気付いていた、というほどではない。
もしかしたらという憶測だけでさっきは動いてしまった。

耳に水が入ったと言った真木さんは、すごく不安げで。いつも飄々と笑っている真木さんのそんな顔は珍しかったから、すごく気になったのだ。

女の子たちと話す真木さんは、曖昧に笑って頷きながら、ずっと耳を触っていた。そして、しきりに俯いて首を振っていた。

「気づいてたってほどじゃなくて。本当にもしかしたらって感じて・・」

そう思ったのには、1つ明確な理由がある。

「私のおばあちゃん、耳がよく聞こえないんです。」

数年前に体調を崩し、入退院を繰り返している私のおばあちゃん。老化と病気で聴力が大分落ちてしまっていて、いまは補聴器を利用している。

聴力が落ち始めた時、まだ補聴器を利用していない時。上手く聞き取れず少し不安げな表情を浮かべるおばあちゃんの顔が、今でも頭の中に残っていて。
その表情が、真木さんとリンクしたのだ。顔を伏せて頭を振って、耳に神経を集中させるような動作も、おばあちゃんがよくやっていた。

「高校生の時さ。サッカーの試合中に、ボールぶつかっちゃって。」

完全に聞こえない訳ではないんだけどさ、聞こえづらくなっちゃったんだ。
少しの沈黙の後、真木さんはそうゆっくりと話し始めた。

強豪校でプレーしていて、本気でプロを目指していた事。けれど試合中に鼓膜を傷つけてしまったこと。

「バレたくないっていうか、なんか心配されたくなくて。」

そう言って少し困ったように笑う。
・・・ああ、この笑顔。真木さんがよく見せる笑顔。

「言いませんよ、誰にも。」

真木さんが何か言いだす前に口を開けば、
彼は少し驚いたようにこちらを見る。

「私が勝手にベラベラしゃべる事でもないですしね。あ、でも私は全然何も思わなかったけど。真木さんは真木さんだし、それで困っているのは本人だし、私が変わってあげられるわけでもないし。」

心配は時に重荷になる。
同情は時に足かせになる。
私は、それを知っている。

勝手に心配してその人の海に飛び込んだら、一緒におぼれてしまうのだ。
手を差し伸べて、待っているしかないのだ。

俯いて砂をいじりながらそう言えば、
真木さんから返事が返ってこなくて。

あれ、私今すごく失礼なこと言っちゃった・・・?

顔を挙げれば真木さんはポカン、と私を見つめていて。

「あ、いや、もちろん心配は普通にしますよ!?でもただなんていうか・・・」

焦って話し始めれば、不意に真木さんが吹き出して、波の音に真木さんの笑い声が混ざる。

いつもニコニコしている真木さんだけど、
こうやって大声で笑って居るのは珍しくて。

「・・・似てるなあ、なんか。」
「誰にですか?」

真木さんがポツンとつぶやいた言葉。
拾ってしまって反射でそう尋ねれば、真木さんは苦笑いをして。

「ああ、ごめん。幼馴染似てるんだよねこのかちゃん。」
「へー・・・。相当落ち着きのない人なんですね。」
「やめてよ否定も肯定も出来ない。」
「そこは否定してください。」

思わず突っ込んでしまった私にクスクスと笑う真木さん。
はあ、と小さく息をついた彼を見ていたら、
思わず言葉が口を次いで。

「大丈夫ですよ。」

何が大丈夫なのだろう。
自分でも分からないけど、急に真木さんが凄く不安定に見えた。

何かを思い出している真木さんは、
そのままどこかへ消えてしまいそうで。

「ありがとう。」

そう言って真木さんは立ち上がって、戻ろっか、とズボンに就いた砂を払う。
私も無言のまま頷いて、真木さんの後を追った。