「あれ、想真(そうま)、今何か落ちたよ」
「……え?」

 ある日の昼下がり、先週誕生日プレゼントに貰った小さな鏡を机に置いて髪型を直している最中、立ち上がった隣の席の一条想真から、ふと何かが落ちるのが鏡越しに見えた。

 てっきり筆記用具か何かかと思い、しゃがみ込んで彼の足元の光るそれを拾い上げる。しかしそこにあったのは、予想に反し何やら歪な形の、硝子細工のようなプラスチックのような、はたまたグミか何かのような、何とも不思議な物体だった。

「……何これ?」

 しかし指先に摘まむその物体を見せると、彼は私の指先へと目を凝らした後、怪訝そうに首を傾げる。

「……? 何もないだろ」
「えっ? これだよこれ、見えないの?」
「埃か何かか?」
「いやいや、こんなでっかい埃なくない!?」

 最初は想真の悪ふざけか何かかと思った。彼とは幼稚園の頃からの仲だ、軽口を叩き合うこともしょっちゅうだった。けれど彼は嘘を吐く時、必ず軽く右の頬を掻く。幼馴染みの私しか知らない、想真の癖。それをしないということは、本当に見えていないのだろう。
 何だか怖くなって、想真に貰った鏡と一緒に制服のポケットにしまい込み、後で他の子にも見て貰おうと決意する。

「……。何でもない」
「……? それより純花(すみか)、次の移動教室、遅れるぞ」
「あ、うん!」

 すっかり忘れていた。通りで教室から人が減っている訳だ。
 そして慌てて教科書を机から出そうとして、私はその中身を床に盛大にぶちまけた。先に行こうとしていた想真はその音にぎょっとしたように振り向いて、今度は彼が散らばった物を拾い集めてくれる。

 何やってんだと呆れたように笑いながら手伝ってくれる想真から、再びぽろりと小さなプラスチックの破片のような、何かのパーツのような物が落ちたが、やっぱり彼は気付かないようだった。


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「一条くんから落ちてきた?」
「うん、これなんだけど、何だと思う?」

 放課後、私は同じ美術部の千鶴に拾い集めた謎の物体を見せた。
 あれから今に至るまで、追加で二つ現れたのだ。流石に気になる。

 一つは授業中ぼんやりしていた想真が当てられて、小声でこっそり答えを教えてあげた時。
 もう一つは、ホームルームを終えてそれぞれ部活に行く途中、廊下で擦れ違って頑張れと手を振った時。
 勿論私が見ていない時に他にも落ちていた可能性はあるが、気になって辺りを見回した限り他にはないようだった。

「もしかして、想真は実はロボットでそのパーツが……!」
「ないない。というか、純花は幼馴染みなんだから、ロボットならもっと何かしらあったはずでしょう」
「んん、だよねぇ……じゃあ何? ゴミにしては綺麗過ぎない?」
「というか、わたしにも見えないから何とも言えないんだけど。純花の幻覚とかじゃなく?」
「嘘ぉ……」

 両手の平の上に集めた四つのキラキラしたそれを眺めながら、途方に暮れる。どうやら、本当に私にしか見えないようだった。

 それは不揃いな何かの欠片のようで、私は四つの欠片を四つ葉のように可愛く並べて、スケッチを始める。絵にすれば千鶴にも見て貰える筈だと、我ながら良い思い付きだ。

 スケッチブックを広げ鉛筆片手によくよく観察してみると、その欠片は一つ一つ歪ではあるものの、雫のようにも、ハートを半分にしたようにも見える。

 ビー玉のように丸みを帯びて透き通っていたり、おはじきのように平べったかったり、溶けかけの飴のように歪んでいたり、形状も大きさもまちまちだったし、触り心地も何かに似ているようでどこか違う、柔らかいと固いの中間だ。そして冷たくてあったかい。色も角度によって変わるような、けれどキラキラと目を惹く美しさ。
 不思議なそれらを眺めていると、これの落とし主である想真のことが頭に浮かんだ。

 想真は去年くらいから、一気に背が伸びた。出会った頃は私の方が高かったのに、今では私とかなりの差がある。成長期と、高校から始めたバスケの影響もあるのかもしれない。

 そういえば最近少し伸びた髪も、今日はちょこんと下の方で縛っていた。今度可愛い髪飾りでも付けてからかってやろうか。願掛けで伸ばしてると言っていたけれど、何を願ったのかは教えてくれない。昔は小テストの点数も一々報告して来たのに。まあ、大方部活のことだろう。彼は今頃、来週に控えた試合に向けて練習の真っ最中の筈だ。朝練も頑張っているようで、朝通学路で会うこともなくなっていた。

 けれど今日は、欠片が気になったお陰かいつもより目が合ったしたくさん話せた気がする。
 もうすぐ夏休み、試合が終われば、少しは暇も出来るだろう。そうしたら、久しぶりに何処かに一緒に遊びに行けるだろうか。夏祭りに、花火大会。海や山に行くのも良い。お互いの家でただのんびりと宿題をするのも良い。何もしなくても、傍に居るだけで安心した。

 謎の欠片のスケッチが完成する頃には、無意識の内に想真の似顔絵まで描いてしまっていた。目の前に居なくても描ける、見慣れた彼の姿。
 その絵を千鶴に見られるのは何と無く気恥ずかしくて、私は慌ててスケッチブックを閉じた。


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