前回のあらすじ
ナマズ退治だと思ったらガチでモンスターだった件。
川底に棹を突きおろし、それが勢いよく弾き返され、次の瞬間に感じたのは目の前が真っ白になるような光と、強い耳鳴りでした。それはまるで見えない槌で頭を殴りつけたかのように強烈で、私は頭の中身まで光と音に流されてしまったかのように、その場に棒立ちになってしまいました。
それでも何とか気を取り直せたのは、腰帯ががっしりとつかまれて、なんとか倒れずに済んだおかげでした。
耳は聞こえず、目も見えず、ただ真っ白な闇の中で、その感触だけが私の意識をつなぎとめてくれました。
ほんの十数秒。
しかしそれは致命的な十数秒でした。
私が思い出したように呼吸を再開し、かすむ視界の中でなんとか棹を握り直した時には、目の前に聳えるように巨大な影がこちらを見下ろしていました。
ぼんやりとした視界の中でもはっきりとわかる巨体。間抜けだとか愛らしいだとかいった前評判とは裏腹に、冷酷さすら感じさせるのっぺりとした顔つき。
ぬらりとしたはだえの表面を青白いいかずちが絶え間なく流れ、その接する水面は沸き立つように泡立っていました。
いんいんと不可思議な耳鳴りに似た音が大気を震わせ、よどんだ眼ではなく、何か奇妙な力でもってこちらを視ているというのが肌で感じられました。
霹靂猫魚。
それはただの食材と侮るには、あまりにも凶悪な暴力でした。
神威の権限、いかずちを操る魔獣を前に、しかし私の体はまだすくんだまま、指先は震えるようにしか動きません。いえ、たとえ動けたとして、それが何になったでしょう。目の前で高まっていく圧力を相手に、私に何ができるでしょう。
絶望的な無力感を胸に、私が思ったのはとてつもない恐怖でした。
私が食い意地に任せて軽率な行動をとったがために、私の物語に付き合ってくれるたった一人の大切なお友達を巻き添えにしてしまうことが、どうしようもなく恐ろしかったのでした。
せめて、せめてウルウだけでも。
そう歯を食いしばった私の体を、ふわりと柔らかな外套が覆いました。
ぐっと体を抱きすくめられ、ふわふわとした柔らかな何かが、胸元に押し付けられます。
「――――」
まだ耳鳴りのする中、それは確かには聞き取れませんでした。
しかしそれは、とても落ち着いた、優しいウルウの声でした。
次の瞬間、高まり切った圧力が解き放たれ、霹靂猫魚の額から青白い雷光が私たちめがけて降り注ぎ、そして全身をずたずたに引き裂く激痛と灼熱とが襲ってきませんでした。
おや。
襲ってきませんでした。
むしろ、驚きで目を見張る私の目の前で、何か不思議な膜にでも弾かれたように雷光は反転し、霹靂猫魚のひげ面に叩き返されたのでした。
いかずちを操る霹靂猫魚に、自分の放った雷光はさほどの痛手でもないようで、青白いばりばりはその体表を流れて川面に逃げてしまいましたけれど、さすがに驚いたのかその巨体が大きくのけぞり、音を立てて水の中に隠れました。
「大丈夫かー嬢ちゃんたちぃ!」
漁師のおじさんの叫びで、ようやく耳が慣れてきたことに気付きました。
「目は覚めた?」
耳元でウルウの声がします。
私は平坦なその声に血の気が下がるのを感じました。
きっとウルウはただ、私が最初の轟音の衝撃から立ち直れたのかということを尋ねただけだったのでしょう。でも私には、食い気に踊らされて寝ぼけていたのだという風に指摘されたように思えました。こうしてウルウに守られていなければ、きっと私は黒焦げになっていたでしょう。
私は馬鹿だ。
「だ、いじょうぶですっ!」
私が恐れをこらえて叫ぶと、ウルウはゆっくりと離れて、それから先程私の胸元に当てていた、白くてふわふわとしたものを腰帯に括りつけてくれました。
「私も少し甘く見ていた。君の腕試しだし、手は出さないけれど、対策は必要だ」
ウルウはゆっくり私を眺めて、それから言いました。
「六割くらいは大丈夫。残りの四割は神頼み」
「うぇ?」
「お守りのこと」
どうやら先程の鉄の棒と、白いふわふわのことらしいです。もしかしたら霹靂猫魚の雷光を弾き返してくれたのはこれなのでしょうか。
「過保護もよくないから、死なない程度のことはもう助けない」
う。優しいばかりでもありません。
でも、助けられてばかりでは私も駄目になってしまいます。ウルウが全部やってくれたらそれはウルウの物語です。私は、私の物語をウルウに見てもらいたいのです。
