異界転生譚ゴースト・アンド・リリィ

前回のあらすじ

異世界の魚介にさすがにドン引きするウルウ。
しかし今後も似たような出会いばかりだろう。






 さっきもちょっと散歩がてら見て回ったけれど、やっぱりじっくり見て回ると新しい発見も多い。それに荷物持ちことウルウがいると後を考えずに物を買えるのでいい。

 なにせこいつの《自在蔵(ポスタープロ)》は鮮度そのままで持ち運びできるとか言う、もはや《自在蔵(ポスタープロ)》ではないなんか別物のすごいやつなので、頼りがいがあるのだ。すごいやつなのだ。惚れちゃうわね。
 などということを矢次はやに言って聞かせたところ、「よせやい」とそっぽを向いてしまったけれど、しばらく荷物持ちに何の不満も言わないようになったので、実際ウルウはちょろい。

 しばらく海の幸というか海の脅威というか、ウルウのいうところの「怪奇! 海からやってきた神秘!」みたいなのを見て回っているうちに、さすがに早々驚かなくなってきた。

 例えば亀の手とかいう、それこそ本当に亀から手をもぎ取ってきたような生き物があった。これは海岸などに張り付いて生きている生き物で、かたい殻の中に柔らかい身が詰まっていて、煮るとよい出汁が出て、くにゅくにゅこりこりとした食感が楽しめるということだ。
 実際軽く茹でたものを味見させてもらったが、殻の外見とは裏腹に中身はつるんとした白っぽい奇麗な身で、食べてみると成程味わい深かった。

 しかしまあよくぞあんなものを食べようと思ったものだ。岸壁から三十センチは伸びていて、近づくと鋭い爪で襲い掛かってくるような生き物を。

 また面白いのは(カプクセーノ)海鞘(アシディオ)という生き物だった。ウルウの住んでいたところではもっと小さくホヤと呼ばれていたらしいこれは、名前の通り寝台においてある枕のように一抱えもありそうな大きさで、濃い橙色のつやつやとした、前も後ろもないような生き物だった。

 これを切り開くと濃い潮の香りのする内臓がぼろりとあふれてきて、これはもっぱら塩漬けにしたり、磯腸詰なる魚介の腸詰に使われたりする。ただ、足が速いので気を付けなければいけないという。
 身の方は、これは広げると卓いっぱいに広がり、これを切り分けて、湯がいたり、酢で和えたり、焼き物にしたり、揚げ物にしたり、また塩辛や干物にしたりもするという。

「サシミにしてもおいしいよ」
「サシミ?」
「あ、トルンペートはサシミまだでしたね」
「そう言えば霹靂猫魚(トンドルシルウロ)はトルンペートが来る前に食べ飽きちゃったもんな」
「なによ、なんなのよ」
「生ですよ」
「えっ」
「切り分けたのを生でいただくんです」
「バッカじゃないの?」

 またあたしをからかっているんだと思って怒ってみたが、どうも店の人もそうだというし、本気で言っているらしい。

「海の魚介は新鮮なものであれば生で食べられるよ」
「本気で言ってるの?」
「私は結構好きだよ」
「本気で言ってるのね」

 まさかのウルウまで推してくる。これはどうにも、本気の本気らしい。

「折角ですし、ここはトルンペートにもサシミいってもらいましょうか」

 理解できないで困惑しているうちに、リリオが店の人に言って、何種類かの魚と、そして(カプクセーノ)海鞘(アシディオ)をサシミにしてもらった。
 味は、塩か魚醤(フィシャ・サウツォ)があると言われたので、ウルウのおかげで慣れてきた魚醤(フィシャ・サウツォ)で試してみることにした。

 さあ、いよいよもって逃げ場がなくなった。
 リリオが面白がって見ているっていうことは、危険な事ではないんだっていうのはわかる。この娘は人の危険を面白がるような娘ではない。あたしが未知に恐怖しているのを、ちょっとからかっているだけなのだ。

 ウルウはあたしが気味悪がっているのを見て、ハシとかいう例の二本の棒で器用にサシミをつまんで、先に一口やってくれた。

「うん。美味しい。鮮度がいいし、脂ものってる」
「ああ、ウルウ、ずるい!」
「お手本だよ」

 そこまでされて逃げたのでは武装女中の名が廃る。
 あたしは意を決して、最近慣れてきたハシでサシミに取り組んだ。

 まずは一番普通のお肉っぽい、赤身の魚だ。いや、生肉だって食べはしないけど、でも、一番安全かなって思う。魚醤(フィシャ・サウツォ)を軽くつけてこれをにらみつけ、思い切ってえいやっと口に放り込んでみる。

 すると、甘いのである。
 魚醤(フィシャ・サウツォ)は塩気が効いているのに、むしろそれが引き立てるように、赤身の魚の甘さを引き立てるのである。成程、ウルウの言う通り脂が良く乗っているのだけれど、肉の油とは違って、実にさっぱりとしている。

「それはさっきの飛魚(フルグフィーショ)だね」

 私はきょとんとして皿を見つめた。
 そうすると途端に、盛りつけられたサシミが宝石のように輝いて見え始めたのだった。







用語解説

・亀の手
 石灰質の殻をもつ岩礁海岸の固着動物、つまり海岸の岩とかに張り付いている生き物。
 帝国の亀の手は全長三十センチくらいで積極的に攻撃を仕掛けてくるものが普通のようだ。

(カプクセーノ)海鞘(アシディオ)
 名前の通り、枕ほどの大きさもあるホヤ。
 ではホヤとは何者かと言われると、ホヤはホヤだとしか言いようがない奇怪な生き物である。

前回のあらすじ

初のサシミに挑戦するトルンペート。
そのお味は。






 トルンペートは次に、つやつやと白っぽく透明なサシミに挑戦するようでした。
 表面がつるつるしているのですけれど、貫通しない程度に表面に切れ込みがいくつもいれてあって、つかみにくいということがないみたいでした。またこの切れ目は、つるつるとした身に魚醤(フィシャ・サウツォ)をうまく絡める働きもしてくれているようです。

 トルンペートはこれをちょっと見つめて口に放り込むと、その不思議なサシミに驚いたように眉を上げました。これはさっきの飛魚(フルグフィーショ)とは全く違ったサシミですね。

 私もいただいてみましたけれど、きゅむきゅむっとした不思議な食感で、トロリととろけるようなのだけれど、脂っけは全くない、面白い味わいでした。

「イカだね」
「イカ?」
「これ」

 そういってウルウが示したのは、なんと烏賊(セピオ)でした!
 海の怪物と忌み嫌われる、あの烏賊(セピオ)だったのでした!

