あれからリーズは少しずつ二コラの妻として、辺境の地の生活に慣れていった。
「リーズ!」
「おかえりなさい、二コラ」
「村のみんなから今日はリーズが畑仕事中に怪我をしたと聞いてすぐに帰ってきたんだ。怪我の具合は?!」
「大げさですよ、ただ芋ほりで引っこ抜くときに転んで足を怪我しただけです」
「そうか、よかった。でも化膿したらよくない、見せてごらん」
「に、二コラ……」
そう言ってリーズのスカートをめくると膝の傷の部分を見る。
「ああ、かなり深いよ、薬草を塗っておこう」
棚の瓶から薬草漬けを取り出すと、それをリーズの足に貼り付ける。
「いたっ!」
「がまんして」
「うん……」
布をあてて巻いて手早く治療する様にリーズは顔を赤くして彼を見つめる。
その視線に気づいた二コラはにやりと笑うと、リーズの頬に手を当てて言う。
「なに? 惚れちゃったかな?」
「なっ! 違います!」
「いや、別に夫婦なんだから好きになってくれていいのに」
二コラのぼやきが部屋に響くと、リーズは恥ずかしさでベッドに入ってシーツにくるまってしまった。
(言えないわ、本気で好きになっちゃったなんて)
リーズはここで暮らすうちに、二コラのいろんな表情をみていた。
村人に優しく接する二コラ。
森に現れる獣を退治する頼もしい二コラ。
慣れない料理に苦戦する意外な一面の二コラ。
そして、リーズを『妻』として愛する二コラ。
リーズはそんな彼の優しさに惹かれていった。
(でも、この生活でいいのかしら。私、彼に何も恩返しできてない)
リーズは記憶喪失で何も知らないことに加え、好きな人の役に立てない苦しさに苛まれていた。
ある日、リーズは村の畑仕事を終えて家路につこうとしていた。
(今日はシチューとパンとそれから……あれ?)
そこには二コラが誰かと話す姿があった。
なぜか妙に気になったリーズは森の陰に隠れて会話を盗み聞く。
「これでいいんだよな?」
「ああ、これでうまくいくはずだ」
そこまでで途切れてしまい、あとの声は聞こえない。
(う~ん。もうちょっとなのに)
二人はそのまま森の奥のほうへといってしまった。
帰宅してからもリーズは二コラの様子が気になったが、仕事のことだろうとそのまま流した。
そして、ベッドにリーズは身を投げて最近もう一つの悩みの種を思い浮かべる。
そっと服をめくり昼間怪我した腕の傷を眺めた。
(やっぱり、もう傷がない)
リーズはそのままゆっくりと目を閉じた──
村の子供たちと遊んでいたリーズは、珍しく昼間に帰ってきた二コラに呼び止められる。
「リーズ」
「二コラ、どうしたの?」
馬から降りた二コラはリーズを抱きかかえて再び騎乗する。
「え?」
「飛ばすから掴まってて」
「ど、どこ行くの?」
「ないしょ♪」
リーズと二コラを乗せた馬はまっすぐに突き進み、やがてリーズの実家だったフルーリー家についた。
「ここ……」
「ああ、君の昔の家だよ」
そう言うと、馬を降りた二コラは玄関のドアを叩く。
中からは待っていたかのようにブレスが出てきた。
「え、お兄様?!」
「リーズ! ようやく会えたね」
そう言って抱き着こうとするブレスから避けるように、二コラはリーズの肩を抱き寄せる。
「ブレス、言ったはずだ、リーズは僕の『妻』なんだ。気安く触らないでほしいね」
「勝手に奪っておいて何を言うんだ!」
(え? どういう状況なの? 知り合いなの?)