それにメザーガおじさんも、全部ウルウの手柄では私の冒険屋見習いを認めてくれないことでしょう。
私は棹を握り直し、覚悟を決めました。
事前に聞いた霹靂猫魚の倒し方は、棹で何度も叩いて刺激していかずちを出させ、疲労してもう出せなくなってからとどめを刺すというものでした。
しかしあれほど大きく強大な個体が相手ではこの手段は使えないでしょう。
持久力で争うには相手が悪すぎますし、ウルウのお守りを頼りにするのは危険な賭けです。
となれば、短期決戦で決めなければいけません。
一撃で急所を貫き、仕留める。これです。
あの巨体、それにぬめるはだえを通して貫くには、船の上では足場が悪すぎます。なにか仕掛けが必要そうです。
私は少し考え、そして船の周りをゆっくりとめぐりながら隙を窺う霹靂猫魚の影を追いました。泳ぐだけで渦が生まれ、船はもう逃げられそうにありません。
棹でつついたところであの巨体は身じろぎもしないでしょうし、それで変に刺激して船ごとひっくり返されてはたまったものではありません。
いま船が襲われないのは、恐らく今まで一度も防がれたことのない雷光を弾き返されて、相手が警戒しているからなのです。それでも最も自信のある攻撃である以上、奴は再度雷光をお見舞いしてくるでしょう。長年にわたって外敵を屠り続けてきた矜持のためにも、小細工を押しつぶしてやろうと怒りをたぎらせているはずなのです。
奴が顔を出し、そしてあの雷光を放つ瞬間を狙うしかありません。
ばちばち、ぐつぐつ、青白い雷光が川面を焼き、水を煮えたぎらせ、漁師のおじさんは怯えて縮こまります。しかし私にはわかります。これは威嚇にすぎません。どうだ怯えろと、そのように大声で怒鳴りつける示威行為なのです。
私が心折れてしまうのを待つように、焦れるようにぐるぐるとめぐっているのです。
ウルウもそれがわかっているのでしょう。揺れる中でもゆったりと腰かけて、眠たげな眼で水面を眺めて落ち着いています。
私もそんなウルウの姿を見てすっかり心を落ち着けて、棹を構えて時期を計ります。
なにしろ奴のいかずちで川の水は煮えたぎり、そうすれば奴自身も煮え湯の中を泳ぐようなもの。いかずちを放ち続けることで疲れも来るでしょうし、煮え湯の中を泳ぎ続ければいずれ必ず耐え切れなくなります。
すぐだ。もうすぐだ。
互いに焦れるような、しかし後で思ってみればおどろくほど短いつばぜり合いのような時間が過ぎて、ぐわり、と水面が持ち上がりました。
来た!
霹靂猫魚のぬめるはだえが川面を割って聳え、そのよどんだ瞳が怒りをにじませてこちらを睥睨します。
ばちばちと先程よりもはるかに激しく全身をいかずちが走り、そして額のあたりに集まっていきます。
雷神もかくやというその異様に思わず息をのみかけますが、しかしどれだけ威力が上がろうが、それはもう先ほど見た技です。
辺境の武辺に、同じ技は二度通用しないということを教えてやりましょう。
雷光が青白く輝き、そして奴が首をわずかに後ろにもたげた瞬間、私は手に持った棹を奴に向けて放りました。
奴が反射的にため込んだいかずちを放つと、それは私たちではなく棹に向けて流れ、そして棹を焼き焦がしながらその端の浸かった川面へとまっすぐに流れていきました。
霹靂猫魚は魔術でもっていかずちをあやつりますが、そのいかずちというものは、水が高きから低きに流れるように、流れやすい方へと流れる性質があります。
神殿や時計塔のように高い建物ばかりにいかずちが落ちるように、高いものへと落ちやすいですし、落ちたいかずちは金属や水など、流れやすいものを選んで流れていきます。
私はおつむの回転の遅い方ではありますけれど、辺境育ちは学がないと思われるのは心外です。
雷光を外し、ため込んだいかずちをすっかり吐きつくし、再度川へ潜ろうとする霹靂猫魚ですが、その動きは鈍いです。
雷光を放った直後、自分自身もしびれて硬直することは先程確認済みです。
私は不安定な足場を蹴って飛び上がり、霹靂猫魚を目指します。
勿論、こんな足場ではどれだけ強く蹴っても大した距離は得られません。
しかし、ここで役に立つのが私の装備です。
飛竜革の靴に加護を祈れば、私の足元で風精が集まり、見えない足場を作ってくれます。それを踏みつけ、もう一跳び、その先でさらにもう一跳び。
