二人は相談して、この関係は他人に隠さないでおくことに決めた。つまりは、巷で言う彼氏と彼女の関係になったこと。今後からかわれた時に嘘をつきたくなかったし、少し恥ずかしいがこれで怪しまれることなく堂々と会話ができるのだ。
「だろうな。見てれば時間の問題ってことはすぐにわかった」
 翔太はまず五十川にそのことを話した。恐る恐る口にしたのだが、相手は至極冷静に返事をする。
「あんなに榎本さんがアタックしてたのに。なんとも思わない方がおかしいって」
 知り合ってほんの数か月の彼にも、翔太の鈍さは見抜かれていた。
「時間の問題って思ってたんなら、なんで。修も、その、凛に告白したんだろ」
「何度聞いても翔太が否定するからだよ。本気で興味ないのかと思ったからさ、それなら俺にもチャンスがあるかもって思うだろ」
 五十川は翔太と違って随分行動力のある生徒だった。
「俺は、その……気付かなくって……」
「幸せもんだよ、翔太は」
 一時限目が終わり、生物室から教室に帰る途中、五十川は嘆息した。だがそれに謝罪するのも嫌味に思える。言い淀む翔太に対し、彼は眼鏡の向こうの目でいたずらっぽく笑った。
「榎本さんはいい子だよ。だから、幸せにしろよ。悲しませたら俺が怒るからな」
 凛の言う通りだ。五十川は、いいやつだ。
「わかった」
 そう思ったから、翔太も頷いて笑い返した。

 一学期の期末試験期間、アルバイト先の楠は翔太の学生という身分を気遣って、数日間はシフトを入れないでいてくれた。そのおかげもあってか、翔太はそれなりの順位を取って夏休みを迎えることが出来た。
 時間があるのだからバイトに専念しようと翔太は計画していたが、青南高校には夏休みの前半と後半に十日ずつ夏期講習を設けていた。参加は任意だというが、よほどの理由がない限り全ての生徒が登校する、半強制の二十日間だ。それでも午前の講習だけなので、翔太も当然参加した。家でバイトの時間までだらけているよりも、ずっと有意義な時間だ。
 前半の最後の講習の日、翔太は凛と五十川と共に中庭で弁当を食べ、話をした。文化部の二人は、そろそろ十一月の文化祭のことを考えなければならないらしい。
「翔太も、荷物運び手伝ってくれよ。男手足りないんだ」
「うんうん。そうしたら、私たちも楽できるしね」
 半分本気、半分ふざけて笑い合う時間は、実に楽しい。
 やがて教室に荷物を取りに戻り、玄関で五十川と別れた。
 今日は珍しく、翔太が凛を放課後に誘っていた。「海を見に行こう」と。しかし八月初旬の午後一時。これから更に暑くなるだろうと、二時間ほど図書室で課題をこなして過ごし、少し日差しが和らいだころに学校を出た。
 向こうに見える海を目指してアスファルトを歩きながら、途中に見かけた小さな文房具屋に寄る。目を引いたのは文具ではなく、「アイスクリーム」の旗だ。
 バイトをしているなら少しぐらい金を入れろと美沙子に言われ、翔太はやっと稼いだバイト代から一万円を彼女に渡していた。それでも、二百五十円のアイスクリームを買う金は手元に残っている。誰にも気遣う必要なしに口にできるそれは、いっそう美味しく感じられる。
 凛のチョコレート味と翔太のバニラ味を一口ずつ交換し、どちらも美味しいと言いながら再び歩き出す。
「暑いねー」
 制服の胸元を摘んでぱたぱたとやる凛に頷きながら、翔太は少し残念に思った。
「俺の目が見えてれば、よかったのにな」
「どうして」
「そしたらさ、自転車の二人乗りとか出来たのに。そうすればもっと早く着けるだろ」
 彼女が暑いと嘆く時間も短縮できたはずだ。それがなんだか悔しい。
 だが、考えた彼女は「そんなことないよ」と言う。「私は、こうして一緒に歩いてるだけで十分嬉しいよ。翔太とのんびり歩いて海まで行くの、去年から憧れてたんだ」
「去年?」
「そう。見学に来た時から」
 一年も前から彼女が自分を気にしていたことに、翔太は驚いてしまう。
「来年、一緒に青南高校に通って、放課後に海まで散歩して、たくさん喋って。そんなことが出来たら幸せだなあって、ずっと思ってた」彼女は跳ねるような笑顔を見せる。
「だから今、本当に幸せなの。願ってたことが全部叶っちゃったから。おまけに好き同士になれたし。いいのかな、怖いぐらい幸せ」
 少し恥ずかしそうに、凛は翔太の左手を掴んで大きく振る。翔太は何も言えないまま、代わりに彼女の手を強く握りしめた。