 これには私も大いに驚きました。

「あれ、お客さんは烏賊(セピオ)いける人? 南部でも見た目で嫌う人多くてね」
「これをね、細く麺みたいに切ってね、出汁で割った魚醤(フィシャ・サウツォ)とか、生姜(ジンギブル)を卸して混ぜた魚醤(フィシャ・サウツォ)なんかで食べると、うまい」
「ほほう、それはやってみないとね」

 トルンペートがこうして用意された細切りの《セピオ》を食べてにんまり笑うもので、私も耐え切れず新しく一皿注文しました。

 店の人が手早く用意してくれたのを一口やってみると、これがまた、同じ烏賊(セピオ)の切り方が変わっただけだというのに、先ほどとは全くうまさの質が変わってしまいました。つるるん、と口の中に入り込んで、もにゅもにゅ、くにゅくにゅと口の中で踊ると、烏賊(セピオ)の甘さがぐっと引き立つのでした。

 そして最後に挑むのは例の(カプクセーノ)海鞘(アシディオ)でした。
 これも、烏賊(セピオ)とは別の方向でものすごい見た目ですから、トルンペートだけでなく私もちょっとひるみましたけれど、切り分けられた姿はむしろなんだか細工物のようですらありました。これも、分厚い身を切り分けて、表面に切れ目を入れて食べやすいようにしてあるようでした。

「西方の人に学んだやり方でね。彼らは火の扱いより、包丁の扱い方がずっと得意でね」

 店の人が振るうあの細長い包丁は、西方由来の包丁のようでした。

「ホヤは潮の香りが強いからな……魚醤(フィシャ・サウツォ)よりこっちがいいかも」

 そういってウルウが取り出したのは、先ほど一人で姿を消したと思ったら、ほくほく顔で買ってきた黒い液体でした。同じ黒い液体なので魚醤(フィシャ・サウツォ)かと思っていましたが、こちらを皿に注ぐと、どうにも具合が違います。
 魚醤(フィシャ・サウツォ)の味わいと言ってもいいですけれど、しかし臭みとも言える、あの独特の香りがなく、代わりにふっくらと柔らかな香りがするのでした。

「これは?」
「おお、醤油(ソイ・サウツォ)だね。こだわるねえ、お客さん」

 これは、魚醤(フィシャ・サウツォ)が魚で造るように、猪醤(アプロ・サウツォ)が猪から作るように、豆から作るたれのようでした。
 ウルウはずっとこれを探していたのだとにっこり笑顔でしたけれど、お値段を聞いてこちらは目が飛び出るかと思いました。成程ウルウの資産なら十分に買えるでしょうけれど、でも。

「どれくらい買ったんですか」
「一樽」

 ずつうが、いたい。

 まあ買える範囲なら何も言いませんし、普段ものを買ったりしないウルウの数少ない趣味なので言いっこなしですけれど、それにしたって衝動買いの桁が違います。

 まあ、とにかく、その醤油(ソイ・サウツォ)の出番です。

 トルンペートが舌鼓を打つだけでなく小躍りしそうな勢いなので私ももう気になってたまらないんです。

 海鞘(アシディオ)の身を軽く醤油(ソイ・サウツォ)につけて、ひょいと口に放り込むと、これがまた鮮烈でした。内陸暮らしでは一生味わえないような強烈で濃厚な潮の香りが口の中いっぱいに広がり、そしてそこにふわりと優しい甘さが広がるのでした。
 歯ごたえは烏賊(セピオ)よりも強めで、ぎゅむぎゅむとしっかりした歯ごたえがたまりません。

 二人で一皿では何となく物足りなくなって、結局私たちはもう一皿頼んで、サシミを楽しむことにしたのでした。

「度胸は試せた?」
「試せた試せた。次は舌と胃袋を試す番よ」
「よく食べるねえ」

 そう言いながら、ウルウも新しく仕入れた調味料の出番だとばかり、お相伴にあずかるのでした。






用語解説

烏賊(セピオ)
 白い体に十本の足と、我々が想像するイカと同じようである。
 ただ油断ならないのがこの世界、船を襲うサイズのイカが普通に存在していたり、レーザー光を発するホタルイカが泳いでいたりするので、注意である。

醤油(ソイ・サウツォ)
 大豆から作った調味料。いわゆる醤油である。
 余談だが、幕末には遠いオランダまで醤油が輸出されていたという話がある。

前回のあらすじ

サシミで度胸試しを終えたトルンペート。
さあ、あとは胃袋試しだと言わんばかりに食べ始めるリリオであった。






「一樽ゥ!? あんた毎回加減ってものを知らないの!?」
「腐らないしいいじゃない」
「そういうことじゃなくって!」
「次またいつ手に入るかわからないし、ね?」
「ああ、もう……好きにしなさい」

 好きにするとも。
 思えば前世では好きなものを買うという衝動買いすらしなかったから、買い物下手なのは理解している。というか衝動すらわかなかったからな。あれ欲しいとかじゃないんだよ。あれ切らしてたよな、なんだよ、買い物の基本は。大体買い物なんて深夜のコンビニで済むようなものしか買わなかったし。

 だからその反動なんですなどという気はないけれど、しかし、物を買うって言うのは、自分のものにするって言うのは、結構楽しいことなのだ。買った後のことなどいちいち考えていられるか。いまその瞬間なんだよ大事なのは。

「そういうとこある意味冒険屋らしいと言えばらしいわよね」

 まあ宵越しの金は持たないとまでは言わない。
 この醤油(ソイ・サウツォ)一樽だって結局、腐らない劣化もしないインベントリがあるからこそ購入しようと思っただけで、将来的に消費する予定のものだから無駄な買い物などではない。

 あとはカレー粉でも手に入れば言うことはない。カレー粉さえあればそこからカレーだって作れる。(リーゾ)も買ったし、あとは適当な野菜と肉でもあれば、完璧だ。隠し味に醤油(ソイ・サウツォ)を入れてやってもいい。
 暇つぶしにレシピ本読んだ完全記憶能力者をなめるなよ。少なくともレシピ通りのことはできる、程度には料理できるんだからな私は。それ以上はお察しだが、少なくともそれ以下になるようなことはないのだ。

 しかし、カレー粉は難しい。カレー粉はどうしても手に入れる自信がない。あの配合を、私は知らないのだ。一から始めるカレー的な、スパイスの調合から始めるような本を読んでおけば、そして少なくとも一回でも試していれば、私は完璧に再現する自信がある。
 しかしないのだ。そんなあほなことする余裕があるとは思えないと、当時の私はその本をそっと棚に戻したのだ。馬鹿め。何という愚か者だ。

 市の輸入品の並ぶあたりを見回してみれば、山と積まれた香辛料の類が発見できる。少々お高くはあるけれど、私の溜めに溜めた資産があれば十分に買えるし、そもそも今後使う予定もないのだから使ってしまって問題ない金だ。

 でも、どうしても知らないものは思い出せないのだ。
 カレー粉がどんな容器に入っていたのかは覚えている。そこに書かれた内容物も覚えている。
 でも、しかし、そもそもその表記自体が明瞭ではないのだ!
 ターメリック、コリアンダー、クミン、フェネグリーク、こしょう、赤唐辛子、ちんぴ、香辛料……()()()! そこだよ、聞きたいのは! 三十数種類のスパイスとハーブの詳しいところ!
 あと焙煎方法やら熟成方法やらも!

 そりゃ企業秘密だろうけど!

