正面玄関の隅に、凛は所在なげに立っていた。翔太を見つけると途端に表情を輝かせて手を振る。が、その横の男子生徒に気が付くと、手を止めて怪訝な顔をした。
「ごめん、待たせて」
「ううん。ぜんぜん」それよりと隣を覗うのに、翔太は彼を紹介した。といってもせいぜい名前と、先ほど聞いたばかりの出身中学ぐらいだったが、凛は納得の顔をした。
「出席番号、近いんだね」彼女はすぐにそのことに気が付いた。「榎本凛です。翔太とは、同じ中学校だったの」そうして律儀に頭を下げると、五十川もつられて礼をした。
「去年、手芸部の見学行っただろ、その時いたんだって」
翔太が言うと、凛は「やっぱり!」と手を打った。「だから見覚えあったんだ。男の子もいるんだって思ったの、覚えてる」
「さっき聞いたんだけど」五十川はちらりと翔太の方を見た。「手芸部、入るんだって?」
「うん、そのつもり。五十川くんは」
「どうだろう。もう一回見学行ってから決めようと思う。でも多分、入るよ」
少しだけ話をすると、彼はもう帰ると軽く手を振った。
「翔太のこと、よろしくね」
凛が楽しそうに言うのに「保護者じゃないんだから」と翔太はつい呟いた。
五十川がいなくなると、凛はくすりと笑う。
「びっくりしたよ」
「なにが」
「翔太の方が先に友だち連れてくるんだもん」
「友だちっていうか……ちょっとしか喋ってないけど」
「でも、出席番号近い人と接点があるのは、いいことだよ」羨ましそうに言いながら凛は歩き出す。それもそうかと思いながら、翔太は彼女に続く。
「そっちはどうだった。クラス」
「まだ、わかんないけどね。全然話せてないし」
「まあ、凛なら大丈夫だよ」駐輪場に向かいながら、翔太は鞄から自転車の鍵を取り出す。
「大丈夫って、根拠がないよ」
「根拠はあるよ」
駐輪場は、ほとんどの生徒が電車通学をしているおかげで、混むことはないようだった。朝見た時も、そして今も、それぞれのクラスに数台ずつしか自転車は停まっていない。場所を巡って争う必要はなさそうだ。
「たとえば?」塗装が剥げかけている自転車を開錠する翔太に、凛が問いかけた。
「たとえば、中学」かごに鞄を入れて振り返る。一緒に入れようかと言ったが、これぐらい平気だと凛は首を振った。
「転校して一週間後には、クラスのほとんどと仲良くなってただろ。グループとかとっくに出来上がってたのに」
「あれは、みんながいい人だったんだよ」
「あと、食堂も」スタンドを倒して自転車をひっぱり出した。「俺なんか、小学生の時から通って今の感じなのに、凛は一足飛びだ。毎日来てるわけじゃないのにすぐ仲良くなったし」
「あれも、みんなが優しかったの」校門に向けて並んで歩きながら、凛は言った。「翔太だって、そのことは知ってるでしょ」
「知ってるよ。でも多分、凛だからすぐに馴染んだんだ。俺があの学校に転校しても、食堂に行って一か月が経っても、あそこまで仲良くはなれない」
「もしかして、褒めてくれてる?」
「励ましてる」
「落ち込んでなんかないのに」
「そう見えた」
玄関脇に立ち尽くす彼女は、翔太にはひどく寂しそうに見えた。そして、そんな凛の姿をいつまでも眺めていたくはないと思った。
「大丈夫だよ。私の心配なんかしなくたって」
「大丈夫って、さっきは根拠がないって言ってたくせに」
「うるさいうるさい、翔太のばか」
鞄を軽く振ってちょろりと舌を出すのに、翔太は思わず笑ってしまう。同時に、やっぱり大丈夫だと思う。こんなに明るくてエネルギーの溢れる彼女なのだ、きっとすぐに仲の良い友達もできるだろう。
