翌日、なけなしの三百円を握りしめて久々に翔太が訪れたよつば食堂では、いつもの面々がアルバイトの採用を自分のことのように祝ってくれた。口々に「頑張れよ」と声をかけてくる。
 それがひと段落すると、偶然居合わせた凛と向かい合って食事を始める。
「すぐに教えてくれたらよかったのに」
 不満げにサバの味噌煮を口にする彼女に「ごめん」と謝った。
「教える方法がなかったんだ」
「そういえば、そうだね」翔太が自分専用の連絡手段を持っていないことを凛も思い出したようだ。
「あとで、私の電話番号教えるね。いつでもかけてきていいよ」
「迷惑だって」
「そんなことないよ。……それより」首を振る彼女は、誇らしげに胸を張った。
「やっぱり当たったでしょ。私の夢」
 手を止めて少し考え、翔太は素直に頷いた。
「すごいな。実は知り合いだったとかじゃないよな」
「疑わないでよ」凛はくすくすと笑う。「全然知らない所。行ったこともないよ。あ、でも翔太が働くんなら遊びに行こうかな」
「邪魔するなよ。俺は真面目なんだから」
「わかってるってば」ひとしきり笑った彼女は、やがてどこか寂しそうな顔をした。
「でも、アルバイト始めたらもっと会えなくなっちゃうね。部活がお休みでも、今度は翔太が忙しいんだから」
「まあ、そうだけど……。学校同じなんだから、そんな深刻に考えなくても」
「学校同じでも、クラスは違うでしょ」
「同じ屋根の下だよ」
 彼女は一度伏せた視線をさ迷わせ、再び翔太に向けた。
「……翔太は、それでもいいの」
「それでもって」
「私は……」言いにくそうに口ごもり、やがてぽつりと呟いた。「寂しいな」
 悪いことをしている気分になり、翔太は中身の半分残っている丼を見下ろした。流石に恥ずかしい。恥ずかしいが、素直な気持ちを言わなければきっと彼女を傷つけてしまう。彼女は素直に言ってくれているのだから。
 左手で軽く頭をかき、翔太はなんとか「俺も」と呟いた。「……ほんと?」と凛が不思議そうな顔を見せる。「ほんとだよ」と返すと彼女は微笑んだ。
「よかった。ひょっとして、迷惑なんじゃないかって、少し不安だったんだ」
「迷惑って、なにが」
「教室に行ったり、話しかけたりするの。周りにからかわれて、嫌な思いしてるんじゃないかって」
「そりゃあ、周りは言ってくるけどさ。そんなの俺は気にしない。隠すことなんて何もないだろ」
 僅かな沈黙の後、「そうだね」と彼女は笑う。
「むしろ、俺を気にしすぎて、凛がクラスで何か言われてないかが心配になる」
「私は平気だよ。そんなの気にしてたら、翔太の教室までわざわざ行かないもん」
「それならいいけどさ……。俺は、その、話せるのは嬉しいけど」
 凛は二度目の「ほんと?」を口にした。今度はその目にいつもの輝きが垣間見える。これ以上は口にするのが恥ずかしく、翔太は黙って頷いた。
 凛と居ると、心が和らぐ。周囲に抱きがちな警戒心を、彼女の笑顔は溶かしてくれる。下を向こうとする視線を、彼女の言葉は上向かせてくれる。興味も期待もない明日が、今日より少し良い日になるかもと思えてくる。そんな彼女が声をかけに来てくれて、嬉しくないはずがない。
「それなら……翔太さえよかったらね、私にひとつだけ考えがあるの」
「考えってなに」
「明日発表します。昼休み、空けててね」
 愉快そうな言い方に、今度は翔太も笑ってしまった。