第1話「死霊術士エミリア」
人類と魔族が相争う世界。
人類文化至上主義を掲げる『帝国』と、邪悪な『魔族』は寸土を争い長年抗争を続けていた。
それは、数えて1000年にも及ぶ大戦争。
その戦争からの膠着状態を経て───ついに帝国が魔族の要所を突破!
その勝利の立て役者となったのは、神々よりこの世界に送り込まれた異世界の【勇者】の力によるもので、彼と彼に従う『英雄』たちは、ついに魔族最後の拠点に軍を進めた。
彼の者の名はシュウジ・ササキ──異世界より召喚されし最強の戦士にして、人類の護り手。
勇者を先頭に、帝国は破竹の勢いで進軍し、次々に魔族の軍勢を打ち破った。
魔族を追い詰め、残す所あと僅か。
そこに立ち塞がったのは、穢れし禁術を使う死霊使いであり───魔族最強の戦士と謳われる一人の死霊術士だった。
※ ※ ※
魔族領最奥にて、
勇者パーティに立ち塞がるのは、不気味な人影。
そいつは、ボロボロのローブを纏い、儚げに佇んでいた──。
「お前が我らが怨敵───勇者シュウジか?」
帝国、魔族、多数の死体の山と、赤い月を背景に立つその人影は、囁くように呟いた。
それに対するは、不敵な笑いを浮かべる美しい青年で、年相応の無鉄砲さと万能感に溢れていた。
「いかにも!───すると、お前が噂の死霊使いかい?」
その問いに答える術なく、フと嘲笑する気配のあと、
「死ね───魔族の怨敵、勇者よッ!」
奴が少年のような声色で小さく叫ぶ。
……死霊召喚ッ。
「お出でなさい、愛しいアンデッド────!!」
ブゥゥン……。
と、死霊術のステータス画面が現れ、地より湧き出た不気味な召喚門───アビスゲートが開き、中からあふれ出す地獄の叫び声。
ボコボコと、地面に滲みこんだ血が泡立ち、ゲタゲタゲタゲタゲタゲタゲタ! と地獄の底から響くような笑い声がしたかと思うと────。
【アンデッド】
Lv4:ダークファントム
スキル:呪い、吸命、震える声、
取り付き、etc
備 考:暗黒に落ちた魂の集合体
大量の魂を媒介にして巨大なファントムを喚びだす
物理攻撃を全て無効化、生きとし生けるものを呪い殺す
勇者たちの眼前に、ヌゥと───中空から空間が歪んで黒い煙の様なものが浮かび上がった。
そいつはボンヤリと煙の中に、青い炎を纏った上半身だけの骸骨を包み込んでおり、そいつがガチガチガチと歯をかき鳴らしている。見るからに邪悪で薄気味の悪い悪霊だ。
「で、デカイ───」
ファントムに触れた帝国軍の雑兵が、生命力を吸い取られバタバタと倒れていく。
「兵は退けッ!───勇者パーティだけでやる!」
倒れた兵を収容して帝国軍が後退すると、すかさず前に出て死霊術士に対峙する勇者パーティの四人。
勇者、賢者、エルフ、ドワーフ!
「でりゃああ!!」
ドワーフの騎士グスタフが、オリハルコンの斧を構えて斬りかかるも、霧散し集合しなおすだけでダークファントムには傷一つ付かない。
「退きなさいッ! そいつに物理攻撃は効きませんよ」
両手に魔法の印を結ぶと魔力を練り上げていく賢者ロベルト────速いッ!
彼は神聖魔法が使えないので、単純に高圧縮された魔力をぶつけて対消滅を狙う。それでも、威力十分!
パァン! と破裂音がしてファントムの一部が消し飛ぶも、また徐々に形を取り戻していく。
「───く、周囲の魂を媒介にして、回復しているの?!」
森エルフの神官長はすぐにファントムの正体を看破すると、素早く浄化魔法を唱えんとする。
美しい容姿、そして、美しい声の森エルフのサティラの浄化魔法が輝き、ファントムをが叫ぶ。
「──────ッッ……!!!」
ダークファントムの声なき悲鳴。
サティラの美しい旋律の精霊術が空気を撫でると、ダークファントムの半分が消し飛んだッ!
「そのまま、消えなさいッ!」
しかし、死霊術士は嘲る様に笑うと、
「アンデッドは不滅───舐めるなよ!……お前らのやったこと、思い知れッ」
死霊術士が手を翳すと、ファントムがさらに肥大していく。
「さぁ、皆……行こう───愛しきアンデッド達よ!!」
すると、周囲に漂う浮かばれない魂がダークファントムと融合し、さらに大きくなっていく。
「け、汚らわしい! 禁忌の死霊術ッ!」
何度も何度もサティラの浄化と精霊魔法がぶつかり、体を削られていくダークファントム。
だが、その度に周囲の魂を吸い取り、融合し徐々に大きくなり勇者パーティへ迫りゆく───。
ダークファントムが術士の叫びに答えるように、勇者パーティを包み込み、溶かしつくさんとする。
勝利を確信した死霊術士が、ローブの奥で笑う気配に、勇者パーティが戦慄する。
だが、
「邪魔くせぇ……こんなもん、タダの煙だ」
──フンッ。
パァァァァァアアン……!!
「な!? わ、私のファン、トムが──……?」
死霊術士の目前で消滅したダークファントム。まだ完全消滅に至らないものの、たったの一発で致命傷だ。
パーティメンバー総出でかかっても太刀打ちできなかったそれを一瞬で……。
これが神々の僕───異世界より、召喚されし勇者の力だ。
「へぇ。コイツが最強の死霊術士って奴か? ボロボロのローブを着てるからよくわからんけど、……どんな奴かと思えば、思ったよりちっさいな~」
軽口を叩きつつ、勇者は二刀を構えて見せた。死霊術士の見た目の儚さに、明らかに油断しているらしい。
確かに、術士は身を隠すためにボロボロのローブ姿を纏っており、そこからうかがえる体格は決して良いとは言えない。
その死霊術士が、緊張の滲む声で勇者に語り掛ける。
「───やはりお前が立ちはだかるか……。我らが魔族の天敵……勇者ッ!」
「お? おぉ??……この声は女───のガキか!? へへ。……あーえっと、こういう時はアレか──────如何にも! 俺こそが、」
口上を述べようとした勇者を遮り、死霊術士が彼らの前に敢然と立ち塞がった!
「───ふッ、馬鹿め……。誰が、獣の口上など聞くか!」
バサァ!──とローブを剥ぎ、隠していた全身を勇者たちの前に現した死霊術士。
「───私は魔族の戦士、エミリア・ルイジアナ! お前たちを打ち滅ぼすものだッ」
月夜に映える褐色肌と白銀に輝く髪と赤い目───そして、特徴的な笹耳。
「うぉ! だ、ダークエルフじゃん!! す、すすす、スゲーレアもの!」
姿を見せたエミリアに、勇者が驚愕に目を見開く。
少女の容姿に、最強の死霊術を持つダークエルフ。
それがエミリア・ルイジアナだ!
「───語るに及ばずッ! 我が誇りとともに、勇者ッ! お前たちを打ち倒してみせん!」
私の愛すべき人々のために!
「いけッ! 愛しき、アンデッドたちよ──!!」
「───ちょ! まだ喋ってる途中だろうが!!」
黙れ、クソガキ!───そして、無様に死ねッ!!
死霊術士のエミリア・ルイジアナ。
そして、彼女を最強たらしめるのが死霊術!
その背中に刻まれた『アンデッド』の刺青の文字が、魔力を帯びて薄っすらと輝き───死霊術を発動させる。
我が死霊術をコイツらの目に焼き付けてくれる。
「お出でなさい───私の愛しきアンデッド達」
……ブゥゥン!
虚空に現れる死霊術のステータス画面。
そこに表示される、エミリアの愛しき死霊たち───。
アンデッド:
Lv5:リッチ
スキル:高位魔法、スケルトン使役、再生
ヘルプ:高位魔法を操るスケルトンの魔術師。
破壊衝動と生者への憎しみで満ちている……。
ギィィィイ……と、
地中より現れし、アビスゲートから、リッチが複数体召喚された。
「いけッ!! アンデッドたちよ!!」
うぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎ……!
不気味な杖を掲げて、リッチの高位魔法が次々に炸裂し、勇者を押し包んでいく。
ズドン! ズドン! と炸裂する魔法に勇者パーティが圧倒されていく。
「うわぁぁぁああ!」
「きゃあああああ!」
「ぬおぉぉおおお!」
帝国の賢者ロベルトも、森エルフの神官長サティラも、ドワーフの騎士グスタフも太刀打ちできず、魔法に翻弄弄されるのみ。
だが、
「はははッ! 雑魚なんてのはな、何体いても雑魚なんだよッ!───おらぁぁぁあ!」
アンデッドの上位種であるリッチを雑魚と言い捨て、あの勇者がただ一人で切り伏せていく。
聖剣の一振りで魔法を打ち消し、神剣によって次々に薙ぎ払われていくリッチ────。
(く……やはり通じないッ────!!)
だけど、な。舐めるなよ、勇者──────!!
「……本命はコッチだぁぁあ────!!」
ジャリィィン──……! と鞘引く音も勇ましく、エミリアはここで初めて剣を抜いた。
歴代、魔族最強の戦士に下賜されるというオリハルコンの大剣。
凄まじく重く、そして硬い。
だが、ダークエルフ族はドワーフに次ぐ筋力を誇る一族。
エミリアとて、見た目に反してすさまじい膂力を持つ。
───だから、こいつが振れるんだッ!!
エミリアがここまで剣を抜かなかったのは僅かな勝ち目を見出していたから。
死霊術一辺倒と見せかけて油断を誘い、エミリアは自らの一撃に賭けていたのだ。
リッチを薙ぎ払い、高笑いする勇者シュウジ────。
崩れ落ちていくリッチの骨片───その骨の破片の先に、無防備な首が見えた。
ここだ!!
「覚悟ぉぉお──────」
リッチの残骸を隠れ蓑にして、一気に肉薄したエミリア。
「その首、貰───」───った!!
───ガキィィィイイインン……!!
よし!!───通っ…………………って、ないだと?!
「──ほらはっへほほっははろ?」
こ、コイツ────。
く、口で?!
ガキン……ギチギチッ、と歯でエミリアの剣を止めて見せた勇者。
エミリアが渾身の力を籠めて繰り出したそれを、まさか口で止めるなんて……。
(ぐぐ……。び、ビクともしないッ)
そのうちにリッチは殲滅され、手の空いた勇者はエミリアを見るとニィ……と口を歪めた────。
「ぺ……。中々強かったぜ。ダークエルフ、ちゃん!!」
ガシリとエミリアの顔を掴むと、
ゴスッッ──!!
「──コヒュウッ!」
肺を穿つ強烈な一撃に、エミリアの口から呼気が強制的に排出され、無酸素状態になる。
(い、息が…………)
メリメリと突き刺さる勇者の拳。
その一撃だけで、エミリアを沈めんとしていた。
「ま、」
まだだ。
まだ、負けるものか……────。
「へへ……。異世界っつったらエルフだけど、はは!! ダークエルフは初めてだぜ」
ニヤリと笑う醜悪な面。
実際は端正な顔つきだと言うのに、エミリアにはその顔が悪魔のように見えた────。
「転生と神様にマジ感謝。──チート能力最高ッッ!」
勇者の言っている言葉の意味は分からなかったが、奴がエミリアの頭に手を翳すのだけは薄れゆく意識の中で見えた。
「は、離せ───!!」
顎を掴まれ、ギリギリと持ち上げられる。下卑た視線を至近距離で感じ、怖気が振るうエミリア。
「へぇ。……結構可愛いじゃん」
ぞわッ!! 勇者の気配に、タダならぬものを感じて悪寒が走る。
戦場で、女が捕虜になると言う事───。
「ゲスめッ!」
ペッと、顔に唾を掛けてやるのが関の山。もはや、エミリアはまな板の上の魚と同じだ。
「いいね、いいね。その反抗的な目つき───」
グググと無理やり顔を近づけられると、
「ふむふむ……。目の色、濁った赤───0点。目の下の隈、-10点。髪色、灰色0点。貧相な体-50点。……ダークエルフ、+200点ってとこかな。ひゃはははは!」
散々と容姿を詰られるエミリア。こんな状況だと言うのに、羞恥ゆえ顔にサッと朱が走る。
いくら戦士として、死霊術として生き、女であることを忘れていたエミリアでも、容姿を詰られていい気なわけがない───。
しかも、これから虜囚にしようと言うのだ。
魔族最強として、帝国に一人で抵抗し、散々殺し、散々倒してきた連中どもに囚われるということ──────……。
それを想像しただけでゾッとした。
「くッ───殺せ……!」
活きて虜囚の辱めを受けるくらいなら……!
「ブハッ!! ホントに言ったよ『くっころ』だぜ『クッ殺』!!」
ぎゃははははははははははは!!
エミリアを釣り上げたまま大笑いする勇者。
こ、
こんな醜悪な人間がいるのかと思うほどに、エミリアは嫌悪感で震えだし、全身から力が抜け落ちていく。
「ごーかく、合格! 今ので1000点あげちゃうぞ、ダークエルフちゃん」
スッと、手を翳す勇者。何をされるのかと思い、身を固くするエミリア……。
「ひっ……! や、やめて!」
少女のように怯え手懇願するエミリア。
「チートっ、つったらコレだよな───」
勇者の手がエミリアの顔に触れ──────……。
そして、何か温かい感情が、勇者の手を介してエミリアの中に────……。
あぁ…………。
な、なんだこれは?
や、止めろッ!!
あ、───あぁぁぁぁぁぁ……!
みるみるうちに『魅了』されていくエミリア。
あり得ない感状が見る見るうちに沸き上がり、心を締めていく。
今まであった心の情景に、ありえないものが次々に流れ込んでいき、エミリアの拠り所を染めていく。
戦地に赴く直前の家族との会話。
※ ※
「では、行ってまいります」
貧しいダークエルフの里の、小さな家の玄関に立つエミリア。
「気を付けて───」
「無理をするなよ……何があっても帰って来い」
両親の抱擁を受け、涙ともに別れを惜しむ。
「はい。はい…………!」
父さん、母さん……!!
一族のため、そして、死霊術を受け継いだがため───最強の戦士として、軍役につくことになったエミリア。
彼女は優しい両親の見送りを受け、そして家の戸口で待っていた義理の妹、ルギアと無言で抱き合った───。
「…………」「…………」
今生の別れとなるかも知れない家族。
別れを惜しみ、思い出を共有する中、長らく抱き締め会う二人……。
ルギア……。ルギア・ルイジアナ。
彼女は血のつながった家族ではないものの、長らくエミリアと共に過ごし暮らした大切な家族。
出会いは偶然。
数年前に、魔族領土の奥地で凍えていたところを斥候が発見。そのまま、はぐれエルフとして保護された。
あとは、成り行きでダークエルフの里で世話をすることになったというだけ。
外見は、白く線の細い小柄な女性。ダークエルフ特有の褐色肌ではなく、アルビノと思しき抜けるような白い肌。
そして、金糸の如き美しい髪に、透き通るような青い目───。
明らかにダークエルフではないものの、温厚なダークエルフの里は彼女を温かく迎え入れた。
そして、年の近そうなエミリアの家庭に引き取られ、数年もの長い間一緒に暮らすことになった。
優しい両親と、弱く、優しく、愛しい存在……義妹のルギア───。
それらを守るために戦う。
エミリアの戦士としての矜持はそこにあった。
※ ※
───そこに勇者への思慕が割り込んでくる。
彼の者を愛せと、何かが語りかける。
家族への思慕をも超える、無私の愛を彼に向けろと…………!
(ぐぅぅぅ……ふざけるな! 魔族の天敵───我らが怨敵を愛するなど死んでもあり得ないッ)
だが───!!!
「へぇ……俺の魅了のスキルに一丁前に抗ってやがるぜ」
さらに力を籠める勇者によって、ついにエミリアの抵抗が潰える……。
あり得ない光景が記憶に刷り込まれ、思慕を募らせていく。
身も心も勇者様のために尽くしたいと、心変わりしつつある自分がいた。
そして、聞こえない声が脳裏に刷りこまれていく……!
※ ※
「エミリア────……愛しているよ」
私みたいな女に───。
初めて言われた「愛している」の一言に身も心もトロトロに溶けていくような気さえする。
「あぁ、とても綺麗だ───褐色の肌。銀に映える髪……美しいね」
エミリアはボロボロの格好を気にしつつも、記憶の中でぎこちなく勇者様の抱擁を受け入れ、彼にその身をゆだねた。
そして、徐々にエミリアは満たされていく。……否、満たされてしまった。
───勇者様が求めてくれる。
───必要だと言ってくれる。
美しい……と。君の様な女性を待っていたと──……。
抱擁を受け入れ、勇者に抱かれ、そして抱きしめるエミリア。
……今まで、女としてまともに扱われなかった境遇ゆえ、エミリアは勇者の「愛している」その言葉であっさりと落ちていく。
帝国に抗い、勇者に対峙し、鬼神の如く戦っていたあのエミリアが、だ。
死霊を語り、
英霊を敬い、
悪霊を愛でたエミリア────。
そして、今日から勇者を愛するダークエルフとして……。
「愛しているよ───エミリア……」
そして、彼のものの美しさと、所作と、優しさと、強さと、その存在の全てが愛しくなり──────。
プツン…………。
(あ──────………………)
※ ※
刷り込みが終わり、エミリアの視線がボンヤリと霞む。
ゆ、
「……勇者、さま────」
「エミリア……(くくく。チョロいな~……。ダークエルフ、ゲットー!)」
彼の者の心の中など露知らず───。
彼を、勇者シュウジを愛しいと思う感情に溢れる心。そして、あれほどあった敵意が霧散していく。
───あぁ……私の勇者さ、ま。
無意識に、勇者に手を伸ばすエミリア。愛しい彼に触れ───熱を感じていたいと……。
勇者。
勇者……。
私の愛しい勇者──────……。
私だけの愛しい人…………。
熱のこもった目で彼の者を見上げるエミリアは、抵抗のためか、精神負荷により───。
ドサリ……!
自らの身体が地面に投げ出された音を聞いたのを最後に、エミリアの意識は闇に落ちていった。
おめでとう、エミリア。
君は今日から勇者パーティだ。
※ エミリアの死霊術 ※
【アンデッド】
※※※:Lv0→雑霊召喚
Lv1→スケルトン(生成)
地縛霊召喚
Lv2→グール(生成)
スケルトンローマー(生成)
悪霊召喚
Lv3→ファントム(生成)
グールファイター(生成)
広域雑霊召喚
Lv4→獣骨鬼(生成)
ダークファントム(生成)
広域地縛霊召喚
英霊召喚
Lv5→リッチ(生成)
スケルトンナイト(生成)
広域悪霊召喚
(次)
Lv6→ワイト(生成)
下級ヴァンパア(生成)
精霊召喚
広域英霊召喚
Lv7→???????
Lv8→???????
Lv完→???????
第2話「魅了の果てに」
人類と魔族の最終戦争は終盤局面に差し掛かっていた。
最強の戦士を欠いた魔族にはもはや抵抗の力はなく、ただただ狩られていくのみ。
城塞は落ち、
砦は焼け、
陣地は奪われる。
残すところ僅かな土地と、古びた魔族の城のみ。
だが、ここで再び戦線は膠着していた。
険しい地形と、魔族軍の徹底抗戦により遅々として進まぬ戦線。
死に物狂いで戦う魔族に手を焼き、さらには最後の難関が突破できずに、帝国軍と勇者パ―ティは一進一退の攻防を繰り広げていた。
「ちくしょー!! 橋を落としやがった」
奈落の谷底に消えていくのは、城へと続く橋。
遅滞戦術の一環として、橋を破壊するのは常套手段だ。
落差何百メートルもある谷を繋いでいた、唯一の橋が消え去った。当然、それがなければ乗り込めない……!
橋を架けなおそうとしても妨害される。
魔術で飛べば狙撃される。
他にも空を飛ぶ術も、なくはないのだが───無防備な空中はいい的でしかなかった。
ならば、陸路───谷底から迂回路を探してみるも、どこにも迂回路もなければ渡河点もない。
「あーちくしょう! どうしろってんだよ!!」
最後の最後で足止めを食らった勇者は、いきり立っていた。
短期決戦を考えていた帝国軍は補給力が弱い。
しかも、魔族の地では現地徴発も容易ではない。
元より生産力の低い土地ゆえ、補給線の伸び切った帝国軍は困窮していた。
日々貧しくなる食事に腹を立てている勇者たち。
帝国軍の兵よりも、相当に優遇されているとは言え、豪華絢爛というわけにはいかない。
勇者とて、人間。
飯も食えばクソもする。
そして、女も抱く。
膠着した戦線の陣地では、魔族としての抵抗を一切やめ、勇者に言われれば何でもする───ほとんど人形のようになったエミリアが、勇者の寝室の一カ所で飼われていた。
彼女は無私となり、勇者の言うことを何でも聞く。
何でもする──────何をしても不満を言わない。
だって愛しているから───。
だから、日々の苛立ちをベッドの上でぶつけられても、勇者への愛を妄執するエミリアは一切の不満を言わない。
それもこれも全て愛ゆえ。
……愛する勇者。
エミリアだけの勇者───。
エミリア役目は後方要員として、勇者シュウジの臥所の相手をすることだけ。
それに良い顔をしないのは、森エルフにドワーフくらいだろうか。
あとは帝国兵の男ども。
魔族最強の戦士、死霊術士のエミリアは帝国軍にとって悪夢のような敵だったのだから、そう簡単に許せるわけはないと───。
最初からエミリアに対しては、敵意剥き出しの帝国軍ではあったが、今のところ勇者の愛人であるということで、目こぼしをされていた。
だが、
蔑む視線。
好色染みた視線。
明らかに敵意を持った視線────。
元は魔王軍死霊術士────……最強のダークエルフ、エミリア・ルイジアナ。
殺しも殺したり────。
散々、侵略者である帝国軍を薙ぎ払っていたのだから、相当に恨みも買っていよう。
エミリアからすれば、人類の尖兵たる帝国軍は、侵略者同然。ゆえに謂れなき怒りではあるが、立場が違えば考え方も違う。……今は、勇者パーティの一員だから生かされているだけ。
その庇護から外れれば、エミリアを貪りつくそうと喜んで帝国兵が群がってくるだろう。
その視線に辟易としながらも、勇者パーティと共に行く。
(だけど、変わらないのは勇者様への愛だけ…………)
そんな時だ。
膠着した戦線を覆しかねない状況が発生した。
勇者に飼われているエミリアの元にも、彼らの会話が聞こえてきた。
「内通者?」
勇者の元へ帝国軍の男が耳を寄せ何かを話す。
「えぇ。抜け道があるとのことです。本当であれば一気に戦線は動きます───我が軍の勝利ですよ」
将軍格らしい初老の男性は勇者に間違いないと告げている。
「信用できるのか?……罠の可能性は?」
「あり得ません───魔族を……そして、ダークエルフを忌み嫌っているハイエルフ様からの情報ですよ」
その言葉に勇者が目を剥く。
「───マジか? で、伝説のハイエルフの?!」
「えぇ。魔族領を偵察中に行方不明となっていたらしいですが……無事に生き延びて、魔族に通じておられたようです」
その事実だけで勇者は決意したようだ。
エミリアもボンヤリとその会話を聞いていたが、特に興味を感じられなかった。
ただ、戦争が終わるんだなーと……。
そこで、チラリと帝国軍の将軍がエミリアを見る。
「───ただし、内通の条件として…………」
ボソボソボソ……。
「マジかよ……。まぁ、最近飽きて来たからいいんだけどよ、ちょっと惜しいかなー」
「代わりなどいくらでも居りますよ───良いのを見繕いましょう。こんな貧相なガキよりもずっと、」
グハハハハハ、と豪快に笑った後、簡単な打ち合わせを終えた後帝国の将軍と勇者は去っていった。
その間、餌の様に置かれた乾いたパンをもそもそと食べ、勇者の帰りを待つエミリア。
栄養不足ゆえ、ドンドン痩せてきている気がする。
でも、戦争が終わればきっと良い暮らしができる。
勇者様と結婚して───……。
人も魔族も平和に暮らせる世が来る────。
そう、妄信していたのに……。
いつもならそろそろ勇者が戻ってくるであろう時間。
それはきた───。
バァン!!
「──死霊術士のエミリア!! 貴様を拘束するッッ!」
「────え?」
※ ※
「は、離せッ! 何の真似だ──!!」
勇者以外の男に触られる───?!
その嫌悪感で必死になって抵抗するエミリアに、帝国軍は容赦なく刃を向けてくる。
勇者に飼われているエミリアにだ!
曲がりなりにも、勇者パーティとして認められているはず───!
「放せぇぇぇえ! わ、私は勇者様の仲間だぞ──それを、」
「うるさいッ。その勇者殿の命令だ! 神妙にせいッ」
え? い、今なんて────。
「えぇい。さっさと捕らえい!!」
一瞬、聞き捨てならない言葉を聞いて呆けてしまったのがいけなかったらしい。
隙を突いて帝国兵の強打を受けてしまい崩れ落ちるエミリア。
薄れ行く意識のなか。誰かに乱暴に引き摺られていくのだけはわかった。
(ちくしょう…………)
ズルズルと、ズルズルと、随分長い間連れ回されたらしい。
引き摺られながら、ようやくボンヤリと霞む意識が覚醒したエミリア。
彼女が覚醒して最初に目にした光景───…………。
「ぎゃあああああ!!」
「やめろッ───降伏したじゃないか!」
「「「うわぁぁぁああああ!!」」」
……そこは、すっかり変わり果てた魔族の古い城───最後の拠点の中であった。
バタバタと足音も高く走り回る帝国兵たち。
「───本国から輜重隊を寄越せッ! 大至急だ! 勇者様たちの私物も忘れるなよ」
「おい、お前───処刑場はそこだ! 売り物と混合するなよ!」
「何人か来いッ! 向こうの塔を掃討しろ。まだ隠れてるやつらがいるかもしれん──!」
わーわーわー。
わー!!
騒がしいのは、城の前庭。
植生の乏しいこの地方ゆえ、庭は木々の類ではなく石畳と綺麗な苔で整えられていた。
そして、そこかしこで忙しそうに動き回る帝国軍の兵士達。
本来の主である魔族達は、あろうことか拘束され、順繰りに処刑されているではないか?!
(な、なにが?!)
多少見目の良い者やら、サキュバスやダークエルフら一緒くたにされて拘束されている。
首には縄を打ち、不衛生な柵の中に閉じ込められるその姿───。
どう見ても家畜扱いだ。
「な、何が起こっているの?! は、離してッ! 勇者さまを、シュウジを呼んでぇぇえ!」
そこに黙れとばかりに帝国兵が次々に暴行を加えていく。
「ぐ! き、貴様らぁ! ゆ、勇者さまがこれを知れば───」
「よう、エミリア」
帝国兵をキッと睨み付けるエミリアの目の前に、勇者が現れた。
その姿に救われたような思いを感じたのも束の間。
「シュウジ……勇者さま────! こ、こいつらが私を!!」
「おせーんだよ。雑魚兵士ども───ダークエルフのガキを拘束するのに、いつまでかかってんだ!」
カィン! と帝国兵の兜を小突き嘲笑する勇者。
どう見ても、エミリアを拘束したことに対する叱責ではない。
「ゆう、しゃ───さま?」
「悪いなぁ、エミリア───こういうことだから、さ!」
言い切るや否や、猛烈に振りかぶった拳をエミリアの腹に突き落とす勇者。
「───ごひゅう!!」
手加減なしの一撃がエミリアを吹き飛ばす!
クルクルと舞うエミリアを見て、ゲラゲラ笑う勇者パーティと帝国兵たち。
そして、落下してきた彼女に勇者とパーティがよって集って暴行を加えていく。
顔を中心に、腹、下腹部、心臓と、およそ女性に与えるべきではない暴行の数々!
「うぐぇぇえ……! げふ、勇者、様───?」
グチャグチャになった視界。
顔面は腫れ上がり、瞼がふさがりそうだ。
「うわ。エミリア──お前ブッサイクだなー。こりゃ二目と見れねぇわ」
ニヤニヤ笑いながら、エミリアの顔を小馬鹿にする勇者。
自分達で殴っておいてその言い草。
それでも、エミリアは勇者を愛しているので、その言葉に反射的に赤面してしまう。
こんな顔じゃ、勇者様に嫌われてしまうと────。
いや、──────そうじゃない!
こんな時まで、私は何を考えているッッ。
「ここまで来りゃわかるだろ? 魔族の皆さんの最後の抵抗も虚しく、拠点は陥落───あとはミナゴロシ。悪いな、エミリア───」
というわけで、だ。
「エミリア───……。魔族のお前も、当然あっち側だ」
グイッ! とエミリアの髪を掴むと、ブチブチと引き抜きながら無理やり顔を向けさせる。
あっちって────……。
あっちって……。
───あっちのこと?!
エミリアの視線の先にある「あっち側」……。
まるで作業の様に、淡々と殺されていく魔族達。
拘束され身動きができない中、断頭台に乗せられ斧で───ドンッ、ドンッと、次々に切り離されていく。
それが、あっち側────人間たちと魔族たち。
そして、エミリアは────あっち側だという……。
「───そ、そんな……。ど、どうして?」
「今だから話してやるけどよ。内通者がこの拠点までの間道を案内してくれてな───その内通者から出された条件が、」
まるで、クイズでもするかのように、クルクルと指を回すと、ピタリとエミリアを指した。
「───お前を徹底的に痛めつけて、魔族の中でも一番最後に殺せってさ」
え…………?
勇者はそれだけ言うと肩をすくめる。
まるで、お気に入りのケーキが売り切れでした───くらいの軽い気持ち……。
そ、そんな……。
そんな事って───……。
「わ、私を愛してるって、」
愛してるって、言ってくれたじゃないか?
───あ、あんなに、愛し合ったじゃないか?!
「ど、どうして私まで! 私はアナタの恋人なんじゃ───」
「はッ! 恋人だぁ?! バーカ、お前はタダのペットだよ───だから、諦めろよ。それともなんだ?……自分だけ助かろうってのか? 大好きな魔族の皆を差し置いてさぁ!」
ち、違うッ!
違う!!
違う、違う、違う!!
違うッッッッ!!
「───断じて違うッ!!」
一人だけ生き残りたい何て言わない。
私はそんなに恥知らずじゃないッッッ!!
誇り高き魔族の戦士───死霊術士のエミリアだ!
「……なら、大人しく死ねよ?」
──────ッ!
勇者に尽くし、愛し、純潔を捧げても、なお───魔族として死ねという。
「───くくく……。エミリアよぉ。本当は、最後までお前を手放さないつもりもあったんだぜ? いくら、パーティや帝国がギャーギャー言おうともなッ」
じゃ、じゃあなんで!?
「さぁな? お前の知ってる誰かが内通してくれたのかもなー。───城への抜け道をよ!!」
ば、ばかな……!
ばかな!!!
「馬鹿なッ!!!」
魔族に、内通者がいたというの?! 殺されることが分かっていて内通を?
あり得ないッッ!
「はは。エミリア───探偵ごっこしてる場合じゃないぜ。見ろよ」
淡々と処刑されていく、魔族の兵士達───。
その彼らの目を見たエミリア。
「ひッ!」
濁った暗い瞳……。
裏切り者。
裏切り者。
裏切り者……!
彼らとて知っているのだ。
その内通者とやらが吹聴したのだろう。
……エミリアが勇者に魅了されて帝国に降ったことを。
快楽に溺れて、魔族を顧みなかったことを───!
だから、帝国軍に処刑されるまでの短い時間を、せめて───裏切り者のエミリアを呪う時間に費やしているのだ。
魔族を裏切ったエミリアを、恨みの籠った目で睨む……。
睨む、睨む、睨む……。
身体から切り離された目ですら、エミリアを睨む。
抜け出た魂ですらエミリアを睨む。
生者も、死者も、エミリアを責める。
彷徨う魂が、死霊術を通じてエミリアを苛む。
やめて。
やめて……。
やめて────!
「やめてぇぇぇえ!!」
私をそんな目で見ないで!!
そんな声で、罵らないで!!
わ、
わ……。
私は皆のために……。
皆の、ために戦った────。
だから、今も戦うッ!!