空の階段を駆け上り、鈍く固まった霹靂猫魚の頭上へと飛び上がり、ずらりと引き抜く腰の愛剣。
大具足裾払の甲殻から削り出した頑丈な切っ先を下に向け、最後の一蹴りで真下に向けて強く飛び出せば、私の体重そのものが勢いに乗せて力となる。
狙い過たず一突きに、やわなはだえを鋭く割いて、硬い頭蓋も何のその、顎の下まで突き抜けて、確かに私の剣は霹靂猫魚を貫いたのでした。
しかし敵もさるものひっかくもの、最後の悪あがきにと全身をぶるうんぶるうんと震わせて、じばじばじばばと青白い雷光が全身を駆け巡ります。
お守りのおかげかいくらかは弾かれ、しかしそのいくらかは確かに私の体を駆け抜け、全身が思うのとはまるで別物のように震え、かたまり、剣から指を離すことさえできません。
ようし、こうなれば根競べです。
私はいかずちに震えながら握りしめた剣をぐいりとひねって奴の頭の中をかき回し、奴は悶えながらも私の体にいかずちを見舞い、そして。
そして、私の意識はぷつりと途絶えたのでした。
用語解説
・はだえ
皮膚のこと。
・ふわふわとした柔らかな何か
ゲームアイテム。正式名称《三日月兎の後ろ足》。幸運値を飛躍的に高めるレア装備。この装備を入手するためにまずこの装備が必要だというジョークが生まれるほどの低確率でしかドロップしない。
『何しろこいつはとんでもない幸運のお守りさ。前の持ち主は後ろ足を切り取られたみたいだが』
・飛竜革の靴
風精を操って空を飛ぶ飛竜の革は、うまくなめせば風の精との親和性が非常に高くなる。これで作られた靴は、空を踏んで歩くことさえできるという。
・大具足裾払
辺境の森林地帯などに棲む巨大な甲殻生物。裾払の仲間としてはかなり鈍重そうな外見ではあるが、その甲殻は極めて強靭な割に恐ろしく軽く、裾払特有の機敏な身のこなしに強固な外角が相まって、下手な竜程度なら捕食する程に強大な生き物である。
ナマズ退治だと思ったらガチでモンスターだった件。
川底に棹を突きおろし、それが勢いよく弾き返され、次の瞬間に感じたのは目の前が真っ白になるような光と、強い耳鳴りでした。それはまるで見えない槌で頭を殴りつけたかのように強烈で、私は頭の中身まで光と音に流されてしまったかのように、その場に棒立ちになってしまいました。
それでも何とか気を取り直せたのは、腰帯ががっしりとつかまれて、なんとか倒れずに済んだおかげでした。
耳は聞こえず、目も見えず、ただ真っ白な闇の中で、その感触だけが私の意識をつなぎとめてくれました。
ほんの十数秒。
しかしそれは致命的な十数秒でした。
私が思い出したように呼吸を再開し、かすむ視界の中でなんとか棹を握り直した時には、目の前に聳えるように巨大な影がこちらを見下ろしていました。
ぼんやりとした視界の中でもはっきりとわかる巨体。間抜けだとか愛らしいだとかいった前評判とは裏腹に、冷酷さすら感じさせるのっぺりとした顔つき。
ぬらりとしたはだえの表面を青白いいかずちが絶え間なく流れ、その接する水面は沸き立つように泡立っていました。
いんいんと不可思議な耳鳴りに似た音が大気を震わせ、よどんだ眼ではなく、何か奇妙な力でもってこちらを視ているというのが肌で感じられました。
霹靂猫魚。
それはただの食材と侮るには、あまりにも凶悪な暴力でした。
神威の権限、いかずちを操る魔獣を前に、しかし私の体はまだすくんだまま、指先は震えるようにしか動きません。いえ、たとえ動けたとして、それが何になったでしょう。目の前で高まっていく圧力を相手に、私に何ができるでしょう。
絶望的な無力感を胸に、私が思ったのはとてつもない恐怖でした。
私が食い意地に任せて軽率な行動をとったがために、私の物語に付き合ってくれるたった一人の大切なお友達を巻き添えにしてしまうことが、どうしようもなく恐ろしかったのでした。
せめて、せめてウルウだけでも。
そう歯を食いしばった私の体を、ふわりと柔らかな外套が覆いました。
ぐっと体を抱きすくめられ、ふわふわとした柔らかな何かが、胸元に押し付けられます。
「――――」
まだ耳鳴りのする中、それは確かには聞き取れませんでした。
しかしそれは、とても落ち着いた、優しいウルウの声でした。
次の瞬間、高まり切った圧力が解き放たれ、霹靂猫魚の額から青白い雷光が私たちめがけて降り注ぎ、そして全身をずたずたに引き裂く激痛と灼熱とが襲ってきませんでした。
おや。
