異界転生譚ゴースト・アンド・リリィ

書籍⑤巻発売いたしました。
すでにお読みの方も、これからの方も、ありがとうございます。

もしよろしければ、お買い上げのサイトでレビューなどをしていただけるととても助かります。
心情的にも、評価的にも、そして経済的にも。
三人があれする章までは書籍化したいのでぜひご協力お願いいたします。

あ、このSSはWEB版、書籍版どちらをお読みの方でもお楽しみいただけるようになっていると思います。そのように信じ、願ってください。祈りが届くとは限りませんが、祈ることはいいことです。

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よしなに、よしなに。





 あれは忘れもしない、寒い寒い雪の日でした。
 たしか十年くらい前……私が四歳か五歳、さもなくば六歳くらいのことでした。もしかしたら三歳の時だったかもしれません。

 忘れてませんよ?
 ただ厳密な数字というものは辺境においてはしばしば価値を減ずることがあるというだけです。
 はい。
 忘れました。

 いえ、違うんです。
 わかると思うんですけれど、ほら、子供のころの記憶ってそんなにしっかりかっちりしてるわけではないじゃないですか。
 ちっちゃいころにこういうことがあったよねーっていう感じでは覚えていても、具体的にいつどこでってなるとそれは話が違うじゃないですか。
 お誕生日祝いとか、そういう、はっきりと日時が推測できないと無理じゃないですか、そこは。

 はあ。
 いえ。
 まあ。
 ウルウは生まれた時の事さえ覚えてるとかそういう話だったかもしれませんけれど。
 それがあまり普通ではないことはよくよく自覚していますよね?
 アッハイ。
 知ってることと実感できることは違うと。
 それも、まあ、わからないでもないですね。はい。

 もしかしてあれですか。
 私がときどき、ちょっぴり物忘れしたりするとき、ウルウからするとだいぶ変に見えてるんでしょうか。
 アッハイ。
 ちょっぴりより少しだけ多いかもしれませんけれど。
 そこの加減は別によくないですか?
 どうせ忘れるものだと最初から思っておけば傷は浅く済む……?
 なんかそういう闇を見せられると大変申し訳なくなるので止めていただきたいんですけれどごめんなさい今後は気を付けていきます。

 どう……どう気を付けるといわれますと、えーっと……帳面に書きつけたり……。
 帳面をどこにやったのかは覚えていないんですけれど。
 はい。
 あのですね。私は冗談だとわかってるのでいいんですけれど、その「ぶらっく節」は普通に言葉の暴力だと思いますので。
 えっいまのはそういうのじゃない……んですか?
 普通の範囲……普通とは……?
 あっ、身構えてないところを刺してしまいました……。

 ま、まあいいでしょう。
 そういう……大事なこととかはトルンペートが控えてくれていますので、私が致命的に困ることはそうそうありませんからね!
 トルンペートがいない時……?
 そういうありもしない事態の仮定立てるのやめましょうよ。

 えっ?
 いやまあ、確かにトルンペート撒いてひとりで大変なことになっていたのは私ですけれど……それはほら。若気の至りと言いますか。思春期の迷いと言いますか。
 いえ、認めましょう。あれははっきりと馬鹿な行いでした。
 はんかくさい真似をしたものです。
 あんなことはもう二度としませんよ!
 トルンペートは私の大切な……え? はい。はあ……たいして違いはないと思いますけれど。
 ええ……まあウルウがそういうならやりますけど……。

「えーと……『もう二度とあんなことはしないよ』」

 これそんなきゃっきゃと喜ぶやつなんですか?
 これもウルウ語録なんですか?
 なんなんですかその『数か月後、そこには元気に調子に乗るリリオの姿が!』って。
 さっきのと対になるやつなんですか?

 はあ。
 いえまあ、ご満足いただけたならよかったです……?

