘さの塊だ。

 こんな甘いものが存在するとは知らなかった───。

 幸せそうな顔で砂糖を齧るエミリアの下では、海戦に敗れた帝国軍が大量に浮いており、装甲艦のスクリューで無残に轢断されていく。

 その他にも、ダイナマイトで水中爆破され、死体の振りをしている者を余すところなく殺していく。

 誰も容赦しない───。

 エミリアは戦いの度に、常に命じている───「滅ぼせ」と。

 だって、そうでしょ?
 あなた達が始めたんだから。

 これは生存競争。
 種と種を賭けた命の戦い。

 あなた達は魔族を滅ぼそうとした。でも、まだ(最後の魔族)がいる。
 ならば、反撃されて当然───。

 滅びが嫌なら、抗って見せなさい。

 私の慈悲を期待するな。

 魔族は滅ぼされたんだから、人類もその応報を受けるべきだ。
 なぜなら、人類は私たちに家族が居ようと、子供だろうと、何であろうと殺戮のかぎりを尽くした。

 ならば、自分たちが同じ目に合う事を覚悟しなければならない。

 殺す気で来たんだから、殺されても仕方ない───。
 違うかしら?

 クピクピ……。

 砂糖をひとしきり食べ、口に中が甘ったるくなってきたらコーヒーの出番だ。
 川の風を受けながら飲むコーヒーは格別だ。

 小さな笑みを浮かべるエミリア。

 例えその周囲が、燃え盛る帝国水軍の壊滅していく中であってもだ。
 むしろ、その光景をうっとりと楽しむエミリア。

 固い硬いハードタックも口に含んでいれば唾液で少しずつ柔らかくなるし、この麦の風味もまたいいものだ。

 一個を食べきるのに時間がかかるので、エミリアは行儀が悪いかなと、思いつつもコーンスープに残りにハードタックを放り込む。
 こうしておけば、温かいコーンスープの水分を吸って柔らかくなるのだ。
 もちろんコーヒーに浸してもいい。

 パッキン、ゴリゴリゴリ……。

 充分柔らかくしたつもりでも唾液だけではなかなか。

 うんうん……。
 でも、美味しい───。

 塩気が欲しくなれば、ビーフジャーキーを齧る。

 これも固いけど、うまい───。

 なんでも、エミリアの知らない香辛料が入っているんだとか。
 肉の臭みが全くないばかりか、食欲がわくという、不思議な香辛料。
 
 樽一杯貰えればコーヒーとかスープに入れて飲んでみたいものだ。

 ……さて、スープを実食。

 浮かしているハードタックを避けながら匙で掬って一啜り。

 ズズズズ……。

 音を立てて飲むと、ほんのりとした甘みが口に優しい。
 プチプチとした触感はコーンというやつだ。

 あ、そういえば───勇者パーティにいたころ、音を立ててスープをのんだら偉く睨まれたな……。
 シュウジは全然気にしていなかったけど、ロベルトとかサティラとか……。

 くそ、あの顔を思い出したら飯がまずくなってきた。

 エミリアは一気にスープを啜り、柔らかくなったハードタックを飲み下すとコーヒーで口をサッパリさせた。

 あとはゴロンと転がって空を眺めながら、ジャーキーを齧る。

 空が流れる様を見て、自身が確実に南下していることに満足する。
 だってそうでしょ?
 

 もう少し───……。
 もう少しで、お前に牙が届く───。


 賢者ロベルト───!!


 魔族を殺し、私の愛しい死霊たちを奪った連中(パーティ)の一人!

 震えて待っているがいい!!
 帝都ごと焼き尽くしてやるッ!

 ガリッ!!

 誓いとともにエミリアはジャーキーを齧り切る…………。

第2話「会議は踊る」


「軍を招集しろッ!! 違う───演習じゃない実戦だ!!」

「武器が足りない?! 市内の武器屋と鍛冶屋を総ざらいしろッ。金は後払いでいい!」

「予備役も根こそぎだ! 退役した将軍も全部連れてこい! 全部だ!!」

 わーわーわー!

 帝都中央───。
 皇帝の居わす、城の会議室は怒号に包まれていた。

 高価な椅子がひっくり返り、大量の地図とインクがそこかしこに転がっている。

 まるで泥棒にでも入られたような有様だが、違う。
 これでも、現役バリバリと今も使用中なのだ。

 伝令が出たり入ったり、大臣に軍の高官が大声で罵り合い、場を取り仕切る座長が頭を抱えている。

 議題はもっぱら軍の招集と、防衛ラインの構築だ。
 だが、それ以外にも喫緊の話題はいくらでもある。

 公共事業に、農業改革。
 治水工事に城壁の拡張工事。
 港の拡充に、他国との外交交渉───それこそいくらでも。

 戦勝パレードや、戦利品の分配もまだ終わっていない。

 そんな時に軍の緊急招集などやってみろ。足りない人手と、常に貧窮している国庫があっという間に払底する。

 内政関連の大臣は、頼むからウチの事業から人手を貫くな、金と資材を吸い上げるな、と懇願するが、軍の高官は緊急事態を告げて取り合おうとしない。

 もう何が何だか……。

 大臣は皆が頭を抱えていた。
 魔族との戦争は完全勝利で終わりを告げたんじゃなかったのか?
 街角に晒されているオーガや、トロールの首は、なんなんだ?
 作り物じゃないなら、戦利品なんだろう?

 実験室送りにされた、ダークエルフの身体もどう見ても本物じゃないか?

 何で今さら。
 しかも帝都近傍で戦争準備をしている?

 誰か教えてくれよ!!

 軍人の支離滅裂な妄言など!もう聞きたくないと大臣連中が噛みついているが、軍人は軍人で大真面目。

 会議室は踊るだけで何一つ進まない。

 わーわーわー!!

 わーわーわー!!!

 わー……───。

「───お静まり下さい」

 そこに威厳ある声量が降り注ぎ、会議室が一瞬にして静まり返る。

「はぁ。……帝国一の頭脳である皆さんと、帝国一の猛者である皆さまが揃いも揃ってこの(てい)たらく───」

 はぁ……。

「陛下もお嘆きになっておられますよ」

 ヤレヤレ嘆かわしい、と芝居がかった仕草で入室してきたのは「賢者ロベルト」……。
 魔族を滅ぼした勇者パーティの仲間で帝国一の英雄だ。

「お、おぉこれは賢者殿!」
「おや? 「大」が抜けておりますよ───将軍」

 そう。ロベルトは、魔族滅亡の功を認められ、「大賢者(アッカーマン)」の称号を賜ったのだ。

「こ、これは申し訳ありません───なにぶん、浮世から遠のいておりまして……」

 しどろもどろになりながら謝罪する将軍───いや、かれもじつは「大将軍」なのだが……。
 ペコペコ頭を下げているのは、征魔大将軍───ギーガン・サーランド。
 ……魔王領侵攻部隊の責任者だ。
 つまり、魔族を滅ぼした部隊を率いていた男である。

「し、して……。陛下は何と?」
「善きにはからえと、いつも通りですよ」

 あーそういうことか。
 皇帝陛下は暗愚ではないが、下々の者に一々口出しをしない。

 特に最近では、神々が勇者召喚し、帝国に遣わして以来、めっきりと口数が減ったと聞く。

 信頼しているのは、ロベルトくらいだろうか。
 実際、彼を除いてまともにコミュニケーションが取れている者のは……。

「で、では……?」
「えぇ、将軍の好きにされてください。軍のことは私にはわかりませんので」

「お、おお!! それはありがたきお言葉───おい! すぐに軍議だ。戦力を集められるだけ集めろッ! 急げ!!」

 ドタドタドタと、足音高く軍人達が出ていく。

 残ったのは一部連絡員として残る高級軍人が数名と、内政に携わる大臣のみ。

「そ、そんな?! ぐ、軍の好きにさせていたら国庫は破綻しますよ!」
「賢者───大賢者どの! 我らにも言い分が!」

 何とかしてくれと縋りつく大臣たち。

 それをやれやれと言った様子で振り払うと、
「分かっていますよ……。何も遠征軍を指揮するわけではありません。これは防衛戦です。───敵を駆逐すればすぐに予備役は解散させ、あなた方の下に返しましょう」

「ほ、本当ですか?!」

 まだ懐疑的な大臣たち。
 それに、資金のことも解決したわけではない。

「確かに一時的にとは言え、軍を編成すれば莫大な支出になるでしょう。ですが、逆に考えるのです───」

 ……逆?

「例えば、港湾大臣」
「え? は?」

「本、(いくさ)準備では、大量の船が必要になるでしょう。敵は川沿いに南下してきているといいます。先日、我が軍の水軍が迎撃に出たので、もしかするとそこで決着がつく可能性もありますが……」

 ふむ?

「今、帝都では船が不足しているということ───戦準備には輸送用の船ならいくらあっても構いません。つまり、船の需要が、」

 ……ピーン!
「そ、そうか!!! こ、こここ、こうしちゃおれん!! おい、伝令! 今すぐ、エルフと交渉だ。建材を大量に確保するぞ───ぐひひひひ」

(やれやれ……。儲け話があると知ればすぐに食いつく……。戦争で金づるが奪われることを心配しているのでしょうが、まだまだですね)

「皆さんもお分かりですね? 技術大臣、農業大臣───」

「お、おぉ! そうか!! こうしちゃ居れん、ワシもドワーフと交渉だ! 大量の武器を買い集めるぞ!」
「そ、そうですな!! 私は麦と塩と食肉を買い占め……げふんげふん。もとい、隣国と交渉せねばなりませんね」

 大臣連中はそれぞれの分野で私腹を肥やすべく、慌てて会議室を出ていった。

 国庫がどうの、資金だ、資材だ、人手がーー!! っていうのは、当然建前だ。

「さて、ここも静かになりましたね」

 あっという間に空っぽになった会議室。
 ロベルトとしては、こんなとこで油を売っている暇はないのだ。

 ポツンと残った座長と連絡員を尻目にロベルトもさっさと退出する。
 大臣連中を追い払って、すぐにでも軍議に移るべきなのだ。

 まったく嘆かわしいと、頭を振りつつ軍の作戦室に向かうロベルト。

 ───帝都の危機は十分に把握している。
 既にいくつもの街が燃え、滅び、大量の難民が帝都へ帝都へと流れ込んできていた。

 派遣した軍はほとんどが壊滅し、いくつかは消滅した(・・・・)

 だが、断片的とはいえ情報は集まりだしている。

 つまり……。


 バン!
「お待ちしておりました」

 重厚なドアを開けた先の作戦室。
 軍人だけの軍人のための聖域だ。

 余計な雑音の入らない作戦室では、高級将校と将軍、そして伝令だけがいる。

 ロベルトを迎えたのは、大将軍ギーガン。

 大臣の無理難題に辟易していたところを助けてやったのだ、この対応は当然だろう。

「こちらへ」

 一番奥、簡易椅子ではあるが、作戦室が一望できる座長席だ。
 そして当然の様に、そこに座るロベルト。

 ドッカと腰かけると、まさに殿様だ。

「では、はじめましょうか───」
 
 不敵な笑いを浮かべるロベルトの前に、ザ! と敬礼する軍人達。
 それを受けて、作戦会議は始まった。


第3話「軍と大賢者」


 軍人と大賢者だけの会議室。
 それは独特の緊張感に包まれた空間であった。

「───現在のところ、正体不明の敵は軍船数隻を要してリーベン川を南下中。……既にリリムダ、カラマ、アーエンズ、メルルランド、ポートハマン、ポルダム、他にも幾つかの村が壊滅しております」

 沈痛な表情で述べるギーガン。

「ま、待て?! ポルダムだと?! 帝都の目と鼻の先ではないか!」

 新たに加わった情報に、ロベルトが目を剥く。

「は……。その───敗走した兵から入った新情報です。ポートハマン、ポルダムは既に壊滅した、と……」

 馬鹿なッ!?
 は、早すぎる!!

 いくら船で川を下っていると言っても──この速度はありえん!!

「ん? まて、ポートハマンだと? あそこは確か……」
「は。水軍主力を派遣した場所でありますな……。情報は皆無でありますが、これは生存者なし──水軍は壊滅したと考えた方がよろしいかと……」

 ば!
 あ、ありえん!!

 ありえんぞ!!!

「ふ、ふざけないでもらいたい! あの水軍は私の肝入りで派遣した部隊ですぞ! 魔法兵に、ドワーフ製の重弩を大量に準備して挑んだ最強の河川部隊! たかだか数隻の軍船に敗れるはずがないでしょう!!」

「はッ! も、申し訳ありません──。さ、再度情報を精査いたします。──おい!」

 ギーガンが合図をすると、伝令が敬礼した後───直ぐに退出し、情報分析部門に駆け込んでいった。

 敗走した部隊からの情報や、難民から得た情報が集まり、それを分析している部門があるのだ。

 それを見送ったロベルトは、苛立たし気に鼻を鳴らすと、

「まったく……。私の案が早々破れるはずがありませんよ。それにしても、ポートハマンも、ポルダム守備隊も不甲斐ない。たかが、売女ひとりに我が軍がやられ放題とは……」

「申し訳ありません───。で、ですが! つ、次は大丈夫です! 私自ら指揮をし、必ずや敵を打ち砕いて見せましょうぞ!」
「当然です。では、作戦を───」

「はッ!」

 自分で会議の進行を妨げておきながらこの言い草。
 そもそも、軍人ではないくせに───。

「まず、敵の進路予想ではありますが、このように南下しつつの行動は、まさしく帝都を狙っております。次点として、エルフの大森林の可能性もありますが、戦略的妥当性を考えると、やはり帝都の可能性が高いと思われます」

 もっとも、

「念のため、エルフの族長には警報を発しておきました───ですが、我が軍には援軍を出す余裕はないと、」
「エルフたちは納得したのか?」

 戦争の惨禍が迫りつつあるときに、人類の盟主たる帝国が兵を出せないと言ったのだ。

 下手をすれば外交問題だ。

「は。意外にも、特に反対意見は出ておりません。それ以前に、エルフ兵はともかく、ドワーフ兵や帝国人の兵を、森に入れたくないと言う考えがあるようです」

「なるほど……。まぁ、向こうがそれでいいと言うなら、いいでしょう」

 エルフの族長どもは、防衛に絶対の自信があるのだろう。

 なんといっても!エルフの住む大森林には、精霊との契約によって森全体に霊的な結界が施されている。

 望まぬものを拒否すると言う森林。
 強引に分け入っても、方向感覚を狂わされ奥地で遭難したり、入り口に戻されたりすると言うのだ。

 結界を突破できるのは、唯一エルフ族のみ。

 忌み嫌うドワーフや、悪人ならばエルフ達が絶対に通さない。

「では、我々は全戦力を心行くまで投入できるわけですね」
「は。遠征軍ではないため、補給の心配がありません。また、この地域で戦うだけなら寒さに弱い飛竜部隊も使えます」

 帝国軍の全軍が使えると言う、実に豪勢な話だ。

「なるほど、なるほど───陸・海・空。……素晴らしい!」
「ありがとうございます。3兵科が揃って作戦行動をするのは前代未聞でありますが、これはよい戦訓になると思われます」

「将軍───嬉しそうじゃないか。帝都まで攻めてくる、バカ───いえ……『アホ』に感謝すべきですね」

 ニヤニヤとロベルトの嫌な笑い。

「まさかッ! 敵は薄汚い魔族の残党───いくつもの善良な人々の暮らす街を焼き、忠勇で品行方正な我が軍を潰してきた奴ですぞ。感謝など、とてもとても」

「ははは! 将軍言うねぇ。おっと、大将軍───しかし、そうですね。薄汚い魔族、そこは否定しませんよ」

 そうとも、エミリア・ルイジアナ───。
 勇者のペットで、パーティの汚点めがッ!

「……そのことですが、本当に例の死霊術士なのですか?」
「さて、南下してくる連中の顔を見たわけではありませんので、なんとも」

 ですが、

「──状況的にはありえなくもありません。最後まで生き残り、旧魔族領で歓待を受けていたはずですが、何らかの手段で脱走し、死霊術で軍勢を作り上げたならば或いは……」

 ロベルトとて可能性は低いと思っている。

 死霊術は確かに、『アホ』として消え去った。それはこの目ではっきりと確認したのでわかる。

 だが、目撃情報───。

 動機。
 兆候。
 そして、可能性。

 これらから、向かい来る魔族はエミリアであると確信していた。

 勇者のペットで、今は『アホ』……。

「くくくくく……。面白いね、エミリアぁ───私の研究成果を試せるかもしれません。見事、我が眼前に立って見せなさい!」

 うくくくくくくくくくくくく!!

 不気味に笑うロベルトを気味悪く思いながらも、ギーガン大将軍は作戦を説明し、詰めていく。

 帝都は難攻不落の都市であり、世界の中心でなければならないのだ。

 絶対に傷つけられてはならない。

 絶対に!!


第4話「激突の時、迫る……」


 ポルダムから帝都に続く街道は無数の帝国軍で埋め尽くされていた。
 歩兵、弓兵、騎兵、魔法兵と、あらゆる兵科が揃っている。

 さらには、重くて移動が困難な各種攻城兵器や面の制圧兵器も揃えられているらしく、投石器(マンゴネル)重弩(バリスタ)大型投石器(カタパルト)がズラリと並ぶ姿は圧巻であった。

 予備部隊も潤沢で、街道を進行してきた部隊は何重もの縦深をもった帝国軍とぶつかることであろう。

 さらには、空───。

 時折、太陽の光を遮る何者かに兵らが空を見上げれば、無数の飛竜(ワイバーン)が舞っているのが見えることだろう。

 帝国軍最強と名高い航空戦力。
 飛竜部隊『ドラゴンライダーズ』だ。

 そして、敵の進行が予想されるリーベン川には堰を作り、ガチガチの防御壁とした水上要塞と、ダメ押しのリーベン川を埋め尽くす戦闘艦艇の群れ。

 おまけに帝国の切り札である、水辺に強い人魚族が傭兵として詰めていた。
 人魚族は帝国発祥の地である南の島群ではよく見られる種族で、帝国とは非常に良好な関係を築いている。

 彼らの持つ三俣の銛が、ギラギラと水面と陽光に輝いていた。

 それは、過剰戦力とも思えるほど。
 もはや、帝都には万全の備えが揃い、エミリアを迎え撃とうとしている。

 そう、誰にも傷つけることのできない最強国家の都。

 それが帝都だ。

 ちなみに、帝都は多数の河川が注ぎ込む水の都。水運と陸上輸送の中心地でもある。

 もともとは、帝国とは別の大陸国家の中心都市であったが、遥か昔に占領され、島国出身の帝国が遷都し、帝国の新しい首都となった。

 その背には母なる大海を抱き、美しい砂浜(ビーチ)を供えている。
 目視できる距離には、豊かなエルフの大森林が迫り、遠くにけぶる山は荒々しきドワーフの大鉱山を抱いている。

 そして、砂浜には、多くの漁師が漁船を並べ、その空き地では若者たちが波と戯れていた。
 ───浜から少し行けば、もう帝都の大都会が目に前に迫り、喧騒が潮騒に負けじと響き渡る。

 どこもかしこも発展に次ぐ発展。

 戦争を繰り返し、他民族を征服し吸収し、ときには滅ぼした。
 エルフ、ドワーフ、人魚族。魔族を除くあらゆる人種が集まる都市は、帝国という国の象徴がたさに帝都であった。

 余談ではあるが、旧帝都は南の島嶼群にある商業国家を発祥の地としている。


 さて、軍団の中を見て見よう───。


 大軍団のなかほど、近傍の大農家の家を挑発し仮設の司令部とした中に、ギーガン大将軍と、大賢者ロベルトはいた。

 地図を広げ、軍の配置を満足げに見たかと思うと、あーでもない、こーでもないと議論する二人。

 もっぱらの議題は敵の進路だ。

 ギーガンは陸路の街道を固めることを主張し、ロベルトはリーベン川沿いの進路を警戒していた。

 一度は水軍の壊滅を疑ったロベルトだが、集まった情報から壊滅したことを認めざるを得なかった。

 つまり、ロベルトは敵の主力が水上戦力にあると説いたのだ。

「見なさい。人魚族は私が私費を(はた)いて雇いました。アナタがあまりにも強固に陸路を主張するからですよ!」

「大賢者どの……。傭兵を雇う時はご一報ください。水上要塞の兵は戸惑っておりますぞ。連携訓練もしていない兵を、急に連れてこられても困ります」

「おだまりなさいッ! 今はできる手は全て打つべきです。あの売女は、腐っても魔族最強の戦士───不意をつかれれば、陛下のお膝元が傷つきかねません」

「ま、まさか。そんな……全部で10万の大軍団ですぞ!」
「侮ってはいけない……。できることなら勇者殿にも来ていただきたいくらいだ!」

 そう、今の帝都に勇者は不在なのだ。

 新婚旅行だか、お披露目だか知らないが、ハイエルフ様を連れて各国周遊中なのだとか。

 あの好色男は、本当に使い辛い……!

 だが、強さは本物だ。
 魔族領の奥地で、あのエミリアと激突した時のことを今も時々思い出す───。

 地の底から響く死霊の声……。
 大地を埋め尽くす死者の群れ。

 それらを率いる褐色のエルフ。
 月夜を舞い、月光を受けて輝く赤い目と白い髪…………。

 あぁそうとも───。
 恐怖したさ、見惚れたさ……。

 エミリア・ルイジアナは、美しさと強さを持つ紛れもない本物の戦士だった。

 あの時、間違いなくロベルトは彼女の儚さと、頑なさと、美貌に一目惚れした。

 勇者のペットになるまではな!!

 くくくくくくくく……。

 軍人どもは『アホ』だ。
 エミリアに、散々痛い目をあわされておきながら、まだ分からないらしい。

 あの売女相手に油断などしてはいけない。
 死霊の軍勢は不滅の軍勢───。

 対抗するには、数ではないのだ。

 ガツン! と強力な戦士をエミリアに直接ぶつけなければならない。
 ロベルトの魔法だけでは心もとないのは百も承知。

 だから、用意した。
 大賢者としての切り札を──────。

(精々戦争ごっこをやっていろ、大将軍殿)

 川だ、陸だ! という議論すらバカバカしくなったロベルトはさっさと仮設指揮所を去った。
 もう、あとは軍の好きなようにやればいい。

 念には念をと思い、既にやんごとなき皇帝には帝都を避難していただいた。

 彼の者の発祥の地───南島国……旧帝都へ。

「──さて、あなた達分かっていますね?」

 指揮所を出たロベルトの下に音もなく近づく小集団があった。

 いかにも歴戦の戦士たちと言った容貌の者。

 大剣を携えた戦士、怜悧な雰囲気のエルフの弓兵、双剣を弄ぶ獣人、錫杖を持つ虚無僧風の神官。

 大金を(はた)いて雇った冒険者だ。
 クラスは最高級のSランク。

 ロベルトの見立てでは、勇者に匹敵する戦力だ。
 先の魔族領侵攻時には、何処かのダンジョンに潜っていたがために雇えなかったものの、今回は違う。

「金は貰った。任せな」
「安心しぃや、兄ちゃん」

 無口なエルフと虚無僧に代わって、大男と獣人が答える。

 大賢者相手になめ腐った口調だが、力では勝てないので放置するしかない。

「……いいでしょう。では、皇城に戻ります。私の研究室の守りを固めてください」

「へーへー。畏まり」
「ビビり過ぎだぜ、賢者さんよ」

 へへへ。と笑う男達。
 イラッとくるものの、ここは堪える。

 だが、事実でもある。
 
 ロベルトは恐れているのだ……。
 敵がエミリアであったという事実に──。

 彼女は許さないだろう。ロベルトも、サティラも、グスタフも──……そして帝国も。

 だから、わかる。
 彼女の目的は復讐だ。

 そして、帝都に向かっているのは帝国への復讐もさることながらロベルト自身への報復もあるのだろう。

 あの月夜の彼女を思い出し、ブルリと震える。歓喜か恐怖かそれとも……。

「エミリア・ルイジアナ……」

 かつて、勇者に敗れたとはいえ、ロベルトもサティラもグスタフもあっと言う間に圧倒されたあの力───。

 死霊術とダークエルフという、この上ない最悪の組み合わせ……。
 

 あの悪夢が再び。


 ドクドクとなる動悸を押さえ、ロベルトは急ぎ足で皇城へ向かう。
 大丈夫……。
 大丈夫、私には切り札があると───。

 しかし……。

 読み違えていたのは、ギーガン大将軍だけではない。
 大賢者ロベルトも決定的な読み違いをしていた。

 エミリアがロベルトと帝国に復讐のために来たのは大正解。

 だが、エミリアはもはや死霊術士ではない───。

 彼女はもう、愛しいアンデッドの声を聞くことはできない。

 そう、今のエミリアは──────。






 米軍術士(アメリカ軍マスター)のエミリアだ。

第5話「獅子の尾を踏むということ」

 帝都の前面───そして、帝都脇を流れる大河───リーベン川を守る帝国軍。

 その数は概算で10万。
 そして、未だ帝国各地から続々と集まりつつあった。

 守るべき皇帝は既に南方へと避難していたが、帝都には平和を愛する市民が多数過ごしているのだ。
 必ず守らなけらればなれない。

 いつもは賑やかで、活気に沸き返っている帝都も、今は少しばかりその喧噪に陰りが見えた。

 それもそのはず。
 武器を取れる男達は根こそぎ動員され、さらには、少々ロートル染みた老人たちも予備役として駆り出されていた。

 女性でも従軍経験者は軒並み、根こそぎだ。子供でも体格のよいものは武器を支給され、臨時編成の旅団に組み込まれている。

 だから、帝都郊外に布陣している大軍勢は、概算10万! と、銘を打っていてもその中身は大半が帝都市民たちだった。

 正規兵はその半分もいない。

 だが、練度の低さをとやかく言う以前にこの緊張感のなさはどうなのだろうか?