襲ってきませんでした。
むしろ、驚きで目を見張る私の目の前で、何か不思議な膜にでも弾かれたように雷光は反転し、霹靂猫魚のひげ面に叩き返されたのでした。
いかずちを操る霹靂猫魚に、自分の放った雷光はさほどの痛手でもないようで、青白いばりばりはその体表を流れて川面に逃げてしまいましたけれど、さすがに驚いたのかその巨体が大きくのけぞり、音を立てて水の中に隠れました。
「大丈夫かー嬢ちゃんたちぃ!」
漁師のおじさんの叫びで、ようやく耳が慣れてきたことに気付きました。
「目は覚めた?」
耳元でウルウの声がします。
私は平坦なその声に血の気が下がるのを感じました。
きっとウルウはただ、私が最初の轟音の衝撃から立ち直れたのかということを尋ねただけだったのでしょう。でも私には、食い気に踊らされて寝ぼけていたのだという風に指摘されたように思えました。こうしてウルウに守られていなければ、きっと私は黒焦げになっていたでしょう。
私は馬鹿だ。
「だ、いじょうぶですっ!」
私が恐れをこらえて叫ぶと、ウルウはゆっくりと離れて、それから先程私の胸元に当てていた、白くてふわふわとしたものを腰帯に括りつけてくれました。
「私も少し甘く見ていた。君の腕試しだし、手は出さないけれど、対策は必要だ」
ウルウはゆっくり私を眺めて、それから言いました。
「六割くらいは大丈夫。残りの四割は神頼み」
「うぇ?」
「お守りのこと」
どうやら先程の鉄の棒と、白いふわふわのことらしいです。もしかしたら霹靂猫魚の雷光を弾き返してくれたのはこれなのでしょうか。
「過保護もよくないから、死なない程度のことはもう助けない」
う。優しいばかりでもありません。
でも、助けられてばかりでは私も駄目になってしまいます。ウルウが全部やってくれたらそれはウルウの物語です。私は、私の物語をウルウに見てもらいたいのです。
それにメザーガおじさんも、全部ウルウの手柄では私の冒険屋見習いを認めてくれないことでしょう。
私は棹を握り直し、覚悟を決めました。
事前に聞いた霹靂猫魚の倒し方は、棹で何度も叩いて刺激していかずちを出させ、疲労してもう出せなくなってからとどめを刺すというものでした。
しかしあれほど大きく強大な個体が相手ではこの手段は使えないでしょう。
持久力で争うには相手が悪すぎますし、ウルウのお守りを頼りにするのは危険な賭けです。
となれば、短期決戦で決めなければいけません。
一撃で急所を貫き、仕留める。これです。
あの巨体、それにぬめるはだえを通して貫くには、船の上では足場が悪すぎます。なにか仕掛けが必要そうです。
私は少し考え、そして船の周りをゆっくりとめぐりながら隙を窺う霹靂猫魚の影を追いました。泳ぐだけで渦が生まれ、船はもう逃げられそうにありません。
棹でつついたところであの巨体は身じろぎもしないでしょうし、それで変に刺激して船ごとひっくり返されてはたまったものではありません。
いま船が襲われないのは、恐らく今まで一度も防がれたことのない雷光を弾き返されて、相手が警戒しているからなのです。それでも最も自信のある攻撃である以上、奴は再度雷光をお見舞いしてくるでしょう。長年にわたって外敵を屠り続けてきた矜持のためにも、小細工を押しつぶしてやろうと怒りをたぎらせているはずなのです。
奴が顔を出し、そしてあの雷光を放つ瞬間を狙うしかありません。
ばちばち、ぐつぐつ、青白い雷光が川面を焼き、水を煮えたぎらせ、漁師のおじさんは怯えて縮こまります。しかし私にはわかります。これは威嚇にすぎません。どうだ怯えろと、そのように大声で怒鳴りつける示威行為なのです。
私が心折れてしまうのを待つように、焦れるようにぐるぐるとめぐっているのです。
ウルウもそれがわかっているのでしょう。揺れる中でもゆったりと腰かけて、眠たげな眼で水面を眺めて落ち着いています。
私もそんなウルウの姿を見てすっかり心を落ち着けて、棹を構えて時期を計ります。
なにしろ奴のいかずちで川の水は煮えたぎり、そうすれば奴自身も煮え湯の中を泳ぐようなもの。いかずちを放ち続けることで疲れも来るでしょうし、煮え湯の中を泳ぎ続ければいずれ必ず耐え切れなくなります。
すぐだ。もうすぐだ。
互いに焦れるような、しかし後で思ってみればおどろくほど短いつばぜり合いのような時間が過ぎて、ぐわり、と水面が持ち上がりました。
来た!
