「どうしたの」
 凛の言葉に、翔太は大袈裟なほどびくりと背筋を震わせた。
「……なんでもない」
 小声で呟くと、向かいのベンチに座る五十川も凛と同様に不安げな顔をする。
「風邪でもひいたのか」
「顔色悪いよ、翔太」
「大丈夫だって」
 そう言いながらも、共に中庭で広げていた自分の弁当を半分残したまま、翔太は蓋を閉じた。なんとか作ってきたはいいものの、食欲は微塵もわいてこない。
 隣に凛が座っている状況では、なおさらだ。
「体調悪いの?」心配そうに、凛は顔を覗き込んでくる。「そうだったら、無理して中庭まで来なくてもいいんだよ」
「無理なんてしてない」
 凛の顔をまともに見られない。だから俯いたのだが、それは余計に彼女の不安をあおった。
「何かあったの」
 そっと、凛の手が翔太の手を握る。その途端あらゆる物事が脳裏に蘇り、翔太は下手をすれば震えてしまいそうになる。
「何もないよ」
「だって、変だよ」
「何もないって」
「だけど」
「うるさいな!」
 思わず声を荒げ、翔太は彼女の手を振り解いた。驚きと戸惑いに満ちた表情が目に入り、すぐさま後悔する。「ごめん」慌てて謝る。
「ううん」悲しげな顔をすぐに打ち消し、優しい彼女は健気に笑ってみせた。「しつこくして、ごめんね」そんなことを言う。
 あり得ない。翔太は考える。こんなに優しくて笑顔の愛らしい榎本凛が、両親を惨殺した犯人の娘だなんて。殺したいほど憎い日下部雄吾の血を引いているだなんて、あり得るはずがない。
 そう言い聞かせながらも、翔太は立ち上がった。
「やっぱり俺、調子悪いみたいだ」弁当箱をしまった鞄を手にする。「二人とも、ごめん。先に教室に戻ってる」
 とてもじゃないが、凛の隣で冷静な姿を見せられる自信がなかった。踵を返し、昼休みの中庭を後にした。