翔太はようやく全てを語り終わった。凛から聞いたことも含め、彼女と出会った時から今までのことを、久々に再会した元さんに余さず伝えた。
 夜の更けた夜行列車のラウンジには、今は三人しかいない。窓を向いて並べられた、あまり上等でないソファーに座る彼の隣では凛が眠っている。身体を小さく丸め、翔太の腿に軽く頭を乗せて寝息を立てている。
 凛が事故に遭った日を境に、翔太は行方をくらました。それから今まで、日々食うや食わずの生活を送っていたと言う。いつでも凛と逃げられるように、履歴書なしで派遣されるような日雇いの仕事を転々とし、その中にはあまり褒められないものもあった。時には丘の上のベンチに座ったまま朝を迎える日もあった。
「凛を置いて行こうなんて、一度も思わなかった」凛の肩にそっと手をやり、優しい眼差しで寝顔を見下ろす。「でも、怖かった」その目を少しだけ細める。
「こんな生活、いつまでも続けられないってことは分かってたから。凛が来るまでに、俺の身体が駄目になるんじゃないかって。約束、守れなくなるかもって思ったら、怖かった」
 しかし今、二人はほうきぼしに乗っている。知らない遠い場所に向けて、夜を流れる星のように走っている。
 長い長い話を聞き終えた元さんは、翔太のすぐ横のソファーで深いため息をついた。車内で偶然顔を合わせてから、これまでずっと話を聞いていたのだ。
 翔太が黙ってしまえば、後は列車の進む音が静かに響くだけ。
「……翔太」呼ばれた彼は元さんの方を向く。「おまえは本当に、馬鹿なやつだな」
「そんなこと言わなくても」少しだけむくれる。
「一言でも、助けてくれって言ってくれりゃあ、わしらは何でもしたってのに」
「迷惑だよ、俺のことなんて」
「おまえが一人で苦しんでる方が、わしらには迷惑だ」
 はっきりと言い切られ、気まずく視線を逸らした翔太は、やがてその目を伏せさせた。「……ごめんなさい」小さな声で呟く。
「翔太も凛ちゃんも、もっと周りを見ろ。心配して力になりたいって思う人間がいることを忘れるな。頼られないまま消えられる方が、よっぽど傷つくんだぞ」
 そう言って元さんは立ち上がるが、翔太はその顔を見られない。肩を落として、もう一度「ごめんなさい」と謝る。
 その頭に大きな手のひらが触れた。咄嗟に目を瞑る翔太の頭を、元さんが少し乱暴に撫でる。
「よく頑張ったなあ。二人とも」瞼を開けて見上げた彼の視線の先で、元さんは笑っていた。「本当に強くなったな、翔太」
「まだまだだよ」翔太は笑う。「これからは、誰も悲しませない」
「ほどほどにな。おまえはもう、ひとりじゃないんだ」元さんは頭に置いていた手で、痩せた背を強めに叩く。「痛いよ」という台詞に大声で笑い返すと、翔太も満足そうな顔をした。
「……帰って来いよ」
 そう言って自分たちを見つめる眼差しに、翔太は大きく頷いた。
「必ず帰るよ。この先でまっとうに生きられるようになったら、どれだけ遅くても絶対に会いに行く」
「信じていいんだな」
「約束する」
「翔太の約束か。そりゃあ頼もしいな」
 三人が映る窓ガラスの向こうには、夜の景色が一面に広がっている。遠い街の灯が星のように輝いている。
 ほうきぼしは、まだ見ぬ明日に向けて、流れていく。