前回のあらすじ
ウルウの本性を探ろうと鉄砲魚の群れをけしかけるトルンペートであったが、やり方が荒いのは辺境のならいなのだろうか。
トルンペートに連れられて向かった渓谷で、私たちを襲ったのは鉄砲魚の群れでした。
先程一発喰らった感じはごつんと殴られたくらいのものでしたけれど、これが良く育った射星魚となると、鉄の装備さえ貫くほどの水鉄砲となるようで、そうなると勿論受けるわけにはいきません。
とはいえ。
「わひゃ、うひゃ、ひぇっ」
「おっと。よっ。ほっ」
次々に放たれる水鉄砲のどれが受けても大丈夫なもので、どれが喰らったらまずいものか見た目では全く分かりませんから、とにかく全部避けるほかありません。
ウルウなんかはいつも通りあの気持ち悪いくらいぬるぬるした動きで平然と避けますし、トルンペートも武装女中だけあってするすると危なげなく避けてしまいます。
その中で私一人だけ必死で避けてるの、なんかすごく納得いきません。
「あのさあ」
「なんでございましょう」
「君のお目付け相手、そろそろダウンしそうなんだけど」
「左様でございますねえ」
「お目付けで、護衛なんじゃないの?」
「これで少しは懲りていただけたらなあ、と」
「感心しないやり方だね」
「左様ですか」
暢気に話してないでくださいよ、と突っ込もうとしたところで、気が緩んだのか一発貰って体勢が崩れました。
幸いこの一発は威力が低いものだったようですけれど、それでもすっかり体は崩れ、立て直すのに精いっぱいで次を避ける自信はありません。
今度こそ穴あき乾酪になってしまうのか、と体をこわばらせた瞬間、ふわりと柔らかな腕の中にからめとられ、ぐるんと視界がひっくり返りました。
「気持ちはわかるけど、感心しないよ。気持ちは痛いほどわかるけど」
「わたくしも不満なやり方ではございますが、気持ちを察していただいてうれしゅうございます」
「せめてもう少しいたわって!」
麦袋でも担ぐようにウルウの肩に担がれた私は、さかさまの視界で文句を言ってみましたが、気にも留めてもらえません。どうもこの二人、あまり仲がよさそうには見えないのに、妙な所で意気投合してしまったようです。そんなに私、迷惑かけてましたでしょうか。
しかし、こうしてウルウに担がれる形でウルウの動きを体験してみると、改めてその出鱈目具合がわかります。
トルンペートの動きはまだわかります。するりするりと避けていますが、その動きはきちんとした予測と、的確な脚運びによって成し遂げられています。
ところがウルウときたら、ほとんど適当で場当たりとしか思えないのに、水鉄砲が飛んで来るや否や足を上げたり背を曲げたり屈んでみたり飛び上がってみたり、曲芸じみた動きでぬるぬるかわします。
おかげで担ぎ上げられた私はその予想不能の滅茶苦茶な動きに翻弄され、朝ご飯が徐々に込み上げてくる始末です。
「う、ウルウ、はやく、はやくしてください、このままでは乙女の危機です!」
「いまさら何を」
「真顔で!」
私たちがそんな掛け合いをしている間に、トルンペートは細縄のついた短刀を手にとるや、ひゅうと一閃、川面に投げ込み瞬く間に一匹の大きな鉄砲魚を仕留めてしまいました。一抱えもありそうな巨体と言い、まず間違いなくあれなるが乙種魔獣の射星魚でしょう。ひょうと釣り上げてしまう様は釣り人裸足で、釣竿いらずな便利な技です。
数いる中から正確に標的を絞り込み、そしてまた水中の相手に的確に短刀を投擲する技量の何と見事な事でしょう。
「ウルウ、うるうもなんかこう、手早くお願いします!」
「ごめん、どれかわかんない」
「そげな!」
思わずお国言葉が出るほどショックです。でも責めるに責められません。私にだってまるでわかりませんもの。というか、水中で移動し続ける似たような的を相手に見当をつけられたトルンペートがすごすぎます。
しかし、しかしそれでもなるべく急いでもらわなければそろそろ本当にピンチなのです。
具体的には喉元まで来ています。
もはや叫ぶだけで逆流性食道炎待ったなしと思われる状態で、危険です。
これまでか、と覚悟を決めかけたところで、ウルウが私をそっと下ろしてくれました。
「わかんない、ので、ごり押してくる」
そう残して、ウルウはまっすぐ川へと走りだします。
すでに仕留め終えたトルンペートは川辺から離れ、私はここで残され、そうなると鉄砲魚たちの攻撃はすべてウルウに向いてしまいます。
そしてウルウは、私が後ろにいる限り決してよけたりはしないでしょう。
ウルウは、そういう人なのです。
「あぶない!」
叫びは、そしてむなしく響いたのでした。
ええ。
あまりにもむなしく響きました。
「え? ごめん、なんて?」
無数に襲い掛かる水鉄砲を平然と平手で打ち落としながらウルウが振り返ります。振り返ってるくせに平然と水鉄砲を打ち落とし続けます。足元がどんどん濡れていきますけど、本人は平然としてます。けろっとしてます。