 無理やり武器を持たされ、お古の鎧を着ていても、顔見知りが多いものだからそこかしこで、ペッチャラ、クッチャラ、おしゃべり三昧。

 まるで同窓会でもやっているようだ。

 そもそも、帝都市民を動員する理由が徹底していなかった。

 魔族の残党が攻めてきた───程度の情報しかなく、その程度の戦力にこの軍勢は過剰だろうと言うのがもっぱらの評判。

 自分が戦うまでもなく、正規軍がいれば鎧袖一触だろうと───。

 それよりも、家に残してきた家族が心配だなーとか。
 今日の配食はなんだろうなー、な~んて。

 つまり、だーーーーーれもが、緊張感などは、まっっっっっったく持ち合わせていなかった。

 そんなものだから、帝都内もしんみりとしている。

 陽気な男達が根こそぎ郊外にいるものだから、商売あがったりというものである。
 とはいえ、全ての男達を狩りだしたわけでもないので、多少は喧噪もある。

 子供たちや女房、年寄りたち。

 他にも、特殊な技術を持つがゆえ残された職人たちや、城や役場務めの文官などの役人に、他国からの観光客などなど。

 そして、こうした混乱に便乗して悪事を働く連中を取りしまる憲兵の部隊だ。

 彼らがいつも居丈高に警邏しているのは、示威行動のためでもある。
 ことさら威張って歩くのも職務の一環。
 「おい、ちゃんと見てるぞ!」と、アピールしているのだ。

 今日も今日とて、憲兵たちは胸を張って、肩で風を切りながら帝都を行く。

 すると───。
 なにやら、帝都の背中───砂浜(ビーチ)の方が少々騒がしい。
 ワイワイ、ガヤガヤと住民たちが集まっている。

 それに気付いた憲兵たちは、ちょっとした騒ぎに顔を見合わせる。

 なにやら不穏な気配……?

 ガチャガチャと鉄の靴を鳴らしながら憲兵が近づくと、住民たちが海を指さし、あーでもない、こーでもないと───。

「おい! 貴様ら、何を騒いでい───」
 そこで憲兵も言葉が詰まる。
 だ、だってそうだろ?

 住民たちが指さす先に見えるもの───。

 な、なんだありゃ……??
 
 もう一遍いう、
「───なんだありゃ?!」

 憲兵たちが目にしたもの。
 それは、一言でいうなら……城だろうか?

 海の上に浮かぶ───鋼鉄の城。

 いや、鉄が浮かぶはずもないから、海から生えた城?

 だけど、
 いやいや、まさか?

「け、憲兵さん! な、なんですかあれ?」
「今朝には何もなかったんだよぉ!」
「あれって皇帝陛下の御業? それとも神々が降臨なすったので!?」
 
 憲兵に気付いた住民が、わいのわいのと集まってくる。
 だが、聞かれたとて憲兵に分かるはずもない。

 というか、あの城──────。

「お、おい……俺の目の錯覚でなければ、あれ動いてないか?」
「いや、……見えてる。見えてるぞ。……こ、ここここ、こっちにくるッ!」

 よく見れば、かなりの数の城が海上にあり、まっすぐに帝都に向かって近づきつつあるようだ。

 正体は不明。

 不明だが……!!

「おい! 今すぐ警報だ! 鐘を鳴ら──」






 ドォォォオォォオオオオオオオオン!!!






 突如、砂浜(ビーチ)が爆発した。


第6話「太平洋艦隊」

「さぁ、征きましょう───愛しきアメリカ軍たちよ……」

 海上で海風を受けながら次々に、アメリカ軍を呼びだすエミリア。
 彼女は巨大戦艦の甲板の船首に立ち、両手を広げていた。

 バサバサとマントが波打ち、海風が気持ちいい───。

 視界は広く、眼下では白波が弾けている。
 まるで空を飛んでいるかのようだった。

「あぁ、これが海──────……皆、海があるよ」

 あの古い城で無残に殺された魔族と、両親と、ダークエルフ達を思い、そうっと話しかけるエミリア。

 今のエミリアには、もう死霊と話すことはできないが、きっと感じることはできる。

 彼らには、エミリアの声も届くかもしれない。

 それでいい……。

 『アンデッド』は去れども、エミリアは『アメリカ軍』とともにいる。

 エミリアは背中の刺青に魔力を送り込み、アメリカ軍を喚び出す。

 ズズズズズズズ───ズザァ……!

 すると、海に巨大な鉄板の様なものが現れ、波打つ鉄板の中央に描かれた『USA』の文字がせり上がり、中から更なる軍艦が進水してきた。

 『USゲート』

 エミリアが名付けたそれは『アビスゲート』の亜種のようなもの。

 それはエミリアの知識にはないだろうが、軍の格納庫を思わせる鋼鉄製シャッターを模していた。
 それこそ、かつて呼びだせた『アビスゲート』と同じように、この世ならざる者(・・・・・・・)を喚び出すものだ。

 そして、ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……! と、唸るような音ともに、顔出してきたのは巨大な船舶。

 そう。余りにも巨大。
 そして、圧倒的であった。

 そうとも。
 海を割り、波をかき分けて来たのどっしりと海上に姿を見せたのは───。

 ブゥゥン……!


 ズゴゴゴゴゴゴゴゴ…………!


アメリカ軍
Lv2:太平洋艦隊(WW2初期型:1942)
スキル:ヨークタウン級航空母艦
   (艦載機、対空砲)
備 考:第二次大戦で活躍した海軍艦艇。
    ダメージコントロールに優れる。
    大戦初期に生産された空母だが、
    非常に優れた性能を誇り、
    大戦後期に進水した新型艦に匹敵。


 そう、それは長大な飛行甲板を有する大型空母───ヨークタウン級であった。

 ドルン、ドルン、ドルンドルン…………。
 ドッドッドッドッドッドッドッ…………!

 甲板には多数の艦載機が並び出撃の時を、今か今かと待っている。

「さぁ、もっとおいで───我が愛しのアメリカ軍よ」

 ズズズズズズズズズズ……!

 エミリアの背後と海上に、大量の『USゲート』が現れる。
 そこから、出るわ出るわ!!

 ザザザザァァァァァア……!!

 この世ならざる者を喚び出すという点ではアビスゲートを同じだが、呼び出されるのはアンデッドではない───。

 彼らはアメリカ軍だ。

 次々と『USゲート』が現れ、その奥から続々と海兵隊員が現れる。


アメリカ軍
Lv2:太平洋艦隊(WW2初期型:1942)
スキル:海兵隊歩兵
   (機関銃(B.A.R)、小銃(M1903)手榴弾(マークⅡ)
    海兵隊砲兵
   (軽榴弾砲(75mmM1A1)対戦車砲(37mmM3)拳銃(ガバメント)
    海兵隊戦車兵
   (軽戦車(スチュアート)短機関銃(トミーガン)
    海兵隊工兵
   (騎兵銃(M1カービン)、梱包爆薬、火炎放射器)
備 考:海兵隊は第一師団装備を基準。
    ガダルカナル島攻略など、
    数多の激戦を経験。精強な部隊。
    着上陸戦のプロフェッショナル。


 ゾロゾロと沸きだした大量の小型船舶と車輌。
 なんと、海の上には上陸用舟艇(LCVP)に乗った海兵隊。
 さらには水陸両用車両(LVT)にのった海兵隊がエミリアの誘いに応じて集結していく。

 そして、さらに、さらに、さらにと、艦艇を喚び出すエミリア。

「もっとおいで。もっとおいでなさい──」

 ズザザザァァァァアアアアン……!!

アメリカ軍
Lv2:太平洋艦隊(WW2初期型:1942)
スキル:ノースカロライナ級戦艦
   (主砲、副砲、対空砲、艦載機)
備 考:第二次大戦で活躍した海軍艦艇。
    ダメージコントロールに優れる。
    主に太平洋での作戦行動に従事。
    高速航行により様々な任務に対応。


 そるは、エミリアが乗船する(・・・・・・・・・)艦と同系の───ノースカロライナ級戦艦。

 それが4隻。

 彼女が乗船する分を含めれば、5隻の巨大戦艦だ。

 ノースカロライナ級戦艦5隻
 ヨークタウン級航空母艦1隻

 これで、術のレベルがたったのLv2だ。
 当然ダークエルフのエミリアのこと───まったく魔力の減少を感じない。

 ダークエルフの体質として、元々魔力は高いのだ。

 だが、この質量。
 いくらなんでも、死霊とは比べるべくもないのではないだろうか?

 それとも、魂を冥府の主に食わせ、アメリカ軍へと昇華したときにエミリア自身も変質したのだろうか?

 もはや残る魂は欠片程度であっても、だ。

 いや、構うものか。
 愛しい、愛しいアンデッドのなれの果て───アメリカ軍。

 それでいい。
 それだけでいい。

 私は彼らも愛して見せよう。
 静かで、寂しくて、悲しいアンデッド。

 それが、

 喧しくて、陽気で、楽しいアメリカ軍であっても───。

(───あぁ。愛しのアメリカ軍。私の復讐の礎……)

 死霊を愛し、米軍を愛する。

 ゆえに、エミリアはたった一人で大量のアメリカ軍を率いるのだ。

(───遊弋している戦艦達との繋がりを感じとれるわ)

 艦載機を満載し、出撃の時を今か今かと待っている空母との繋がりをも感じる。

 そして、海上にいる海兵隊と、彼らが搭乗する多数の上陸用舟艇と水陸両用車両との繋がりをも感じる。

 みんな私と繋がっている。

「さぁ、行こう……皆。あの先へと───」

 うっとりとした目で見つめる先は美しく輝く世界国家の帝国───のその首都たる帝都だ。

 あぁ、楽しみだ。
 あぁ、待ち遠しい。
 あぁ、濡れる───!!

 お前たちを地獄に叩き落とせる日が来るなんて、なぁんて嬉しいんだ。

 さぁ、怯えろ。
 さぁ、竦め。
 さぁ、漏らすがいい───!!

 我がアメリカ軍は一切容赦しない。
 私のアメリカ軍は微塵も容赦しない。

 丁寧に、親切に、優しくお前たちを冥府に送ってやろう。

 そうとも、向こうで魔族が待っている。
 みんな、お前たちの到着を───今か今かと待っている!!

 さぁさ、超特急で送ってごらんに入れましょう───。

 地獄への直行便。
 
 その号砲こと、艦砲射撃は今、始まる!!

目標(ゴール)───帝都(インペリアルシティ)
了解(ラージャ)!!』

 エミリアの命をうけ、アメリカ軍は攻撃準備行動を開始する。

 空母は風上へと船首を向け、
 戦艦はエミリアが乗船する一隻を除き順次開頭───船腹を帝都に見せる。

 クゥィィィイイイン……!

 ───左舷砲戦用意ッ!!


 さぁ(ナゥ)
 聞け(リッスン)───。

 さぁ(ナゥ)
 見ろ(ルック)───。

 さぁ(ナゥ)
 感じろ(フィール)───。


 そして、
「───(ひざまず)き、伏して許しを乞えッ!!」


 ウィィィィイイン……!!

 4隻の戦艦が主砲の鎌首をもたげる。
 ゴンゴンゴン……!

 重々しい音と主に、巨砲が帝都を指向する。
 その数4隻36門───!!

 16インチ、約406mmの巨砲が帝都に食らいつかんとする。

お前たちが望んだ(・・・・・・・・)魔族がやって来たぞ!!」

 人を食らい、
 人を焼き、
 その悲鳴を楽しむ邪悪な魔族───!

 平和の(エネミィ オブ )(ピース)
 帝国の(エネミィ オブ )(インペリアル)
 人類の(エネミィ オブ )(ヒューマン)



 それが魔族(わたし)だ───!!

 それが魔族だ(イッツ マイン)───!!



聞け(リッスン)見ろ(ルック)感じろッ(フィィイル)!! これが復讐(ディスイズ ア )(フレイム)炎だッ( オブリベンジ)!!!!」



 一隻だけ帝都に向かって、驀進(ばくしん)する戦艦に乗ったエミリアは、一人───船首に仁王立ち。
 そして、復讐の炎を巻き散らかさんとする。



 すぅぅ……、
「───撃てっぇええ(ファイァアア)!!」


 ───ッッズガン!!!!


 16インチ砲が火を噴く!!

 1隻当たり9門!
 そして、4隻の一斉射で36門ッッ!!

 これを食らって、生きて、無事で、五体満足で帝都にいられると思うなよ!!


 ズガン! ズガン!
 ズガガガガガガガガガガガガガガン!!!


 海上を圧する長大な砲音!
 離れた位置にいるエミリアでさえ鼓膜が破れるかと思ったほどだ。

 ブワァァ!!───ザッァァア!! と、発射の衝撃波が海を伝い、半円に広がって小さな波を起こす。

 真っ黒な砲煙が発生し、巨大な戦艦を覆いつくす。


 そして、それは来た!!
 ───着弾の時は来た。

 グゥオォォオオオオオ!!

 空を圧する巨砲弾が、空気を割る轟音…………。


 ッ!


 ズドーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!

 ズドドドドドドドドドドドーーーーーーーーーーーーーーン!!!!!



 大爆発!!

 大爆発!!

 もう一度言う、大爆発だ!!


 砂浜が、
 街が、
 港が、
 
 帝都が、

 皇城が!!

 人々が!!!!!

 ───木っ端みじんに吹っ飛んだ!! 




To be contener……
──────────────────
※ アメリカ軍ステータス ※

アメリカ軍
Lv2:太平洋艦隊(WW2初期型:1942)
スキル:ヨークタウン級航空母艦
   (艦載機、対空砲)
    ノースカロライナ級戦艦
   (主砲、副砲、対空砲、艦載機)
    クリーブランド級軽巡洋艦
   (両用砲、対空砲、魚雷、爆雷)
    グリーブス級駆逐艦
   (両用砲、対空砲、魚雷、爆雷)
    ガトー級潜水艦
   (魚雷、主砲、対空砲)
    海兵隊歩兵
   (機関銃(B.A.R)、小銃(M1903)手榴弾(マークⅡ)
    海兵隊砲兵
   (軽榴弾砲(75mmM1A1)対戦車砲(37mmM3)拳銃(ガバメント)
    海兵隊戦車兵
   (軽戦車(スチュアート)短機関銃(トミーガン)
    海兵隊工兵
   (騎兵銃(M1カービン)、梱包爆薬、火炎放射器)

備 考:第二次大戦で活躍した海軍艦艇。
    ダメージコントロールに優れる。
    主に太平洋での作戦行動に従事。

    海兵隊は第一師団装備を基準。
    ガダルカナル島攻略など、
    数多の激戦を経験


アメリカ軍
Lv0→合衆国陸軍(南北戦争型:1864)
   合衆国海軍(南北戦争型:1864)
Lv1→欧州方面派遣軍(WW1型:1918)
   大西洋艦隊(WW1型:1918)
Lv2→サハラ軍団(WW2初期型:1942)
   太平洋艦隊(WW2初期型:1942)
(次)
Lv3→欧州派遣軍(WW2後期型:1945)
   太平洋艦隊(WW2後期型:1945)
   戦略爆撃軍(WW2後期型:1945)
Lv4→????????
Lv5→????????
Lv6→????????
Lv7→????????
Lv完→????????


第7話「ギーガン大将軍」

「な、何事だ?!」

 前線を視察していたギーガン将軍は、帝都から響き渡った爆発音に目を剥いた。

 大軍勢ごしに帝都を振り返ると───あぁ、なんてことだ!!

「て、帝都が燃えている───?!」
「しょ、将軍!! ギーガン大将軍!!」

 真っ青な顔をして伝令が飛び込んできた。
 その慌て方からもただ事ではない様子。

「なんだ! 早く言え───」

 ぜぇはぁぜぇはぁ……。
「おぇ……。はぁはぁ、て、帝都を巡回中の憲兵隊からの通報です───」

 憲兵?

「て、帝都沖合に不審なものが!」
「馬鹿者ぉぉお!! 見ればわかる! そんなものは報告ではない───もっと、」

 伝令の胸倉をつかんだギーガン。
 だが、彼も負けじと伝える。

「ち、違います!! 憲兵長官から、じきじきの通報なのです!!」

「なに?! 長官がそんな情報を──……!まさか、敵は海から?!」

 その可能性に気付いたギーガンは真っ青になる。
 敵は、てっきり南進してくるものとばかり……。

 だから、海側に兵など配置していない。
 それどころか、帝都自体がほぼ空っぽだ!

「くそ!! 急ぎ誰か物見を!! 今すぐ海側に早馬を走らせろッ」

 その不審なものはなんだ?!
 そいつが帝都を焼いているのか!?

 こうしている間にも、帝都に次々と火柱が上がり、ゴウゴウと燃えていく。

 今さらながら、帝都では緊急を伝える鐘があちこちで鳴っているが、それでどうなると言うのか!!


 ───ギィェェエエエエン!!


「む!」
「あ、危ないッ!! 飛竜がこんな近くまで!」

 突如、低空飛行を仕掛けた飛竜を警戒して、護衛兵がギーガンを取り囲み盾を成す。

 最悪の事態を想定して抜刀───。

 しかし、飛竜は謀反にあらず。
 ギーガンの上空で軽くホバリングすると、竜騎手が通信筒を落としてきた。

 カラァン♪

 と、軽い音を立ててバウンドしたそれを拾い、中の紙を確認した護衛がギーガンに差し出す。
 竜騎手は未だ上空に遷移し、そこから見える情報を伝えようとしているのだろう。
 
 確かに高い位置なら海まで見渡せる。

《海上にて、巨大な船舶を確認───火を噴き、帝都を焼いている》

「───だと?」

 何を言っているんだこいつは?!
 巨大船舶? 火を噴く?
 要領を得ない内容がツラツラと紙面に踊っていた。

「───ええい! 要領を得ん!! 飛竜に手旗信号を送れ、『その船はなんだ』と言ってやるのだ!」
「はっ!」

 ギーガンの指示により、通信旗手が小さな信号旗を取り出すと素早い動きで、竜騎手に伝える。

 すると、

 カラァァン♪

《全長約200m、幅約30m、総鉄製の巨大船が5隻、型違いが1隻、小型船舶多数》

「ぐぬぬぬ、何を馬鹿なことを!! 誰かあの竜騎手を引きずりおろしてこい!!」
「無理です! 兵が密集し過ぎていて着陸場所がありません!!」

 ムッキー! と頭から湯気を噴きながら続けて言う!

「『寝ぼけるな! 鉄の船が浮くものか! そんな夢物語でなく、まともな報告をしろッ』そう言ってやれ!!」

 通信旗手は戸惑いつつも、全文を間違いなく、竜騎手に送る。

 すると、

 カラァァン♪

《偽りにあらず! 小型船舶は多数が帝都の砂浜(ビーチ)に向かいつつありッ!───自分で見ろ、バカ!》

「なんだあの竜騎手!! あとで軍法会議にかけてやる!!」
「え、えっと、それを送るのでしょうか?」
 
 信号旗手がオズオズと尋ねる。

「アホぉぉお!! こういえ、『寝ぼけたことほざいてないで、まともに答えろ! その小さい船とやらは何をしようとしているッ』以上だ!!」

「は、はい!!」

 バッバッバッ! 信号旗手は良く見える様に大きな動きで旗を振る。傍から見れば実に間抜けに見える事だろう───。

 カラァァアン♪





《上陸しようとしている!!!》


第8話「敵前上陸」

 ザァァァァアッァアアン!!

 ズザァァッァアッァアン!!


 ノースカロライナ級が、海を割りながら進む。
 巨大な四万トン級戦艦が、船首で海を盛大に切り裂き進む様は、実に圧巻であった。
 そこに、寄り添うようにして進むのは、海兵隊の上陸用舟艇───他に水陸両用車輌も併走している。

 それらの背後では、4隻の戦艦群が帝都に向け、何度も何度も艦砲射撃を繰り返していた。

 ズドン!
 
 ズドンッ!

 と、腹に響く音が空と大地を圧している。

 そして、帝都───。

 エミリアの視線の先の帝都は、ゴウゴウと燃え盛り、まるで魔女の釜だ。

 あの威容を誇っていた皇城は、まっさきに崩れ去り、今や基部がむき出しになっている。
 市街地に至っては、巨大な拳に殴られでもしたかのように、あちこちにクレーターが開き、そこから真っ黒な黒煙をふき出している。

 これから向かう砂浜にも、多数の砲弾が落下し、漁船や係留設備などが木っ端みじんに吹き飛ばされていた。

 そこかしこで、濛々とした煙が立ち込め、あそこで生きている人間がいるなんて、とてもじゃないが信じられないだろう。

 エミリアはその光景に、ニコニコと笑いながらみつも、時折うっとりとした表情をみせる。
 今も、ほら!
 着弾の度に何か(・・)が、派手に打ち上げられるのを見て下半身を疼くのだ。

 くぅ……♡

 見るものがいれば、彼女の顔をみてゾクゾクとしたことだろう。

 色気を感じさせる声で、体を火照らせるダークエルフの少女……。

「あぁ……。あぁ……♡」

 燃えている。
 燃えている───!

 あの帝都が燃えている!

 あの人類最強国家の首都が燃えている。

 あの魔族を殺した元首のお膝元が燃えている。

 なんて、
 なんて、

「───なぁぁんて、胸のすく光景ッ!!」

 いいわぁ。
 嬉しいわぁ!!

「もっと! もっと!! もっと!!」

 ───もっと榴弾を!!
 ───もっと榴弾を!!

「もっと榴弾を!!」

 奴らのねぐらに、16インチ砲弾をぶち込んでやれ!!

「───わたしに、散々ぶち込んだんだ!」

 だから、お前たちにもぶち込んでやるッ!

 さぁ、さぁ、さぁ!

さぁ(ナァウ)──────!!!」

 撃てッ(ファイア)
 撃てッ(ショット)!!
 撃てッ(アタック)!!!

ドンドン撃て(ファイアウェイ)! ドンドン撃て(ファイアウェイ)!! もっと撃てぇぇえ(キープファイァァア)!!」

 ドカン、ドカン、ドカン!!!

 次々に立ち昇る火柱。
 もはや、撃ち漏らした場所などどこにもないと言わんばかりに!!

