名のない季節に咲く桜を見たことがある。冬と春の境界線。あの日、目の前に一瞬だけ訪れた、透明な季節に。
 それは何よりも綺麗で、儚くて、美しかった。
 長い、長い旅を終える。
 記憶の底から手を引っ張るように、風が四季折々と一冊の文庫本のページをめくる。僕は詠の祈りと夢が込められた宝物を持って立ち上がった。
 展望公園の桜は満開だった。柔らかな風に枝葉が揺れ、春光がなびき、無数の花びらがこの四季巡る町に運ばれていく。その美しい光景を僕は悠然と、首から提げた一眼レフカメラで一枚だけ切り撮った。
 写真を確認して僕は微笑む。綺麗で躍動感もある。とても良い写真だ。
「おーい、湊ー!」
「湊くん! そろそろ行こ!」
 颯斗となずなに呼ばれて、僕は「わかった! すぐ行くよ!」と返事をする。
 僕は二人のもとへと歩き出す。
 四季折々には、叶えることができなかった願いも残った。でも、その願いごと胸に刻んで生きていこう。今の僕なら、僕たちなら、それができる。
 詠の、最期の四季折々。叶えるにはまだまだ時間が掛かりそうだ。でもゆっくりでいい。またいつか、出会う日まで。色々なものに手を伸ばして、この四季のなかを進みたい。
 空にゆっくり手を伸ばし、桜の花びらを一枚掴み取る。僕はそれを数秒眺めて、手に持っていた一冊の文庫本のページに、栞のように挟み込んだ。
「――必ず、君の四季は叶うよ」
 そうつぶやいて、風を切って走る。そして遠くで話していた颯斗となずなに合流した。
 僕たちは三人並んで、じっくりと歩き出した。

 いくつもの、輝く四季が待つ未来へ。