今こそ戦うッ!!
今なら……。今なら出来る。
この怨嗟に満ちた空間なら、死霊術の独壇場だ!
今なら────……。
行けッッ!
私のアンデッドたち──────!
「あーあーあー……。下手なことを考えるなよ? ダークエルフの里は、とっくに帝国軍が制圧した。この意味わかるな?」
「なッ!」
ま、まさか────。
あの隠れ里がみつかるはずが……。
「……へへ。黙っちまったな? アホなお前にも分かりやすく言った方がいいか? つまりよ。ダークエルフが、魔族かどうかってのは微妙な線引きだよな。オークやゴブリンでもないし、魔人でもない──ちょっと色素が違うだけのエルフだと、俺は思っている」
つまり────。
「何が言いたいか分かるか? ダークエルフ達の生き死にはお前次第さ。黙って大人しく殺されるか、今ここで死霊術とやらで派手に暴れるか、」
───選べぇ……。
「ま、ここの連中を始末するまで、大人しく見てろって───」
お前は運がいいんだから。と───。
そう、勇者は宣う。
「───知ってるか?……処刑される奴はさ、」
くくくくくく……。
「処刑列の一番最後に並ぶためなら、親でも売り飛ばすらしいぞッ……ぎゃはははは!」
だ、だからなんだ?!
「それを、感謝しろって言うのかぁぁあ!?」
「そうだよ。感謝して欲しいね───……お前は、一番最後なんだぜ!! もしかして、途中で俺が心変わりしたり、奇跡でも起こって助かる可能性が万に一つでもあるかもしれないからな」
ぎゃははははははははははははは!!
勇者に追笑するように、勇者パーティと帝国兵がゲラゲラ笑うのだ。
人とはここまで残酷になれるのかというほどに……。
ゲラゲラと、ゲラゲラと───。
帝国軍は、ここまで苦戦させられた鬱憤を晴らすかの如く───……。
勇者パーティは、間抜けなエミリアを小馬鹿にするために───……。
「あースッキリしたぜ。じゃ、次のイベントと行こうぜ───」
パチンと勇者が指を弾くと、
「な、なにを…………」
ボロボロのエミリアは霞む視界の先に多数の人影を捉えた。
エミリアと同じ褐色の肌。長い笹耳───。白銀の髪…………。
え?
あれって───まさ、か……。
「そ、ダークエルフの里の皆さんだぜぇ」
ちょ、
ちょっと……。
ちょっと、待ってよ───!
「しゅ、シュウジ───! だ、ダークエルフの皆だけは……」
「ん~? 何か言いたそうだな」
「おおおお、お願い!! お願いします!」
なんでもします!
どんなことでもします!
なんでも食べます!
泥でも、糞でも、他になんでもするから!!
「お願いします! どうか! どうか、ダークエルフの皆だけは!!」
「んん? 聞こえないなぁ?」
もったいぶる勇者に必死で懇願するエミリア。
「お願い!! お願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願い! お願いします!!」
どうか!!
どうか!!
どうか! ダークエルフの皆だけは!!
「お願いしますーーーーーーーーーー!! どうか、皆だけは許してぇぇえええええ!」
詰る勇者の足に縋りつくエミリア。
「抵抗しなければダークエルフの里は見逃すって……」
「ん~そうだったっけ?」
「い、言った! 言ったじゃないか! 死霊術で抵抗しなければ───」
必死で懇願するエミリア。
ダークエルフの里だけは!!……父さん、母さんだけは!!
そして、ルギ───
「───誰もそんな約束をしてないわよ。義姉さん」
……え??
「る、ルギア───??」
不敵に笑い、ダークエルフを追い立てていたのは、白い肌と、長い笹耳、金髪と碧眼の女性───ルギア。
ルギア・ルイジアナ───エミリアの家族だった。
え?
ええ?
な、
なんで?
なんで、アナタがそこに?
さ、里に隠れていない!
そんな所じゃ、殺されてしまうわよ。早く逃げなさい──────。
「ルギアッ!!!」
愛しい家族のルギア。あぁ、錯乱しているのね?
だけど、今なら逃げられる。
勇者たちがアナタを拘束していないのがいい証拠───。
きっと、見た目からダークエルフじゃないと判断されたのよ。
だから、早く逃げ───……。
「気を付けッ!!」
バシン!!
帝国軍が一斉に起立。
そして不動の姿勢───。
処刑も一旦停止……。
「あら、いいのよ。作業中の者は作業を続けなさい──」
「ハッ! 作業に戻れ」
そうして、処刑再開。
帝国軍は作業に戻った。そこかしこで繰り広げられる、魔族にとっての地獄絵図……。
その地獄から少し外れた輪にいるのは、残った勇者たちと──────ルギア。
い、いや、ちょっと……。な、なんで、ルギアが帝国軍に指示を出してるの?
る、
「ルギアだよね?」
「お久しぶりね、義姉さん。活躍は聞いているわ」
ふふふ。と見たこともない妖艶な笑みを浮かべてシャラリシャラリと歩く───。
着飾っているものの、記憶の中のルギアに間違いない。
「ふぅ。長かったわ……。ちょっとしたミスで魔族の地で過ごすことになったけど……本当に長かった」
そう言って、エミリアに近づくと、優しく顎を撫でる。
「でも、それも今日で終わり───……。しかも、長年の悲願であった穢らわしい魔族が消滅するのよ……本当に嬉しいわ」
何を……言っているの?
「義姉さんも、もう無理はしなくていいのよ。魔族最後の一人として見納めて、お逝きなさい」
「ルギ、あ……。アナタ何を言って───」
ヨロヨロと手を伸ばすエミリア。
だが、それをパシリと払いのけると言ってのけた。
「汚らわしいダークエルフ。……一緒に息をしているだけで気が狂いそう。勇者───早く終わらせなさい」
「へーへー。ハイエルフ様のお召の通り───」
え?
は、ハイエルフ??
見れば、森エルフのサティラが慌てた様子で勇者にしな垂れかかるのをやめ、片膝をついている。
帝国軍に混ざるエルフの兵士も恐縮しきっている様子が見えた。
「ふふふふ……。いつ魔族を滅ぼしてやろうかと思ってウズウズしてたの。今か今かと待ち遠しくて、ちょっと遠出のつもりで魔王領を偵察にいったら、不死鳥がドラゴンに驚いちゃって、私は雪の上へ───」
「あとは知ってるでしょ?」そう、ルギアは言った。
「あぁ……辛い日々だったわ。汚らわしいダークエルフに優しくされて、温かい食事に、義理の父さん、母さん、優しくって優しくって、」
───反吐が出るかと思った。
ペッ!
美しい顔を歪めてルギアはエミリアに顔に唾を吐きかける。
「挙句の果てに、仲良く遊んでくれた優しくて口下手の義姉ときたら、禁忌の死霊術士───毎日殺意を押さえることに苦労したわ。何度家に火を放とうと思った事か」
「る……ぎ、あ」
知らなかった。
知らなかった───。
コイツのことを知らなさ過ぎた!!
「オマケに里の連中と来たら千年の間にあんなに数を増やしちゃって……あの昔に殺しておけばよかったわ───でも、よかった。千年前のやり残し、今日で終わりそうね」
里での日々が脳裏にフラッシュバックするエミリア。
不安げな顔で両親に預けられた時のルギアを思い出し、ぎこちない笑みで迎え入れられた日。
名前も覚えていないと言い。記憶喪失だという───。
そうして、見た目年齢の近さから義理の姉となり、時には仲良く遊び───時には少し喧嘩もした。
戦いに赴く日には、涙を流して抱締め合った───。
ルギア……。
ルギア───。
愛しい私の家族……。
「あぁ、心が漉くよう……。温かい里のみんな。種族の違いも気にせず接してくれた優しい温かいダークエルフの里の皆」
すぅ……。
「ありがとう! 心の底からありがとう!! そして、」
死ね。
「───ダークエルフは、死ね」
ニッコリ。
「ル、ギ、ア!!!」
このイカレ女ぁぁあ!!
「恩を……。恩を仇で返しておいて、アナタはそれで平気なの!!」
「平気よぉ───ずっっっっっと、ダークエルフのこと、殺したくて滅ぼしたくてウズウズしていたんですもの───」
あぁ、そうか。
そうか、そうか、そうか。
そうか!!!
内通者は……。
「ゆ、勇者パーティに情報を流したのは───」
「そーよ。私───。間抜けな魔族にトドメを刺してあげたの」
あはははははははははははは!!
あーーーーっはっはっはっは!!
美しく、醜悪に笑うルギア。
いや、違う──────。今はルギアじゃない。
ルギアなものか!
こんな義妹いてたまるかッ!!
こ、
「この裏切り者ぉぉぉおおおおお!!!」
「そーーーーーよぉぉお!! 裏切っちゃったぁぁぁあ! あははははははは! 里を売ったのも私よぉぉおおお! あーーっはっはっは!!」
間抜けッ!
間抜けな魔族達!
そして、ゴミクズ同然の、ダーーーーーーーーーーークエルフ!
死ね!!
死ね!!
お前たちは等しく死ね!!
「あはははははははははははははは! あはははははははははははははははは!!」
あーーーーーーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!!
「るーーーーーーーーーぎーーーーーーーーーーーあーーーーーーーーーー!!」
第3話「絶望の言葉すら生ぬるい」
「るーーーーーーーーーぎーーーーーーーーーーーあーーーーーーーーーー!!」
コイツは……。
コイツは生かしておけないッ!
こんな奴がいるなんて信じられない!!
恩を、
大恩を、
命の恩人に対する敬意を!!
───返せとは言わないッッッッ!!
「だけど、仇で返す必要がどこにあるのよぉぉぉおおおおおお!!!」
コイツは殺す!!
今すぐ殺す!!!
いや、
お前ら全員ぶっ殺してやる──────!
ブチブチブチ、バッキィィィイン!!
拘束を引きちぎり、どこにそんな力があったのか自分でもわからないほど。
それでも、エミリアは駆けだす。
元最強の戦士──今は……。
今は元勇者の愛人で、今はタダのダークエルフのエミリアとして駆ける!!
死霊術士のエミリアとして駆ける!!
ダークエルフを守るため。父と母と里の仲間を守るため。───駆ける!!
──勇者の愛人?
──勇者に心酔し鞍替えした裏切り者?
──勇者と共に魔族を滅ぼそうとした恥知らず?
知るかッ!!
知るかッ!!
知るかッ!!
私は、私の信じる道を進んだだけ!!
ただ、勇者を愛しただけ!!!
結構ッ!!
何とでも言え!!
私を倒し、一度は殺すチャンスがあったにもかかわらず、私を受け入れてくれた勇者シュウジを愛している!!
───今もッ!!
それの何が悪いッ?!
私には帝国も人類もどうでもいい!!
ダークエルフの里と家族!
そして、今は勇者様ッ!!
どちらも愛して、どちらも愛したッッ!!!
「───ルギアぁぁぁぁぁぁああああ!!!」
この女だけは殺す。
いや、この場にいる全員を殺す───!!
出来ないと思ってるのか?
私が無力だと思っているのか?!
舐めるな……。
舐めるな……!!
舐めるなよ!!
勇者に飼われて牙が折れたと思ったのか!
否。
断じて否ッ!
私は……、
───私はアンデッドマスターのエミリアだ!!
「こいッ」
来い……!
来い…………!!
ここに処刑大量の死体があるということは周囲には浮かばれぬ霊がいくらでもいると言う事だ。
いくらでも。
いくらでも!!
いくらでもいる!!
だから、来ぉぉぉいい!!
「愛しき死霊たち……。私のアンデッド!」
身体はボロボロ。魔力は枯渇しきっている。
だけど、まだだ。
まだ終わらないッ!!
依り代はある。
虚ろなる魂たちはここにいる。
アビスは近いッッ!!
裏切り者ルギア目掛けて駆け抜けながら、エミリアは地面の血痕を撫でていく。
まだそこに魂があると感じるために──────。
皆……。
皆いるよね?
まだここにいるよね?
来たよ。
勇者の愛人に成り下がったエミリアが来たよ。
私が憎いよね。
私は殺したいよね。
私を引き裂きたいよねッ!
ジワリ……。
地面に滲みこんだ血が動いた気がした。
エミリアの死霊術の刺青が怪しく輝く。
背中の『アンデッド』が淡く儚げに輝く……。
ざわざわざわざわざわ……。
ひそひそひそひそひそ……。
『冷たい……』
『痛い……』
『寒い……』
どこからともなく聞こえる冷たい声。
耳元で、遥か彼方で……。
『裏切り者ぉ……』
『エミリアぁ……!』
『魔族最強のくせにぃ……!』
あぁ、聞こえる。
死者の声が私に死霊術を通して聞こえる……。
えぇ、そうよ。
私が弱いせいでみんな死んだ。
だから、私を呪っていい。
憎んでいい。
恨んでいい!
だから、だから今だけは力を貸して──────!!
『憎い……』
『苦しい……』
『妬ましい……』
負に染まった悪意が地面から滲み起こる。
シクシクとすすり泣きが響き、そして、急激に気温が───……。
「な、なんだ?」
「ひぃ! 今誰かが俺の足を!」
「お、女の声が───!!」
蠢く地面に浮足立つ帝国軍。
そして、勇者パ―ティも……。
その隙をついて、エミリアがルギアに襲い掛かるッ!
「ルギア────……この裏切り者ッッ」
お前は殺す!!
ここに浮かばれぬ魂がある限り、アンデッドは不滅だ!!
「あは。往生際が悪いわね───義姉さん」
「死ねッ!! お前は死ね───!!!」
ルギアの顔面にダークエルフの膂力でもってパンチを…………。
え?……なんで?
「エミリア?」
「エミリアか?!」
ルギアに拘束された、両親の姿があった。
「義姉さん───まだ、抵抗するのですか?」
呆れた表情のルギア。
彼女はあろうことか、両親の首に両手を掛けてエミリアに突き出した。
「る、ギア……!」
苦しそうに呻くエミリアの父。
「ルギア───どうして?」
悲し気に呟く母───。
その姿に、思わずエミリアの拳が止まる。
「どうして?…………あなた方が不浄だからですよ───汚らわしい」
数年一緒に過ごし、一緒の釜の飯を食べたというのに───本物の愛情すら注がれていたというのに、ルギアはそれを微塵も感じていないらしい。
養ってくれた両親という感覚すらないのか、まるで家畜のように父と母を引き摺ると、エミリアを見下ろす。
「さようなら、お義父さん。お義母さん。最後に肉壁として感謝を──────お世話になりました」
ペコリ。と、美しい所作で一礼すると、
ボキリ──────。
あ──────────────────────────────…………。
『エミリア……』
『エミリア───』
死霊術を通して、微かに聞こえた死霊の声……。
父さん、母さん……の声。
茫然としたエミリア。
彼女の時はその瞬間、止まる─────。
『エミリア……おかえり、元気でいて……』
『エミリア……息災でな───』
そして、父も母も冥府へと旅立つ───。
アビスゲートの先へと……。
周囲では帝国軍の虐殺が続き、阿鼻叫喚の断末魔が響き渡る中、エミリアはもはやピクリとも動けない。
あまりのショックが体を貫き、感情と心と心と心が───死んだ。
ルギアがゴミのように両親の死体をポイっと投げ捨てて、その体がバウンドして横たわる瞬間にも、微塵も動けない。
薄っすらと見える、二人の死霊の影がエミリアに寄り添い、抱締めても───それを感じる余裕もない。
『もういい……誰も憎むな───』
『生きて……。生きて、エミリア───』
その彼女を、誰かがそっと撫でた気がした───。
優しい気配に心が温まり、少しだけ穏やかな気分で彼女は覚醒する───。
覚醒するんだけど、だけど……。
だけど、首が反転し口から一筋の血を垂らしピクリとも動かない両親の死体と、その瞳に映る自分の姿を見たエミリア。
誰かの霊魂が彼女に語り掛けてくれたものの……、
「う…………」
守る。
守りたい。
死んでも守りたい大切なもの。
何のための死霊術か……。
誰のための最強なのか……。
もはやどうでもいい……。
守りたいもの、守るべきもの───。
それが──────。
「あ、うう、う───」
う、
ううう、
うぁぁああ……。
「あ──────…………」
うぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!
慟哭するエミリア。
心が、心が壊れていく───。
「あ、あ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
エミリアの絶叫が響く。
目をそらしていたい事実を、まざまざと見せつけられて叫ぶ。
死んだ……。
死んだ……。
父さんが死んだ。
母さんが死んだ。
死んだ……。
殺された──────。
ルギアに殺された───。
勇者たちに殺された……。
帝国に殺された──────。
人類に殺された───………………。
どこかで嘘なんじゃないかと、
全部悪い冗談なんじゃないかと、
誰か言ってよ…………ねぇ?
「───あああああああああああああああああああああ……ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ………………。あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
だけど現実で───!
現実で!
残酷なくらい現実で───……!
魔族も、父さんも、母さんも───。
そして、今───ダークエルフ達も、
たった今、コロサレタ──────。
アイツらにコロサレタ……。
なのに、
「ひゃはははははははははははははははは!!」
「ぎゃはははははははははははははははは!!」
あーーーーっはっはっはっはっはっはっ!!
「み、見ろよ! みたかよ!」
「うひゃはははははははは! 見とる見とるぞぃ」
笑い転げるドワーフの騎士グスタフ。
「うくくくくくくく……。こ、こんな分かりやすい絶望初めて見ましたよ」
含み笑いを隠せない帝国の賢者ロベルト。
「ハイエルフ様の浮世離れして様は聞いていましたが、──……ひどい人ですねー。うふふふふ!」
歓喜の表情を浮かべる森エルフの神官長サティラ。
コイツラナニガオカシインダ?
ミンナ、シンダ……。
ゼンイン、シンダ──────。
ナノニ、ナノに、
ナのに、何でコイツ等はイキテイルンダ?
茫然自失のまま慟哭するエミリア。
その絶望を、あざ笑う勇者パーティ。
仮初とはいえ、同じ釜の飯を食ったこともあったはず……。
どうしてそれを、こんな風に笑えるのだろうか?
そもそも、戦争だって……魔族が何をした? 勝手に悪と決めつけて帝国が仕掛けてきたもので────。
私たちが、何をしたって言うんだ?
あぁ……そうか。
そうか……。
そうか──────。
そうだったんだ。
私が知らなかっただけで──────世界は残酷なんだ……。
私、エミリアは今日───世界を知りました。
はじめまして世界。世界は残酷です──……。
ダカラ、ソンナセカイハ、ホロボシテヤリタイトオモイマス───。
「────ね」
ドロリと濁った目つきになったエミリア。その目で、人間どもを睨み付ける──。
勇者達を睨み付ける────……。
ルギアを睨む───……。
「死ね───」
死ね、と───!
血の匂いの充満する地面。割り砕かれた、魔族の骨の散らばる死体置き場────。
エミリアの家族と魔族たちの慟哭の地。
そこで願う。誓う。呪う。
死ね、と───!
お前ら全員、
「───死ねぇぇぇぇぇえええええ!!」
そうだ。死だ。
死だ! 死こそ日常───。
死者渦巻く、こここそが私の空間。
エミリアの日常だ────。
死霊たちの渦巻く非現実の一幕。
死霊術士の日常はここだっぁぁあああああ!!
だから、
「────全員、死ねぇぇっぇぇぇぇええッッ!!」
そうだ死ね。死ね!! 死ねぇぇえ!!
死んでしまえ!! それができないなら、
……殺してやる。
殺してやる!! 殺してやる!!
ワタシがコロシテヤル!!!
「ぎゃあああああああああああ!!」
ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!
エミリアの元に次々に流れ込む魂の力。
勇者たちは忘れていたのだろうが……。
エミリアを魅了し、ペットとして『仲間』にしたことで、殺戮した魔族の経験値が一方的に彼女に流れ込んでいた。
───それも膨大な量がッッ!!
殺しも殺したり……。
勇者の業がエミリアに注がれていく───。
「ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」
ふははははははははははははははははは!!
「あははははははははははははははははは!」
征けッッッ!!
私の愛しき、
「───アンデッドぉぉぉおおおおおお!!」
ブワ─────────!!
あり得ない程巨大な死霊術の気配が周囲を包む。
そして、地中から召喚門の「アビスゲート」が出現した。
ブゥン!!!!!!
直後、召喚ステータス画面が表れ───。
アンデッドLv5→Lv6
レベルアップ!!
Lv6:英霊広域召喚
第4話「死が起きる時───」
アンデッドLv5→Lv6
レベルアップ!!
Lv6:英霊広域召喚
スキル:広域への英霊呼び出し
取り付き、死体操作etc
備 考:武運拙く命を落とした英霊を召喚
他、周囲の英霊を集めることが可能
召喚された英霊は強い魔物や種族に
取付き生前の様に戦うことができる
※※※:Lv0→雑霊召喚
Lv1→スケルトン(生成)
地縛霊召喚
Lv2→グール(生成)
スケルトンローマー(生成)
悪霊召喚
Lv3→ファントム(生成)
グールファイター(生成)
広域雑霊召喚
Lv4→獣骨鬼(生成)
ダークファントム(生成)
広域地縛霊召喚
英霊召喚
Lv5→リッチ(生成)
スケルトンナイト(生成)
広域悪霊召喚
Lv6→ワイト(生成)
下級ヴァンパア(生成)
精霊召喚
広域英霊召喚
(次)
Lv7→ボーンドラゴン(生成)
中級ヴァンパイア(生成)
広域精霊召喚
Lv8→???????
Lv完→???????
ゲタゲタゲタゲタゲタゲタゲタゲタゲタゲタゲタゲタゲタゲタッ!!!
アビスゲートから現れたのは、おぞましい声で笑い声をあげる英霊たち。
「ば、ばかな?! このタイミングでレベルアップだとぉぉお!」
「な?! ま、まずい!! 総員───死体を破壊しなさい」
驚愕する勇者をよそに、エミリアの目的に気付いたロベルトが慌てて帝国軍に命じる。
だが、一歩遅かったらしい───。
地獄の底からさらにさらにと、笑い声が響き、そして地面から、あるいは中空に漂う魔族の英霊が次々に死体に生首に取り付き始める。
一度、冥府に帰ったはずの魂が、アビスゲートを通じて帰ってくる!!
門の先───漆黒の空間から流星のように青い光の粒子を棚引く霊魂が流れ出した。
幻想的な光景であり、鮮烈な光景だ。
───彼らは英霊。戦いし戦士の魂!
あはははははは!
「さぁ、皆起きて──────。もう一度、一緒に戦いましょう……」
そっと死体を抱きよせるエミリア。
もはや勇者パーティにも、エミリアを組み敷いている余裕はないらしい。
全員が武器を持ち、全周を警戒している。
そりゃあ、そうだ。
ここは、あらゆる場所が死体で埋め尽くされている。
全て勇者たちがやった事──────。
だから、因果応報。
「な、なんてことだ! 数万のアンデッドを瞬時に生み出すだと?! な、なんたる力───」
ロベルトは恐怖しているのか、はたまた歓喜しているのか全身をブルブルと震わせている。
警戒し、武器を構えているのはグスタフとサティラのみ。
他の帝国軍は、小グループに分かれて円陣を組むことしかできない。
なにせ、ここにいる帝国軍を圧倒できるだけのアンデッドの軍勢なのだ。
「は! やるじゃないか、エミリア──!」
勇者は腕を組んで仁王立ち。
かのルギアと背中合わせに構えている。
あわてて剣を抜いた帝国兵らが、エミリアを切り裂こうと、うつ伏せに組み伏せる。
「───今さら、もう遅いッ!! 私が死んだくらいでは死霊術は消えないッ!! 魂が食いつくされるまではアビスは閉じない」
───行けッ!! 愛しきアンデッド達よ!
ドロリと濁った目を開け、起き上がろうとする魔族の死体。
首を失った死体は首を求めて。
惨殺された死体は無残な体で。
焼き殺された者はボロボロの身体で。
起きて、
起きた、
起きる。
死が起きたッ!!
───ブルブルと震える魔族たちの屍。
彼らは冥府から叩き起こされ、不死の魂を受け取った、アンデッドの軍団ッッ!!
その数はこの場で死した魔王軍全てを覆いつくす程で、数万に上る魔族の死体が、余すところなく全て起き上がる───。
殺しも殺したり……。
「あははははははは! あははははははははははは!」
あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!
「あはははははははははははははは! あははははははははははははは!」
狂ったように笑うエミリア。
最後の戦いだ!
こんなもので勇者を倒すことはできないだろうけど、帝国軍や勇者パーティはタダでは済まないはず。
「な、なんて数だ!」
「ひぃぃぃ! こ、これが魔族最強のアンデッドマスターの真の力なのか?!」
「か、神よぉぉお!!」
さすがに動揺を見せた帝国軍が、慌てて臨戦態勢を取り始める。
だが、圧倒的にアンデッドの方が多い!!
あははははは!
怯えろッ。竦めぇ!
帝国の力を生かすことなく死んでいけ!
「───いけ! 私の愛しきアンデッド。そして、魔族の皆! 私と共に、勇者たちを討とうッ!!」
ロォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオ!!!
死者の咆哮───。
アンデッドの叫び。
エミリアの心を満たすアンデッドの戦音楽!!
「帝国兵どもを滅せよ───」
ロォォォォオオオォオオオォォオオ!!
ロォォォッォォオオォォオオオオオ!!
数万のアンデッドが勇者達を───。
そして、あの帝国軍全てを飲みこまんとする──!
死ね、勇───、
「くっだらない……」
吐き捨てる様に宣のたまうのは……。
「……る、ルギア?」
お前か───……ルギア
ふ、
ふふふふふふふふ。
ふはははははははははははははは!!
───くっだらないかしらぁぁ? 負け惜しみは結構!
でも、もう遅いわね!!
今さら、裏切り者のアンタにこの状況が覆せるとでも?
───無理よ。
「無理ぃ! 無理ぃ! あはははははははははは! ルギアぁ! アンタにゃ無理よぉぉお」
あははははははははははははははは!!
そして、安心しろ。
お前だけは無残に殺してやる!
私にやったように最後に殺してやる!!
ズタズタに引き裂いて、皆の前にばら撒いてやるッ!!
お前の魂だけは冥府につれていかないッ!!
そして、お前ごときでは、発動した私の死霊術を覆せないぃぃいい!
…………エミリアは、そう確信していた。
だが、
「ふふふ……! 勇者シュウジよ───。エミリアの刺青を潰しなさい! それが汚らわしい死霊術の源泉よ───刺青を剥ぎ、このインクで上書きしてやりなさい。そうすれば死んでも死霊術は使えなくなる」
場違いに冷静な声がしたかと思うと、ルギアが勇者に里の秘術である死霊術の特殊インクを差し出していた。
ルギアの助言。
里の秘密を知るがゆえのアドバイス。
奴は命を奪うだけでなく、魔族の……そして里の秘術である死霊術の方法までルギアは奪っていたのだ。
「な、なるほど! 任せろッ!」
「がっぁああ! しゅ、シュウジぃぃ!」
インクを受け取った勇者は、エミリアを組み敷くと、バリリとエミリアのボロ布を剥ぎ取った。
「───な、何を!?」
さすがに羞恥によるものではないが、剣を突き立てるでも頭を踏み抜くでもなく、勇者はエミリアの刺青をむき出しにすると、
「お前ら手伝えッ!」
古の文字で『アンデッド』の入れ墨が躍るエミリアの死霊術。
それを消し去ろうと言うのだ。
この女!! この女ッ!!
この女は、とことんまで裏切り者だ──!
「あぁぁぁあ!! ルギアぁぁぁぁあ!!」
「グスタフ、ロベルト、サティラ───!! 俺が抑える───やれぇっぇええ!! 刺青を潰せぇぇえええ!!」
気を取り直した勇者が仲間に指示を飛ばす。
「おうよ!」
「お任せを!」
「望むところよ!」
勇者の膂力で押さえつけられると、エミリアにも敵わない。
それでも死に物狂いで抵抗する。
「くそ──────!! どけぇぇえ!!」
ドワーフの騎士グスタフが、暴れるエミリアの頭に足を乗せると、
「───がははははは!! いい景色だな、ええ、おい!!」
製鉄魔法を唱えると、グスタフの斧が真っ赤に焼き染まる。
「小娘が!! ドワーフを舐めるなよ───」
「ぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああ!!!」
そう言って、エミリアの背中の呪印を「一文字」焼き潰す、ジュウジュウと肌が音を立てて溶けていく。
大切な死霊術の『アンデッド』の文字が焼かれていく。
「ぁぁぁぁぁっぁぁぁあああAAAああAAA!!」
激痛と絶望と屈辱に喘ぐエミリア。
病まない激痛にブリブリと糞尿を撒き散らし、のたうちまわるエミリア。
───燃える肌と焦げる肉。
「待ってください!!」
それを差し止めたのはロベルト。
一瞬、救いの手に思えた自分が呪わしい───。
「貴重な死霊術のサンプルですよ!! 私にもそれを!」
そう言ってロベルトはナイフを取り出すと乱暴に文字を剥いでいく。
───その痛み!!
「GUああああAAAああああああ&%あ$3!!!」
肉ごと削ぎ落され、文字が奪われ瓶に収められたエミリアの肌───。
だけど、まだだ!! まだ終わりじゃないッ!
「しつこい!! いい加減死ねッ」
ありとあらゆる面でエミリアを忌み嫌っているサティラは、更に容赦がない。
「この売女めが!」
そう言って、エミリアの背中の呪印を「一文字」切り裂いた。
「うGAAAAAAAAAAあああああA!!!!!」
切れ味の悪いナイフが与える激痛はエミリアの精神を粉々に打ち砕き、失禁させるに十分だった。
サティラにとって刺青など関係ない。彼女はエミリアを殺さんと、凶刃を振り下ろし続ける。
心臓を突かれる激痛、脳を抉られる不快感、骨を切られるショック……。
「しねしねしねしね! 邪悪なエルフ!」
「あが?! ぎゃあ! うぐぅああ!!」
的確に致命傷のみを与え、何度も何度もエミリアを奇声をあげて刺し貫く鬼女───。
「殺しては駄目ですよ───まだ」
そんなサティラを止めたのがルギアだ。ニコリとほほ笑み。エミリアの致命傷を癒していく───。
高度な治療魔法が、ボロボロの刺青以外を綺麗に塞いでいく。
脳の傷、心臓の傷、断ち切られた骨──。
それらを立ちどころに修復するも、
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
急速回復から来る、激痛の嵐───。
そうとも、無理やり繋がれる骨。
筋肉によって締め上げられる心臓。
痛覚が馬鹿になり最大限の危機を体に伝えようとする脳───!
糞尿と涎と涙と、ありとあらゆるものを体からあふれ出し漏れ出すエミリア。
もはや、これで生きているのが不思議なくらいだが、ルギアの回復魔法は死───それを許さない。
「汚らわしいダークエルフたち───。あなたはその最後の一人になるのですよ、義姉さん……」
華が咲くような美しい笑顔。
それはそれは美しい笑顔───……。
ルギアの笑顔───。
「この、裏切りも、の──────」
アンデッドの文字はボロボロになり、エミリアの死霊術は急速に力を失いつつあるも……。
「───舐めるな……アンデッドは不滅だぁぁあ!」
「はッ! ゾンビの軍団はうんざりだぜ。……おまえら、見とけ? こうやるんだよ!!!」
ズブゥ───!!
勇者がエミリアの柔肌に爪を突き立て、残る「アン$%&」の刺青の「ン」を、バリリリ!! と力任せに引きちぎる!!
ぎゃ、
「───あぁぁぁぁああああ!!!」
「中途半端にやるから死霊術が消えないんだよ。ひゃははははははは! 見ろッ。『ア』は残して───」
次々に起き上がり、首を求めてうろつき始めた魔族のアンデッド。
だが、勇者はそれにも目くくれずインクを叩きつけた。
何の真似……?!
(これは、死霊術を作る特殊インク? 今さらそれが───)
───そうだッッ、それがどうした!!
「───そうだッッ、それをこうする!!」
叫ぶ勇者が、ベチャ! グリグリグリ────!
「こうして、こうして……こうだ!! ひゃは!! あ~ばよー、黒いエルフちゃん」
と、ばかりに、今剥がされたばかりの皮膚の下の傷と、勇者パーティがさっき傷つけた3つの生々しい傷跡にインクを塗り込んでいく。
すると、
ジュウウウウウウウウウウウ!!!!
