前回のあらすじ
マッドオークたちに襲われるという貴重な経験を得た結弦とノマラ。
あと少しずれていたら助けに来た騎士の矢が脳天に直撃するという経験も得られたのだが。
その後何事もなく街までたどり着いた、とは言えなかった。
「全く、まーた女の子とみるや突っ走るんですから!」
少しして合流した、こちらは徒歩の少女は、アルコの従者であるフラーニョだという。
「そう言うなフラーニョ。これはもはや我が家の血だよ」
「いっそ絶えてもらえませんかねぇ」
「はっはっは、拗ねるな拗ねるな」
「拗ねてません!」
アルコが馬上にあるだけでなくひょろりとした長身であるのに比べて、フラーニョはいささか小柄な作りだったが、足腰はしっかりとしていて旅慣れた風情があった。大荷物を背負って平然としているのも全くそれらしい。
「さて、早速街に向かう、前に、路銀を稼いでおこう」
「ろぎん?」
『旅で使うお金のことだよ』
こんなところでお賃金が稼げるものだろうかと、腰が抜けたままノマラの上でぼんやりと二人の歩みを見送って、そしてぺしりとノマラのしっぽが目元を覆った。
「ちょ、なにするの?」
『見ない方がいいよ、ユヅルは』
「なにしてるの?」
『多分、倒したっていう証明をもっていけばお金になるんだよ』
成程。ゲームや漫画でもそういう理屈はよく見る。
しかし証明とは何だろうかと少し考えてしまって、その少し考えるだけのおつむを、結弦は後悔した。
「証明って、つまり……」
『あの豚鬼というやつは、耳だね。角猪は角を折ってる』
聞かなければよかった。
しかし女二人であれだけの数の獲物から耳だの角だのを切り取って回収するというのは大変な作業ではなかろうか。自分も手伝いに行くべきではないだろうか。
「の、ノマラ、どうしよう……」
『腰の抜けた結弦が行ってもしょうがないよ。プロに任せよう』
それはそうかもしれない。
しかしそれにしてもどうしてだろうかと結弦は小首を傾げた。
普段仕事で傷など見慣れているというのに、いざ耳を切り取ると聞くとぞっとする思いになったのは不思議だ。
それこそ内臓がはみ出ていたり、折れた骨が皮膚を突き破っているところも最近は慣れてきたのだから、耳をそぎ落とすくらいは平気なのではないだろうかと、ちらりとノマラのしっぽから覗き見てみたが、駄目だった。
嬉々として猪の角を手斧で圧し折るアルコと、人間に似た生き物の耳を淡々とナイフでそぎ落としていくフラーニョの姿は、どうしようもなく恐ろしく感じられて、見ているのがいたたまれなくなった。
そうだ。耳や角といった部位自体が恐ろしいのではない。生き物を部品として見ることのできるあの二人が恐ろしいのだ。そう気づくと、なんだか先程まで自分たちを襲ってきていたあの生き物たちの方が哀れにも思えてきた。ではあの二人の方はどうかと言えば、さしもの結弦も口にはしかねた。
「やあ、終わったよ」
「ひゃっ」
「そんな血だらけで声掛けたら驚くでしょう。ほら、ちゃんと拭いて」
「やあ、失敬失敬」
革袋に戦利品を詰めて戻ってきた二人を何となく恐ろしい思いで見ながらも、結局のところ頼りになるのもまたこの人たちだけなのだという思いが、結弦の中の天秤を危ういところで均衡させていた。
街に辿り着いて、早速問題が発生した。
どう見ても巨大な肉食動物であるノマラの存在が問題視されるかと思ったが、どうも人が乗る生き物はひとくくりで馬と扱われるらしくて、鑑別札なる札を首に下げられておしまいだった。どんなファンタジーだ。
しかしまあ道を行く人々を見れば確かに、鳥のような人や、手足が四本ずつある人が普通に歩いているし、馬だけでなく巨大な鳥や蜥蜴などが荷運びをしていたり、いよいよもってファンタジーじみてきている
さて、問題というのは結弦に身分を証明するものが一切なかったことである。
「フムン、どこかで落としてきてしまったのかな」
「服もきれいですし、近くで仲間がはぐれているのかもしれませんね」
などと話し合っているけれど、ではそこんとこどうなのと聞かれでもしたら、何しろ答えようがない。ビルから落ちたらこんなところにいましたなどとどう説明しろというのだ。
「の、ノマラ、たすけて」
『仕方ないにゃあ』