 勘所で香辛料を適当に集めて、鼻と記憶を頼りに調合すれば、それらしい、カレー粉っぽいものはできるかもしれない。しかしそれはカレー粉っぽいものであってカレー粉ではないのだ。

 これは私の記憶の数少ない敗北かもしれない。いくらなんでも、何の資料もなく、記憶のみから味と香りをこの場で再現するのは、私には、無理だ。

「……………」
「わー、いろいろありますね。あ、これは知ってます。胡椒(ピプロ)
「粉に挽かれちゃうともうわかんないわよね、元が」
「トルンペート、何か買います?」
「うーん、知ってるのは買いたくなるけど、新しい香辛料って使い道よくわかんないから困るのよね」
「うわぁ、これどぎつく赤いですねえ。唐辛子(カプシコ)ですって」

 見れば山と積まれた粉唐辛子である。横に見本として置かれた元の形も、私の知っている唐辛子と一緒だ。

「それは買っても大丈夫。辛いのが好きなら」
「ちょっと舐めさせてもらっても? ありがと―――うっわうわ!」

 トルンペートが少し舐めて目を白黒させた。
 そしてリリオが真似してものすごい顔をする。

「うわー、なにこれ、熱いっていうか、初めての辛さだわ」
「南部はこういうのよく出回ってるよー。辛いの苦手な人は気を付けてね」
「そうなのね、ありがとう」

 とはいえ、トルンペートはこの辛さを気に入ったようで、粉のものを一袋と、丸のままのものを一袋買った。リリオも辛いものは好きなはずだが、舌が痛くなるようなこの辛さは初体験で驚いているようだった。

 この世界でも色々食べてきたけれど、帝国では香辛料と言えば野山で取れる香草とかの類のことなんだよね。だからこういう強烈な、前世で言うところのいわゆる香辛料の代表である胡椒や唐辛子っていうのは、かなり刺激的に感じられることだろう。

 私は唐辛子得意かっていうと、どうだったのかよくわからない。というのも、胃が荒れてたから味覚云々以前に食べるとお腹下してたからあんまり刺激物取らなかったんだよね。珈琲さえちょっと控えてたくらいだし。

 しかし、それにしてもカレー粉欲しかったなあ。






用語解説

唐辛子(カプシコ)
 いわゆる真っ赤なトウガラシ。西大陸から輸入されるほか、南部で育ててもいるらしい。
前回のあらすじ

香辛料をめぐって煩悶するウルウ。
完全記憶能力の敗北である。






 三人で市を見て回って、度胸試しでサシミとやらを食べて、香辛料を見て回って、あたしたちは全くこの見慣れない様相の市に飽きるということがなかった。

 例えばもう驚くことはないと思っていた魚介の類には、まだまだ驚かされた。細長い笹穂のような形の魚や、まるで円盤みたいに丸い魚、顔が片方に寄ってしまったような奇妙な魚、そして今でもちょっと丸のままの姿だと敬遠してしまう烏賊(セピオ)章魚(ポルポ)

 そのいくらかは、妙に物知りなウルウが、これは何々だ、これは何かの仲間じゃないかな、これは見たことがあるけど名前を知らない、と教えてくれることもあったけれど、時々その知識も外れることはあったし、ほとんどはお手上げだと言わんばかりだった。

 実際、海の生き物というものは限りというものを知らないようで、昔から漁をしている漁師たちでも、いまだにこれは何者なのだろうかと首を傾げるような生き物が捕れることもざらではないという。そう言う珍しい生き物を狙って港近くに居を構えている学者たちもいるそうで、いい小金稼ぎになるそうだった。

 沖に船を出すと、油断のならないもので、たいてい一つや二つは妙なことが起きるらしかった。例えば時折、人が捕れるときがあるという。海水浴を楽しんでいて沖に流されたもの、船が難破して遭難していたもの、海賊船から突き落とされたもの、様々だ。
 そう言うものは拾い上げて助けてやるのだそうだけれど、海賊らしきものは見捨ててやろうかと思う時もあるそうだった。

「たまに見慣れた顔が流れてる時もある」
「同じ漁師ってこと?」
「そう言う時もあるが、何度も漂流してるやつがいるんだよ」

 そんな奇特な奴がいるのかと思って聞けば、私たちが乗る予定の輸送船を持っているプロテーゾ社の社長が、勇猛なことで危なそうな船には必ず乗り込んで自分で指揮を執り、結果として船から落ちて漂流することがしばしばあるらしい。

 大丈夫なのかその人とは思ったけど、どうも海の神の加護で、少なくとも海を漂流していて死ぬことはないとかいう便利人間のようだった。そりゃあ無茶もするか。

「あたしたちが乗る船には乗ってるのかしら」
「普通の輸送船みたいですし、本拠地のハヴェノで忙しくしてるみたいですから、乗ってないと思いますよ」
「そりゃあよかったような、残念なような」

 良くも悪くも目立つ人である様なので、あったら挨拶でもしてみたいものだ。

 買取もしている店では、北部でたんまりと採った干し茸がいい値で売れた。とくに石茸(シュトノフンゴ)は香りも良く、南部では非常に高値になるということで、たっぷり儲けさせてもらった。
 もっぱらとろりとした煮汁にして麺と絡めて食うのが店の主の好きな食い方のようであった。また店の主だけでなく、南部は全体に麺類が好きなようで、北部に比べると麺を食べる機会が多いようだった。

 また麺の形だけでなく、南部小麦の粗く挽いた粉を卵や水、塩と練って、貝殻のような形や、筆のような形、蝶のような形や、平たい布のような形など、様々な形に成型して茹でたり煮込んだりして食べるのだという。

練り物(パスタージョ)と一言に言っても、何しろ基本的な形だけでも何十種類もあるし、細かいところまで比べて行ったら、南部全体で何百種類もあるよ。それに和えるたれや煮汁、また食い方なんかも加えて行ったら、帝都大学にそれを調べて本にまとめている学者がいるくらいさ」

 何と恐ろしいことに、その何十種類、何百種類という練り物(パスタージョ)を専門に扱っている店もあって、しかも市に並べてあるのは乾燥させたもののうちでもさらに壊れづらいものばかりで、商店街にある店舗では、更に数多くの種類が並べられて、注文通りの形に店で成型したりもするらしい。

「この学者が実にしっかりした人でね、南部生まれだからってのもあるんだろうけれど、練り物(パスタージョ)愛が素晴らしいんだ。形も全部図柄で説明していてね、うちでもお客さんから注文された時に便利なんで、愛用してるよ。市井の店で愛読されてる学術書なんて、まあこれくらいだろうね」

 いつも一冊持ち歩いているんだという本は大判で、しかもかなり分厚いもので、店主はこれを専用の入れ物を手作りして腰に下げているのだった。

 読ませてもらうとかなり面白い本で、確かに学者特有の小難しい言葉遣いや分類なんかも書いてあるのだけれど、読む人を飽きさせることのない南部人特有の明るい調子で、ちょくちょく小粋な冗談をはさんでくる。時には一面丸々練り物(パスタージョ)にまつわる冗句が書き連ねてあったり、一章丸々練り物(パスタージョ)の関わる逸話を紹介していたりした。ほとんど本の厚みはこれらの部分にあるんじゃなかろうか。

 また実際実用的でもあって、麺の形状を図柄で描き連ねてあるのだけれど、この図柄は本文での小難しい分類とはすっかり切り離されて、純粋に形状が似通った順に並べてあるので、探す側としてはこれ以上ありがたいことはないだろう。

「学術書なんてまあ、大概の町じゃあ一冊二冊あればいいくらいだけど、バージョの練り物(パスタージョ)屋には必ず置いてあるし、本屋にだって必ず置いてある。勝手に置いてある家だって少なくないんだから、これほど売れ行きのいい学術書ってのは他に知らないね」

 店主が饒舌に語る言葉は全く頷かざるを得ない具合だった。
 そしてその調子で根切交渉までするする進め()()()()()、気づけばたっぷりの練り物(パスタージョ)を買わされていたのだから、全く南部人というものは油断がならない。

「フムン。これは確かに立派な本だね。あとで見かけたら、買っていこう」
「やあ、お母さん、食べ盛りの娘さんを二人もつれて大変だね」
「こんなでかい娘が二人もいてたまるか!」