 なんの話でしたっけ……。
 そうそう、忘れもしない、トルンペートと出会ってからの事ですよ。
 ウルウが聞きたいって言いだしたんですよね?
 む、確かに私がおちょくれるような隙を見せたのが悪…………くないですよね?
 だいぶ気を許していただけてるみたいなのでそれは嬉しいんですけれど。

 ともあれ。
 トルンペートと出会ったのはだいたい十年前の事でした。
 どこからどこに移動してたのかは忘れましたけれど、馬車に乗って移動していたら、急に馬車の戸が開いたんです。
 外は吹雪で、冷たい風と雪が吹き込んできて驚きました。
 お父様もすごくおどろいていましたね。

 でもそれ以上に驚いたのが、馬車に乗り込んできた女の子でした。
 やせっぽっちで、ボロボロの服を着て、寒さに凍えて顔色なんか真っ青で、唇も紫で……でも、その目だけは確かにまっすぐと私を見つめていたんです。

 それで、その女の子は小さく微笑んで、普通の足取りで私に踏み込んできて、握りこんだ短刀を突き出してきたんですね。
 ……いえ?
 ちょっと待ってくださいね……。
 うーん……いえ、もしかしたら短刀のことは、あとからひとに聞いたのかもしれません。ほら、子供のころの記憶って、何度も思い返すうちにちょっとずつずれたり、ひとから聞いた話で補強したりするじゃないですか。
 ああ、はい。ウルウはそうではないかもしれませんでしたね。けっこうそういうことがあるというテ(﹅)イ(﹅)でお願いします。

 たしか、そのときの私は、短刀には全然気づいていなかったんですよね。
 ただ、不思議なことが起こって、不思議な女の子が飛び込んできた。そんな感じでした。
 それで?
 それでまあ……嬉しくなっちゃいまして。

 子供のころの私って、お友達がまあ……いなくてですね。
 ご存じの通り、私は魔力の恩恵でとても力が強くて……子供のころは制御もあまり利かなくてですね。普通の子供と遊ぶわけにもいかないし、かといって同じ辺境貴族にも年ごろの子供っていなくって。
 その私のところに、同じくらいの年頃の、それも不思議な女の子が飛び込んできたって……まあ、喜びが爆発しちゃいまして。
 文字通りと言いますか。
 はい。

 こう、ばーん、と。

 強い魔力って、発散されるだけで危ないんですよねえ……。
 それでまあ、飛び込んできた女の子はズタボロになっちゃったんですよねえ。
 でもまだ息はあって……っていうことを当時の私が理解してたかは怪しいんですけれど、とにかく喜んではしゃいで、同乗してたお父様におねだりしたんですよ。

「お父様(おやっどん)、冒険が飛び込(おもしろかもん)んできたわ(われからきたべ)!」

 だから、欲しいって。
 お父様はまあ、一応いいよとは言ってくれましたね。
 馬車は急いで領地に戻りまして、それで、うちの領地には、なんていいますか、病院とか施療所じゃないんですけれど、怪我を直す施設みたいなのがありまして。
 そこですっかり良くなった後は、もうずっと一緒ですよ。
 ええ、ええ、それがトルンペートです。
 そのころはまだ名前がなかったんですけれど……。

 はじめてのおもちゃ…………失礼、噛みました。
 お友達ですね。はじめてのお友達です。
 いえ、ほんとに噛みました。はい。
 え?
 はあ……。

「失礼、噛みまみた」

 いえ、まあ、ウルウが楽しいならそれでいいんですけれど……。

 まあ、実際玩具みたいに振り回しちゃったのは否定できません。
 当時の私はお友達もいなくて、力の制御も聞かなくて、情操教育的なのがうまくいってなかったんですね……。
 いまはうまくいってますよ。御覧の通り。なんですかその苦笑いは。

 ええ、ええ、振り回したっていうのは文字通りですね。
 腕を掴んで引っ張り回して、そのまま走ったり、急に方向転換したり、森に突っ込んだり……いまならわかります。人体は、曲がる方向と曲がらない方向がありますし、地面に足がつかない状態で引きずり回されて平気なわけがないですし、血も出れば壊れもするんです。
 そして壊れて、死んでしまったら、もう生き返ったりはしません。

