火曜、そして水木金と、翔太は凛をマンションの一階まで送り、朝は迎えに行くという日常を過ごした。あちこちに警察官が立ち、住民が神経をぴりぴりさせている町は気味が悪い。しかし一緒に登下校できる毎日は不謹慎だが楽しかった。彼女は決して寝坊せず、帰りも無理に引き止めず、また明日と手を振ってくれる。いつも楽しげに学校生活を送っているが、一緒に過ごす登下校の時間はより一層喜んでくれている、ように見える。だから翔太も、明日がいつもより楽しみになる。

 四月も終わりを告げる土曜日、この日も風の穏やかな昼下がりだった。凛に借りた本を読んでいた翔太は、いつの間にか部屋で横になって眠ってしまっていた。
 やがて話し声で目を覚ました。どうやら美沙子が、玄関先で誰かと話をしているらしい。中に入らないということから、チャイムを鳴らしてやって来た勝也以外の人間だろう。珍しいことだ。そう思いながら身を起こした。
 低く聞こえる声から察するに、相手は男のようだ。だが翔太には全く聞き覚えのない声だった。しばらくすると、美沙子が何ごとか大声を出すのが聞こえる。聞き慣れたヒステリックな叫び。だがその内容が聞き取れず、何ごとかと思案していると、廊下をやって来た美沙子に襖越しで呼ばれる。
「翔太! 翔太、ちょっと!」
 流石に他人の前では「おまえ」だの「おい」だの言えないのだろう。声に含まれる焦りに気づき、翔太は立ち上がって部屋を出た。
 玄関先にいるのは、スーツを着た二人の男だった。一人は年配、もう一人は三十そこそこだろう。翔太が驚愕したのは、彼らが見せたものにあった。テレビドラマに疎い彼にも見覚えのある、金色のバッジ。警察だ。年配の方は渡邊(わたなべ)、後ろにいるのは高橋(たかはし)というらしい。
「翔太くん、ですか」
 渡邊という警官が言う。はい、と返事をする翔太の声は掠れてしまう。物腰は丁寧だが、深いほうれい線や下がった口角、なにより眼差しの鋭さが、ただの一般人ではないことを強く告げている。
「この近辺で、窃盗事件が起きていることをご存じですか」
「まあ……」
「先日起きた強盗事件も」
「一応、知ってます」
「その事件のことで、聞き込みを行っているのです。ご協力ください」
 有無を言わせぬ口調に翔太はただ頷き、隣にいる美沙子を横目で見た。彼女は狼狽と苛立ちを含む表情で、三人の様子を見ている。
「この前の日曜日、あなたは何をしていましたか」
「日曜日、ですか」
 驚愕に固まる思考を無理矢理動かす。まさか自分が強盗犯だと疑われはしないだろうが、それでも緊張は禁じ得ない。
「この部屋に、いました」
「どこにも出かけなかったのですか」
「……あ」思い出して慌てて付け足す。「昼ごはん、食べに行きました。近くの回転寿司」
「一人で」
「いえ。えっと」何と説明すべきか迷いつつ、慎重に答える。「その、知り合いの人と一緒に」
「知り合いとは、学校の知人とか」
「ではなくて、美沙子さん……伯母さんの、婚約者。佐々木さんっていう人です」
 渡邊と高橋が何ごとか目配せするのに、翔太は段々と不安になる。知らない間に自分は何かしてしまったのか。嫌なことを考える。
「翔太くんを疑っているわけではないですよ」高橋という男がその気配を察する。「その時のことを、出来るだけ詳しく教えてください。どんなことを話したか、とか」
「えっと……野球の話を、しました」
 野球、と多少拍子抜けした返事に、「部活の話をしてて」と付け足す。
「他には」
「……あの」だが、考えた翔太は言い淀む。勝也が美沙子の浮気を疑っていた話を、本人の前で口にするのは気が引けた。彼女の恋愛事情を教えていたことなど、できれば知られたくない。
「この話、必要ですか。大したことなんて話してないし、その後もコンビニ寄って帰っただけだし……」
 訝しむ翔太に、「そうですね」と渡邊は言う。「もったいぶっても仕方ありません」
「なにが、ですか」
「先ほど話した強盗事件、ありましたよね。火曜日の未明です。その現場で採取された指紋が、佐々木勝也のものと一致したんです」
 え、と翔太は声を引きつらせた。その横で美沙子が怒鳴る。
「勝っちゃんはそんなことするやつじゃないって言ってんだろ!」
「今はまだ疑いがあるというだけです。犯人だと決まったわけじゃない」
 驚愕から、酸欠に陥る頭で翔太は思い出す。勝也が最後に来たのはいつだったか。確か、この前の日曜日。それからの一週間、珍しく一度も部屋に来ていない。
「うそ……」
 翔太はなんとかそんな声を漏らしたが、警察はとうに彼を調べ上げていた。