「うがぁぁぁああああああ!!!」
白煙が沸き立ち、肉を焼くような気配。削り取られた文字4つ分の傷がインクを吸収していく。
『アンデッド』の文字が潰れ、『ア#$%&』の文字にインクが滲みこみ──……刺青の文字や模様が明滅する!!
───その痛みたるやッッッッッ!!!
「ぐ、ぐぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
背中に無数の針を刺されるような激痛が走ったかと思うと、死霊術の刺青が肉の上で踊り、青白く明滅して、ジュクジュクと泡立ち始めた。
「おぉ! なるほど……さすがはハイエルフ様、そして勇者どの!」
ロベルトが感心したように、エミリアの背中をしげしげと確認している。
「なーるほど、召喚術の上書きか───いや、落書きかの」
「あらあら、素敵なサインじゃない──」
サティラの声に、勇者は上機嫌に答える。
「だろ? 見ろよ──これは、コイツのことだぜ」
そーだろぉ?
ぎゃーーーはっはっは!!
ぎゃははははははははははははははは!!
再びの哄笑。
そんなもの! そんなものが効くか───!!
私の死霊術は不滅だ……。
魔力は充分……まだまだいくらでもッッ!
ドサッ。
────…………え?
ベチャ……!!
ドザドサドサドサドササササササッッ!!
突如として崩れ落ちていく魔族のアンデッドたち────……。
エミリアが呼び出した召喚門───あの不気味なアビスゲートの門扉が消えていく……。
そ、そんなぁ……。
そんな!!
あ、アビスゲートが──────消えていく?!
そして、わかる───。
なんてことだ、英霊たちの魂がない。いや、───消えていく……。
「な?! あ……。あぁ! そんな、そんなッ!!」
そんな!!
私の死霊術が!
愛しいアンデッド達が──────!!
皆の恨みが──────!!!!!!!
消える……。
消えていく……。
そんなバカなッ!
だめ、───消えないでぇぇえ!!
皆ぁぁあああ──────!!
勇者たちの哄笑を下で受けながら、エミリアの手が死霊を掴もうとして空を掻く。
(私の死霊たちアンデッド……)
絶望の表情を浮かべたエミリア。
あれほどの激痛に耐え、魂さえ捧げた乾坤一擲の反撃は、あっさりと封じられてしまった。
もう、エミリアの魂の叫びはどこにも届かない。
冥府の門は開かない……。
どこにも届かず、エミリアはただ一人───。
「そ、そんなバカなッッ!! 私のアンデッド達が……?」
「ぎゃははは。バカじゃねぇよ。お前は『アホ』だ」
ゲラゲラゲラと笑い転げる勇者。そして追笑する勇者パーティ。
そして、さらに笑う帝国軍の兵士達。
彼らの前にはグチャグチャになった魔王軍の死体がある。
彼らはもう二度と動き出さない……。
「『アホ』だ」
「『アホ』だね」
「『アホ』ねー」
ゲラゲラ笑う帝国軍の兵士が、何を考えたのかわざわざ巨大な鏡をエッチラオッチラ運んでくると、
「お。気が利くじゃねぇか! ほら、エミリアみろよ……」
み、見る────?
見るって何を───……。
ゲラゲラ笑う連中と、ニヤニヤと肌を見る帝国軍の兵士の好機の視線に晒されて羞恥に塗れながらも、エミリアは見た。
鏡に映る自分の死霊術の刺青を──……。
『ア』を残して、無残に破り散らかされた皮膚───。
そこに、
『ア#$%&』──────いや、違う。
その傷の上にべったりと大きく一文字。
───『ホ』と……。
「ァ『 ホ 』」………………。
「あ、『アホ』って…………。アホって、アホって…………」
アホって……!!!
「────わ、私のことかぁぁぁあああ!」
ワーーーーーハッハッハッハッハッハ!!
ギャーーーーハッハッハッハッハッハ!!
ウヒャハハハハハハハハハハハハハハ!!
あーーーーーはっはっはっはっはっは!!
嗤い転げる勇者達。
エミリアを指さし、馬鹿にし、大笑い。
『アホ』───と上書きされた刺青に、侮蔑の一言を刻まれ頭に血が上るエミリア。
魂を賭けた一撃が不発に終わったばかりでなく、その魂と誇りを笑われた。
死霊たちを侮辱された……。
こ、
こんな!!
こんな屈辱は、耐え切れない────。
死霊たちとの繋がり。そして、ダークエルフ最強として、……誇りとなったはずの死霊術。
それを辱め、傷つけ、バカにして────永遠に失わせた。
ああああああ……なんてことだ。
「し、死霊たちの声が……」
声が聞こえない──────。
上書きされた入れ墨のせいで、本来あった死霊との特性すら失われてしまったというのか……。
そ、そんなの……。
い、
いやだ……。
嫌だ!!
わ、私の愛しいアンデッド達───……。
その声が聞こえないッ!!
「あああああああああああああ…………」
もう、魔力を通しても何も反応はしない。
地獄の底から悪魔の笑い声は響かない……。
死体は永遠に動かない──────。
そ、
「そんな…………………………………………」
そんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああ!!!!
今日だけで、何度も何度も───最後にして最大の絶望を味わったエミリア。
彼女は帝国軍の笑い声を一心に受けながら、…………その心は、この日────死んだ。
魅了され、快楽に溺れた愚かな魔族。
勇者の愛人。
ダークエルフ。
死霊術士。
ゴミ。
傷もの……。
『アホ』
彼女が短い人生の果てに得た物は、最大にして最低の汚名のみ────…………。
第5話「終わりすら許されない」
ゲラゲラと、ゲラゲラと下卑た笑い声が響く。
エミリアは男たちに甚振られ続け、今は壊れた人形のように地面に放りだされていた。
身体は傷だらけ、
激痛と恐怖と絶望で、糞尿と涙と涎でドロドロだ。
そこにドロドロとした他人の体液がぶちまけられ、もはや汚物と変わらない。
散々、帝国を手こずらせたエミリアは、帝国兵の手によって死ぬまで甚振られ続けていた。
もう、何人に犯されたのかすら分からない。
どこを刺され、どこを潰され、どこを焼かれたのかすら分からない。
殺さないように、死なないように、丁寧に丁寧に執拗に執拗に甚振られる日々───。
刺青が壊され、死霊術を行使できなくなったエミリア。
それだけでなく、彼女はいつしか死霊の声すら聞こえなくなり、……全てを諦めた。
ただただ、死ぬまでの僅かな時を帝国兵の供物となり過ごすだけの時間……。
その間に、帝国軍と勇者たちは、まるで効率のいい狩場で効率のいい獲物を淡々と何時間も狩り続けるが如く、魔族をことごとく殲滅してみせた。
一部の奴隷を残して、ほぼすべての魔族がこの世から消えたことだろう。
そして、刑場と化した古い魔族の城で、ボロクズのように打ち捨てられているエミリア。
散々弄ばれた後、ちょっと小休止と言わんばかりに兵どもは去っていった。
どうせしばらくすれば、水をぶかっけられ───再開だ。
───もうどうでもいい……。
両親も、里の皆も、すべて……殺され晒された。
残酷なまで現実を見せつけるように、彼女の傍にはダークエルフ達の死体の山がぁぁぁ────あああああああああああああ!!!
「……ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
もはや、エミリアには何も残っていない───……。
何一つ──────。
いや…………。
あったか───。
たった一つ残ったものがある。
「シュウジ……」
シュウジ…………!
シュウジぃ───!!
そう、こんな状況になってもエミリアの心には勇者への愛があった。
もはや、異常だと自分でも気づいている───。
ここまでされて初めて気づいた。
それ───。
多分、エミリアは何らかの洗脳を施されたのだろうと、そう結論付けていた。
だが、それが分かってもどうしようもない。
今も絶望と諦観の先に、勇者に対する熱い思慕がある。
彼に抱かれたい。
彼と共にいたい……。
愛して欲しいと───。
ふ、
ふふふふふふ……。
「狂ってるね…………」
そうだ、エミリアは狂っている。
死霊術を奪われ、大勢の汚い男たちに凌辱され、両親と里の仲間と魔族すべてを殺された。
しかも、義妹ルギアに裏切られてだ──。
これでも、まだ。
そうだ。これで、まだ勇者を愛しているなんて本当に狂っている。
……今だからわかる。
勇者がエミリアを生かして捕らえたのは、彼女が美しいからでも、ましてや強いからでもない……。
ただ、珍しいダークエルフだったから。
───そして、世間知らずの頭の悪いガキだったから。
チョロっと優しくしてやれば落ちると思ったのだろう。まさにその通り。
ルギアと顔見知りだったのは、本当にただの偶然だ。
そして、
「───悪いけど、お前汚ないからさー……もういいべ?」そう言って、勇者たちは城を去っていった。
残ったのは、エミリアを許さない帝国軍と、魔族の生き残りを掃討する連中だけ。
だけど、信じている。
きっと勇者が助けに来てくれると───。
エミリアを迎えに来てくれると、信じている。
「シュウジ───」
本当に狂っている。
こんな状況になっても、エミリアはまだシュウジを待っていた。
会いたい。
会いたい。
会いたい──────! と。
そう。
唯一残った、この思いだけで生きていた。
「シュウジ──────……会いたいよ」
両親も里も魔族も、もうない。
何もない。
エミリアには、かの勇者への愛しかない─────。
「おい! 何寝てんだよッ! 起きろッ」
バシャ!
凍える北の大地であっても容赦なく水を駆けてくる男達。
ニヤニヤと下卑た笑いを浮かべていることからも、これからもまた酷いことをしようと言うのだろう。
まだまだ終わらない。
なにせ、城に残ったのは後処理を任せられた一個大隊程度の連中。
多分……。コイツらが満足するまで、エミリアは死ぬ事すら許されない。
「いやいや、隊長───こいつ起きてましたよ?」
「あん? 知るか。きったねーから、洗わないとな」
そう言って、ザバザバと冷たい水をかけ続けてくる。
どんどん失われる体温に、思考すら覚束おぼつかなくなる。
「ちょッ!───や、やり過ぎると死んじゃいますって、もうちょい生きててもらわないと……。こんな僻地で玩具おもちゃを失うなんてゾッとしますよ」
当然、隊長を止める兵士とてエミリアを気遣ってのことではない。
むしろ、甚振るため───長く苦しませるためだと言うのだからよほど質が悪い。
「で? なんだって?───シュウジに会いたいだぁ?」
しっかり聞こえていたらしく、小馬鹿にする兵士達。
「ばーーーーか。お前みたいな小汚いダークエルフを勇者様が欲しがるわけないだろ?」
「ははは。しばらく飼われてたもんだから、情が沸くとでも思ったんだろう」
「ありえねーありえねー!! ぎゃははははは!」
大笑いする兵士達に何か反論したいと思うも、思考がバラバラでうまく言葉にできない。
だけど、
「………………し、シュウジは来てくれるッ」
そうだ。
愛してるって言ってくれた───。
そして、エミリアも愛している。
───だから!
「ばーーーーーーか。このガキ、勇者様の能力に完全にやられているな。やっぱりコイツは『アホ』だ」
「はははは。そんな『アホ』にいいことを教えてやろう───」
ニヤニヤと笑う男達。
しかも、段々数が増えてきた。……気に入らない。
「残念だけどよ~。お前の勇者様はな───」
くくくく……。
含み笑いが響き渡る。
「ぎゃははは! 勇者様はな、この地で救いだしたハイエルフ様とご結婚なさるとさ!」
…………………なッ!? ま、まさか───?!
「ブハッ! 見たか今の顔!」
「見た見た! まさか、って顔だぜ───ブハハハハ」
ぎゃははははははははははははははは!!
「ひーひー! 受けるッ。こいつ、自分が勇者様と結ばれるとか本気で考えちゃってたんだぜ!」
「ひゃはははは! バーカ。お前みたいな薄汚いダークエルフなんて、誰が助けに来るかよ」
しゅ、
シュウジ……。
シュウジ……。
シュウジ──────!!
私の勇者さまッ!!!!
「……ど、どうして───」
どうして、ルギアなんかとぉぉぉおおおお!!!!
うあ、
うあぁぁ……。
「うああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
聞きたくない聞きたくない聞きたくない!!
嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!!!
「嘘だぁぁぁぁああああああああ!!!」
ぎゃははははははははははははははは!!
「お、おもしれー!」
「スゲー反応いいぜ!」
「ひゃははは、こりゃいい。最近ほとんど無反応で飽きてきたとこだったんだよ!」
大笑いし、囃し立てる帝国軍のクズ野郎ども。
彼らはまだ気付いていない──────。
切ってはならぬ物を切ったことに……。
彼女の…………エミリアの最後の希望を無慈悲に切ってしまったことに───。
この瞬間、エミリアは心は本当に死に、そして着いてしまった……。
復讐の業火という、恐ろしい炎が!
「シュウジ───……シュウジ……シュウジ!!」
あぁ、
あぁ、
あぁ、そうか。
そうか……。
そうか……!!
そーーーーーだったのか!!!
私を裏切り、ルギアを選んだのか。
私を裏切ったルギアを選んだのか。
よりにもよって、あのルギアを!!
ルギアを!!!!
ゆ…………………………許さない。
許さない。
許さない。
許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない。
許さない!!
絶対に、許さないぃぃぃぃぃぃいいい!!
「お、おい。コイツどうした?」
「あん? 何が?」
さて甚振ろうかと、エミリアに手を掛けた帝国兵がビクリと引き下がる。
いつもと違うエミリア。
ボロボロで無抵抗で、小さくてか弱い、アホなダークエルフのエミリア──────だったはず。
だけど、どうだ?
一人怯えた兵は、少しだけ利口だったのだろう。……少しだけ。
「いいからどけよ。ヤんねぇなら、先に俺が───」
「…………殺してやる」
ん?
「殺してやるッッッッッ。シュぅぅぅうううううううううううジぃぃぃぃいい!!!!」
エミリアを組み敷こうと覆いかぶさった兵が───ボン!! と上空に吹っ飛ぶ。
「ごぎゃあ!」
エミリアの渾身の一撃を喰らった股間が体から分離し、離れた位置に湿った音と共に落ちる。
「な!?」
「こ、コイツ───!!」
一気に色めき立つ帝国軍だが、ほとんどが帯刀していない。
そりゃあ、自由時間に剣を持ち歩くような面倒なことはしないものだ。
そして、彼らは忘れている。
ボロボロで小汚かろうが、散々甚振っていようが──────彼女はエミリア・ルイジアナ。
ダークエルフ……。いや、魔族最強の戦士だと言う事を!
もちろんそれは死霊術ありきではあるものの。それでもエミリアは勇者に敗れる最後まで戦い抜いた歴戦の兵士。
凡百の帝国兵に敵う存在ではない。
「ふっざけんな! ガキぃぃい!」
「よくもやりやがったな、ぐっちゃぐちゃに───チャ?!」
グチャぁぁああ───!!
ドワーフに次ぐと言う膂力が、兵士の顔面を打ち砕く。
「退けッ! 汚らわしいクズども! 私に触れるなぁぁぁあ」
肩を掴んできた帝国兵の腕をもぎ取ると、それを武器にして周囲の兵を薙ぎ倒していく。
栄養失調と不眠と低体温と陵辱の果てに、万全どころか、死にかけていたエミリアを突き動かす怒り───。
心に残る勇者への愛が、怒りへと昇華されていく。
怒りが上塗りされれば、湧き上がってくる帝国への───そして、人類への怒り!!
家族を、里を、ダークエルフたちを、魔族を殺され、理不尽に奪われた怒り───!
そして、愛する勇者を奪った可愛い憎い可愛い憎い可愛ぃいにっくき義妹───ルギアへの怒り!!
ああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!
瞬く間に群がっていた男達を薙ぎ倒したエミリア。
打撃によって呻く男どもを、一人一人ぶち殺していったあとは裸体を晒したまま空に向かって吼える──────!!
「ルーーーーーーーーーーギーーーーーーーーーーーアーーーーーーーーーー!!!!」
第6話「その名はア───」
ルーーーーギーーーアーーーーーーー!!
あああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!
殺す、殺す、殺す!!
ぶっ殺してやるッッ!!
あーそうだ!
殺す。
殺していい。
殺さなければならない!!!
私にはお前を殺す理由が百とある。
私にはお前を殺していい意地が千とある。
私にはお前を殺さなければならない真実が万とある!!!!
───お前をぶっ殺す!!!
ああああああああああああああ!!!!
「ルギアぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああ!」
裏切り者、裏切り者、裏切り者!!
あの、裏切り者めぇぇぇぇぇぇええええ!
慟哭するエミリア。
全ての理不尽が彼女を押しつぶそうとする。
だが、砕けない。
折れない──────。
折れてなるものか!!
「折れるのは、お前の首だぁぁぁぁああ!」
恩人であり、義理とはいえ両親であったはずのエミリアの父と母を簡単に縊り殺したルギア。
そして、勇者に与してエミリアの誇りである死霊術を汚し、潰したあのクソ女───!
「ぶッッッッッッッ殺してやる!!」
叫ぶエミリア。
だが、事態はそう簡単ではない───。
なんたって……、
「お、おい!!」
「なんだ、悲鳴がしたぞ──────! うお!?」
城から続々と集まりだした帝国兵。
彼らは勤務中であり、全員武装している。
当然、すぐに事態に気付いてエミリアを包囲した。
「こいつ───!」
「まて、迂闊に近づくな───! 弓兵を呼べッ!!」
そして、指揮官がいれば軍は強い。
優秀な指揮官がいれば、なお強い。
間の悪いことに、ここにいる指揮官は優秀らしい。
迂闊に近づくことをせず、槍衾を作り、盾で人垣作って包囲する。
あとは弓兵で遠間からエミリアを射殺そうと言うのだろう。
「失せろッ!! お前らから血祭りにしてやろうか!」
そうとも……。
こいつ等も、等しく同罪だ!
何が帝国だ。
何が人間だ!
お前らの都合のために私達が死ななければならない道理などあるか─────アグっ!
威嚇するエミリアの肩に矢が突き刺さる。
見れば、盾の向こう側に弓を構えた兵がどんどん集まってきた。
クソ!!
「射てッ!! 足を狙え───殺さなければどこを打ってもいい!! 射てぇぇええ!」
バィン!
ババババババン!!
弦を叩く音が連続し、矢がビュンビュンとエミリア目掛けて降り注ぐ。
何本かを叩き落とし、数本を死体で防ぐも──────。
「あぅ!?」
ズキンと痛みを感じたかと思えば、矢が足に何本も命中する。
思わず膝をつき倒れるエミリア。
くそ──────! こんな所で……。
こんな所で──────!!!
「いいぞ! 多少傷つけても構わん、ひっ捕らえろッ!!」
ワッ! と、盾の人垣が割れ、兵士が一斉に群がる。
斬り殺さないためだろうか、鞘付きのまま剣を振り上げエミリアに振り下ろす!!
「あぁッ!」
成人男性の力で強かに叩かれ、地面に潰される。
足に力が入らず、腕だけで体を起こそうとすれば腕を突かれる。
「ぐぅ!!」
抵抗する間もなく、次々に殴打を浴び身動きができなくなったエミリア。
その様子を見て、嵩にかかって打ち据える帝国軍。
「おらおら!!」
「ざっけんなよ、薄汚いダークエルフが!」
「オメェは黙って玩具になってりゃいいんだよ!!」
おらぁぁぁぁあああ!!
ガツンッ……!!
手痛い一撃を頭部に受けクラリと視界が明滅する。
(ぐぅ……。ダメだ。意識を……手放すな───)
今ここで意識を手放せば二度と反撃の機会は訪れないだろう。
絶望したエミリアが無抵抗であったから、こうして無防備に城の隅に放置されていたが、一度でも抵抗の意志ありと見れば今度は拘束される。
鎖に繋がれ、牢に入れられ、死ぬまで甚振られ続ける───。
そしてその間に、勇者とルギアは結ばれて、二人は永遠の愛を──────……ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!
ふざけんなッ!!
ふざけんなッ!!!!
「ぶっざけんなぁぁぁぁああ!!」
ガシッ!!
うずくまるエミリアを見て、油断した帝国兵が大振りなスイングを掛けてきたが、そこをエミリアが掴み取る。
シュラン───!
惜しげもなく裸体をさらして、剣を引き抜くと瞬く間に数名を切り伏せた。
「ぎゃあああああ!!」
「くそ! 剣を奪われたぞ」
更には盾を奪い、シールドバッシュと組み合わせて周囲の兵を薙ぎ倒す。
「ぐ!」
だが、激しい動きで足の矢が傷口を押し広げる。
(長くは……無理か)
ドクドクと溢れる血───。
それが、無くなればエミリアの抵抗は終わりだ。
丁寧に治療され──────仕返しとして、これまで以上に弄ばれることだろう。
「退けッ!───槍で突けッ! 足の一本くらい落としても構わんッ」
指揮官も必死だ。
平定したあとの占領地で戦死者を出すなど無能の誹りを受ける事、間違いなしだ。
その上で、当分は生かしておけと厳命されているエミリアを殺してしまってはどんな処罰を受けるか……。
ザザザザ!
剣兵が退き、槍兵が前へ。
ガン!! ガンガン!!
繰り出される一撃をエミリアは盾で受け止め、剣で払う───。
だが、
ドス──────!!
「ぐぁぁぁあああああああ!!」
背後に回り込んで兵の一撃を膝裏に受け崩れ落ちる。
「剣を奪え! 縄を持ってこい!! 拘束しろぉぉおお!!」
槍で突くのではなく、振り下ろしでエミリアをブチのめす兵ども。
必死で奪われまいと、剣を手放してでも盾で体を守る。
四肢を縮こめ、頭を隠し、背中を盾で守る──────……!
ガン!! ガンガンガンガン!!
くそ!
このままでは──────!!
いくら魔族最強とは言え、エミリアは小柄な女性だ。
膂力に優れようとも、成人男性の体格で攻撃されれば、いずれ息絶える。
彼女を強者たらんとしていたのは死霊術。
エミリアの愛してやまない、愛しいアンデッドがあればこそだ。
くそ!!
クソッ!!!
アンデッド───。
私の愛しき死霊たちよ!!
もう一度……。
もう一度私に力をッッ!!
その声を聞かせて──────!!!
お願い、聞かせてッ!
もう一度助けてッッ!!
アンデッド!!!
私のアンデッド!!!
アンデッドぉぉぉぉおおおおお!!
「うわあああああああああああああああ!」
死霊の声……。
生まれた時から聞こえていた、彼らの声───。
悲しく、静かで、冷たく、──────優しい彼らの声……。
死霊達───……。
私の愛しいアンデッド────────。
(お願い。お願いよ! 助けて、力を貸して───……もう、一度!!)
貸して……。
力を貸して───……。
───力を貸してよぉぉぉおおお!!
冥府の門ッッ!!
たかだか、死霊術の刺青を傷つけたことで、もうアンデットを喚べないの?
私の愛しいアンデッド────!!
もう一度……!
もう一度だけ力を───!!
そのためなら、なんでもあげる。
私の身体、血、肉、誇り───。
そして、魂もッッッ!!!
ねぇ!
冥府の先から聞いているんでしょッッ?
あげる。
私をあげる!!
私の魂を持っていけッッ!!
持っていきなさいよ!
悪魔よ!
冥府よ!
アビスよ!
アビぃぃぃぃぃぃいいス!!
持っていけ……!
持っていけッ!!
今ここで、コイツ等を皆殺しにできるなら、私の魂なんてくれてやるッッ!!
コイツらを殺すッッ。
私はそのためだけに全てを尽くそう!!
だから、私の魂を喰らえッ!!
皆の無念を晴らすために──くれてやる。
私の魂をくれてやる!!
だから、寄越せ──!!
そして、
知れッッッ!!
私の思いをッッッッッッ!!
来なさい……死霊たちッ。
私のアンデット!!
「うわぁぁぁぁぁぁああああ!!」
どんな時でもエミリアに寄り添っていた死霊たち。
戦場を駆け、最後の最後までエミリアに味方をしてくれた優しいアンデッド……。
彼らの声がもう二度と聞こえない?
不死者は二度と立ち上がらない?
そんな理不尽あってたまるか!!
来て……。
聞いて……。
感じて───!!
私の死霊達!!
「ちぃ! しぶとい!」
「いい加減諦めろッ! テメェは大人しく俺らの玩具になってりゃいいんだよ!」
「薄汚い、ダークエルフがぁぁぁあ!」
嘲罵する帝国兵の容赦ない打撃を受けつつも、エミリアは望む。
死霊よ来いッ、と───!
アビスゲートをもう一度と───!!
エミリアは心臓に指を差し入れ、魂を昇華していく。
ドクドクと溢れる鮮血にも関わらず、魂を魔力に……魔力を死霊術の刺青に───!
ジクジクとジワジワと浸透していく魂と魔力。
勇者の戯れで残された『ア&%$#』の刺青のうち、唯一のこった『ア』の文字が光輝き熱を持つ……。
哀れにも、裸体を晒すエミリアの死霊術が僅かに光っていた。
彼女にはそれが見えないが、微かに鼓膜を打つこの世ならざる者の声。
───聞こえる!?
帝国兵の容赦ない攻撃を受けつつ、エミリアを侮辱する『ァホ』の入れ墨。
汚れ切り、男達とエミリアの体液でドロドロになり、すでに余分なインクは落ちているだろう。
焼かれ、奪われ、切り刻まれ、引き裂かれた死霊術の入れ墨───『ア&%$#』…………。
古の言葉で不死者をあらわす『アンデッド』のなれの果て。
だけど、アンデッドは現れない。
エミリアには聞こえない───。
彼女には感じることができない。
「───腕だ! そして、足! いっそ四肢を落としてくれる」
「ハッ! おい、誰か斧を持ってこい!」
剣で指し貫かれるエミリアの足。
「ぁぁぁあああああああ!!」
貫かれる激痛にエミリアが声をあげて叫ぶ。
もう、ダメだ───……。
コイツ等に、
こんな奴らに……!!
クズどもにぃぃぃいいい!!
最後の力を振り絞り、死霊術に魔力を送り込むエミリア。
激痛と激情のなか、ありったけの魔力を送り込む───!
だけど、聞こえない───届かない!!
アンデッドは起き上がらないッッッ!!
嫌だ!!!!!!!
嫌だ、嫌だ、いやだ!!!
嫌だぁぁぁああああ!!!
「ああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
魂を削り、残ったそれすら捧げる。
もう、いらない──────魂の欠片なんていらない!!
禁忌をおかし、死霊術の禁じ手を使う。
もう価値はないと知りつつも、魂を自食するように昇華させる。
その全ての魂を死霊術に捧げる。
そして、
じわりと輝いている『ア&%$#』。
エミリアには見えずとも、盾によって守られたそれは、かつての如く光り輝き……冥府へと──────!
持っていけ……。
連れていけ……!
私だ!!
───私こそが死霊だ!!
だから、
来いッッ!
もどってこい!!
アンデッド……。
アンデッド───!!
「アぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあンデッドぉぉぉっぉぉおおおおおおお!!!」
ブワッ──────!!!
エミリアの叫びが周囲を圧倒した時、それは起こった。
出血と激痛の中、薄れゆく意識の先───確かに聞こえた。
この世のものではない声を───。
エミリアの捧げた魂がしみ込み、死霊術の刺青が魔力を受け入れた確かな感触。
『ア&%$#』
───ア&%$#。
かつて戦場と月夜に輝いていた時と変わらず、あの美しい刺青が再び輝くッ!
霞んでいく視界と、薄れゆく意識の中、あの優しく頼もしい彼らが現れた───。
幻じゃない。夢でもない。虚ろでもない!
来た!
あああああ、来たッッ!
やっぱり来てくれた!
門扉が現れ、続々と現れる彼らを霞む視界にとらえたエミリア。
あぁ、私の愛しい死霊たち……。
よくぞ、
よくぞ来てくれた……。
さぁ、行こう。
ともに、冥府の先へと逝こう─────。
ただし…………。
「……ぉ前たちを、道連れにしてなぁぁぁああ──────!!」
呼びだせた彼らに困惑している帝国軍たち。
そりゃあ、そうだ。
「逝くぞ!! 私の愛しき、ア─────」
彼女の呼びだしたのは、アンデッドでは─────────なく?
ボロボロの、青い帽子と服を着た男達だった……。
え?
は?
「あ、あなた──達は?」
第7話「アメリカ軍召喚」
男達は小汚い恰好だった。
唖然とするエミリアと帝国軍の前に、突如として現れた青い服の男たち。
まるでアンデッドの召喚の如く、本当に突然の出来事だ。
ポカンとするエミリアは呟く。
「ど、どち──ら様?」
だが、彼らは答えない。
意思の強そうな目をして、ただ控えるのみ。
エミリアに寄り添うように立ち───何かを待っている。
「な、なんだ、こいつら!」
「きゅ、急に出てきたぞ!!」
同様する帝国軍とて完全に無視。
ヨレヨレ帽子を被った十数名の男達と、大量の荷車の様な物とともに控える男。
さらには、軍馬と細長い剣を携えた青年がおり、彼だけは鉛筆の様にスラ───と立っている。
他の男たちは一様に青い服を纏い、腰にベルト。
そして、ベルトには妙な鉄の塊をぶら下げており、体に沿って控える手には木と鉄の混合した杖の様なものを持っていた───。
えっと……。
「ど、どちら様……ですか?」
(───ど、どうみてもアンデッドじゃないわよね?)
ぽかーんとした、エミリアと帝国軍。
当然誰も彼も答えられるはずもなし……。
問われた彼らは、ピシッと背筋を伸ばして立ち黙して語らず。
ガッシリとした体格はどうみてもアンデッドではない生者のそれ。
こ、
これは、まさか───。
彼らは、死霊術で呼びだした霊魂のようにボンヤリと青白く輝き、棚引く白い光を纏っていた───。
そして、
彼らの背後に、あるのは───酒場のスイングドアのようなもの。
アビスゲートとは少し違うようだが、紛れもなく当初そこにはなかった───この世ならざる門扉だ。
つまり───!!
そのとき、ブゥン! と、空気の震える音がした。
それは見慣れた、死霊術のステータス画面だった。
アンデッドを呼び出した際に現れるそれであり、エミリアの前に文字を連ねる。
やっぱり───こ、これは…………!
やはり、死霊術のステータス画面。
ならば、彼らは死霊術の産物で、エミリアの愛しい死霊たち?!
あぁ……。
……来てくれた。
来てくれたんだ!!
やっぱり冥府の奥から来てくれた───!
アンデッド。
アンデッド……!
アンデッド!!!
私の──────愛しい、アンデッド!!
エミリアの愛しい死霊たち。
あぁ───やっぱり、来てくれたんだ!!
「ア────────────」
アメリカ軍
Lv0:合衆国陸軍(南北戦争型:1864)
スキル:歩兵(小銃、拳銃)
砲兵(鹵獲榴弾砲、連発銃)
騎兵(騎兵銃、拳銃、曲刀)、
工兵(マスケット、拳銃、爆薬)
備 考:南北戦争で活躍した北軍部隊。
軍の急速な拡大にあわせて、
輸入品や鹵獲品を活用している。
制服の色は青。
染料が安く入ったからとの説あり。
南軍からみて、「ヤンキー」とは
彼らを刺す蔑称───。
※ ※ ※:アメリカ軍
Lv0→合衆国陸軍(南北戦争型:1864)
→合衆国海軍(南北戦争型:1864)
(次)
Lv1→欧州派遣軍(第一次大戦型:1918)
大西洋艦隊(第一次大戦型:1918)
Lv2→????????
Lv3→????????
Lv4→????????
Lv5→????????
Lv6→????????
Lv7→????????
Lv完→????????
……………………は?
あ、
「…………アメリカ軍??」
『ハッ! 閣下!!!』
指揮官然とした一人の青服の男が一歩進み出て手を前に翳して見せる。
と、同時に───。
ガガガガン!! 背後の男達は靴を鳴らして直立不動。
は?
え?
「はぁ?」
いや、
誰やねん?!