「あははははははははは!! 帝国が燃えている!! 帝国を燃やしている!! 帝国は燃えているぞぉぉぉおお!!」

 あーーーーーっはっはっはっはっはっは!

『閣下!───上陸3分前!! 我が艦は座礁します!』
 
 キュィイインとハウリングを流しながら、艦内放送が流れる。
 ……なるほど、この巨大船だ。

 港でも、なんでもない砂浜にそのまま上陸できるはずもなし。

 だが、それでいい。

 これは威嚇だ!
 この巨大戦艦を帝都の前に乗り上げ連中のド肝を抜いてやるッ!!

「上陸用意! 艦は支援よ!」

 エミリアは美しい笑みを見せると、眼下にいる海兵隊員を見送る。

 速度を落とし始めた戦艦を追い抜くようにして、多数の上陸用舟艇と水陸両用車が白波を蹴立てて砂浜に向かう。

 さぁ、地獄の始まりはこれからよ───。

 精々抗って見せるがいい人類ッ!!

 そして、
「賢者ロベルト───……この程度で死んでもらっては困るからね」


 うふふふふふふふふふふふふふふふふふ。


「あはははははははははははははははははははははは!!」


 ケラケラと笑うエミリア。
 そうして、ようやくエミリア達は帝都に敵前上陸を果たす───。


 ズン……!!

 ズズズズズズ……。

 小動する戦艦。
 どうやら船底が砂浜を削っているのだろう。

 質量と運動エネルギーだだけで強引に乗り上げていく。

 波を受けない砂地はもう目と鼻の先───。

 海兵隊員は一足早く砂浜に取り付く……。



命令する(アイオーダー)───帝都を(デストロィ ザ )滅ぼせ(インペリアル キャピタ)()

『『『『我々に(イエスウィ)お任せを(キャン)!!』』』』



 ズザザァ………………ッ!

 波を割り、水の中に砂が混じり、スクリューとともにかき回される様子がまざまざと見えた頃、


 先頭船舶──────……達着ッッ!!

 上陸用舟艇の先端が砂浜を齧り、僅か先の乾いた地面を睨む。
 そして、それを目掛けて上陸用舟艇の先端が───ぱかりと前に倒れたッ!


行け行け(ゴーゴー)行け行け(ゴーゴー)行け行けッ(ゴーゴーアヘッド)!!』
進め進め(ムーヴムーヴ)進め進め(ムーヴムーヴ)進めぇぇぇぇええ(キープムーヴィング)!!』

 手に手に小銃を持った海兵隊が砂浜に躍り出て、帝都に向かう。

 念のために、上陸用舟艇にある2門の機銃がババババババッと、前方を掃射していく。

 海兵隊自身も分隊支援火器(B.A.R)の、ブローニングオートマチックライフルをバリバリバリ! と、撃ちまくり戦友を支援。

 そして、水陸両用車は搭載火器の12.7mm重機関銃でドゥドゥドゥ!! と腹に響く音を立てながら、僅かに残る家屋を薙ぎ払っていく。

 砂浜に乗り上げた水陸両用車は、後部から海兵隊を吐き出すと車体を盾に、兵士を援護して前へ前へと。

 そうしてあっという間に砂浜を占領すると、ドンドン前へ進み、帝都へ占領地域を広げ始めた。




 今のところ反撃はない……。


第9話「帝都攻防前哨戦(前編)」

 エミリアは座礁した戦艦の上に腕を組んだまま仁王立ち、眼下で行われる海兵隊の動きを注視していた。

 魔族最強と言われた彼女の目から見ても、彼らの動きの優秀なことといったら、このうえない。

 丁寧に、素早く、正確に!

 何一つ見落とさないとばかりに、帝都へと占領地を広げていく。

 さらに、砂浜に広がった後続部隊は続々と集結し、装備品を揚陸していく。

 対戦車砲に、軽榴弾砲。
 迫撃砲に、対空砲───とあらゆる火器が運ばれ仮設陣地の中に引き込まれていく。

 水陸両用車は搭載火器を振り回しながら帝都の残骸をバリバリと踏み割りながら奥へ奥へと!

 遅れて上陸した軽戦車もその後を追う。

 装甲車両の進撃に合わせて、海兵隊員も銃を油断なく廃墟の街に向けて前へ前へ。

 既に艦砲射撃は遠のいていた。

 味方の上に落とす程、海軍はバカじゃあない。

 ほとんどが無血上陸。

 今のところ抵抗らしい抵抗はないが──。

「来たか……」

 エミリアの目がキラリと輝く。
 彼女の優れた五感が!いち早く敵の存在に気付いた。

 こんなに早く動ける敵は───……。

「あれは、飛竜(ワイバーン)かしら?」
 
 空を圧する様な巨大な黒影───……なんと、帝国軍は飛竜を操れるのか!

 エミリアも噂では聞いていた。
 帝国の最速最強の部隊、ドラゴンライダーズのことは。
 だが、魔族領での戦いでは見かけなかったので、何らかの運用上の制約があるのだろうが……。
 
「ふふ。面白いじゃない───」

 私のアメリカ軍と、ドラゴンの亜種。

「───尋常に勝負だッッ!!」


 征けッッ!!
 我が空母艦載機よッ!!

 ───敵を叩き落とせッッ。


了解ッッ(コピー)!!』

 連絡員が頷き、すぐさま空母が動き出す。

 連絡などしなくてもエミリアとアメリカ軍は繋がっているので、すぐに動けるだろう。
 彼らが無線でやり取りするのは、そういう組織構造だから。
 そこをエミリアはとやかく言うつもりはなかった。

 艦首を風上に向けたヨークタウン級空母の甲板で待機していたF6F艦上戦闘機(ヘルキャット)が頼もしいエンジン音を立て、発進位置につく。

発艦準備(レディ フォ )よし(「ランチ───|3、2、1《スリー ツー ワン)……発艦(コンタック)!』

了解ッッッ(コンタァァァック)!!』

 ドドドドドド…………ウォォォオオン!!

 するすると滑るように飛行甲板を走り抜けると、甲板の切れ目で一度海に落ちそうになるもすぐに大馬力エンジンで機体を浮かび上がらせる。

 そのまま馬力にものを言わせてグングン高度を上げていく。

 飛竜部隊のど真ん中をぶち抜くのだ!!

 グゥオオオオン!
 クゥオオオオン!

 更にさらにと、空母から戦闘機が発艦していき。
 そして、お次はと順次艦内のエレベーターから艦上攻撃機、艦上爆撃機とドンドン甲板に並べられていく。

 大型爆弾を懸架したTBF艦上攻撃機(アヴェンジャー)は上空で仲間を待ち、
 急降下爆撃可能なSBD艦上爆撃機(ドーントレス)は翼をつらねて海兵隊の付近を旋回し、近接航空支援に備える。


 ふふふふふふふふふふ。


 ドラゴン……。
 ドラゴン……。

 ドラゴンよ──────。

 帝国に飼いならされた哀れな魔物……。

 今日! この日、この瞬間、
「───空の王者は誰か、その身をもって知るといいッ!!」

 あははははははははははははははははは!

 高笑いするエミリアは、マントだけを羽織って戦艦上から跳躍する。

 海兵隊のあとをお追うように、丁度眼前を走り過ぎた水陸両用車(LVT)の真上にスタンと降り立つと、ニコリとほほ笑む。

さぁ(レディ)行きましょうか(フォ ジェントルメン)
『『『ハッ、閣下(イエス マム)!!』』』


 バタバタとマントをはためかせ、裸体を少しばかり見せながらエミリアが帝都に上陸する───。

 史上初、帝都に進撃した魔族……。

 そして、おそらく最初で最後の出来事だろう───。



 なぜなら、本日をもって帝都は終了するからだ!

 なぜなら!!

 なぜなら、
「───この、私が来たのだ!! 突貫、吶喊、特観ッッ!!───人間どもよ、特と観よ!!」


 これが(魔族)だ!!

 これが米軍(アメリカ軍)だ!!

 これが復讐(歓喜)だぁぁっぁぁああ!!


 すぅぅぅ……。
「───突撃ぃぃぃいいい(チャァァァァアジ)!!」


 ウーラー!!

『ウーラー!!!』
『ウーラー!!!』
『ウーラー!!!』

『『『『ウーーーーラーーーーー!』』』』


第9話「帝都攻防前哨戦(中編)」


 一方、竜騎兵部隊では、


 ぎぃぃぇぇえええええええん!!


 竜騎兵たちの駆る飛竜が大声で鳴く。
 仲間たちの危急を伝えているのだ。

「……全くなんてことだ!!」

 事態に気付いた竜騎兵長は愛竜の首を海岸に向けると、盛んに軍団旗を振る。

 《集合》《緊急》の二つの信号だ。

 ほどなくして、全ての竜騎兵が集まるだろうが、空中集合にはいましばらく時間がかかる。
 その間に偵察を済ませておこうと、再び海岸───そして、眼下の帝都を見下ろした。

 海上には巨大な鉄の城が浮いており、何度も何度も火を噴き空を圧倒する大音響を立てている。

 耳にビリビリ響くこの感じは、何かが発射されているのだと言う事だけは分かる。

 だが、それがよく見えない。

 投石器の類なら、空を飛ぶ岩石が見えそうなものだがその姿は見えない。

 それでもわかるのだ───長らく空を仕事場にしている竜騎兵長は、空気にも音と質があることをよく知っている。

 その感覚を肌で感じるのだが、その感覚をもってして、確かに何かが発射されていると───「あッ!」

 一瞬だけだが、何か見えた!

 何か円錐形の巨大な塊が、目の前をものすごいスピードで航過していったのを……。

「な、なんだあれは───?!」

 竜騎兵長がその弾道を追うように眼下を見下ろすと、街が……帝都が燃えている。
 ゴウゴウと火を噴き、あちこち延焼しながら今も盛んに燃え広がっている。

「わ、我が帝都が!!」

 そして、それを助長するように、航過していった塊(・・・・・・・・)が地面に落下し──────ドカーーーーーーーン!! と派手に爆発した。

「な、なんてことを!?」

 なんてことを!!
 なんてことをぉぉぉおおお!!

 あの下に、いったい何人暮らしていると思っている!?

 銃後の非戦闘員が大半なんだぞ?!
 なんの罪もない女子供ばかりなんだぞ?!

「ひ、人でなしめが!!」

 戦える男達は根こそぎ動員され、帝都正面に布陣していた。
 そのため、帝都には女子供が大半だ。多少は男達もいるが非戦闘員ばかりである。

「なんて、卑劣なことを……! くそッ、くそぉおお!! まだか?! まだ集合は終わらんのか!!」

 近づいてきた僚騎に近づき大声で怒鳴る。
 そうでもしないと、上空では声がかき消されるのだ。

「今しばらく! 今しばらくです!」

 帝都中で大発生している轟音が、竜騎兵の伝達阻害のそれに拍車をかける。

「───兵長! もう少しです。全騎兵がともに信号を確認……───集結中です!!」
「ええい、遅いッ!! 50騎程つれていく───おまえは副長に連絡をとり、後続の指揮をさせろ、いいな!」

「はっ!!」

 敬礼を受け、竜騎兵はいち早く集合の終わった竜騎兵を引き連れ攻撃に移る。
 あの海の城を何とかして止めないと帝都が焼け落ちてしまう───。

「全騎我に続けッ!!」

「「「おう!!」」」

 頼もしい気配を背中に感じつつ、竜騎兵長は愛竜の速度を上げていく。

 ゴウ!! と空気を斬る音を感じながら、一直線に海の城を攻撃せんと一塊になる50余騎の飛竜部隊!

「行くぞ! 目標───先頭の海の城だ!」

「「「了解!!」」」

 竜騎兵長を先頭に、一つの槍のように三角錐型の戦闘隊形ととり襲い掛かる竜騎兵。

 見よ! この見事なまでの連携───そして練度を!!

「───帝都を焼いた罪は重いぞッ! 知れ、身の程を!!」

 グゥゥオオオオオオオオン!!!

 聞いたこともないような空気を切る音が頼もしい、我々竜騎兵の突撃の音だろう。
 さぁ、帝都を焼いたように、お前たちも焼き殺してやる───!!

 グゥゥゥォオオオオオオオオン───!!

 竜騎兵長はぐんぐん速度を上げ急降下しつつ、白波を蹴立てて驀進する巨大な海の城に突撃する。

 そして、見た──────。

 城の先端に立つ黒いマントの少女の姿を!

「あれは───まさか、魔族なのか?!」

 そうか……!
 これが噂の、魔族の残党どもか!!

 そして、アイツがそうなのか?!

 魔族最強の戦士───、
「エミリア・ルイジアナぁぁああ!?」

 竜騎兵長の目に映る魔族の少女が、ニヤリと口の端を歪めたのが良く見えた。

 不敵なその笑み───そして、美しさ!

 魔族め……!! 舐めやがってぇぇえ!

 ───グォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!

「なるほど……! あれが死霊術。道理で見たこともない敵がいるわけだ───だが、断じて許せん、」

 総員、
 突撃ぃぃぃいい──────!!

 グォオオオオオオオオオオオオオオン!!

「───竜の炎(ドラゴンブレス)用意……ってさっきからうるせぇな!! なんだこ」

「「「へ、兵長ぉぉおおおお!!」」」

 僚騎達の絶叫。

「なん、だ?! やかま」

 頭上を圧する音に、思わず空を見上げると──────……!!


 な、なんだあれは───!!


 頭上の太陽の中に何かいる。
 多数の何か──────……!!

「バカな! わ、我らよりも高く飛ぶものなど……」

 それが竜騎兵長の最後の言葉になった。
 彼の目に移ったのは太陽を背に負った、深い青色をした鳥の様なもの───F6F艦上戦闘機(ヘルキャット)の姿だった。
 
 そして、ソイツが火を吹いた!!
 噴きやがったのだ!!


 ズドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!!!


 まるで火山の爆発の様に、凶悪な光の火箭が6条も伸び竜騎兵長の姿に食らいつく。
 それはヘルキャット戦闘機の機銃、12.7mm機関砲の咆哮だ!!

 この艦上戦闘機は、重機関銃の部類になるM2ブローニングを元に開発された航空機関砲をなんと6門も搭載し、前方に集中配備している。

 その火力たるや!!

「へぶぁ?!」


 ぐしゃぁぁっぁあああ!!

 
 あっという間に竜騎兵長を血の染みに変えると、その下の飛竜すらズタズタに引き裂く。

「うわぁ!!」
「兵長ぉぉおお!!」
「な、何が起こった!?」

 一瞬で隊長騎を失った竜騎兵達はパニックを起こしそうになるも、そこは流石に手練れの精鋭たち。

 すぐに秩序を取り戻し、先頭騎を次級者に引き継ぐと、竜騎兵長の意志を引き継ぎ突撃を再開した。

 だが、彼らは分かっていない。

 竜騎兵長は、不幸な事故で死んだわけではない。
 それはそれは明確な敵意をもって、喉元を食い破られたのだ。

 すなわち──────。

「お、おいッ、待て!!」
「馬鹿野郎! 兵長の仇を───」

 勘のいい兵は気付いたようだがもう遅い。
 いや、気付いたところで何ができようか……!

 竜騎兵50余騎は、とっくに捕捉されているのだ。

 空母ヨークタウン級から発進した艦載機。
 地獄の猫──────グラマン社製の艦上戦闘機F6Fヘルキャット20数機に!!

 グウォオオオオオオオオオオオン!
 グゥオオオオオオオオオオオオン!!

 グォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!

「な、なんだこいつら!!」
「は、はやい!!」

 2000馬力エンジンが、数トンもの機体を強引に加速させ、竜騎兵たちに一斉に襲い掛かる。


 ズドドドドドドドドドドドドドドドド!!
 ズドドドドドドドドドドドドドドドドン!

 そして、空を埋め尽くす12.7mm機関砲の炎の嵐が!!

「うぎゃあああ!!」
「ひ、ひぃいいい!!」
「逃げろぉォおお!!」

 たちまち竜騎兵たちは大混乱──────そして、次々に空に血袋をぶちまけた様になり飛散する。
 その姿たるや、飛散し悲惨だ!!

「た、助けてくれ──────!!」

 散り散りになり、海上を低空飛行で逃げ惑う竜騎兵。だが、その時彼らは聞いた──。

 美しい旋律で歌うな少女の声を……。

《逃げられると思うの───? 逃がしはしないわ……。皆、等しく死になさい》

 ただの一兵たりとも、等しく悲惨に……。

 そう、お前たちはただ、ただ。


 だだ、
「───飛散せよッ!!!」

 悲惨せよ! 飛散せよ!!

 旋回し急降下しそれぞれの獲物の背後を取ったヘルキャット───。

 その視線に怯える竜騎兵たちは、あっという間にその火箭に囚われ今度こそ全滅した。


第9話「帝都攻防前哨戦(後編)」

「な、何が起こった!」

 竜騎兵たちの副長は、ようやく集合の終わった兵を引き連れ、本隊を形成していた。

 その数、帝都中からかき集めた竜騎兵のほぼすべて───。

 なんと、100余騎の精鋭達だった。

「わ、わかりませんが……! 見てください、アレを!!」

 若い竜騎兵に促されて視線を投げると、その方向では竜騎兵の先行50余騎が、何か鳥の様なものに追い回されている。

 深い青色をしたそれは、ともすれば海と混ざり見失いそうになる。

「青い───怪鳥(ガルダ)だと!?」

 竜騎兵には劣るも、巨大な鳥を飼いならした航空部隊も存在する。

 どちらかというと、南方諸島群やエルフ達が森で多用することが多いと言うが、帝国の平地でも多少ないし使っている。

 だが、いずれにしても飛竜に敵うほどの脅威ではない───ないが……。

 本隊が見守る中、あっという間に兵長以下が空の滲みになった。
 ブチャァ……と、赤い血潮が撒き散らされていく。

「ば、ばかな!! 全滅! 全滅しただと?!」

 眼下で繰り広げられる空戦は、一方的かつあっという間に終了した。

 いや、空戦と言っていいのかどうか……。

 そうだ。
 あれは、ただの殲滅だ。

 ワナワナと震える手を握りしめた副長が、隷下の部隊に叫ぶ!

「くそ!! 全騎聞け!」

 よく通る大声で副長は言った。
 彼に取れる選択肢は二つ。

 退くか
 征くか

 だが、当然ながら───。

「……我々は退かない! 見ろ! 敵は高度を失った───今こそ絶好の機会であるッ」

 そうだ。
 空を飛ぶものなら、何をおいても同じこと───。

 下から上に上がると言うのは、多大な労力がかかる。
 いかに、飛竜を圧倒した怪鳥といえど、それは同じこと。

「───我らは一丸となって、敵を討つ! 続け、兵長の仇をとれぇぇえ!!」

「「「おう!!!」」」

 高所が有利。
 それは間違いない───。
 副長の読みは正しいだろう。

 だが、

「目標!! 奥の4つの城だ!! 全騎一斉に攻撃開始」

「「「おう!!」」」


 そう。間違ってはいない───。
 だが、間違いだ。


 海上の4隻のノースカロライナ級が無防備に見えるのだろうか?
 ただただ、火を噴き───肩を寄せ合う烏合の衆に見えるのだろうか?

「突撃ぃぃいいい!!!!」

 副長は竜騎兵を引き連れ、ノースカロライナ級に一斉に襲い掛かった。

 上空からの急降下。

 そして、ドラゴンブレス───……。


 襲い掛かった?

 誰が何に?

 竜騎兵が4万トン級戦艦(・・・・・・・)に?



 逆だろう!!!!!!



 クゥィィィイイン……。

 ノースカロライナの備える高角砲と機銃群が、一斉に空を指向する。
 4隻合わせて、数百にのぼる対空砲が整然とした動きで飛竜たちを見上げていた。

 今か今かと時を待ち、
 ───連装5インチ高角砲が涎を垂らす。

 さぁ来いさぁ来いと手をこまねき、
 ───1.1インチ75口径機関砲が満面の笑みを浮かべる。

 やぁやぁヨロシクと、
 ───ブローニングM2、12.7mm機関銃が余裕綽々と手を差し伸べる。

 高性能の対空照準器は、とっくに彼らを捉えている。

 あとは待つだけ──────滅びの時を!

 そして、

「者ども───かか」
 れぇぇえ!! と言おうとしたときだ。


 ドォォォーーーォオオン……!


 あの副長が吹っ飛んだ。
 何の前触れもなく、一瞬で空に消えた。

 ちょっとした黒煙を残して────……。

「え?」
「あ?」
「ちょ……?!」

 出鼻をくじかれ、唖然とする竜騎兵100余騎───。

 次の瞬間。
 海上に火山が生まれた。

 比喩表現としてそれとしか言いようがない。

 ノースカロライナ級4隻。
 数百門の対空砲が一斉に砲撃を開始したのだ。


 ズズン!!
 ドガガガガガガガガガガン!!

 空に真っ黒な爆炎が花咲き───……。
 竜騎兵たちを押し包んだ。

 そして、あっという間に、間抜けで鈍い飛竜部隊は消滅した……。

第10話「エミリア、帝都に立つ」

「あはははははははは!!」

 あはははははははははははははははは!!

 エミリアはご機嫌で笑い続ける。

 だってそうでしょう?
 おっかしいんですもの───。

 ドラゴンライダーズ?
 あは! あの程度の連中が、帝国最強で最精鋭をほこる飛竜部隊なんですもの。
 最強なんですもの。
 雑魚なんですもの。

「あはははははははははははは!!」

 コロコロと笑い、黒いマントをフワフワと海風に靡かせるエミリアは、美しく妖艶だった。

 既に帝都は艦砲射撃をうけ、爆発炎上している。
 だから、戦艦の援護射撃は終了していた。
 もちろん、味方への誤射をも考慮している。

 戦艦の主砲は強力無比!!
 上陸支援としては過剰なまでの火力も、止んでしまえばあっと言う間だ。

 ゴウゴウと燃え盛る帝都の音と、海兵隊の怒号以外は静かなもの。

 あっという間に無血上陸を果たした海兵隊は、既に支配地域を奥へ奥へと広げ、安全地帯となった海岸に次々と物資を揚陸している。

 積み上がる弾薬箱。
 仮設陣地に引き込まれる軽榴弾砲。
 揚陸されていく軽戦車。

 そして、彼らが万全の態勢を整え、海岸でエミリアを出迎えてくれた。

 海岸の手前で停止した水陸両用車両(LVT)から飛び降りるエミリア。

 バシャリ!! と、足に感じる海水が実に気持ちよかった。


 あぁ、気持ちいい─────……。


 バシャリ、バシャリ! と、海をかき分けエミリアは砂浜へ向かう。
 ハタハタとマントをはためかせ、艶かしい肢体をチラチラと晒しながらも、悠然と歩く───。

 誰にも邪魔されることなく、魔族が悠々と帝国のお膝元に上陸しているのだ!


 来たよ。
 父さん、母さん。
 ダークエルフ里の皆───。
 

「エミリアは来たよ───人類の最奥へ……」

 触れることも敵わぬ最強国家帝国の首都へ……。

「私は来た。私が来た。私も来た!!」

 魔族と共に、

「───多くの英霊とともに!!」

 すぅ……、
「人類よ!! 魔族(わたし)が来たぞッ!!!」

 ザッ!!

 遂に砂浜を噛んだエミリア。
 暖かくさらさらとした感触を足裏に感じ、ついに乾いた大地に……。

 そして、人類の支配地域へと魔族エミリアは到達した。

 史上初───……。人類は魔族の侵攻を受けることとなる。
 そして、

 今日をもって、
「───滅びの時は来たぞッ!!」

 思い知らせてやる。
 私達の思いを!

 虐げられ踏みつけられた者たちの悲願を!!

「さぁ、さぁ、さぁ!!!」

 滅びが来た。
 私が来た!!

 お前たちの悪夢が来たぞ!!

「滅びるのが嫌ならば──────!!」

 ザッザッザ……。
 無防備に帝都に身を晒し、砂浜を越えるエミリア。
 そして、浜と帝都を分かつ堤防の上に立つと、ザァ! と広がる帝都を見渡すッ!!


