卒業式は、無事に終わった。三年間の中学生活は、終わりを告げた。
愁いに浸る間もなく、翔太は凛に引っ張られるまま、高校入学への準備を始めた。若葉中学校から青南高校に進学するのは、雨宮翔太と榎本凛の二人だけだった。だからだろうと翔太は思った。きっと凛は心細いから、制服の購入や教科書の受け取りにもわざわざ待ち合わせをして一緒に行きたがるのだろう。
「私も一緒に行く」
だが、流石に凛の言葉を断る場面もあった。
それは高校への通学手段について話している時だった。自転車で通うと行った翔太に、凛は自分もそうすると言ったのだ。
「いいって。凛は電車で行きなよ」よつば食堂でいつも通りの親子丼を食べながら、翔太は言った。「電車でも四十分かかるんだよ。女の子なんだし、帰りは危ないよ」
「平気だよ、それぐらい。私だって」今日は同じ親子丼を前にして、凛は譲らない。
「だめ」
「どうして」
「どうしても」
「いじわる」凛は頬を膨らませる。「いいもん。勝手に行くから」
「置いていく」言い捨てて食べ始める翔太に、「ひどい」と凛は身を乗り出した。
「私だって、心配してるんだよ」
「なにを」
「それは……」
それ以上何も言えなくなるのに、翔太にも少し罪悪感が湧く。ただ一緒に通学したいという思いと共に、彼女は不安なのだ。片目の見えない翔太が、長距離を毎日自転車で通って事故に遭わないかどうか。
しかし、かといって翔太に電車で通うという選択肢はない。交通費などというものを美沙子や勝也が考慮するはずがなかったし、食堂に通う大人が、幸い古い自転車を譲ってくれた。それでもう確定なのだ。
「いじわる言ってごめん」翔太は謝ったが、やはり承諾は出来ない。「でも、俺は大丈夫だよ」
「そんなこと言ったって」
「凛は部活だって入るだろ。そしたら帰りはいつも一緒なんてわけにはいかない。青南高校は田舎だから、人通りだってない。そんな夜道を、女の子が一時間以上もかけて一人で帰るのなんて危なすぎる」
「でも、翔太だってそんな夜道を一人で帰るんでしょ」
「俺は他に方法がないんだ。でもそっちは違うだろ。それなら安全な方を行って欲しい。もし俺に付き合って自転車で通って、何か事件にでも遭ったりすれば、無事だったとしても俺は堪えられないよ。説得できなかったことを一生後悔する」
凛は翔太を心配しているが、翔太も凛が心配なのだ。それに気づいた彼女は、渋々ながらも頷いた。
「ほら、冷めるから食べなよ」
不承不承の顔で、彼女はいただきますと手を合わせる。
「同じ学校なんだから。その気になればいつだって会えるよ」
翔太は何気なく言ったが、それを聞いた彼女の表情は至極嬉しそうだった。「……そうだね」と頷いて、微笑んだ。
愁いに浸る間もなく、翔太は凛に引っ張られるまま、高校入学への準備を始めた。若葉中学校から青南高校に進学するのは、雨宮翔太と榎本凛の二人だけだった。だからだろうと翔太は思った。きっと凛は心細いから、制服の購入や教科書の受け取りにもわざわざ待ち合わせをして一緒に行きたがるのだろう。
「私も一緒に行く」
だが、流石に凛の言葉を断る場面もあった。
それは高校への通学手段について話している時だった。自転車で通うと行った翔太に、凛は自分もそうすると言ったのだ。
「いいって。凛は電車で行きなよ」よつば食堂でいつも通りの親子丼を食べながら、翔太は言った。「電車でも四十分かかるんだよ。女の子なんだし、帰りは危ないよ」
「平気だよ、それぐらい。私だって」今日は同じ親子丼を前にして、凛は譲らない。
「だめ」
「どうして」
「どうしても」
「いじわる」凛は頬を膨らませる。「いいもん。勝手に行くから」
「置いていく」言い捨てて食べ始める翔太に、「ひどい」と凛は身を乗り出した。
「私だって、心配してるんだよ」
「なにを」
「それは……」
それ以上何も言えなくなるのに、翔太にも少し罪悪感が湧く。ただ一緒に通学したいという思いと共に、彼女は不安なのだ。片目の見えない翔太が、長距離を毎日自転車で通って事故に遭わないかどうか。
しかし、かといって翔太に電車で通うという選択肢はない。交通費などというものを美沙子や勝也が考慮するはずがなかったし、食堂に通う大人が、幸い古い自転車を譲ってくれた。それでもう確定なのだ。
「いじわる言ってごめん」翔太は謝ったが、やはり承諾は出来ない。「でも、俺は大丈夫だよ」
「そんなこと言ったって」
「凛は部活だって入るだろ。そしたら帰りはいつも一緒なんてわけにはいかない。青南高校は田舎だから、人通りだってない。そんな夜道を、女の子が一時間以上もかけて一人で帰るのなんて危なすぎる」
「でも、翔太だってそんな夜道を一人で帰るんでしょ」
「俺は他に方法がないんだ。でもそっちは違うだろ。それなら安全な方を行って欲しい。もし俺に付き合って自転車で通って、何か事件にでも遭ったりすれば、無事だったとしても俺は堪えられないよ。説得できなかったことを一生後悔する」
凛は翔太を心配しているが、翔太も凛が心配なのだ。それに気づいた彼女は、渋々ながらも頷いた。
「ほら、冷めるから食べなよ」
不承不承の顔で、彼女はいただきますと手を合わせる。
「同じ学校なんだから。その気になればいつだって会えるよ」
翔太は何気なく言ったが、それを聞いた彼女の表情は至極嬉しそうだった。「……そうだね」と頷いて、微笑んだ。