本格的な夏休みに入ると、二人で隣町の夏祭りに行った。丘にも何度も上り、長い時間話をした。後半の講習が始まると、五十川も交えて三人で弁当を食べた。
 あっという間に時が過ぎていく。凛といると、時計が壊れたのではと思うほど、すぐに時間が経ってしまう。こんな毎日を送れるなんて、一年前の翔太は微塵も想像しなかった。
 九月の体育祭も終わり、秋を感じられる十月。その日も翔太は九時までのアルバイトを店でこなしていた。仕事も五か月目を迎え、いち従業員として動けるようにはなっていた。
 店の時計が九時を示し、閉店の十一時まで残る大学生に挨拶をした時、息せき切って一人の客が飛び込んできた。
 息を切らす凛は、レジ脇のケースからアイスの袋を一つ取り出す。「これください」レジ打ちのアルバイトの大学生に差し出しながら、翔太に目配せした。彼も急いで三階の更衣室に上がる。
 タイムカードを切って、仕事用のエプロンをロッカーにかけ、鞄を持って急いで下りる。店を出たすぐそこには、買ったばかりのアイスを手にした凛がいた。こちらを見ると、「間に合ってよかった」と笑う。
「どうしたんだよ、急に」
「これ、あげたくて」彼女が買ったのは、袋に包まれた一本の棒付きアイスキャンデーだった。「溶けちゃうから、食べて。お疲れさま」
 受け取った翔太は、その意味を察した。袋を剥ぎながら、「夢だな」と先手を打つと、彼女は頷く。
「帰って宿題しながらうたた寝しちゃって。その時、夢見たの。このお店で、このアイスを買う夢」
「もう遅いのに……。これ、俺が食べちゃってもいいの」
「もちろん。翔太にも会いたかったし、丁度よかった」彼女は平気でそんなことを言う。
 授業とアルバイトで疲れていた身体に、冷えた甘みは程よく染みる。身体の細胞が一つずつ息を吹き返す心持ちだ。
 翔太は店先でそれを食べきった。案の定、棒に書かれている文字は「あたり」。
「本当によく当たるな。凛の夢」
 改めて翔太が感心すると、「でしょ」と凛は得意げに胸を張る。
 棒を持って店に戻った翔太は、同じアイスを手にして再び外に出てきた。「あげるよ」凛に手渡す。
「ありがとう」
「こちらこそ」
 翔太は裏から引っ張ってきた自転車を押し、凛は隣を歩きながらアイスキャンデーを口にする。
 時折、冷えた秋の風が吹いてくる。「寒くない?」と聞いたが凛は「寒くない」と答える。今日が比較的暖かい日でよかったと翔太は思う。
 他愛のない話をし、笑い合い。翔太が店で貰ったアイスはやはりはずれだった。そのことを互いに可笑しく思いながら、帰路をたどる。凛の住むマンションまであと数分。暗い道に人通りはない。それでもどこかで秋の虫がりーりーと鳴くのが聞こえる。