「───抗って見せろッッ!!」


 バサァ!! とマントを翻し帝都を圧倒するエミリアはたった一人で立ってみせた。
 
 魔王軍最強───魔族最強の戦士として!

第11話「鉄槌!!」

「りゅ、竜騎兵が──────ぜん……消滅?!」

 顎が外れんばかりに、口をあんぐりと開けたギーガン将軍。
 帝都から這う這うの体(ほうほうのてい)で逃げ出してきた憲兵の報告を受け、唖然とするばかり。

「は、はい……海上を監視していた他の憲兵も確認しております」

 そして、言う。

「さらに、そのぉ……。て、敵は多数の兵を伴っており、砂浜(ビーチ)はあっと言う間に占領。今は敵で埋め尽くされております」

「何ぃ!!」

 そんな報告は初めて聞いたぞ?!

「馬鹿な! はやい、早すぎる!!」

 早すぎるぞ!
 いくらなんでも、早すぎる!

 たしかに、竜騎兵の物見から上陸部隊の存在は聞いていたが、発見から占領までの間がほとんどない。

 竜騎兵にしても、さっき出撃したばかりである。

「き、貴様ぁ、嘘をいっているのではあるまいな?!」
「う、ううううう、嘘ではありません!! 現に、すでに敵は帝都へと侵入し───」

「な、なんだとぉ!!」

 ばかな! ばかな! ばかな!!

「───き、貴様ら憲兵はそいつらを止めるのが仕事であろうが!! いったい今まで何をしていた!!」

 自分の失言に気付いた憲兵は真っ青になる。

 そりゃあそうだ。
 帝都の治安維持が役割の憲兵が、帝都へ敵の侵入を許している。

 しかもコイツの言い草からすると、抵抗らしい抵抗はしていないようにも───……。

「いえいえいえいえいえいえいえいえいえいえ! め、めめめめ、滅相もありません! わ、わわわわ、我が憲兵隊は果敢に反撃し、敵の侵攻を帝都内で食い止めておりますぅぅぅうッッッ」

 だらだらと汗を流しながら、ブンブン首を振る憲兵。
 
「なぁにが抵抗だ!! それは何もしておらんのと同義じゃあああ!!!」

 ブァキィィィイイン!! と憲兵を殴り飛ばすと、ギーガンは肩をいからせて司令部から出る。

「集まれ、将軍ども!!」

 陣内全てに届かんばかりの大声を張り上げると、すぐさま近傍に控えていた将軍たちが集合する。
 軍議のために、彼らは司令部付近で待機していたのだ。

「第1師団長、ここに」
「第2、第3師団もおりますぞ」
「各旅団長も参りました」

 ざざっ! と敬礼する将軍のお歴々。
 
 その素早い動きに満足げに頷き返すと、ギーガンは喧しいほどの声量でがなり立てた。

「貴様らも知っての通り、敵───薄汚い魔族の小娘が帝都を襲っている」
 
 ふむふむ、と頷く将軍たち。

「卑怯にも小娘は多数の死霊を操り、我らの裏をかいて海岸から侵攻を開始した───由々しき事態である」

 裏をかくのが卑怯かどうかはさておき、状況は既に将軍たちも独自に集めた情報から知っていた。

 そして、竜騎兵が破れたことも───。

「……状況は最悪である。もう一度言うが、最悪である!!」

 そうとも、最悪だ。
 守るべき帝都は灰塵に()そうとしている。

 ならば、
「だが、我らは意気軒高───。軍団は幸いにも無傷である。……諸兄らに問う!!」

 我らの首都。
 母なる帝都。

「皇帝陛下のお膝元を、汚らわしい魔族が犯そうとしている───。いや、すでに犯されているのだ!! ならば、我らのすることは何だ!!」 

 ダン!! と一歩踏み込み、将軍たちを順繰りに指さす。

「奪還だ!!」
「殲滅するのみ!」
「魔族討つべし!!!」

「「魔族に死をッ! 帝都を取り戻せ!」」

 ワッ!!

 と、一斉に沸き返る場に、満足げに頷くギーガン大将軍。

「よろしい!! ならば、反撃だ! 諸兄らはすぐに攻撃準備せよ!! 後尾の第10旅団が最も近い。すぐに突入し、魔族を駆逐するのだ!!」

「ハッ!! お任せを!!」

 バシッ!! と綺麗な敬礼を決める第10旅団長。

 初老の彼は、出世コースを逃し、将軍職を近く退いていた。
 しかし、今回の動乱に合わせて急きょ編成された旅団に将軍として配置され、帝都を守る予備部隊となっていた。

 精鋭の第1師団~第3師団は帝都正面の前線に配備され、市民兵や予備役を招集した臨時旅団はもっぱら予備として、後続の部隊であった。

 だが、エミリアが海岸から上陸を開始したため一転して最前線になってしまったのだ。

 今から軍団の配備を変更することは困難であり、やったとしても、時間がかかるうえ、混乱を広げるだけだろう。

 そもそも、たかが魔族の残党という思いがあり、ギーガンを含め、帝国側の将軍はエミリアの戦力を侮っていた。

 それがために、予備部隊から戦線に投入すると言う愚を犯していることにこの時はまだ気付いていなかった。

「我が旅団が、必ずや魔族を駆逐してご覧に入れましょう!」

 そういって、すぐに踵を返し、自らの旅団を率いるために去っていく彼を見送りながら、
「では、諸兄らもすぐに準備せよ! 第10旅団だけで十分と思われるが、念には念を。順次帝都に入り魔族を掃討するのだ!!」

「「「「ハッ! お任せを───」」」」

 全将軍の敬礼を受け、自らもゴツイ腕をもって返礼しようと──────……。

 その時、



 グォォォォオオオオオオオオオオン……。

 グゥゥオオオオオオオオオオオオオン!!



 突如、空を圧する轟音が鳴り響いた。

※ ※

「なんだ? 何の音だ?!」

 ギーガンは上空を仰ぐ。
 すると、陽光を塞ぐ多数の黒い影───。

「ドラゴン?」
「竜騎兵隊ではないでしょうか?」

 そうだ。
 たしかにドラゴンの咆哮の様にも聞こえるが……。

「しかし、竜騎兵は全滅したと───」

 将軍のお歴々も首を傾げる。

「……憲兵どもめ! いい加減なことを言いおって!!」

 だが、ギーガンはただただ憤慨していた。
 不甲斐ない憲兵の態度もそうだが、情報は虚偽だらけであると!

「ええい! 飛竜部隊に決まっておる!! 我が軍の飛竜部隊が、早々全滅してもたまるか!」

 そんなことができるのは勇者か、天上におわす神々くらいなもの───。

「そうですな。おそらく、海上の敵を殲滅して、意気揚々と帰って来たのでしょう。もしや我らの仕事は既にないのでは?」

「「「「わはははははははははは!」」」」

 頼もしげに笑う将軍たち。

 だが、

「お、おい……。あれ、本当に飛竜か? ワシの目が曇っていなければ、飛竜の姿には見えんのだが───」

 飛竜部隊に所属していたこともある将軍の一人が、首を傾げる。

 そして、さらによく見ようと目を凝らすと、飛竜の様なそいつらが帝都正面に布陣する軍団の上空に差し掛かり、


 ひゅるる………………。


「なんだ? 糞……??」

 そう。
 飛竜の様なそいつ等は腹からバラバラと何か黒いものを落としていった。
 あろうことか、軍団の真上で糞を───。





 チュドーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!!!





 帝都正面に布陣していた、10万を豪語する軍団が今まさに爆発した。


 ヨークタウン級空母から発艦した、大型爆弾を懸架したTBF艦上攻撃機(アヴェンジャー)の絨毯爆撃によって───。


第12話「帝国軍反撃ッ!」

「ぎゃあああああああああ!!!」
「ひぃいいいいいいいいい!!!」
「火が、火が、熱い熱い熱い!!」

「腕が、腕がああああああ!!!」


 軍団は大混乱に陥っていた。
 そして、大被害を受けている。 
 そりゃあ、そうだろう。

 上空を遷移した TBF艦上攻撃機(アヴェンジャー)は、何者にも邪魔される事無く、30数機が翼を連ねて軍団を睥睨し、最も密集し、最も効果の高いと思われる場所に差し掛かると───。

目標上空(オールメン ウィル)嚮導機の(ビィ リリースドゥ)投下を合図に(ボム ウェンシグナル)全機一斉(アボゥフ ターゲット)投下ッ(リーダーア ドロップ)!』

『『『了解ッッ(ラジャ)』』』

 グゥォォォオオオン!!
 グゥォォオオオオオン!!

 大馬力エンジンで地上を圧するように咆哮すると、ついに到達。

 そして、
 先頭機が爆弾槍をグワバッと広げたのをみて、全機一斉に爆弾層を開く。

 その様たるや圧巻!!

コースよし(コースクリア)コースよし(コースクリア)コースよし(コースクリア)……』

 用意(スタンバァイ)用意(スタンバイ)よーい(ステェエンバァーイ)───。

『───……投下(ドロップ)ッ!!』

『『『投下(ドロップ)!! 投下(ドロップ)!!』』』

 ひゅるるるるるるるるる…………!

 投下(ドロップ)投下(ドロップ)投下(ドロップ)───!!

 ひゅるるるるるるるるる……!!
 ひゅるるるるるるるるる……!!

 大型爆弾が、空気を切り裂く不気味な悲鳴をあげると───。

 グゥオオオオオオオオオオオオオオン!!

 爆弾を投下し、機体がぐぐんと浮き上がった。

 そして、そのあとに、バラバラと振り落とされた大型爆弾と通常爆弾の群れッ!!

 2000ポンド爆弾一発か、500ポンド爆弾4発のいずれかがヒュルルルルルルルルルルルルル……と空気を切り裂きながら落ちていく───……。


 落ちていく。
  落ちていく……。
   落ちていく───!


 チュドーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!


 そして、爆撃の花が地上に咲いた。

 そして、阿鼻叫喚の地獄が生まれた……。

 それは、絨毯爆撃という、無慈悲で無差別で無茶苦茶な爆弾の暴威だ!

 ドカンドカン、ドカン!! と断続的に連続して爆発が起こり、地上に展開していた帝国軍の集中する場所で大爆発が起こる。

 2000ポンド爆弾は容赦なく兵を焼き、爆風で騎馬を薙ぎ倒し、破片で弓兵をバラバラにした。

 500ポンド爆弾は連続して降り注ぎ、100人長を木っ端みじんにし、10人長を恐慌状態に落とし入れ、一兵士の戦意を完全に奪った。

 大被害!!
 大損害!!
 大打撃である!!

 そして、エミリアにとっては、

 大戦果!!
 大勝利!!
 大打撃である!!

 彼女は笑っているだろう。
 あははははは、と花のように笑っているだろう。

 その様子をまざまざと見せつける様に、TBF艦上攻撃機(アヴェンジャー)はグルグルと爆撃上空を旋回すると、翼を連ねて帰っていった。


戦果(コンフォーム オブ)確認( バトル リザルト)───帰艦(リターン トゥ)する( ザ シップ)!! 第二撃の(フォーザ セカンド)準備を( ショット)!!』


 ギーガン達帝国軍の将軍からすれば、夜盗に突然刺されたようなもの。
 何もわからぬ、知らぬうちにこの様ッ!
 ようやく揃え、訓練し、布陣した軍団が粉みじんに吹き飛ばされたのだ。
 
 幸いにして、ギーガンたち将軍のお歴々は無事だったものの……。

「ぐ、ぐぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬ!!! なんだ、今のは!!」

 聞かれたとて将軍連中にも答えようがない。
 少なくとも分かっていることは……。

「わ、我が軍の飛竜ではありませんな」

「そんなことは分かっている!!! くそぉ、卑劣な魔族め、もう、ゆるさん!!」

 だんだん! と地団太を踏んだギーガンは顔を真っ赤にして唸る。
 そして、剣と軍配を引っ掴むと言った。

「もういい! 全軍反転ッ! 反転しろ! 一斉に帝都に雪崩れ込み、侵入した魔族を蹂躙するのだッ!!」

 順番とか、軍団内の混乱だとか、そんもん知るかーーーーーーーーーーーーーーー!!

「お、お待ちください! そんなことをすれば各師団、旅団内で部隊が混交してしまいます!」
「ぶ、部隊同士で衝突しますぞ! 我が軍団は密集しておりますゆえ」

 将軍連中はギーガンを押しとどめようとするも、

「ぶわっかもーーーーーーーーん!! 密集している部隊が今やどこにある!!」

 バーン!! と指さす先は、混乱し散り散りに逃げ回る兵士達。

 連携も連絡も、何もあったものじゃない!

「今は時間だ! 勢いだ! 兵らに混乱が生じぬうちにさっさと役割を与えてやれ! さもなくば軍団は今日をもって消滅するぞ!」

 ギーガンの言うことは正しい。

 今はパニックで右往左往しているも、その次に訪れるのはパニックからの集団恐怖だ。

 そして、それは一度軍団に広まるともう止まらない。

 全部隊が好き勝手に……。いや、兵士一人一人が勝手気ままに行動し、まるでネズミの死の行進のように、我先にと集団のようでいて、誰も統制しないただの烏合の衆と成り果てるのだ。

「は、はいいいい!!」

 将軍たちもようやくその事態に思い至り、慌てて自分たちの部隊に戻り始める。
 もはや、全滅に近い損害をうけた部隊も多数あったが、それでも辛うじて体裁を整えるくらいには生き残りもいた。

 そいつらが一斉に動き始めた。

 グルンと、巨大な生物が裏返る様に、一斉に踵を返す大軍団!!

 ゴウゴウと燃える戦友を踏みつけながらも、呻く負傷者を薙ぎ倒しながらも、味方の部隊と衝突しながらも、帝国軍は一斉に反転し、帝都に向かって進み始める。

 その様子を俯瞰していたギーガンは、(おもむろ)に軍配を取り出すと高らかに掲げた。
 すぅぅ……。

「全軍、突撃ぃぃいいいいいい!!!」

 そして、ギーガン大将軍自身も剣を抜き、巨大な軍馬を駆ると先頭に立って突撃を開始する。


 混乱醒めやらぬ軍団に、明確な目的を!!
 恐慌状態に陥る前に、攻撃を!!


「我に続けぇぇぇぇぇええ!!!」


 うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!

 数万の軍団が、一斉にして帝都に雪崩れ込み始めた。
 味方同士、肩と肩をぶつけつつ、槍の穂先で仲間の背を刺し貫きつつ、進軍する。

 帝都の家屋を、後続に押されるようになぎ倒しながら帝国軍は突き進む。

 潰し潰し、潰され潰され、突き進む!!
 だってしょうがないだろ?!

 後ろからドンドン来るし、
 横も斜めも人でギッシリ!

 前に進むしかないんだよ!!


「帝国万歳!!」


 帝国ばんざーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーいい!!!

 遮二無二突進する帝国軍。
 その流れは、まるで黒鎧の人々の大河のよう───。

 あらゆる物を飲み込み、
 あらゆる者を切り裂き、
 あらゆるモノを踏みしだく暴力の塊!!


 だが、そこにいたのは──────……。


第13話「火力と火力と火力と火力(前編)」


「あは♪ 来た、来たぁ」

 クルクルと舞い踊りながら、エミリアはアメリカ軍の作った仮設陣地の中にいた。

 既に帝都の半ばまで侵入し、皇城の基礎が見える場所まで辿り着いた彼ら(アメリカ軍)は、そこで進軍停止。

 水陸両用車両(LVT)や、スチュアート軽戦車を核に陣地構築を開始。

 廃材や、砂浜からドンドンと送り込まれる土嚢を積み上げ野戦築城の構え。

 兵隊と兵隊。
 分隊と分隊。
 小隊と小隊の間隙を埋め、火線によって連携させる。

 鉄条網は雑だが、しっかりと距離を測って有機的に、時には丸見えの地雷も敷設。
 埋めている時間などない。

 特に機関銃陣地と迫撃砲陣地には力を入れて、工兵隊を投入し迅速に掘り上げていく。

 完成した傍から、砂浜から送り込まれた機関銃チームや迫撃砲分隊が予備の弾薬と共に、陣地に乗り込んでいく。

 そうして、完成半ばではあったものの、帝国軍を待ち受けるには十分な陣地が完成していた───。


 そこに来たのだ。


 大声を張り上げ、家屋を薙ぎ倒し、戦友を踏みつけ、目を血走らせた帝国軍がッ!!!


 うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!

 ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!

 ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!

 奇声、蛮声、大声!!

 もはや、ネズミの大群と変わらない。

 それを見つめるエミリアは身体を火照らせ、艶かしく指を這わせ、下腹部を撫でる。

 あぁ♡
 あぁぁぁ♡

「さぁ、さぁ、さぁ、」

 さぁ!!!!

「来なさいッッ!! 魔族はここよ!! エミリア・ルイジアナはここにいるわよ!!」

 軽戦車の上に立つと、エミリアは叫ぶ。
 感極まって叫ぶ。

 あぁぁぁぁぁぁ♡

 ───我ここにありと叫ぶ!!

「私が憎い? 私を殺したい? 私は死ぬべき?」

 笑顔のエミリア。
 燃える帝都にあって、異様な雰囲気を纏ってクルクルと舞い踊るエミリア。

 少女が艶かしく、肉感的に官能を震わせて踊る。

 そこに、
「───見つけたぞ!! 魔族めッッ!!」

 巨躯の将軍───。
 魔王領に侵攻し、魔族を殲滅した帝国軍の指揮官か現れた!

 そう、かのギーガン大将軍がそこに来た!

「あら。指揮官先頭とは恐れ入るわね」
「ぬかせ! 売女が!! 聞け、」

 軍馬を駆り、大軍勢を引き連れたギーガンは、一度手綱を退いて馬を後ろ足で立たせると、その上背で圧倒する。(ナポレオンのポーズ)

 ヒヒーーーーーン!!

 その不安定な姿勢のまま言った。

「……我こそは、元魔族領侵攻軍指揮官、大将軍のギーガン・サーランド!!」

 ───名乗れッッ!!

 ギーガンの罵声の如き名乗りを受けて、エミリアも上品に笑い、名乗りを返す───。

「……我は(エクス)死霊術士(アンデッドマスター)、魔族の戦士───米軍術士(アメリカ軍マスター)のエミリア・ルイジアナ!!」

 または、

「貴様らの怨敵にして、天敵───。今宵の悪夢の体現者……」

 そして、

「──────最後の魔族だッ!!」


 ぬん!! と腕を組み、黒いマントで覆われた肢体を晒しながらも堂々と言ってのける。

 たった一人で、
 たったの一人で!

 数万の軍勢を前に、一人悠然と立つ!!

「ぐはははははははははははは!! 小気味よい小娘だ。そして、中々の胆力───気に入った!!」

 ズドンと、馬が前足を降ろし、ギーガンが軍配をエミリアに突きつける。

「ひっ捕らえて、ワシの慰み者にしてくれるわッッ! 者ども、かかれぇぇぇえええ!」

「「「おおおおおうッ!!」」」

 軍団が一斉に気鋭をあげる。
 先ほどまでの狂乱が嘘のように治まり、ギーガンの一挙手一堂に皆が注目している。

 さすがは大将軍。
 さすがは最強国家の軍人!!

 そして、元魔族領侵攻軍司令官!


 いいわぁ、
 そうよ───そうでなくっちゃ!

「あはは♪ 私が欲しいの……?」

 捕らえて慰み者にする?

 うふふふふふふふふ!!

 あははははははははは!

 ならば……。
 ならば!!!

「──────ならば、やってみろっ!!」


 おうよ!!!!!


「全軍、突撃ぃぃぃいいい!! 魔族を薙ぎ払え!!」

 軍配を突きつけるのを合図に、数万の軍勢が明確にエミリアを指向する。

「「「「「おぉうッッ!!!」」」」」

 そして、凄まじい勢いと足音でゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!! と帝都を驀進する!

 その勢いの中にドーーン!! と立ち、軍を指揮するギーガンは、周りの破壊されていく家屋とは違い、兵らが自然と避けていく。

 まるで大河のなかにギーガンという中州があるかのようだ。

 これが帝国軍の大将軍のカリスマ───そして、威容なのだ。

「ゆけ! やれ!! アイツが我らが帝都を焼いた(にっく)き敵だ!!」

 殺せ!!
 殺せ殺せ!!

 殺せぇぇええええええ!!!!

「見ろッ! あの貧相な死霊どもを!───奴の配下のアンデッド兵など地面で震えておるわ! いかほどのこともないッ!!」

 ニィと笑うギーガン。
 そして、フフフとほほ笑むエミリア。

 どちらも癇に障る(つら)だ───!

「舐めるな小娘!!」
「舐めるな人間!!」

 サッと、手を掲げたエミリアは高らかに言う。


ぶっ飛ばせッ(マザーファッカー)!!!」


『『『了解(イエス)! 閣下(マム)ッ!!』』』


 恐慌し、強行する帝国軍に向かってアメリカ軍の放火が咲いた……。


 無敵の砲火が花咲いたッッッ!!!

第13話「火力と火力と火力と火力(中編)」


ぶっ飛ばせッ(マザーファッカー)!!!」
 ───了解(イエス)! 閣下(マム)ッ!!

 通じあうアメリカ軍とエミリアに意識の遅滞などない。

 すぐさま、海岸からドンドンドンドンッ!
 と、銅鑼を叩くような音が木霊したかと思うと───。

 シャシャシャシャァァァアアアア───!


 …………ッッッ!


 ズッドーーーーーーーーーーーーン!!!


 大地が猛烈に沸き返った!
 紅蓮の炎を巻き上げて!!!

「「「うぎゃぁぁあああああああ!!」」」

 それは、隊列のど真ん中で砲火が炸裂し、そこにいた多数の兵らが舞い上がる。
 当然、ぶっ飛んだ兵らは既に息をしていない。
 砲撃とは、そんな生易しいものではないのだ!!

 そして、次々にドカンドカンドカン!! と着弾し、帝国軍をぶっ飛ばしていく。

 発射元は砂浜(ビーチ)に展開した海兵隊砲兵の装備する75mm軽榴弾砲!

 とっくに照準を付けて待ち構えていたので試射の必要すらない───最初っから、全力の効力射だ!!

 そこに、更に加わるのは近接火網!!
 まずは、曲射火力───迫撃砲だ!!

「やりなさいッ!!」
了解(イエッサー)!』

 スコン……ガキューーーーーーーーン!!

 軽い音とともに放り込まれた60mm迫撃砲弾が、小気味のいい音を立てて発射される。

 それらが連続して、発射に次ぐ発射!!

 スコココココン……ガキン! ガキン! ガキューーーーーーーーーン!!!

 猛烈な速度で装填される砲弾が、次々に砲口から飛び出し、帝国軍に死を撒き散らす。

 そのうち、

 ガッ……キィーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!

 連続した発射音はついに一つの音と成り果て発射!!

 そして──────着弾!!!!!

 ズン、ズン、ズン……!

 ズドーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!

 榴弾砲に負けないくらいの曲射火力が頭上から降り注ぐ!!

 まるで、無慈悲な神の鉄槌の如き一撃が、血走った目でわけもわからず駆ける帝国兵の鼻先に降り注ぎ、彼らの身体をバラバラに吹っ飛ばす!!

「「「ぐわぁぁああああああああ!!」」」

 それだけで、そうとも───それだけで帝国の誇る精兵たちが吹っ飛んでいく。

 いや違う、それこそがだ!!
 砲弾と砲兵こそが正義!!

 火力がすべて!!
 雑兵をいくら連ねても無意味!!!

 戦場を支配するのは、砲兵なり!!!

 次々に降り注ぐ、砲弾と砲弾と砲弾と砲弾と砲弾と砲弾と砲弾と砲弾───!!

 ドガン、ドガンッ、ドガン!!!