必死で助けを乞うと、気だるげにノマラは顔を洗った。
「え、ええとですね、さっきの、豚鬼達に追いかけられていた所からはわかるんです。でも、それ以前のことは記憶があいまいで、頭をぶつけたせいだとは思うんですけれど。ここがどこかも、自分がどこから来たかもわからないんです。あ、名前とかはわかるんですけど」
結弦がいくら何でもご都合主義すぎるだろうと思いながらも、ノマラ監修によるそりゃあ無理があるだろと言わんばかりの怪しい設定を棒読みで告げてみたところ、何とそれで納得していただけた。
「そうか、そんな目になあ……いいともいいとも。遍歴の騎士が身分を保証しよう」
「大変だったんですねユヅルさん。もう大丈夫ですよ」
「お嬢ちゃん、もう大丈夫だからな。ゆっくり養生していきな」
むしろその心優しさと純朴さに結弦の心の方がざっくりと傷つけられそうなほどだったが、しかしこれでまず第一関門は突破したと言っていいだろう。むしろこの後の方が結弦には申し出るのがつらい思いだった。
「そ、それでですね、アルコさん」
「なんだいユヅルちゃん」
「その、襲われたときに落としたのか、お金も持っていなくてですね……」
そう、路銀がまるでないのである。
そりゃあ鞄に財布は入っているし、使う暇もないので女子中学生としてはそこそこのお小遣いが収まっている。しかしそれはこの世界ではまず間違いなく使用できない異世界の通貨なのである。何か売れるものでもあればよかったのだが女子中学生の鞄にそうそう金目のものは入っていないし、第一あったとしても相場がわからない。
なので頼れるものはというと、
「なんだ、そんなことか!」
「ひゃっ」
「大丈夫ですよ、しばらくは私たちが面倒見ますから」
「あ、いえ、そのっ、悪いですし」
「世の中持ちつ持たれつって」
「か、体で払いますからっ!」
何やら、盛大に間違えた気がする結弦だが、残念なことに世界には巻き戻し機能はついていないようだった。
「お嬢ちゃん達風紀が乱れるから他所でやってくれる?」
しかも門番の人に追い打ちを喰らってしまった。
すごすごと門を抜けると、馬上から優しい声が降ってきた。
「あー、ユヅルちゃん。気持ちは嬉しいけど、さすがに大人としてそう言うのは……」
ちゃらんぽらんとした感じの人に正論をぶたれるこの辛さがわかるだろうか。
しかし違う。
違うのだ。
結弦は少し間違えただけなのだ。
「あのですね、違くて、は、働いてお払いしますということでして」
「あー、なるほどね。それはそれで気持ちは嬉しいけど……」
馬上から見下ろす視線がつらい。
言わんとすることはわかる。
いまだに腰が抜けてノマラの上に乗っかったままであり、かつ服装はどう見ても労働なんかしたことがないだろうと言わんばかりのふわっふわの魔法少女装束だ。
よくて貴族の娘さん。悪くてそういうお店の踊り子だろう、どう見ても。
しかしここで言い出さなければ、もはやこの後はタイミングがつかめそうにない。
すでに結弦を迷子のお子様として扱うことを決定しているらしい二人に、結弦は覚悟を決めて切り出した。
「わ、わたし、魔法が使えるんです!」
『ところでそれ言って大丈夫な奴かな』
「え」
用語解説
・アルコ・フォン・ロマーノ
放浪伯に使える遍歴の騎士。諸国を旅して民のために戦うことを義務とする。
騎士爵ロマーノ家の三女にあたり、弓矢を得意とする。
・フラーニョ
アルコの乳姉妹。幼少のころからロマーノ家に仕え、アルコの遍歴の旅に付き添うようになった従者。
戦闘能力はあまり高くないが、大抵のことは器用にこなせるオールラウンダー。
・鳥のような人
天狗。
隣人種の一つ。風の神エテルナユーロの従属種。
翼は名残が腕に残るだけだが、風精との親和性が非常に高く、その力を借りて空を飛ぶことができる。
人間によく似ているが、鳥のような特徴を持つ。卵生。
氏族によって形態や生態は異なる。
共通して高慢である。
・手足が四本ずつある人
土蜘蛛。
足の長い人の意味。
隣人種の一種。
山の神ウヌオクルロの従属種。
四つ足四つ腕で、人間のような二つの目の他に、頭部に六つの宝石様の目、合わせて八つの目を持つ。
人間によく似ているが、皮膚はやや硬く、卵胎生。
氏族によって形態や生態は異なる。
