名のない季節に咲く桜を見たことがある。冬と春の境界線。あの日、目の前に一瞬だけ訪れた、透明な季節に。
 それは何よりも綺麗で、儚くて、美しかった。
 長い、長い旅を始める。
 桜の樹の幹に体を預けて、一冊のノートを開く。彼女の祈りが込められた、四季の証だ。そこに綴られた無数の願いに、心を通す。
 頭上には満開の桜が咲き誇っている。甘やかな香りと、白い輝きをたたえて。
 瞳を閉じて、記憶をたどる。春、夏、秋、冬。四季のようにくるくると魅せ方を変える彼女の表情がよみがえり、笑みがこぼれた。
 柔らかな風が、枝葉を揺らした。春の風はとても心地が良くて、瞳を開く。
 ――もう、大丈夫だよ。
 ノートに視線を落とすと、桜の花びらが一枚だけ挟まっていた。それを丁寧に手のひらに乗せて眺める。自分より、大切な人のことばかり考えていた彼女に届けと、空へ手を伸ばした。
 波のさざめきのような風が吹き、花びらは舞う。
 この色付けられた季節で、深く、深く息を吸い込む。
 そして遠くへ運ばれていく花びらを目で追いながら、希望と祈りに満ちた言葉を紡いだ。

「――四季折々」