異界転生譚ゴースト・アンド・リリィ

明日の前回のいましがたのあらすじ

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 無限に広がる暗黒がある。
 それが宇宙だ。
 そこに散らばる無数の輝点がある。
 それが星々だ。
 その果てしない果てしなさの只中に青い星がある。
 その表面には有象無象が蠢き、天にへばりつく小神がそれらの有象無象を見守っていた。
 彼らは彼らの立つべき大地にまだ明確な名前を与えていなかったが、おそらくそれは慣習的にはこう呼ばれることになるだろう。
 La Tero. すなわち地球である。

「でも地球という呼び方は混乱を招くかもしれませんわ」
「そんなものは翻訳の匙加減であろう……現地ではただ大地(ラ・テーロ)と呼んでいるに過ぎない」
「それはそう」

 そのようになった。
 即ち、ラ・テーロがその星の暫定的な名前となった。

 小神よりも更なる高みから、声の主達はこの青い星を思い思いに見下ろした。
 遥か高みからの視座は、しかして地表に張り付く塵の如き矮小な者共、それを見守る比較的大きな神々の一つ一つをも確かに見て、聞いて、そして知っていた。だからとてその一つ一つに構うには、それら塵芥は矮小に過ぎた。

「ちょっと見づらいわ」
「そうねえ……では見やすいように」

 嫋やかな掌が、青い星を左右から挟み込む。そして軽く力を入れると、星は容易く圧し潰され、広げられ、一枚の絵図となった。それでも地表を蠢く定命の者達はそのことに気付けない。小神でさえ見られている事を知ってはいても感じることは出来ない。彼らの次元においてはその変化を認識することが出来ない。ドーナツとマグカップが同じであるように、球状であろうと平らな地図の形になろうと、そこに何の違いもないからだ。

 絵図は盤に納められ、遊戯盤を置くために卓袱台がそこにあった。
 卓袱台が設置されるべくそこには畳敷きの床があるべきだった。そのようになった。
 宇宙に広がる無辺の畳の上に、切り揃えられた爪先を持つ細くしなやかな裸足が降り立った。その神は家では裸足派だった。ダメージ加工ではない擦り切れを見せるジーンズを履き、他には何も纏っていなかった。その神は裸族ではなかった。しかしてその境界は曖昧であった。
 如何にもその神こそ境界の神であった。

「ひとんちに素足で上がるやつってどうなんだ?」
「我は別に構わないけど~」
「家主が鷹揚でよかったな」

 決して開かれぬ一つ目を持つ不定形の泥の巨神──山の神が素足を咎め、海の神こと鮫の形をした海がのんのんと応じる。
 その大神は神々の声を聞き流し、嫋やかな指先を虚空に伸ばした。そこには蓄光素材のチープな三日月があり、蓄光素材のチープな三日月からは先端だけ手垢で黒ずんだ紐が伸びていた。それは電気紐であった。故にその紐は32型の丸型蛍光灯につながり、指先がそれを引くと白けた光を吐き出し始めた。しからばそこには木目の天井があって然るべきであり、そのようになった。

 こうして無辺の宇宙に天と地ができた。

 その神は無限に連なる天井と畳が続くぐるりを見回し、やおらに空を叩いた。するとそこには壁があった。ちょっといいお値段のする防音の壁であった。夜半に奇声をあげてもお隣に怒鳴りこまれない壁である。神はこれで良しとした。こうして四畳半の世界が生まれた。

 その神は壁に当然の事として存在する押入れの襖を開き、薄っぺらい座布団を適当に積み上げた。そしてその一枚を我が物として取られ、腰を下ろされた。
 諸々の大神は各々に座布団を敷いて座り、或いは畳んで枕とし、また或いは積み重ねて腰かけ、そしてまた或いは日焼けした畳にそのまま足を伸ばした。
 こうしてラ・テーロの天上における神議(かむはかり)は始まった。

