「おーい1年飲んでるかあ。」

真っ赤な顔して先輩が話しかけてくる。
同じく真っ赤な顔でビールを片手に夏未が答えて、すぐ横からも笑い声が響いた。

本日はサークルの飲み会だ。
貸し切りの宴会スペースには1年生から4年生までが溢れかえっていて、
今日初めて見る人だってたくさんいる。・・・大学って大きいなあ、なんて改めて。

「このかちゃんはー?飲んでんのー??」
「飲んでますよ~。先輩飲みすぎじゃないですか?」
「余裕余裕~。」
「お冷要ります?」

ちょうだーい、なんて言ってケラケラ笑う。

本当はソフトドリンクだけど、
馬鹿正直に答えなくていいってことも分かってきた。
未成年だけど飲んでいる人たちは大勢いるけれど、
私は何となく20歳になるまで待ちたかった。特に理由はないんだけど。

お酒を飲まないでいても、普段話さない人と話すことが出来たり、普段は聞けない秘密の話が聞けたり。
皆が楽しそうな飲み会の雰囲気が私は好きだ。あとこれは大発見。居酒屋さんは大体ご飯が美味しい。
居酒屋さんのだし巻き卵にハズレはない。皆覚えといてね。

「こ~の~か~・・・。」
「もう、飲み過ぎだって。」

へへ、と変な笑い方をしながら
私の腕に抱き着いてくる夏未。・・・なんだよ可愛いな。

時刻も0時を回って飲み会がお開きになり、ゾロゾロと皆がお店を後にしていく。
珍しく潰れてしまった夏未の介抱のため、少し残って夏未に水を飲ませていた。

「珍しいね、夏未。連れて帰れそう?」

少し顔を赤くした快くんが、
私に抱き着く夏未をみて苦笑する。

「ほんとに。さっき連絡したら彼氏さんが車で迎えに来てくれるって。」
「それは前話してた人のこと?」
「いや。その人とは別れちゃって、ニュー彼氏。」
「・・・さすがだなほんと。」

人が減っていく中、少し離れたところでも数人が集まっていた。
誰かが潰れているのだろう。

「向こうの人は先輩?大丈夫?」
「あー、真木さんが、珍しく。」
「・・・ほんとに珍しいね。」

真木さんの名前に動揺したことがばれないように、
心の中で深呼吸をする。

花火大会の日。突然いなくなってしまった私を心配してくれた真木さんから
何度も電話とラインが来ていて。結局その日は謝罪のラインだけ送って、次の日きちんと謝った。
少し体調が悪くなってしまって、なんてバレバレの嘘。

真木さんは追求することはなく、
何事もなくて良かった、と笑ってくれた。

彼氏さんの迎えで夏未が無事帰宅し、
そろそろ帰ろっか、なんて快くんと話していれば
まだ奥に真木さん達がいるのが見えて。

「大丈夫ですか?」
「・・・うん、ありがとう。」

水を手渡せば、真木さんは弱弱しく答えてゆっくりと水を口に含む。
その動作すら危なっかしくて慌ててコップを支えた。
その顔は赤いというよりも青ざめていて、なんだか少し苦しそうだ。
普段はしっかり量を調節している真木さんが、ここまで酔うのは珍しい。

「もう少し休んでた方がいいな。」

そう言った青柳さんは、チラッと時計を見る。

「寮一緒なんで俺連れ帰りますよ。」
「まじ?悪いんだけどお願いしてもいいか?」

そんな青柳さんの様子を見ていた快が、そう手を挙げる。
明日締め切りのレポートがあるんだよね、なんてサラっといったのは青柳さん。

「大丈夫なやつなんですか?」
「全然。出さなかったら留年。」
「え?何してるんですか?」
「このかちゃん意外と辛辣ッ」

思わず出てしまった言葉に別の3年生の先輩が笑った。



「悪いな。」
「全然。講義も午後からだし。」

結局真木さんを1人で快くんが連れて帰るのは難しく、
寮まで私も一緒に送っていくことになった。

快くんが真木さんに肩を貸して、私が2人分の荷物を持って歩く。

寮までは10分程度歩けば着いて、
一階にある休憩スペースに一度3人で腰かけた。

「ごめんね本当に。」

弱弱しい声でそう言う真木さんは、額を抑えて横たわる。
そしてそのまま呼吸音が深くなって、どうやら眠っているようだ。

「・・・真木さんさ。」
「うん。」
「すっげえ優しいしいい人だけどさ。なんか、危なっかしい所あるよなあ。」

心配になる、そう言って快は無防備に眠る真木さんを見つめた。

・・・すごく、分かる。
いつも周りを見ていて、凄く優しくて、けれどつかみどころがなくて。
ふらっとどこかに消えてしまうんじゃないか。そんな気持ちになる。

「ちょっと俺水買ってくる。このかはなんかいる?お茶とか飲む?」
「お願いしてもいい?」

はいよ、と快くんは2階にある自販機まで飲み物を買いに行ってくれた。

自分の呼吸の音と、真木さんの呼吸の音と。
見たこともないくらい無防備な真木さんは、まるで子供の様で。

ん、と真木さんが小さく声を上げて体を動かす。
その拍子に長椅子から落ちそうになって、慌てて支える。

「真木さん、落ちちゃいますよ。」

私の言葉が聞こえているのかいないのか。
また小さくうめき声をあげて、そして、私の腕をつかむ。

「・・・どこ行ってたの。」
「どこ、って・・・。」

唐突な質問。
瞳は閉じたままだ。寝ぼけているのだろう。
寝言なんて可愛いな、なんて思っていたのもつかの間。
真木さんの目から、一筋、光るものが見えた、気がした。

どうしたんだろう、なんて思考は
私の腕を掴む真木さんの手に力が込もったことで、中断する。

「どこ行ってたの。・・・ねえ、律。」
「・・・っ・・」

そのまま私の腕を引っ張って。
彼は、誰かの名前を呼ぶ。その声は苦しそうで、悲しそうで、辛そうで。

ああ誰なんだろう。彼にこんな顔をさせるのは。
いつも飄々としていて、色んな事を軽々とかわせる彼が、
ここまで諦められないものはなんなのだろう。

ねえ、誰なの。
教えてよ。

「・・・真木さん。」

少しすればまた寝息が聞こえ始め、私の腕から真木さんの手が離れる。

「大丈夫だよ。」

目元に残る水滴を静かに拭った。
何が大丈夫なのかは分からない。分からないけど。
辛そうな真木さんを見ているのが苦しくて。心臓が、掴まれたように痛いのだ。