「ごめん、よく聞き取れなかった。急ぎ?」
「あ、いえ、なんでもないです。続けてどうぞ」
「うん? うん、わかった」
あんぐりと口を開けているトルンペートを尻目に、そうですよねえ、ウルウってそういう人ですよねえ、と思わず遠い目になりながら、私はその頼もし過ぎる背中を見守ります。
心配するには、私はちょっと頼りなさ過ぎました。
ぺしぺしと――実際に響く音としてはばちんべちんばんばちぃんぱぁんといったかなり重たい音を響かせつつ水鉄砲を弾きながらウルウは川辺までのんびり歩いていき、そして小首を傾げて少しの間考えていました。
それからおもむろに《自在蔵》に手を入れ――つまりその間、片手で水鉄砲の嵐をさばきながらごそごそとあさり、なにやら拳大の青い塊を取り出すと、ぽいと無造作に川に放り投げました。
そして数秒後。
水面がぐわりと大きく持ち上がったかと思うと、激しい轟音とともに水柱を上げ、川が爆発しました。
「なっ、あっ!?」
激しい音を立てて水が川面に打ち付けられ、そしてにわか雨のようにしずくが降り注ぎました。それと一緒に、魚たちも。
「禁止されるわけだなあ、ハッパリョウ」
大惨事を引き起こした当の本人はと言えば暢気なもので、もろにかぶることになった水に嫌そうな顔をしながら外套を搾り、水面にぷかぷか浮かんだ魚を拾い集め始めてしまいました。
「……………」
「えーっと……認めます? ウルウのこと」
「ウルウ様がどうというより、あれを受け入れているお嬢様の懐の深さに動揺しております」
私もちょっとそう思います。
ところでトルンペート、なんか袋とか持ってませんか。
いまのショックでちょっと込み上げてしまって、あ、だめだまにあわな
用語解説
・乙女の危機
ゲロ。
・拳大の青い塊
ゲームアイテム。正式名称《青い大きなボム》。水中の敵に対して大ダメージを与える外、ランダムで複数の釣りアイテムを入手可能。ただし一定確率で自身にもダメージが及ぶ。
『あたいったらほんとバカ……』
・ハッパリョウ
発破漁。ダイナマイト漁などとも。作中行われたように、水中にば爆発物を放り込み、その爆発の衝撃で魚を気絶ないし死亡せしめ大量に収獲する。生態系の破壊などが理由で大抵の国で違法行為に指定されている。
・あ、だめだまにあわな
ただいま映像が乱れております。次話までお待ちください。
ウルウの本性を探ろうと鉄砲魚の群れをけしかけるトルンペートであったが、やり方が荒いのは辺境のならいなのだろうか。
トルンペートに連れられて向かった渓谷で、私たちを襲ったのは鉄砲魚の群れでした。
先程一発喰らった感じはごつんと殴られたくらいのものでしたけれど、これが良く育った射星魚となると、鉄の装備さえ貫くほどの水鉄砲となるようで、そうなると勿論受けるわけにはいきません。
とはいえ。
「わひゃ、うひゃ、ひぇっ」
「おっと。よっ。ほっ」
次々に放たれる水鉄砲のどれが受けても大丈夫なもので、どれが喰らったらまずいものか見た目では全く分かりませんから、とにかく全部避けるほかありません。
ウルウなんかはいつも通りあの気持ち悪いくらいぬるぬるした動きで平然と避けますし、トルンペートも武装女中だけあってするすると危なげなく避けてしまいます。
その中で私一人だけ必死で避けてるの、なんかすごく納得いきません。
「あのさあ」
「なんでございましょう」
「君のお目付け相手、そろそろダウンしそうなんだけど」
「左様でございますねえ」
「お目付けで、護衛なんじゃないの?」
「これで少しは懲りていただけたらなあ、と」
「感心しないやり方だね」
「左様ですか」
暢気に話してないでくださいよ、と突っ込もうとしたところで、気が緩んだのか一発貰って体勢が崩れました。
幸いこの一発は威力が低いものだったようですけれど、それでもすっかり体は崩れ、立て直すのに精いっぱいで次を避ける自信はありません。
今度こそ穴あき乾酪になってしまうのか、と体をこわばらせた瞬間、ふわりと柔らかな腕の中にからめとられ、ぐるんと視界がひっくり返りました。
「気持ちはわかるけど、感心しないよ。気持ちは痛いほどわかるけど」
「わたくしも不満なやり方ではございますが、気持ちを察していただいてうれしゅうございます」
「せめてもう少しいたわって!」
麦袋でも担ぐようにウルウの肩に担がれた私は、さかさまの視界で文句を言ってみましたが、気にも留めてもらえません。どうもこの二人、あまり仲がよさそうには見えないのに、妙な所で意気投合してしまったようです。そんなに私、迷惑かけてましたでしょうか。
しかし、こうしてウルウに担がれる形でウルウの動きを体験してみると、改めてその出鱈目具合がわかります。