マッドオークたちに襲われるという貴重な経験を得た結弦とノマラ。
あと少しずれていたら助けに来た騎士の矢が脳天に直撃するという経験も得られたのだが。
その後何事もなく街までたどり着いた、とは言えなかった。
「全く、まーた女の子とみるや突っ走るんですから!」
少しして合流した、こちらは徒歩の少女は、アルコの従者であるフラーニョだという。
「そう言うなフラーニョ。これはもはや我が家の血だよ」
「いっそ絶えてもらえませんかねぇ」
「はっはっは、拗ねるな拗ねるな」
「拗ねてません!」
アルコが馬上にあるだけでなくひょろりとした長身であるのに比べて、フラーニョはいささか小柄な作りだったが、足腰はしっかりとしていて旅慣れた風情があった。大荷物を背負って平然としているのも全くそれらしい。
「さて、早速街に向かう、前に、路銀を稼いでおこう」
「ろぎん?」
『旅で使うお金のことだよ』
こんなところでお賃金が稼げるものだろうかと、腰が抜けたままノマラの上でぼんやりと二人の歩みを見送って、そしてぺしりとノマラのしっぽが目元を覆った。
「ちょ、なにするの?」
『見ない方がいいよ、ユヅルは』
「なにしてるの?」
『多分、倒したっていう証明をもっていけばお金になるんだよ』
成程。ゲームや漫画でもそういう理屈はよく見る。
しかし証明とは何だろうかと少し考えてしまって、その少し考えるだけのおつむを、結弦は後悔した。
「証明って、つまり……」
『あの豚鬼というやつは、耳だね。角猪は角を折ってる』
聞かなければよかった。
しかし女二人であれだけの数の獲物から耳だの角だのを切り取って回収するというのは大変な作業ではなかろうか。自分も手伝いに行くべきではないだろうか。
「の、ノマラ、どうしよう……」
『腰の抜けた結弦が行ってもしょうがないよ。プロに任せよう』
それはそうかもしれない。
しかしそれにしてもどうしてだろうかと結弦は小首を傾げた。
普段仕事で傷など見慣れているというのに、いざ耳を切り取ると聞くとぞっとする思いになったのは不思議だ。
それこそ内臓がはみ出ていたり、折れた骨が皮膚を突き破っているところも最近は慣れてきたのだから、耳をそぎ落とすくらいは平気なのではないだろうかと、ちらりとノマラのしっぽから覗き見てみたが、駄目だった。
嬉々として猪の角を手斧で圧し折るアルコと、人間に似た生き物の耳を淡々とナイフでそぎ落としていくフラーニョの姿は、どうしようもなく恐ろしく感じられて、見ているのがいたたまれなくなった。
そうだ。耳や角といった部位自体が恐ろしいのではない。生き物を部品として見ることのできるあの二人が恐ろしいのだ。そう気づくと、なんだか先程まで自分たちを襲ってきていたあの生き物たちの方が哀れにも思えてきた。ではあの二人の方はどうかと言えば、さしもの結弦も口にはしかねた。
「やあ、終わったよ」
「ひゃっ」
「そんな血だらけで声掛けたら驚くでしょう。ほら、ちゃんと拭いて」
「やあ、失敬失敬」
革袋に戦利品を詰めて戻ってきた二人を何となく恐ろしい思いで見ながらも、結局のところ頼りになるのもまたこの人たちだけなのだという思いが、結弦の中の天秤を危ういところで均衡させていた。
街に辿り着いて、早速問題が発生した。
どう見ても巨大な肉食動物であるノマラの存在が問題視されるかと思ったが、どうも人が乗る生き物はひとくくりで馬と扱われるらしくて、鑑別札なる札を首に下げられておしまいだった。どんなファンタジーだ。
しかしまあ道を行く人々を見れば確かに、鳥のような人や、手足が四本ずつある人が普通に歩いているし、馬だけでなく巨大な鳥や蜥蜴などが荷運びをしていたり、いよいよもってファンタジーじみてきている
さて、問題というのは結弦に身分を証明するものが一切なかったことである。
「フムン、どこかで落としてきてしまったのかな」
「服もきれいですし、近くで仲間がはぐれているのかもしれませんね」
などと話し合っているけれど、ではそこんとこどうなのと聞かれでもしたら、何しろ答えようがない。ビルから落ちたらこんなところにいましたなどとどう説明しろというのだ。
「の、ノマラ、たすけて」
『仕方ないにゃあ』