「「あぎゃぁぁぁあああ!!」」
「「うぎゃぁぁぁあああ!!」」

 豪快な笑みを浮かべていたギーガンも徐々に口の端が下がって行き、わなわなと震えだす。

 そりゃあそうだ。

 数万の軍勢をエミリア一人に指向して、何も出来ずに配下の兵がぶっ飛んでいくのだ。

 その中には将軍もいる。

 将軍でさえ、突撃する兵に流されるように、あれよあれよという間に人の波の飲みこまれ、気付けばアメリカ軍の砲火に囚われていくのだ。

 だが止まらぬ。

 兵らは止まらぬ。

 突撃の命を受け、ただひたすら前へ前へ。
 前線で何が起こっているのかも知らずに、前へ前へ。

 ただひたすら屍を積み上げていく。

「ぐぬぬぬぬぬぬぅ!! たかが死霊が、こんなぁぁぁあ!」

「あははははは! どうしたの? こうしたの? そうしたの? 私はここよ。エミリア・ルイジアナはここにいるよ」

 あはははは、あはははは、とエミリアは美しく笑う。

 あはぁぁあ♡

 そして、体の線をなぞる様にうっとりと下から上へと撫で上げると、

「どぉう?♡ 薄汚い魔族は私で最後……。さぁ、おいでなさい───最強の国家とやら」

 ───私が欲しいんでしょ?

「あと、たったの百メートルよ! さぁ♡ さぁ♡ さぁぁあ!!」

「ぐぬぬぬぬ! 舐めおってからにぃぃいい!! 征くぞ者ども、ワシが先陣を切るッ!! 続け!!」

 そうして、ついにギーガンが前に出る。
 大剣を引き抜き、ジャギィィンと軍配と交差させると、

「続けぇぇえ─────帝国万歳ッッ!!」

 帝国万歳!
 帝国ばんざーーーいい!!

「帝国万歳!!」
「「「帝国万歳!!!」」」

 帝国万歳、帝国万歳、帝国万歳!!!

 さすがに大将軍! そのカリスマたるや、兵士の士気をあげにあげると、さらに勢いを増して突撃する。

 口々に万歳を叫び兵士は高揚していく。

 
 帝国ばんざーーーーーーーーーーーい!!


「「「うおおおおおおおおおおお!!」」」
「「「うおおおおおおおおおおお!!」」」


 うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!


 槍を、剣を、弓を──────魔法を!!


 だが、
「───私を前にして『万歳突撃(バンザイチャージ)』とは笑わせてくれる」

 そして、

 アメリカ軍を前に白兵戦とは愚かなり。

 エミリアの手が真っ直ぐに伸び、
突撃(スタート )破砕射(アサルトクラッ)撃開始(シングファイア)ッ!」

 振り下ろされる!!

『『『了解ッッッ(アイアイサー)!』』』

 ズジャキ───……!!

 砲火に任せるにしていたアメリカ軍。

 だが、鉄条網の後ろの護られた彼らとて、ただの(にぎ)わしのはずがない。

 彼らの持つ武器───近接火器が一斉に殺気を放つ!!

 7.7mm機関銃(M1919)自動小銃(B.A.R)、ボルトアクション小銃、拳銃(ガバメント)短機関銃(トンプソン)──────そして、ブローニングM2、12.7mm重機関銃。



 それらが一斉に火を噴いた──────。


第13話「火力と火力と火力と火力(後編)」


 アメリカ軍海兵隊の誇る、ありとあらゆる火器。
 保有する重火器、小火器のすべて───!

 それらが一斉に火を噴いたッッ───。
 一斉に放たれる銃弾と銃弾と銃弾と銃弾と銃弾と銃弾と銃弾と銃弾!!

 そして、耳をつんざく大音響!!!

 ──────ッッッッッッ!!


 ズガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ!!

 ズガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ!!

 ズガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ!!


 着弾、着弾、着弾。

 着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾着弾!!

 命中、命中、命中。

 命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中命中!!


「「「ぎゃああああああああああ!!」」」
「「「ごがああああああああああ!!」」」
「「「うげぇあああああああああ!!」」」

 次々に倒れる帝国軍。
 バタリ、バタリと───。
 グッチャグッチャと───!!

 当然ながら、エミリアの下には一人たりともたどり着けず、それはもう───バタバタと倒れていく。

 そして、軽戦車や37mm対戦車砲がそこに加わり、物凄い勢いで帝国軍がバタバタと薙ぎ倒される。

「んな?! んなななななななな!!」

 そんな中、ギーガンが無傷で残っていたのは奇跡ッ!
 まさに奇跡だ!!

 一人突撃するギーガンは、味方がバタバタと死んでいくのを驚愕の眼差しで眺めながら言う。
 死の渦巻く銃弾の嵐の中で、一人(のたま)う。

 な、何が起こっている?!
 何なんだ?! 何ぞこれは!!??

「───なんだ! なにをした!! 貴様は何をしているッ!!」

 戦慄(おのの)くギーガンを前にして、エミリアはつまらなそうな顔───。

 ───はッ!!

 なんだぁ?
 何をしたぁ?
 何をしているだぁ?

 エミリアが跨乗するスチュアート軽戦車の対空機銃が帝国軍を薙ぎ払っていく───。

 すぅ……。
「───エリア制圧射撃である(撃ちまくっている)ッッッ!!」

 ふ、
「───ふざけるなぁっぁああああ!!!」

 ギーガンが陣地を乗り越え、鉄条網を切り裂き、まるで不死身の───不死者の戦士の様にエミリアへ迫るッ。

 ブングラと頭上で剣を振り回し、そのまま大剣を振り上げ、エミリアを討たんと一人で切り込むんでいく!

「舐めるな小娘がぁぁぁ!! 我が軍は不滅──────貴様らの戦力など、いかほどのものがある!! ()け戦士たちよ!!」

 魔族を蹂躙せよッ!!

 軍配を振るい、硝煙のベールを掻き分けるようにしてギーガンが前へ、前へ!

 前へ、前へ、前へ、前へ、前へ!!!

「うおおおおおお! たった一人の魔族に、やらせはせん! やらせはせんぞぉぉぉおおお!」

 大剣を振り回し鉄条網を切り裂くギーガンがエミリアへ、エミリアへ!

 だが……。

「いーえ。もう終わりよ」

 大剣を振り上げるギーガンを見ても全く動じず、エミリアは笑う。

 そして、スっと上空を指さすと、

「ぶち込んであげる──────……デッカイのをねッッ!!」

 エミリアの様子に、危機感を覚えたギーガンは、ハッと気付いて上空を見上げる。
 彼が空を仰いでいると、キラリと陽光を反射するなにかが……。

(ぐ! また、敵の飛竜か─────!!)

 ブワリと全身から嫌な汗が噴き出すのをギーガンが感じた時、それは来た……。



 ───キィィイイイイイン…………!!



 空気を切り裂き、急降下で何かが───。

 い、いかん!!!

「総員、伏せよーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」

 ギーガンの絶叫が戦場に木霊したかと思うと、



 ──────ッッッカ!!


 チュバーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!!



 ……帝国軍が吹っ飛んだ!
 文字通り吹っ飛んだ!!!


「んんん、んなぁぁあ?!」

「どーお?! 満足したかしらぁぁ!!」

 あははははははははははは!!

  グゥゥオオオオオオオオオンン!!!
 グゥゥオオオオオオオオオンン!!!
グゥゥオオオオオオオオオンン!!!

 1000ポンド爆弾を、急降下にて帝国軍に叩きつけたSBD艦上爆撃機(ドーントレス)が翼を振ってエミリアに答える。

 その数、30余機!!

 そして、1000ポンド爆弾が同数だ!!

「な、ななんあなななん、何をした!!」
「見て分からないのかしら? うふふ、これは帝国軍終了のお知らせ───」

 そして、

「───敢えて言おう、近接航空支援(CAS)であるとッ!!」
「馬鹿にするなぁぁぁぁあああ!!」

 最後の一歩を乗り越え、ギーガンが切り込む。

 帝国軍は文字通りぶっ飛んでいき、焼け焦げ、もはや一人として残っていない──……ギーガンだけを除いて。

「こぉの、売女がぁぁぁぁぁああ!!」

 ダダダダダダダダダダダッ!!
 ズガガガガガガガガガガッ!!

 アメリカ軍の射撃が、ギーガンに掠り彼を傷つけるも倒れないッ!

 この男は倒れないッッ!!
 帝国軍、最後の男は倒れないッッ!!

「死ねッ!! 魔族ぅぅぅうう!!」
「あはははは。さすがギーガン将軍──……だが、」




 ───私を舐めるなッッ!!!!!


第14話「獲ったどーーーーー!」

 ───私を舐めるなッッ!!!!!

 ダンッ!!! と踏み込み、軽戦車から飛ぶエミリア。

 そして、最後の踏み込みとともに、すでに跳躍しているギーガンと空中で睨み合い……──────激突するッッ!!

 ギーガンの気合一閃!!
 「ふん!!」と、ばかりに振り下ろされた大剣を彼女は両手で挿みこんだ。

 ガシィィィイイイ……!!!

「むっ……! この剣は───!?」
「ぐはははははは! 気付いたかッ。こいつは、お前の剣よ!!」

 ゴテゴテと装飾を施された剣は、確かにオリハルコンの輝きを放っている。

 そして、削り取られてはいるが……微かに、魔族のものである紋章が───。

「このッ! 私の剣に余計な装飾を──!」

 怒りに満ちた表情でエミリアはギーガンを睨むも、奴は全く怯まないッ。

「ふんッ! 薄汚い魔族の分際で分不相応なものを使っているから、ワシが再利用してやったまでよ! むしろ、」

 ───ありがたく思え!!

「ふざけるなッ!! 我ら───魔族の戦士に代々受け継がれる、栄えある剣に何という醜悪な装飾を!………………恥を知れッ」
「ぬかせ、小娘がぁぁあ!! この紋様の美しさが我が帝国の力の証じゃぁあ───!」

 ギリギリ……と、力を籠め剣を奪い返そうとするエミリア。
 空中で二人は絡み合い今も滞空している。

「笑止───。その文様には、なんの軍事(ミリタリー)的価値(アドバンテージ)もない!!」

「ならば、勝ち取ってみせるがいいッ!!」

 ───おうよ!!!

 小柄なエミリアと巨躯のギーガン。
 一見してギーガンのほうが有利に見えるが……。

「───私を誰だと思っている!!」

 膂力はドワーフに次ぐ、怪力の持ち主──────。

 ───ダークエルフの、
「エミリア・ルイジアナだぞッ!!」

 ブンッ!!

 両手で白羽取りした大剣を、力任せに引っこ抜くと空高く舞い上がる。

 そして、勢いのまま空中で激突する二人。

「ば、かな……!」
「アンタが、ね」

 ガッッ!!

 驚愕に顔を染めるギーガンの頭を、両足の太ももで挿むように、そっと包み込み抱締めるエミリア。

 巨躯の将軍と小柄なダークエルフ。

 まるで祖父と小さな孫の様に見える二人は空中で絡み合い、ギーガンはエミリアの鼓動と温もりを間近で感じた。

(ダーク……エルフ───)

 至近距離で見つめ合う二人。
 そっと、ギーガンの頭を撫でるエミリアは、ニコリとほほ笑む。

 不覚にも、ギーガンはそれを美しいと感じてしまった。だが、次の瞬間!!───彼女の顔がキッ、と鋭いものに代わる。

「捕・ま・え・た……」

 ミリミリミリ……! と、怪力を感じた頃には頭部に激痛が走り、エミリアの膂力に負けて空中ですら押し返されていく。
 そのまま、帝国軍が壊滅した方へと飛んでいき───。

「ぐ、が───は、放せ……!」

「帝国軍指揮官──魔族領侵攻部隊の長……そして、我らが大敵、」

 ギーガンの抗議など耳を貸さず、エミリアは冷たい目でギーガンを見下ろすと、言う。

「……数多の同胞を殺戮し、今もなお、その地位にいる───すなわち、我らが怨敵ッ」

「ま、まて!! よせ!!」

 ギリギリ……ミシミシ……!!

「め、命令だ!! へ、へへへへ、陛下の命令だ! 上司の指示なのだ!!」

 わ、ワシは……。
 ワシは──────!!

「ワシは悪くないッッッ!! ワシは微塵も悪くなどない!! ワシは──────」

「はッ」 

 まともな言い訳を言うのかと思えば……。

「んなわけ、」



 あるかーーーーーーーーーーーーー!!!



 ブチィ!!
 力任せに首根っこを引っこ抜くと、ギーガンの身体を蹴り飛ばす。

 ギュルギュルと回転する身体が、陣地手前に、急造した応急地雷原にドスーン──と。

 首を見れば、まだ口をパクパク動かして、何やら言っているが───もう幾ばくも命の火はないだろう。

 それでもまだ、どう見ても言い訳を言ってやがる……。

 もっとも、肺がなければ空気を送り出せない。
 どうやっても、しゃべれはしまい。

「聞くに耐えないわ」

 ドスーーーンと、体が地雷原に転がったのを見据えて、
「くっだらない男……。最後くらい気概を見せなさい」

 ミシミシと、手に持つ顔面を握りつぶす様に構え──────ぶん投げた!!

 ブンッッと!

 身体のすぐそこ───地面に敷設された地雷目掛けてッ。

 ぱくぱくぱくーーーーーーー!! と口が動いている。

 多分、やめろーーーーー!! とか言ってるのだろうが、

「帝国軍は終~了─────さようなら、最後の将軍。派手に吹っ飛びなさいッッ!!」


 そして、地雷に顔面が着弾────、地雷の信管を叩いて、ドカーーーーーーーーン!

 と、首が空に舞い上がっていく。

 爆風の中に見えた顔が、「嘘ぉぉぉぉおおん?!」って感じで歪んでいく。

「良かったわね───帝国軍では戦死者は二階級特進するんでしょ? きっと、アナタがナンバーワンよ」

 あははははははははははは!

 ひとしきり笑うと、エミリアはクルリと身を翻して着地。

 あとには、ベチャベチャと、地雷で生焼けに焼けたギーガンの肉片が降り注ぐのみ。

(きった)ないシャワーね……」

 それはそれは楽しげに、ニッコリとギーガンの最後を見つめてエミリアは笑った。

 そこにタイミングよく、空に舞い飛んでいた剣がクルクルと回転しながら落ちてくる。

 パシリッッ! と、見もせずにそれをキャッチしたエミリアは、柄に唇を当て小さく呟いた。


(おかえり……)


 そして、言う。



 さぁ、
「お次はロベルト──────」


 そうとも、勇者パーティの知恵袋。
 賢者ロベルト───次は、お前の番だ。


第15話「対面」

「ん~♪ ふふ~♪」

 エミリアは帝国軍を撃破したあと、抜き身の剣を携えたまま悠然と帝都を歩いていた。
 
 もっとも、帝都とは言っても今は瓦礫の山。
 だが、そんな瓦礫の中にも濃密な人間の気配は感じる。

 さすがは世界最強国家の帝国───その首都だ。
 あれ程16インチ砲弾をぶち込んでも、まだまだ、まだまだまだ、まーだ人間はたくさんいるらしい。

「あはははは♪ これが人間? ここが帝都?」

 たいしたことないわねー♪

 帝都はあちこちで延焼しており、まるで焼け野原だ。

 当然住民の姿は見えず───……。

 だが、そこかしこに生き残りはいるのだろうが、微かに気配と衣擦れの音がする。
 その様子からも、一部始終を彼らは見ていたのだ。
 帝都を焼いた下手人がエミリアであると言う事を知り、今は息を殺しているのだろう。

「うふふ。そのまま、怯えているがいいわ」

 家屋の残骸に身を寄せ、ガタガタと震えているのだ。ワザワザ相手にするまでもない。

 だが、歯向かうなら別だ。敵の残党とて、まだまだいるだろう。
 そして、ギーガンの突撃に付き合わず逃亡を図った兵も、かなり多くいるに違いない。
 逃亡兵と敗残兵にエミリアを攻撃する意思などないだろうが、ここは腐っても敵地だ。

 もっとも、エミリアに戦いを挑もうとする勇者(この場合は愚者か)は、どこを探してもいない様子。

 いるとすれば…………。

「さぁ、ロベルト───あなたは、これくらいで死ぬはずはないわよね」

 勇者パーティにいた時に、散々自慢していたものだ。
 帝都に専用の研究室をもっていると──。

 そして、魔族領を出るときに、帝国軍の指揮官クラスから得た情報をもとに、エミリアは征く。

 奴がいる、その根城へと───。

 目標は基部だけになった皇城だ。
 デカくて目立つものだから、戦艦の艦砲射撃が集中して、ほとんど更地になっている。

 構造材が今も燃えているのか、白い煙と黒い煙が斑に混ざり合っている様子が見えた。

 だが、それだけじゃあない。

 世界最強国家の帝国───その元首が住む城だ。当然、地下も広大で無茶苦茶頑丈に作られている。

 すわッ、その時!───となれば皇帝が脱出するための通路もあることだろう。

 そして、今がまさにその時だ。

「ふふふ。でも、アナタはそこにいる───でしょ? ロベルト」

 プライドが高く、それなりに頭のいいロベルトのことだ。

 ただただ、無防備に逃げるよりも、少しでも有利な態勢で迎え撃とうとするだろう。
 ここは、廃墟に成り果てようとも、奴のホームグランドだ。それなりに策も駒もあるに違いない。

 それ以前に、ロベルトはエミリアを侮っている。
 かつて、勇者のペットをして喘いでいる姿を見られているのだ。そう思われていても仕方のないこと。

 ましてや、ボロクズのようになり果てたエミリアを知っている。なにせ、死霊術の刺青を破壊した連中のひとり。
 ゆえに、見下し、笑い、辱めた女が復讐に来るのだ───。それに対して、尻尾を巻いて逃げるなど出来ないだろうさ。

「だから、さっさと来なさい───」
 でないとこっちから行くわよ。

 奴とて、エミリアがどこまでも追ってくることを理解しているのだから当然のこと。

 バリ、メリ、グシャ……!

 廃墟と化した皇城跡地を歩く。
 海岸と帝都中心に、アメリカ軍を置いていき、エミリアはただ一人ロベルトに相対しようと言う。


 そして……。
 

「ゴホゴホ……!」

 ロベルトが咳き込みながらも、(くすぶ)る廃墟の中、ひとり悠然と立っていた……。

「やぁ、エミリア───」
「あら、ロベルト───」



 久しぶり。



 ニッコリと笑って笑顔の応酬。
 ロベルトは例の細目をさらにキュウと細く、細く───。

 エミリアは美しい笑みを深く、深く──。

「お待たせ……」
「ふふ。君は勇者どのの傍に身を寄せていた時より、今の方が一層、だんぜん輝いているね」

 微笑を浮かべたまま、ロベルトはエミリアの足先から頭の先まで舐める様に見渡す。

「あら、ありがとう。お陰様で───……」

 でも、
「───アナタとおしゃべりをする気はないわ。まずは私の刺青を返してもらおうかしら? そのあとは、」

 死ん───

「刺青? あぁ、これですか───」

 足元の木箱から小さな瓶を取り出すロベルト。
 そこには、褐色の皮膚片が液体に浮いていた。
 あぁ、間違いない。
 あの紋様は私の愛しいアンデッドとの繋がり───死霊術の刺青だ。

「大変参考になりましたよ。あとはこちらをバラバラにして、よ~く解析してみました。───ほら、アナタのご両親」

 ッ!!

「死霊術を生んだご両親です。やはり、血筋も多少関係しているようですね。お陰で人類の悲願───蘇生と不老不死に一歩近づけましたよ」

 そう言って、木箱の中から大きな瓶を──────……。

「と……」

 父さん?
 母……さん?

「おや? 感動のご対面でしたかな?───ははは、つもる話も、」
「───おのれぇぇぇぇぇぇぇぇっぇぇええええ!!!!」

 ───こぉぉぉぉぉおおの、外道がぁぁぁぁあああ!!

 ダンッッッ!!! と、足元の廃材を踏み抜きエミリアが跳躍ッ!!

 この腐れ外道と会話したのが間違いだ!!
 一呼吸すら、させてなるものか!!


「死ぃぃぃぃぃいいねぇぇぇええええ!!」


 剣を構え、ビキビキッ!! と力を籠めてロベルトの顔面を串刺しにしてやるぁぁぁぁぁぁぁああ!!!

 猛烈な勢いで迫る、オリハルコンの大剣!
 ロベルトの顔を輪切りにせんとする──、


「───そうはさせねぇよ!」


第16話「vs S級冒険者(前編)」


「───そうはさせねぇよ!」
 ガィィィイイイン!!!

 サッと、エミリアとロベルトの間に割って入る影が数名ッ!
 大剣を携えた戦士風の大男が、すかさずエミリアの剣を受け止めた。

「チッ!」
「くくく。何の策もなくアナタの様な、猪武者の前に出るわけないでしょうに───私を誰だと思っていますかッ」

 賢者(サージ)ロベルト───。

「いーえ。今は帝国一の頭脳を持つ、大賢者(アッカーマン)のロベルトです!!───そして彼らは、S級冒険者!! アナタを迎え撃つ最強の刺客ですよ!」

 コイツ等が最強(・・)の刺客?

 フッ……。

「あんまり、笑わせてくれないでよ───ロベルトぉぉお!」

 ───ふんッッッ!
 
 ギリギリギリ……!!

 膂力でもって押し返すエミリア。
 S級だとかいう冒険者の戦士は、顔面汗だらけにしながらも、ズリズリと後ずさる。

「こ、こりゃ……! わ、割に合わねぞ!」

 ギギギギギギ……。
 戦士の剣が不気味な音を立てる。
 剣の質が違い過ぎて相手にならないのだ。

「何を気弱なことを! 大金を払ったのですよ!! 私の準備が整うまで(・・・・・・・)時間を稼ぎなさい!!」

 予想外の苦戦にロベルトが驚いている。
 いや、それ以上に──────準備だと?

(何か企んでいるな……)

 だが、構うものかッ。
 罠だろうが何だろうが、それごと食い破ってやる!

「迂闊だぞ、ボルドー!!」

 戦士を援護するべく、双剣使いの獣人が戦士の背後から、突如エミリアに襲い掛かる。


 ───チッ!


 ギィン!! 激しい火花を弾けさせながらエミリアと戦士が距離を取る。
 その中間に双剣使いが着地すると、猛然と肉薄し、エミリアに白兵戦を挑む。

「おらおらおらおらおらぁぁぁあ!!」

 双剣使いの、素早い剣の一撃一撃がエミリアの肉を削ぎ落さんと攻め寄せる。

 ギィン! ギィン! ガィン!

 それをバックステップで躱しながら捌き、一撃を叩き込もうと隙を伺っていると──。

「今だ! コンビネーションアタック!!」

 リーダー格らしい戦士が叫び、双剣使いが背後に飛んだ。

(───何の真似かしら?)

 弓使いのエルフを除く三人が、サッとそれぞれを支援できる位置に別れると、エミリアを半包囲する。

 なるほど───ベテランだ。

 ……面白い、
「───いいわよ。……まずは、あなた達から血祭りにしてあげるッ」

 4体1という、不利な条件ながらエミリアは全く焦っていなかった。

 剣を肩に乗せると、トントンと肩を叩きしつつ、空いた手でチョイチョイ───と挑発して見せる。

「こ、コイツ!」
「落ち着け───連携を乱せば、奴の思うつぼだぞ」
 
 頭に血の上りやすいリーダー格の戦士を、双剣使いが(いさ)めている。

 こいつが参謀格ね。

「ふふふ。ビビってるのかしら?───それでは、ごあいさつ。皆さまご機嫌用、」

 不敵な笑みを浮かべると、淑女が紳士に挨拶でもするかのように、スカートのようにも見える黒いマントの端を少し摘まんで一礼───。

 肢体が晒されるのも構わず、

「───お日柄もよく。そして、………無様に死ねッ!」

 挑発のさなか、猛然と体を起こすと、全身のバネを使って振りかぶりぃぃい───!

 ブンッ!!

 と空気を震わせながら、一人───包囲の輪から離れている弓使いのエルフ目掛けて剣を投擲したエミリア。

「んなッ?!」
「まずい!」
「…………ちぃ!」

 リーダー格の戦士以外の全員が驚愕するなか、その戦士だけが一歩早く動いた!!

 な、
「───舐めるなぁぁぁぁあ!!」

 ガ、ギィィイン!!

