僕らはそれでも

「お、少年。また来たね。」

クラスメイトと遊ぶようになってからも、
僕は橋の下に行くことを続けていた。

そこに行けばお姉さんがいて、僕の話を聞いてくれて。

「やっぱりサッカーって難しい。
どうしてみんなあんな真っすぐ蹴れるんだろう。」
「井上くんに教えてもらえば?」
「・・・もらってるけどさ。」

もちろん僕の運動神経の問題もあるが、
井上は教えるのがすごく下手だと思う。

『ここだって狙いを決めて、ビュンって足を振りぬくんだよ』

これが井上がよく言うシュートのコツ。
・・うん、全然わからない。
井上は他のスポーツもできるからなあ。きっと感覚で出来てるんだろうな。

「ビュンって振りぬくのが大切なんだって。ビュンって感覚を掴めって。」
「へー・・・」
「そんなこと言われても僕にはちょっと難しくて。」
「・・・」
「でも今度2組の人たちと試合するからそれまでには少し上手くなりたくてね・・・お姉さん、聞いてる?」
「・・・ん?聞いてるよ。」
「もう、絶対聞いてなかったでしょ。」

ふくれっ面をした僕を見て、
ごめんごめん、と笑う。

お姉さんはなんだか最近、ボーっとしていることが多い。
悲しそうな横顔をみる機会も増えた気がして、そのたびなんだか僕は不安になって。

ただでさえ不安定な足元が、
今日は一層ぐらついて見えた。

なんとなく2人とも話さなくなって、流れる川の音だけが聞こえる。


「ねえ」
「なーに?」
「そっちに行っちゃだめ?」

しばらくして僕の口から出てきた言葉はそんな言葉だった。

なんだか急に、お姉さんが消えてしまいそうで怖かったから。

「駄目だよ」
「どうして。」
「駄目なものは駄目なの。」
「・・いつか落ちちゃうよ。」

僕の言葉にお姉さんは笑って、「別にいいよ」という。

僕はなんだか、すごく腹が立った。

小学生の僕にも分かった。
お姉さんはいつだって自分自身の事も、僕の事も、どうでもいいと思っている。
言葉にせずとも僕を遠ざけている、ずっとずっとひとりぼっちのままでいる。

「・・じゃあお姉さんがこっちに来てよ」
「・・・出来ない」
「どうして!?どうして出来ないの!?」

腹が立って、悲しくて、自分でも自分が制御できない。
急に怒鳴りだした僕にお姉さんは困ったように笑みを浮かべる。

わがままを言う子供を見るようなその表情が、
更に僕の心に傷をつけた。

「・・もういい。」
「少年。」
「もういいよ!!」

気づけば僕はランドセルを掴んで走り出していた。
後ろからお姉さんの声が聞こえるけど、聞こえないふりをして走った。




次の日から、僕は橋の下へ行かなくなった。

井上や他の友達からは、放課後急いで帰らなくなった事を不思議に思われたけど笑って誤魔化した。

・・・意地を張っているんだと思う。
あまりにもお姉さんが自分の命を大切にしないから、
僕の心にはあんなにズカズカと入ってくるのに、
お姉さんの心は少しも教えてくれないから。

ただの八つ当たりだ、分かってる。

期間が開けば開くほど行きづらくなる事も分かっているのに、
でもどうしても行く気になれなかった。