「原田、図書館行こうぜ。」
「ちょっと待って。」

読書感想文の手伝いを頼まれた日から、
放課後に井上と一緒に図書館に行くようになった。

いつもつっかかってくるイメージしかなかった井上は、話せばとてもいい奴で。

まっすぐで馬鹿正直な彼は思ったことを何でも言葉に出してしまうらしく、
本人は「いつも怒られるんだよ」と苦い顔をしていたけれど僕は逆に羨ましかった。



「へー、少年、ちゃんと友達いるんじゃん。」
「別に友達って言えるほど仲良くない。」

放課後、ちらっと井上の話をすれば、お姉さんはそう言って笑う。

友達、かあ。
友達ってどこからが友達なんだろう。
名前呼びで呼ぶようになってから?2人で遊ぶようになってから?
そういうのも、僕には少し難しい。

「どうしたのそんな怖い顔して。」
「・・友達ってなんなのかなって考えてた。」
「なにそれ。」

僕の言葉にぷっと吹き出したお姉さん。
あ、バカにされてる。

僕が睨んでいるのに気づくと、
ごめんごめん、とちっともそう思っていない顔で謝って。

「少年はきっと何でも難しく考えすぎなんだよ。」
「・・だってたくさん考えないと分からない事ばっかりなんだもん。」
「いいんだよそれで。なんとなくでいい事だってたくさんあるの。」
「なんとなく。」
「そう。なんとなく。」

なんとなく。
お母さんだったら絶対使わない言葉だな、なんて思って。

「いいんだよ、友達が何なのかなんてわからなくて。
少年が友達だって思ったら友達なの。正解なんてどこにもないんだからさ。」

なんとなーくで、大丈夫。
そう言ってお姉さんは空を見上げる。

「・・なんとなく。」

もう一度声に出してみて、そしたらなんか。
それでもいいんだって何かが許された気がした。

お姉さんの言葉には不思議な力があるのかな。
なんて思いながらちらっとお姉さんの足元を見れば、ぶらぶらと空中で足をぶらつかせている。

今日も制服姿のお姉さんのスカートが風に揺れていて、お母さんの言葉を思い出した。
・・・結局、お姉さんに制服の事は聞けていないままだ。

聞いたらこの関係が終わってしまう気がして。
少し怖くなってしまったんだ。

少し強い風が僕の頬をかすめて、スカートがまたひらひら揺れて。

お姉さんの足元はいつだって不安定だ。
本当に少しでもバランスを崩せばお姉さんは深い水の中へと吸い込まれてしまう__


急に、怖くなった。


「・・ねえ、そこ危ないよ」

今更の注意に、
お姉さんは笑って首を振る。

「危なくないよ。」
「危ないよ。」
「危なくないって。」
「じゃあ僕もそっちに行く。」

お姉さんがその言葉に頷くことは無い。
僕をじっと見て、ゆっくり首を振って、ふくれっ面をする僕を見てぷっと吹き出した。

「・・なにさ。」
「いや、弟が出来たみたいだなって。」
「・・・なにそれ。」

お姉さんが少し照れていうものだから
僕も何か照れくさくて俯いてしまう。



・・お姉さんは、絶対に「また明日」とは言わない。
僕が言っても笑って手を振るだけで、
それが、とても悲しくてとても不安になるのだ。