 南部ではウルウも思わず突っ込みが飛び出るようだった。






用語解説

章魚(ポルポ)
 いわゆるタコ。 
 ただし油断ならないのがこの異世界、硬い鱗に覆われたタコや、毒液で狙撃してくるタコなどもいるというからびっくりだ。

練り物(パスタージョ)
 小麦粉を卵や水、塩と練って、麺にしたり、貝殻状に成型したりと加工したもの。パスタ。

前回のあらすじ

ノリのいい南部人にパスタについて語られ、ついつい買わされてしまうトルンペート。
油断ならない。
今回はタイトル通りのお話なので注意。







 さあて、たっぷり見て回って、たっぷり食べて回って、たっぷり買って回って、すっかりくたびれて宿まで戻ってきました。ああ、疲れた。いい気持ちです。こういう心地よい疲れというものは、なかなか得難いものです。

 私たちはウルウに荷物持ちを任せてついつい買い過ぎてしまった品物を取り出して並べ、あまり反省していない反省会を早々に終わらせて、これらを整理しました。すぐに使うもの、そうでないもの、一つにまとめられるもの、小分けにした方がいいもの。

 結局ウルウの便利な《自在蔵(ポスタープロ)》に放り込んでしまうのですけれど、一度並べて目で見て覚えた方が私も取り出しやすいとウルウが言うので、買い物の後はいつもこのようにしています。

 いつもでしたら無駄な買い物などにウルウが一言いうのが定番ですけれど、今日は何も言いません。そりゃあそうでしょう。自分でも、醤油(ソイ・サウツォ)一樽だけでなくあれこれと買いこんでしまったのですから、文句を言えるはずもありません。というか単位量当たりでは一番多いのでは。

 さて、整理が終わればさすがに横になって休憩です。お買い物は楽しいものですけれど、疲れるものですからね。トルンペートもさすがに情報量が多すぎる市だったようで、ムニムニとこめかみを揉みながらベッドに倒れます。

 ウルウがちょっと席を外しましたけれど、まあ、ウルウも人間です。花を摘みに行くことくらいいちいち何も言いません。そんな野暮な。

 野暮とは思いましたけれど、ちょっと気になってしまいました。

「ウルウもするんですね」
「何急に言い始めてんのよ」
「いやだって、しないって言われたら信じられそうな気がしません?」
「そりゃあ……しないわけじゃないけど。でもウルウだって人間よ?」
「たまに疑っちゃいますけど」
「まあそりゃ……でもあたしより付き合い長いんだし、厠に行くとこなんていくらでも見てるでしょ」
「実際厠で何してるかなんてわからないじゃないですか」
「なにあんた……()()()()?」
「………………」
「こわっ」
「いや、そう言う訳じゃなくてですね、ほら、森の中の話したじゃないですか」
「あー」
「あの時私の方は隠してたわけでもないですし、見られてた可能性が無きにしも非ずでしてね」
「いや、さすがにすぐに気づいてどっか行くでしょ」
「わからないじゃないですか」
「なにあんた、仲間のこと疑ってるの」
「そういうわけじゃないですけど……」
「……まあ、あたしもちょっとどうなんだろうって思ってたし、疑問に思うのは否定しないわ」
「トルンペートもですか」
「いや、あたしの場合はほら、ウルウって、毎月普通よねって」
「毎月って……あー」

 私が下のことを気にしていたように、トルンペートが気になっていたのは月のものについてだったようです。

「あの顔は絶対重いでしょ」
「顔て」
「あんたはおっそろしく軽いっての知ってるわよ」
「お風呂入っても全然平気なくらいですしねえ」
「羨ましい」
「トルンペートだって割と短いじゃないですか」
「短いけど、やっぱり普段通りってわけにはいかないわよ」
「確かにちょっとつんつんしますもんね」
「自分じゃ抑えてるつもりなんだけどねえ」
「痛いんですか?」
「だるいのよ。痛いのはそこまでじゃないんだけど。あと屈んだりしたときに漏れる感じが嫌」

 思い出すのもいやという風に顔をゆがめて、そしてトルンペートは言いました。

「ウルウの場合、ちらっともそんな気配見せないじゃない」
「お風呂入らない日もないですしねえ」
「でも着替えの時、あいつが月帯締めてるの見たことある?」
「ないですねえ」

 まあいつもじっくり見てるわけじゃないですけど。

 私たちは月のものが来ると、下着の下に月帯という帯を締めて、内側に月布という血を吸うための布を詰めます。多いと何度も変えないといけませんけれど、幸い私はかなり軽いですし、トルンペートも一日一、二度替えるくらいです。

 ところがウルウがこの月帯を締めているのを見たことがないのでした。

「自称二十六歳だし、少なくともあたしたちよりは年上じゃない。来てないってことはないと思うんだけど」
「普段から物静かで、ことあるごとにしかめっ面してるような気難し屋さんですから、判断しづらいですよね」
「……洗濯、洗濯してない」
「え?」
「ほら、月帯にしろ月布にしろ、洗濯しないといけないじゃない。このパーティの洗濯もっぱらあたしがやらせてもらってるけど、ウルウの月布洗濯したことない」
「血が付くものですし、自分で洗濯してるんじゃ?」
「わざわざ人目忍んで?」
「ほらぁ……あれで恥ずかしがり屋さんですし」
「あー……そう言われると、そうかも」
「もういっそ、月のものとかないんじゃないですか」
「そんな人間いるの?」
「だってウルウ、半分妖精枠じゃないですか」
「妖精枠」
「おとぎ話から出てきましたって言われても信じられるくらい時々純粋じゃないですか」
「あー……否定できないこのもどかしい感じ」
「何言ってるの君たち」
「あ、ウルウ」
「おかえりー」

 極めて怪訝そうな顔つきで帰ってきたウルウに、これこれ、この顔つきですよねなどと言えばさらに不可解という顔をされてしまいました。

「なに。私の話してたの?」
「あー、なんていうか」
「ウルウって月のものどうしてるんだろうって話してました」
「直!」
「え、あ」
「止めて恥ずかしそうな顔をしないで犯罪者みたいな気分になる!」
「うわぁ……うわぁ……」
「そしてそこの犯罪者みたいな顔止めろ!」

 ウルウはちょっと恥ずかしそうに顔を俯かせた後、それから決意を定めたように言いました。

「こ、こっちでどうするのか知らなくて……下着に布詰めて胡麻化してた」
「汚れた布とか下着は?」
「不衛生だし、焼いて捨てた」
「思考が金持ち」
「洗って使いまわしましょうよ」
「だって、こう、だって、ねえ」
「どうしよう、リリオよりお嬢様よこいつ」
「はなはだしく不本意ですけど同意です」

 結局私たちはこの初心者に月帯と月布の説明をしてやり、今度一緒に買いに行くことにしたのでした。幸いにもこの船旅に合わせて来ている面子は一人もいなかったようで、助かりました。船の上ではどうしようもありませんからね。

「というか、なんでそんな話に」
「いや、リリオがウルウのしているところが見てみたいって」
「トルンペート言葉を選んでっ!」







用語解説

・厠
 トイレのこと。

・月帯/月布
 整理の時に局部に巻く帯と、そこに詰める吸い取り布。
 基本的には洗って再利用するが、布屋などで端切れを使い捨て価格で売っていることもある。
 帝国では、素材の違いこそあれ、平民でも貴族でもこれらを用いている。