必死で助けを乞うと、気だるげにノマラは顔を洗った。
「え、ええとですね、さっきの、豚鬼達に追いかけられていた所からはわかるんです。でも、それ以前のことは記憶があいまいで、頭をぶつけたせいだとは思うんですけれど。ここがどこかも、自分がどこから来たかもわからないんです。あ、名前とかはわかるんですけど」
結弦がいくら何でもご都合主義すぎるだろうと思いながらも、ノマラ監修によるそりゃあ無理があるだろと言わんばかりの怪しい設定を棒読みで告げてみたところ、何とそれで納得していただけた。
「そうか、そんな目になあ……いいともいいとも。遍歴の騎士が身分を保証しよう」
「大変だったんですねユヅルさん。もう大丈夫ですよ」
「お嬢ちゃん、もう大丈夫だからな。ゆっくり養生していきな」
むしろその心優しさと純朴さに結弦の心の方がざっくりと傷つけられそうなほどだったが、しかしこれでまず第一関門は突破したと言っていいだろう。むしろこの後の方が結弦には申し出るのがつらい思いだった。
「そ、それでですね、アルコさん」
「なんだいユヅルちゃん」
「その、襲われたときに落としたのか、お金も持っていなくてですね……」
そう、路銀がまるでないのである。
そりゃあ鞄に財布は入っているし、使う暇もないので女子中学生としてはそこそこのお小遣いが収まっている。しかしそれはこの世界ではまず間違いなく使用できない異世界の通貨なのである。何か売れるものでもあればよかったのだが女子中学生の鞄にそうそう金目のものは入っていないし、第一あったとしても相場がわからない。
なので頼れるものはというと、
「なんだ、そんなことか!」
「ひゃっ」
「大丈夫ですよ、しばらくは私たちが面倒見ますから」
「あ、いえ、そのっ、悪いですし」
「世の中持ちつ持たれつって」
「か、体で払いますからっ!」
何やら、盛大に間違えた気がする結弦だが、残念なことに世界には巻き戻し機能はついていないようだった。
「お嬢ちゃん達風紀が乱れるから他所でやってくれる?」
しかも門番の人に追い打ちを喰らってしまった。
すごすごと門を抜けると、馬上から優しい声が降ってきた。
「あー、ユヅルちゃん。気持ちは嬉しいけど、さすがに大人としてそう言うのは……」
ちゃらんぽらんとした感じの人に正論をぶたれるこの辛さがわかるだろうか。
しかし違う。
違うのだ。
結弦は少し間違えただけなのだ。
「あのですね、違くて、は、働いてお払いしますということでして」
「あー、なるほどね。それはそれで気持ちは嬉しいけど……」
馬上から見下ろす視線がつらい。
言わんとすることはわかる。
いまだに腰が抜けてノマラの上に乗っかったままであり、かつ服装はどう見ても労働なんかしたことがないだろうと言わんばかりのふわっふわの魔法少女装束だ。
よくて貴族の娘さん。悪くてそういうお店の踊り子だろう、どう見ても。
しかしここで言い出さなければ、もはやこの後はタイミングがつかめそうにない。
すでに結弦を迷子のお子様として扱うことを決定しているらしい二人に、結弦は覚悟を決めて切り出した。
「わ、わたし、魔法が使えるんです!」
『ところでそれ言って大丈夫な奴かな』
「え」
用語解説
・アルコ・フォン・ロマーノ
放浪伯に使える遍歴の騎士。諸国を旅して民のために戦うことを義務とする。
騎士爵ロマーノ家の三女にあたり、弓矢を得意とする。
・フラーニョ
アルコの乳姉妹。幼少のころからロマーノ家に仕え、アルコの遍歴の旅に付き添うようになった従者。
戦闘能力はあまり高くないが、大抵のことは器用にこなせるオールラウンダー。
・鳥のような人
天狗。
隣人種の一つ。風の神エテルナユーロの従属種。
翼は名残が腕に残るだけだが、風精との親和性が非常に高く、その力を借りて空を飛ぶことができる。
人間によく似ているが、鳥のような特徴を持つ。卵生。
氏族によって形態や生態は異なる。
共通して高慢である。
・手足が四本ずつある人
土蜘蛛。
足の長い人の意味。
隣人種の一種。
山の神ウヌオクルロの従属種。
四つ足四つ腕で、人間のような二つの目の他に、頭部に六つの宝石様の目、合わせて八つの目を持つ。
人間によく似ているが、皮膚はやや硬く、卵胎生。
氏族によって形態や生態は異なる。