 はい。
 私はトルンペートのおかげで、そういう、当たり前のことをようやく学べたんです。
 ひとは壊れるし、死ぬし、二度と戻らない。それはとても悲しいことで、辛いことで、だからしちゃいけない。
 トルンペートが壊れてしまって、直してって無邪気にお願いして、難しいかもしれないって言われて……それで、ようやくだったんです。そんなになってようやく、私は人間になれたんです。
 トルンペートが教えてくれなかったら、私はいつまでも怪物だったかもしれません。

 え?
 ええ、ご存じの通り、ぴんぴんしてますね。
 普通に……まあ、普通に直りました。
 ああ、言わないで。
 わかってます。
 辺境の普通は、たぶん……かなり確実めに、普通ではないと思います。
 余所だったら普通に死んでたと思います。

 私は大喜びして抱き着いて、でもまた壊しちゃうかもってすぐに怖くなって。
 そしたらトルンペートが言うんです。

「痛いわよバカ!」

 って。

 いえ、具体的にはわかりません。
 幼いときの記憶ですし……あと、当時のトルンペートは辺境訛りがさっぱりでしたし、私の方も内地語に堪能ではありませんでしたから。
 いちおう、言葉を話してるのはわかりました。それで、語気とか、表情とか、身振りとかで……いえ、すぐには、はい、やっぱりわからなかったんです。
 呆気にとられて、呆然としちゃって。
 でも、わかりたくて。
 わかろうとして。
 たぶん、きっと、そういうことを言おうとしてるんだろうなって。
 なんとなく……そう、なんとなく、雰囲気みたいなものを、その時はじめて私は読み取ろうとしたのかもしれません。

 それからトルンペートはたくさんお勉強して、辺境訛りにも慣れて、私も頑張って内地語を学んで、お互いに意思疎通に励んだんですね。
 いえ?
 その間もまあ……ほら、子供でしたから。
 遊び盛りでしたから。
 そりゃあまあ……遊んで、はしゃいで、そうなると理性とかって……ね?
 ね、ではないんですよね、はい。
 いえでもまあ、そう……なりますね。
 はい。壊しました。また。私が。

 反省はしていましたし、加減もしようとしていたんですけれど、一朝一夕にどうにかなるものではありませんでしたね。それでも、遊び惚けるだけだった私が、力の制御を身につけようと日々鍛錬に励んでいたわけですよ。お人形を壊さないようにとか。うちで飼ってた狼が嫌がらない程度の力を維持したりとか。
 え?
 ええ、はい。
 狼です。でっかい……辺境としてはそんなにでっかくないですけれど、まあでっかい白金の狼です。
 うちではいろんな動物を飼ってたんですよ。辺境は過酷な土地ですからね、かわいそうな動物を保護してたんです。
 狼の他にも、白熊とか……虎とか……。
 はい?
 ええ、はい、かわいそうな子たちですね。かわいいです。
 ん?
 あ、いえいえ、普通のです。普通のというのは犬の普通ではなく……つまり八本足ではない、毛獣のやつです。辺境では弱い方ですね。

 まあ、やっぱり最初のころは加減が難しくて、何度もトルンペートを壊してしまって。
 でも最初は泣き喚くだけだった私が、すぐに抱えて持ち帰って、直してもらえるようにはなったんですね。命の大切さを学んでいました。
 はあ。
 ウルウの知る命の大切さとか道徳とかとは違うかもしれませんけれど。
 まあほら、妖精国とは常識が違うかもしれませんので……。

 いえ、わかってますよ?
 私がちょっぴり……だいぶ……かなり普通ではないかもしれないというのは、うっすら、なんとなく、ふわっと……はい。
 でもトルンペートもたいがいなんですよ。
 慣れてきちゃって。
 痛みから気をそらす方法とか覚えちゃって。
 あと、あるころから武装女中としての鍛錬も始めたんですけれど、そのころには単に直してもらうだけじゃなくて、改造までしてもらってましたからね。
 はい。改造です。間違ってません。
 いえ、わかってますよ?
 かなり大胆に道理とか道徳から外れたこと言ってるのは……。
 まあでもあの人たちにとってはそれが普通らしくて、あとから聞いて私の方が引きましたよね。
 はあ。はい。はあ……直してもらいに行ってる時点で私もたいがいだと。
 それはまあ、はい。そうですね。常識のすり合わせは大事です。

