あそこからどうやって逃げたかは覚えていない。

気づけば私は土砂降りの中1人地べたに座り込んでいた。


⋯雨は嫌いだ。

あの日も、酷く雨が降っていた。

『おねえちゃん!早く!』

無邪気な笑顔で私を急かす。
2歳年下の弟は、雨が大好きだった。

雨が降る度外に出て、2人で雨の音を聞いたり、水滴を眺めたり、
水たまりを蹴飛ばして遊ぶ。そんなことが日常で。

『ねえ!あっちに行こうよ。』

弟が私の手を引っ張る。
少しだけ知的障害があると言われていた彼は、集中すると周りが見えなくなってしまう事が多々あった。

だから。

『お姉ちゃんがしっかり見ていてね。』

そう、いわれていたのに。

足が疲れてしまったのだ、少しだけ。
遊び疲れて、少しだけ、休みたくて。

『向こうにおっきな水たまりあるよ。』

少し先に見える水たまりを指さす。
私の指につられようにその方向を見た彼は、目を輝かせて。
ほんとうだ、と水たまりだけを目指して走り出す。

深く考えていなかった。
少しだけ休んで、弟の後を追おう。
一緒に大きな水たまりで遊んで、夜ご飯の匂いがするおうちに帰ろう。

深く考えていなかったんだ。

・・・その水たまりが、道路の反対側にあった事なんて。

キキーッと大きな音がして、誰かの悲鳴が聞こえて、小さな青い傘が、飛んだ。

ああ、そうだ。
雨の中、座り込んで泣いているのは、
ピンクの傘を差した、小さなわたし。