「・・・か。このか。」
「・・・ごめん。ボーッとしてた。」

遅くまでスマホでもいじってたのかい?
なんて言っておばあちゃんは笑う。

「このかの先輩。ちゃんとお礼言えなかったねえ。」
「・・・うん。また改めてお礼言っとく事にするね。」


『初めまして。』

真木先輩はあの後、そう返した。
震えた声のまま、でも精一杯口角を緩めて。

そのままおばあちゃんに少しだけ挨拶をして、
真木さんはすぐに用事を思い出したと病室を出て行ってしまった。
追いかけようと思ったけど、でも追いかけて自分がどうしたいのかも分からなかった。
結局、後は追わなかった。

その後しばらく3人で話していたが、
チヅさんもリハビリのため部屋から出て行ってしまって。

チヅさんはあまりにもいつも通り過ぎて、
最初の一瞬しか表情が崩れなかった。

『あれが噂の真木先輩?かっこいいねえ。』

なんて言って笑ったのだ。

チヅさんはずっとチヅさんだった。
初めて出会ったあの日、おばあちゃんが「チヅちゃんだよ」なんて紹介してくれ日から、ずっと。
それがニックネームなのか、下の名前なのか、上の名前なのか。考えたことなんてなくて。

千津井 律(チヅイ リツ)
そう書かれたネームシールが貼ってある車椅子。
見たことはあったはずななのに、気にしたことは無かった。




「真木さん、お疲れ様です。」

彼は体育館の裏側の石段に腰かけていた。

お疲れ様、と言って真木さんは少し端によって隣の席を開けてくれる。

「この前、おばあちゃんがちゃんとお礼言えなかったって。」

私の言葉に真木さんは一瞬口を開きかけて、
けれど何も言わないまま下を向く。

ありがとうございました。そう私が改めて言えば、
真木さんは小さく首を振った。

話そうか話さまいか、真木さんが決めかねているのが、分かった。

だから私は何も言わず静かに風に吹かれるまま体を冷ます。

どちらでもいい。
話してくれるなら聞くし、話したくないのなら何も聞かない。
それでいい。誰にだって人に話したくない事があるのは当然だ。
忘れたい事、思いだしたくない事、考えたくない事。
それを抉る必要はない。わざわざ、傷つく必要はないのだ。

かさぶたをはがして、かゆみと痛みに悶えて、血を流して。
きっと辛い。もちろん真木さんも、そして私も。

でもだから、だからこそ。
もし、真木さんが口を開いてくれるなら_

しばらくの沈黙の後、
真木さんが大きく息を吐いた。

「幼馴染がいるって、話したことあったよね。」

_私も、一緒にその傷に向き合いたい。
何もできないかもしれないけど、でも、一緒に泣きたいのだ。