 それで改造なんですけれど、まあ、ほら、辺境生まれと内地生まれでは、そもそも身体の強さが違いますから、そのあたりをまずいじってもらったとは聞いています。頑丈になるとか、力が強くなるとか。ゲカテキシュジュツとかヤクブツトウヨとかシンリリョウホウとかなんかしらやってたみたいですね。
 難しい用語なのでよくわかりませんけれど。

 え?
 いえいえ!
 違いますよぉ。
 トルンペートが強いのは、そういう改造……も多少はあるかもですけれど、純粋に彼女の努力の結果です。技術はそう簡単に身につくものじゃないんですよ。
 トルンペートが真面目に頑張ってきたからなんです。
 はい。
 いやまあ……左右の目を別々に動かせたり旅行鞄に体を折り畳んで潜り込めたりとかそういうのは改造の結果だと思いたいんですけれど、あれも修練の結果らしいんですよねえ……。
 あれ、まだ見たことなかったでしたっけ。かなりキモいですよ。私が言うので相当です。
 いえ、トルンペートのかわいさはそれくらいではどうともなりませんけれど……。

 そうそう、かわいさですよ。
 ええ、ええ、「顔の良さも含む総合的な」やつです。そのやつです。
 体形もすらっとして、均整も取れて、脚も長いですし……あれに関しては改造の結果です。あとお顔も。
 整形……形成? まあなんかしらの手術とかでだいぶいじってるらしいです。
 努力のうちだとは思いますよ。滅茶苦茶痛かったらしいので。お顔とか特に、いじってもらった後はしばらく包帯ぐるぐる巻きで、ちょっと笑うだけでも痛かったとか。

 これはささやかな自慢なんですけれど……あれ、私の好みのお顔にしてくれたらしいんです。
 私はあんまり自覚なかったんですけれど、使用人とか、家族とかから聞き取りしたりして、私が好きそうな顔を分析してたみたいで……いえ、トルンペートがっていうか、その手術担当した人ですね。
 トルンペートが私の気に入る顔にしたいって言ったみたいで、それならってことでしっかり調べてくれたみたいです。
 まあ、トルンペートってもと刺客なので、差し向けてきた貴族とかに狙われないように顔を変えるっていうのもあったらしいんですけれどね。
 それでも自分の顔を変えるって相当じゃないですか。最初は驚いたんですけれど、わけを聞いてすごくうれしくなってしまって。それで、私の方でも、好きなお顔っていうのを真面目に考えまして、トルンペートのお顔が変わるたびにちょいちょい微修正が入って、今に至る感じです。

 え?
 重い?
 そうですかね……私はすごく嬉しかったですし、トルンペートのお顔がどう変わっても、トルンペートは大切な私だけの女中ですからね。
 いえ、もちろんかわいいお顔がいちばんです。もしかしたら私は面食いなのかもしれません。
 でも、なんていうんですかね、お顔がよくなるにつれて、お顔の良さもあるんですけれど、自分のためにやってくれたんだっていうのがうれしくて、大切で大事に思えて、壊すことも減っていきましたから、私の成長にもとても大事なことでした。

 はあ……まあウルウのおくに、というか内地でも普通に変だとは思いますよ。
 ええ。辺境でもけっこう変だとは思います。
 でも、変でもこれが私たちの絆ですからね。

 トルンペートはどう思います?

「本人がいる前で熱弁するのはフツーにどうかと思うわよ」

 ふふふ、お顔が赤いですよアイタァッ!
 愛が痛い!!





用語解説

・ウルウ語録
 もしかして:インターネットミームカルタ