エミリアも帝国軍も唖然とするのみ。
アビスゲートからスケルトンが出てきても動じない帝国軍であっても、さすがに生身の人間が出てくれば驚く。
彼らの背後には木製のスイングドアがキィキィと寂しげに鳴いており、今にも更なるアメリカ軍が出てきそうだ。
っていうか──────『アメリカ軍』
『アンデッド』じゃなくて???
…………………………えええええええ?!
エミリアには見えないだろうが、彼女の背中の死霊術の入れ墨はボンヤリと光っていた。
──────『ア&%$#』。
『アンデッド』ではなく、『アメリカ軍』として──────。
燦然と輝く死霊術の刺青に刻まれた文字。
勇者パーティに切り刻まれ、ボロボロになったそこに、特殊インクが流れ込み文字が変化したらしい。
『ア』しか読めない『ア&%$#』がぐちゃぐちゃにされたせいで『アメリカ軍』に?
そんな例は聞いたこともない。
もちろん、エミリアには背中の刺青が見えていないので分からない。
きっと、彼女がそれを確認できるのは、この場を切り抜けた場合のみ。
それが果たしてできるのか──────。
愛しき死霊が、米軍に…………。
『ア&%$#』は『アメリカ軍』に!!
それは果たして、吉と出るのか凶と出るのか!!
悲しく、
寂しく、
静かで、
孤独な優しいアンデッド。
それがどうだ。
今はアメリカ軍。
下品で、
喧しく、
圧倒的物量で、
猛々しいアメリカ軍!!
もう、全ッッ然違う───!!
敢えて言うなら真逆の存在。
アンデッドをむしろバンバン薙ぎ倒しそうな連中───それがアメリカ軍だ!!
「──────いや、アメリカ軍って……」
……何?!
血だらけで満身創痍なエミリアが呟くも、そんな答えは誰も持ち合わせてはいない。
いや、アメリカ軍ならば知っている──。
この青い軍服の男達なら知っている!
『ご命令を閣下!!』
命令?
命令ですって……?!
『ご命令を』
『ご命令を』
『ご命令を!!』
命令していいの?
貴方達を頼っていいの?
アンデッドの様に私を守ってくれる?
アメリカ軍よ───……。
『『『ご命令を!!!』』』』
いいの?
言っていいの?!
ねぇ、
愛しき───アメリカ軍。
いいのね?!
なら……。
───……してよ。
───ろして……。
殺して……!!
「───アイツらを殺してぇぇぇええ!!」
『了解ッ!!!!』
エミリアは叫ぶ。
力の限り叫ぶ。
だからアメリカ軍は応えた!!
ああああ、答えてくれた!!
『『『了解ッ!!!!』』』
彼女の拠り所。
そして、誇りであり、死者との最後の繋がりの死霊術───。
エミリアに残った、最初で最後の宝物!!
その死霊術の欠片すら変質してしまった。
もう、エミリアには何もない!!!
優しい家族も、
敬愛する人々も、
寄るべき魔族達も、
帰るべきダークエルフの里も、
勇者シュウジへの妄執染みた愛ですら、もうない!!
何もない!!!
何もない!!!
何 も な い!!
だけど!!!!!
だけど、アメリカ軍が来た。
アメリカ軍が、自分の言葉を寄越せと言ってきた!
命令を、
命令を、
命令を、
ご命令を!!!
───ならば、殺せッ!!
殺せ!!
奴らを殺せ!!
帝国に死を!!
人類に報いを!!
勇者たちに滅亡を!!
神を食い破れ!!!
「──あいつらを殺してよぉぉおおお!」
『了解、お任せを!!』
「な、なんだこいつら!」
「ゆ、油断するな───死霊の類かもしれん!」
「一旦退けぇぇッ。総員、全周防御ッ!! 盾を全面に出せ」
帝国軍は素早く動く。
正体不明の敵にいきなり斬りかからないだけの分別はあるようだ。
だが、それが命取りだった───。
「命令する! 私のアメリカ軍よ───」
エミリアは真っ直ぐに立つ。
アメリカ軍らの目を見て立つ。
血が流れようと、激痛が走ろうと、裸体を晒そうと───立つッ!!
すぅぅ…──、
「奴らを、殺せッ」
『『『了解、閣下!』』』
ズジャキ、ズジャキ、ジャキジャキジャキジャキジャキジャキジャキジャキッッ!!
十数名の男達が一斉に杖を構える。
まるでそれが武器であり、帝国軍の鎧を貫かんと言わんばかり───。
「ぬ?! 魔法使いどもか! 詠唱させるな───弓兵、射撃よ」
『撃てぃ!!』
ババババババババババババババッバン
ババババババババババババババッバン
ババババババババババババババッバン
「きゃぁ!」
突然、耳をつんざい大音響!
大抵のことに驚かないエミリアであっても、さすがに驚いた。
まさか、炸裂魔法の使い手たちだったとは───。
これがアメリカ軍?
Lv0のアメリカ軍。
───合衆国陸軍なのか!?
バタバタバタッとまるで見えない死神に命を刈り取られかのように倒れ伏す帝国兵。
「うぎゃああああああ!!」
「あーあーあーあーあ!!」
「目が、目がぁぁぁあ!!」
「だ、だれか、お、俺の足がぁぁああ!!」
一方で、帝国軍は大混乱。
一撃で、前列の盾持ちが全滅。
オマケに指揮官もどこかに消えた。
反撃どころか、腰を抜かしている奴らが大半だ。
これがあの帝国軍?
魔族を虐殺し、我が物顔でエミリアを弄んだ最強国家の兵ですって?!
『前列、再装填!! 後列、援護!!』
『『『了解!!』』』
男達は二列になっていた。
いや、指揮官の男を含めれば三列か……。
そして、一列目の男達が腰のポーチからソーセージの様なものを取り出すと端を噛み破り何やらゴソゴソを奇妙な動きをしている。
一体何を?!
早く帝国兵に追撃を───。
「ひ、怯むな!! 魔法が早々連発できるわけがないッ!」
「「お、おう!!」」
いち早く立ち直った帝国軍。
さすがに実戦経験者は違う───はやい!!
「「「突撃ぃぃい!!」」」
『援護射撃!』
『『『了解ッッ!』』』
チャキ、チャキ、チャキチャキ!!!
前列は冷静に作業を続けていたかと思うと、後列の男達が腰から黒光りする拳銃を引き抜いた。
『自由射撃!! 撃て撃て、撃てぇぇ!!』
パンッ!
パパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパン!!
「ひゃあ!」
エミリアの近くで再び炸裂魔法。
さっきよりも小さいとは言え、連射力がすごい!!
「ぎゃああ!!」
「ぐぁあ……よ、鎧が?!」
「いでーいでーいでよおぉおお!!」
『装填完了!!』
『ちゃちゃと撃てぇぇえ!!』
ズドドドドドドドドン!!!
再び前列が火を噴く。
もうその頃には、帝国軍は壊滅状態。
突進してきた連中はズタボロになって転がっている。
数少ない生き残りは、這う這うの体で逃げ惑う。
「た、助けてくれぇっぇええ!!」
「敵だ! 敵だあぁぁぁああ!!」
占領された魔族城に飛び込む帝国軍。
他の者は右往左往し、アメリカ軍に撃ち殺されている。
だが、これだけ大騒ぎすれば帝国軍とて黙ってはいない。
この地に残留する帝国軍は一個大隊約500名もいるのだ!
「死霊術だ!! あのガキが死霊を呼びやがった!!」
「出撃!! 出撃ぃぃぃいいい!!」
城は蜂の巣をつついたような大騒ぎ──。
そして城の正門から、雪崩を打って帝国軍が現れた。
「く……! なんて数!」
さすがにアメリカ軍とはいえ、この数は─────!
だが、アメリカ軍は不敵に笑う。
彼らはいつの間にか数を増やし、ゴロゴロと荷車を転がしている。
『ガトリング砲、準備完了!』
『アームストロング砲、準備完了!!』
ゴト、ゴトゴト、ゴトンッ!
一見して妙な鉄の塊。
破城追だろうか?
鈍重で帝国軍の歩兵にはとてもかないそうにない───。
そもそも歩兵相手に攻城兵器を持ち出してどうする?!
「無理ね……」
ここまでか……。
せっかく、一時でも自由になれたというのに、悔しい……!
いっそさっさと逃げれば良かった───。
死霊たちの代わりに、アメリカ軍が現れた時点で───。
「でも、一瞬でもいい夢が見れた───胸がすいたわ、」
ありがとう……アメリカ軍───。
『目標正面! 撃てぇぇえ!』
破城追に取り付いた男がクランクをグルグル回し始めた。
それが何になる?!
もういい。
もういい!!
もういいのよ!!
あとは、正門から沸きだす帝国兵に蹂躙されて終わり───。
あなた達は帰りなさ
パン……。
「ごぉあ!?」ドサッ───。
軽い破裂音。
そして、指向された何かが正門から雪崩出てきた帝国兵を打ち砕いた。
「───え?」
パン、パパパン、パパパパパパパパパパパパパパパパパ!!
「「「ぎゃあああ!!」」」
「えええ?!」
パパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパ!!
パパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパ!!
「「「「ぎゃあああああああああ!」」」」
一塊の暴力となって、エミリアを押しつぶさんと出てきた帝国軍一個大隊。
そいつらがバタバタと倒れていく。
血を噴き、頭を失い、手足を引きちぎられて倒れていく。
パパパパパパパパパパパパパパパパパパ───! カチャン……。
『再装填!!』
『援護射撃ぃぃぃ!!』
連射していたガトリング砲が上部からマガジンを交換している。
その間隙を埋めるのが歩兵たちの小銃とリボルバー拳銃。
凄まじい笑顔を浮かべた男達が腰だめに構えた拳銃を連続射撃。
さらには大威力のライフルが長射程をもって帝国軍をバキュン! バキュン! と撃ち殺していく。
『ハッハッハァァ!!』
『ヒィィィエァァァ!』
『ヒーーーハァァァ!』
一応言っておくが、悲鳴ではない……。
悲鳴なものか───!!
こいつら───……。
アメリカ軍は笑っている!?
なんてこった……。
これは、
戦いの悦びに満ちた男達の叫びだッ!!
『『『『ヒャッハァァァアアア!』』』』
バンバンバンバンバンバンバンバンバン!
あれ程威容を誇っていたはずの帝国軍が何も出来ずに薙ぎ倒されていく。
悲鳴も絶叫も、アメリカ軍の出す喧しい音にかき消される始末。
そこに加わるガトリング砲の協奏曲!!
パパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパ!!!
『撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て───撃ちまくれぇぇぇえ!!』
イィィィィエェェアァァアアアア!!
嗅いだこともない香りが鼻腔を刺激する。
エミリアは足の激痛も忘れて茫然と立ち尽くすしかない。
アイツらを殺せとは言ったが……。これほどとは───!?
「だ、ダメだ!! 逃げろッ!」
「出撃した連中は忘れろッッ! 早く中に入れッ!!」
遂に壊乱した帝国軍一個大隊……。いや、今は一個中隊くらいか?
城に逃げ込んだ連中は、無情にも城外にいた連中を締め出す。
「よ、よせ! 開けろ!!」
「開けろ。開けろッ!」
どんどんどんッ!
「貴様ら、ワシのために盾になれ! 早く開けんか───ワビュ」
ブシュウと、豪華な身なりの城主が撃ち倒される。
アメリカ軍の無慈悲なことといったらない!!
もう、だれかれ構わず、動く帝国軍は全て敵だと言わんばかり───。
『HAHAHAHAHAHAHAHA!! いよぉし、敵の拠点確認、アームストロング砲───撃てぇぇぇ!!』
『『了解ッ! 撃ちます!』』
ガキン───……。
ズドォォォォォオオオオン!!!!
大音響ッッッ!!
空を圧せんばかりの大音響!!
「ひぃぃぃっぃぃい……」
さすがにこれはエミリアも腰を抜かした。
今までの轟音が川のせせらぎに思えるほどの大音響!
アメリカ軍が準備していたもう一個の破城追が、なんと火を噴いた。
火?!
いや、火なんてものじゃない!!
あれは雷だ!!!
ヒュルルルルルルルルル…………。
ルルル──────。
ヅバァァァァァァァアアアアン!!!
「「ぐああああああああああ!!」」
そして、爆発!
強固なはずの城の正門を、文字通りぶっ飛ばした!!
「あわわわ……」
エミリアですら腰を抜かす威力。
中に入って一安心、と思っていたであろう帝国兵が粉々に砕け散った。
『行けッ!! 行けッ!! 行けッ!! ダイナマイトをぶち込んでやれ!』
『『『了解ッ!』』』
肩掛け鞄を担いだアメリカ軍が身軽になって駆けていく。
あっという間に魔王城の正門後に取り付くと、加えていた紙巻タバコに、線のようなものをおしつける。
遠くにいてもジジジジ……という、どことなく不安にさせる音が響いてきた。
『爆発するぞ』
『全員伏せろぉぉぉおお!!』
駆けていったアメリカ軍が急ぎ足で戻ると、指揮官に報告。
指揮官は今までで一番大きな声で周囲に怒鳴る。
『『『全員伏せろぉぉおお!』』』
そして、楽し気に銃を乱射していたアメリカ軍もコレには素直に従うらしい。
無様に見える格好で、全員が地べたに這いつくばった。
エミリアは砲撃のあと、腰を抜かしていたがそこにアメリカ軍指揮官が覆いかぶさるとその体でエミリアを守った?
「え? きゃ!?」
突然地面に押し倒され、可愛い悲鳴をあげるエミリア。
反射的に、指揮官を押し返そうとしてしまう。
それは今までの経緯からすれば仕方ないことだが、指揮官は真剣そのもの。
一見間抜けに見えるも、口を開けて耳を覆っている。
だが、エミリアがボケッとしていることに気付いた指揮官は、自らの手でエミリアの長い笹耳を覆った。
『口を開けて、腹に力をいれなさいッ』
え?
な、なに?
だが、意味が分からずボンヤリしているエミリアに再度指揮官は言う。
口を開けろ。
腹に力を入れろ、と──。
言われるままに口を開けた途端────。
チュドーーーーーーーーーーーーン!!!
城が大爆発した──────……!
第8話「合衆国陸軍騎兵───追撃!」
チュドーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!!!!!
人生初体験となる、お城大爆発を経験したエミリア───。
「あわわわ……」
これには豪胆なエミリアも、さすがに驚いた。
あの堅牢な魔族の城が一撃で崩れたのだ。
当然の反応だろう。
まるで火山の様に火を噴き、ゴウゴウと燃え盛る旧魔族の城。
バラバラと構造材を撒き散らし、帝国兵だったものを満遍なくローストにしていた。
アレでは生き残った者はいないだろう。
たったの一発で───??
エミリアは呆然とそれを見守る。
ゴウゴウと燃え盛り、もはや黒焦げなった帝国兵が断末魔の叫びをあげながら飛び出してくる様を見つめる。
あぁ……魔族の城が燃えていく───。
燃えおちていく───。
あぁ、魔族の象徴が──────……。
『野郎ども起きろッ! 追撃するぞッ』
カッポッカッポと、蹄を鳴らして馬が指揮官にすり寄った。
この爆発の中でも、よく訓練された馬は平気だったらしい。
人間なら、誰もが腰を抜かすと言うのに───。
『騎兵準備よし! 行けます───』
『いいぞ! 突撃ぃぃいい!!』
な、なにを?
あ!!!!
騎馬たちが物凄い勢いで走り出したかと思うと、その先には帝国軍の生き残りがいた。
いや、違う!
奴らは生き残りじゃないッ。
近傍を巡回していた動哨だろう。
殺戮した魔族の首を誇らしげに馬の鞍に結びつけてやがる!!
アイツら──────!
巡回の帝国騎兵は城が燃え落ちる姿に呆然としていたが、危機管理はできているらしい。
アメリカ軍の数とその気配を敏感に察知すると、踵を返して逃げ始めた。
「くそ───逃げるのか?!」
帝国軍の連中は、騎馬とはいえその数は少ない。
今しがた追いかけていったアメリカ軍の騎兵隊より少し多いくらいか───。
いや、
「まって、私も行く───!!」
エミリアがヨロヨロと起き上がると、指揮官が手を差し伸べた。
『前に』
エミリアは、散らばる剣を一本拾うと、剥き身のまま騎馬に跨る。
未だ裸体を晒したままだが、それどころではない───。
ボロボロになりつつも輝く死霊術の刺青に気付かぬまま、アメリカ軍と共に駆ける。
駆け抜ける──────!
さようなら。
お城───。魔族、ダークエルフたち。
そして、私の家族……。
ゴウゴウと燃え盛る魔族の城はいずれ崩れ落ち、その周囲にばら撒かれている魔族の遺体も燃やし尽くしてくれることだろう。
どこかにある、エミリアの両親とダークエルフ達の亡骸すら区別なく───。
ドドカッ、ドドカッ!!
猛烈な勢いで駆けるアメリカ軍騎兵は、すぐに帝国軍の巡視隊に追いつく。
帝国軍騎兵───彼らは城のあり様をみていたので、全速力で逃げる!
───も、アメリカ軍の方が早い!!
馬の質というよりも、装備と覚悟の差だ。
『撃てッ! 背中からでも構わんから撃てぇぇ!!』
アメリカ軍騎兵隊は指揮官騎を入れて10騎。
一方で帝国軍巡視隊は20騎。
数の上では優勢だが、アメリカ軍に危機感はないッ!!
男達は足だけで体を支えると、スチャキと魔法の杖を構える。
ッッパァァァン!!
「ぎゃあああ!!」
一騎落馬───!
落ちた帝国兵を無造作に轢断しアメリカ軍は追う。
パパッパパパパパン!!
更に追いついた先では、騎兵銃から拳銃へ。
パパッパパパパパン!!
パパッパパパパパン!!
そして、その連射力で帝国軍を次々に撃ち落とす。
その技量は神技クラスだ!
都合、落馬5騎!!
「くッ!───ジェイク、サンディ、ガーランズ! 反転して足止めしろッ!!」
(───はッ! 足止めのつもりか。逃がすものかよッ!)
帝国軍の指揮官は、仲間を捨て石に自分だけ助かろうとする。
もちろん、死に体の部隊でそんなことに従う義理はないが、帝国軍では抗命罪は死を意味する。
だから、足止めを命じられた彼らはここで死んだも同然。
ジェイク、サンディ、ガーランズとやらは覚悟を決めて反転する。
どうせ死ぬなら軍人らしく──────。
パパパパパパパパン!!
「あーーーーーーーー!」
「うぎゃあああ!!」
そして、覚悟は2秒で潰えた。
落馬さらに3騎!!
『総員抜刀!!』
指揮官の声にアメリカ軍騎兵隊がサーベルをシュラン、シュラン! と鞘引く。
ギラリと輝く白刃が魔族の地に映えた。
彼らはそれを肩に担ぐようにして一気に加速すると、帝国軍の騎兵に追いつきすれ違いざまに切り裂いた!!
『突撃ぃぃぃい!!』
「ああああああああああああ!!!」
切り裂かれた兵の首が、叫びながら大地を転がる。
それを後続の騎兵隊が踏みつぶし、更に追撃。
容赦のない一撃が、彼らを殲滅していく!
アメリカ軍10騎の突撃で、帝国軍10騎を殲滅──────残り一騎!!
指揮官騎のみ!!
『『突撃ぃぃいい!!』』
勇ましく突進するアメリカ軍騎兵!
だけど──────。
まてッ!!
待ってちょうだい!!
あれは……。
あれは!
あれは───!
「───あれは、私の獲物だぁっぁああ!」
騎馬突撃の勢いを生かしたままエミリアは跳躍する。
激痛の走る足に鞭打ち、最大の一跳躍ッ!
慣性の法則を得て、踏み込みの一足を加えた高速をもって──────帝国軍の隊長騎に飛び掛かった。
「ちぃぃぃいい!! 売女がぁぁぁぁぁあああ!!」
さすがに逃げ切れないと判断した帝国軍の隊長は、剣を引き抜くと、エミリアを迎撃しようとするが───。
は!
舐めるるなよ、人間!
「───貧弱ぅぅぅうう!!」
ダークエルフの膂力は、伊達じゃないッ!
パッァキィィィィィイイイン!!
───ズバァァァア!!
「ぎゃああああああ!!」
膂力と速度の合わさったエミリアの一撃が隊長を切り裂き、剣を折り、そして馬から突き落とす。
痛々しい裸体のまま、エミリアは隊長の身体をクッションにして、ズザザザザー! と地面を滑る。
「ダークエルフを舐めるなぁぁぁあ!!」
「ひぃぃいいいい!!」
わざと急所は外したので、落下の打撲か骨折。
それと、小さな切創くらいなものだろう。
落下の衝撃が消えたのを見計らって、エミリアを隊長に跨ったまま剣を振り上げるッ。
「や、やめろぉぉぉぉおおおお!!!」
やめろだと?!
やめろだぁ?!
はッ──────ふざけろッ!!
お前らは、
お前らは!
「───お前らは、そう言われて止めたのかよぉォぉお!」
エミリアは叫ぶ。
全ての理不尽に慟哭しながら───!
「私たちを弄び、切り裂き、八つ裂きにしておいてぇぇぇえ──────」
積み上げられる魔族の死体と、
ぶちまけられた腸とぉぉぉおお、
皆の頭の転がる音とぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!
「や、やめ!! うわぁぁぁぁぁぁああああああああああああ!!」
思い知れぇぇぇぇえええ!!
「ひぃぃいいいい!!」
グサッ──────。
「ひ、ひぃ?」
剣は──────……。
「───今だけは、やめてやるよぉぉぉおおお!!」
ゴキィ!!
エミリアは剣を隊長の頭の傍に突き刺し、代わりに強烈なパンチを鼻っ面にお見舞いしてやった。
メリメリと拳が沈み込み、鼻底骨が砕けたのだろう。
プクプクと血の泡が隊長の顔から噴き出している。
だが、殺さなかった──────。
まだ、殺しはしない。
まだな!!!!!
第9話「復讐への道のり」
「起きろッ───!」
エミリアは、気絶している隊長をさらに殴って無理やり覚醒させる。
ぶん殴ってから数秒と経っていない。
「ぐぇぇええ……。ひ、ひぃ!!」
意識が覚醒した隊長は、目の前に裸体を晒したボロボロのダークエルフが立っていることに恐怖した。
散々、犯したあげく、ボロボロになるまで甚振った、魔族の英雄───死霊術士の少女がそこにいることに。
美しく、儚げで可憐な少女。
彼女は素っ裸だが、それを注視しているどころではない。
「よ、よよよよ、よせ! お、おおおお、俺は何もしていないッ、何も!!」
もちろん嘘だ。
魔族を散々切り刻み、エミリアにも散々ねちっこく犯して、性を注ぎ、必要のない執拗な暴行を加えた。
それこそ、何度も何度も───。
「黙れぇぇぇえ!」
ズバァ! と剣を振るわれたことに恐怖する。
だが、生きているので、恐る恐る目を開けると、ポトリと何かが落ちる───……。
見覚えのある、なにか。
ひぃ!
「───み、耳がぁぁぁああ!」
突然側頭部に激痛を感じた隊長だが、それ以上叫ぶことも許されなかった。
ピタリと冷たい刀身が、もう一方の耳の上に宛がわれているのだ。
「聞かれたことだけに答えろ……」
「は、はい」
コクコクコクと壊れた人形のように首を振る隊長。
例え、何を聞かれても取りあえず話すことにし、ヤバイ案件は嘘を言えばいいと───ぎゃああああああああ?!
更に耳を切り落とされる激痛に、全身から脂汗が噴き出した。
「……今さら、嘘を聞く気はない───私が嘘と判断したら、それは嘘だ」
そ、そんな!
「知らない場合も嘘と同義だ──頑張って思い出して、洗いざらい情報を吐くんだなッ」
そんなぁぁぁぁああ!!
「では、聞くぞ──────まずは、勇者たちの居場所を教えてもらおうか……」
そう、
エミリアを嬲り、死霊術を奪い、魔族と家族とダークエルフ達を殺した勇者たちの居場所を!!
「し、知らな───ぎゃぁぁああああああああ!!」
エミリアに容赦はない。
情けも許容もない。
だからやる。
いくらでもやってやる。
なんたって、人間だ。
同胞を笑って殺しやがった人間だ。
そして、人間の身体は嫌になるくらい丈夫な時がある。
───そうだろ?
こんなふうに、切り離しても無事な部位もある!!
「ぎゃぁぁぁぁあああ!!」
耳がそうだし、
鼻や目、唇に歯。そして四肢と指と爪ぇ!
もちろん、放置すれば死んでしまうだろうが、知った事か!!
吐けッ。
吐けッッ!!
アイツらの居場所と、お前らの急所を教えろぉぉぉおお!!!
ぎゃああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!
※ ※
カラーーーン。
エミリアは真っ赤に染まった剣を放り捨てた。
周囲には指やら耳やら……。
かなり時間がかかったが、聞きたいことは聞きだせた。
その全てが真実かは知らないし、今は知りようがない。
だが問題ないだろう。
幾つかの、信憑性の高い話には当たりがついた。
それを元に、徐々に近づいていけばいい。
帝国の賢者ロベルト!
森エルフの神官長サティラ!
ドワーフの騎士グスタフ!
裏切りもので、薄汚いルギア!!
ハイエルフで私の義妹のルギア!!
両親とダークエルフ達の仇のルギア!!
そして、勇者シュウジ──────!!!
首を洗って待っていろッ。
必ず殺してやる!
皆と同じ目をみせて殺してやる!
お前たちのような人間は、ただ死ね!!
後悔、反省、謝罪もいらない───!!
死ね!
死ね!!
ただ、ただ死ね!!
そして、私が殺してやるッッ!!
「───うぉぉぉぉおおおおおおおおお!」
魔族終焉の地でエミリアは慟哭する!
四人と帝国と人類に復讐せんとして!
そして、待っていろ!!
「……私の勇者よ──────!!」
愛しているよ!!
そうだ、愛している!
こんな目にあっても愛している!
「愛しているから、必ず殺してやる!!」
魅了の力のためか、シュウジに対する愛は確かにある……。
あるが、それを塗りつぶせるほどの殺意があった。
愛ゆえの殺意。
奪われた故の殺意。
きっと、きっとだ。
───きっと多分。
勇者とルギアが結婚するという話がなければ、最後までエミリアは彼を信じていた気がする。
どれほど愚かであろうと───。
それが魅了された者の末路。
それほどに、勇者のかけた洗脳は強力なのだ。
だが構わない。
愛した男を、愛する男を、愛のために殺そう───。
そして、帝国を滅ぼし、人類を生物の頂点──その座から引きずり落としてやるのだ。
エミリアの復讐は今から始まる。
今から始める───。
そう、今からな!!
「ぐぐぐぐ……。だ、ダスゲテグデ……。全部喋っただろ? な、なぁ」
…………ふふふふ。
そうだね、まずはコイツが手始めだ。
血だらけのまま、裸体を真っ赤に染めてエミリアは隊長の前に立つ。
「ほ、ほら……! ま、まだ俺の助けがいるだろ?! か、金も払おう───馬も持っていけ! なぁ?!」
なあ!?
なぁ?!
ユラリと、幽鬼の様に立ちふさがるエミリア。
薄い胸。小さなお尻。
灰色の髪と赤い目の褐色肌の少女。
隈の消えない眠たげな表情。
だが人類とは違った、美しいダークエルフの女死霊術士───……。
いや、今は違う。
もう……死霊術はない───。
あるのは背中の刺青が変質したアンデッドマスター改め、アメリカ軍マスター。
『米軍術士』のエミリアだ!!
ゆら~りと、一歩。
「よ、よせよ……。や、やめろ! やめろぉぉおー!」
剣を拾おうとするエミリアに、不穏な空気を感じた隊長が叫び懇願する。
「頼む! 頼む!!」
魔族を殺しておきながら、凌辱しつくしたエミリアに命乞いする。
「お願いだ!! 俺には家族がいる!! 老いた両親と、幼い娘が!!」
そうだ。
家族がいる。
誰にだっている───。
私にもいた!!
そう、
「───私にも家族がいた!!!」
それを殺したのは、
「──お前らだろうがぁぁぁぁああああ!」
積み上げられた同胞の死体と、
血の溢れる腸と、
子供の頭と、皆の屍とぉぉおおおおおお!
「───家族がいるから見逃せ?!」
だったら、魔族全員を見逃したのか?!
「家族がいたら、命乞いを聞いたのか!?」
聞いてないんだったら───。
「───そんなことは知るかぁぁあああ!」
私の家族は殺された!!
私の目の前で殺された!!
殺された家族の前で犯され、
嬲られ、
愛しいアンデッドを奪われた!!
同胞たちは皆殺しにされたぁぁぁああ!!
───こんな風になぁぁああああ!!
ルギアに首を折られた、両親の姿がフラッシュバックし、エミリアは激高する。
───ガシィ!!
そして、哀れに命乞いをする隊長の首掴むと、ダークエルフの膂力をもって─────ボキぃぃぃいい!!
「ぶぴょ……!」
「これが家族を奪われた者の痛みだ!!!」
───思い知れぇぇぇぇえええ!!!
ブクブクと血の泡を吹き出し、力なくしゃがみ込む様に息絶えた隊長。
「はぁ、はぁ、はぁ…………!」
エミリアはその前で荒い息をつき、倒れ込む。
失血のため、しかもその上で激しい動きをしたものだから、体が急速に冷えていた。
「まだだ……。まだ死ねない───」
そうだ。
アイツらを全員殺して、同じ目にあわせてやるまでは死ねない───。
帝国全部の死体を積み上げ、山を作らないと死ねない……!
だが、エミリアは自分が長くないことも知っている。アビスゲートに食わせた魂と、変質した死霊術に与えた魂。
きっと余命はもう、いくらも残っていないだろう───。
長命種たるエルフ族。
だが、肝心の魂が欠ければ同じようにに生きれるはずもない。
明日か……。
今か……。
それとも、一年、二年──────百年か。
あ──────?
「ふ、ふふふふふふ……」
うふふふふふふふふふふふふふ。
「あははははははははははははははは!」
なんだ、簡単じゃない。
いつ死ぬか分からないなら、
「……今までと同じ、じゃない───」
エミリアの周囲には集合したアメリカ軍がいる。
あーーーーーそうだ、そうだ。
彼らがいる。
愛しいアンデッドとは真逆の存在だが、頼もしく、強くて、陽気で、愛しいアメリカ軍が───。
「愛しい、アメリカ軍よ───……私とともに逝こう」
『『『『『ハッ、閣下!!』』』』』
ババババッ!
右手を顔の横に掲げる奇妙な仕草。
だが、統制された動きは軍隊のそれで、一種の美しさがある。
それを倒れ込んだまま、敬礼を受けるエミリア。
そして、殺しも殺したり……。
帝国軍の一個大隊を、エミリアとアメリカ軍だけで、殺したのだ。
当然、術のLvが上がっていることだろう。
その甲斐あってか、アメリカ軍との繋がりが深くなり、アンデッドを使役していた時の様に彼らの感情や知識がエミリアに流れ込んでくる。
「─────ふふふふふふふふふふふ……」
ふははははははははははははははははははははははははははは!!
「あははははははははははははははは!!」
まずは──────ロベルト!!
……お前だッッ!!
「首を洗って待っていろぉぉぁああああ!」
アメリカ軍によって抱き起されるエミリア。
死んだ帝国軍の隊長からマントだけを剥ぎ取り、体に纏う。
黒き、血塗られたマントを───。
漆黒の闇を纏うように…………。
エミリアは征く。
アメリカ軍とともに。
彼らから、簡単な治療ではあるが、アメリカ軍から鎮痛剤と止血処置を受け、ボロボロの身体で馬に跨る───。
───さぁ行こう。
魔族にとっては、失われた大地───。
人間たちにとっては安住の地。
そして、勇者たちが住む国へ───……最強国家の『帝国』へと。
カッポ、カッポカッポ……。
エミリアはダークエルフとしては、恐らく何百年ぶりに北の大地を出る一人だろう。
もちろん奴隷や商人を除いてだが……。
もっとも、彼らとて今は生きてはいまい──────。
だって、
エミリアは最後の魔族なのだから……。
寄り添うアメリカ軍が、スゥ───と消えていく。
ひとり、また一人と。
馬に揺られながらエミリアの意識は失われ、馬の本来の主が向かっていた場所に向かうのみ。
良く訓練された馬は、馬上の人影に気遣いゆっくりゆっくりと──────。
人類と魔族が相争う世界。
人類文化至上主義を掲げる『帝国』と、邪悪な『魔族』は寸土を争い長年抗争を続けていた。
それは、数えて1000年にも及ぶ大戦争。
その戦争からの膠着状態を経て───ついに帝国が魔族の要所を突破!
