弁当箱を返し、自分の鞄から出した水筒で一息つき、翔太は改めて彼女の優しさを噛み締める。幸福感と共に、疑問さえ湧いてくる。自分はここまでしてもらう義理を、彼女に果たしたことがあっただろうか。
「凛は、優しいよな」
少しだけ素直に言うと、彼女はきょとんと目を丸くした。
「そんなことないよ」
「あるって。だって、俺なんかのためにここまでしてくれる。俺は中々動かないのに、いつも誘ってくれるし、話したいなんて言ってくれる」
「だって、本当のことだもん」
「わざわざマフラー編んでくれたり、高校見学だって誘ってくれたし。あれがなかったら、俺、高校行くなんて発想すらなかったよ」
正直な感想を並べる翔太に、凛は横顔を見せて視線を微かに伏せさせた。
「……翔太だから、だよ」
え、と言葉を切った翔太に、今度は真っ直ぐな視線を向けた。
「翔太だから、寒そうにしてるのが嫌だったし、一緒の高校も行きたかったんだよ。いっぱいいっぱい話したいし、おにぎりぐらい、いくつでも作ってくるよ」とりとめなく言葉を紡ぐ彼女は、返事を挟む余裕を与えず続ける。「本当に、鈍いよね。私がこれだけ素直なのに、全然気づいてくれないんだもん」
言葉はふざけているが、彼女はいたって真剣な顔で翔太を見つめる。
そして彼にとって、一生忘れられない言葉を口にしたのだ。
「私、翔太のこと好きなんだ。大好きなの」
凛は真っ赤になった顔を俯けた。
翔太は、仰天して何も言えなかった。凛が、自分のことを好きだって? そもそも自分に告白してくれる女の子がいるなんて、期待どころか想像したことすらないのに。
しかし全てに合点がいった。彼女は確かに優しい女の子だ。だが少し過剰だとも思えるそれの根拠が、彼女の中には確立していたのだ。
「いつ気付いてくれるかなって、ずっと待ってたのに。ちっとも気付かないんだから」
「いや……ちょっと待ってよ」
「待てない。もう待たない。私は翔太が大好き」
ついばむように言葉を口にする凛を、翔太は最初、唖然と見ているだけだった。だが彼女が膝の上で握りしめる両手や、強張る細い両肩、光の宿る瞳を目にすると、次第に苦しくなってくる。凛はやっとの思いで、言ってくれているのだ。今までの関係がすべて崩れてしまう可能性を恐れながらも、秘めていた想いを懸命に伝えてくれている。少しずつ、本当に僅かずつ縮めた自分たちの距離。その最後の一歩を踏み出してくれている。
翔太はこれまで、誰かを好きになったことはなかった。自分を厄介者扱いする雨宮家の人間に、愛情を感じることはなかった。
それでは、よつば食堂の人たちはどうか。彼らのことは「好き」だが、それは「親しさ」と呼ぶべき、本来の家族に対して抱くはずの感情に似ていた。学校にも「好き」な友人はいるが、それは男女問わず「友人」としての枠組みを超えたことはない。
今になって、榎本凛がどちらにも属さないことに気が付いた。
食堂で出会った、大切な友人。だが、それだけの枠に収めるには、彼女の存在は大きすぎる。自分の未来を変えてくれて、忘れていたことをたくさん思い出させてくれて、想像さえしなかった想いを伝えてくれる。好きだと言ってくれる。
「俺は……」
知らなかったから、気づけなかった。けれどもう目は逸らさない。消極的だなんだと言い訳はしない。彼女と一緒に居たいのは、彼女と話をしたいのは、たった一つの感情のおかげ。
「俺も、好きだよ」
初めてのことに心臓がうるさく鳴っている。今日、こんな瞬間が来るなんて、ちっとも思いがけなかった。
「俺も、凛が大好きだ」
こちらを見つめる彼女の瞳が、みるみる潤んでいく。唇の端が微かにわななく。彼女は無理に笑おうとしているようだった。目を細める動きを受けて、眦から光がこぼれる。美しい雫が、彼女の頬を滑って落ちる。
よかった、と凛の唇が声なく動いた。その動きにはたくさんの意味が込められていた。安堵と嬉しさと、抱いていた恐怖が垣間見える。告白して翔太に嫌われたらどうしよう。それなら言わない方がマシだった。そんな想像を恐れていたに違いない。
「ごめん。ずっと、気付けなくって」謝ると、凛は泣きながら首を横に振る。「でも、おかげで気付けたよ。ずっと、凛と一緒にいたいって。もっと色んなこと話していたいって」
大きく頷きながら、彼女はぽろぽろと涙を零す。