 辛うじて飛び出した戦士。
 そいつが辛くもその一撃を防ぐも、僅かだが包囲が崩れる。

 そこに、エミリアが突っかけた。

 狙いは、邪魔なエルフッ!!

「───ちぃぃぃ!! メルシア、チャンスがあったら射れ!!」

 きりりり、と矢を番えた弓がしなる。

「任せて!───ダークエルフめ、私達の時間差攻撃……避けられるかしら!」

 大剣使いの戦士が、巨大な刀身を盾にしつつエミリアに突進。
 双剣使いの獣人が、戦士の姿に隠れるようにして遊撃の構え。

 虚無僧風の男はエミリアの退路を断つ!

 結果、エミリアは素手で四人に立ち向かうしかないのだ──────…………素手?

 誰が??

「奴は武器がない! 畳み掛けるぞ!」
「おう!!」「ええ、任せて───」

 エルフの弓使いが精霊魔法を纏わせた弓矢を引き絞り、戦士と双剣使いがエミリアと激突する瞬間に狙いを定める。

 なるほど───。

 戦士の攻撃を一の太刀としつつ、双剣使いが二の太刀、そして、エルフの弓使いが三の太刀。

 連続攻撃と見せかけて、微妙に一撃の時間をずらした、絶妙な時間差攻撃かッ!!

「やるじゃない──────。…………ほんの、ちょっとだけねッ!!」

 だーけーどー、それに付き合ってやる道理はないわ!


「───私を誰だと思っているッッ」


 ブワサぁ! と、黒いマントを翻したエミリア。

 その下にある、瑞々しい裸体を晒しつつも──────そこに巻き付くようにして体を縛っているのは、大量の各種ガンベルト。

 そこに収まった無数のコルトガバメント(自動拳銃)を二挺───両手を交差させつつ、二手で引き抜く。


 ズ───ジャキ!!


「な、なんだ、あれは──────?!」

 これのこと?
 これは、コルトガバメント。




「───45口径の拳銃よ!!」


第16話「vs S級冒険者(後編)」

 これは、コルトガバメント。
「───45口径の拳銃よ!!」

 特と観なさいッ!
 アメリカ軍の、鉄の拳の威力を───!!


 パァン、
 パァンパァンパンパンパンパンパンパン!


「ぐぅお!!」

 戦士の身体に拳銃弾がめり込むと、まるで巨大な拳でぶん殴られたかのように動きが鈍り、ガクリと膝をつかせる───!

 見たかッ!!

 コルトガバメントの、45口径───45ACP弾のマンストップ効果は伊達じゃない!!

「ぼ、ボルドーぉぉおおお!!」

 崩れ落ちる戦士の背後にいた双剣使いが、驚愕の表情を浮かべている。

 まさかやられるなんて?───そう思っている顔だ。

 だが、容赦などしない───!

「ヒッ!!」

 銃を向けるエミリアに驚き、身体を硬直させる。
 未知の武器、未知の攻撃に思考停止状態に陥っているのだ。

「───そういうときは、伏せるのよ」
 もう遅いけどね!

 パン、パン、パンパンパンパン!!!

「あぐッッ!」
 グシャ───と、変形する顔を見届ける事なく、エミリアは弾切れの拳銃を空に放り捨てると、疾走ッッッ!

 そのまま、双剣使いの身体が崩れ落ちるのを見越して、彼の身体を飛び越えざまに、その後頭部を蹴り飛ばして、背後にうっちゃる!

 そこには、ちょうどエミリアの死角を突こうと、攻撃をしかけてきた虚無僧風の男が、双剣使いの身体にまともにぶち当たる。

「ぐ───!!」

 どうやらエミリアの背後を突こうとしていたようだが、───見え見えだぁぁあ!

 双剣使いを蹴り飛ばして稼いだ滞空距離をそのままに、クルリと頭を下にして背後を振り返るムーンサルト!

 まるで、空中で制止するかのように跳躍。

 反転した景色の中、スチャキ! と、新しい拳銃を二手に構えなおした。

 そして、しっかりと拳銃の照準を虚無僧風の男に付けると、
「───背後(バック)から無理やりって、好きじゃないの」
 
 パン、パン、パンパンパンパンパンパンパンパンパンパンパンッッ!!

「………………ぐふッ」

 ガクリと崩れ落ちる虚無僧風の男。
 深編笠の下から、ドクドクと血が流れているのが見えた。あれは即死だろう。

「このぉ!! ダークエルフぅぅぅうう!」
「そうよ? それがなにか?───森のエルフさん」

 憤怒の表情で矢を放つエルフ。

「───空中で躱せるものかぁぁぁあ!!」

 ビシュン!!

 凄まじい勢いで放たれた矢を、ガキィィィン───! と、ガバメントを交差させて弾く。

「───躱す必要なんてないわね……。貧弱な森エルフめが!!」

 クルンと体を捻り態勢を元に戻すと、バサバサと黒いマントをはためかせてエミリアが迫るッ!!

「ひぃ!!」
()ーーーーー、らーーーー、えーーーーー!!」

 バサバサバサバサッ!!

 巨大な黒い蝙蝠───?
 いや、
「───あ、ああああ、悪魔ぁぁあッ?!」

 悪魔ぁぁあ?

 ハッ!
 違う───魔族のエミリア・ルイジアナである!

 ガッツン!!! と凄まじい衝撃の下、エミリアは弓使いのエルフに着地すると、
「こんにちわ。魔族の軍人なら、アナタまぁまぁの使い手よ──────さようなら」

 パァン!!

 ……ドサリ。
 力なく倒れ伏した弓使いのエルフ。

 エミリアは弾切れになったその一丁をポイっとエルフの亡骸に投げ捨てた。
 そこに、まるで図ったかのようにエルフを見下ろすエミリアの手に、さきほど戦士に弾かれたエミリアの剣が降ってきた。

 ヒュンヒュンヒュン!!


 …………パシィィ!! 


「ヒュゥ♪ あっと言う間に殲滅ですか!」

 パチパチパチと、乾いた拍手で白々しく笑うロベルト。

「これがS級?……こんなものがアンタの隠し玉?」

 ───違うでしょ?

 そう言って堂々とロベルトの前に立つ。

 両者ともに美しく笑う───。
 そして、激突のとき(きた)る…………。

第17話「人造死霊術(前編)」


「ヒュゥ♪ あっと言う間に殲滅ですか───」

 パチパチパチと、乾いた拍手で白々しく笑うロベルト。

「───これがS級?……こんなものがアンタの隠し玉?」
 ……違うでしょ?

 そう言って、堂々とロベルトの前に立つエミリア。

「あっはっは! いやはや、大したものです。彼等とて、人類最強の一角(ひとかど)なのですよ。それをまぁ……。ふふらさすがは元魔族最強の戦士───エミリア・ルイジアナ」

 フルフルと芝居がかった仕草で、首をふるロベルト。

「あーら。ありがとう───アンタに褒められるなんて光栄だわ」
 
 じゃあ、

「そろそろ、死んでちょうだい。賢者ロベルトぉぉぉぉおおお!!」
「───大賢者(・・・)だ!! 言い間違えるな売女がぁぁぁああ!!!」

 突然激昂するロベルト。
 権勢に囚われた哀れな勇者パーティ──。

 奴が懐から伸縮式の魔法杖(スタッフ)を取り出すと、シャキン!! と伸ばし構えて見せる。

 そして、魔法行使の構え──────!!



 ふ──────遅いッ!



 そのな物を待つほど、
「──────私は優しくないぞッ!!」

 チャキリ……!

 エミリアの持つコルトガバメント(45口径自動拳銃)が、ロベルトを射抜かんとする───。


 だが……。



 ──────ぞわっ!

「う!?」
(な、なに?! この感覚はッ!?)

 突如、エミリアを襲った悪寒───。
 彼女の五感が最大限の危機を伝え、思わず真横に飛び退る───!

 そこに、ブゥン!! と大剣が叩き込まれ、エミリアの過去位置を刺し貫いた。

「な、にぃぃ」

 こ、こいつは……?!

 エミリアに奇襲をかけた下手人は───。

「お前……! 何で生きてるの?!」

 全身穴だらけで、出血多量───そして、まちがいなく急所を撃ち抜いたはずのS級冒険者の戦士(・・・・・・・・)が立ち上がり、エミリアに立ち塞がった。

「ふふふふふふふ……。くははははははははははは!」

 突如笑い始めたロベルト───……こいつの仕業か!



「アンデッドマスターのエミリア! 私も、アナタの真似をさせてもらいましたよぉぉぉぉおお!!」

 見なさい。
 倒した敵が蘇る恐怖!

 ───そして、数の暴力を!!

 バッと両腕を広げて大袈裟に空を仰いで見せるロベルト。

 すると、倒したはずのS級冒険者どもが次々に起き上がり始めた。

 な?!
 ま、まさか───、
「し、死霊術……!?」

 ば……か、な!
 バカな!!

 もう、私の他に死霊術の使い手など──!

「言ったでしょう!───私は『大賢者』だと!!」

 ロベルトが凄惨な笑みを浮かべて、クルクルと舞い踊る。

「さぁ、さぁ♪ 起き上がりなさいッ!」

 私の愛しい死者たちよ──────!

 あははははは! と、歌うように唱え、笑うのはロベルト!!

 き、
「───貴様ぁぁぁぁあ!! 私の愛しい、死霊たちを愚弄するなぁぁぁああ!!」

 こんな奴が死霊術だと!!

 私の……!
 私だけの死霊術がこんな奴に!!

「うぁぁあ……、あうー……」

 ついには、今しがた倒したばかりの森エルフまでもが起き上がる。

 ダラダラと涎を垂らし、ドロリと濁った目のまま、脳漿を零しながら森エルフの弓使いが起き上がる。

 そして、エミリアに掴みかかる───。

 だが、
「───触れるな下郎ッ!!」

 パン、パン、パンパンパンパンパンッ!!

 剣とは別の手に握る銃を乱射し、撃ち倒す。

 しかし……!

「……く! 効いていないッ、だと?!」

 少しばかり、ヨロヨロとよろめきはしたものの、倒れることなく再び歩き出したエルフ。

 ならば!

「私の愛しい!アンデッド達よ────……ゴメン!!」

 ズバァァ!! と、大剣をもって頭から股間まで真っ二つに切り裂くと、エルフは二枚に開かれた状態でドシャリと潰れる。

 なるほど……死霊術とはかくも厄介なモノなのか───!
 自分にその脅威が向いて、初めてエミリアは自覚した。

 なるほど……。
 帝国が、エミリアを危険視したのも理解できる。

 だが!!
 ───よりにもよってこんな奴に?!

「ふふふふふふ! どうです! すごいでしょう、私の死霊術は! これで、これで! 私が人類最強。そして、お前を捕らえて解剖し、さらなる死霊術の深淵にたどり着いて見せようじゃないか!」

 ああーーーーーーー!!!

 欲しい!
「欲しい!!」

 ───欲しい!!!

「エミリア・ルイジアナ!! 唯一の死霊術の使い手だった女ぁぁぁあ!! 私はお前が欲しい!!」

 そして、お前の中を見たい!

 身体をバラバラにして、犯して数を増やして、それらをさらに解剖してぇぇぇええ!!

 わははははははははははは!!

「───私は不死身の神となる!!!」
「はッ?! おためごかしを!!」

 こんなものが死霊術だと!?
 こんなものが?!

「……お前の死霊術はタダのままごとだ!」

 ───アビスはどこだ?
 深淵を知りもしないで語るな!!

 冥府の門(アビスゲート)はどこにある!!

 死者の声など、どこにも聞こえないッ!!




「───カラクリは何だ、ロベルトぉぉぉおおお!!」


第17話「人造死霊術(後編)」

「───カラクリは何だ、ロベルトぉぉぉお!!」

 叫ぶエミリア。
 そこに、しつこく(すが)りつくものがいた。

 半分にしてやったエルフが、なんとまだ動いている。

「ッ……この!!」

 踏みつぶしてやろうかと足を振り上げたエミリア。

 だが、奇妙なことに気付き、眉を顰める。
 なんと、動いているのは半分の片方だけ。
 ───もう一方はピクリとも動かない。

 …………こ、これは?

「キィ、キィ、キィィイ……!」

 エルフの頭部からウゾウゾと、蠢く昆虫の様なものが顔を出し、必死にエルフのもう半欠けの脳ミソににじり寄ろうとしている。

 そして、そいつの先端が半欠けの脳に触れたとたん、ビクリ!! と、半分に裂けたエルフがまた動き始めた───。

「おや、おやおやおや……。これは、これは───ネタがバレてしまったようですね」

 まいった、参ったと、天を仰ぐロベルト。

「そうです───。これは完全な死霊術ではありませんよ。見てください」

 そう言ってロベルトが懐から取り出したのは、真っ赤な幼虫のような気味の悪い物体。

「これは、寄生型ホムンクルス───。この子は人体に寄生し、宿主が死ねば宿主を乗っ取り動き出すのです! 私が死霊術を解析し、その様に作りました!!」

 こ、コイツ───!!

「それがお前の研究成果なの───」

 馬鹿め───。

「そんなものは死霊術ではないわ!!」

「そうです、そうです!!───だから……だから、あなたが欲しい! 今すぐッ!!」

 さぁ、愛しきアンデッドよ……!

「───かかれ!!」

 ズルリ…………。
 ズルズル…………。

「うううううう……」
「ぐぐぐぅ…………」
「あーうー…………」

 戦士、双剣使い、虚無僧までもがドロリと動き出す。

 そして、半欠けのエルフも……。

「くだらない───」
「ふふ、どうでしょうか? 死体が起き上がり襲い掛かる───その恐怖!!」

 とくと、味わいなさい!!

「くだらないと言ったぁぁあ!」

 エミリアは気合い一閃!

 カッ! と、目を見開くと、
「ふ──────……ようはホムンクルスとやらを破壊すればいいのね?」

 ならば、

 ──────グシャッぁぁあ!!

 エミリアは足元で蠢くエルフの頭部───そこに巣食うホムンクルスを、思いっきり踏みつぶした。

 すると思った通り、エルフがビクリ! と震えて──────止まる。

「そうですよ!! ですが、できますか! その優秀な武器と剣だけで、全てのホムンクルスを破壊することが」

 さぁ!!! やってみなさい!!
 ロベルトが余裕の表情で死体を指し示す。

「ふっ」
 対する、エミリアは小馬鹿にした笑いをニヒルに決めると───。

 ジャキ──────ズドン!!!

 頭部をぶっ飛ばされた戦士がグシャと、湿った音を立てて倒れる。


 ……ドサッ。


「───できるわよ?」

 背中に背負っていたショットガンを構えたエミリアが、ガシャキン───と、ポンプアクションを決めると薬莢を排莢し、再装填。

「え? あ? な……?」

 ポカンとした顔のロベルト。

「……お馬鹿(・・・)な『大賢者』さん、」

 ジャキ──────ズドン!!
 グシャアア──────どさり。

 双剣使いが斃れる。

「───こんなノロマを量産したところで、私に敵うとでも?」

 馬鹿め……。

 S級の冒険者どもが元より強くなるならまだしも───。
 弱体化した死体を操ったところで、何になる?

 すぅぅう、
「──────死霊術を舐めるなッ!!」

 ショットガンを担うと、大剣を代わりに携え、鋭く踏み込み───ズパンッ!! と虚無僧の首を一刀のもとに跳ねる。

「な、ば……ばかな!」
「バカはアンタよ───大賢者さん」

 さぁ、そろそろ年貢の納め時。

 他の連中(残りの勇者パーティ)の情報をたっぷり吐き出してから───。



「死になさい!!」



 チャキっ!! 

 美しい所作で剣を向けると、ロベルトが青い顔で後ずさる。

 だが、
「ふ───ふふふふふふふふふ。ふははははははははははははははは!!」

 言ったでしょう───!!

 寄生型ホムンクルスは人体に寄生し、宿主が死ねば動き出すと!!!

「なに?……………………ッッ、まさか!」

「さぁさぁ、お手並み拝見──────死霊術の先輩エミリアさん、私の軍団を降して見せて欲しい!!」

 コイツ!!

「うううああああ…………」
「「ぐるるるるるる…………」」
「「「あーうーあー……………」」」

「「「「「おおおおおお………!」」」」」


 な、なんてやつ!!

「───ま、まさか、帝国軍全体に寄生虫をばら撒いたの?!」

「はははははははははははは!! 当たり前でしょう! アナタが来る(・・・・・・)のです。備えておきました」


 この、
「───外道がぁぁぁぁあああ!!」



 なんてことだ。
 ……全帝国軍が再び起き上がる!?


第18話「キャニスター弾」

 この、
「外道がぁぁぁぁあああ!!」

 帝都中の───……そして、エミリア達が殲滅した帝国軍が再び起き上がり立ち向かってきた!

「ひゃははははははははは!! 見ろッ、これが私の死霊術だぁぁぁああ!!」

 ヒラリヒラリと舞うようにして、ロベルトが死体の群れに飛び込んでいく。

 そして、まるで死霊の軍勢の主のように振る舞うと───。

「征けッ。私の愛しいアンデッドたち! 逝くのだぁぁあ!!」

 ズルリズルリズルリ……。
 死してなお酷使される帝国軍。

 彼らに何の同情もしていないが、死霊術を名乗られるのは業腹ものである。

「ふ………………。くだらない男───」

 所詮、こんなものは紛い物。

「いいわ。相手してあげる──────。何十、何百の男を受け入れるくらい、とっくに経験済みよ」

 私が欲しい?

 …………だったら、

「抱いて見せなさいッッ!!」

 いでよ!! アメリカ軍──────!!

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!

 地面からせり出した『USゲート』。
 ガラガラと騒音をたてながら、防弾シャッターが開き、海兵隊が大砲を転がしながら現れる。

傾注(アテンション)!!』
 美しい敬礼を決めた海兵隊の砲兵。
 彼らの押す大砲は───、

※ M3、37mm対戦車砲 ※

 口径37mm
 全長3、92m
 全幅1、61m
 全高0、96m
 重量413Kg
 初速884m/s
 最大射程6、9Km
 弾種、
 徹甲弾、榴弾、キャニスター弾、曳光弾

 それは、対戦車砲。
 太平洋戦線で散々日本軍に痛い目を見せてきた戦車キラー。
 そして、大型散弾(キャニスター弾)により、歩兵を惨殺した恐ろしい兵器でもある。
 
 ゴロゴロと重々しく、黒々とした砲口をとみせる無骨な対戦車砲。

 その威容に、初めてロベルトが驚愕に目を見開いた。

「な、なななな、なんですか、それは?!」

 シャッターの中から次々に現れる海兵隊。
 彼らはらズラリと37mm対戦車砲を並べると、その砲列をもって死体の群れに照準を付けた。

「彼ら? ふふふ。彼らは、私の愛しいアンデッドのなれの果て───いいえ。新しい私の死霊たち…………愛しきアメリカ軍よ!」

「あ、アメ───??」

「語るに及ばず! ただ、知れ、見よ、聞け!!」

 そして、

 ───撃てぇぇえ(ファィァァア)!!

 ドンッッッッ!!

 ドン、ドン、ドン、ドンッッッッッ!!!

 計5門になる砲列が一斉に火を噴き、死体の群れに突き刺さる。
 発射弾薬は37mm砲用のキャニスター弾(大砲用散弾)だ!!

 ザァァァァア!!

 と、無数の弾子がばら撒かれ───憐れな死体どもを薙ぎ払う!!

「ひぃ!?」

 ロベルトにギリギリ届きそうな範囲で、死体の群れが放射状にぶっ潰され、グッチャグチャに潰れていく!!

 頭部とか、ホムンクルスとか、もうそんなもの関係ない!

「あははははははははははははは! さぁ、大賢者さん。──────私が欲しいんでしょ? ねぇ、まぁだ~?」

 自らの手で体をさすり、薄い身体のラインをマント越しに強調してみせ、熱い吐息をはく。

 うふふふふふふふ……。

 私はここよ。
 ここにいるわよ?

「さぁ、さぁ、さぁ、さぁぁ───抱いてごらんなさい! ここまで来れば、愛してあげるわ!」

 大賢者ロベルトぉぉぉおおお!

 あはははははははははは!!
 あはははははははははは!!

「ま、まだです!! まだまだまだまだぁああ!! 行け、アンデッドども!」

「違う違う違う───違うわよぉぉおお、大賢者ロベルト」

 ロベルトとエミリアが言葉の応酬をしている間も、アメリカ軍は黙々と大砲を放つ!!

 ドン、ドン、ドン、ドン、ドンッッッ!!

 たかが、37mm程度の砲弾だ。
 砲手にかかる負担も少なく、反動も駐退機で完全に吸収できるので、発射速度がやたらと速い。

 無数の死者の群れに、無数の弾子が食い込んでバラバラにしていく。
 それは、もはや作業だ。

「な、何が違う! 私の死者の軍勢だ!! 私の死霊術だ!!」


 違ぁぁぁぁあう……。


「それは、」
 ───ただの人形だ!!!


「だ、黙れぇぇぇええ!!」


 憤怒の表情でロベルトは言い放つと、懐からさらにホムンクルスを取り出すと空中にばら撒いた!!

「見なさい!! 私の研究成果を───!」

 バラバラと振りまけられたホムンクルス。
 そいつが、腹に抱いていた卵の様なものが粘糸を撒き散らしながら無数の子虫を放つ。

「汚い粘液……」

「ははは! 余裕で居られるのも今のうちです───。この瓦礫の下には、無数の死体が埋まっている! お前の卑怯な攻撃のお陰でな!! 私のホムンクルスは、」


 ───死体にも寄生できるのです!!


 ガラガラガラ……!!

「うーあー…………」
「ぐるるるるる……」

 なるほど、死体だ。
 艦砲射撃によってバラバラにされた死体だ。

 多少五体満足な奴もいるが──────。

「………………アメリカ軍相手に、数で対抗しようだなんて───」

 なんて、おバカな子。

「だ、黙れ、黙れぇぇぇぇええええ!!」

 行けッ!!
 私のホムンクルスども!!

「そう…………わかってるじゃない?」

 所詮──────人形(ホムンクルス)だってことがね!!

「違うっっっ!! 死霊術だぁぁぁああ!」

 ふ……ほざけ。
 そんな死霊術なら──────!!

 すぅ……。
「───薙ぎ払えッッ」

『『『了解ッ(アイコピー)閣下(マム)』』』

第19話「USA!!」

 すぅ……。
 ───薙ぎ払えッッ
『『『了解ッ(アイコピー)閣下(マム)!!』』』

 ズドンッッ、
 ドン、ドン、ドン、ドンッ!!

 新たな死者の群れもなんのその!!
 アメリカ軍が、鎧袖一触でどんどん弾をぶっぱなし、死体の群れの数を減らしていく。

 対戦車砲の周りには、硝煙臭い薬莢が大量に散らばっているが、まったく故障もなく撃ち放題。

 ドン、ドン、ドン、ドンッ!!
  ドン、ドン、ドン、ドンッ!!
   ドン、ドン、ドン、ドンッ!!

 待ち構えている対戦車砲列に、ただボンヤリ歩いて向かう死者に敵うはずもない!

 一応、弓やら槍やらで反撃しようとしているらしいが、射程に入る前に大粒散弾に引き裂かれてグッチャグチャ!!

「なんですか! なんなんですか! なんなのだ、それはぁぁぁああ!!」

 スゥっ───、
「───キャニスター弾である!!」

 そんなの、
「おかしいだろうがーーーーー!!」


 ドカーーーーーーーーン!!


 ザァァァァ……と、降り注ぐ大粒散弾が死者を、もう一度死者に……。

 死体は死体に変わり、二度と動かない。

「もう、眠りなさい───……帝国軍の兵士たちよ。死者の魂まで、断罪しようとは思わないわ」

 帝国兵とはいえ、いまやもう愛しき死霊たち──────……貴方たちにも冥府が待っているよ。

 ───そこに、お帰りなさい……。

「まだだ!! まだだ!! まだだぁぁあ!
 帝国軍10万は不滅だぁぁぁああ!!」

 うーーー、あーーー、うぅーーー!
 ぐるるるる、ぐぅぅぅうーーーー! 