霹靂猫魚のぬめるはだえが川面を割って聳え、そのよどんだ瞳が怒りをにじませてこちらを睥睨します。
ばちばちと先程よりもはるかに激しく全身をいかずちが走り、そして額のあたりに集まっていきます。
雷神もかくやというその異様に思わず息をのみかけますが、しかしどれだけ威力が上がろうが、それはもう先ほど見た技です。
辺境の武辺に、同じ技は二度通用しないということを教えてやりましょう。
雷光が青白く輝き、そして奴が首をわずかに後ろにもたげた瞬間、私は手に持った棹を奴に向けて放りました。
奴が反射的にため込んだいかずちを放つと、それは私たちではなく棹に向けて流れ、そして棹を焼き焦がしながらその端の浸かった川面へとまっすぐに流れていきました。
霹靂猫魚は魔術でもっていかずちをあやつりますが、そのいかずちというものは、水が高きから低きに流れるように、流れやすい方へと流れる性質があります。
神殿や時計塔のように高い建物ばかりにいかずちが落ちるように、高いものへと落ちやすいですし、落ちたいかずちは金属や水など、流れやすいものを選んで流れていきます。
私はおつむの回転の遅い方ではありますけれど、辺境育ちは学がないと思われるのは心外です。
雷光を外し、ため込んだいかずちをすっかり吐きつくし、再度川へ潜ろうとする霹靂猫魚ですが、その動きは鈍いです。
雷光を放った直後、自分自身もしびれて硬直することは先程確認済みです。
私は不安定な足場を蹴って飛び上がり、霹靂猫魚を目指します。
勿論、こんな足場ではどれだけ強く蹴っても大した距離は得られません。
しかし、ここで役に立つのが私の装備です。
飛竜革の靴に加護を祈れば、私の足元で風精が集まり、見えない足場を作ってくれます。それを踏みつけ、もう一跳び、その先でさらにもう一跳び。
空の階段を駆け上り、鈍く固まった霹靂猫魚の頭上へと飛び上がり、ずらりと引き抜く腰の愛剣。
大具足裾払の甲殻から削り出した頑丈な切っ先を下に向け、最後の一蹴りで真下に向けて強く飛び出せば、私の体重そのものが勢いに乗せて力となる。
狙い過たず一突きに、やわなはだえを鋭く割いて、硬い頭蓋も何のその、顎の下まで突き抜けて、確かに私の剣は霹靂猫魚を貫いたのでした。
しかし敵もさるものひっかくもの、最後の悪あがきにと全身をぶるうんぶるうんと震わせて、じばじばじばばと青白い雷光が全身を駆け巡ります。
お守りのおかげかいくらかは弾かれ、しかしそのいくらかは確かに私の体を駆け抜け、全身が思うのとはまるで別物のように震え、かたまり、剣から指を離すことさえできません。
ようし、こうなれば根競べです。
私はいかずちに震えながら握りしめた剣をぐいりとひねって奴の頭の中をかき回し、奴は悶えながらも私の体にいかずちを見舞い、そして。
そして、私の意識はぷつりと途絶えたのでした。
用語解説
・はだえ
皮膚のこと。
・ふわふわとした柔らかな何か
ゲームアイテム。正式名称《三日月兎の後ろ足》。幸運値を飛躍的に高めるレア装備。この装備を入手するためにまずこの装備が必要だというジョークが生まれるほどの低確率でしかドロップしない。
『何しろこいつはとんでもない幸運のお守りさ。前の持ち主は後ろ足を切り取られたみたいだが』
・飛竜革の靴
風精を操って空を飛ぶ飛竜の革は、うまくなめせば風の精との親和性が非常に高くなる。これで作られた靴は、空を踏んで歩くことさえできるという。
・大具足裾払
辺境の森林地帯などに棲む巨大な甲殻生物。裾払の仲間としてはかなり鈍重そうな外見ではあるが、その甲殻は極めて強靭な割に恐ろしく軽く、裾払特有の機敏な身のこなしに強固な外角が相まって、下手な竜程度なら捕食する程に強大な生き物である。