その勝利の立て役者となったのは、神々よりこの世界に送り込まれた異世界の【勇者】の力によるもので、彼と彼に従う『英雄』たちは、ついに魔族最後の拠点に軍を進めた。
彼の者の名はシュウジ・ササキ──異世界より召喚されし最強の戦士にして、人類の護り手。
勇者を先頭に、帝国は破竹の勢いで進軍し、次々に魔族の軍勢を打ち破った。
魔族を追い詰め、残す所あと僅か。
そこに立ち塞がったのは、穢れし禁術を使う死霊使いであり───魔族最強の戦士と謳われる一人の死霊術士だった。
※ ※ ※
魔族領最奥にて、
勇者パーティに立ち塞がるのは、不気味な人影。
そいつは、ボロボロのローブを纏い、儚げに佇んでいた──。
「お前が我らが怨敵───勇者シュウジか?」
帝国、魔族、多数の死体の山と、赤い月を背景に立つその人影は、囁くように呟いた。
それに対するは、不敵な笑いを浮かべる美しい青年で、年相応の無鉄砲さと万能感に溢れていた。
「いかにも!───すると、お前が噂の死霊使いかい?」
その問いに答える術なく、フと嘲笑する気配のあと、
「死ね───魔族の怨敵、勇者よッ!」
奴が少年のような声色で小さく叫ぶ。
……死霊召喚ッ。
「お出でなさい、愛しいアンデッド────!!」
ブゥゥン……。
と、死霊術のステータス画面が現れ、地より湧き出た不気味な召喚門───アビスゲートが開き、中からあふれ出す地獄の叫び声。
ボコボコと、地面に滲みこんだ血が泡立ち、ゲタゲタゲタゲタゲタゲタゲタ! と地獄の底から響くような笑い声がしたかと思うと────。
【アンデッド】
Lv4:ダークファントム
スキル:呪い、吸命、震える声、
取り付き、etc
備 考:暗黒に落ちた魂の集合体
大量の魂を媒介にして巨大なファントムを喚びだす
物理攻撃を全て無効化、生きとし生けるものを呪い殺す
勇者たちの眼前に、ヌゥと───中空から空間が歪んで黒い煙の様なものが浮かび上がった。
そいつはボンヤリと煙の中に、青い炎を纏った上半身だけの骸骨を包み込んでおり、そいつがガチガチガチと歯をかき鳴らしている。見るからに邪悪で薄気味の悪い悪霊だ。
「で、デカイ───」
ファントムに触れた帝国軍の雑兵が、生命力を吸い取られバタバタと倒れていく。
「兵は退けッ!───勇者パーティだけでやる!」
倒れた兵を収容して帝国軍が後退すると、すかさず前に出て死霊術士に対峙する勇者パーティの四人。
勇者、賢者、エルフ、ドワーフ!
「でりゃああ!!」
ドワーフの騎士グスタフが、オリハルコンの斧を構えて斬りかかるも、霧散し集合しなおすだけでダークファントムには傷一つ付かない。
「退きなさいッ! そいつに物理攻撃は効きませんよ」
両手に魔法の印を結ぶと魔力を練り上げていく賢者ロベルト────速いッ!
彼は神聖魔法が使えないので、単純に高圧縮された魔力をぶつけて対消滅を狙う。それでも、威力十分!
パァン! と破裂音がしてファントムの一部が消し飛ぶも、また徐々に形を取り戻していく。
「───く、周囲の魂を媒介にして、回復しているの?!」
森エルフの神官長はすぐにファントムの正体を看破すると、素早く浄化魔法を唱えんとする。
美しい容姿、そして、美しい声の森エルフのサティラの浄化魔法が輝き、ファントムをが叫ぶ。
「──────ッッ……!!!」
ダークファントムの声なき悲鳴。
サティラの美しい旋律の精霊術が空気を撫でると、ダークファントムの半分が消し飛んだッ!
「そのまま、消えなさいッ!」
しかし、死霊術士は嘲る様に笑うと、
「アンデッドは不滅───舐めるなよ!……お前らのやったこと、思い知れッ」
死霊術士が手を翳すと、ファントムがさらに肥大していく。
「さぁ、皆……行こう───愛しきアンデッド達よ!!」
すると、周囲に漂う浮かばれない魂がダークファントムと融合し、さらに大きくなっていく。
「け、汚らわしい! 禁忌の死霊術ッ!」
何度も何度もサティラの浄化と精霊魔法がぶつかり、体を削られていくダークファントム。
だが、その度に周囲の魂を吸い取り、融合し徐々に大きくなり勇者パーティへ迫りゆく───。
ダークファントムが術士の叫びに答えるように、勇者パーティを包み込み、溶かしつくさんとする。
勝利を確信した死霊術士が、ローブの奥で笑う気配に、勇者パーティが戦慄する。
だが、
「邪魔くせぇ……こんなもん、タダの煙だ」
──フンッ。
パァァァァァアアン……!!
「な!? わ、私のファン、トムが──……?」
死霊術士の目前で消滅したダークファントム。まだ完全消滅に至らないものの、たったの一発で致命傷だ。
パーティメンバー総出でかかっても太刀打ちできなかったそれを一瞬で……。
これが神々の僕───異世界より、召喚されし勇者の力だ。
「へぇ。コイツが最強の死霊術士って奴か? ボロボロのローブを着てるからよくわからんけど、……どんな奴かと思えば、思ったよりちっさいな~」
軽口を叩きつつ、勇者は二刀を構えて見せた。死霊術士の見た目の儚さに、明らかに油断しているらしい。
確かに、術士は身を隠すためにボロボロのローブ姿を纏っており、そこからうかがえる体格は決して良いとは言えない。
その死霊術士が、緊張の滲む声で勇者に語り掛ける。
「───やはりお前が立ちはだかるか……。我らが魔族の天敵……勇者ッ!」
「お? おぉ??……この声は女───のガキか!? へへ。……あーえっと、こういう時はアレか──────如何にも! 俺こそが、」
口上を述べようとした勇者を遮り、死霊術士が彼らの前に敢然と立ち塞がった!
「───ふッ、馬鹿め……。誰が、獣の口上など聞くか!」
バサァ!──とローブを剥ぎ、隠していた全身を勇者たちの前に現した死霊術士。
「───私は魔族の戦士、エミリア・ルイジアナ! お前たちを打ち滅ぼすものだッ」
月夜に映える褐色肌と白銀に輝く髪と赤い目───そして、特徴的な笹耳。
「うぉ! だ、ダークエルフじゃん!! す、すすす、スゲーレアもの!」
姿を見せたエミリアに、勇者が驚愕に目を見開く。
少女の容姿に、最強の死霊術を持つダークエルフ。
それがエミリア・ルイジアナだ!
「───語るに及ばずッ! 我が誇りとともに、勇者ッ! お前たちを打ち倒してみせん!」
私の愛すべき人々のために!
「いけッ! 愛しき、アンデッドたちよ──!!」
「───ちょ! まだ喋ってる途中だろうが!!」
黙れ、クソガキ!───そして、無様に死ねッ!!
死霊術士のエミリア・ルイジアナ。
そして、彼女を最強たらしめるのが死霊術!
その背中に刻まれた『アンデッド』の刺青の文字が、魔力を帯びて薄っすらと輝き───死霊術を発動させる。
我が死霊術をコイツらの目に焼き付けてくれる。
「お出でなさい───私の愛しきアンデッド達」
……ブゥゥン!
虚空に現れる死霊術のステータス画面。
そこに表示される、エミリアの愛しき死霊たち───。
アンデッド:
Lv5:リッチ
スキル:高位魔法、スケルトン使役、再生
ヘルプ:高位魔法を操るスケルトンの魔術師。
破壊衝動と生者への憎しみで満ちている……。
ギィィィイ……と、
地中より現れし、アビスゲートから、リッチが複数体召喚された。
「いけッ!! アンデッドたちよ!!」
うぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎ……!
不気味な杖を掲げて、リッチの高位魔法が次々に炸裂し、勇者を押し包んでいく。
ズドン! ズドン! と炸裂する魔法に勇者パーティが圧倒されていく。
「うわぁぁぁああ!」
「きゃあああああ!」
「ぬおぉぉおおお!」
帝国の賢者ロベルトも、森エルフの神官長サティラも、ドワーフの騎士グスタフも太刀打ちできず、魔法に翻弄弄されるのみ。
だが、
「はははッ! 雑魚なんてのはな、何体いても雑魚なんだよッ!───おらぁぁぁあ!」
アンデッドの上位種であるリッチを雑魚と言い捨て、あの勇者がただ一人で切り伏せていく。
聖剣の一振りで魔法を打ち消し、神剣によって次々に薙ぎ払われていくリッチ────。
(く……やはり通じないッ────!!)
だけど、な。舐めるなよ、勇者──────!!
「……本命はコッチだぁぁあ────!!」
ジャリィィン──……! と鞘引く音も勇ましく、エミリアはここで初めて剣を抜いた。
歴代、魔族最強の戦士に下賜されるというオリハルコンの大剣。
凄まじく重く、そして硬い。
だが、ダークエルフ族はドワーフに次ぐ筋力を誇る一族。
エミリアとて、見た目に反してすさまじい膂力を持つ。
───だから、こいつが振れるんだッ!!
エミリアがここまで剣を抜かなかったのは僅かな勝ち目を見出していたから。
死霊術一辺倒と見せかけて油断を誘い、エミリアは自らの一撃に賭けていたのだ。
リッチを薙ぎ払い、高笑いする勇者シュウジ────。
崩れ落ちていくリッチの骨片───その骨の破片の先に、無防備な首が見えた。
ここだ!!
「覚悟ぉぉお──────」
リッチの残骸を隠れ蓑にして、一気に肉薄したエミリア。
「その首、貰───」───った!!
───ガキィィィイイインン……!!
よし!!───通っ…………………って、ないだと?!
「──ほらはっへほほっははろ?」
こ、コイツ────。
く、口で?!
ガキン……ギチギチッ、と歯でエミリアの剣を止めて見せた勇者。
エミリアが渾身の力を籠めて繰り出したそれを、まさか口で止めるなんて……。
(ぐぐ……。び、ビクともしないッ)
そのうちにリッチは殲滅され、手の空いた勇者はエミリアを見るとニィ……と口を歪めた────。
「ぺ……。中々強かったぜ。ダークエルフ、ちゃん!!」
ガシリとエミリアの顔を掴むと、
ゴスッッ──!!
「──コヒュウッ!」
肺を穿つ強烈な一撃に、エミリアの口から呼気が強制的に排出され、無酸素状態になる。
(い、息が…………)
メリメリと突き刺さる勇者の拳。
その一撃だけで、エミリアを沈めんとしていた。
「ま、」
まだだ。
まだ、負けるものか……────。
「へへ……。異世界っつったらエルフだけど、はは!! ダークエルフは初めてだぜ」
ニヤリと笑う醜悪な面。
実際は端正な顔つきだと言うのに、エミリアにはその顔が悪魔のように見えた────。
「転生と神様にマジ感謝。──チート能力最高ッッ!」
勇者の言っている言葉の意味は分からなかったが、奴がエミリアの頭に手を翳すのだけは薄れゆく意識の中で見えた。
「は、離せ───!!」
顎を掴まれ、ギリギリと持ち上げられる。下卑た視線を至近距離で感じ、怖気が振るうエミリア。
「へぇ。……結構可愛いじゃん」
ぞわッ!! 勇者の気配に、タダならぬものを感じて悪寒が走る。
戦場で、女が捕虜になると言う事───。
「ゲスめッ!」
ペッと、顔に唾を掛けてやるのが関の山。もはや、エミリアはまな板の上の魚と同じだ。
「いいね、いいね。その反抗的な目つき───」
グググと無理やり顔を近づけられると、
「ふむふむ……。目の色、濁った赤───0点。目の下の隈、-10点。髪色、灰色0点。貧相な体-50点。……ダークエルフ、+200点ってとこかな。ひゃはははは!」
散々と容姿を詰られるエミリア。こんな状況だと言うのに、羞恥ゆえ顔にサッと朱が走る。
いくら戦士として、死霊術として生き、女であることを忘れていたエミリアでも、容姿を詰られていい気なわけがない───。
しかも、これから虜囚にしようと言うのだ。
魔族最強として、帝国に一人で抵抗し、散々殺し、散々倒してきた連中どもに囚われるということ──────……。
それを想像しただけでゾッとした。
「くッ───殺せ……!」
活きて虜囚の辱めを受けるくらいなら……!
「ブハッ!! ホントに言ったよ『くっころ』だぜ『クッ殺』!!」
ぎゃははははははははははは!!
エミリアを釣り上げたまま大笑いする勇者。
こ、
こんな醜悪な人間がいるのかと思うほどに、エミリアは嫌悪感で震えだし、全身から力が抜け落ちていく。
「ごーかく、合格! 今ので1000点あげちゃうぞ、ダークエルフちゃん」
スッと、手を翳す勇者。何をされるのかと思い、身を固くするエミリア……。
「ひっ……! や、やめて!」
少女のように怯え手懇願するエミリア。
「チートっ、つったらコレだよな───」
勇者の手がエミリアの顔に触れ──────……。
そして、何か温かい感情が、勇者の手を介してエミリアの中に────……。
あぁ…………。
な、なんだこれは?
や、止めろッ!!
あ、───あぁぁぁぁぁぁ……!
みるみるうちに『魅了』されていくエミリア。
あり得ない感状が見る見るうちに沸き上がり、心を締めていく。
今まであった心の情景に、ありえないものが次々に流れ込んでいき、エミリアの拠り所を染めていく。
戦地に赴く直前の家族との会話。
※ ※
「では、行ってまいります」
貧しいダークエルフの里の、小さな家の玄関に立つエミリア。
「気を付けて───」
「無理をするなよ……何があっても帰って来い」
両親の抱擁を受け、涙ともに別れを惜しむ。
「はい。はい…………!」
父さん、母さん……!!
一族のため、そして、死霊術を受け継いだがため───最強の戦士として、軍役につくことになったエミリア。
彼女は優しい両親の見送りを受け、そして家の戸口で待っていた義理の妹、ルギアと無言で抱き合った───。
「…………」「…………」
今生の別れとなるかも知れない家族。
別れを惜しみ、思い出を共有する中、長らく抱き締め会う二人……。
ルギア……。ルギア・ルイジアナ。
彼女は血のつながった家族ではないものの、長らくエミリアと共に過ごし暮らした大切な家族。
出会いは偶然。
数年前に、魔族領土の奥地で凍えていたところを斥候が発見。そのまま、はぐれエルフとして保護された。
あとは、成り行きでダークエルフの里で世話をすることになったというだけ。
外見は、白く線の細い小柄な女性。ダークエルフ特有の褐色肌ではなく、アルビノと思しき抜けるような白い肌。
そして、金糸の如き美しい髪に、透き通るような青い目───。
明らかにダークエルフではないものの、温厚なダークエルフの里は彼女を温かく迎え入れた。
そして、年の近そうなエミリアの家庭に引き取られ、数年もの長い間一緒に暮らすことになった。
優しい両親と、弱く、優しく、愛しい存在……義妹のルギア───。
それらを守るために戦う。
エミリアの戦士としての矜持はそこにあった。
※ ※
───そこに勇者への思慕が割り込んでくる。
彼の者を愛せと、何かが語りかける。
家族への思慕をも超える、無私の愛を彼に向けろと…………!
(ぐぅぅぅ……ふざけるな! 魔族の天敵───我らが怨敵を愛するなど死んでもあり得ないッ)
だが───!!!
「へぇ……俺の魅了のスキルに一丁前に抗ってやがるぜ」
さらに力を籠める勇者によって、ついにエミリアの抵抗が潰える……。
あり得ない光景が記憶に刷り込まれ、思慕を募らせていく。
身も心も勇者様のために尽くしたいと、心変わりしつつある自分がいた。
そして、聞こえない声が脳裏に刷りこまれていく……!
※ ※
「エミリア────……愛しているよ」
私みたいな女に───。
初めて言われた「愛している」の一言に身も心もトロトロに溶けていくような気さえする。
「あぁ、とても綺麗だ───褐色の肌。銀に映える髪……美しいね」
エミリアはボロボロの格好を気にしつつも、記憶の中でぎこちなく勇者様の抱擁を受け入れ、彼にその身をゆだねた。
そして、徐々にエミリアは満たされていく。……否、満たされてしまった。
───勇者様が求めてくれる。
───必要だと言ってくれる。
美しい……と。君の様な女性を待っていたと──……。
抱擁を受け入れ、勇者に抱かれ、そして抱きしめるエミリア。
……今まで、女としてまともに扱われなかった境遇ゆえ、エミリアは勇者の「愛している」その言葉であっさりと落ちていく。
帝国に抗い、勇者に対峙し、鬼神の如く戦っていたあのエミリアが、だ。
死霊を語り、
英霊を敬い、
悪霊を愛でたエミリア────。
そして、今日から勇者を愛するダークエルフとして……。
「愛しているよ───エミリア……」
そして、彼のものの美しさと、所作と、優しさと、強さと、その存在の全てが愛しくなり──────。
プツン…………。
(あ──────………………)
※ ※
刷り込みが終わり、エミリアの視線がボンヤリと霞む。
ゆ、
「……勇者、さま────」
「エミリア……(くくく。チョロいな~……。ダークエルフ、ゲットー!)」
彼の者の心の中など露知らず───。
彼を、勇者シュウジを愛しいと思う感情に溢れる心。そして、あれほどあった敵意が霧散していく。
───あぁ……私の勇者さ、ま。
無意識に、勇者に手を伸ばすエミリア。愛しい彼に触れ───熱を感じていたいと……。
勇者。
勇者……。
私の愛しい勇者──────……。
私だけの愛しい人…………。
熱のこもった目で彼の者を見上げるエミリアは、抵抗のためか、精神負荷により───。
ドサリ……!
自らの身体が地面に投げ出された音を聞いたのを最後に、エミリアの意識は闇に落ちていった。
おめでとう、エミリア。
君は今日から勇者パーティだ。
※ エミリアの死霊術 ※
【アンデッド】
※※※:Lv0→雑霊召喚
Lv1→スケルトン(生成)
地縛霊召喚
Lv2→グール(生成)
スケルトンローマー(生成)
悪霊召喚
Lv3→ファントム(生成)
グールファイター(生成)
広域雑霊召喚
Lv4→獣骨鬼(生成)
ダークファントム(生成)
広域地縛霊召喚
英霊召喚
Lv5→リッチ(生成)
スケルトンナイト(生成)
広域悪霊召喚
(次)
Lv6→ワイト(生成)
下級ヴァンパア(生成)
精霊召喚
広域英霊召喚
Lv7→???????
Lv8→???????
Lv完→???????
第2話「魅了の果てに」
人類と魔族の最終戦争は終盤局面に差し掛かっていた。
最強の戦士を欠いた魔族にはもはや抵抗の力はなく、ただただ狩られていくのみ。
城塞は落ち、
砦は焼け、
陣地は奪われる。
残すところ僅かな土地と、古びた魔族の城のみ。
だが、ここで再び戦線は膠着していた。
険しい地形と、魔族軍の徹底抗戦により遅々として進まぬ戦線。
死に物狂いで戦う魔族に手を焼き、さらには最後の難関が突破できずに、帝国軍と勇者パ―ティは一進一退の攻防を繰り広げていた。
「ちくしょー!! 橋を落としやがった」
奈落の谷底に消えていくのは、城へと続く橋。
遅滞戦術の一環として、橋を破壊するのは常套手段だ。
落差何百メートルもある谷を繋いでいた、唯一の橋が消え去った。当然、それがなければ乗り込めない……!
橋を架けなおそうとしても妨害される。
魔術で飛べば狙撃される。
他にも空を飛ぶ術も、なくはないのだが───無防備な空中はいい的でしかなかった。
ならば、陸路───谷底から迂回路を探してみるも、どこにも迂回路もなければ渡河点もない。
「あーちくしょう! どうしろってんだよ!!」
最後の最後で足止めを食らった勇者は、いきり立っていた。
短期決戦を考えていた帝国軍は補給力が弱い。
しかも、魔族の地では現地徴発も容易ではない。
元より生産力の低い土地ゆえ、補給線の伸び切った帝国軍は困窮していた。
日々貧しくなる食事に腹を立てている勇者たち。
帝国軍の兵よりも、相当に優遇されているとは言え、豪華絢爛というわけにはいかない。
勇者とて、人間。
飯も食えばクソもする。
そして、女も抱く。
膠着した戦線の陣地では、魔族としての抵抗を一切やめ、勇者に言われれば何でもする───ほとんど人形のようになったエミリアが、勇者の寝室の一カ所で飼われていた。
彼女は無私となり、勇者の言うことを何でも聞く。
何でもする──────何をしても不満を言わない。
だって愛しているから───。
だから、日々の苛立ちをベッドの上でぶつけられても、勇者への愛を妄執するエミリアは一切の不満を言わない。
それもこれも全て愛ゆえ。
……愛する勇者。
エミリアだけの勇者───。
エミリア役目は後方要員として、勇者シュウジの臥所の相手をすることだけ。
それに良い顔をしないのは、森エルフにドワーフくらいだろうか。
あとは帝国兵の男ども。
魔族最強の戦士、死霊術士のエミリアは帝国軍にとって悪夢のような敵だったのだから、そう簡単に許せるわけはないと───。
最初からエミリアに対しては、敵意剥き出しの帝国軍ではあったが、今のところ勇者の愛人であるということで、目こぼしをされていた。
だが、
蔑む視線。
好色染みた視線。
明らかに敵意を持った視線────。
元は魔王軍死霊術士────……最強のダークエルフ、エミリア・ルイジアナ。
殺しも殺したり────。
散々、侵略者である帝国軍を薙ぎ払っていたのだから、相当に恨みも買っていよう。
エミリアからすれば、人類の尖兵たる帝国軍は、侵略者同然。ゆえに謂れなき怒りではあるが、立場が違えば考え方も違う。……今は、勇者パーティの一員だから生かされているだけ。
その庇護から外れれば、エミリアを貪りつくそうと喜んで帝国兵が群がってくるだろう。
その視線に辟易としながらも、勇者パーティと共に行く。
(だけど、変わらないのは勇者様への愛だけ…………)
そんな時だ。
膠着した戦線を覆しかねない状況が発生した。
勇者に飼われているエミリアの元にも、彼らの会話が聞こえてきた。
「内通者?」
勇者の元へ帝国軍の男が耳を寄せ何かを話す。
「えぇ。抜け道があるとのことです。本当であれば一気に戦線は動きます───我が軍の勝利ですよ」
将軍格らしい初老の男性は勇者に間違いないと告げている。
「信用できるのか?……罠の可能性は?」
「あり得ません───魔族を……そして、ダークエルフを忌み嫌っているハイエルフ様からの情報ですよ」
その言葉に勇者が目を剥く。
「───マジか? で、伝説のハイエルフの?!」
「えぇ。魔族領を偵察中に行方不明となっていたらしいですが……無事に生き延びて、魔族に通じておられたようです」
その事実だけで勇者は決意したようだ。
エミリアもボンヤリとその会話を聞いていたが、特に興味を感じられなかった。
ただ、戦争が終わるんだなーと……。
そこで、チラリと帝国軍の将軍がエミリアを見る。
「───ただし、内通の条件として…………」
ボソボソボソ……。
「マジかよ……。まぁ、最近飽きて来たからいいんだけどよ、ちょっと惜しいかなー」
「代わりなどいくらでも居りますよ───良いのを見繕いましょう。こんな貧相なガキよりもずっと、」
グハハハハハ、と豪快に笑った後、簡単な打ち合わせを終えた後帝国の将軍と勇者は去っていった。
その間、餌の様に置かれた乾いたパンをもそもそと食べ、勇者の帰りを待つエミリア。
栄養不足ゆえ、ドンドン痩せてきている気がする。
でも、戦争が終わればきっと良い暮らしができる。
勇者様と結婚して───……。
人も魔族も平和に暮らせる世が来る────。
そう、妄信していたのに……。
いつもならそろそろ勇者が戻ってくるであろう時間。
それはきた───。
バァン!!
「──死霊術士のエミリア!! 貴様を拘束するッッ!」
「────え?」
※ ※
「は、離せッ! 何の真似だ──!!」
勇者以外の男に触られる───?!
その嫌悪感で必死になって抵抗するエミリアに、帝国軍は容赦なく刃を向けてくる。
勇者に飼われているエミリアにだ!
曲がりなりにも、勇者パーティとして認められているはず───!
「放せぇぇぇえ! わ、私は勇者様の仲間だぞ──それを、」
「うるさいッ。その勇者殿の命令だ! 神妙にせいッ」
え? い、今なんて────。
「えぇい。さっさと捕らえい!!」
一瞬、聞き捨てならない言葉を聞いて呆けてしまったのがいけなかったらしい。
隙を突いて帝国兵の強打を受けてしまい崩れ落ちるエミリア。
薄れ行く意識のなか。誰かに乱暴に引き摺られていくのだけはわかった。
(ちくしょう…………)
ズルズルと、ズルズルと、随分長い間連れ回されたらしい。
引き摺られながら、ようやくボンヤリと霞む意識が覚醒したエミリア。
彼女が覚醒して最初に目にした光景───…………。
「ぎゃあああああ!!」
「やめろッ───降伏したじゃないか!」
「「「うわぁぁぁああああ!!」」」
……そこは、すっかり変わり果てた魔族の古い城───最後の拠点の中であった。
バタバタと足音も高く走り回る帝国兵たち。
「───本国から輜重隊を寄越せッ! 大至急だ! 勇者様たちの私物も忘れるなよ」
「おい、お前───処刑場はそこだ! 売り物と混合するなよ!」
「何人か来いッ! 向こうの塔を掃討しろ。まだ隠れてるやつらがいるかもしれん──!」
わーわーわー。
わー!!
騒がしいのは、城の前庭。
植生の乏しいこの地方ゆえ、庭は木々の類ではなく石畳と綺麗な苔で整えられていた。
そして、そこかしこで忙しそうに動き回る帝国軍の兵士達。
本来の主である魔族達は、あろうことか拘束され、順繰りに処刑されているではないか?!
(な、なにが?!)
多少見目の良い者やら、サキュバスやダークエルフら一緒くたにされて拘束されている。
首には縄を打ち、不衛生な柵の中に閉じ込められるその姿───。
どう見ても家畜扱いだ。
「な、何が起こっているの?! は、離してッ! 勇者さまを、シュウジを呼んでぇぇえ!」
そこに黙れとばかりに帝国兵が次々に暴行を加えていく。
「ぐ! き、貴様らぁ! ゆ、勇者さまがこれを知れば───」
「よう、エミリア」
帝国兵をキッと睨み付けるエミリアの目の前に、勇者が現れた。
その姿に救われたような思いを感じたのも束の間。
「シュウジ……勇者さま────! こ、こいつらが私を!!」
「おせーんだよ。雑魚兵士ども───ダークエルフのガキを拘束するのに、いつまでかかってんだ!」
カィン! と帝国兵の兜を小突き嘲笑する勇者。
どう見ても、エミリアを拘束したことに対する叱責ではない。
「ゆう、しゃ───さま?」
「悪いなぁ、エミリア───こういうことだから、さ!」
言い切るや否や、猛烈に振りかぶった拳をエミリアの腹に突き落とす勇者。
「───ごひゅう!!」
手加減なしの一撃がエミリアを吹き飛ばす!
クルクルと舞うエミリアを見て、ゲラゲラ笑う勇者パーティと帝国兵たち。
そして、落下してきた彼女に勇者とパーティがよって集って暴行を加えていく。
顔を中心に、腹、下腹部、心臓と、およそ女性に与えるべきではない暴行の数々!
「うぐぇぇえ……! げふ、勇者、様───?」
グチャグチャになった視界。
顔面は腫れ上がり、瞼がふさがりそうだ。
「うわ。エミリア──お前ブッサイクだなー。こりゃ二目と見れねぇわ」
ニヤニヤ笑いながら、エミリアの顔を小馬鹿にする勇者。
自分達で殴っておいてその言い草。
それでも、エミリアは勇者を愛しているので、その言葉に反射的に赤面してしまう。
こんな顔じゃ、勇者様に嫌われてしまうと────。
いや、──────そうじゃない!
こんな時まで、私は何を考えているッッ。
「ここまで来りゃわかるだろ? 魔族の皆さんの最後の抵抗も虚しく、拠点は陥落───あとはミナゴロシ。悪いな、エミリア───」
というわけで、だ。
「エミリア───……。魔族のお前も、当然あっち側だ」
グイッ! とエミリアの髪を掴むと、ブチブチと引き抜きながら無理やり顔を向けさせる。
あっちって────……。
あっちって……。
───あっちのこと?!
エミリアの視線の先にある「あっち側」……。
まるで作業の様に、淡々と殺されていく魔族達。
拘束され身動きができない中、断頭台に乗せられ斧で───ドンッ、ドンッと、次々に切り離されていく。
それが、あっち側────人間たちと魔族たち。
そして、エミリアは────あっち側だという……。
「───そ、そんな……。ど、どうして?」
「今だから話してやるけどよ。内通者がこの拠点までの間道を案内してくれてな───その内通者から出された条件が、」
まるで、クイズでもするかのように、クルクルと指を回すと、ピタリとエミリアを指した。
「───お前を徹底的に痛めつけて、魔族の中でも一番最後に殺せってさ」
え…………?
勇者はそれだけ言うと肩をすくめる。
まるで、お気に入りのケーキが売り切れでした───くらいの軽い気持ち……。
そ、そんな……。
そんな事って───……。
「わ、私を愛してるって、」
愛してるって、言ってくれたじゃないか?
───あ、あんなに、愛し合ったじゃないか?!
「ど、どうして私まで! 私はアナタの恋人なんじゃ───」
「はッ! 恋人だぁ?! バーカ、お前はタダのペットだよ───だから、諦めろよ。それともなんだ?……自分だけ助かろうってのか? 大好きな魔族の皆を差し置いてさぁ!」
ち、違うッ!
違う!!
違う、違う、違う!!
違うッッッッ!!
「───断じて違うッ!!」
一人だけ生き残りたい何て言わない。
私はそんなに恥知らずじゃないッッッ!!
誇り高き魔族の戦士───死霊術士のエミリアだ!
「……なら、大人しく死ねよ?」
──────ッ!
勇者に尽くし、愛し、純潔を捧げても、なお───魔族として死ねという。
「───くくく……。エミリアよぉ。本当は、最後までお前を手放さないつもりもあったんだぜ? いくら、パーティや帝国がギャーギャー言おうともなッ」
じゃ、じゃあなんで!?
「さぁな? お前の知ってる誰かが内通してくれたのかもなー。───城への抜け道をよ!!」
ば、ばかな……!
ばかな!!!
「馬鹿なッ!!!」
魔族に、内通者がいたというの?! 殺されることが分かっていて内通を?
あり得ないッッ!
「はは。エミリア───探偵ごっこしてる場合じゃないぜ。見ろよ」
淡々と処刑されていく、魔族の兵士達───。
その彼らの目を見たエミリア。
「ひッ!」
濁った暗い瞳……。
裏切り者。
裏切り者。
裏切り者……!
彼らとて知っているのだ。
その内通者とやらが吹聴したのだろう。
……エミリアが勇者に魅了されて帝国に降ったことを。
快楽に溺れて、魔族を顧みなかったことを───!
だから、帝国軍に処刑されるまでの短い時間を、せめて───裏切り者のエミリアを呪う時間に費やしているのだ。
魔族を裏切ったエミリアを、恨みの籠った目で睨む……。
睨む、睨む、睨む……。
身体から切り離された目ですら、エミリアを睨む。
抜け出た魂ですらエミリアを睨む。
生者も、死者も、エミリアを責める。
彷徨う魂が、死霊術を通じてエミリアを苛む。
やめて。
やめて……。
やめて────!
「やめてぇぇぇえ!!」
私をそんな目で見ないで!!
そんな声で、罵らないで!!
わ、
わ……。
私は皆のために……。
皆の、ために戦った────。
だから、今も戦うッ!!