前回のあらすじ

リリオが犯罪者のような顔つきでウルウを凝視する回でした。
事案だ。







 さて、休憩して、ちょっとした講義も受けて、私たちはいい時間になったので夕食を頂くことにした。
 宿の食堂は海の町らしい荒くれや商人たちでいっぱいで、実に大賑わいだった。

 リリオたちはこういうのを私が苦手だと思っているけれど、それは半分正解で、半分間違いだ。自分が混じるのは苦手だけれど、人々がにぎやかにしているのは、最近それなりに楽しめるようになってきた。一つの光景として、他所から見る分にはね。
 
 ああ、勿論、あんまりみっともなかったり、汚らしかったりするのはだめだけど。

 私たちはちょうど空いていたテーブルに席を取り、女中に宿の料金に含まれている夕食を頼んだ。この宿は宿泊客限定で、とっておきのメニューを出しているのだ。リリオもそれがお目当てでこの宿を選んだってわけ。
 私もさっき用を足すついでに、いろいろ聞いておいた。

 少しして、水で薄めた葡萄酒(ヴィーノ)と、薄切りのパンがバケットに。そして小鉢にたっぷりと、橙色につやつやと輝く()()()がテーブルに置かれた。その他に、クリームチーズに、スモークサーモン、ピクルスなども並んだ。

 そう、イクラだ。鮭の卵の、あのイクラ。
 南部ではこの新鮮なイクラの塩漬けをカヴィアーロと呼んでいて、見目もよく味も良く、ご馳走として供されるのだった。
 成程これは食べる宝石という輝きである。

 リリオは早速大喜びで、薄切りにパンに、えっそんなに、というくらいたっぷりのイクラを盛り付けてパクリとやった。トルンペートが毒見よりも先に食べられて、というよりやっぱりおいしいものを目の前にしてか、同じように、そこまで、というくらいたっぷりとイクラを盛り付けた薄切りパンをパクリとやる。

 その笑顔たるや、料金分以上の満足というところだろう。

「ウルウは食べないんですか?」
「私は別のをお願いしていてね」
「別の?」

 リリオが小首を傾げると、女中が私の前の小鉢を置いた。

「こんな感じでよかったかしら?」
「ええ、完璧。ありがとう」

 それは、丼だった。
 そっと敷き詰めた(リーゾ)の飯に、たっぷりのイクラをかけまわしたイクラ丼だった。

 私は匙を取り、それを早速頂いた。

 口の中で咀嚼し、その瞬間、イクラの甘みと塩気とが爆発するように襲い掛かってくる。ぷちぷちと食感も楽しい歯ごたえののちに、うまみにあふれた甘みと塩気が、口の中にざあっとあふれ出してくるのだった。そしてそのあふれ出したうまみを受け止めるのは、飯だ。白飯だ。記憶のものよりも少しばかり香りに乏しいが、それでも確かに米の飯が、イクラのうまみをたっぷり吸いこんで、舌の上で踊るのだった。

「なっ、なー! 一人で何を美味しそうなもの食べてるんですか!?」
「イクラは君も食べてるじゃない」
「カヴィアーロじゃなくて、その、なんです、そのなんか白いやつ!?」
「これ……もしかして、(リーゾ)?」
「そうだよ」

 少し間をおいて、サプラーイズ、女中が二人の分も持ってきてくれた。
 実はさっき用を足すついでに、買っておいた(リーゾ)を渡してお願いしておいたのだ。

「どうせ私ひとりじゃ食べ切れないしね」

 これにはリリオも大喜びで早速匙を入れ、そしてそのうまみの協奏曲に身もだえするのだった。薄切りパンにクリームチーズやスモークサーモンと一緒にいただくのもとても美味しいのだけれど、私の舌にはこっちの方が慣れている。
 それに暖かい飯に冷たいイクラという温度差の刺激もあるし、丼という一種の野趣ある料理がリリオに似合うんじゃないかとも思ったのだった。
 美味しそうにほおばる姿は、それだけでサプライズの甲斐があった。

 トルンペートはもう少し慎重だった。
 この(リーゾ)というなじみのない相手をそっと匙ですくって、口の中でもぐもぐと味を見る。

「んー……なんかもっちゃもっちゃしてて……味もない……ないわけじゃない……やや甘い感じもするけど……自己主張少ない感じ……そんなに美味しいかしら」

 だろうね、という感じだ。

 正直よほどの米好きでもないと、習慣だからとか馴染みがあるからとかで米を愛好している人のほうが多いだろう。パン食なんかが増えた今、むしろ米はそこまで好きじゃないという層も増えていると聞く。
 しかし米のいい所は懐が深い所だ。いやまあパンだって懐は深いんだろうけど、あえて言うならばって感じだ。

「フムン……ははぁん……なるほどね……この物足りなさがかえって、カヴィアーロのうまみを引き立ててくれるというわけね」

 飯とイクラとを一緒に味わってみて、トルンペートもなるほどとうなずいてくれた。リリオ程ではないにしても、美味しくいただいてくれているようでよかった。私はお米に慣れているからお米好きだけど、必ずしも万人に受けるとは言えないしね、米の飯って。
 多分トルンペートはリゾットとかピラフとかの形にした方が好きだと思う。

 まあ、私の趣味はここまでだ。

「はーい、カヴィアーロのクレム・スパゲートだよー」
「サシミの盛り合わせだよー」
飛魚(フルグフィーショ)の焼き物だよー」
「きゃー!」
「待ってましたー!」

 食べ盛りの二人の為に、追加料金を払っているのだから。







用語解説

葡萄酒(ヴィーノ)
 ブドウから作られるお酒。いわゆるワイン。蜂蜜酒(メディトリンコ)より少し高い。

・イクラ
 鮭の熟した卵を一粒ごと小分けにしたもの。塩漬けやしょうゆ漬けにして食べる。
 帝国ではカヴィアーロと呼ばれ、もっぱら港町でのみ消費されてしまう高級品扱い。
 
・カヴィアーロのクレム・スパゲート
 要するにイクラのクリーム・スパゲッティだ。
 スモークサーモンとバジルを散らして見た目も良く、宝石のような見た目を崩して食べ進めていくのは罪深い味がする。
 もちもちとした南部小麦の柔らかく腰のある食感と、イクラのぷちぷちと弾ける食感が組み合わさり、一口食べればもう逃げられない。
 宿でもおすすめの一品だ。
前回のあらすじ

イクラをはじめとした海鮮料理に舌鼓を打つ三人だった。
食べ過ぎ、注意。







 あんなに美味しいのだから(リーゾ)をいっぱい買っていくべきだと宣言するリリオに、あたしはため息をついた。まあそりゃあ確かに美味しかったかもしれないけれど、あれだって元が美味しいカヴィアーロがあったからだ。(リーゾ)自体がそこまで特別においしいとはあたしには思われなかった。

「トルンペートにはあのゴハンの良さがわからないんです!」
「はいはいわかんないわよ。それに、聞いたけど(リーゾ)ってあの状態までたくのに結構かかるらしいじゃない。鍋占領するし、時間かかるし、旅暮らしのあたしたちにはあんまり現実的じゃないわよ」
「干し(リーゾ)だったらそこまでかかりませんから!」
「それだって安くはないわよ。堅麺麭(ビスクヴィートィ)だってまだ一杯あるんだし、あたし別に(リーゾ)そんなに好きじゃないし」
「雑炊とか煮込みにしてもおいしいはずですからぁ!」
「それこそ堅麺麭(ビスクヴィートィ)で十分よ」