こほん、と二コラは咳払いすると、ブレスに停戦を申し込み、そして何やら合図をする。
すると、ブレスは玄関の門を全開にした。
「我が父、フルーリー伯爵は廊下の突き当りの部屋にいる! 頼む!」
その声かけと同時に、伯爵邸のまわりから現れた騎士兵たちが玄関から中になだれ込んでいく。
「え?」
リーズは訳が分からず、二コラのほうを見つめる。
二コラはその様子を見つめると、黙ったままリーズの肩を強く抱いた。
「なんだお前たちはっ!!」
中からフルーリー伯爵の声がしたのを聞くと、二コラとブレスは共にうなずきながら伯爵のもとへと向かった。
「父上!」
「ブレス、お前の仕業か、これはなんのつもりだ!」
「フルーリー伯爵、あなたは辺境の地に多額の税を国の指示なしにかけ、領民を苦しめていますね?」
「なっ?!」
「父上、ここに証拠の納税書と各書類がございます」
ブレスは持っていた書類の束を伯爵に見せると、伯爵は目を見開き驚く。
そして、きりきりと歯をくいしばり、恨むようにブレスに向かって吠えた。
「ブレスーーー!!!!! お前、裏切りおったな?!」
「裏切ったのではありません、最初からあなたの配下になどなっておりません。私はこの騎士、二コラと協力してあなたの不正を暴くために密かに交流していた」
(あ、あの時の人影はまさか……)
リーズは森でみかけた人物のことを思い出す。
(あれはお兄様だったの?!)
二コラはブレスに続いて言葉を紡ぐ。
「また、ここにいるリーズ嬢をあなたは辺境の地、それも獣が出る危険な森に捨てましたね?」
「ぐぬぬ」
「この国で自分の子を捨てることがどのような罪に問われるかご存じですね?」
責め立てる二コラに対して、余裕の表情を見せる伯爵。
「はっ! 何を若造が知ったふうな口を利くな! お前みたいな騎士が裁けるはずがないだろう」
「そうですか、あくまで改心しないのですね」
「改心? ふざけるな、なんでこんな自分の娘でないやつを育てねばならん」
「え……?」
リーズはその言葉を聞いて身体が固まる。
(娘じゃない?)
「お前は知らんだろうが、死んだお前の母さんの連れ子なんだよ、お前は」
「え?」
「父上! リーズには言わない約束です!」
「知らんっ! お前はほんと邪魔だったんだ。聖女だからとお前の母さんを娶ったのに、すぐに力尽きて聖女としての回復力を失った」
(聖女? 回復力……まさか私の傷が治るのって……)
「話はそれだけですか?」
「あ?」
「話はそれだけかと言っている!」
二コラは怒髪天を衝く勢いで怒り、伯爵をすごむ。
その目に圧倒されて伯爵は思わず後ずさった。
「私の妻を捨てた挙句、侮辱するとは」
「はっ! だからお前になにが……」
すると、部屋にいた騎士兵が全員その場に跪き、二コラのほうに身体を向ける。
その異様な光景に何が起こるのかと、伯爵は恐怖心を覚えた。
「知らなければよいものを、私は第一王子二コラ・ヴィオネだ」
二コラは堂々とその場で正体を明かすと、伯爵は目を丸くして思わずその場にへたり込む。
「第一、王子だと?!」
「ええ、辺境の地へはあなたの不正を暴くため、そして私の趣味で行っておりました。王都からは離れて身分を隠していたのでわからなかったでしょうね」
「まさか、じゃあ王も……」
「ええ、全てこのことをご存じですよ、ブレスの協力のおかげで早くことが進みました」
(第一王子、様? 二コラが?)
リーズは今まで過ごしていた優しい二コラと別人のような気がして、呆然としてしまう。
「そして、これは王命です。フルーリー伯爵、貴殿には当主の座から退いていただき、ここにいるブレス殿を次代のフルーリー伯爵とする! そして、子を捨てた罪は王都の獄にて償っていただきます」
「いやだああああーーーーーー!!!!!」
こうしてフルーリー伯爵は伯爵の座から降り、獄で処分を待つ身になった。
リーズと二コラは再び辺境の地の家へと戻ってきていた。
「二コラ……様」
「様はよしてくれ、今まで通りでいい」
「でも、まさか王子様だったなんて、知らなかったとは失礼いたしました」
「構わない、むしろかしこまられるとこまる」
リーズは二コラに近づくと、俯きながら自分の気持ちを言う。
「妻になるって話、正直初めは驚きましたが、だんだん一緒に過ごすにつれてあなたのその優しい部分や頼りがいのあるところに惹かれて好きになりました」
「え?」
「そうですよねっ! 困りますよね!? だってたぶん王子には立派な婚約者の方がいらっしゃって、私なんて」
「本当かい?!」
「え?」