今こそ戦うッ!!
今なら……。今なら出来る。
この怨嗟に満ちた空間なら、死霊術の独壇場だ!
今なら────……。
行けッッ!
私のアンデッドたち──────!
「あーあーあー……。下手なことを考えるなよ? ダークエルフの里は、とっくに帝国軍が制圧した。この意味わかるな?」
「なッ!」
ま、まさか────。
あの隠れ里がみつかるはずが……。
「……へへ。黙っちまったな? アホなお前にも分かりやすく言った方がいいか? つまりよ。ダークエルフが、魔族かどうかってのは微妙な線引きだよな。オークやゴブリンでもないし、魔人でもない──ちょっと色素が違うだけのエルフだと、俺は思っている」
つまり────。
「何が言いたいか分かるか? ダークエルフ達の生き死にはお前次第さ。黙って大人しく殺されるか、今ここで死霊術とやらで派手に暴れるか、」
───選べぇ……。
「ま、ここの連中を始末するまで、大人しく見てろって───」
お前は運がいいんだから。と───。
そう、勇者は宣う。
「───知ってるか?……処刑される奴はさ、」
くくくくくく……。
「処刑列の一番最後に並ぶためなら、親でも売り飛ばすらしいぞッ……ぎゃはははは!」
だ、だからなんだ?!
「それを、感謝しろって言うのかぁぁあ!?」
「そうだよ。感謝して欲しいね───……お前は、一番最後なんだぜ!! もしかして、途中で俺が心変わりしたり、奇跡でも起こって助かる可能性が万に一つでもあるかもしれないからな」
ぎゃははははははははははははは!!
勇者に追笑するように、勇者パーティと帝国兵がゲラゲラ笑うのだ。
人とはここまで残酷になれるのかというほどに……。
ゲラゲラと、ゲラゲラと───。
帝国軍は、ここまで苦戦させられた鬱憤を晴らすかの如く───……。
勇者パーティは、間抜けなエミリアを小馬鹿にするために───……。
「あースッキリしたぜ。じゃ、次のイベントと行こうぜ───」
パチンと勇者が指を弾くと、
「な、なにを…………」
ボロボロのエミリアは霞む視界の先に多数の人影を捉えた。
エミリアと同じ褐色の肌。長い笹耳───。白銀の髪…………。
え?
あれって───まさ、か……。
「そ、ダークエルフの里の皆さんだぜぇ」
ちょ、
ちょっと……。
ちょっと、待ってよ───!
「しゅ、シュウジ───! だ、ダークエルフの皆だけは……」
「ん~? 何か言いたそうだな」
「おおおお、お願い!! お願いします!」
なんでもします!
どんなことでもします!
なんでも食べます!
泥でも、糞でも、他になんでもするから!!
「お願いします! どうか! どうか、ダークエルフの皆だけは!!」
「んん? 聞こえないなぁ?」
もったいぶる勇者に必死で懇願するエミリア。
「お願い!! お願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願い! お願いします!!」
どうか!!
どうか!!
どうか! ダークエルフの皆だけは!!
「お願いしますーーーーーーーーーー!! どうか、皆だけは許してぇぇえええええ!」
詰る勇者の足に縋りつくエミリア。
「抵抗しなければダークエルフの里は見逃すって……」
「ん~そうだったっけ?」
「い、言った! 言ったじゃないか! 死霊術で抵抗しなければ───」
必死で懇願するエミリア。
ダークエルフの里だけは!!……父さん、母さんだけは!!
そして、ルギ───
「───誰もそんな約束をしてないわよ。義姉さん」
……え??
「る、ルギア───??」
不敵に笑い、ダークエルフを追い立てていたのは、白い肌と、長い笹耳、金髪と碧眼の女性───ルギア。
ルギア・ルイジアナ───エミリアの家族だった。
え?
ええ?
な、
なんで?
なんで、アナタがそこに?
さ、里に隠れていない!
そんな所じゃ、殺されてしまうわよ。早く逃げなさい──────。
「ルギアッ!!!」
愛しい家族のルギア。あぁ、錯乱しているのね?
だけど、今なら逃げられる。
勇者たちがアナタを拘束していないのがいい証拠───。
きっと、見た目からダークエルフじゃないと判断されたのよ。
だから、早く逃げ───……。
「気を付けッ!!」
バシン!!
帝国軍が一斉に起立。
そして不動の姿勢───。
処刑も一旦停止……。
「あら、いいのよ。作業中の者は作業を続けなさい──」
「ハッ! 作業に戻れ」
そうして、処刑再開。
帝国軍は作業に戻った。そこかしこで繰り広げられる、魔族にとっての地獄絵図……。
その地獄から少し外れた輪にいるのは、残った勇者たちと──────ルギア。
い、いや、ちょっと……。な、なんで、ルギアが帝国軍に指示を出してるの?
る、
「ルギアだよね?」
「お久しぶりね、義姉さん。活躍は聞いているわ」
ふふふ。と見たこともない妖艶な笑みを浮かべてシャラリシャラリと歩く───。
着飾っているものの、記憶の中のルギアに間違いない。
「ふぅ。長かったわ……。ちょっとしたミスで魔族の地で過ごすことになったけど……本当に長かった」
そう言って、エミリアに近づくと、優しく顎を撫でる。
「でも、それも今日で終わり───……。しかも、長年の悲願であった穢らわしい魔族が消滅するのよ……本当に嬉しいわ」
何を……言っているの?
「義姉さんも、もう無理はしなくていいのよ。魔族最後の一人として見納めて、お逝きなさい」
「ルギ、あ……。アナタ何を言って───」
ヨロヨロと手を伸ばすエミリア。
だが、それをパシリと払いのけると言ってのけた。
「汚らわしいダークエルフ。……一緒に息をしているだけで気が狂いそう。勇者───早く終わらせなさい」
「へーへー。ハイエルフ様のお召の通り───」
え?
は、ハイエルフ??
見れば、森エルフのサティラが慌てた様子で勇者にしな垂れかかるのをやめ、片膝をついている。
帝国軍に混ざるエルフの兵士も恐縮しきっている様子が見えた。
「ふふふふ……。いつ魔族を滅ぼしてやろうかと思ってウズウズしてたの。今か今かと待ち遠しくて、ちょっと遠出のつもりで魔王領を偵察にいったら、不死鳥がドラゴンに驚いちゃって、私は雪の上へ───」
「あとは知ってるでしょ?」そう、ルギアは言った。
「あぁ……辛い日々だったわ。汚らわしいダークエルフに優しくされて、温かい食事に、義理の父さん、母さん、優しくって優しくって、」
───反吐が出るかと思った。
ペッ!
美しい顔を歪めてルギアはエミリアに顔に唾を吐きかける。
「挙句の果てに、仲良く遊んでくれた優しくて口下手の義姉ときたら、禁忌の死霊術士───毎日殺意を押さえることに苦労したわ。何度家に火を放とうと思った事か」
「る……ぎ、あ」
知らなかった。
知らなかった───。
コイツのことを知らなさ過ぎた!!
「オマケに里の連中と来たら千年の間にあんなに数を増やしちゃって……あの昔に殺しておけばよかったわ───でも、よかった。千年前のやり残し、今日で終わりそうね」
里での日々が脳裏にフラッシュバックするエミリア。
不安げな顔で両親に預けられた時のルギアを思い出し、ぎこちない笑みで迎え入れられた日。
名前も覚えていないと言い。記憶喪失だという───。
そうして、見た目年齢の近さから義理の姉となり、時には仲良く遊び───時には少し喧嘩もした。
戦いに赴く日には、涙を流して抱締め合った───。
ルギア……。
ルギア───。
愛しい私の家族……。
「あぁ、心が漉くよう……。温かい里のみんな。種族の違いも気にせず接してくれた優しい温かいダークエルフの里の皆」
すぅ……。
「ありがとう! 心の底からありがとう!! そして、」
死ね。
「───ダークエルフは、死ね」
ニッコリ。
「ル、ギ、ア!!!」
このイカレ女ぁぁあ!!
「恩を……。恩を仇で返しておいて、アナタはそれで平気なの!!」
「平気よぉ───ずっっっっっと、ダークエルフのこと、殺したくて滅ぼしたくてウズウズしていたんですもの───」
あぁ、そうか。
そうか、そうか、そうか。
そうか!!!
内通者は……。
「ゆ、勇者パーティに情報を流したのは───」
「そーよ。私───。間抜けな魔族にトドメを刺してあげたの」
あはははははははははははは!!
あーーーーっはっはっはっは!!
美しく、醜悪に笑うルギア。
いや、違う──────。今はルギアじゃない。
ルギアなものか!
こんな義妹いてたまるかッ!!
こ、
「この裏切り者ぉぉぉおおおおお!!!」
「そーーーーーよぉぉお!! 裏切っちゃったぁぁぁあ! あははははははは! 里を売ったのも私よぉぉおおお! あーーっはっはっは!!」
間抜けッ!
間抜けな魔族達!
そして、ゴミクズ同然の、ダーーーーーーーーーーークエルフ!
死ね!!
死ね!!
お前たちは等しく死ね!!
「あはははははははははははははは! あはははははははははははははははは!!」
あーーーーーーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!!
「るーーーーーーーーーぎーーーーーーーーーーーあーーーーーーーーーー!!」
第3話「絶望の言葉すら生ぬるい」
「るーーーーーーーーーぎーーーーーーーーーーーあーーーーーーーーーー!!」
コイツは……。
コイツは生かしておけないッ!
こんな奴がいるなんて信じられない!!
恩を、
大恩を、
命の恩人に対する敬意を!!
───返せとは言わないッッッッ!!
「だけど、仇で返す必要がどこにあるのよぉぉぉおおおおおお!!!」
コイツは殺す!!
今すぐ殺す!!!
いや、
お前ら全員ぶっ殺してやる──────!
ブチブチブチ、バッキィィィイン!!
拘束を引きちぎり、どこにそんな力があったのか自分でもわからないほど。
それでも、エミリアは駆けだす。
元最強の戦士──今は……。
今は元勇者の愛人で、今はタダのダークエルフのエミリアとして駆ける!!
死霊術士のエミリアとして駆ける!!
ダークエルフを守るため。父と母と里の仲間を守るため。───駆ける!!
──勇者の愛人?
──勇者に心酔し鞍替えした裏切り者?
──勇者と共に魔族を滅ぼそうとした恥知らず?
知るかッ!!
知るかッ!!
知るかッ!!
私は、私の信じる道を進んだだけ!!
ただ、勇者を愛しただけ!!!
結構ッ!!
何とでも言え!!
私を倒し、一度は殺すチャンスがあったにもかかわらず、私を受け入れてくれた勇者シュウジを愛している!!
───今もッ!!
それの何が悪いッ?!
私には帝国も人類もどうでもいい!!
ダークエルフの里と家族!
そして、今は勇者様ッ!!
どちらも愛して、どちらも愛したッッ!!!
「───ルギアぁぁぁぁぁぁああああ!!!」
この女だけは殺す。
いや、この場にいる全員を殺す───!!
出来ないと思ってるのか?
私が無力だと思っているのか?!
舐めるな……。
舐めるな……!!
舐めるなよ!!
勇者に飼われて牙が折れたと思ったのか!
否。
断じて否ッ!
私は……、
───私はアンデッドマスターのエミリアだ!!
「こいッ」
来い……!
来い…………!!
ここに処刑大量の死体があるということは周囲には浮かばれぬ霊がいくらでもいると言う事だ。
いくらでも。
いくらでも!!
いくらでもいる!!
だから、来ぉぉぉいい!!
「愛しき死霊たち……。私のアンデッド!」
身体はボロボロ。魔力は枯渇しきっている。
だけど、まだだ。
まだ終わらないッ!!
依り代はある。
虚ろなる魂たちはここにいる。
アビスは近いッッ!!
裏切り者ルギア目掛けて駆け抜けながら、エミリアは地面の血痕を撫でていく。
まだそこに魂があると感じるために──────。
皆……。
皆いるよね?
まだここにいるよね?
来たよ。
勇者の愛人に成り下がったエミリアが来たよ。
私が憎いよね。
私は殺したいよね。
私を引き裂きたいよねッ!
ジワリ……。
地面に滲みこんだ血が動いた気がした。
エミリアの死霊術の刺青が怪しく輝く。
背中の『アンデッド』が淡く儚げに輝く……。
ざわざわざわざわざわ……。
ひそひそひそひそひそ……。
『冷たい……』
『痛い……』
『寒い……』
どこからともなく聞こえる冷たい声。
耳元で、遥か彼方で……。
『裏切り者ぉ……』
『エミリアぁ……!』
『魔族最強のくせにぃ……!』
あぁ、聞こえる。
死者の声が私に死霊術を通して聞こえる……。
えぇ、そうよ。
私が弱いせいでみんな死んだ。
だから、私を呪っていい。
憎んでいい。
恨んでいい!
だから、だから今だけは力を貸して──────!!
『憎い……』
『苦しい……』
『妬ましい……』
負に染まった悪意が地面から滲み起こる。
シクシクとすすり泣きが響き、そして、急激に気温が───……。
「な、なんだ?」
「ひぃ! 今誰かが俺の足を!」
「お、女の声が───!!」
蠢く地面に浮足立つ帝国軍。
そして、勇者パ―ティも……。
その隙をついて、エミリアがルギアに襲い掛かるッ!
「ルギア────……この裏切り者ッッ」
お前は殺す!!
ここに浮かばれぬ魂がある限り、アンデッドは不滅だ!!
「あは。往生際が悪いわね───義姉さん」
「死ねッ!! お前は死ね───!!!」
ルギアの顔面にダークエルフの膂力でもってパンチを…………。
え?……なんで?
「エミリア?」
「エミリアか?!」
ルギアに拘束された、両親の姿があった。
「義姉さん───まだ、抵抗するのですか?」
呆れた表情のルギア。
彼女はあろうことか、両親の首に両手を掛けてエミリアに突き出した。
「る、ギア……!」
苦しそうに呻くエミリアの父。
「ルギア───どうして?」
悲し気に呟く母───。
その姿に、思わずエミリアの拳が止まる。
「どうして?…………あなた方が不浄だからですよ───汚らわしい」
数年一緒に過ごし、一緒の釜の飯を食べたというのに───本物の愛情すら注がれていたというのに、ルギアはそれを微塵も感じていないらしい。
養ってくれた両親という感覚すらないのか、まるで家畜のように父と母を引き摺ると、エミリアを見下ろす。
「さようなら、お義父さん。お義母さん。最後に肉壁として感謝を──────お世話になりました」
ペコリ。と、美しい所作で一礼すると、
ボキリ──────。
あ──────────────────────────────…………。
『エミリア……』
『エミリア───』
死霊術を通して、微かに聞こえた死霊の声……。
父さん、母さん……の声。
茫然としたエミリア。
彼女の時はその瞬間、止まる─────。
『エミリア……おかえり、元気でいて……』
『エミリア……息災でな───』
そして、父も母も冥府へと旅立つ───。
アビスゲートの先へと……。
周囲では帝国軍の虐殺が続き、阿鼻叫喚の断末魔が響き渡る中、エミリアはもはやピクリとも動けない。
あまりのショックが体を貫き、感情と心と心と心が───死んだ。
ルギアがゴミのように両親の死体をポイっと投げ捨てて、その体がバウンドして横たわる瞬間にも、微塵も動けない。
薄っすらと見える、二人の死霊の影がエミリアに寄り添い、抱締めても───それを感じる余裕もない。
『もういい……誰も憎むな───』
『生きて……。生きて、エミリア───』
その彼女を、誰かがそっと撫でた気がした───。
優しい気配に心が温まり、少しだけ穏やかな気分で彼女は覚醒する───。
覚醒するんだけど、だけど……。
だけど、首が反転し口から一筋の血を垂らしピクリとも動かない両親の死体と、その瞳に映る自分の姿を見たエミリア。
誰かの霊魂が彼女に語り掛けてくれたものの……、
「う…………」
守る。
守りたい。
死んでも守りたい大切なもの。
何のための死霊術か……。
誰のための最強なのか……。
もはやどうでもいい……。
守りたいもの、守るべきもの───。
それが──────。
「あ、うう、う───」
う、
ううう、
うぁぁああ……。
「あ──────…………」
うぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!
慟哭するエミリア。
心が、心が壊れていく───。
「あ、あ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
エミリアの絶叫が響く。
目をそらしていたい事実を、まざまざと見せつけられて叫ぶ。
死んだ……。
死んだ……。
父さんが死んだ。
母さんが死んだ。
死んだ……。
殺された──────。
ルギアに殺された───。
勇者たちに殺された……。
帝国に殺された──────。
人類に殺された───………………。
どこかで嘘なんじゃないかと、
全部悪い冗談なんじゃないかと、
誰か言ってよ…………ねぇ?
「───あああああああああああああああああああああ……ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ………………。あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
だけど現実で───!
現実で!
残酷なくらい現実で───……!
魔族も、父さんも、母さんも───。
そして、今───ダークエルフ達も、
たった今、コロサレタ──────。
アイツらにコロサレタ……。
なのに、
「ひゃはははははははははははははははは!!」
「ぎゃはははははははははははははははは!!」
あーーーーっはっはっはっはっはっはっ!!
「み、見ろよ! みたかよ!」
「うひゃはははははははは! 見とる見とるぞぃ」
笑い転げるドワーフの騎士グスタフ。
「うくくくくくくく……。こ、こんな分かりやすい絶望初めて見ましたよ」
含み笑いを隠せない帝国の賢者ロベルト。
「ハイエルフ様の浮世離れして様は聞いていましたが、──……ひどい人ですねー。うふふふふ!」
歓喜の表情を浮かべる森エルフの神官長サティラ。
コイツラナニガオカシインダ?
ミンナ、シンダ……。
ゼンイン、シンダ──────。
ナノニ、ナノに、
ナのに、何でコイツ等はイキテイルンダ?
茫然自失のまま慟哭するエミリア。
その絶望を、あざ笑う勇者パーティ。
仮初とはいえ、同じ釜の飯を食ったこともあったはず……。
どうしてそれを、こんな風に笑えるのだろうか?
そもそも、戦争だって……魔族が何をした? 勝手に悪と決めつけて帝国が仕掛けてきたもので────。
私たちが、何をしたって言うんだ?
あぁ……そうか。
そうか……。
そうか──────。
そうだったんだ。
私が知らなかっただけで──────世界は残酷なんだ……。
私、エミリアは今日───世界を知りました。
はじめまして世界。世界は残酷です──……。
ダカラ、ソンナセカイハ、ホロボシテヤリタイトオモイマス───。
「────ね」
ドロリと濁った目つきになったエミリア。その目で、人間どもを睨み付ける──。
勇者達を睨み付ける────……。
ルギアを睨む───……。
「死ね───」
死ね、と───!
血の匂いの充満する地面。割り砕かれた、魔族の骨の散らばる死体置き場────。
エミリアの家族と魔族たちの慟哭の地。
そこで願う。誓う。呪う。
死ね、と───!
お前ら全員、
「───死ねぇぇぇぇぇえええええ!!」
そうだ。死だ。
死だ! 死こそ日常───。
死者渦巻く、こここそが私の空間。
エミリアの日常だ────。
死霊たちの渦巻く非現実の一幕。
死霊術士の日常はここだっぁぁあああああ!!
だから、
「────全員、死ねぇぇっぇぇぇぇええッッ!!」
そうだ死ね。死ね!! 死ねぇぇえ!!
死んでしまえ!! それができないなら、
……殺してやる。
殺してやる!! 殺してやる!!
ワタシがコロシテヤル!!!
「ぎゃあああああああああああ!!」
ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!
エミリアの元に次々に流れ込む魂の力。
勇者たちは忘れていたのだろうが……。
エミリアを魅了し、ペットとして『仲間』にしたことで、殺戮した魔族の経験値が一方的に彼女に流れ込んでいた。
───それも膨大な量がッッ!!
殺しも殺したり……。
勇者の業がエミリアに注がれていく───。
「ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」
ふははははははははははははははははは!!
「あははははははははははははははははは!」
征けッッッ!!
私の愛しき、
「───アンデッドぉぉぉおおおおおお!!」
ブワ─────────!!
あり得ない程巨大な死霊術の気配が周囲を包む。
そして、地中から召喚門の「アビスゲート」が出現した。
ブゥン!!!!!!
直後、召喚ステータス画面が表れ───。
アンデッドLv5→Lv6
レベルアップ!!
Lv6:英霊広域召喚
第4話「死が起きる時───」
アンデッドLv5→Lv6
レベルアップ!!
Lv6:英霊広域召喚
スキル:広域への英霊呼び出し
取り付き、死体操作etc
備 考:武運拙く命を落とした英霊を召喚
他、周囲の英霊を集めることが可能
召喚された英霊は強い魔物や種族に
取付き生前の様に戦うことができる
※※※:Lv0→雑霊召喚
Lv1→スケルトン(生成)
地縛霊召喚
Lv2→グール(生成)
スケルトンローマー(生成)
悪霊召喚
Lv3→ファントム(生成)
グールファイター(生成)
広域雑霊召喚
Lv4→獣骨鬼(生成)
ダークファントム(生成)
広域地縛霊召喚
英霊召喚
Lv5→リッチ(生成)
スケルトンナイト(生成)
広域悪霊召喚
Lv6→ワイト(生成)
下級ヴァンパア(生成)
精霊召喚
広域英霊召喚
(次)
Lv7→ボーンドラゴン(生成)
中級ヴァンパイア(生成)
広域精霊召喚
Lv8→???????
Lv完→???????
ゲタゲタゲタゲタゲタゲタゲタゲタゲタゲタゲタゲタゲタゲタッ!!!
アビスゲートから現れたのは、おぞましい声で笑い声をあげる英霊たち。
「ば、ばかな?! このタイミングでレベルアップだとぉぉお!」
「な?! ま、まずい!! 総員───死体を破壊しなさい」
驚愕する勇者をよそに、エミリアの目的に気付いたロベルトが慌てて帝国軍に命じる。
だが、一歩遅かったらしい───。
地獄の底からさらにさらにと、笑い声が響き、そして地面から、あるいは中空に漂う魔族の英霊が次々に死体に生首に取り付き始める。
一度、冥府に帰ったはずの魂が、アビスゲートを通じて帰ってくる!!
門の先───漆黒の空間から流星のように青い光の粒子を棚引く霊魂が流れ出した。
幻想的な光景であり、鮮烈な光景だ。
───彼らは英霊。戦いし戦士の魂!
あはははははは!
「さぁ、皆起きて──────。もう一度、一緒に戦いましょう……」
そっと死体を抱きよせるエミリア。
もはや勇者パーティにも、エミリアを組み敷いている余裕はないらしい。
全員が武器を持ち、全周を警戒している。
そりゃあ、そうだ。
ここは、あらゆる場所が死体で埋め尽くされている。
全て勇者たちがやった事──────。
だから、因果応報。
「な、なんてことだ! 数万のアンデッドを瞬時に生み出すだと?! な、なんたる力───」
ロベルトは恐怖しているのか、はたまた歓喜しているのか全身をブルブルと震わせている。
警戒し、武器を構えているのはグスタフとサティラのみ。
他の帝国軍は、小グループに分かれて円陣を組むことしかできない。
なにせ、ここにいる帝国軍を圧倒できるだけのアンデッドの軍勢なのだ。
「は! やるじゃないか、エミリア──!」
勇者は腕を組んで仁王立ち。
かのルギアと背中合わせに構えている。
あわてて剣を抜いた帝国兵らが、エミリアを切り裂こうと、うつ伏せに組み伏せる。
「───今さら、もう遅いッ!! 私が死んだくらいでは死霊術は消えないッ!! 魂が食いつくされるまではアビスは閉じない」
───行けッ!! 愛しきアンデッド達よ!
ドロリと濁った目を開け、起き上がろうとする魔族の死体。
首を失った死体は首を求めて。
惨殺された死体は無残な体で。
焼き殺された者はボロボロの身体で。
起きて、
起きた、
起きる。
死が起きたッ!!
───ブルブルと震える魔族たちの屍。
彼らは冥府から叩き起こされ、不死の魂を受け取った、アンデッドの軍団ッッ!!
その数はこの場で死した魔王軍全てを覆いつくす程で、数万に上る魔族の死体が、余すところなく全て起き上がる───。
殺しも殺したり……。
「あははははははは! あははははははははははは!」
あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!
「あはははははははははははははは! あははははははははははははは!」
狂ったように笑うエミリア。
最後の戦いだ!
こんなもので勇者を倒すことはできないだろうけど、帝国軍や勇者パーティはタダでは済まないはず。
「な、なんて数だ!」
「ひぃぃぃ! こ、これが魔族最強のアンデッドマスターの真の力なのか?!」
「か、神よぉぉお!!」
さすがに動揺を見せた帝国軍が、慌てて臨戦態勢を取り始める。
だが、圧倒的にアンデッドの方が多い!!
あははははは!
怯えろッ。竦めぇ!
帝国の力を生かすことなく死んでいけ!
「───いけ! 私の愛しきアンデッド。そして、魔族の皆! 私と共に、勇者たちを討とうッ!!」
ロォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオ!!!
死者の咆哮───。
アンデッドの叫び。
エミリアの心を満たすアンデッドの戦音楽!!
「帝国兵どもを滅せよ───」
ロォォォォオオオォオオオォォオオ!!
ロォォォッォォオオォォオオオオオ!!
数万のアンデッドが勇者達を───。
そして、あの帝国軍全てを飲みこまんとする──!
死ね、勇───、
「くっだらない……」
吐き捨てる様に宣のたまうのは……。
「……る、ルギア?」
お前か───……ルギア
ふ、
ふふふふふふふふ。
ふはははははははははははははは!!
───くっだらないかしらぁぁ? 負け惜しみは結構!
でも、もう遅いわね!!
今さら、裏切り者のアンタにこの状況が覆せるとでも?
───無理よ。
「無理ぃ! 無理ぃ! あはははははははははは! ルギアぁ! アンタにゃ無理よぉぉお」
あははははははははははははははは!!
そして、安心しろ。
お前だけは無残に殺してやる!
私にやったように最後に殺してやる!!
ズタズタに引き裂いて、皆の前にばら撒いてやるッ!!
お前の魂だけは冥府につれていかないッ!!
そして、お前ごときでは、発動した私の死霊術を覆せないぃぃいい!
…………エミリアは、そう確信していた。
だが、
「ふふふ……! 勇者シュウジよ───。エミリアの刺青を潰しなさい! それが汚らわしい死霊術の源泉よ───刺青を剥ぎ、このインクで上書きしてやりなさい。そうすれば死んでも死霊術は使えなくなる」
場違いに冷静な声がしたかと思うと、ルギアが勇者に里の秘術である死霊術の特殊インクを差し出していた。
ルギアの助言。
里の秘密を知るがゆえのアドバイス。
奴は命を奪うだけでなく、魔族の……そして里の秘術である死霊術の方法までルギアは奪っていたのだ。
「な、なるほど! 任せろッ!」
「がっぁああ! しゅ、シュウジぃぃ!」
インクを受け取った勇者は、エミリアを組み敷くと、バリリとエミリアのボロ布を剥ぎ取った。
「───な、何を!?」
さすがに羞恥によるものではないが、剣を突き立てるでも頭を踏み抜くでもなく、勇者はエミリアの刺青をむき出しにすると、
「お前ら手伝えッ!」
古の文字で『アンデッド』の入れ墨が躍るエミリアの死霊術。
それを消し去ろうと言うのだ。
この女!! この女ッ!!
この女は、とことんまで裏切り者だ──!
「あぁぁぁあ!! ルギアぁぁぁぁあ!!」
「グスタフ、ロベルト、サティラ───!! 俺が抑える───やれぇっぇええ!! 刺青を潰せぇぇえええ!!」
気を取り直した勇者が仲間に指示を飛ばす。
「おうよ!」
「お任せを!」
「望むところよ!」
勇者の膂力で押さえつけられると、エミリアにも敵わない。
それでも死に物狂いで抵抗する。
「くそ──────!! どけぇぇえ!!」
ドワーフの騎士グスタフが、暴れるエミリアの頭に足を乗せると、
「───がははははは!! いい景色だな、ええ、おい!!」
製鉄魔法を唱えると、グスタフの斧が真っ赤に焼き染まる。
「小娘が!! ドワーフを舐めるなよ───」
「ぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああ!!!」
そう言って、エミリアの背中の呪印を「一文字」焼き潰す、ジュウジュウと肌が音を立てて溶けていく。
大切な死霊術の『アンデッド』の文字が焼かれていく。
「ぁぁぁぁぁっぁぁぁあああAAAああAAA!!」
激痛と絶望と屈辱に喘ぐエミリア。
病まない激痛にブリブリと糞尿を撒き散らし、のたうちまわるエミリア。
───燃える肌と焦げる肉。
「待ってください!!」
それを差し止めたのはロベルト。
一瞬、救いの手に思えた自分が呪わしい───。
「貴重な死霊術のサンプルですよ!! 私にもそれを!」
そう言ってロベルトはナイフを取り出すと乱暴に文字を剥いでいく。
───その痛み!!
「GUああああAAAああああああ&%あ$3!!!」
肉ごと削ぎ落され、文字が奪われ瓶に収められたエミリアの肌───。
だけど、まだだ!! まだ終わりじゃないッ!
「しつこい!! いい加減死ねッ」
ありとあらゆる面でエミリアを忌み嫌っているサティラは、更に容赦がない。
「この売女めが!」
そう言って、エミリアの背中の呪印を「一文字」切り裂いた。
「うGAAAAAAAAAAあああああA!!!!!」
切れ味の悪いナイフが与える激痛はエミリアの精神を粉々に打ち砕き、失禁させるに十分だった。
サティラにとって刺青など関係ない。彼女はエミリアを殺さんと、凶刃を振り下ろし続ける。
心臓を突かれる激痛、脳を抉られる不快感、骨を切られるショック……。
「しねしねしねしね! 邪悪なエルフ!」
「あが?! ぎゃあ! うぐぅああ!!」
的確に致命傷のみを与え、何度も何度もエミリアを奇声をあげて刺し貫く鬼女───。
「殺しては駄目ですよ───まだ」
そんなサティラを止めたのがルギアだ。ニコリとほほ笑み。エミリアの致命傷を癒していく───。
高度な治療魔法が、ボロボロの刺青以外を綺麗に塞いでいく。
脳の傷、心臓の傷、断ち切られた骨──。
それらを立ちどころに修復するも、
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
急速回復から来る、激痛の嵐───。
そうとも、無理やり繋がれる骨。
筋肉によって締め上げられる心臓。
痛覚が馬鹿になり最大限の危機を体に伝えようとする脳───!
糞尿と涎と涙と、ありとあらゆるものを体からあふれ出し漏れ出すエミリア。
もはや、これで生きているのが不思議なくらいだが、ルギアの回復魔法は死───それを許さない。
「汚らわしいダークエルフたち───。あなたはその最後の一人になるのですよ、義姉さん……」
華が咲くような美しい笑顔。
それはそれは美しい笑顔───……。
ルギアの笑顔───。
「この、裏切りも、の──────」
アンデッドの文字はボロボロになり、エミリアの死霊術は急速に力を失いつつあるも……。
「───舐めるな……アンデッドは不滅だぁぁあ!」
「はッ! ゾンビの軍団はうんざりだぜ。……おまえら、見とけ? こうやるんだよ!!!」
ズブゥ───!!
勇者がエミリアの柔肌に爪を突き立て、残る「アン$%&」の刺青の「ン」を、バリリリ!! と力任せに引きちぎる!!
ぎゃ、
「───あぁぁぁぁああああ!!!」
「中途半端にやるから死霊術が消えないんだよ。ひゃははははははは! 見ろッ。『ア』は残して───」
次々に起き上がり、首を求めてうろつき始めた魔族のアンデッド。
だが、勇者はそれにも目くくれずインクを叩きつけた。
何の真似……?!
(これは、死霊術を作る特殊インク? 今さらそれが───)
───そうだッッ、それがどうした!!
「───そうだッッ、それをこうする!!」
叫ぶ勇者が、ベチャ! グリグリグリ────!
「こうして、こうして……こうだ!! ひゃは!! あ~ばよー、黒いエルフちゃん」
と、ばかりに、今剥がされたばかりの皮膚の下の傷と、勇者パーティがさっき傷つけた3つの生々しい傷跡にインクを塗り込んでいく。
すると、
ジュウウウウウウウウウウウ!!!!
