「あれ。社長出勤?」
その日は午後からの講義で欠伸をしながら歩いていれば、後ろから誰かに声をかけられた。
振り向けばそこにいたのはシンプルな白いTシャツ、これまたシンプルな黒いジーンズに大きめのリュックを身にまとった真木さんだった。シンプルだからこそ真木さんのとんでもないスタイルが映える。ずるい、ずるいけどかっこいい。ずるい。
「真木さんこそ。講義は午後からですか?」
「いや、今日は講義は無いんだけど。ゼミの先生の所に行かなきゃで。」
そう言って真木さんはため息をつく。
3年生の夏。インターンシップに参加したり、ゼミの課題に取り組んだり。徐々に忙しくなっているようで、
来年、再来年の事を想像して少し憂鬱になる。
嫌そうな顔をしてしまっていたのだろう、
不意に真木さんの指が私の眉間をなぞる。
「お姉さん、皴寄ってますけど。」
「・・・寄せてるんです。」
な訳あるか、と心の中で突っ込んで、
真木さんも何その言い訳、と笑う。
そのままキャンパスまで一緒に歩いて、講堂の前で別れた。
しばらく振り返らないまま歩いてから、
一度足を止めゆっくりと後ろを振り返る。
そこにはもう真木さんの姿は見えなくて、少し安心する反面なぜか残念な気持ちにもなって。
・・・なんだこれ。何この気持ち。
自分の眉間を自分の指でなぞって、なんとなく恥ずかしくなった。
・・・眠い、非常に眠い。
広い講堂での講義はもはや無法地帯だ。
真面目に聞いている人もいれば、スマホをいじったり、居眠りしたり、別の課題に追われたり。
集中していない事に気づいても教授は何も言わない。
ただ自分の言いたい事を話して、ツラツラと黒板に文字を書きこむ。
大学の授業なんてこんなものだ。騒ぎさえしなければ、期末レポートだけ提出すれば単位はくれる。
「このか、今日のサークル行く?」
「行く予定。夏未は?」
小声で聞いてくる夏未にそう答えれば、
彼女も片手でマルのサインを出す。
今日はサークルの日。私の週一の楽しみ。
授業を聞くのもそこそこに、今日のサークル活動へ思いをはせるのであった。
「このか、はい、あーん。」
夏未がグリーンピースをスプーンにためて、
私の口へと押し込んでくる。別に嫌いじゃないからいいんだけど、いいんだけどさ。
「っ・・・多い多い!」
さすがに量が多いんだって。
仕方なく咀嚼するけど、さすがに盛りだくさんのグリーンピースは美味しくない。
オレンジジュースで流し込む私を見て、先輩たちが笑う。
サークルの後、ご飯を食べようと数人でファミレスに来ていた。
アフターという形でご飯に行くのは珍しい事ではなく。
「夏未ちゃんグリーンピース駄目なんだね。」
「そうなんですよ。豆全般が苦手で。」
「あー、ちょっとわかる」
真木さんが目を瞑って頷く。
グットッパで別れたテーブルは、何と運のいい、真木さんと一緒だった。
他にも数人の先輩、同級生と盛り上がりながら注文したたらこスパゲッティを平らげていく。うん、おいしい。
気付けば時間は深夜0時に近づきつつあって、出てきてしまった欠伸を噛み殺す。
徐々に人が減っていった店内は、大分静かになっていた。
そろそろ帰るかあ、なんて先輩たちの言葉と共にテーブルを立ち上がった。
そのまま外に出て、車の中でまた少し会話に花が咲く。
・・・なんか、大学生っぽいなあ。
なんて思ったら少しにやにやしてしまって、
夏未に気持ち悪いと一蹴されてしまった。
サークルの話、バイトの話、大学の話。
家まで送ってくれるという先輩たちの好意に甘えて、
車に揺られながら会話を楽しむ。
心地よさに眠くなってしまったのか、
気付けば話しているのは眠ってしまっている人も多くて、私の意識も少しずつ夢の中に引きずられていた。
会話が少し途切れた後、心地よさに身を預けかけた私の耳に不意に真木さんの声が飛び込んでくる。
「・・・ねえ、19歳って、どんな気持ち?」
唐突な質問の意図を掴みかねて、夏未と二人で顔を見合わせた。
大学1年生の私と夏未は確かに現在19歳。19歳だけど、どんな気持ち、って。なにが?
