彼女が泣き止んだ頃、翔太にも少しだけ恥ずかしさが戻ってきた。
 だが、顔を見合わせると笑えてきてしまう。翔太がふふっと笑うと、凛もくすくすと笑う。
「よかった」改めて彼女は言った。「私だけだったらどうしようって、ずっと思ってた」
「ごめんって。そういう風に考えたことなかったからさ、まさかだったんだよ。こっちだってびっくりした。泣かなくてもいいのに」
「嬉し泣きだから。許して」凛は、泣き腫らした目を恥ずかしそうに擦る。「私も自分で驚いたの。悲しくないのに泣いちゃうのって、初めてだったから」
 素直な彼女らしい。涙を零すほど喜んでくれていることが、翔太には嬉しい。
「あのね……」
 少しの沈黙の後、彼女はおもむろに切り出した。
「なに?」
「実はね、私、告白されてたの」
 瞬時に意味を理解できず、翔太はただ瞬きを繰り返す。「誰に?」ようやく言えたのはその一言。
「えっとね……」言ってもいいのかと迷う素振りを見せながら、彼女は呟いた。「五十川くん」
 まるで気付かなかったと、翔太は驚きをあらわにする。
「いつ?」
「先週、告白してくれた」
 五十川とは一緒に弁当を食べているが、翔太はそれに少しも気が付かなかった。だが言われてみれば、彼が何度も自分と凛の関係を尋ねていたことを思い出す。その度に、ただの中学が同じ友人だとしか答えなかった。あれは質問ではなく確認だったのだ。
「凛は、なんて返事したの」
「……断ったよ、もちろん」言いにくそうに彼女は口にした。
「五十川くんね、すごくいい人なの。私だけじゃなく、誰にでも気さくに話してくれて。翔太も知ってるでしょ」
「うん」恐らく彼と初めに友人になったのは自分だから、翔太はそのことに関しては合点がいった。最初に話しかけてくれたクラスメイト。いま教室で一番仲が良いのは彼だ。
「好きな人がいるから、ごめんって言ったの。そうしたら、気遣わせてごめんって言ってくれた。それからも、普段通りにしてくれてる。いい子だよね」
「うん。俺も、あいつはいいやつだと思う」
 だが、知らず知らずの間に友人の恋敵になっていたと知れば、複雑な心持ちだ。五十川はきっと、凛が誰のことを指したか理解していたに違いない。これは知らんふりは出来ないぞ、と翔太は思う。
「私、彼のおかげで勇気をもらえたんだ。私も五十川くんの気持ちに気付かなかったから、私も言わないと永遠に気付いてもらえないって。だって翔太だもん」
「だから、ごめんってば」
 くすりと凛は笑った。
「これからも、みんなで仲良くできたらいいね」
 それが彼女の望む幸福だった。誰も嫌な思いをせず、それでいて素直なまま、笑って毎日を過ごせたらいい。そんなささやかな願いが、榎本凛が心から欲しがる世界の様相だった。
 みんな幸せになれたらいい。翔太もそう思った。他人に無頓着な姿勢を貫くつもりだったのに、いつの間にかそんな願いが心に芽生えていた。彼女のおかげだ。心の底から、そう思った。