 ズルズルズルズルズル……。

 ロベルトの背後から、何体もの死者の群れが現れる。

 そして、瓦礫の下から顔を出す。

 なるほど、確かにキリがない。

 だけど、
「───アメリカ軍相手に物量?」

 そう、だけど───だ。

 ふふふ。

「───ふふふふふふ」

 ふはははははははははははははははははははははははは!!

「あーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっ!!」

 心底オカシイと笑うエミリア。

 それを顔を歪めながら、憎々し気に睨むロベルト。

「こ、この売女め! な、なな、何がおかしいのです!」
「おっかしいわよぉ────あははははは」

 ギリギリと歯ぎしりするロベルトを、クスリと笑って挑発。

 だぁぁって、そうでしょ??

「私ね───……物量勝負なら負ける気がしないもの」

 呆れた物量を誇るアメリカ軍。

 ()の者たちの戦術理論(バトルドクトリン)は常に数の優位。

 物量の優越がなくして、戦いなどあり得ない───。

「おいで……愛しのアメリカ軍よ───」

 ズズズズズ───!!

 地中より競りだしてきた防弾シャッター!
 それが無数に!!

 そこから、

 ギャラギャラギャラ……。

 『USゲート』から、スチュアート軽戦車が騒々しい音とともに、

 ザッザッザッザ!!

 『USゲート』から、火炎放射器を担いだ工兵たちが群れを成して、

 ゴロゴロゴロゴロゴロ……。

 『USゲート』から、追加の対戦車砲が砲兵と共に何門も!!

 アメリカ軍。
 アメリカ軍。

 ───アメリカ軍!!!

 どこから、どこまでもアメリカ軍!!!

「───な、なんななななななな、なんですかそれは!?」

 あはは、見てわからない?
「───アメリカ軍(世界最強の軍隊)であるッッ!!」

 ドォン!!

 と、腕を組んだエミリアの周囲を───ズラッと埋め尽くすアメリカ軍の兵士達!

「そ、そんなの……。そんなの───」



 そんなの──────!!!


 さぁ、
「───終わりよロベルト。さぁさ、かかっておいでなさい」

 エミリアの言葉に答えるように、ビュン!
───と矢が放たれ、彼女を貫かんとするも!

 パシィと、それを受け止め投げ捨てる。

 そして、

 発射地点に向かってアメリカ軍が一斉砲撃!

『『『撃てぇぇえ(ファイヤァァア)!』』』

 スドドォォオオオン!!
 あっという間に紅蓮の炎に包まれる死体の群れ。

 とくに、矢を放った着弾点は念入りに更地に変えられる。

 ふふふふふ!
「……一発の矢には、千発の銃弾で答えよう!」

 ダダダダダダダダダダダダダダダン!!

「───10発の魔法には、万発の砲弾で答えよう!」

 ズドン、ズドンズドンズドンズドン!!!

「───百人の騎士には、十万の兵士(GI)を送りこもう!」

『『『『『U・S・A!!』』』』』

 平伏せ、帝国の愚者どもよ───!!

 『『『U・S・A』』』
『『『『U・S・A!!』』』』

 U・S・A───!!!


「U・S・A!!」


 謳いながら、ロベルトを睥睨するエミリア。

 そして、驚愕のためか体をガクガクと揺らすロベルト……。

 驚いたかしらロベルト?

 これがアメリカ軍。
 私の──────新し

「そ、そんなの───」

 ん?



 そんなのって─────────!!!




「──────いいッ!!」

 ニコォと微笑むロベルト。
 いつもの細目がさらにキュウと細くなりキツネのようだ。

 そして(のたま)う。
 
「いい!! いい! いいぞ、エミリア!」

 ───いいなぁぁぁ!!

「───いいなぁぁぁあ!! それ、それが、欲すぃぃぃぃいいい!!!」

 ロベルトが目を輝かせて恍惚とする。

 あぁ!
 あぁぁ!!

 あぁぁぁぁッ♡
 
「エミリア!! エミリア!! あぁぁぁ、エミリア!!!」

 愛しい、愛しい、愛しいエミリア!!

「あぁぁぁ、好きだ!! 君が好きだエミリア!!」

 欲しい、欲しい、欲しいエミリア!!

「ああああああ、どうすればいい?! どうすれば手に入る───!!」

 愛している、愛しているよエミリア!!

「何でも出そう───。何でもしよう!! だから君に、ぶち込ませてくれ!!」

 犯して、鳴かせて、喘がせたい!!

「好きだ好きだ好きだ好きだ!! あの夜に君と会った瞬間───恐怖とともに、私はアナタを愛していたんだ!!」



 エミリアぁぁぁぁぁぁあああああああ!!






「………………きも」


第20話「殲滅」

「………………きも」



「気持ち悪くなどなぁぁぁぁぁああい!!」

 今すぐ。今すぐ。今すぐ!!!

「───今すぐ、君を組み敷いて、何度も何度も何度も、私を注ぎ込みたぁぁぁあい!」

 もう堪らんと、ばかりにブルブルと震えるロベルト───。

「一つになろう! 君がいれば、私は世界を滅ぼしてもいい!! なるべきだ! そうだ、私と君は夫婦に……いや、一つになるべきなんだ!!」

 ああああああああああああああああああああああああ!!

 そうか!!

 そうだ!! 

 食べよう!!

 君を食べよう!!

 食べたい! 食べたい!! 食べたい!!

 君が食べたい!!

「喉を、胸を、心臓を!! そして頭を食らいたぁぁぁああい!!」
 
 ロベルトは懐からエミリアの入れ墨の破片を取り出すと、ベロベロと舐め始め、ついには口に含み齧り始める!!

「ふひひひひひひひひひひひひひひひひ!」





 うん…………………………キモイ。





「ロベルト──────」

 ニコリ。

「なんだい。愛しの君よ」
「キモイからもういいわ」

 え?

命令する(アイオーダー)───」
傾注(アテンション)!!』


 蹂躙せよ(バィオレィト)


はい、閣下(サーイエッサー)!!』


「行きなさい、愛しのアメリカ軍───」

 一つの取りこぼしもなく。

 一切の容赦もなく、
 一辺の慈悲もなく、
 一欠片の憐憫の情もなく!!

アイツを殺せ(キル ヒム)ッ」
了解、お任せを(イエス ウィ キャン)ッ!』

 全軍(オールメン)!!

 ───すぅぅう……。

 突撃ぃぃぃいい(チャーーーージ)!!

 ギャラギャラギャラギャラ!!!

 スチュアート軽戦車が、死者の群れに突っ込み蹂躙する。

蛇行運転しろ(ファッキン ジグザク)!!』

 グシャグシャ!! と戦車の車体と履帯が死者を引き裂き潰していく。

「うひゃはははは!! エミリア───!」

 君の愛情を感じるよぉぉおお!!

 ロベルトは更にさらに死者を起こして対抗する。
 なんせ今の帝都は死者だらけ。

 ホムンクルスの宿主には事欠かない。

「ほーーーーーーんと、キモイったらないわ───撃ちなさい」
撃てぇ(ファイヤ)!!』

 ドカン、ドカン、ドカン!!

 37mm対戦車砲が、キャニスター弾で更にさらにと薙ぎ払う。

「うっひょーーーーーー!! あああああああ、私のホムンクルスを通して、ビクンビクンと感じる!!」

 涎を垂らし、股間をムクムクと大きくしたロベルトが狂ったように笑い続ける。

「欲しい欲しい欲しい! 欲しいったら欲しいぃぃぃいいい!!」
「悪いけど……。色~んな()をぶち込まれた私だけど、アンタだけはお断り……───生理的に無理」

 ジト目のエミリア。

 だが、それすら堪らないとばかりにロベルトが体を揺する。

 ───マジでキモイ。

汚物を消毒(ディジィンファクト)して()頂戴(フェルト)
了解(コピー)!』

 きゅごぉぉおぉおおおおおおおお!!

 工兵の火炎放射器が、ロベルト目掛けて物凄い火炎を放つ。

「君の愛が熱いよぉぉぉぉおおおおお!!」

 バチバチバチ!!
 ロベルトの前に魔方陣が浮き上がり、炎を防ぐ。

 ───高位魔法結界(ハイマジックシールド)!?

 ち……。
 魔法で防ぎやがったか───。

 あれでも、腐っても賢者。
 いえ、腐ってる大賢者か。

「私の愛ならいっぱいあるよぉぉぉおお!」

 ヒャハハハハハ!

 バラバラと汚い粘液を撒き散らすホムンクルスを何匹もばら撒き、死体を起こす。
 そして、帝国軍の死体が、帝都の住人がまだまだ、まだまだと迫りくる。

「───ふ…………」

 懲りないやつ。
 だが、『USゲート』は続々と兵を送り出す。

 戦車を送り出し、工兵を送り出す。

 スクラムを組んだ軽戦車と、間隙を埋める工兵たち。

 ズダダダダダダダダダダダダダダ!!
  ズダダダダダダダダダダダダダダ!!
   ズダダダダダダダダダダダダダダ!!

 戦車の車載銃が死者を薙ぎ払い、工兵の火炎放射器が丁寧に清めていく。

 キュバァァァァァァアアアッ!!
  キュバァァァァァァアアアッ!!
   キュバァァァァァァアアアッ!!

「さぁ、私の可愛いお人形さん───エミリアを迎えに行っておくれ、さぁさぁさぁぁぁぁああ!!」




 ……………………………あれ?





「品切れよ」

 ロベルトの背後には、グッチャグチャになったロベルトのお人形がたっくさん。

「え? あれ? え?」

「10万の帝国軍──────そのなれの果てよ」

 お生憎様……。

「ふふふ。アメリカ軍ってね? ゾンビ退治がと~っても、大好きなのよ───」

 パチリ♡ と、ウィンクして見せるエミリアに、ロベルトがついに白目をむいてぶっ倒れる。

「あふ~~~ん……」

 恐怖や驚愕よりも、ただただ、エミリアの魅力に昇天してしまったらしい。

 …………容姿には自身のないエミリア。
 彼女からすれば複雑な気持ちだろう。

 ───だってそうでしょ?

 ドロリ濁った赤い瞳は三白眼。
 不健康そうな眼付───目の下には、くっきりと隈がつき、常に眠たげ。
 灰色の髪に、同族より薄い褐色の肌。

 …………そして、貧相な体は勇者と帝国軍に弄ばれ、汚れている───。

 とても美人とはいえない……。
 汚れた穢れたヨゴレたダークエルフ。
 
 そう、それが私。
 エミリア・ルイジアナ。

 でもね、そんな私にだって好みはある。




「───御免ね。お付き合いできません」

第21話「カタパルトパンチ(前編)」

 ザザーーーーーーン……。

 ザァァァッァァッァ……。

 ザザーーーーーーン……。


 潮風と波しぶき───。
 帝都の香りに、ロベルトの意識は覚醒した。

「───う…………。こ、ここは?」

 薄っすらと開けた目に飛び込むのは、強烈な太陽光。
 遮るものもないここは海岸だろうか?

 やけに波の音が近い。

「お目覚め?」

 え、
「───エミリア?」

 ヨロヨロと体を起こしたロベルト。
 ようやく光に慣れた目に、黒いマントを羽織ったダークエルフの少女の姿が映る。

 海岸のそれでいて、どこか高い場所にいるらしく、風がバタバタと強烈だ。

 彼女のマントがはためき、薄い彼女の肢体をあらわにしている。

「おはよう、大賢者さん」

 どうやら、鋼鉄の建物にいるらしく、よく見れば周囲にはゴテゴテと硬そうなものばかりで覆われている。

 そして、エミリアはと言えば、ロベルトに顔を向けるでもなく、灰色の髪を海風に流して波を見ていた。

 はためくマントと、風に流れる髪────赤い目のダークエルフ。

(う、美しい………………)

 勇者のペットをしていた時は何も感じなかったが、今の彼女は───あの夜に勇者パーティを圧倒した時の死霊術士のエミリアそのものだった。

 陽光の元と、月光の元。
 そして、帝都の海岸と魔族領の奥地と──当時とはまったく逆のシュチュエーションだが、それが故になお、だ。

 綺麗だ。
 エミリア……。

「うん…………? え、エミリア? こ、これは───どういうことですか?」

 立ち上がろうとしたロベルトだが、どうやら拘束されているらしく、鉄板の様なところにグルグル巻きにされていた。

「見ての通りよ。拘束させて貰ったわ。うふふ、……私の勝ちね」

 クスッと小さく微笑み、エミリアがロベルトを見つめ返す。

「そのようですね…………。参りました。まさか、あの死の縁から蘇り、帝都を滅ぼしてしまうなんて───この大賢者、感服いたしました」
「あら? 殊勝ね? もっとこう───」

 肩をすくめるエミリア。だが、ロベルトは言葉通りに感服していた。

 それはそうだろう───。

 世界最強国家に真正面から立ち向かい、たった一人で打ち破ってしまったのだ。
 そんなことができるのは、勇者ただ一人だけのはずだった。

 魔族とて、何千年も成しえなかったのだから。

 いや、今思えば……帝都を滅ぼすなど、勇者ですらできるかどうか───。

「はは、負けは負けですよ。アナタは強い───そして、美しい……あぁ愛しの君よ」

「うん。キモイからやめて───。父と母を解剖しておいて、よくもそんなことが言えるわね」

 すぅ……と空気が冷えるような怒気を感じる。

 だが、それも仕方のないことだろう。

「あぁ……そうですね。死者の尊厳を傷つけるとは、愚かなことをしたものです……」

「なぜ? どうしてあんなことを?」

 どうして?
 あんなこと───???

 何を言っているのだ、この小娘は。

「───あの日の、アナタに……。たた、近づきたかったのですよ」
「あの日??──────あぁ、あの夜ね」

 死を覚悟して戦ったあの夜。

 戦い、戦い、戦い。
 そして、勇者に敗れ───彼を愛した、あの夜。

 なるほど……。

「アナタの強さ、そして美しさに見惚れました……。それが死霊術の姿なのだと」

 だから、
 そう、だから───。

「だから、私は死霊術を研究し、アナタに至ろうとした。エルフのごとき長命を得て。エミリア・ルイジアナに───私にとっての唯一無二の神へと……!」

 あぁ。そうだ───。
 死霊術は素晴らしい!

 とても、とてと素晴らしい……!!

「けれども、私は考えを改めました。───そう、帝都で戦うあなたの姿を見てッ!!」

 そして、

「そうです。()のアメリカ軍!! あぁぁぁぁ、なんて素晴らしい力。───欲しい! 欲しい! その力が欲しいッ!!」

 ───君が、欲しい!!

「エミリア・ルイジアナ!!───そうです、私と結婚しましょう!! 子を成し、育て、一緒にバラバラにして『アメリカ軍』の秘密へと至るので、びゅばひゅ───」

 はぶぁ……?

 え? グーで……殴った?

「喧しい……。囀り過ぎだロベルト」

 ちょっと、優しくしてやれば、

「私はね………………」

 ボキボキと、拳をならしエミリアがロベルトに迫る。

 そして、

「───無茶苦茶怒り狂ってんのが分からないのか、このあほチンがぁぁぁあああ!!」

 ドスゥゥ!! と腹に、イイーーーーー一撃(いちげき)をぶち込む!

「えべろばれべべべべべええ!!」

 ゲロゲロゲロゲロゲロ───……。

「…………拷問し、入れ墨を潰し、何度も何度も犯し、帝国兵の玩具にし、魔族を……ダークエルフの里の皆を殺害し、あまつさえ、父と母の骸を解剖したお前に私が微塵でも好意を抱くことがあるとでも思ってんのかぁぁぁぁああ!!」

 その、素チンでぇぇぇええええ!!
 ほざくなぁぁぁあ!!

「おらぁぁぁぁあああ!!」

 思いっきり足を振り上げたがために、マントがまくれ上がるも、裸体を晒らすことなど今さら構わず、エミリアは踵をロベルトの股間にぃぃい──────突き落としたッ!!

 ズドンッッッ!!
 ぷち…………。

「──────────────かッ?!」

 あ、
 あ、
 あーーー!!

「…………あげぇぇえええええええええあああああああああああ!!」

「はぁはぁはぁはぁはぁ…………!! 返せ……」

 返せ……。

「父さんを返せ……。母さんを返せ……」

 魔族を返せ……。
 ダークエルフを返せ……。

 私の愛する人々を───。

 そして、
 私の愛しき死霊たちを返せッッッ!!

 あああああああああああああああああ!!

「返せぇぇぇぇぇぇぇええええ!!!!」
 踏み潰した足を思いっきり捻るエミリア!

「いぐぁぁあああああ──────ひぃぃぃぃいいいいい!!」

 ぶりぶりぶりと脱糞しつつ、痛みと恐怖で顔中をドロドロにしたロベルトが絶叫する。

「あああああああ!!! わ、私だけじゃない!! 私だけじゃないだろう!! グスタフもサティラも勇者どのもぉぉおおお!!」

 当たり前だ……!!
 奴等にも応報を受けさせる!!

 そして、
「───まずは、お前からだぁぁああ!!」

 ひいいいい!!!!

「ま、まてまて。待って!! え、エミリア───聞いてくれ! こ、こうしよう!」

 そうだ。
 そうだ!

 良いことを思いついたんだ───。
 だから、聞いてくれ!!!

「───か、家族だ! 家族になろう!! もう一度、家族を作るんだ!!」

 ───なぁ!!

「それがいい! 私と一つになろぉぉぉぉぉおおおおおおおおおお!!!!」

 なるわけ、

「───あるか、ボケぇぇぇええええ!!」

 バク転からのぉぉぉぉぉおお!!

 ───踵落としぃぃいッッ!!

 ブチュ─────────……!!

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 ロベルトの絶叫──────!

「どう? これでもまだ宣うのかしら? アンタの二つあったものは、ナクナリマシタ」

 ひ、
「ひーーーーどーーーーいーーーーーー!」

 ウワァアアアアアアン!!

 激痛と、玉無しのせいで泣きじゃくるロベルト。

「これじゃあ、私とアナタの子供が作れないじゃないですか───!!」

「そんな選択肢は、万に一つもない!!」

 もう、お前の繰り言を聞いているのはウンザリだ。

「本当に大賢者なの? どーーーーーーーーー見てもタダの『アホ』でしょ?」

 そのアホに『アホ』と馬鹿にされたのだ。
 私の、死霊術を愚弄された。

「ひいいいい…………。ひどい───」

 ボロボロと涙を流し、情けなくもメソメソと。
 ハッ! 同情を誘うつもりなのか?!

 まっっっっっったく、同情の余地もないけどね。

「ロベルト……。アナタには二つ選択肢がある」
「うううう……ひっく。───え?」

 急に泣き止みやがった……。
 あ、コイツこっそり回復魔法使いやがったな。
 エルフの高位神聖魔法でもない限り、欠損部位は直らないが、傷を塞ぎ、痛みを取るくらいなら出来る。

 ……つまりは嘘泣き───。

 まぁいい。

「け、けけけ、結婚してくれるのですか? 夫婦に!?」

 何でその発想になる!!
 コイツ頭いかれてるのか?

「…………情報を吐いて、あっさり死ぬか。情報を中々吐かないで、痛めつけられて死ぬか───……どっちがいい?」

 ニコリ。

 そ、
「───け、結婚で」

 ドゴォ!!!

「げぶぉぉおお!!」
「ふっざけんな!!! どうせ回復魔法使うんだろうがぁ! だったら、何発でもぶん殴ってやるぁあ!!」


 おらぁぁぁああああああああああああああ!!!

 オラオラオラオラオラオラオラオラオラ!

「あぎゃああああああああああああああああああ!!!」


 それからしばらく、ノースカロライナ級の甲板では二人の声が途切れることなく続いていたとか……。

 そして、

「───はぁはぁはぁ!…………し、知らないなら、そういいなさいよッ」
「言っでまず……。言いまじだよね?!」

 回復が追い付かないのか、顔面をパンパンに腫らしたロベルト。
 そして、肩で息をするエミリア。

 暑苦しくなって、既にマントは脱いでいる。

 今さらコイツに裸体を見られることに、何の抵抗もないエミリアは、汗で濡れる体を海風で冷やす。

「──────もういい……。ルギアの居場所が分かっただけで良しとしよう」

 結局分かったのは不確かなことのみ。

 ルギア・ルイジアナ──────本名はどうでもいい。
 あのクソ野郎は、この世界唯一のハイエルフとして、エルフの大森林よりも、さらに奥地にある太古の森に居を構えているという。

 勇者シュウジの諸国周遊に付き合った後は、そこに戻る可能性が高いと───……。

 ならば、シュウジは?

 …………それが、誰も知らない。
 愛しい私の勇者(・・・・・・・)は、常に動き回っているらしい。

 ゆえに、シュウジに繋がる情報はルギアに聞くしかないと言う事だ。

 妻として娶られたルギアに────……。

 ギリリ……。
「シュウジ──────……」 

 ギュウ……! と、胸が締め付けられるこの思いッッ。

 洗脳でもなんでもいい───。

 今のエミリアは、シュウジへの愛を感じている。

 ピクン、ピクンと感じている。

 ……だから、戦える。
 ……だから、追いかける。
 ……だから、人類を滅ぼせる。

 だから、
「──────必ず会いに行くよ」

 シュウジ───。



 そして……。

 そして、ルギア!!!



 ルギア!
 ルギア!!
 るぎあ!!!

 お前だけは、絶対に許さないからな……!

「え、エミリア? この際、ゆ、勇者どののことは諦めて私と───」

 ゴン!!!

 うっざいロベルトをぶん殴って黙らせると、奴が縛り付けられている鉄板の上にあがり、ロベルトの上に跨る。

「おぉ、エミリア! 私とひとつに、」

 な、わけあるか!

「───大賢者さん、知ってるかしら? この場所を」


 この場所?


「鉄の───城ですか?」
「いーえ。これはアメリカ海軍の戦艦。ノースカロライナ級。そして、あなたが今いるここは、艦載機を射出するカタパルトの上なの───」




 カタパルト?

第21話「カタパルトパンチ(後編)」

 か、カタパルト?

「かたぱると? それはなんですか? それに、せ、戦艦とは───こ、ここここ、これが船なのですか?!」

 こんなに巨大な鉄の塊が?!

 驚愕するロベルト。
 まさか、鉄が浮かぶなど信じられないのだろう。

 今は座礁して砂浜に突き刺さっているが、その気になれば、この艦は28ノットの快速で海上を疾駆できる。

「うふふふ。凄いでしょう?」

 拘束を解かれたロベルトは、縛られた後を痛そうにさすりながら立ち上がる。

「い、いたたた……。いやー、それにしても素晴らしいですね───これが貴女の力?」

 エミリアに許されたとでも思っているのだろうか。

「───で、ね。色々考えたのよ」

 ロベルトの質問には答えず、ニコリと笑うエミリアはロベルトを見つめて言う。

「うーん。主砲に入れてぶっ飛ばすか。対空砲で蜂の巣にするか。はたまた、スクリューでズタズタにするか色々考えたの───」

「すくりゅー? お、おおお! よくわかりませんが、それでは私と共に───」

 黙れ。

「……結局、これがいいかな、と。ね♡」
 コンコン! と、カタパルトの鉄板を叩くエミリア。

「ふふ。やっぱり、私自身がアンタの骨を砕く感触を得ないとスッキリしないと思うのよ──で、わかったらその先まで歩きなさい」

 ゲシ!!

 無造作にロベルトを蹴り、鉄板の端に歩かせる。
 その先で、解放してやると言って……。

「ほ、ほほほほほほ、本当に開放してくれるのですか?! し、信じますよ───」
 ロベルトが細目を精一杯に開けてエミリアに懇願する。
「私は、嘘はつかない───ほんとよ?」

 そうとも、薄汚い魔族でも、小汚いダークエルフとでも、好きに言えばいい。

 だけど、お前ら人類と我ら魔族が決定的に違うのが、『誇り』があると言う事。

 騙し打ちはしない。
 戦いにおいて、嘘などつかない。
 女子供を皆殺しなど鬼畜の所業!!
 

