異界転生譚ゴースト・アンド・リリィ

前回のあらすじ

三輪百合(トリ・リリオイ)》の絆の力により、罠にはめられ弱点を突かれて心の弱さに足を引きずられ敗北したウルウ。
ねえいまどんな気持ち?



「はらほろひれはれ……」
「あーららら、やっぱり正面からは危ないわねこれ」
「ウルウの言ってた大音響付きのやつってもっと危ないんでしょうね……」

 リリオの『超電磁フラッシュ』の直撃を食らったウルウはしばらくのあいだ前後不覚に(おちい)ってくったりと脱力してしまった。
 ちょっと心配ではあったけど、あたしたちはこれ幸いとウルウを縛り上げ、じっくり『お話』するために腰を据えたのだった。

「ううん……ふう……まだくらくらする……よくもまあ私を研究したものだよ」
「まあ、あんた新しい技とか使うときなんか解説入れるし……」
「影になるやつも半分くらい自分で弱点まで説明してましたしね……」
「…………それはともかく!」
「大きな声出せばごまかせると思ってるやつ」
「縛り上げてそれで終わりだと思った? これくらいはねえっ」
「トルンペート」
「はいはい」
「あばばばば」

 あたしは隣で焚いていた焜炉(こんろ)で練り香を焼き、煙をパタパタあおいでウルウに嗅がせる。

「うごごご……なにこれ痺れる!? ひ、ヒレツな!」
「麻痺毒の練り香よ。まー、初手効くやつでよかったわ。あんた変な耐性あるし、いろいろ用意してるわよ」
「こわっ」
「当然でしょ。仲間なんだから」
「仲間に使う毒を用意してるの怖すぎない!?」
「仲間だから、あんたがどんな奴かはわかってるつもりだもの」
「うく……」
「あんたが何にも言わなくたって、なにかを抱え込んでたって」
「……それも仲間ってやつ?」
「そう。それに、これでも嫁なのよ」

 ウルウは項垂れてしまった。
 ウルウの中のもやもやとした悪いものはまだ晴れていないようだったけれど、それでも、とげとげしく、自分もあたしたちも傷つけてしまうような空気はどこかへいってしまったようだった。
 ただ、力なく、弱々しく、疲れ果てた姿がそこにあった。

「わかってる。わかってた」

 それはどこか不貞腐れたような、そんな響きだった。

「君たちを傷つけたくない私と、場合によってはえげつなく殴ってわからせるDV脳筋蛮族ガールズでは戦いにならないってことくらい」
「ちょっと」
「それでも、認めたくなかった。手放したくなかった。縛り付けておきたかった」
「あんたが手放そうとしたって、逃げ出そうとしたって、あたしたちが手放さないし、縛り付けるわよ」
「違う、違う……そういうことじゃないんだ……」

 ウルウは力なくかぶりを振って、それから情けない目つきであたしたちを見上げた。
 それは懇願(こんがん)だった。恥も外聞もない泣き落としだった。
 こんなにも嬉しくない嫁からのお願いは、いままでになかった。

「お願い。お願いだよ、ふたりとも。ここで一緒に暮らそう。いつまでもここで、三人だけで」
「ウルウ。それはとても魅力的なお願いです。でもそれは、もっとずっと年を取って、足腰も効かなくなってからでいいじゃないですか」
「お願いだから……」
「私の輝きは、旅の中にあります。私の物語は、旅の中にあるんです。新しい出会いと別れの中に。それはウルウが一番知っていることでしょう」
「そう、だけど、そうだけど、でも、お願いだ」
「私たち三人、楽しいこともつらいことも、たくさんたくさんあったじゃないですか。ウルウだって楽しんでいたじゃないですか。なのに、なぜ? どうしてそんなことを言うんです」

 ウルウは項垂れたまま、しばらく何にも言えないみたいだった。
 時々ぐすぐすと鼻をすする音がして、嗚咽を飲み込む声がして。
 そして、泣きじゃくる子供みたいに情けない顔で、ウルウはこんなことを言った。

「だって、旅は危険だ」

 それは、あまりにもばかばかしい一言だった。
 旅が危険ですって?
 それは、そんなことは、あたしたちみんなわかってたことじゃない。
 そんなこと当たり前で、あたしたちは今までそんなのいくつも乗り越えてきたじゃない。

 なのに、ウルウは繰り返す。

「旅は危険なんだよ。死んじゃう。いまに死んじゃう」
「ええと……ウルウ、私たちはそう簡単に死にませんよ」
「ううん、ううん、死ぬんだよ。死んじゃうんだ」
「死なないってば。なんなのよ、急に」
「うそだッ!」

 リリオはなだめるように、あたしは呆れたように返せば、ウルウは激高したようにそう怒鳴った。
 嘘だ、嘘だ、嘘吐きだ。あまりに強い言葉が、ウルウの喉から響き渡った。

「うそだ! 君たちも死ぬんだ! 死んじゃうんだ! お父さんみたいに!」

 それはまったく、癇癪を起した子供のそれだった。 
 甲高くひび割れた声。まるで泣きじゃくる子供みたいな。
 ううん。事実、ウルウは泣きじゃくる子供なんだ。
 顔を真っ赤にして、ぼろぼろと大粒の涙をこぼして、鼻水をすすりながらわめきたてる子供だった。
 誰にもわかってもらえない悲しみと苦しみを泣き叫ぶ子供だった。

「あ、あ、あの時! あの時君たちは死にかけてたんだ! 死ぬところだったんだ! し、死んでた! 私がいなきゃ死んでたんだ! わ、私、私だって、どうしたらいいかわかんなかった! わた、私がうまくできなかったら、ふたりとも死んでた! 死んじゃってたんだ!」