「うがぁぁぁああああああ!!!」
白煙が沸き立ち、肉を焼くような気配。削り取られた文字4つ分の傷がインクを吸収していく。
『アンデッド』の文字が潰れ、『ア#$%&』の文字にインクが滲みこみ──……刺青の文字や模様が明滅する!!
───その痛みたるやッッッッッ!!!
「ぐ、ぐぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
背中に無数の針を刺されるような激痛が走ったかと思うと、死霊術の刺青が肉の上で踊り、青白く明滅して、ジュクジュクと泡立ち始めた。
「おぉ! なるほど……さすがはハイエルフ様、そして勇者どの!」
ロベルトが感心したように、エミリアの背中をしげしげと確認している。
「なーるほど、召喚術の上書きか───いや、落書きかの」
「あらあら、素敵なサインじゃない──」
サティラの声に、勇者は上機嫌に答える。
「だろ? 見ろよ──これは、コイツのことだぜ」
そーだろぉ?
ぎゃーーーはっはっは!!
ぎゃははははははははははははははは!!
再びの哄笑。
そんなもの! そんなものが効くか───!!
私の死霊術は不滅だ……。
魔力は充分……まだまだいくらでもッッ!
ドサッ。
────…………え?
ベチャ……!!
ドザドサドサドサドササササササッッ!!
突如として崩れ落ちていく魔族のアンデッドたち────……。
エミリアが呼び出した召喚門───あの不気味なアビスゲートの門扉が消えていく……。
そ、そんなぁ……。
そんな!!
あ、アビスゲートが──────消えていく?!
そして、わかる───。
なんてことだ、英霊たちの魂がない。いや、───消えていく……。
「な?! あ……。あぁ! そんな、そんなッ!!」
そんな!!
私の死霊術が!
愛しいアンデッド達が──────!!
皆の恨みが──────!!!!!!!
消える……。
消えていく……。
そんなバカなッ!
だめ、───消えないでぇぇえ!!
皆ぁぁあああ──────!!
勇者たちの哄笑を下で受けながら、エミリアの手が死霊を掴もうとして空を掻く。
(私の死霊たちアンデッド……)
絶望の表情を浮かべたエミリア。
あれほどの激痛に耐え、魂さえ捧げた乾坤一擲の反撃は、あっさりと封じられてしまった。
もう、エミリアの魂の叫びはどこにも届かない。
冥府の門は開かない……。
どこにも届かず、エミリアはただ一人───。
「そ、そんなバカなッッ!! 私のアンデッド達が……?」
「ぎゃははは。バカじゃねぇよ。お前は『アホ』だ」
ゲラゲラゲラと笑い転げる勇者。そして追笑する勇者パーティ。
そして、さらに笑う帝国軍の兵士達。
彼らの前にはグチャグチャになった魔王軍の死体がある。
彼らはもう二度と動き出さない……。
「『アホ』だ」
「『アホ』だね」
「『アホ』ねー」
ゲラゲラ笑う帝国軍の兵士が、何を考えたのかわざわざ巨大な鏡をエッチラオッチラ運んでくると、
「お。気が利くじゃねぇか! ほら、エミリアみろよ……」
み、見る────?
見るって何を───……。
ゲラゲラ笑う連中と、ニヤニヤと肌を見る帝国軍の兵士の好機の視線に晒されて羞恥に塗れながらも、エミリアは見た。
鏡に映る自分の死霊術の刺青を──……。
『ア』を残して、無残に破り散らかされた皮膚───。
そこに、
『ア#$%&』──────いや、違う。
その傷の上にべったりと大きく一文字。
───『ホ』と……。
「ァ『 ホ 』」………………。
「あ、『アホ』って…………。アホって、アホって…………」
アホって……!!!
「────わ、私のことかぁぁぁあああ!」
ワーーーーーハッハッハッハッハッハ!!
ギャーーーーハッハッハッハッハッハ!!
ウヒャハハハハハハハハハハハハハハ!!
あーーーーーはっはっはっはっはっは!!
嗤い転げる勇者達。
エミリアを指さし、馬鹿にし、大笑い。
『アホ』───と上書きされた刺青に、侮蔑の一言を刻まれ頭に血が上るエミリア。
魂を賭けた一撃が不発に終わったばかりでなく、その魂と誇りを笑われた。
死霊たちを侮辱された……。
こ、
こんな!!
こんな屈辱は、耐え切れない────。
死霊たちとの繋がり。そして、ダークエルフ最強として、……誇りとなったはずの死霊術。
それを辱め、傷つけ、バカにして────永遠に失わせた。
ああああああ……なんてことだ。
「し、死霊たちの声が……」
声が聞こえない──────。
上書きされた入れ墨のせいで、本来あった死霊との特性すら失われてしまったというのか……。
そ、そんなの……。
い、
いやだ……。
嫌だ!!
わ、私の愛しいアンデッド達───……。
その声が聞こえないッ!!
「あああああああああああああ…………」
もう、魔力を通しても何も反応はしない。
地獄の底から悪魔の笑い声は響かない……。
死体は永遠に動かない──────。
そ、
「そんな…………………………………………」
そんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああ!!!!
今日だけで、何度も何度も───最後にして最大の絶望を味わったエミリア。
彼女は帝国軍の笑い声を一心に受けながら、…………その心は、この日────死んだ。
魅了され、快楽に溺れた愚かな魔族。
勇者の愛人。
ダークエルフ。
死霊術士。
ゴミ。
傷もの……。
『アホ』
彼女が短い人生の果てに得た物は、最大にして最低の汚名のみ────…………。
第5話「終わりすら許されない」
ゲラゲラと、ゲラゲラと下卑た笑い声が響く。
エミリアは男たちに甚振られ続け、今は壊れた人形のように地面に放りだされていた。
身体は傷だらけ、
激痛と恐怖と絶望で、糞尿と涙と涎でドロドロだ。
そこにドロドロとした他人の体液がぶちまけられ、もはや汚物と変わらない。
散々、帝国を手こずらせたエミリアは、帝国兵の手によって死ぬまで甚振られ続けていた。
もう、何人に犯されたのかすら分からない。
どこを刺され、どこを潰され、どこを焼かれたのかすら分からない。
殺さないように、死なないように、丁寧に丁寧に執拗に執拗に甚振られる日々───。
刺青が壊され、死霊術を行使できなくなったエミリア。
それだけでなく、彼女はいつしか死霊の声すら聞こえなくなり、……全てを諦めた。
ただただ、死ぬまでの僅かな時を帝国兵の供物となり過ごすだけの時間……。
その間に、帝国軍と勇者たちは、まるで効率のいい狩場で効率のいい獲物を淡々と何時間も狩り続けるが如く、魔族をことごとく殲滅してみせた。
一部の奴隷を残して、ほぼすべての魔族がこの世から消えたことだろう。
そして、刑場と化した古い魔族の城で、ボロクズのように打ち捨てられているエミリア。
散々弄ばれた後、ちょっと小休止と言わんばかりに兵どもは去っていった。
どうせしばらくすれば、水をぶかっけられ───再開だ。
───もうどうでもいい……。
両親も、里の皆も、すべて……殺され晒された。
残酷なまで現実を見せつけるように、彼女の傍にはダークエルフ達の死体の山がぁぁぁ────あああああああああああああ!!!
「……ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
もはや、エミリアには何も残っていない───……。
何一つ──────。
いや…………。
あったか───。
たった一つ残ったものがある。
「シュウジ……」
シュウジ…………!
シュウジぃ───!!
そう、こんな状況になってもエミリアの心には勇者への愛があった。
もはや、異常だと自分でも気づいている───。
ここまでされて初めて気づいた。
それ───。
多分、エミリアは何らかの洗脳を施されたのだろうと、そう結論付けていた。
だが、それが分かってもどうしようもない。
今も絶望と諦観の先に、勇者に対する熱い思慕がある。
彼に抱かれたい。
彼と共にいたい……。
愛して欲しいと───。
ふ、
ふふふふふふ……。
「狂ってるね…………」
そうだ、エミリアは狂っている。
死霊術を奪われ、大勢の汚い男たちに凌辱され、両親と里の仲間と魔族すべてを殺された。
しかも、義妹ルギアに裏切られてだ──。
これでも、まだ。
そうだ。これで、まだ勇者を愛しているなんて本当に狂っている。
……今だからわかる。
勇者がエミリアを生かして捕らえたのは、彼女が美しいからでも、ましてや強いからでもない……。
ただ、珍しいダークエルフだったから。
───そして、世間知らずの頭の悪いガキだったから。
チョロっと優しくしてやれば落ちると思ったのだろう。まさにその通り。
ルギアと顔見知りだったのは、本当にただの偶然だ。
そして、
「───悪いけど、お前汚ないからさー……もういいべ?」そう言って、勇者たちは城を去っていった。
残ったのは、エミリアを許さない帝国軍と、魔族の生き残りを掃討する連中だけ。
だけど、信じている。
きっと勇者が助けに来てくれると───。
エミリアを迎えに来てくれると、信じている。
「シュウジ───」
本当に狂っている。
こんな状況になっても、エミリアはまだシュウジを待っていた。
会いたい。
会いたい。
会いたい──────! と。
そう。
唯一残った、この思いだけで生きていた。
「シュウジ──────……会いたいよ」
両親も里も魔族も、もうない。
何もない。
エミリアには、かの勇者への愛しかない─────。
「おい! 何寝てんだよッ! 起きろッ」
バシャ!
凍える北の大地であっても容赦なく水を駆けてくる男達。
ニヤニヤと下卑た笑いを浮かべていることからも、これからもまた酷いことをしようと言うのだろう。
まだまだ終わらない。
なにせ、城に残ったのは後処理を任せられた一個大隊程度の連中。
多分……。コイツらが満足するまで、エミリアは死ぬ事すら許されない。
「いやいや、隊長───こいつ起きてましたよ?」
「あん? 知るか。きったねーから、洗わないとな」
そう言って、ザバザバと冷たい水をかけ続けてくる。
どんどん失われる体温に、思考すら覚束おぼつかなくなる。
「ちょッ!───や、やり過ぎると死んじゃいますって、もうちょい生きててもらわないと……。こんな僻地で玩具おもちゃを失うなんてゾッとしますよ」
当然、隊長を止める兵士とてエミリアを気遣ってのことではない。
むしろ、甚振るため───長く苦しませるためだと言うのだからよほど質が悪い。
「で? なんだって?───シュウジに会いたいだぁ?」
しっかり聞こえていたらしく、小馬鹿にする兵士達。
「ばーーーーか。お前みたいな小汚いダークエルフを勇者様が欲しがるわけないだろ?」
「ははは。しばらく飼われてたもんだから、情が沸くとでも思ったんだろう」
「ありえねーありえねー!! ぎゃははははは!」
大笑いする兵士達に何か反論したいと思うも、思考がバラバラでうまく言葉にできない。
だけど、
「………………し、シュウジは来てくれるッ」
そうだ。
愛してるって言ってくれた───。
そして、エミリアも愛している。
───だから!
「ばーーーーーーか。このガキ、勇者様の能力に完全にやられているな。やっぱりコイツは『アホ』だ」
「はははは。そんな『アホ』にいいことを教えてやろう───」
ニヤニヤと笑う男達。
しかも、段々数が増えてきた。……気に入らない。
「残念だけどよ~。お前の勇者様はな───」
くくくく……。
含み笑いが響き渡る。
「ぎゃははは! 勇者様はな、この地で救いだしたハイエルフ様とご結婚なさるとさ!」
…………………なッ!? ま、まさか───?!
「ブハッ! 見たか今の顔!」
「見た見た! まさか、って顔だぜ───ブハハハハ」
ぎゃははははははははははははははは!!
「ひーひー! 受けるッ。こいつ、自分が勇者様と結ばれるとか本気で考えちゃってたんだぜ!」
「ひゃはははは! バーカ。お前みたいな薄汚いダークエルフなんて、誰が助けに来るかよ」
しゅ、
シュウジ……。
シュウジ……。
シュウジ──────!!
私の勇者さまッ!!!!
「……ど、どうして───」
どうして、ルギアなんかとぉぉぉおおおお!!!!
うあ、
うあぁぁ……。
「うああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
聞きたくない聞きたくない聞きたくない!!
嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!!!
「嘘だぁぁぁぁああああああああ!!!」
ぎゃははははははははははははははは!!
「お、おもしれー!」
「スゲー反応いいぜ!」
「ひゃははは、こりゃいい。最近ほとんど無反応で飽きてきたとこだったんだよ!」
大笑いし、囃し立てる帝国軍のクズ野郎ども。
彼らはまだ気付いていない──────。
切ってはならぬ物を切ったことに……。
彼女の…………エミリアの最後の希望を無慈悲に切ってしまったことに───。
この瞬間、エミリアは心は本当に死に、そして着いてしまった……。
復讐の業火という、恐ろしい炎が!
「シュウジ───……シュウジ……シュウジ!!」
あぁ、
あぁ、
あぁ、そうか。
そうか……。
そうか……!!
そーーーーーだったのか!!!
私を裏切り、ルギアを選んだのか。
私を裏切ったルギアを選んだのか。
よりにもよって、あのルギアを!!
ルギアを!!!!
ゆ…………………………許さない。
許さない。
許さない。
許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない。
許さない!!
絶対に、許さないぃぃぃぃぃぃいいい!!
「お、おい。コイツどうした?」
「あん? 何が?」
さて甚振ろうかと、エミリアに手を掛けた帝国兵がビクリと引き下がる。
いつもと違うエミリア。
ボロボロで無抵抗で、小さくてか弱い、アホなダークエルフのエミリア──────だったはず。
だけど、どうだ?
一人怯えた兵は、少しだけ利口だったのだろう。……少しだけ。
「いいからどけよ。ヤんねぇなら、先に俺が───」
「…………殺してやる」
ん?
「殺してやるッッッッッ。シュぅぅぅうううううううううううジぃぃぃぃいい!!!!」
エミリアを組み敷こうと覆いかぶさった兵が───ボン!! と上空に吹っ飛ぶ。
「ごぎゃあ!」
エミリアの渾身の一撃を喰らった股間が体から分離し、離れた位置に湿った音と共に落ちる。
「な!?」
「こ、コイツ───!!」
一気に色めき立つ帝国軍だが、ほとんどが帯刀していない。
そりゃあ、自由時間に剣を持ち歩くような面倒なことはしないものだ。
そして、彼らは忘れている。
ボロボロで小汚かろうが、散々甚振っていようが──────彼女はエミリア・ルイジアナ。
ダークエルフ……。いや、魔族最強の戦士だと言う事を!
もちろんそれは死霊術ありきではあるものの。それでもエミリアは勇者に敗れる最後まで戦い抜いた歴戦の兵士。
凡百の帝国兵に敵う存在ではない。
「ふっざけんな! ガキぃぃい!」
「よくもやりやがったな、ぐっちゃぐちゃに───チャ?!」
グチャぁぁああ───!!
ドワーフに次ぐと言う膂力が、兵士の顔面を打ち砕く。
「退けッ! 汚らわしいクズども! 私に触れるなぁぁぁあ」
肩を掴んできた帝国兵の腕をもぎ取ると、それを武器にして周囲の兵を薙ぎ倒していく。
栄養失調と不眠と低体温と陵辱の果てに、万全どころか、死にかけていたエミリアを突き動かす怒り───。
心に残る勇者への愛が、怒りへと昇華されていく。
怒りが上塗りされれば、湧き上がってくる帝国への───そして、人類への怒り!!
家族を、里を、ダークエルフたちを、魔族を殺され、理不尽に奪われた怒り───!
そして、愛する勇者を奪った可愛い憎い可愛い憎い可愛ぃいにっくき義妹───ルギアへの怒り!!
ああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!
瞬く間に群がっていた男達を薙ぎ倒したエミリア。
打撃によって呻く男どもを、一人一人ぶち殺していったあとは裸体を晒したまま空に向かって吼える──────!!
「ルーーーーーーーーーーギーーーーーーーーーーーアーーーーーーーーーー!!!!」
第6話「その名はア───」
ルーーーーギーーーアーーーーーーー!!
あああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!
殺す、殺す、殺す!!
ぶっ殺してやるッッ!!
あーそうだ!
殺す。
殺していい。
殺さなければならない!!!
私にはお前を殺す理由が百とある。
私にはお前を殺していい意地が千とある。
私にはお前を殺さなければならない真実が万とある!!!!
───お前をぶっ殺す!!!
ああああああああああああああ!!!!
「ルギアぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああ!」
裏切り者、裏切り者、裏切り者!!
あの、裏切り者めぇぇぇぇぇぇええええ!
慟哭するエミリア。
全ての理不尽が彼女を押しつぶそうとする。
だが、砕けない。
折れない──────。
折れてなるものか!!
「折れるのは、お前の首だぁぁぁぁああ!」
恩人であり、義理とはいえ両親であったはずのエミリアの父と母を簡単に縊り殺したルギア。
そして、勇者に与してエミリアの誇りである死霊術を汚し、潰したあのクソ女───!
「ぶッッッッッッッ殺してやる!!」
叫ぶエミリア。
だが、事態はそう簡単ではない───。
なんたって……、
「お、おい!!」
「なんだ、悲鳴がしたぞ──────! うお!?」
城から続々と集まりだした帝国兵。
彼らは勤務中であり、全員武装している。
当然、すぐに事態に気付いてエミリアを包囲した。
「こいつ───!」
「まて、迂闊に近づくな───! 弓兵を呼べッ!!」
そして、指揮官がいれば軍は強い。
優秀な指揮官がいれば、なお強い。
間の悪いことに、ここにいる指揮官は優秀らしい。
迂闊に近づくことをせず、槍衾を作り、盾で人垣作って包囲する。
あとは弓兵で遠間からエミリアを射殺そうと言うのだろう。
「失せろッ!! お前らから血祭りにしてやろうか!」
そうとも……。
こいつ等も、等しく同罪だ!
何が帝国だ。
何が人間だ!
お前らの都合のために私達が死ななければならない道理などあるか─────アグっ!
威嚇するエミリアの肩に矢が突き刺さる。
見れば、盾の向こう側に弓を構えた兵がどんどん集まってきた。
クソ!!
「射てッ!! 足を狙え───殺さなければどこを打ってもいい!! 射てぇぇええ!」
バィン!
ババババババン!!
弦を叩く音が連続し、矢がビュンビュンとエミリア目掛けて降り注ぐ。
何本かを叩き落とし、数本を死体で防ぐも──────。
「あぅ!?」
ズキンと痛みを感じたかと思えば、矢が足に何本も命中する。
思わず膝をつき倒れるエミリア。
くそ──────! こんな所で……。
こんな所で──────!!!
「いいぞ! 多少傷つけても構わん、ひっ捕らえろッ!!」
ワッ! と、盾の人垣が割れ、兵士が一斉に群がる。
斬り殺さないためだろうか、鞘付きのまま剣を振り上げエミリアに振り下ろす!!
「あぁッ!」
成人男性の力で強かに叩かれ、地面に潰される。
足に力が入らず、腕だけで体を起こそうとすれば腕を突かれる。
「ぐぅ!!」
抵抗する間もなく、次々に殴打を浴び身動きができなくなったエミリア。
その様子を見て、嵩にかかって打ち据える帝国軍。
「おらおら!!」
「ざっけんなよ、薄汚いダークエルフが!」
「オメェは黙って玩具になってりゃいいんだよ!!」
おらぁぁぁぁあああ!!
ガツンッ……!!
手痛い一撃を頭部に受けクラリと視界が明滅する。
(ぐぅ……。ダメだ。意識を……手放すな───)
今ここで意識を手放せば二度と反撃の機会は訪れないだろう。
絶望したエミリアが無抵抗であったから、こうして無防備に城の隅に放置されていたが、一度でも抵抗の意志ありと見れば今度は拘束される。
鎖に繋がれ、牢に入れられ、死ぬまで甚振られ続ける───。
そしてその間に、勇者とルギアは結ばれて、二人は永遠の愛を──────……ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!
ふざけんなッ!!
ふざけんなッ!!!!
「ぶっざけんなぁぁぁぁああ!!」
ガシッ!!
うずくまるエミリアを見て、油断した帝国兵が大振りなスイングを掛けてきたが、そこをエミリアが掴み取る。
シュラン───!
惜しげもなく裸体をさらして、剣を引き抜くと瞬く間に数名を切り伏せた。
「ぎゃあああああ!!」
「くそ! 剣を奪われたぞ」
更には盾を奪い、シールドバッシュと組み合わせて周囲の兵を薙ぎ倒す。
「ぐ!」
だが、激しい動きで足の矢が傷口を押し広げる。
(長くは……無理か)
ドクドクと溢れる血───。
それが、無くなればエミリアの抵抗は終わりだ。
丁寧に治療され──────仕返しとして、これまで以上に弄ばれることだろう。
「退けッ!───槍で突けッ! 足の一本くらい落としても構わんッ」
指揮官も必死だ。
平定したあとの占領地で戦死者を出すなど無能の誹りを受ける事、間違いなしだ。
その上で、当分は生かしておけと厳命されているエミリアを殺してしまってはどんな処罰を受けるか……。
ザザザザ!
剣兵が退き、槍兵が前へ。
ガン!! ガンガン!!
繰り出される一撃をエミリアは盾で受け止め、剣で払う───。
だが、
ドス──────!!
「ぐぁぁぁあああああああ!!」
背後に回り込んで兵の一撃を膝裏に受け崩れ落ちる。
「剣を奪え! 縄を持ってこい!! 拘束しろぉぉおお!!」
槍で突くのではなく、振り下ろしでエミリアをブチのめす兵ども。
必死で奪われまいと、剣を手放してでも盾で体を守る。
四肢を縮こめ、頭を隠し、背中を盾で守る──────……!
ガン!! ガンガンガンガン!!
くそ!
このままでは──────!!
いくら魔族最強とは言え、エミリアは小柄な女性だ。
膂力に優れようとも、成人男性の体格で攻撃されれば、いずれ息絶える。
彼女を強者たらんとしていたのは死霊術。
エミリアの愛してやまない、愛しいアンデッドがあればこそだ。
くそ!!
クソッ!!!
アンデッド───。
私の愛しき死霊たちよ!!
もう一度……。
もう一度私に力をッッ!!
その声を聞かせて──────!!!
お願い、聞かせてッ!
もう一度助けてッッ!!
アンデッド!!!
私のアンデッド!!!
アンデッドぉぉぉぉおおおおお!!
「うわあああああああああああああああ!」
死霊の声……。
生まれた時から聞こえていた、彼らの声───。
悲しく、静かで、冷たく、──────優しい彼らの声……。
死霊達───……。
私の愛しいアンデッド────────。
(お願い。お願いよ! 助けて、力を貸して───……もう、一度!!)
貸して……。
力を貸して───……。
───力を貸してよぉぉぉおおお!!
冥府の門ッッ!!
たかだか、死霊術の刺青を傷つけたことで、もうアンデットを喚べないの?
私の愛しいアンデッド────!!
もう一度……!
もう一度だけ力を───!!
そのためなら、なんでもあげる。
私の身体、血、肉、誇り───。
そして、魂もッッッ!!!
ねぇ!
冥府の先から聞いているんでしょッッ?
あげる。
私をあげる!!
私の魂を持っていけッッ!!
持っていきなさいよ!
悪魔よ!
冥府よ!
アビスよ!
アビぃぃぃぃぃぃいいス!!
持っていけ……!
持っていけッ!!
今ここで、コイツ等を皆殺しにできるなら、私の魂なんてくれてやるッッ!!
コイツらを殺すッッ。
私はそのためだけに全てを尽くそう!!
だから、私の魂を喰らえッ!!
皆の無念を晴らすために──くれてやる。
私の魂をくれてやる!!
だから、寄越せ──!!
そして、
知れッッッ!!
私の思いをッッッッッッ!!
来なさい……死霊たちッ。
私のアンデット!!
「うわぁぁぁぁぁぁああああ!!」
どんな時でもエミリアに寄り添っていた死霊たち。
戦場を駆け、最後の最後までエミリアに味方をしてくれた優しいアンデッド……。
彼らの声がもう二度と聞こえない?
不死者は二度と立ち上がらない?
そんな理不尽あってたまるか!!
来て……。
聞いて……。
感じて───!!
私の死霊達!!
「ちぃ! しぶとい!」
「いい加減諦めろッ! テメェは大人しく俺らの玩具になってりゃいいんだよ!」
「薄汚い、ダークエルフがぁぁぁあ!」
嘲罵する帝国兵の容赦ない打撃を受けつつも、エミリアは望む。
死霊よ来いッ、と───!
アビスゲートをもう一度と───!!
エミリアは心臓に指を差し入れ、魂を昇華していく。
ドクドクと溢れる鮮血にも関わらず、魂を魔力に……魔力を死霊術の刺青に───!
ジクジクとジワジワと浸透していく魂と魔力。
勇者の戯れで残された『ア&%$#』の刺青のうち、唯一のこった『ア』の文字が光輝き熱を持つ……。
哀れにも、裸体を晒すエミリアの死霊術が僅かに光っていた。
彼女にはそれが見えないが、微かに鼓膜を打つこの世ならざる者の声。
───聞こえる!?
帝国兵の容赦ない攻撃を受けつつ、エミリアを侮辱する『ァホ』の入れ墨。
汚れ切り、男達とエミリアの体液でドロドロになり、すでに余分なインクは落ちているだろう。
焼かれ、奪われ、切り刻まれ、引き裂かれた死霊術の入れ墨───『ア&%$#』…………。
古の言葉で不死者をあらわす『アンデッド』のなれの果て。
だけど、アンデッドは現れない。
エミリアには聞こえない───。
彼女には感じることができない。
「───腕だ! そして、足! いっそ四肢を落としてくれる」
「ハッ! おい、誰か斧を持ってこい!」
剣で指し貫かれるエミリアの足。
「ぁぁぁあああああああ!!」
貫かれる激痛にエミリアが声をあげて叫ぶ。
もう、ダメだ───……。
コイツ等に、
こんな奴らに……!!
クズどもにぃぃぃいいい!!
最後の力を振り絞り、死霊術に魔力を送り込むエミリア。
激痛と激情のなか、ありったけの魔力を送り込む───!
だけど、聞こえない───届かない!!
アンデッドは起き上がらないッッッ!!
嫌だ!!!!!!!
嫌だ、嫌だ、いやだ!!!
嫌だぁぁぁああああ!!!
「ああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
魂を削り、残ったそれすら捧げる。
もう、いらない──────魂の欠片なんていらない!!
禁忌をおかし、死霊術の禁じ手を使う。
もう価値はないと知りつつも、魂を自食するように昇華させる。
その全ての魂を死霊術に捧げる。
そして、
じわりと輝いている『ア&%$#』。
エミリアには見えずとも、盾によって守られたそれは、かつての如く光り輝き……冥府へと──────!
持っていけ……。
連れていけ……!
私だ!!
───私こそが死霊だ!!
だから、
来いッッ!
もどってこい!!
アンデッド……。
アンデッド───!!
「アぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあンデッドぉぉぉっぉぉおおおおおおお!!!」
ブワッ──────!!!
エミリアの叫びが周囲を圧倒した時、それは起こった。
出血と激痛の中、薄れゆく意識の先───確かに聞こえた。
この世のものではない声を───。
エミリアの捧げた魂がしみ込み、死霊術の刺青が魔力を受け入れた確かな感触。
『ア&%$#』
───ア&%$#。
かつて戦場と月夜に輝いていた時と変わらず、あの美しい刺青が再び輝くッ!
霞んでいく視界と、薄れゆく意識の中、あの優しく頼もしい彼らが現れた───。
幻じゃない。夢でもない。虚ろでもない!
来た!
あああああ、来たッッ!
やっぱり来てくれた!
門扉が現れ、続々と現れる彼らを霞む視界にとらえたエミリア。
あぁ、私の愛しい死霊たち……。
よくぞ、
よくぞ来てくれた……。
さぁ、行こう。
ともに、冥府の先へと逝こう─────。
ただし…………。
「……ぉ前たちを、道連れにしてなぁぁぁああ──────!!」
呼びだせた彼らに困惑している帝国軍たち。
そりゃあ、そうだ。
「逝くぞ!! 私の愛しき、ア─────」
彼女の呼びだしたのは、アンデッドでは─────────なく?
ボロボロの、青い帽子と服を着た男達だった……。
え?
は?
「あ、あなた──達は?」
第7話「アメリカ軍召喚」
男達は小汚い恰好だった。
唖然とするエミリアと帝国軍の前に、突如として現れた青い服の男たち。
まるでアンデッドの召喚の如く、本当に突然の出来事だ。
ポカンとするエミリアは呟く。
「ど、どち──ら様?」
だが、彼らは答えない。
意思の強そうな目をして、ただ控えるのみ。
エミリアに寄り添うように立ち───何かを待っている。
「な、なんだ、こいつら!」
「きゅ、急に出てきたぞ!!」
同様する帝国軍とて完全に無視。
ヨレヨレ帽子を被った十数名の男達と、大量の荷車の様な物とともに控える男。
さらには、軍馬と細長い剣を携えた青年がおり、彼だけは鉛筆の様にスラ───と立っている。
他の男たちは一様に青い服を纏い、腰にベルト。
そして、ベルトには妙な鉄の塊をぶら下げており、体に沿って控える手には木と鉄の混合した杖の様なものを持っていた───。
えっと……。
「ど、どちら様……ですか?」
(───ど、どうみてもアンデッドじゃないわよね?)
ぽかーんとした、エミリアと帝国軍。
当然誰も彼も答えられるはずもなし……。
問われた彼らは、ピシッと背筋を伸ばして立ち黙して語らず。
ガッシリとした体格はどうみてもアンデッドではない生者のそれ。
こ、
これは、まさか───。
彼らは、死霊術で呼びだした霊魂のようにボンヤリと青白く輝き、棚引く白い光を纏っていた───。
そして、
彼らの背後に、あるのは───酒場のスイングドアのようなもの。
アビスゲートとは少し違うようだが、紛れもなく当初そこにはなかった───この世ならざる門扉だ。
つまり───!!
そのとき、ブゥン! と、空気の震える音がした。
それは見慣れた、死霊術のステータス画面だった。
アンデッドを呼び出した際に現れるそれであり、エミリアの前に文字を連ねる。
やっぱり───こ、これは…………!
やはり、死霊術のステータス画面。
ならば、彼らは死霊術の産物で、エミリアの愛しい死霊たち?!
あぁ……。
……来てくれた。
来てくれたんだ!!
やっぱり冥府の奥から来てくれた───!
アンデッド。
アンデッド……!
アンデッド!!!
私の──────愛しい、アンデッド!!
エミリアの愛しい死霊たち。
あぁ───やっぱり、来てくれたんだ!!
「ア────────────」
アメリカ軍
Lv0:合衆国陸軍(南北戦争型:1864)
スキル:歩兵(小銃、拳銃)
砲兵(鹵獲榴弾砲、連発銃)
騎兵(騎兵銃、拳銃、曲刀)、
工兵(マスケット、拳銃、爆薬)
備 考:南北戦争で活躍した北軍部隊。
軍の急速な拡大にあわせて、
輸入品や鹵獲品を活用している。
制服の色は青。
染料が安く入ったからとの説あり。
南軍からみて、「ヤンキー」とは
彼らを刺す蔑称───。
※ ※ ※:アメリカ軍
Lv0→合衆国陸軍(南北戦争型:1864)
→合衆国海軍(南北戦争型:1864)
(次)
Lv1→欧州派遣軍(第一次大戦型:1918)
大西洋艦隊(第一次大戦型:1918)
Lv2→????????
Lv3→????????
Lv4→????????
Lv5→????????
Lv6→????????
Lv7→????????
Lv完→????????
……………………は?
あ、
「…………アメリカ軍??」
『ハッ! 閣下!!!』
指揮官然とした一人の青服の男が一歩進み出て手を前に翳して見せる。
と、同時に───。
ガガガガン!! 背後の男達は靴を鳴らして直立不動。
は?
え?
「はぁ?」
いや、
誰やねん?!
エミリアも帝国軍も唖然とするのみ。
アビスゲートからスケルトンが出てきても動じない帝国軍であっても、さすがに生身の人間が出てくれば驚く。
彼らの背後には木製のスイングドアがキィキィと寂しげに鳴いており、今にも更なるアメリカ軍が出てきそうだ。
っていうか──────『アメリカ軍』
『アンデッド』じゃなくて???