意図を掴もうと真木さんの方を見れば、彼は前を向いたままだった。
表情を変えず、ただ前を真っすぐに見ていた。その視線は遠くて、一体何を見ているんだろう。
更に分からなくて、その戸惑いが顔に出てしまっていたのか。
真木さんは慌てたように笑って私達の方を振り向いた。
「ごめんごめん急に。気にしないで。」
そう言って笑った真木さんは私たちに眠るように促した。
真木さんの質問を考えながらも、既に夢の中に足を踏み入れていたわたしの意識はすぐに沈み始めてしまう。
・・・どんな気持ち、かあ。考えたこともなかったな。
19歳の私は今、どんな気持ちなんだろう。何を考えて生活しているんだろう。
昼前に起きて、講義を聞いたり聞かなかったり、たまにバイトをして、課題に追われて、
友達と話したり、お出かけしたり、お化粧に目覚めたり、自炊を頑張ってみたり。
将来は何になりたいんだろう、この先どうやって生きたいんだろう。あれ、これからの事なんて正直、全然決まってないなあ。
ふわふわとした思考の中でそんな結論に行きついてしまって、漠然とした不安を抱えながらも耐え切れず眠気に身を任せた。
その日は午後からの講義で欠伸をしながら歩いていれば、後ろから誰かに声をかけられた。
振り向けばそこにいたのはシンプルな白いTシャツ、これまたシンプルな黒いジーンズに大きめのリュックを身にまとった真木さんだった。シンプルだからこそ真木さんのとんでもないスタイルが映える。ずるい、ずるいけどかっこいい。ずるい。
「真木さんこそ。講義は午後からですか?」
「いや、今日は講義は無いんだけど。ゼミの先生の所に行かなきゃで。」
そう言って真木さんはため息をつく。
3年生の夏。インターンシップに参加したり、ゼミの課題に取り組んだり。徐々に忙しくなっているようで、
来年、再来年の事を想像して少し憂鬱になる。
嫌そうな顔をしてしまっていたのだろう、
不意に真木さんの指が私の眉間をなぞる。
「お姉さん、皴寄ってますけど。」
「・・・寄せてるんです。」
な訳あるか、と心の中で突っ込んで、
真木さんも何その言い訳、と笑う。
そのままキャンパスまで一緒に歩いて、講堂の前で別れた。
しばらく振り返らないまま歩いてから、
一度足を止めゆっくりと後ろを振り返る。
そこにはもう真木さんの姿は見えなくて、少し安心する反面なぜか残念な気持ちにもなって。
・・・なんだこれ。何この気持ち。
自分の眉間を自分の指でなぞって、なんとなく恥ずかしくなった。
・・・眠い、非常に眠い。
広い講堂での講義はもはや無法地帯だ。
真面目に聞いている人もいれば、スマホをいじったり、居眠りしたり、別の課題に追われたり。
集中していない事に気づいても教授は何も言わない。
ただ自分の言いたい事を話して、ツラツラと黒板に文字を書きこむ。
大学の授業なんてこんなものだ。騒ぎさえしなければ、期末レポートだけ提出すれば単位はくれる。
「このか、今日のサークル行く?」
「行く予定。夏未は?」
小声で聞いてくる夏未にそう答えれば、
彼女も片手でマルのサインを出す。
今日はサークルの日。私の週一の楽しみ。
授業を聞くのもそこそこに、今日のサークル活動へ思いをはせるのであった。
「このか、はい、あーん。」
夏未がグリーンピースをスプーンにためて、
私の口へと押し込んでくる。別に嫌いじゃないからいいんだけど、いいんだけどさ。
「っ・・・多い多い!」
さすがに量が多いんだって。
仕方なく咀嚼するけど、さすがに盛りだくさんのグリーンピースは美味しくない。
オレンジジュースで流し込む私を見て、先輩たちが笑う。
サークルの後、ご飯を食べようと数人でファミレスに来ていた。
アフターという形でご飯に行くのは珍しい事ではなく。
「夏未ちゃんグリーンピース駄目なんだね。」
「そうなんですよ。豆全般が苦手で。」
「あー、ちょっとわかる」
真木さんが目を瞑って頷く。
グットッパで別れたテーブルは、何と運のいい、真木さんと一緒だった。
他にも数人の先輩、同級生と盛り上がりながら注文したたらこスパゲッティを平らげていく。うん、おいしい。
気付けば時間は深夜0時に近づきつつあって、出てきてしまった欠伸を噛み殺す。
徐々に人が減っていった店内は、大分静かになっていた。
そろそろ帰るかあ、なんて先輩たちの言葉と共にテーブルを立ち上がった。
そのまま外に出て、車の中でまた少し会話に花が咲く。
・・・なんか、大学生っぽいなあ。
なんて思ったら少しにやにやしてしまって、
夏未に気持ち悪いと一蹴されてしまった。
サークルの話、バイトの話、大学の話。
家まで送ってくれるという先輩たちの好意に甘えて、
車に揺られながら会話を楽しむ。
心地よさに眠くなってしまったのか、
気付けば話しているのは眠ってしまっている人も多くて、私の意識も少しずつ夢の中に引きずられていた。
会話が少し途切れた後、心地よさに身を預けかけた私の耳に不意に真木さんの声が飛び込んでくる。
「・・・ねえ、19歳って、どんな気持ち?」
唐突な質問の意図を掴みかねて、夏未と二人で顔を見合わせた。
大学1年生の私と夏未は確かに現在19歳。19歳だけど、どんな気持ち、って。なにが?
意図を掴もうと真木さんの方を見れば、彼は前を向いたままだった。
表情を変えず、ただ前を真っすぐに見ていた。その視線は遠くて、一体何を見ているんだろう。
更に分からなくて、その戸惑いが顔に出てしまっていたのか。
真木さんは慌てたように笑って私達の方を振り向いた。
「ごめんごめん急に。気にしないで。」
そう言って笑った真木さんは私たちに眠るように促した。
真木さんの質問を考えながらも、既に夢の中に足を踏み入れていたわたしの意識はすぐに沈み始めてしまう。
・・・どんな気持ち、かあ。考えたこともなかったな。
19歳の私は今、どんな気持ちなんだろう。何を考えて生活しているんだろう。
昼前に起きて、講義を聞いたり聞かなかったり、たまにバイトをして、課題に追われて、
友達と話したり、お出かけしたり、お化粧に目覚めたり、自炊を頑張ってみたり。
将来は何になりたいんだろう、この先どうやって生きたいんだろう。あれ、これからの事なんて正直、全然決まってないなあ。
ふわふわとした思考の中でそんな結論に行きついてしまって、漠然とした不安を抱えながらも耐え切れず眠気に身を任せた。