部活を終えての帰り道、明るい空を見上げながら、すっかり日も長くなったなと夏の訪れを感じていると、不意に後ろから声を掛けられる。

「純花?」
「想真……え、何で? 練習は?」
「あー、ちょっとな」

 帰る方向も同じだ、いつもよりゆっくりと隣を歩きながら、先程のスケッチを思い出して気まずさを感じる。
 実家並みの安心感を誇る想真に対してこんな感情が芽生えるなんて、どうしたものか。何だかおかしい。あの謎の欠片のせいだろうか。
 おかしいと言えば、そもそもバスケ部はまだ練習中の筈だった、何故彼が今此処に居るのだろう。

「……何かあったの? 部活は?」
「いや、何でもない、たまたま早く終わったんだよ」
 見上げた先、彼は軽く頬を掻く。私だけが知ってる癖。明らかに嘘を吐いていた。
「……嘘。私に言いたくないこと?」
「そんなんじゃ……」
「じゃあ、なに?」

 あっさり嘘を見破った私に、想真は戸惑ったように視線を泳がせて、眉を下げる。詰め寄られてかわしきれない素直なところは、昔から変わらない。

「……ちょっと足首捻って、帰って安静にしろって言われた」
「えっ、大丈夫なの!? 肩貸す? おんぶする!?」
「ばーか、お前には無理だろ。大丈夫だよ、力入れると痛いけど、普通に歩ける」

 そう言って揺れる彼の足首には、確りとテーピングがされていた。
 試合前の大事な時期、怪我をするのは、きっと良くないことなのだろう。軽い口調で告げながらも彼は、落ち込んだように視線を落とし、何かに耐えるように小さく拳を握った。

「……試合に勝って、やりたいことあったんだけどさ、これじゃ難しそうだ」
「そっか……髪伸ばして願掛けしてたくらいだもんね」
「! 願いの内容、知ってたのか?」
 想真は思わず足を止め、驚いたように目を見開いて私を見てくる。
「そりゃあ、想真のことだもん、わかるよ」
「それじゃあ、その……」
「試合に勝ちたい! って願掛けなんでしょ? その後のしたいことっていうのは、知らないけど」
「……そうかよ」

 今度は安心したような残念なような、複雑そうな顔をする。先程からころころと変わる、分かりやすい百面相だ。こういうところも、昔から何も変わらない。

「というか、試合に勝ったらー、なんて言わずに、したいことがあるならすればいいじゃん」
「お前なぁ、そういうのはこう、やり遂げた後の御褒美というか、モチベーションというか……あるだろ、そういうの」
「御褒美とモチベーション……成る程。じゃあ、今してモチベーション上げちゃお!」
「……は?」
「いや、だって怪我して落ち込んでるでしょ? そんなんじゃ、勝てるものも勝てないよ!」
「いやいや、寧ろ勝てなきゃその『したいこと』も諦める、くらいの意気込みでだな……」
「えー……何それ勿体無い。やりたいことはやろうよ。私も夏休み、やりたいことたくさんあるし。……ほら、飴と鞭なら、むやみやたらに飴たくさんのが良くない?」
「いや、めちゃくちゃだろその理論……」
「そうかなぁ?」

 想真は呆れたように溜め息を吐いて、しかし何か吹っ切れたように微笑む。そして、再びぽとりと、道端にあの欠片が溢れ落ちた。
 学校で拾ったものより大きなそれは、傾きかけた夕陽を受けて美しく煌めく。

「純花の夏休みにやりたいことは?」
「えっ、ええと……花火大会とか夏祭りとか、海とか山とか……」
「ははっ、欲張りコースだな」
「うん、折角の夏だからね! 想真のやりたいことは?」
「……お前と、同じことがしたい」
「……? 夏の欲張りコース?」

 再び一つ、欠片が落ちる。気になって拾おうとして、耳に届いた予想外の言葉に瞬きをする。
 試合に勝たないと夏休みも満喫出来ないのか。ストイック過ぎるだろう。
 しかし彼は、やけに真面目な顔をして、私をまっすぐ見詰めてくる。次々溢れ落ちる欠片を拾うのを諦めて、私は視線に応えるように見上げた。夕陽を受けて、彼の顔は赤く染まる。

「夏休み、純花と一緒に過ごしたい。……夏を過ぎても、その先もずっと……」
「想真……?」
「幼馴染みなんだから当たり前、とか言うなよ? ……試合に勝って、お前にちゃんと、告白したかったんだよ。恋人として傍に居る権利が欲しくて」
「こく、はく……」

 思わずぽかんとしてしまう。寧ろこれは告白にカウントされないの? 返事は今するべき? やりたいことをやれと言ったのは私だけど、こんな少女漫画みたいな展開に自分が巻き込まれるなんて予想外だった。

「……勝ったら、改めてちゃんとするから。返事、考えといて」
「ま、負けたら……?」
「負けたら……慰めると思って夏休み一緒に遊べ」
「どっちにしろ願いが叶うシステム……」
「悪いかよ……飴はたくさんなんだろ?」

 照れ隠しに視線を逸らす彼に、驚きを通り越して思わず笑ってしまう。そんなに緊張しなくても、夏休みを一緒に過ごしたいと思ったのは、私も同じなのに。
 彼の周りに、まるで種蒔きのように次々落ちる欠片達を見て、不意に気が付いた。

「……? あれ、純花、何か落ちた」
「え……?」

 そう言って彼が、私の足元から何かを拾う仕草をする。指先に何かを摘まむが、目の前に翳されたそこには何もない。

「……何だこれ。キラキラした……何かの欠片か?」
「! それって……」

 私は同じように彼の足元からひとつ、一番綺麗な欠片を拾って、互いに見えないそれらをくっつけるように指先を触れ合わせる。

「す、純花……?」
「やっぱり! ハートだ!」

 私が落としたという欠片は、目には見えなかった。けれどかちりと、指先で何かが嵌まるような感触がした。

「……想真の欠片の片割れ、私が持ってたんだね」
「ちょっと待て、何の話だ?」
「……内緒。試合に勝ったら、教えてあげる!」


*******


 恋の欠片。或いは、想いの種。
 胸の内からぽろりと恋心が溢れ落ちたものなのか、これから形となる何かが込められたものなのか、そもそもこれが何物なのか、分からない。
 けれど彼から欠片が現れるのはいつも決まって私の傍に居る時で、私を見ている時や、私と何かをしている時。何気ない瞬間に、ひとつふたつと彼の周りに落ちるのだ。

 あの日種蒔きのように見えたその光景が、長年気付かずにいた恋の芽生えを自覚させるなんて、最初の一つを拾った時には思わなかった。
 それが見えるのは、私だけ。あの日突然見えるようになった彼の心の欠片を、私は今日も大切に拾い集める。

「想真、また何か隠したでしょ」
「なっ……くそ、欠片のせいか!?」
「欠片がなくても、想真のことはすぐにわかるよ」
「……幼馴染みだからか?」
「想真のことだから、ね」

 夏休みも、冬休みも、その先の未来も、一緒に過ごす何気ない日常は、きっと毎日が恋の欠片に彩られた特別な日々。

 いつか、彼も集めているであろう私の欠片と合わせて可愛いハートの花弁にして、手探りででっかい愛の花束にでもしてやろうと思う。