「あら、このかちゃん。」

ガラガラ、と病室のドアを開ければ、
最初に声をかけてくれたのは山田さん。

「山田さん、こんにちは。」

挨拶をすれば、今日も暑いわねえ、なんて山田さんはうちわを使いながらため息をつく。
本当に、今日は暑い。

おばあちゃんが入院している病室は集団病室で、
他にも何人かの患者さんがいる。
山田さんもその一人で、年齢はおばあちゃんと同じか少し若いくらい。
いつも何かと私の事を気にかけてくれるのだ。

山田さんと少し話をして病室の奥に進めば、
ベットに座るのは、私の大好きな人。

「このか、今日も来てくれたの。」

おばあちゃんは私を見つけて、
シワシワの顔を更にシワシワにして笑う。昔から私の大好きな笑顔だ。

そこには先客がいた。

「あ!チヅさん!久しぶり!」
「このかちゃーん。久しぶりね!」

私を見つけ笑顔で手を握ってくれるその人は、車椅子に座っていて。

「今日がリハビリの日だったからってお菓子持ってきてくれたのよ~。」

おばあちゃんはそう言って嬉しそうに紙袋を掲げる。それは私もおばあちゃんも大好きな駅前の和菓子屋さんの紙袋だった。

「このかちゃんと千代子さんで食べてね。」

なんて言ってチヅさんは優しく笑う。
私より少し年上のチヅさんは、私の友達で、そしておばあちゃんの友達でもある。



最初にチヅさんと出会ったのは1年ほど前。

リハビリテーションにおばあちゃんを迎えに行ったとき、いつもは同い年くらいの人たちと一緒に話しているのに、その日は珍しく若い女の人と話をしていた。

なぜだか少し緊張しながらも声をかければ、彼女は効果音がつきそうな程綺麗に振り向いた。長いまつ毛を2.3度瞬かせて、ふわっと笑う。

『初めまして。千代子さんのお孫さん?』

その笑顔が柔らかくて、優しくて。その瞬間から私はチヅさんのファンである。

その後3人でお昼ご飯を食べて、色々な話をした。おばあちゃんが落としたハンカチをチヅさんが見つけて教えてくれたこと、そのまま今日のリハビリはずっと2人でお話をしていたこと、彼女は高校生の時に事故で足を悪くし、車椅子生活を送っていること。今はリハビリのために定期的に病院に通っているんだ、とチヅさんはなんでもないことの様に笑って話した。

その日からリハビリで会う度に話すようになり、気づけばチヅさんが病院に来る度におばあちゃんの病室に寄ってくれるようになったのだ。

「じゃあおばあちゃん。私そろそろ行くね。」
「あ、じゃあ私もそろそろ帰ろうかな。」

私の言葉と共に時計を見たチヅさんが、そういって車椅子のロックを外す。

「はいよ。ありがとね、勉強頑張ってね。チヅちゃんも、ありがとうね。」

また来るね、とおばあちゃんに手を振って、
チヅさんと共に病室を後にした。

病室を出る時にも山田さんは暑い暑い、とベッドにだれていて思わず笑ってしまえば、
「や~もう恥ずかしい。見ないで。」とおどけながら顔を隠した。何可愛い。




「暑いね~。」
「本当にです。」

病院の廊下を通りながら、チヅさんがパタパタと首元を仰ぐ。
山田さんからさっきもらったうちわをチヅさんに手渡して車椅子を後ろから押せば、彼女は少し申し訳なさそうにこちらを振り向く。

「ごめんね、ありがとう。」
「何がですか」

そう言えばチヅさんはもう、という様に笑った。

「大学はどう?忙しい?」
「全然です。暇すぎちゃうくらい。」

飲食が可能なスペースに移動して、イスに座ってカルピスを飲む。
・・・最高。暑い日のカルピスは至高。

同じくゴクゴク、と炭酸ジュースをのどに流し込むチヅさん。ぷは~、と2人で同時に息を吐きだす。

「このかちゃん、彼氏はいないんだっけ?」
「いないんです。」

そのまましばらくお互いの近況報告なんかをする。
こうやってチヅさんと話す事もお見舞いの後の恒例だ。

「じゃあ、気になってる人とかは?」
「いっ・・・ないです!」
「絶対いる言い方だねうん。」

急にチヅさんにそう聞かれて、
パッと頭に真木さんが思い浮かんでしまった。
一人で動揺してしまった、いけないいけない。

チヅさんはニヤニヤと笑って、私の袖をつつく。

「え~。どんな人なの~?」
「だからいないですって。」
「またまた~」

なんて言ってチヅさんがからかうから、
更に恥ずかしくなってしまって。
そんな私を見て彼女はカワイイ、と笑う。

「同級生?それとも先輩?」
「・・・っ、先輩、です。」

こういう時のチヅさんには勝てない。
観念して白状すれば、チヅさんはあら、と頬に手を当てる。

「先輩ってさ、もう存在がずるいよね。」
「本当にそれです。フィルターかかります。」
「うわー、分かるわあ。」

うんうん、と目をつぶって頷く。
先輩って本当にずるい、先輩マジックは絶対に存在すると声を大にして言いたい。

その後も他愛のない話を続けていれば、
気付けば大分時間が経ってしまっていた。
すっかりからっぽになった紙コップを捨てて、
カバンを手に立ち上がる。

「じゃあ、またね。」

そう言って手を振ってくれるチヅさんに私も手を振りかえす。

綺麗で、優しくて。けれどサバサバしている所もあって。
なんでも話すことができるチヅさんは、まるでお姉ちゃんのような存在なのだ。