もう一度だけ、翔太は凛に付き添って被服室を訪ねた。
「本当に、二人とも受かったんだ!」
 二人のことを覚えていた上級生は、凛が入部を決めると喜んでくれた。反対に翔太は、何度も誘われたが即決はできなかった。単純に興味がなかったし、そんな中途半端な気持ちで入っても迷惑になると思ったのだ。
「重く考えすぎじゃないか」それを聞いた五十川は言った。「合わなきゃ辞めたらいいだけだろ」
「俺は出来るだけ省エネで生きたいんだ。辞めるぐらいなら最初から入りたくない」
 翔太の席は廊下側の先頭だった。出席番号順に配置されていれば、自然とそうなった。既に部員となった五十川は後ろの席で呆れた顔をするが、翔太は別にそれで構わなかった。これを消極的と取られようが、生真面目と取られようが、大して興味もない。
「彼女と正反対だな」
「だから、彼女じゃないって」
「ほんとか?」
「ほんとだよ」
 昼休みのざわつく廊下に彼が視線をやるので、翔太もそちらを向く。廊下の向こうからぱたぱたと凛がやって来ていた。肩で綺麗にそろえた髪に、藍色を基調とした制服がよく似合っている。
「通りかかったから、来ちゃった! あっ、五十川くんも、こんにちは!」
 窓枠から顔を出す彼女が元気に挨拶をするのに、五十川も「こんにちは」と返す。
「ねえ、翔太。今日放課後空いてる?」
「空いてるけど、被服室は行かないよ」
「ほんとに入らないの? 手芸部」
「だって、興味ないし、出来る気もしないし」
「他の部活は」
 凛は、翔太の高校生活を楽しくさせるのに気合を入れているようだった。
 だが翔太は、「考えてないよ」とすげなく返す。興味がないのに加え、部費のあてもない。おまけに往復二時間以上かかる自転車通学だ。あまり時間と体力を取られてしまえば、日常生活にも支障が出る。
「見学もいかないの? どこか興味あるところあったら、一緒に行くよ」
「面白そうで部費がかからなくて、週二ぐらいだったら考える」
「わがまますぎだよ」そう言って笑う凛は、廊下の先を見て「あっ」と声を上げた。
 翔太の心配は、案の定、杞憂に終わった。入学して二週間も経てば、彼女は手芸部にも教室にも新しい友だちを作っていた。
「ちょっと、私行くね。放課後、思いついたら一緒に見学行こう」
「うん、考えとく」
 翔太が頷くと、仲良くなった友人に呼ばれた凛は、再び廊下を軽い足取りで駆けていった。
 雨宮翔太と榎本凛が一緒にいる光景は、既に多くの生徒に認識されていた。当然、浮いた話を噂されるようになり、翔太はそれをあまり良く思わなかった。しかし、何が嫌なのか本質を考えてみても、答えは出ない。自分たちはただの仲良し。探られたってそれ以上のものは何一つ出て来やしない。仮に叩かれたって、ほこりなんて出てこない。それなのに、何を臆することがあるだろう。
 その思考に行きつくと、随分気楽になった。凛が何も気にしないなら、それでいいや。単純に翔太はそう思うことにした。
「付き合ってないってのが嘘みたいだな」
「嘘みたいでも、ほんとなんだ」
 クラスの言葉を代弁する五十川に、翔太はそう言った。