 それに、とあたしは指先を突きつけて黙らせてやる。

「結局旅先でまた美味しいもの見つけてはそればっかり食べるんだから、そのたびに買ってたらきりがないわよ」
「う、うぐう」

 胸に覚えがありすぎるのか、さすがにリリオも黙ってくれた。渋々ではあるけれど。

 ま、あたしだって鬼じゃあない。
 ちゃんとウルウが自分用にって買い込んでいるのは知っている。
 一袋か二袋か、もしかしたら一樽か知らないけど、とにかく隠し持っているのは知っているのだ。一番の料理上手があたしである以上、いつまでも隠し持つことができるとは思わない方がいい。結局あたしに寄越して調理させることになるのだ。

 ともあれ、あたしたちはすっかりお腹もいっぱいで、明日も早いことだから早めに休むことにした。
 ベッドは二つに、ソファが一つあったけど、結局あたしたちは一つのベッドにもぐりこんだ。つまり、ウルウのベッドに。

「もう隠しもしなくなったよね、君ら」
「この布団が気持ち良すぎるのが悪いのよ」

 ニオのなんちゃら布団とかいう、ウルウがいつでもどんな時でも寝るときに使う布団は、恐ろしく柔らかく、心地よい眠りを与えてくれるのだった。そこに三人も潜り込むのだから、暖かさでもいうことはない。

 あたしたちは枕元の明かりを消して、それから暗闇の中で明日のこと、また船を乗ってゆく先のハヴェノのことを話した。

「船は二日ほどでハヴェノにつくそうです。風次第ですけど」
「二日もまた揺られるのか……」
「沖に出れば揺れはそんなに、って言いますけどねえ」
「ご飯も期待できないって聞くけど、どうなのかしら」
「二日くらいの旅程なら、それなりに鮮度のいいものが期待できそうだけど」
「海経験者いないものねえ、あたしたち」
「二日ねえ……魔法とか神官でどうにかならないの?」
「風遣いが乗ってますけど、そこまで旅程の短縮はできないでしょうねえ」
「風の神の神官とかいるのかな」
「もっぱら天狗(ウルカ)だと聞きますね。眷属神の旅の神は信奉者多いですけど」
「旅の神の神殿って移動式らしいわよ」
「こだわるねえ」
「明日は朝一で船が出るそうですから、夜明け頃に起き出した方がいいですね」
「心配なのはリリオだけど……目覚まし用意しとく?」
「なんだっけ、あの、柱時計の小さいやつみたいなのでしょ」
「そうそう」
「リリオが心配だし用意しときましょ」
「あのですねえ」
「起きなくて、角で殴ってようやく起きたの私は忘れてない」
「その節はどうも」

 あの時計は全く不思議な時計だった。リリオの頭をぶん殴っても壊れないし、実に正確に時を刻み続ける。そして事前に合わせた時間になると、リンゴンリンゴン小さな鐘を鳴らすのだけれど、この音を聞くとどんなにまどろみが恋しくてもすっと目が覚めるのだった。

 多分これもウルウの便利道具の一つで、大学の錬金術師にでも見つかったらえらいことになるんだろうなあとは思うけれど、まあ便利なので言わないでおく。

「ハヴェノだっけ」
「うん?」
「次の、リリオのお母さんの故郷」
「ですです。ハヴェノは大きい街ですよ。領主も代官じゃなくて、ハヴェノ伯爵が直々に治めてます」
「伯爵ってどのくらい偉いの?」
「そうですねえ……皇帝の親族が臣下として扱われるときとか、公爵と呼ばれます」
「フムン」
「次いで偉いのが侯爵ですね。普通の貴族としては一番偉いです。もっぱら帝都近くの領地持ちや、領地を持たない宮中貴族だったりしますね」
「その次が伯爵よ。基本的には各地の大きな領地を治めてるのがこの伯爵。もとは大戦のころに武功を上げた各地の豪族なんかだったはずね。下手な侯爵なんかより領地が大きいから、どっちが偉いって言うのは実は難しいんだけど」
「成程」
「次いで子爵、男爵は、上の爵位の貴族や皇族に叙爵された身分で、影響力は領地次第ですね。大きい領地の男爵もいますし、領地が小さくても土地が良い場合もあります」
「その下に騎士や郷士(ヒダールゴ)がいるわけです。あとは、上位の爵位持ちの貴族の嫡子が一つ下の爵位を名乗ったりですかね」
「伯爵さんちの子爵さんという具合だ」
「そんな感じです」
「放浪伯とか辺境伯っていうのは?」
「これはもう別枠ですね。伯とは言いますけれど、そのお役目や特殊性もあって、侯爵に準じるとも言えますし、場合によっては公爵でもないがしろにはできません」
「そんな感じかしら。わかった?」
「ざっくりとは」

 まあ、ハヴェノを納めているのが結構なお偉いさんで、その偉さに見合うくらい立派な町だということが分かればいいか。
 あたしたちはお勉強をしているうちにだんだんと眠気に誘われて、そうしてすっかり眠りにつくのだった。







用語解説

・爵位
 帝国では、皇帝が頂点にあり、その下に貴族たちが仕えている。
 貴族は基本的に公・侯・伯・子・男の順に五つに別れている。

 公爵は皇族が臣籍降下で領地を与えられたときに与えられる爵位。滅多にいない。

 侯爵は主に古代の戦争の際に功績のあったもののうち、身内であった者たち。
 中央に領地を持っていたり、領地を持たない宮中貴族であったりする。
 皇帝の助言機関である元老院のメンバーも、多くは侯爵である。

 伯爵は主に古代の戦争の際に功績のあったもののうち、外様であった者たち。
 多くは中央より外に領地を持っているが、宮中貴族もいる。
 元老院に参加しているものも多い。影響力次第では侯爵以上のものもある。

 子爵、男爵は各差こそあれど団子といった印象。上位貴族の家臣たちなどが取り立てられた貴族である。
 影響力は領地次第。自分の領地を持っているというより、大貴族の領地を任されているという、寄親、寄子といった関係が強い。

 その下に郷士(ヒダールゴ)や騎士といった一代貴族がいるが、この扱いは領地ごとに異なる。

 放浪伯、辺境伯など特別に呼ばれる身分は、伯とは付くが実際には特別な役割を背負った貴族で、完全に別枠。
 非常勤ながら元老院に席を持ち、発言権は極めて大きい。
前回のあらすじ

宿の夜でお勉強。
興味ない人は飛ばしてもよかったんだぜ。







 翌朝、私はリンゴンリンゴンとやかましい時計の音に起こされることもなく、しびれを切らした二人に時計の角でぶん殴られてようやく起きました。
 私の石頭を何度もぶん殴っておきながら全然壊れる様子もないこの時計、ただものではありません。

 私はトルンペートに手伝ってもらって身だしなみを整え、装備を整え、そして心構えを整えました。
 いよいよです。まだあと二日の旅程が残っていますけれど、いよいよ私は母の故郷に辿り着こうとしているのでした。

「ハヴェノについてからの予定は?」
「ハヴェノについてからは、そうですねえ。飛脚(クリエーロ)に手紙を持たせて先触れをしておいて、組合に顔を出して挨拶をして、それから見物でもしながらぶらりと向かいましょうか。途中でご飯を食べていってもいいかもしれません」
「宿はどうするの?」
「メザーガに紹介状を書いてもらっていますから、部屋は母の実家で借りられるはずです」

