凛は泣いた。存在を確かめるように、彼を抱きしめて泣き続けた。その髪を温かな手が撫でる。すっかり伸びたその長さは、会えなかった日々の長さをそのまま体現している。
「事故のこと、風の噂で知ったよ。ごめん、会いに行けなくて」翔太は済まなさそうに言った。「もしも凛の叔父さんや叔母さんや、親戚に会ったらって思うと、行けなかったんだ」
「ううん。私もそうだと思ってたの」
「足、大丈夫?」
 凛は頷くが、翔太は彼女を支えながらベンチに座らせ、自分もその隣に並んだ。
「ひどい事故だったって。ニュースにもなってた」
「うん。私、色んなこと忘れちゃったの」ようやく泣き止んだ凛は、彼ににっこりと笑いかける。「でも、翔太のことは思い出したよ」それを見て翔太も笑う。
 まるであの日の続きのようだった。約束を守るべく、共に同じ場所を目指した十一月の続き。二度と訪れないと思っていた、物語の続き。
「ねえ、翔太」濡れた彼女の瞳は、まるで星のようにきらきらと光っている。「あの約束は、まだ続いてる……?」
「俺はずっと、そのつもりだよ。いつでも行ける」
「私ね、夢、見なくなっちゃったんだ」凛は少しだけ視線を伏せた。「あれからずっと、未来のことが分からないの」
 事故の直前に真っ黒の夢を見てから、凛はこれまで見ていたような夢を見なくなっていた。「私、役に立たないかもしれない」気落ちしたように呟く。
「何言ってんだよ。俺は凛といたいんだ。凛の夢と付き合ってたわけじゃない」翔太は笑った。「前言ったろ。凛の夢はきっと、少しでも幸せになれるようにって、神様がくれたものだったんだ。それがもう必要ないってことは、凛はこれからどう足掻いても幸せにしかならないんだよ。今までたくさん辛い思いしたんだから、もう何を選んだって良いことだけが起きるんだ」
 必要なくなったから、夢を見なくなった。彼の言う通りである気がして、凛は「うん」と頷いた。眦に残っていた涙を拭った。どん底を知ったのだから、これからは全てが上向いて幸せになる。
「俺たちは、山吹かもしれない。凛の言う、取るに足りない徒花かもしれない。だからどうしたんだよ」
 翔太は、凛の両手を握りしめる。
「それなら、見返してやろうぜ。何かが残っても残らなくても、俺たちの存在は、誰にも否定できない」
 凛も、翔太の手を強く握る。
「行こう。凛」
「うん。翔太」
 満天の星空の下、互いの笑顔と確かな体温。それだけが世界に満ちている。空っぽの世界は、溢れんばかりに輝いている。