…………………………えええええええ?!
エミリアには見えないだろうが、彼女の背中の死霊術の入れ墨はボンヤリと光っていた。
──────『ア&%$#』。
『アンデッド』ではなく、『アメリカ軍』として──────。
燦然と輝く死霊術の刺青に刻まれた文字。
勇者パーティに切り刻まれ、ボロボロになったそこに、特殊インクが流れ込み文字が変化したらしい。
『ア』しか読めない『ア&%$#』がぐちゃぐちゃにされたせいで『アメリカ軍』に?
そんな例は聞いたこともない。
もちろん、エミリアには背中の刺青が見えていないので分からない。
きっと、彼女がそれを確認できるのは、この場を切り抜けた場合のみ。
それが果たしてできるのか──────。
愛しき死霊が、米軍に…………。
『ア&%$#』は『アメリカ軍』に!!
それは果たして、吉と出るのか凶と出るのか!!
悲しく、
寂しく、
静かで、
孤独な優しいアンデッド。
それがどうだ。
今はアメリカ軍。
下品で、
喧しく、
圧倒的物量で、
猛々しいアメリカ軍!!
もう、全ッッ然違う───!!
敢えて言うなら真逆の存在。
アンデッドをむしろバンバン薙ぎ倒しそうな連中───それがアメリカ軍だ!!
「──────いや、アメリカ軍って……」
……何?!
血だらけで満身創痍なエミリアが呟くも、そんな答えは誰も持ち合わせてはいない。
いや、アメリカ軍ならば知っている──。
この青い軍服の男達なら知っている!
『ご命令を閣下!!』
命令?
命令ですって……?!
『ご命令を』
『ご命令を』
『ご命令を!!』
命令していいの?
貴方達を頼っていいの?
アンデッドの様に私を守ってくれる?
アメリカ軍よ───……。
『『『ご命令を!!!』』』』
いいの?
言っていいの?!
ねぇ、
愛しき───アメリカ軍。
いいのね?!
なら……。
───……してよ。
───ろして……。
殺して……!!
「───アイツらを殺してぇぇぇええ!!」
『了解ッ!!!!』
エミリアは叫ぶ。
力の限り叫ぶ。
だからアメリカ軍は応えた!!
ああああ、答えてくれた!!
『『『了解ッ!!!!』』』
彼女の拠り所。
そして、誇りであり、死者との最後の繋がりの死霊術───。
エミリアに残った、最初で最後の宝物!!
その死霊術の欠片すら変質してしまった。
もう、エミリアには何もない!!!
優しい家族も、
敬愛する人々も、
寄るべき魔族達も、
帰るべきダークエルフの里も、
勇者シュウジへの妄執染みた愛ですら、もうない!!
何もない!!!
何もない!!!
何 も な い!!
だけど!!!!!
だけど、アメリカ軍が来た。
アメリカ軍が、自分の言葉を寄越せと言ってきた!
命令を、
命令を、
命令を、
ご命令を!!!
───ならば、殺せッ!!
殺せ!!
奴らを殺せ!!
帝国に死を!!
人類に報いを!!
勇者たちに滅亡を!!
神を食い破れ!!!
「──あいつらを殺してよぉぉおおお!」
『了解、お任せを!!』
「な、なんだこいつら!」
「ゆ、油断するな───死霊の類かもしれん!」
「一旦退けぇぇッ。総員、全周防御ッ!! 盾を全面に出せ」
帝国軍は素早く動く。
正体不明の敵にいきなり斬りかからないだけの分別はあるようだ。
だが、それが命取りだった───。
「命令する! 私のアメリカ軍よ───」
エミリアは真っ直ぐに立つ。
アメリカ軍らの目を見て立つ。
血が流れようと、激痛が走ろうと、裸体を晒そうと───立つッ!!
すぅぅ…──、
「奴らを、殺せッ」
『『『了解、閣下!』』』
ズジャキ、ズジャキ、ジャキジャキジャキジャキジャキジャキジャキジャキッッ!!
十数名の男達が一斉に杖を構える。
まるでそれが武器であり、帝国軍の鎧を貫かんと言わんばかり───。
「ぬ?! 魔法使いどもか! 詠唱させるな───弓兵、射撃よ」
『撃てぃ!!』
ババババババババババババババッバン
ババババババババババババババッバン
ババババババババババババババッバン
「きゃぁ!」
突然、耳をつんざい大音響!
大抵のことに驚かないエミリアであっても、さすがに驚いた。
まさか、炸裂魔法の使い手たちだったとは───。
これがアメリカ軍?
Lv0のアメリカ軍。
───合衆国陸軍なのか!?
バタバタバタッとまるで見えない死神に命を刈り取られかのように倒れ伏す帝国兵。
「うぎゃああああああ!!」
「あーあーあーあーあ!!」
「目が、目がぁぁぁあ!!」
「だ、だれか、お、俺の足がぁぁああ!!」
一方で、帝国軍は大混乱。
一撃で、前列の盾持ちが全滅。
オマケに指揮官もどこかに消えた。
反撃どころか、腰を抜かしている奴らが大半だ。
これがあの帝国軍?
魔族を虐殺し、我が物顔でエミリアを弄んだ最強国家の兵ですって?!
『前列、再装填!! 後列、援護!!』
『『『了解!!』』』
男達は二列になっていた。
いや、指揮官の男を含めれば三列か……。
そして、一列目の男達が腰のポーチからソーセージの様なものを取り出すと端を噛み破り何やらゴソゴソを奇妙な動きをしている。
一体何を?!
早く帝国兵に追撃を───。
「ひ、怯むな!! 魔法が早々連発できるわけがないッ!」
「「お、おう!!」」
いち早く立ち直った帝国軍。
さすがに実戦経験者は違う───はやい!!
「「「突撃ぃぃい!!」」」
『援護射撃!』
『『『了解ッッ!』』』
チャキ、チャキ、チャキチャキ!!!
前列は冷静に作業を続けていたかと思うと、後列の男達が腰から黒光りする拳銃を引き抜いた。
『自由射撃!! 撃て撃て、撃てぇぇ!!』
パンッ!
パパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパン!!
「ひゃあ!」
エミリアの近くで再び炸裂魔法。
さっきよりも小さいとは言え、連射力がすごい!!
「ぎゃああ!!」
「ぐぁあ……よ、鎧が?!」
「いでーいでーいでよおぉおお!!」
『装填完了!!』
『ちゃちゃと撃てぇぇえ!!』
ズドドドドドドドドン!!!
再び前列が火を噴く。
もうその頃には、帝国軍は壊滅状態。
突進してきた連中はズタボロになって転がっている。
数少ない生き残りは、這う這うの体で逃げ惑う。
「た、助けてくれぇっぇええ!!」
「敵だ! 敵だあぁぁぁああ!!」
占領された魔族城に飛び込む帝国軍。
他の者は右往左往し、アメリカ軍に撃ち殺されている。
だが、これだけ大騒ぎすれば帝国軍とて黙ってはいない。
この地に残留する帝国軍は一個大隊約500名もいるのだ!
「死霊術だ!! あのガキが死霊を呼びやがった!!」
「出撃!! 出撃ぃぃぃいいい!!」
城は蜂の巣をつついたような大騒ぎ──。
そして城の正門から、雪崩を打って帝国軍が現れた。
「く……! なんて数!」
さすがにアメリカ軍とはいえ、この数は─────!
だが、アメリカ軍は不敵に笑う。
彼らはいつの間にか数を増やし、ゴロゴロと荷車を転がしている。
『ガトリング砲、準備完了!』
『アームストロング砲、準備完了!!』
ゴト、ゴトゴト、ゴトンッ!
一見して妙な鉄の塊。
破城追だろうか?
鈍重で帝国軍の歩兵にはとてもかないそうにない───。
そもそも歩兵相手に攻城兵器を持ち出してどうする?!
「無理ね……」
ここまでか……。
せっかく、一時でも自由になれたというのに、悔しい……!
いっそさっさと逃げれば良かった───。
死霊たちの代わりに、アメリカ軍が現れた時点で───。
「でも、一瞬でもいい夢が見れた───胸がすいたわ、」
ありがとう……アメリカ軍───。
『目標正面! 撃てぇぇえ!』
破城追に取り付いた男がクランクをグルグル回し始めた。
それが何になる?!
もういい。
もういい!!
もういいのよ!!
あとは、正門から沸きだす帝国兵に蹂躙されて終わり───。
あなた達は帰りなさ
パン……。
「ごぉあ!?」ドサッ───。
軽い破裂音。
そして、指向された何かが正門から雪崩出てきた帝国兵を打ち砕いた。
「───え?」
パン、パパパン、パパパパパパパパパパパパパパパパパ!!
「「「ぎゃあああ!!」」」
「えええ?!」
パパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパ!!
パパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパ!!
「「「「ぎゃあああああああああ!」」」」
一塊の暴力となって、エミリアを押しつぶさんと出てきた帝国軍一個大隊。
そいつらがバタバタと倒れていく。
血を噴き、頭を失い、手足を引きちぎられて倒れていく。
パパパパパパパパパパパパパパパパパパ───! カチャン……。
『再装填!!』
『援護射撃ぃぃぃ!!』
連射していたガトリング砲が上部からマガジンを交換している。
その間隙を埋めるのが歩兵たちの小銃とリボルバー拳銃。
凄まじい笑顔を浮かべた男達が腰だめに構えた拳銃を連続射撃。
さらには大威力のライフルが長射程をもって帝国軍をバキュン! バキュン! と撃ち殺していく。
『ハッハッハァァ!!』
『ヒィィィエァァァ!』
『ヒーーーハァァァ!』
一応言っておくが、悲鳴ではない……。
悲鳴なものか───!!
こいつら───……。
アメリカ軍は笑っている!?
なんてこった……。
これは、
戦いの悦びに満ちた男達の叫びだッ!!
『『『『ヒャッハァァァアアア!』』』』
バンバンバンバンバンバンバンバンバン!
あれ程威容を誇っていたはずの帝国軍が何も出来ずに薙ぎ倒されていく。
悲鳴も絶叫も、アメリカ軍の出す喧しい音にかき消される始末。
そこに加わるガトリング砲の協奏曲!!
パパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパ!!!
『撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て───撃ちまくれぇぇぇえ!!』
イィィィィエェェアァァアアアア!!
嗅いだこともない香りが鼻腔を刺激する。
エミリアは足の激痛も忘れて茫然と立ち尽くすしかない。
アイツらを殺せとは言ったが……。これほどとは───!?
「だ、ダメだ!! 逃げろッ!」
「出撃した連中は忘れろッッ! 早く中に入れッ!!」
遂に壊乱した帝国軍一個大隊……。いや、今は一個中隊くらいか?
城に逃げ込んだ連中は、無情にも城外にいた連中を締め出す。
「よ、よせ! 開けろ!!」
「開けろ。開けろッ!」
どんどんどんッ!
「貴様ら、ワシのために盾になれ! 早く開けんか───ワビュ」
ブシュウと、豪華な身なりの城主が撃ち倒される。
アメリカ軍の無慈悲なことといったらない!!
もう、だれかれ構わず、動く帝国軍は全て敵だと言わんばかり───。
『HAHAHAHAHAHAHAHA!! いよぉし、敵の拠点確認、アームストロング砲───撃てぇぇぇ!!』
『『了解ッ! 撃ちます!』』
ガキン───……。
ズドォォォォォオオオオン!!!!
大音響ッッッ!!
空を圧せんばかりの大音響!!
「ひぃぃぃっぃぃい……」
さすがにこれはエミリアも腰を抜かした。
今までの轟音が川のせせらぎに思えるほどの大音響!
アメリカ軍が準備していたもう一個の破城追が、なんと火を噴いた。
火?!
いや、火なんてものじゃない!!
あれは雷だ!!!
ヒュルルルルルルルルル…………。
ルルル──────。
ヅバァァァァァァァアアアアン!!!
「「ぐああああああああああ!!」」
そして、爆発!
強固なはずの城の正門を、文字通りぶっ飛ばした!!
「あわわわ……」
エミリアですら腰を抜かす威力。
中に入って一安心、と思っていたであろう帝国兵が粉々に砕け散った。
『行けッ!! 行けッ!! 行けッ!! ダイナマイトをぶち込んでやれ!』
『『『了解ッ!』』』
肩掛け鞄を担いだアメリカ軍が身軽になって駆けていく。
あっという間に魔王城の正門後に取り付くと、加えていた紙巻タバコに、線のようなものをおしつける。
遠くにいてもジジジジ……という、どことなく不安にさせる音が響いてきた。
『爆発するぞ』
『全員伏せろぉぉぉおお!!』
駆けていったアメリカ軍が急ぎ足で戻ると、指揮官に報告。
指揮官は今までで一番大きな声で周囲に怒鳴る。
『『『全員伏せろぉぉおお!』』』
そして、楽し気に銃を乱射していたアメリカ軍もコレには素直に従うらしい。
無様に見える格好で、全員が地べたに這いつくばった。
エミリアは砲撃のあと、腰を抜かしていたがそこにアメリカ軍指揮官が覆いかぶさるとその体でエミリアを守った?
「え? きゃ!?」
突然地面に押し倒され、可愛い悲鳴をあげるエミリア。
反射的に、指揮官を押し返そうとしてしまう。
それは今までの経緯からすれば仕方ないことだが、指揮官は真剣そのもの。
一見間抜けに見えるも、口を開けて耳を覆っている。
だが、エミリアがボケッとしていることに気付いた指揮官は、自らの手でエミリアの長い笹耳を覆った。
『口を開けて、腹に力をいれなさいッ』
え?
な、なに?
だが、意味が分からずボンヤリしているエミリアに再度指揮官は言う。
口を開けろ。
腹に力を入れろ、と──。
言われるままに口を開けた途端────。
チュドーーーーーーーーーーーーン!!!
城が大爆発した──────……!
第8話「合衆国陸軍騎兵───追撃!」
チュドーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!!!!!
人生初体験となる、お城大爆発を経験したエミリア───。
「あわわわ……」
これには豪胆なエミリアも、さすがに驚いた。
あの堅牢な魔族の城が一撃で崩れたのだ。
当然の反応だろう。
まるで火山の様に火を噴き、ゴウゴウと燃え盛る旧魔族の城。
バラバラと構造材を撒き散らし、帝国兵だったものを満遍なくローストにしていた。
アレでは生き残った者はいないだろう。
たったの一発で───??
エミリアは呆然とそれを見守る。
ゴウゴウと燃え盛り、もはや黒焦げなった帝国兵が断末魔の叫びをあげながら飛び出してくる様を見つめる。
あぁ……魔族の城が燃えていく───。
燃えおちていく───。
あぁ、魔族の象徴が──────……。
『野郎ども起きろッ! 追撃するぞッ』
カッポッカッポと、蹄を鳴らして馬が指揮官にすり寄った。
この爆発の中でも、よく訓練された馬は平気だったらしい。
人間なら、誰もが腰を抜かすと言うのに───。
『騎兵準備よし! 行けます───』
『いいぞ! 突撃ぃぃいい!!』
な、なにを?
あ!!!!
騎馬たちが物凄い勢いで走り出したかと思うと、その先には帝国軍の生き残りがいた。
いや、違う!
奴らは生き残りじゃないッ。
近傍を巡回していた動哨だろう。
殺戮した魔族の首を誇らしげに馬の鞍に結びつけてやがる!!
アイツら──────!
巡回の帝国騎兵は城が燃え落ちる姿に呆然としていたが、危機管理はできているらしい。
アメリカ軍の数とその気配を敏感に察知すると、踵を返して逃げ始めた。
「くそ───逃げるのか?!」
帝国軍の連中は、騎馬とはいえその数は少ない。
今しがた追いかけていったアメリカ軍の騎兵隊より少し多いくらいか───。
いや、
「まって、私も行く───!!」
エミリアがヨロヨロと起き上がると、指揮官が手を差し伸べた。
『前に』
エミリアは、散らばる剣を一本拾うと、剥き身のまま騎馬に跨る。
未だ裸体を晒したままだが、それどころではない───。
ボロボロになりつつも輝く死霊術の刺青に気付かぬまま、アメリカ軍と共に駆ける。
駆け抜ける──────!
さようなら。
お城───。魔族、ダークエルフたち。
そして、私の家族……。
ゴウゴウと燃え盛る魔族の城はいずれ崩れ落ち、その周囲にばら撒かれている魔族の遺体も燃やし尽くしてくれることだろう。
どこかにある、エミリアの両親とダークエルフ達の亡骸すら区別なく───。
ドドカッ、ドドカッ!!
猛烈な勢いで駆けるアメリカ軍騎兵は、すぐに帝国軍の巡視隊に追いつく。
帝国軍騎兵───彼らは城のあり様をみていたので、全速力で逃げる!
───も、アメリカ軍の方が早い!!
馬の質というよりも、装備と覚悟の差だ。
『撃てッ! 背中からでも構わんから撃てぇぇ!!』
アメリカ軍騎兵隊は指揮官騎を入れて10騎。
一方で帝国軍巡視隊は20騎。
数の上では優勢だが、アメリカ軍に危機感はないッ!!
男達は足だけで体を支えると、スチャキと魔法の杖を構える。
ッッパァァァン!!
「ぎゃあああ!!」
一騎落馬───!
落ちた帝国兵を無造作に轢断しアメリカ軍は追う。
パパッパパパパパン!!
更に追いついた先では、騎兵銃から拳銃へ。
パパッパパパパパン!!
パパッパパパパパン!!
そして、その連射力で帝国軍を次々に撃ち落とす。
その技量は神技クラスだ!
都合、落馬5騎!!
「くッ!───ジェイク、サンディ、ガーランズ! 反転して足止めしろッ!!」
(───はッ! 足止めのつもりか。逃がすものかよッ!)
帝国軍の指揮官は、仲間を捨て石に自分だけ助かろうとする。
もちろん、死に体の部隊でそんなことに従う義理はないが、帝国軍では抗命罪は死を意味する。
だから、足止めを命じられた彼らはここで死んだも同然。
ジェイク、サンディ、ガーランズとやらは覚悟を決めて反転する。
どうせ死ぬなら軍人らしく──────。
パパパパパパパパン!!
「あーーーーーーーー!」
「うぎゃあああ!!」
そして、覚悟は2秒で潰えた。
落馬さらに3騎!!
『総員抜刀!!』
指揮官の声にアメリカ軍騎兵隊がサーベルをシュラン、シュラン! と鞘引く。
ギラリと輝く白刃が魔族の地に映えた。
彼らはそれを肩に担ぐようにして一気に加速すると、帝国軍の騎兵に追いつきすれ違いざまに切り裂いた!!
『突撃ぃぃぃい!!』
「ああああああああああああ!!!」
切り裂かれた兵の首が、叫びながら大地を転がる。
それを後続の騎兵隊が踏みつぶし、更に追撃。
容赦のない一撃が、彼らを殲滅していく!
アメリカ軍10騎の突撃で、帝国軍10騎を殲滅──────残り一騎!!
指揮官騎のみ!!
『『突撃ぃぃいい!!』』
勇ましく突進するアメリカ軍騎兵!
だけど──────。
まてッ!!
待ってちょうだい!!
あれは……。
あれは!
あれは───!
「───あれは、私の獲物だぁっぁああ!」
騎馬突撃の勢いを生かしたままエミリアは跳躍する。
激痛の走る足に鞭打ち、最大の一跳躍ッ!
慣性の法則を得て、踏み込みの一足を加えた高速をもって──────帝国軍の隊長騎に飛び掛かった。
「ちぃぃぃいい!! 売女がぁぁぁぁぁあああ!!」
さすがに逃げ切れないと判断した帝国軍の隊長は、剣を引き抜くと、エミリアを迎撃しようとするが───。
は!
舐めるるなよ、人間!
「───貧弱ぅぅぅうう!!」
ダークエルフの膂力は、伊達じゃないッ!
パッァキィィィィィイイイン!!
───ズバァァァア!!
「ぎゃああああああ!!」
膂力と速度の合わさったエミリアの一撃が隊長を切り裂き、剣を折り、そして馬から突き落とす。
痛々しい裸体のまま、エミリアは隊長の身体をクッションにして、ズザザザザー! と地面を滑る。
「ダークエルフを舐めるなぁぁぁあ!!」
「ひぃぃいいいい!!」
わざと急所は外したので、落下の打撲か骨折。
それと、小さな切創くらいなものだろう。
落下の衝撃が消えたのを見計らって、エミリアを隊長に跨ったまま剣を振り上げるッ。
「や、やめろぉぉぉぉおおおお!!!」
やめろだと?!
やめろだぁ?!
はッ──────ふざけろッ!!
お前らは、
お前らは!
「───お前らは、そう言われて止めたのかよぉォぉお!」
エミリアは叫ぶ。
全ての理不尽に慟哭しながら───!
「私たちを弄び、切り裂き、八つ裂きにしておいてぇぇぇえ──────」
積み上げられる魔族の死体と、
ぶちまけられた腸とぉぉぉおお、
皆の頭の転がる音とぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!
「や、やめ!! うわぁぁぁぁぁぁああああああああああああ!!」
思い知れぇぇぇぇえええ!!
「ひぃぃいいいい!!」
グサッ──────。
「ひ、ひぃ?」
剣は──────……。
「───今だけは、やめてやるよぉぉぉおおお!!」
ゴキィ!!
エミリアは剣を隊長の頭の傍に突き刺し、代わりに強烈なパンチを鼻っ面にお見舞いしてやった。
メリメリと拳が沈み込み、鼻底骨が砕けたのだろう。
プクプクと血の泡が隊長の顔から噴き出している。
だが、殺さなかった──────。
まだ、殺しはしない。
まだな!!!!!
第9話「復讐への道のり」
「起きろッ───!」
エミリアは、気絶している隊長をさらに殴って無理やり覚醒させる。
ぶん殴ってから数秒と経っていない。
「ぐぇぇええ……。ひ、ひぃ!!」
意識が覚醒した隊長は、目の前に裸体を晒したボロボロのダークエルフが立っていることに恐怖した。
散々、犯したあげく、ボロボロになるまで甚振った、魔族の英雄───死霊術士の少女がそこにいることに。
美しく、儚げで可憐な少女。
彼女は素っ裸だが、それを注視しているどころではない。
「よ、よよよよ、よせ! お、おおおお、俺は何もしていないッ、何も!!」
もちろん嘘だ。
魔族を散々切り刻み、エミリアにも散々ねちっこく犯して、性を注ぎ、必要のない執拗な暴行を加えた。
それこそ、何度も何度も───。
「黙れぇぇぇえ!」
ズバァ! と剣を振るわれたことに恐怖する。
だが、生きているので、恐る恐る目を開けると、ポトリと何かが落ちる───……。
見覚えのある、なにか。
ひぃ!
「───み、耳がぁぁぁああ!」
突然側頭部に激痛を感じた隊長だが、それ以上叫ぶことも許されなかった。
ピタリと冷たい刀身が、もう一方の耳の上に宛がわれているのだ。
「聞かれたことだけに答えろ……」
「は、はい」
コクコクコクと壊れた人形のように首を振る隊長。
例え、何を聞かれても取りあえず話すことにし、ヤバイ案件は嘘を言えばいいと───ぎゃああああああああ?!
更に耳を切り落とされる激痛に、全身から脂汗が噴き出した。
「……今さら、嘘を聞く気はない───私が嘘と判断したら、それは嘘だ」
そ、そんな!
「知らない場合も嘘と同義だ──頑張って思い出して、洗いざらい情報を吐くんだなッ」
そんなぁぁぁぁああ!!
「では、聞くぞ──────まずは、勇者たちの居場所を教えてもらおうか……」
そう、
エミリアを嬲り、死霊術を奪い、魔族と家族とダークエルフ達を殺した勇者たちの居場所を!!
「し、知らな───ぎゃぁぁああああああああ!!」
エミリアに容赦はない。
情けも許容もない。
だからやる。
いくらでもやってやる。
なんたって、人間だ。
同胞を笑って殺しやがった人間だ。
そして、人間の身体は嫌になるくらい丈夫な時がある。
───そうだろ?
こんなふうに、切り離しても無事な部位もある!!
「ぎゃぁぁぁぁあああ!!」
耳がそうだし、
鼻や目、唇に歯。そして四肢と指と爪ぇ!
もちろん、放置すれば死んでしまうだろうが、知った事か!!
吐けッ。
吐けッッ!!
アイツらの居場所と、お前らの急所を教えろぉぉぉおお!!!
ぎゃああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!
※ ※
カラーーーン。
エミリアは真っ赤に染まった剣を放り捨てた。
周囲には指やら耳やら……。
かなり時間がかかったが、聞きたいことは聞きだせた。
その全てが真実かは知らないし、今は知りようがない。
だが問題ないだろう。
幾つかの、信憑性の高い話には当たりがついた。
それを元に、徐々に近づいていけばいい。
帝国の賢者ロベルト!
森エルフの神官長サティラ!
ドワーフの騎士グスタフ!
裏切りもので、薄汚いルギア!!
ハイエルフで私の義妹のルギア!!
両親とダークエルフ達の仇のルギア!!
そして、勇者シュウジ──────!!!
首を洗って待っていろッ。
必ず殺してやる!
皆と同じ目をみせて殺してやる!
お前たちのような人間は、ただ死ね!!
後悔、反省、謝罪もいらない───!!
死ね!
死ね!!
ただ、ただ死ね!!
そして、私が殺してやるッッ!!
「───うぉぉぉぉおおおおおおおおお!」
魔族終焉の地でエミリアは慟哭する!
四人と帝国と人類に復讐せんとして!
そして、待っていろ!!
「……私の勇者よ──────!!」
愛しているよ!!
そうだ、愛している!
こんな目にあっても愛している!
「愛しているから、必ず殺してやる!!」
魅了の力のためか、シュウジに対する愛は確かにある……。
あるが、それを塗りつぶせるほどの殺意があった。
愛ゆえの殺意。
奪われた故の殺意。
きっと、きっとだ。
───きっと多分。
勇者とルギアが結婚するという話がなければ、最後までエミリアは彼を信じていた気がする。
どれほど愚かであろうと───。
それが魅了された者の末路。
それほどに、勇者のかけた洗脳は強力なのだ。
だが構わない。
愛した男を、愛する男を、愛のために殺そう───。
そして、帝国を滅ぼし、人類を生物の頂点──その座から引きずり落としてやるのだ。
エミリアの復讐は今から始まる。
今から始める───。
そう、今からな!!
「ぐぐぐぐ……。だ、ダスゲテグデ……。全部喋っただろ? な、なぁ」
…………ふふふふ。
そうだね、まずはコイツが手始めだ。
血だらけのまま、裸体を真っ赤に染めてエミリアは隊長の前に立つ。
「ほ、ほら……! ま、まだ俺の助けがいるだろ?! か、金も払おう───馬も持っていけ! なぁ?!」
なあ!?
なぁ?!
ユラリと、幽鬼の様に立ちふさがるエミリア。
薄い胸。小さなお尻。
灰色の髪と赤い目の褐色肌の少女。
隈の消えない眠たげな表情。
だが人類とは違った、美しいダークエルフの女死霊術士───……。
いや、今は違う。
もう……死霊術はない───。
あるのは背中の刺青が変質したアンデッドマスター改め、アメリカ軍マスター。
『米軍術士』のエミリアだ!!
ゆら~りと、一歩。
「よ、よせよ……。や、やめろ! やめろぉぉおー!」
剣を拾おうとするエミリアに、不穏な空気を感じた隊長が叫び懇願する。
「頼む! 頼む!!」
魔族を殺しておきながら、凌辱しつくしたエミリアに命乞いする。
「お願いだ!! 俺には家族がいる!! 老いた両親と、幼い娘が!!」
そうだ。
家族がいる。
誰にだっている───。
私にもいた!!
そう、
「───私にも家族がいた!!!」
それを殺したのは、
「──お前らだろうがぁぁぁぁああああ!」
積み上げられた同胞の死体と、
血の溢れる腸と、
子供の頭と、皆の屍とぉぉおおおおおお!
「───家族がいるから見逃せ?!」
だったら、魔族全員を見逃したのか?!
「家族がいたら、命乞いを聞いたのか!?」
聞いてないんだったら───。
「───そんなことは知るかぁぁあああ!」
私の家族は殺された!!
私の目の前で殺された!!
殺された家族の前で犯され、
嬲られ、
愛しいアンデッドを奪われた!!
同胞たちは皆殺しにされたぁぁぁああ!!
───こんな風になぁぁああああ!!
ルギアに首を折られた、両親の姿がフラッシュバックし、エミリアは激高する。
───ガシィ!!
そして、哀れに命乞いをする隊長の首掴むと、ダークエルフの膂力をもって─────ボキぃぃぃいい!!
「ぶぴょ……!」
「これが家族を奪われた者の痛みだ!!!」
───思い知れぇぇぇぇえええ!!!
ブクブクと血の泡を吹き出し、力なくしゃがみ込む様に息絶えた隊長。
「はぁ、はぁ、はぁ…………!」
エミリアはその前で荒い息をつき、倒れ込む。
失血のため、しかもその上で激しい動きをしたものだから、体が急速に冷えていた。
「まだだ……。まだ死ねない───」
そうだ。
アイツらを全員殺して、同じ目にあわせてやるまでは死ねない───。
帝国全部の死体を積み上げ、山を作らないと死ねない……!
だが、エミリアは自分が長くないことも知っている。アビスゲートに食わせた魂と、変質した死霊術に与えた魂。
きっと余命はもう、いくらも残っていないだろう───。
長命種たるエルフ族。
だが、肝心の魂が欠ければ同じようにに生きれるはずもない。
明日か……。
今か……。
それとも、一年、二年──────百年か。
あ──────?
「ふ、ふふふふふふ……」
うふふふふふふふふふふふふふ。
「あははははははははははははははは!」
なんだ、簡単じゃない。
いつ死ぬか分からないなら、
「……今までと同じ、じゃない───」
エミリアの周囲には集合したアメリカ軍がいる。
あーーーーーそうだ、そうだ。
彼らがいる。
愛しいアンデッドとは真逆の存在だが、頼もしく、強くて、陽気で、愛しいアメリカ軍が───。
「愛しい、アメリカ軍よ───……私とともに逝こう」
『『『『『ハッ、閣下!!』』』』』
ババババッ!
右手を顔の横に掲げる奇妙な仕草。
だが、統制された動きは軍隊のそれで、一種の美しさがある。
それを倒れ込んだまま、敬礼を受けるエミリア。
そして、殺しも殺したり……。
帝国軍の一個大隊を、エミリアとアメリカ軍だけで、殺したのだ。
当然、術のLvが上がっていることだろう。
その甲斐あってか、アメリカ軍との繋がりが深くなり、アンデッドを使役していた時の様に彼らの感情や知識がエミリアに流れ込んでくる。
「─────ふふふふふふふふふふふ……」
ふははははははははははははははははははははははははははは!!
「あははははははははははははははは!!」
まずは──────ロベルト!!
……お前だッッ!!
「首を洗って待っていろぉぉぁああああ!」
アメリカ軍によって抱き起されるエミリア。
死んだ帝国軍の隊長からマントだけを剥ぎ取り、体に纏う。
黒き、血塗られたマントを───。
漆黒の闇を纏うように…………。
エミリアは征く。
アメリカ軍とともに。
彼らから、簡単な治療ではあるが、アメリカ軍から鎮痛剤と止血処置を受け、ボロボロの身体で馬に跨る───。
───さぁ行こう。
魔族にとっては、失われた大地───。
人間たちにとっては安住の地。
そして、勇者たちが住む国へ───……最強国家の『帝国』へと。
カッポ、カッポカッポ……。
エミリアはダークエルフとしては、恐らく何百年ぶりに北の大地を出る一人だろう。
もちろん奴隷や商人を除いてだが……。
もっとも、彼らとて今は生きてはいまい──────。
だって、
エミリアは最後の魔族なのだから……。
寄り添うアメリカ軍が、スゥ───と消えていく。
ひとり、また一人と。
馬に揺られながらエミリアの意識は失われ、馬の本来の主が向かっていた場所に向かうのみ。
良く訓練された馬は、馬上の人影に気遣いゆっくりゆっくりと──────。