コールドスリープのために外国に行く日。
彼奴はやって来た。
電子ピアノを片手に持って。
頬には湿布が貼られている。
やっぱり強く殴りすぎたのかもしれない。
乱暴に机の上に置くとコードやらなんやらの準備した。
「急に来たかと思ったら、どうしたの。」
「お前、海外に行くんだろ。じゃあ、もうお前の演奏はきけないから。態々、お前の演奏をきいてやるために準備したんだろ。」
「そっか。」
母さんは此奴にコールドスリープの件を話したのか。
私は此奴との件を母さんに話したことなんてなかったけど、母さんはどこからかそのことを聞き出していたのか。
はたまた、最初から知っていたのかもしれない。
私は、訓練で健康時までとはいかないがそこそこ動くようになった手でピアノを触った。
久しぶりの感覚だ。
記憶の中から昔弾いた曲を弾いていく。
時々、楽譜が思い出せず止まったりするがまた弾き始めた。
楽しかった。
頭の中を色々な思い出が駆け巡って行った。
此奴と初めてであった時、顔を合わせただけで罵られて殴ったこと。
その次の日にまた顔を合わせて、殴り合った。
それが私たちのコミュニケーションの一部になった。
母さんにはしこたま怒られたけど。
学校では結構人気があったんだよね。
クラス外の子とも遊びに行ったことも何度かあるし。
学校外での人気なんて、ずば抜けて良かった。
おじいちゃん、おばあちゃんからの人気は凄かった。
子供たちからも人気だったし。
このまま、皆がいなくなった時代に私は目が覚めるのか。
そんなことを思うと、目の前がぼやけだした。
「やっぱり、嫌かも。」
「何が。」
「一人になるのが。目が覚めた時、きっと知らない人ばかりでしょ。だからね、少し不安になって。」
「ゴリラみたいな奴なのに。ゴリラと同じで繊細なのか。」
ジロリと睨むと、彼奴は「怖い怖い」と言って大袈裟にリアクションをした。
調子の良い奴め。
私はずっと演奏をした。
疲れるまでずっと。