「えーっと、前回はどこまでやったのだったかしら?」
「どの前回だ?」
 山の神が細かな指摘をする。

「この卓では基本時系列は一本化しておりますのよ」
「南大陸アップデートあたりぃ?」
 気だるげに虹色の粘菌が思い返す。森の神だ。

「もうちょい進んでるであります。パッチ何回か入れた後」
 火の神である硝子の巨人がより詳細に記録を辿る。

「ほら、あれだよあれ、《抜山蓋世(ルビ未定)》が目覚めるシナリオ。楽しかったねー」
 そして唐突に飛躍させるのは黄金の風たる風の神。

「そのキャンペーンはまだ。未来は見えないことにしていますのよ」
「ええー、はやくぐっちゃぐちゃになるやつやろうよー」
「はいはい。風が吹いたらね」
「じゃあ吹かせちゃうもんねー」

 神々は長い永いログをのんべんだらりと手繰り、あー、なんかこのあたりだった気がするという漠然とした合意を得てキャンペーン・シナリオと向き合った。神々にとって時間というものはあまり厳密ではないのだ。
 境界の神プルプラは、これは()()()()()と感じて、やおらに薬缶を傾けた。さすればそこには湯呑があり、何番煎じかのぬる茶が注がれ、適当に卓に回された。
 さしもの神々も、なんか漠然とやった記憶がある程度のログを前に有象無象のキャラシートやら環境表やらを読み込むのには()()を要した。

「あー……私がいる意味あるこれ? 帰っていい?」
「白けることを言わないの。これもあなたへの罰ですわ」
「ルールは守っていたはずだろう」
「ルールの穴をつくのは、マナー違反ですわ」
「マナー教師ってやつだ。私の宇宙でも嫌われる奴だぞ」

 座布団を枕に寝そべるのは文明の神。無数に分岐する体毛を全身に生やした、宇宙と同じ長さを持つ捻じれ狂った長大な筒も、勿論四畳半に収まっている。空間的大小というものはあまり意味がない。
 この神は()()進行中のキャンペーンにおいては手出しを禁じられており、ダイス判定や面倒な計算の時に徴用されている懲罰的SGMだった。サブゲームマスター。

「だいたい思い出したであります。駒を何個か放り込んで遊んでたでありますな」
「あーちゃんは駒取ってなかったよねー」
「うん……僕はまだいい……もうちょっと雰囲気覚えてから……」
 獣の神は極小の眼球で構成された灰色のガス状の身体をぼんやりと震わせ、盤面を眺めた。この神はこの時点ではまだ積極的に参加していなかった。見てる方が面白いからであった。

「とりあえず今日は、前セッションの続き進めましょうか」
「誰の駒だっけ?」
「自分であります。ブラック労働許すまじ」
「個人的な恨みを向けられてる気がしますけれど、気のせいということにしますわ」
「うーん、この邪神」

 神々は遊戯盤の北側。大きな大陸の片隅に意識を傾けた。はっきりと見るのではない。大神の視線は、ただそれだけで定命の者達を狂わせかねない。それでは面白くない。これは繊細で知的なゲームなのだ。
 駒でさえも放り入れるだけ。必要以上の手は加えない。介入の必要があっても、ゲームマスターのアバターを通してになる。もどかしく迂遠で、しかしだからこその楽しみ方もある。

「二軸あるけどどっちにするぅ?」
「先行のほうを進められるだけ進めたいですわねえ」
「再演のほうがいろいろ遊べて楽しくないー?」
「あっちはいつ終わるかわからんだろう。続くにしても、ストックがあった方がよかろう」
「うーたんは仕事脳だなー、脳ないのにー」
「うーたん言うな」

 かくして神々は、のんべんだらりと卓を回し、遊戯盤(せかい)は回る。
 神々天にしろしめし、世はなべてこともなし。

 無限に広がる暗黒がある。
 それが宇宙だ。
 そこに散らばる無数の輝点がある。
 それが星々だ。
 その果てしない果てしなさの只中に青い星がある。
 その表面には有象無象が蠢き、天にへばりつく小神がそれらの有象無象を見守っていた。
 それらを俯瞰して眺めるものがいまここにいる。
 画面を通してその様子を眺めるものがいる。
 気づきをもってこの文を読むものがいる。
 それがあなただ。





用語解説

・空の神
 気圧性頭痛を理由に欠席。