「でも、ありがとね」
嬉しそうな笑顔が、こんなに眩しいのだから。
「ごめん、待たせて」
「ううん。ぜんぜん」それよりと隣を覗うのに、翔太は彼を紹介した。といってもせいぜい名前と、先ほど聞いたばかりの出身中学ぐらいだったが、凛は納得の顔をした。
「出席番号、近いんだね」彼女はすぐにそのことに気が付いた。「榎本凛です。翔太とは、同じ中学校だったの」そうして律儀に頭を下げると、五十川もつられて礼をした。
「去年、手芸部の見学行っただろ、その時いたんだって」
翔太が言うと、凛は「やっぱり!」と手を打った。「だから見覚えあったんだ。男の子もいるんだって思ったの、覚えてる」
「さっき聞いたんだけど」五十川はちらりと翔太の方を見た。「手芸部、入るんだって?」
「うん、そのつもり。五十川くんは」
「どうだろう。もう一回見学行ってから決めようと思う。でも多分、入るよ」
少しだけ話をすると、彼はもう帰ると軽く手を振った。
「翔太のこと、よろしくね」
凛が楽しそうに言うのに「保護者じゃないんだから」と翔太はつい呟いた。
五十川がいなくなると、凛はくすりと笑う。
「びっくりしたよ」
「なにが」
「翔太の方が先に友だち連れてくるんだもん」
「友だちっていうか……ちょっとしか喋ってないけど」
「でも、出席番号近い人と接点があるのは、いいことだよ」羨ましそうに言いながら凛は歩き出す。それもそうかと思いながら、翔太は彼女に続く。
「そっちはどうだった。クラス」
「まだ、わかんないけどね。全然話せてないし」
「まあ、凛なら大丈夫だよ」駐輪場に向かいながら、翔太は鞄から自転車の鍵を取り出す。
「大丈夫って、根拠がないよ」
「根拠はあるよ」
駐輪場は、ほとんどの生徒が電車通学をしているおかげで、混むことはないようだった。朝見た時も、そして今も、それぞれのクラスに数台ずつしか自転車は停まっていない。場所を巡って争う必要はなさそうだ。
「たとえば?」塗装が剥げかけている自転車を開錠する翔太に、凛が問いかけた。
「たとえば、中学」かごに鞄を入れて振り返る。一緒に入れようかと言ったが、これぐらい平気だと凛は首を振った。
「転校して一週間後には、クラスのほとんどと仲良くなってただろ。グループとかとっくに出来上がってたのに」
「あれは、みんながいい人だったんだよ」
「あと、食堂も」スタンドを倒して自転車をひっぱり出した。「俺なんか、小学生の時から通って今の感じなのに、凛は一足飛びだ。毎日来てるわけじゃないのにすぐ仲良くなったし」
「あれも、みんなが優しかったの」校門に向けて並んで歩きながら、凛は言った。「翔太だって、そのことは知ってるでしょ」
「知ってるよ。でも多分、凛だからすぐに馴染んだんだ。俺があの学校に転校しても、食堂に行って一か月が経っても、あそこまで仲良くはなれない」
「もしかして、褒めてくれてる?」
「励ましてる」
「落ち込んでなんかないのに」
「そう見えた」
玄関脇に立ち尽くす彼女は、翔太にはひどく寂しそうに見えた。そして、そんな凛の姿をいつまでも眺めていたくはないと思った。
「大丈夫だよ。私の心配なんかしなくたって」
「大丈夫って、さっきは根拠がないって言ってたくせに」
「うるさいうるさい、翔太のばか」
鞄を軽く振ってちょろりと舌を出すのに、翔太は思わず笑ってしまう。同時に、やっぱり大丈夫だと思う。こんなに明るくてエネルギーの溢れる彼女なのだ、きっとすぐに仲の良い友達もできるだろう。
「でも、ありがとね」
嬉しそうな笑顔が、こんなに眩しいのだから。