絶句した翔太を見て、彼女は可笑しそうに続ける。
「どうしてあの子が親と暮らせなくなったか、あんた知ってんの」
「知らない……」
「だよね。言うわけないし」背もたれに背を預け、友加里は足を組んだ。「その父親、捕まって一生刑務所暮らしでさ。まあ死刑にならなかっただけマシってこと? そんで母親が離婚したんだけど、結局あの子捨てて逃げたんだって。だからうちに押し付けられたの」
「どうして、人殺しなんか……」
 あの優しい凛が、人殺しの娘だっただなんて。
「知りたい?」
「嘘だったら、許さない」
「ここまでの嘘、流石に思いつくわけないじゃん。事実だから教えてあげてんの」
 以前確かに、凛は言った。父親とは暮らせなくなった、離婚した母親はいなくなった。もし友加里の言うことが真実なら、それは至極納得できる。
「……凛の父親が何をしても、それは彼女には関係ないです」
 それでも翔太は絞り出した。
「あんただって嘘つくなよ。あの子、人殺しの血が流れてんだよ。あたしらもほんと迷惑してんだから」
「嘘じゃない……俺は……」
「その中身知ってもそんなこと言えんの?」彼女はいつもの不機嫌な表情で、しかし愉快そうに言う。彼女の態度から、それが余程ひどい事件だったと知る。
「なんかあの子の家、すっごい貧乏でさ。母親が身体が弱いとか何とかであんまり働けなくて、父親がめちゃくちゃ仕事してたらしいんだけど、そんでも貧しかったのね」癖なのか、彼女は指先で髪をくるくるといじる。「段々、父親が頭おかしくなっちゃって。知らない家に忍び込んで、そこの夫婦殺したのよ。それもさ、バットで撲殺だって」
 翔太は一瞬、心臓が止まってしまった気がした。
「駅でその家の家族見かけて、幸せそうだったんがムカついたらしいよ。ヤバいって」
 彼女はコーヒーで喉を湿らせて続ける。
「そのうえ妻の方は即死じゃなかったんだって。ちょっとでも苦しむように、あちこちの骨叩き折ってから殺したんだってよ。そんでさ、そこの子どもが起きてきたんだけど、近所の人らが怪しんでやって来たから、急いで殴って殺そうとしたの。でも死ななくてさ、その子だけ生き延びたんだって」
「……それ……」からからの喉で、翔太は掠れた声を出す。「いつの、事件……」
「何年前だっけ。確か、あの子が小一の時。えぐいよね。知らない家の人間二人も殺して、なんだっけ、助かった子もさ、目が見えなくなったらしいよ。そんでもあの子の父親、死刑にならずに済んで無期だって。いっそ死ねば縁が切れんのにさ、私らも……」
 ガン、と大きな音を立てて翔太はテーブルをこぶしで叩いた。友加里がびくりと身体を震わせ、周囲の客が驚いてこちらを振り返る。
「なによ、いきなり」文句を吐こうとした彼女は、彼の様子に眉をひそめた。
 翔太は浅い呼吸を必死に繰り返していた。でなければ、気を失ってしまうと思った。そうでなくとも眩暈がし、身体が小刻みに震える。まさか。まさか、まさか、まさか――。
「ちょっと」引きつる翔太の顔を、彼女は気味悪げに覗き込む。「あんた、そんなにショックだったの」
 もう友加里の声は耳に入らない。嫌な汗が幾筋も背中を伝う。日下部雄吾の顔がじわじわと脳裏によみがえる。悲鳴を堪え、頭をテーブルに叩きつける。一口しか飲んでいないミルクティーのカップが、床に落ちていった。