その両肩に腕を伸ばし、翔太は凛を抱き寄せた。少しでも近くにいたいと思えば、自然と腕が伸びていた。やがて、彼女の細い両腕が背中に回ってくる。「ありがとう」と囁く声が聞こえた。
「凛は、優しいよな」
少しだけ素直に言うと、彼女はきょとんと目を丸くした。
「そんなことないよ」
「あるって。だって、俺なんかのためにここまでしてくれる。俺は中々動かないのに、いつも誘ってくれるし、話したいなんて言ってくれる」
「だって、本当のことだもん」
「わざわざマフラー編んでくれたり、高校見学だって誘ってくれたし。あれがなかったら、俺、高校行くなんて発想すらなかったよ」
正直な感想を並べる翔太に、凛は横顔を見せて視線を微かに伏せさせた。
「……翔太だから、だよ」
え、と言葉を切った翔太に、今度は真っ直ぐな視線を向けた。
「翔太だから、寒そうにしてるのが嫌だったし、一緒の高校も行きたかったんだよ。いっぱいいっぱい話したいし、おにぎりぐらい、いくつでも作ってくるよ」とりとめなく言葉を紡ぐ彼女は、返事を挟む余裕を与えず続ける。「本当に、鈍いよね。私がこれだけ素直なのに、全然気づいてくれないんだもん」
言葉はふざけているが、彼女はいたって真剣な顔で翔太を見つめる。
そして彼にとって、一生忘れられない言葉を口にしたのだ。
「私、翔太のこと好きなんだ。大好きなの」
凛は真っ赤になった顔を俯けた。
翔太は、仰天して何も言えなかった。凛が、自分のことを好きだって? そもそも自分に告白してくれる女の子がいるなんて、期待どころか想像したことすらないのに。
しかし全てに合点がいった。彼女は確かに優しい女の子だ。だが少し過剰だとも思えるそれの根拠が、彼女の中には確立していたのだ。
「いつ気付いてくれるかなって、ずっと待ってたのに。ちっとも気付かないんだから」
「いや……ちょっと待ってよ」
「待てない。もう待たない。私は翔太が大好き」
ついばむように言葉を口にする凛を、翔太は最初、唖然と見ているだけだった。だが彼女が膝の上で握りしめる両手や、強張る細い両肩、光の宿る瞳を目にすると、次第に苦しくなってくる。凛はやっとの思いで、言ってくれているのだ。今までの関係がすべて崩れてしまう可能性を恐れながらも、秘めていた想いを懸命に伝えてくれている。少しずつ、本当に僅かずつ縮めた自分たちの距離。その最後の一歩を踏み出してくれている。
翔太はこれまで、誰かを好きになったことはなかった。自分を厄介者扱いする雨宮家の人間に、愛情を感じることはなかった。
それでは、よつば食堂の人たちはどうか。彼らのことは「好き」だが、それは「親しさ」と呼ぶべき、本来の家族に対して抱くはずの感情に似ていた。学校にも「好き」な友人はいるが、それは男女問わず「友人」としての枠組みを超えたことはない。
今になって、榎本凛がどちらにも属さないことに気が付いた。
食堂で出会った、大切な友人。だが、それだけの枠に収めるには、彼女の存在は大きすぎる。自分の未来を変えてくれて、忘れていたことをたくさん思い出させてくれて、想像さえしなかった想いを伝えてくれる。好きだと言ってくれる。
「俺は……」
知らなかったから、気づけなかった。けれどもう目は逸らさない。消極的だなんだと言い訳はしない。彼女と一緒に居たいのは、彼女と話をしたいのは、たった一つの感情のおかげ。
「俺も、好きだよ」
初めてのことに心臓がうるさく鳴っている。今日、こんな瞬間が来るなんて、ちっとも思いがけなかった。
「俺も、凛が大好きだ」
こちらを見つめる彼女の瞳が、みるみる潤んでいく。唇の端が微かにわななく。彼女は無理に笑おうとしているようだった。目を細める動きを受けて、眦から光がこぼれる。美しい雫が、彼女の頬を滑って落ちる。
よかった、と凛の唇が声なく動いた。その動きにはたくさんの意味が込められていた。安堵と嬉しさと、抱いていた恐怖が垣間見える。告白して翔太に嫌われたらどうしよう。それなら言わない方がマシだった。そんな想像を恐れていたに違いない。
「ごめん。ずっと、気付けなくって」謝ると、凛は泣きながら首を横に振る。「でも、おかげで気付けたよ。ずっと、凛と一緒にいたいって。もっと色んなこと話していたいって」
大きく頷きながら、彼女はぽろぽろと涙を零す。
その両肩に腕を伸ばし、翔太は凛を抱き寄せた。少しでも近くにいたいと思えば、自然と腕が伸びていた。やがて、彼女の細い両腕が背中に回ってくる。「ありがとう」と囁く声が聞こえた。