ピアノにそっと手をかける。
かつてあれほど熱中したピアノ。
でも、今は熱意も何も感じない。
感じるのは怠さだけ。
あの触れた時に感じた湧き上がる衝動。
勝手に指が動くようだった。
頭の中に次々と楽譜が書き出されていって、私はそれをレコーダーに録音した。
何度も何度も録音しては消しの繰り返しだった。
自分が思っているように弾けなかったんだ。
私がやりたいのはもっと優しい音で、遠くに届く程に音を響かせてあげたかった。
でも、もうそれもできそうになかった。
幼い頃何度も練習してようやくできるようになった曲も、友達と一緒に弾いて笑いあった曲も。
弾けなかった。
私の全ては全部消えてしまったのだ。
過去を生きた私の全部は。
あとのことは、これからの私が全部してくれるだろう。
「もう、つかれちゃったや。」
口から暗い言葉が零れた。
「大丈夫よ。きっと頑張りすぎただけだから。」
そう言って母さんは頭を撫でる。
私は返事をせずに、口を笑わせた。
「寝ればすぐに良くなるはずよ。」
私は母さんの言う通りに目を閉じた。
きっと、きっと少しの居眠りぐらい誰も咎めはしない。
私は優等生だから。
誰もが認める優等生の私を咎められる人はいないんだから。





だから




だからさ












「泣かないでよ。私も泣きたくなるじゃない」






目の前で光が泣いている。
あれほど輝かしい光を放っていたのに、今では弱々しくて、まるで花みたい。
握りしめたらクシャクシャになってしまいそう。
もう目も見えないのに、どうしてか泣いている姿が想像してしまう。









「《楽しかった》」