 私たちは宿を引き払い、まだ薄暗い路地を港へ向かいはじめました。
 町壁の向こうから、朝日が夜のとばりに切れ目を入れるように、そしてゆっくりと開いていくように、差し込んできていました。

「メザーガは実の両親を早くに亡くしていて、従姉弟の両親を、つまり私の祖父母を父母のように慕っていたとのことです。祖父母もメザーガが素直に慕ってくれるので、実の子供同然にかわいがったとのことですよ」
「生粋の冒険屋家族が、実の子供同然にかわいがったっていうのはさ」
「止めましょうよウルウ。あんまり想像するといい話が笑い話になりかねないわ」
「笑えるぐらいだといいんだけど」
「人の母の実家をなんだと思ってるんですかあなたたち」
「人外魔境」
「魔人の住処」
「言い返せないのがつらい所ですけれど、想像でものを言うのはやめましょう」

 船で二日離れたこのバージョの町の冒険屋組合でも散々に言われたくらいです。
 本拠地であるハヴェノについたらいったいどのような扱いを受けているのでしょう、ブランクハーラ家。

 私たちは港近くで、早速朝早くから店を出している屋台を見つけて、さっと朝食を摂っていくことにしました。

 (リーゾ)の粉を練って作ったという麺を、たっぷりの汁に浸して食べるフォーという料理はなかなか美味しいものでした。この麺がいわゆる麺のように紐状ではなく、平たいのも面白いところで、また米粉のどこかざっくりとした歯ごたえは小麦の麺とはまた違った食感で楽しいものです。
 牛こつからとったという出汁はきれいに澄んでいましたがどっしりとしたコクがあり、中に浮かんでいた骨付きの肉は、とろけるように口の中でほぐれるのでした。

 トルンペートは蝦多士(サリコーコ・トースト)という揚げ物を頼んで食べたようでした。これは薄く切った麺麭(パーノ)にエビなどのすり身を挟み込んでたっぷりの油で揚げた料理のようでした。
 一口貰うと、ざっくりとした歯ごたえの揚げ麺麭(パーノ)の中から、ほわっと湯気とともにふわふわのすり身が現れ、これがぷりんぷりんと心地よい歯ごたえとともに、口の中で熱々のまま暴れるのでした。

 また、エビのすり身だけでなく、魚のすり身や、豚肉を用いたものもあるようで、トルンペートははふはふと火傷しないように気を付けながらも、揚げたてを美味しくいただいているのでした。

 ウルウはやっぱり小食で、揚げ甘蕉(バナーノ)を一袋買って、それをちまちま食べているところでした。
 これは以前退治したバナナワニをずっと小さくしたような果物を、丁度良い大きさに切って油で揚げたもののようでした。

 一口貰うと、ふわふわもちもちとした衣からは想像できないほど柔らかくとろっとろにとろけた実が口の中に流れ込み、そしてこの身の甘さと言ったらもう、そこらのお菓子よりもずっと甘いくらいなのでした。かといってくどすぎるということもなく、後を引く甘さです。

 ウルウは私が美味しい美味しいと喜ぶと、少し考えて、こう尋ねました。

「リリオ、以前退治した魔獣を覚えてる?」
「バナナワニですね」
「これは?」
「揚げ甘蕉(バナーノ)ですね」

 ご褒美と言わんばかりにもう一つ口に放り込まれました。

 ウルウ自身は納得いかない様子で首を傾げています。

「なんで今回は甘蕉(バナーノ)なんだ? プルプラのいたずらなのか? なんでバナナじゃないんだ」

 まあ、ウルウにはウルウの悩み事があるのでしょう。わたしにはわからないことみたいなので、そっとしておきます。
 そういえば南部には、あれよりは小さいけれどバナナワニが出ると聞きます。この甘蕉(バナーノ)と同じように揚げたバナナワニもおいしいそうですけれど、海辺の生き物ではないのかバージョでは見かけませんでした。
 いつか食べてみたいものですね。

 私たちは手早く朝食を済ませて、目的の船に乗り込みました。
 そして乗り込んで早々に義手に義足に眼帯に三角帽と、いかにも海賊という風貌の人物と遭遇して思わず抜剣しかけました。

「待て待て。社長のプロテーゾだ」
「えっ、ハヴェノで忙しくしてるんじゃ」
「忙しいから息抜きしているんだ。海賊騒ぎ以来、帝都から五月蠅く連絡が来てな」

 海賊もといプロテーゾさんは、そのいかにも悪役な恰好とは裏腹に、実に紳士的に私たちを甲板に案内してくれました。

「ここが君たちのもっぱらの仕事場だ。暇だったら、邪魔にならん程度なら訓練していてもいいし、舷側に寝椅子でも持ってきて昼寝しててもいい。ただし賊が現れたり、魔獣が出たら、働きぶりは見させてもらうぞ」

 まだ出航まで時間はあるし、船室で休んでいてもいいと言われましたけれど、私たちは朝日に照らされてキラキラと光る海の様子に心を奪われ、もうしばらくここで海を見せてもらうことにした。

「すぐに飽きると思うがね」
「すぐに飽きるから、今のうちに新鮮な心地をたっぷり味わっておくんですよ」
「成程……君はいい旅人になる」

 プロテーゾさんがあちこちに指示を出しながら姿を消して、私たちは改めて海を眺めました。

「奇麗なもんだねえ」
「それに潮の匂いも、すごいですねえ」
「どこまで続いているのかしら」
「どこかの陸地まで」
「ウルウは浪漫がないわね」

 この先に、ハヴェノが、母の実家が待っているのでした。
 メザーガは言いました。覚悟して行くようにと。
 それがどんな意味を持っているのかはわかりません。

 でも、私はもう一人ではありません。
 ウルウと、トルンペートと、三人でなら、きっとどこまでも行けることでしょう。

 夜明けの海に、私たちは新たな冒険を予感するのでした。

「あっ、ごめん、そろそろきつい」
「船酔い早っ!」







用語解説

・フォー
 米粉を練って作った平らな麺。またそれを用いた料理。
 我々の世界ではベトナムあたりでよく食べられる。

蝦多士(サリコーコ・トースト)
 食パンでエビのすり身を包んであげたもので、我々の世界ではハトシなどと呼ばれ、東南アジアや長崎などで食べられる。
 
甘蕉(バナーノ)
 バナナ。なぜこれは現地語に翻訳され、バナナワニは翻訳されないのか。謎である。
 木に成るように見えるが、実は木ではなく分類としては草にあたる。

・プロテーゾ(Protezo)
 ハヴェノでも一、二を争う大きな海運商社の社長。
 見た目はどう見ても海賊の親分でしかない。
 海の神の熱心な信者で、いくつかの加護を得ている。
 義肢はすべて高価な魔法道具である。

前回のあらすじ

船に乗り込み、ハヴェノへ向かう一行。
待ち受けるものは何だろうか。







 丸々二日ほど船に揺られて、三日目の早朝に我々を乗せた輸送船はハヴェノの港に着いた。
 二日もあればさすがに船酔いも大分落ち着き、普通に食事をとって、甲板をうろつきまわれる程度には回復した。とはいえやはり、船旅なんてろくでもないという気持ちは変わらないけれど。

