日曜日の夕暮れ時、呼び出された翔太が訪れたのは、駅前の喫茶店だった。
 天気は曇っていて、外は早くも薄暗い。店の中ではパソコンを開いたりお喋りを楽しんだりと、老若男女問わない人々がそれぞれくつろいでいる。
 レジで注文したホットのミルクティーを手にした翔太に、友加里が手招きをする。彼女の前のテーブルには、一口分だけ量の減ったホットコーヒーが置かれていた。
「あんた、真面目だね」彼女はスマートフォンで時間を確かめる。午後五時二十分。「十分前じゃん」
 翔太は向かいの席に座ると、一口すすったカップを置いた。
「話って、なんですか」
「そんな怖い顔すんなって」
 強張る翔太の顔を見て、いつも不機嫌な彼女はけらけらと笑う。だがそんなからかいに付き合っている暇はない。
「何ですか。凛さんのことですか」
「まーそうかもね」
「何かあったんですか」
「あったと言えばあったんだけどね」
 要領を得ない言葉に翔太はいらいらしてしまう。するとそれを感じた彼女は、本題に入ろうと身を乗り出した。
「ねえ、私と付き合ってよ」
 翔太は言葉を失い固まった。「それって、どういう……」なんとか振り絞ると、彼女は自分の髪を指先でくるくるといじりながら事も無げに言う。
「あんた、割と顔綺麗だし、青南ってことは頭もいいんでしょ。あんま面白くはなさそーだけど、まあ許容範囲」
「そんなこと言っても」
「なに」
「俺、凛さんと付き合ってるんですよ」
「知ってるよ」
 構わずカップのコーヒーを口にする彼女に、翔太は唖然とする。この人は一体何を言っているんだと混乱する。
「だからさ、別れればいーじゃん」当然のごとく彼女は言った。「そうすれば問題ないでしょ」
「嫌です」
 翔太も薄々勘付いてきた。
 彼女は自分に惚れているのではなく、凛に嫉妬しているのだ。彼氏という存在を作って毎日楽しそうにしている凛を、いつも不機嫌な顔の彼女は憎んでいる。そしてその感情を彼女は認めている。だから今、こんな態度を取りながら凛と別れろなどと言う。
 だが翔太には、そんな嫉妬の言いなりになる気など毛頭ない。
「俺は、別れたくない」
 きっぱり言うと、友加里は薄く笑みを浮かべる。
「そんな態度取っていいの?」
「どういう意味ですか」
「私さ、一応あの子の姉なんだよ。それ以前にあの子はただの居候。この意味わかる?」
 翔太は唇を噛み締めた。凛を許せない彼女は、この提案を呑まなければ凛を更にいじめる。ただでさえ立場の弱い義理の妹を、家の中でいっそう追いつめるつもりなのだ。
「それにさ、言っとくけど、あの子そーとーヤバいよ」
 如何にも重要な話だとばかり、わざとらしく声を潜める。
「変な言いがかりつけないでください。凛は優しい、普通の女の子だ」
「なんだ。あんたやっぱり何も知らないんじゃん」意地悪く彼女は笑う。「あの子もずるいよね。一番重要なこと隠して彼氏なんか作ってんだから。あんた騙されてんだよ」
「騙されてなんかない」
 翔太は懸命に、凛の笑顔を思い出した。誕生日にマフラーを編んでくれて、好きだと告白してくれて、会いたかったと言ってくれる優しさを思い出す。そこに自分を騙す感情なんて、あるはずがない。
 だが、明らかに凛は何かを隠している。そのことは以前から知っていたから、友加里の台詞に不安がぽこりとあぶくを立てた。一つが湧きあがれば、二つ三つと、その泡は盛り上がってくる。
「じゃあ教えてあげる」テーブルに肘をつき、顔を近づける友加里は小声で言った。「あの子の父親さ」
 知らなければよかったとは、翔太は思わない。ただ、神様はどれだけ自分たちをいじめるのかと、愕然とした。
「人殺しなんだよ」