 戦うなら、正々堂々戦って見せる───。


 …………だから、嘘はつかない。

「ぐ……! し、信じますよ。愛しの君よ」

 ロベルトは渋々と鉄板の先まで歩いていく───。
 いや、正確にはカタパルトの射出レールの先端まで……。

 そこから下を見下ろすと、なんと高いことか!!

 海面まで何十メートルもある。

「ひ、ひぃ! こ、こここ、こんなところで解放されても死んでしまいますよ───!」

「そうよ───開放してあげるの。アナタをそこから……。そして、その体から、」

 そ、
「──そんな?! それじゃぁ嘘と同じだ!この嘘つき売女! 薄汚い魔族がぁぁあ!」

 ぐおおおおお!!

 拘束を解かれたのを幸いに、ロベルトがエミリアに掴みかかろうとする。

 だが、そんな(いとま)を与えるほど、
「───私は優しくないわよッ」

 シィィ……!! と、凶悪な笑みを浮かべるエミリア。

準備よし(ステェンバァァイ)!!』
問題なし(ノープロブレム)

 そこに、カタパルト操作要員が親指を立てて合図。
 そして、エミリアもそれに返す。

 (スリー)(ツー)(ワン)(ナァウ)!!

『───発進(コンタクト)!!』
発進よしッ(コンタァァァック)!!」

 エミリアは射出用の台座に乗り、グググと力を籠めて体を固定する。

 足の力だけで体を支え、顔は正面───ロベルトを睨み、拳を作るッッ!!

「こ、この、ダーーーーーーークエルフがぁぁぁぁああ!」

 ボロボロの身体でロベルトが突っ込んでくると同時に、ガシュン!!! と火薬式カタパルトが作動ッッ!

 そうよ?
 私はダークエルフ。

 ……それが、何か??


 ──────ガシュン!!!!


 ズドン!! と、エミリアの体ごと台座を射出し、猛烈な勢いでロベルトにぃぃぃいいいッッッ!!

「んんなぁぁぁぁぁああああああ?!」

 あ、そうだ。
「最後に聞きたかったんだけど───……」
「ひいいいいいいいいいいいいいいいい!」

 ……アンタの細目、

「───開いてるとこ見たことないけど、あるの?」

「や、やめろぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 あっそ。
 別にいいわ。
 
 じゃ、
「───この拳に聞いてみようかしらぁぁぁあああ!!」

 おらぁぁぁぁあああああああああああ!!

 物凄い勢いで発射されたそれは、強烈なGを生み出し、エミリアの小柄な体が悲鳴をあげる。

 だが、知らぬ!!

 この拳を、振り抜くまではぁぁぁぁぁぁあああ!!

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」


 これが、

 カタパルトパンチだぁぁぁぁぁぁぁああ!


 カタパルトからの射出速度と、エミリアの膂力(りょりょく)と、体重と、怒りと、怒りと怒りと怒りと怒りをのせてぇぇぇぇええ!!

「ブッ飛べやぁぁあああ!!!」

 エミリアの拳が物凄い速度で命中する瞬間、ロベルトの目が驚愕のあまり、これでもかと、見開かれる(・・・・・)ッ!!


 ひ、

 ひぃぃい!!

 ひーーーーーーーー!!

 メリィ…………。

「ひでぶーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」



 メリメリメリメリメリメリめりめりめりめりめりめりぃ…………………と、ロベルトの顔面にめり込んで行くエミリア拳!!

 骨が砕け、鼻が折れて陥没し、顔という顔をぶち抜いていく感触──────!!

 あーーーーーーーーーーー♡♡♡


 快ッッッッッッ感よぉぉぉぉぉおおおお♪


 ───ぶわぁぁあッッきぃぃいんんん!!

 そして、殴り抜くッッ!!

 ぶっ飛べ、ロベルトマン!
 ならぬ、ロケットマーーーーーーーーン!



「あーーーべーーーーしーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」



 殴り抜いた勢いそのままに、顔面が陥没したままのロベルトが、ギュンギュンと回転し遠くの海面に飛んでいく。

 エミリアは空中でクルンと、体を(ひるがえ)すと手足を広げて空気抵抗を楽しむ。

 瑞々しい肢体が、陽光のもとでキラキラと輝く。

「さようなら、ロベルト───」

 ひゅーーーーーーーーーーーーーーーーん、…………ざっぱぁぁぁん!!!

 と、ロベルトが水面に激突し、さらに水切りの要領でバウンドしていく。

 そして、あっけなく波間に消えた。



「あはははははははははははははははは!」



 ひとしきり笑った後、エミリアは水面に飛び込んだ。

 ぞぅんッッ!

 と、水が泡立ち音が遠のく───。
 そして、温かく、優しい海水に包まれる感覚。

 あっ。

 海…………。

 初めての海──────。
 海水って、こんなに綺麗で、温かくて、しょっぱいんだ……。

 ま、
 まるで涙のように──────。

 う、
 うううううう……。

 うわぁぁあああああああああああああ!!

 父さん、
 母さん、
 皆!!


 仇──────討ったよ!!


 まだ、たったの一人だけど……。
 討ったよ。

 討ったんだよ!!

 ざぱぁ……。
 水面を割り顔を出したエミリアは、顔に張り付く灰色の髪を拭うことなく太陽を仰いで慟哭する。

 う、
「うわぁぁぁぁぁぁぁあああああああん!」

 あああああああああああああああんん!!

 子供のように、いつまでも、いつまでも、いつまでも……。

 

 エミリア・ルイジアナは慟哭した───。


閑話1「それはお口の天敵」

 海軍工兵隊(シービー)のブルドーザーが走り回り帝都を更地にしていく。
 まだ瓦礫に下には、ロベルトのばら撒いたホムンクルスによって蠢く死体もありそうだが、瓦礫ごと撤去してしまえば関係ない。
 
 エミリアはその様子を、皇城の基部に腰かけてノンビリと眺めていた。

 身体にはいつもの黒いマントだけを羽織っているだけなので、薄い体のラインが浮かび上がっていた。

 そして、彼女の傍らには美麗な装飾の施されたオリハルコン製の大剣だけが寝かされている。

「───♪」

 時折その刀身を撫でながら、エミリアは「ふわわ~……」と小さく可愛らしい欠伸を浮かべる。

(いい天気───……)

 抜けるような快晴の中。
 帝都は未だ艦砲射撃の影響で(くすぶ)り、先日までは黒い雨が降り続いていた。
 おかげで大方は消火できたものの、まだ所どころが燃えている。

 だが、そんなことは知らぬとばかりに、海軍のブルドーザーは、帝都の瓦礫や死体を容赦なく堀や港、そして帝都郊外へと押し出していく。

 その牙に引き潰されそうな哀れな民衆も、もはやここにはいない。

 瓦礫に下にいた住民たちは、エミリアがホンの少し眠った隙に大半が逃げ出したようだ。

 ……別に追いかける気もない。

 今のエミリアの目的は、ルギアだ。
 奴、ただ一人───。

 そして、最後に勇者シュウジに至る。

 そう、エミリアの頭には、ルギアとシュウジしかいない。
 残りの勇者パーティも帝国もただの添え物だ。
 もちろん許しはしないものの、人類をどうこうすると言うのは、最終目的でもなんでもない。

 ただの過程。

 シュウジに至るまでの障害でしかない。
 それよりも───だ。

 帝都で見つけた大きな地図。
 それを地面に広げたエミリアは、几帳面に作戦計画を立てていた。

 そこに刻まれているのは、燃えカスの炭で描かれた真っ直ぐの矢印が示す侵攻方向。

 大森林を抜け、その先───ルギアが居を構えると言う太古の森を一路指し示す……。

「ふふふ……。その前に懐かしい顔にも会いに行かなくちゃね」

 大森林のサティラ。
 そして、ドワーフ鉱山のグスタフ。

 ちょうど進行方向だ。

 そのついでに用事を済ませても、罰は当たるまい。

 実に、楽しみだ。
 ニィと美しい唇を歪めてエミリアは笑う。

「うふふふふふふふ……!!」


 ───カタカタカタッ!
 
 エミリアの興奮を諌めるように、傍らのポットが湯気を噴き上げていた。

 ───おっと、お湯が沸いたみたいね。

 帝都から拝借したヤカンや五徳、そしてカップを準備してニコニコとほほ笑むエミリア。
 ついでに言えば、火も帝都の焼けた廃材から使っている。

 さぁ、頂きましょうか。

 紙箱に入ったそれを開封すると、
「───いただきます」

 開けて一番に目を引いた大きな缶詰めを取り出す。その他にも小さな缶詰めや調味料なども並べていく。

 そして、まずは傍らの缶詰容器を引き寄せると、エミリアは器用に缶切りを使って開封しはじめた。

 うーん……たまらない!!
 この匂い! そして、中身!!

 ほら、見て見て!!

 エミリアがウキウキして開けているのは『Cレーション』とやら。
 よくわからないけど、携帯性を工夫した軍人達の食べ物らしい。

 知識としてはアメリカ軍を理解するうちに、エミリアに馴染んでいくのだが、如何せん元の知識量が違い過ぎる。

 武器なら扱いが分かっても、機械類はチンプンカンプンだ。
 
 でも、それでもいい。

 愛しきアメリカ軍と繋がっているという安心感があれば、それでいい。

 キコキコ……、カパンッ──────!

 大型缶を開け切ると、中からビスケットとキャンディーから転がり落ちた。

「おっと、三秒ルール、三秒ルール!」

 そのうちのビスケット一つとって口に含むと、「サクッ!」とよい触感───そして、なんという甘さと、クリスピーさ!

「うん。うん。うん!!」
 サクサクサクサクサクッ。

 もっもっも、と口の中でビスケットを何度も何度も噛む。

「えへ♡」
 ペロリと口の回りの粉を拭いとると、さっそく二枚目!

 味を変えてみようと、そこに同封されていたチーズスプレッドを取り、たっっっっぷりとビスケットに掛けて、まぁた一つ口へ……──────。

 サクリ…………しゃくしゃくせさゃく。

「ん~~~~~~~~!! 美味しいッ!」

 チーーーーーズの、風味が堪らないッ!!
 さらにジャム缶まであるのだから、至れり尽くせり。

 ベリーの甘酸っぱい味のジャムも、これまた旨ーーーーい!!

「ジャムだけ食べちゃおっと」

 指にタップリジャムを取ると、チュプンと口に含んで舐めとっていく。
 両親が見ていたら、きっと怒るだろうなー───と、ふと思い出し少しセンチな気分になる。

 でも、甘い──────……美味しい!!

 すぐに破顔すると、今度はジャムをビスケットに乗せて幸せそうに頬張るエミリア。

 ジャムの甘さと、ビスケットのサクサク感の罪なことヨ───。

 大満足で腹に落とすと、ちょっとしたことを思いつく。

「えへへ。チーズとジャム一緒に乗せちゃお~っと」
 たっぷりのジャムと、たっぷりのチーズスプレッドをビスケットの上にテンコ盛り。

 チューチューと余ったチーズスプレッドを容器から吸いつつ、悪戯っ子のような顔でビスケットを眺めると、大きく口を開けてパクンと一口──────……旨ひッッ!!

 旨い! じゃないよ!
 旨ひ!! だよ。だよ!!

「もっくもっく…………ごっくん─────おいひーーー!!」

 両手で頬を支えて幸せに浸る。
 こ、こんなおいしいビスケットがあるなんて……!

 ペロペロと残ったジャムを食べつつ、ちょっと塩気の欲しくなったエミリアはもう一つの缶詰を開ける。

 食べている間に、お湯に浸しておき温めておいた奴だ。

「あち! あち! あちちち……!」

 手で保持するのが大変なくらいの熱さだが、中身へのワクワクが止まらない。

 キコキコキコと缶切りを入れるのももどかしく感じるが、一開け目でプシュウと温かい空気が抜け、そこに豊かな肉と豆の香りが漂う。

 それだけど、体が早く早くと中身を求める。
 ちょっと待ちなさいってマイボディ──。

 なんとか、かんとか、缶を開け切ると──なんということでしょう?! 中身は茶色のスープがひたひたに!

 すごーく食欲をそそる香りが、辺りにたちこめた。

 ゴクリ……。

「さ、さぁ、食べるわよー!」

 同封されていたスプーンを使い、大きく一掬いッ!

 そして、パクッ!!!

 
 ッ!!!


「これ───!!」


 ちょ、これ!!!


「うまッッッ!!!」

 なにこれ!?

「ちょー美味しいんですけどぉ!!」

 パク。
 パク、パク、パク。
 
 パクパクパクパクパク!!
 
 んーーーーーーーーーー止まらないッ!!

「なにこれ、なにこれ!!」

 お肉、そして、お豆!!

 それをなにか、とっても深い味のするスープで煮てる?

 美味しすぎるぅぅぅう!!

「あ、ダメ! これは駄目かも!!」

 凄いこと思いついちゃった!
 これを──────……。

 そーっと、お肉だけ掬い上げて、ビスケットの上にIN!!

 アーンド、お口へパックン…………!!

「ぐは─────────最ッッッ高!!」

 何このクオリティ!!

 おいひーよー!!
 おいひーよー♡♡

 缶を傾け、中身のスープを残さず飲み干し満足げかつ、幸せそうな吐息をホゥ♡ と吐く。
 肌がほんのりと赤く染まり、何処か色気すら漂わせたエミリア。

「おい、しぃ…………♡」

 ボーっと、余韻を楽しむように、缶から出てきた簡易飲料のレモネードのパウダーを水のカップに溶かし、啜る───。
 それはもう、余韻にひたたったまま機械的な動作で──────……。

 ジュゾゾゾゾ……。

「あ───!!」

 そして、意識が現実世界に返ってきたエミリアはビックリしてカップを見る。

 黄色に染まったカップの中身に驚愕。

「すっごい! 口の中サッパリ───」

 肉の余韻と油でコテコテになった口が、リセットされる。
 これは凄い!!
 旨い! 最高!!

 最高よぉ!!

「あーもう、レーションってば、最高ッ!」
 
 装甲艦の上で食べたハードタックも悪くはなかったが、いかんせん硬くて硬くて……。

 それがどうだ、このCレーションの中身のすばらしさ。

 残るビスケットをレモネードと一緒に食べきると、ケプッ───と小さなおくび(・・・)を漏らす。

 食後の楽しみに、とキャンディを一つ口へ放り込み、その甘さに目をトロントロンに蕩けさせるエミリア。

 ニコニコ顔のまま、残りのキャンディをマントの内ポケットに入れて満足気。
 これは、あとで食ーべよ♪

 じゃ、お次は───。

「やっぱり食後はこれよねー」

 同封されていた粉末コーヒーを取り出すと、カップに落とし、そこにお湯を注いだ。

 コ、ポポポ…………。

 ホワァ……と、コーヒーの香りが漂いうっとりとする。

「砂糖もついてるなんて、ほんと至れり尽くせりなこと……」

 別に配られたアクセサリーパックを取り出し、中から砂糖とガムを取り出すと、ガムはポケットへ、そして砂糖は全部コーヒーの中に注ぎ入れた。

 そこに、さっきのスプーンでかき混ぜると、ショリショリとカップに当たり砂糖が溶けていく感触。
 少し、スプーンについていた肉の油が浮かぶが構うことはない。隠し味、隠し味。

 まだまだ、熱いのでジュズ───と一啜りで止めておく。

 うん、あつい!!!!

 けど、
「──あぁ、なんだろう。ホッとする……」
 
 コーヒーの中に含まれる「かふぇいん」という成分のせいだろうか?

 よくわからないけど、疲れも吹っ飛ぶようだ。

「そして、これ───コーヒーといったら、これよ!!」

 じゃん!
 とエミリアが効果音つきで満面の笑みで取り出したのが、『特別に───』という名目でアメリカ軍から無理を言って貰った『Dレーション』だ!!

 ウキウキとしながら包装をバリバリと開封していく。

 中身はなんと『ちょこれーと』というやつだ。

 焦げた茶色のレンガのような代物だが、なんともいえない甘さと苦さの中間のような複雑な香りがして自然と頬が緩む。

 これがまた、コーヒーに合うのよ!!

「えへへへ……。デザートは別腹です」

 あーーーーーーーーん。ガブッ!
 
 豪快に噛り付くエミリア。
 口の端に茶色の汚れが付着するけど、気にもしない。

「おっきくて入らないよぉ───♡」

 とか言いつつ、3分の一近く噛み切るとモッシャモッシャと口の中でたっぷりと味わう。
 
「ん~~~~~~~~~~~~~」

 甘くて、苦くて、
「おいひーーーーーーーーーー!!」

 もう、何て言っていいのだろうか。
 苦いのに甘い。甘くて苦い───うん。わけわからん!

 だけど、おいひーーーーよぉぉぉぉおお!

「そして、すかさずコーヒー!!」

 クピクピクピッ……。

「ほぅーーー……」

 温まるしぃ、苦さと甘さが調和するぅぅぅ……。

 あ、ダメ、ダメ、ダメダメダメ!!
 ダメ──────言っちゃうぅぅう!!

 け、

「チョコレートぉぉお─────────結婚してぇぇぇぇえええ!!」

 あーーーーーー言っちゃった!!
 だぁぁあって、甘いんですものぉぉお!

 もう駄目、この甘さに溺れていたい。

 こう……。チョコレートの海があったら。ピョーンと飛び込んじゃう!
 溺れたいのよぉぉおお!

 もうーーーーーーーーーー!!

 誰ッ!? 
 誰なの?!
 こんなおいしいもの作った人ぉぉおお!!

 ああああああ、もう!!
 罪!!

 有罪!!

 作った人は、有罪です!!
 そして、主文を言い渡す!!

 判決、エミリア・ルイジアナと結婚し、チョコレート料理を毎食作ること!!

 以上──────!!

「あー……美味しかった───」
 まるまる一本のDレーションのチョコレート?バーを食べきると、
 うにゅ~~~ん、とだらしなく地面に寝っ転がり、お腹をポンポンとさする。

 デザートのチョコレートは、あっという間に消えていた。

 あとは、カップに残ったコーヒーをジュズズズ……と啜りながらゴロンと転がり海軍工兵隊の仕事を眺める。

 帝都の残った瓦礫はあらかた片付いたらしく、今は整地作業をしているようだ。

 帝都の痕跡など露とも残さず──────まるで、そういわんばかりの徹底さ。

「凄いわね……この光景───」

 あれ程威容を誇った帝都が消えていく。
 帝国の象徴が消えていく───。

 そこに何の感慨もない。

 もっとこう胸のすく思いがするのかと思ったが……。

 それよりも、なによりも、アメリカ軍のトンデモ無さのほうが圧倒的だ。

 ブルドーザーが片付けた場所をグレーダーがタンデムを組んで一斉に均していく。
 さらには、ダンプカーが何やら穴の開いた鉄板、マーストンマットとかをガチャガチャと敷き詰めていく───それをなんともなしに眺めながら、食後の余韻に浸るエミリア。

「ダメねー……。美味しいものって、人を弱くしちゃうみたい」

 もう少し、ゴロゴロしていたかったが、このところアメリカ軍に貰う糧食が美味しくって美味しくって、ちょっとお腹周りが……。

 シュウジに会いに行くんだから、ちょっとは見栄えも気にしなきゃね───。

 バサッと、風を含んだ音を立てて、黒いマント一枚でエミリアは立ち上がる。

 のんびりと散歩のつもりでゆっくりゆっくりと、整地されていく帝都を歩いていく。

 きっと本当ならここに花屋があって、服屋があって、食堂があって、酒屋や冒険者ギルドなんかもあって大勢の人でにぎわっていたのだろう。

 そして、街の向こうにはいけ好かない貴族や、軍人どもがひしめき合って─────。

 フッ……。
「でも、もう夢の跡よ───」

 うふふふふ……。

 マントのポケットからガムと取り出すと、ポイッと口に放り込む。
 さわやかな風味のガムは、食後のお口の健康にいいらしい。

 それよりもなによりも、楽し気で何となく好き───。
 ずっと、クチャクチャ噛んでいられるし、なんなれば……ほら───。

 ぷくーーーーーーー……パンッ!

 あはははははははは!

 袋魚みたい!
 たーのしい!!

 くっちゃくっちゃ、ぷくーーーーーー、とエミリアはなーーーーーーーんにもない、帝都の更地を、ブーラブラと歩いていく。

 忙しそうに動き回るアメリカ軍に気を使って、なるべく帝都の端へ端へ───。



 そして、来た──────。



 翼を休める銀の怪鳥─────…………。

「綺麗───」

 そっと、シルバーに輝くそれ(・・)を撫で、エミリアはそうっと呟く。

「待ってなさい……」

 大森林……。
 そして、森エルフの神官───ダークエルフを喜々として殺したクソ野郎ッ!


 ロベルトは始末したわよ……。

 だったら、次は誰かしら───??

 うふふふふふふ……。

 決まってる。もう決まっている。




 オリハルコンの剣を手に取ると、ギュンギュンと頭の上で振り回し───……!!

「次は─────────サティラ!! お前だ!! せいぜい、その首を洗って待っていろッッ!」 

 ブォン───!! と太陽に向かって一振り。




 すぐ行くさ、今すぐ行くさ───!
 飛んでいこう(・・・・・・)じゃないか、サティラぁぁぁあああ!!


1:
賢者を降したエミリアは次に森エルフのサティラに攻撃を開始。
深い森に立てこもるサティラを刈り取るべく。アメリカ軍、戦略空軍を召喚し、B29数百機をもってエルフの森を焼いていく。
そうして、サティラを追い詰め、高空から空挺部隊とともに強襲し、最後は戦闘機のロケット弾を撃ち込み、エミリア自身もロケット弾とともに、サティラにロケットパンチをぶち込み、打ち倒す。
2:
次なる目標は、ドワーフ族のグスタフ。
堅牢な鉱山と高度な魔導機械を操るドワーフたちを滅ぼすため、重戦車M26パーシングを戦闘にドワーフ族と真っ向から激突。
その軍勢を打ち倒すと、鉱山に籠城したドワーフを滅却せしめんぼく、91cm迫撃砲リトルデービットで鉱山をぶっ飛ばすと、むき出しになったグスタフに、ジェット戦闘機から飛び降りるジェットパンチでとどめをさす。
3:
残る勇者と裏切り妹をぶち殺すために、まずはその潜伏先である古代の森を攻めるエミリア。
そこには、裏切り妹のルギアが拠点を築いていたが、そこにヘリコプター騎兵隊をワーグナーのBGMにのせて突っ込ませると、ベトコンを奇襲する海兵隊張りにルギアの配下の兵を刈り取っていくエミリア。
そのまま、ヘリボーン降下にてルギアを追い詰めると、小火器多数をもってルギアを滅するべく戦うが、あと一歩のところでルギアの反撃、「メテオ」の自爆魔法に巻き込まれヘリ部隊とともに壊滅的被害を受けるエミリア。
しかし、なんとか窮地を脱した後、古代の森を捨て、不死鳥にのって逃げるルギアをSR-21高速偵察機にて追いかけるエミリア。そのまま、マッハで追いつくと、不死身の再生力を誇るルギアを木っ端みじんにするべく、音速にのりながらマッハ2.8の速度でSR-21から飛び出し、マッハパンチをルギアにぶち込みバラバラに吹っ飛ばすと、次に目標に向け進む。
4:
勇者を追うエミリアは、その途上で皇帝を追い詰め、人類を降伏せしめる。
その勢いに、勇者が反撃を開始するも、鎧袖一触で跳ね返すと、神の領域に逃亡しようとする勇者を追って、エミリアは戦略宇宙軍のスペースシャトルにて、勇者を宇宙にまで追い詰め、神の目前で、スペースパンチをぶち込み、勇者を宇宙のかなたへと滅却する。
5:最後の戦いとなったエミリアはアメリカ軍召喚レベルMAXである近未来兵器を駆使して、神をも滅ぼし、星へと帰還すると、皇帝の言う通り、降伏を受け入れ、その代わりに奢れる人類をいつでも殺せると脅しをかけたまま、人類の後見人として……最後の魔族として余生を過ごす──。

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