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 花と人間のハーフである少女は、人のように複雑な栄養を摂取する必要がなければ、花のように肥料を必要とするわけでもない。土の上で寝るのは心地が良いし、太陽の光ももっと浴びたいとは思うが、それらはただの娯楽だ。

 必要なのは水だけ。水道さえ止められなければ、少女は独りでも生きられる。


「もうすぐ夏も終わりか……」


 花びらを開かせていた外の向日葵達は、いつの間にか背を丸くして太陽を見上げる力を失っている。母親の予言通り、彼らは美しさを失った。乾燥した花びらは幾つも地に落ちて、人に踏み荒らされたのか、もはや花としての尊厳も失われているようだ。

 枯れた花びらを地は歓迎せず、早く取り除いてほしいと訴えかけている様子を少女は感じ取るが、見て見ぬフリをした。今は秋を迎える季節の変わり目だ。母親との約束を破るわけにはいかず、室内の換気にと僅かに開けていた窓を閉めて、地から目を反らした。


「今年の秋は台風が来ないといいなあ……」


 雨は水道代を浮かせられるけれど、台風では外に出られない。人に混ざって少女が働いている職場も、授業員の安全を考慮して休みになり、時間が過ぎ去るのを待つだけの一日となる。当然その日の給与はなく、月末の仕事を休みにしていることで他の人よりも少ない少女の給与はさらに少ないものとなるだろう。

 自分の食費だけなら生活には困らないが、家には家族と言えない家族がいて、お金があるに越したことはない。


「大丈夫。もしものときは、枯れ葉を拾い集めてくるわ。肥料には困らないから。飢え死にする心配なんて必要ないのよ?」


 不安の香りを醸し出したリンドウ達を、少女は手で優しく撫でた。枯れた向日葵を目にしただろう彼らから、羨望の空気が消えている。自分の生きる環境が一番だと思い直したか、自分達を育ててくれた存在がいなくなり、大きく込み上がった不安が上書きしたのか。

 リンドウ達の世話は、主に母親が行っていた。彼女が動けなくなってからは少女が代わりに水をあげていたが、今後も少女が面倒を見てくれるなどとは思っていないのだろう。少女は母親が残したリンドウ達を、最後まで育てるつもりでいる。


「私が守ってあげるからね」


 母のように私のことも信頼してほしい、時間をかけて築き上げよう。

 花同士の対話に言葉は必要ない。花の感情は少女に伝わるが、人でもある少女の心の内は、言葉にしないと花には伝わらなかった。


 日が短くなりつつあり、夏であればまだ明るい夕方の時間は綺麗な夕焼け空を見せている。

 カーテンを閉めようと、赤色の生地を掴んだときだ。


「ん?」


 窓から見える、玄関扉の直ぐ近くの茂みに緑色とは異なる色が混ざっている。伸ばされた肌色の手と、夜になっても目立つであろう白色の髪が顔を隠してはいるが、判断要素は手の形のみで十分だ。


「あれは……」


 地面と触れ合い、少しも動かないその様子に少女は月末という今を忘れて家から飛び出した。


「大丈夫ですか!?」


 駆け寄って前髪を優しく払いのけると、顔を青白くさせた少年の眉がピクリと小さく動いた。幸い息はある。


「ん……」


 水の中に空気が注がれ、地上へ上がっていくような大きな音が、辺り一面に響き渡った。少年は僅かに寝返りを打ち、持てる力を振り絞って自分の意思を言葉で表わす。


「お腹……空いた……」