 道中は特に何事もなく、と言いたいところだけれど、一度海賊がやってきた。
 なんでも少し前まで、海賊まで獲物にする貪欲な海賊が出ていて海賊稼業は下火だったらしいのだが、その問題の強い海賊が沈められたので、ようやく仕事ができるとばかり意気揚々と出てきたらしかった。

 護衛船もないのでこの輸送船は格好の獲物に見えたんだろうけれど、プロテーゾとかいうどう見てもお前が海賊の親分だろうという見た目の社長は抜け目のない男で、この輸送船はなんでも海賊退治の時に使った武装商船らしかった。

 海賊船が寄ってきて、舷側をぶつけるようにして縄や網をかけてくるや否や、船の側面がばらりと開いて、ずらりと並んだ大砲がお出ましだ。

 なんでも火薬で鉄球を飛ばすようないわゆる大砲ではなく、最新鋭の魔導砲だとかで、担当する魔術師の魔力を炸薬代わりに、圧縮した空気の塊に爆発の術式を重ねてずどんと打ち込む仕組みであるらしい。これが命中すると、接触した部分を圧縮空気の塊がまず破壊し、次いでこれが勢いよく爆ぜることで内側からずたずたに引き裂くらしい。

 爆発と空気、これほど相性のいいものがあるだろうか、という具合だ。

 この大砲は一門につき一人魔術師をつけなければならない高コストのもののようだったが、魔力さえ扱えれば術師の腕はある程度まで融通が利き、また火薬や砲弾を持ち運ぶ必要がないので省スペースらしい。

 海賊船は接舷するなりこの砲撃を食らって船をずたずたに引き裂かれ、なにくそとこちらの船に乗り込んで白兵戦を仕掛けてきた連中も、暇をもて余していた冒険屋たちにぼろくそに痛めつけられるという見ていて可哀そうになるほど一方的な戦いだった。

 まあ、そこまで一方的になったのは我々《三輪百合(トリ・リリオイ)》、というかそのうち虎二頭のせいだけど。

 普通の冒険屋だけだったらもう少し被害が出たかもしれないんだけど、リリオが抜剣するなり、やあやあ我こそはって具合に《三輪百合(トリ・リリオイ)》の名乗りを上げたら、どうやら南部でもそこそこ話題になっていたみたいで海賊たちが怯んだ。

 それに乗っかって他の冒険屋たちが次々に名乗りを上げるとなんだかそれだけで強そうに見えるものだから、海賊たちはさらに怯んだ。

 そこにリリオが剣を振りかぶって、トルンペートが腰の鉈を抜いて襲い掛かったものだから、海賊たちは逃げようとするやら反撃しようとするやらで崩れに崩れ、そこに他の冒険屋たちも襲い掛かって、いやあ、気迫って言うのは大事だね、あっという間に平らげてしまったのだった。

 驚いたのは社長のプロテーゾで、この人物は右手と左足をそれぞれ簡単な義肢に換え、また左目も眼帯をまいているというのに、真っ先に自分で剣を取って海賊たちに躍りかかったのだった。
 後で聞いてみたところによれば、自分が真っ先に行動しなければ誰もついてこないという商売上の哲学によるものであるらしい。社員からはもう少し大人しくしてほしいと思われているようだが、それでもついてきているものが多いのだから、立派な男ではある。

 そのようにして海賊たちは瞬く間に押し返され、それどころか逆に冒険屋たちは海賊船に乗り込んでいき、海賊たちを一人残らず切り捨て、あるいは生け捕りにしてしまったのだった。
 捕まった海賊たちは縄を打たれて船倉に放り込まれ、海賊船は輸送船に曳航されて港まで運ばれ、懸賞金は冒険屋一同で山分けということになった。これは受け取りに時間がかかるので、プロテーゾが大体このくらいだという分に少し色を付けて分けてくれたので、文句は出なかった。

「いや、いや、いや、まさかあの《三輪百合(トリ・リリオイ)》が我が船に乗っていたとはな」
「どんな噂を?」
「毎朝、乙種魔獣を山盛りにして食べていると聞いたな」
「食べちゃいないけど、あながち間違ってもないのが厄介だな」
「なに、冒険屋の噂などそう言うものだ。少し前に乗せた冒険屋も、朝飯代わりに地竜を平らげているという噂だったよ」
「リリオならいけるんじゃない?」
「地竜はどうですかねえ……飛竜より硬いそうですし」
「飛竜は行けるの?」
「いまなら行けそうです」
「剛毅な連中だ」

 プロテーゾは小さいながらに一等多く海賊を生け捕りにして見せたリリオに感心したようだった。
 そして私もひそかに感心していた。
 リリオにしても、トルンペートにしても、私が見ている前だと悪党を切っても殺したりはしないのである。見ていないところというのがそうそうないので、つまり、いつだってこの二人は、盗賊だろうと海賊だろうと決して殺しはしないのである。

 これに関してはプロテーゾも関心はしながらも、苦言は呈した。

「生かしておいてもろくな連中じゃあない。甘いんじゃあないかね」
「甘いかもしれませんが、でも、そうできるんですから、そうします」
「なまじ実力があるから文句も言えんな。英雄気取りかね」
「気取れるものなら、気取った方が格好いいでしょう」
「負けた。君たちは気持ちのいい冒険屋だな」

 気分もよさそうに冒険屋たちに酒をふるまうプロテーゾの陰で、私は一人恥じらっていた。別に強制したことはないが、わざわざ危険で面倒な生け捕りをこの二人がしているのは、自分のためであるということが今回の件でよくわかったからである。

 なので一言、

「格好良かったよ」

 と言ってやると、二人は驚いて、それからにんまり笑って私を見るものだから、黙って叩いておいた。

 船が港についてからは、騒々しかった。
 船員たちは荷を下ろしていき、また腕っぷしたちが海賊の捕虜たちを連れ出していき、冒険屋たちもおりていった。

「プロテーゾ社長」
「なんだね」
「海賊どもはどうなります?」
「そうだな。衛兵たちに取り調べを受けて、罪の重い者は死罪になる。絞首刑だな。罪の軽いものでも、苦役につかされて働かされる。刑期は決して短くない」

 プロテーゾはじろりと私たちを見つめた。
 それに対して答えるのは私ではないなと譲ると、リリオは胸を張って答えた。

「同じ死ぬのでも、正しい裁きを受けて死ぬ方がよいでしょう」
「青臭いな。だが、嫌いではない」

 私たちは男臭い笑みを浮かべるプロテーゾに別れを告げて、久しぶりの大地に足をつけた。

「……あれで」
「なあに」
「あれで、よかったんでしょうか?」

 連れられて行く海賊たちを眺めながらリリオは呟いた。

「さあね。でも……考えるのをやめるのは、あまり格好良くないかな」
「ウルウは厳しいですね」
「そうかもしれない」

 私たちは港の飛脚(クリエーロ)屋に寄ってブランクハーラ家に先触れの手紙を出し、ゆっくりとハヴェノの町を歩き始めるのだった。







用語解説

・魔導砲
 火薬の代わりに魔力で爆発を起こして砲弾を打ち出す大砲、または魔法そのものを打ち出す大砲。
 ここでは最新式の、指向性の衝撃を打ち出す魔導空気砲とでもいうべきものを搭載している。
 魔力さえ続けば弾数に制限はないものの、威力は操作する魔術師次第である。
 とはいえ、普通の木造船であれば穴をあけるくらいはたやすい威力なのだが。