トルンペートの動きはまだわかります。するりするりと避けていますが、その動きはきちんとした予測と、的確な脚運びによって成し遂げられています。
ところがウルウときたら、ほとんど適当で場当たりとしか思えないのに、水鉄砲が飛んで来るや否や足を上げたり背を曲げたり屈んでみたり飛び上がってみたり、曲芸じみた動きでぬるぬるかわします。
おかげで担ぎ上げられた私はその予想不能の滅茶苦茶な動きに翻弄され、朝ご飯が徐々に込み上げてくる始末です。
「う、ウルウ、はやく、はやくしてください、このままでは乙女の危機です!」
「いまさら何を」
「真顔で!」
私たちがそんな掛け合いをしている間に、トルンペートは細縄のついた短刀を手にとるや、ひゅうと一閃、川面に投げ込み瞬く間に一匹の大きな鉄砲魚を仕留めてしまいました。一抱えもありそうな巨体と言い、まず間違いなくあれなるが乙種魔獣の射星魚でしょう。ひょうと釣り上げてしまう様は釣り人裸足で、釣竿いらずな便利な技です。
数いる中から正確に標的を絞り込み、そしてまた水中の相手に的確に短刀を投擲する技量の何と見事な事でしょう。
「ウルウ、うるうもなんかこう、手早くお願いします!」
「ごめん、どれかわかんない」
「そげな!」
思わずお国言葉が出るほどショックです。でも責めるに責められません。私にだってまるでわかりませんもの。というか、水中で移動し続ける似たような的を相手に見当をつけられたトルンペートがすごすぎます。
しかし、しかしそれでもなるべく急いでもらわなければそろそろ本当にピンチなのです。
具体的には喉元まで来ています。
もはや叫ぶだけで逆流性食道炎待ったなしと思われる状態で、危険です。
これまでか、と覚悟を決めかけたところで、ウルウが私をそっと下ろしてくれました。
「わかんない、ので、ごり押してくる」
そう残して、ウルウはまっすぐ川へと走りだします。
すでに仕留め終えたトルンペートは川辺から離れ、私はここで残され、そうなると鉄砲魚たちの攻撃はすべてウルウに向いてしまいます。
そしてウルウは、私が後ろにいる限り決してよけたりはしないでしょう。
ウルウは、そういう人なのです。
「あぶない!」
叫びは、そしてむなしく響いたのでした。
ええ。
あまりにもむなしく響きました。
「え? ごめん、なんて?」
無数に襲い掛かる水鉄砲を平然と平手で打ち落としながらウルウが振り返ります。振り返ってるくせに平然と水鉄砲を打ち落とし続けます。足元がどんどん濡れていきますけど、本人は平然としてます。けろっとしてます。
「ごめん、よく聞き取れなかった。急ぎ?」
「あ、いえ、なんでもないです。続けてどうぞ」
「うん? うん、わかった」
あんぐりと口を開けているトルンペートを尻目に、そうですよねえ、ウルウってそういう人ですよねえ、と思わず遠い目になりながら、私はその頼もし過ぎる背中を見守ります。
心配するには、私はちょっと頼りなさ過ぎました。
ぺしぺしと――実際に響く音としてはばちんべちんばんばちぃんぱぁんといったかなり重たい音を響かせつつ水鉄砲を弾きながらウルウは川辺までのんびり歩いていき、そして小首を傾げて少しの間考えていました。
それからおもむろに《自在蔵》に手を入れ――つまりその間、片手で水鉄砲の嵐をさばきながらごそごそとあさり、なにやら拳大の青い塊を取り出すと、ぽいと無造作に川に放り投げました。
そして数秒後。
水面がぐわりと大きく持ち上がったかと思うと、激しい轟音とともに水柱を上げ、川が爆発しました。
「なっ、あっ!?」
激しい音を立てて水が川面に打ち付けられ、そしてにわか雨のようにしずくが降り注ぎました。それと一緒に、魚たちも。
「禁止されるわけだなあ、ハッパリョウ」
大惨事を引き起こした当の本人はと言えば暢気なもので、もろにかぶることになった水に嫌そうな顔をしながら外套を搾り、水面にぷかぷか浮かんだ魚を拾い集め始めてしまいました。
「……………」
「えーっと……認めます? ウルウのこと」
「ウルウ様がどうというより、あれを受け入れているお嬢様の懐の深さに動揺しております」
私もちょっとそう思います。
ところでトルンペート、なんか袋とか持ってませんか。
いまのショックでちょっと込み上げてしまって、あ、だめだまにあわな
用語解説
・乙女の危機
ゲロ。
・拳大の青い塊
ゲームアイテム。正式名称《青い大きなボム》。水中の敵に対して大ダメージを与える外、ランダムで複数の釣りアイテムを入手可能。ただし一定確率で自身にもダメージが及ぶ。
『あたいったらほんとバカ……』
・ハッパリョウ
発破漁。ダイナマイト漁などとも。作中行われたように、水中にば爆発物を放り込み、その爆発の衝撃で魚を気絶ないし死亡せしめ大量に収獲する。生態系の破壊などが理由で大抵の国で違法行為に指定されている。
・あ、だめだまにあわな
ただいま映像が乱れております。次話までお待ちください。