 あの時。
 それは間違いなくあの日のことだろう。
 リリオとあたしが、そしてボイまでもが、わけのわからない熱病に倒れたあの時のこと。
 あたしたちが目を覚ましたのはすべてが終わった後で、ウルウはその時のことを何にも教えてくれなかった。何かがあったことだけはわかっているのに、ただなにもなかったのだと、無事でよかったと、そういうだけだった。
 でも、そんなわけなかった。
 なにもないわけがなかった。

 あたしたちはわけもわからず倒れて、わけもわからず目覚めた。
 だからあたしたちにはその間のことはわからない。
 でもウルウは、あたしたちを看病している間ずっと、たった一人でその恐怖におびえていたんだ。
 あたしたちが死んでしまうんじゃないかって、ウルウはそのことをずっと抱えてきたんだ。

「それは……それは、仕方ないじゃない。誰だって病気はどうしようもないわよ」
「そうだね。どうしようもない。誰にも。でも、私は君たちを失うことに耐えられない」

 その声はだんだん乾き始めていた。
 涙も枯れ、嗚咽も果て、ひどく乾いた声が、投げやりで捨て鉢に吐き捨てられた。

「私は君たちなしじゃ生きていけない。こんなに依存させておいて、君たちは勝手に死ぬんだ。病気で。事故で。獣に、人に殺されて。じゃあ私が守るしかないじゃない。誰にも触れられないようにして、守るしかないじゃない。私が! 私しかできないんだから……君たちが勝手に死なないように私が、君たちを傷つけてでも守らないといけないじゃないか!」

 それは滅茶苦茶な理論だった。
 どう考えても筋の通らない癇癪に過ぎなかった。
 でもそれはウルウの中で煮詰まった、どうしようもなくどうしようもない最終手段だったんだろう。いつかその日が来なければいいと思う、そんな。
 そしてこの小屋は、その考えが発露してしまうには十分すぎるほどの条件をそろえてたんだろう。

「私が大げさだと思ってるんでしょ。わかるよ。そんなこと言うのは頭がおかしい女くらいだと思うよ。つまり私のことだね。あははははは。おかしい? 笑ってよ……でも本当なんだ。だって私はもともと死んでたんだ。リリオがそれを生まれ直させたのに、トルンペートが私を生かして育てたのに、ふたりは死ぬんだ……ひどい……ひどいよふたりとも…………違う……違うんだ、ごめん、ごめんなさい……そんなこと言いたいんじゃない……でもふたりが死んだら、多分私も死ぬよ。後を追って死ぬと思う。どうかな。しばらくは茫然としてるかもしれない。何も考えられなくなって、ご飯も食べず水も飲まず、一日ぼーっと転がってるかもしれない。それで天気のいい日にふらっと首を切って死ぬと思う。あはははは。ありそう。妛原閠はそういうことする女だよ。だから死なないでよ。死なないでよ。死なないでよ。死なないでよ」

 ウルウはゆっくりと顔を覆って、書き消えそうな声でつぶやいた。

「でも本当に怖いのは、死ねないことだ」

 あえぐようにウルウは繰り返す。死ねなかったらどうしよう。私は本当に死ねるのか。
 長い指が白い首筋を締め上げてる。

「本当なら私は死んでたんだ。私はもう死んでるんだ。死人なんだ。でも生きてる。生きてしまってる。私の体がエイシスの体なら、《エンズビル・オンライン》のキャラクターなら、私は死ねない。死ねないことになってる。死んでも生き返るんだ。そうなってるんだ。ペナルティを支払って、神殿で目覚めるようにできてる。確かめたことはないよ。死ぬのは怖い。死ぬのは怖い。死にたくない。死にたくない。でもこの世界でもそうだったら私はどうすればいい? いざ死のうとして、朝目覚めるみたいに生き返ってたら私はどうしたらいいッ。何度も、何度も、何度も何度も何度も、死んでも死んでも死んでも死んでも、それでも死ねなかったら私はどうしたらいいのッ。二人のいない世界で何度も死ぬだけの人生なんて嫌だ、いやだ、いやだ……ッ! それとも私が死んだら私は目覚めるの? これは全部夢で、リリオもトルンペートも夢で、私はあの狭い部屋で目覚めるの? お父さんが死んじゃって何の意味もなくなった世界で私は一人ぼっちでまた生きなきゃいけないの? ふたりが死んだ上に私は何もかも意味のない夢だったって思い知らされた上で生きなきゃいけないの? それで死んだらまたこの世界に放り出されるの? ねえ。ねえ。ねえ。黙ってないで教えてよ! 答えてよ! 一緒に死んでよ……やだよ死なないで! 私を置いていかないで! どこにも行かないで! ひとりにしないで! ひとりにしないで! ひとりにしないで! ひとりにしないで!」

 ひとりにしないで!

 それは、あまりにも悲痛な叫びだった。
 多分きっと、世界中の誰にも理解されない、ウルウの頭の中にしかない狂気が、ウルウの心を傷つけ、うち砕いて、涙も涸れるほどの絶望の中に浸してしまっているのだった。
 あまりにも重たいその気持ちが、あたしの心にものしかかってくる。
 あたしはどうしたらいい?
 あたしはなにをしてあげられる?





用語解説

・エイシス
 心停止(エイシストール)という医学用語からとった、閠が《エンズビル・オンライン》で使用していたハンドルネーム。《選りすぐりの浪漫狂(ニューロマンサー)》の一員として認知されるようになってからは、PVP(プレイヤー対プレイヤーの対人戦)において気づいた時には即死させられているからという畏怖をもって呼ばれていた。なんにせよ中二病である。

・《エンズビル・オンライン》
 作中で閠がプレイしていたMMORPG。