夏休みは授業がなくても、スポーツマンにとっては活気溢れる時期だ。
日焼けした身体に汗を流して、クーラーの効いたスタバで地獄からの生還を味わいながらアイスコーヒーを飲んで。お小遣いをやり繰りしながらそんな日々を続けている。
ある日、同じテニス部の親友が私に向かって語ってくれた。
「私さ、夏休みの宿題で図書室に本を借りに行ったんだ。
するとさ、あの子がたくさんの本を積んで読書してて。
すごかったよー」
ふぅん、と私は合の手を入れた。
あの子、というのはもちろん彼のことだ。そういえば、彼は部活には入っていない。入学したての頃は仲良しの子から誘われていたようだけど、やんわりとかわしていた気がする。
もしかしたら、今頃暇を持て余しているのかもしれないな。
「あ、そうそう。
ちょうどいいから聞いてみたいことがあったんだ」
聞いてみたいこと? ストローですすったフラペチーノは口に入ることなく、その場で止まってしまった。
「あの子ってどうなのかな? たまに話してなかったっけ」
ああ、そういうことか。それにしても、今聞くべきことなのか?
ポニーテールにそばかすのある彼女が、面白いもの見たさを全面に出してにやにやしている。
「大人しくてさ、なんかもう少し心が開いてくれたら女子受けしそうな雰囲気があるのにさ」
たしかに、声変わりしたのか尋ねてみたくなるような高い声色だ。
彼女は恋愛感情的なものを探りたいのだろう。とはいえお互いに彼氏がいるわけではないのだけど。
「特にどうということはないんだよ、中学の頃から一緒なだけだよ」
ふぅん、と彼女の返答はそれだけだった。なんだか面白くなさそうな表情を見せていた。
でも、彼が熱心に本を読むなんて何があったんだろう。
「それを聞くのが、君の仕事じゃん?」
......君の彼氏なんだから、と彼女はくすくすと楽しい表情でコーヒーを飲んだ。
どうしてもそういう方向性にしたいらしい。
その時、私のスマートフォンが鳴った。
画面には母親からの着信と表示されている。目の前の人物に断って、その場で電話を受けた。
「......もう、お母さんさ。
チャット送ってくれればいいのにぃ」
語りかける私の言葉はすぐかき消された。
「はいはい、牛乳を買ってくるのね」
ただの買い物の催促に、私は思わず声を上げた。
そして、仕方なくメモ帳を取り出して<牛乳>と書いた。"一番安いやつ"というコメントも添えて。
電話を切ったところで、彼女が声をかけてきた。
「君って、ちゃんとメモ書くんだね。
偉いよ」
私はどちらかといえば物覚えが良い方じゃないと思っているから、つい色々書いてしまうだけだろう。
「ホント、お母さんみたいだもん。
いつもクラスの少数派みたいな子の助けをしているじゃない」
そうだろうか。クラス行事のことがあったとはいえ、ひとりだけ楽しくなかったり悲しい目に遭ったりするのは、私としては放っておけない気がする。
「そういえば、君っていつもボールペンだよね。
授業もそうだし、間違わないの?」
ああ、と私は右手に視線をやった。
「間違っても、頭のゴムで消せるし大丈夫だよ」
私が持っているボールペンは最近発売された特殊なやつだ。頭についているゴムでこすると、発する熱で文字を消すことができる。
<牛乳>の<牛>のところを軽く消してみせた。
ここで、私はつい手を止めてしまった。視線はぼんやりとボールペンに投げられ、全身の動きが固まってしまった。
「......ちょっと、大丈夫?」
私は彼女の呼びかけに慌てて顔を上げるも、薄く作り笑いを見せるしかできなかった。
「......シャープペンシルってなんだか苦手なんだ」
しんみりした空気が包み込むまま、私はふとした言葉を呟いた。
その視線はどこか遠いところを見ていたような気がした。
日焼けした身体に汗を流して、クーラーの効いたスタバで地獄からの生還を味わいながらアイスコーヒーを飲んで。お小遣いをやり繰りしながらそんな日々を続けている。
ある日、同じテニス部の親友が私に向かって語ってくれた。
「私さ、夏休みの宿題で図書室に本を借りに行ったんだ。
するとさ、あの子がたくさんの本を積んで読書してて。
すごかったよー」
ふぅん、と私は合の手を入れた。
あの子、というのはもちろん彼のことだ。そういえば、彼は部活には入っていない。入学したての頃は仲良しの子から誘われていたようだけど、やんわりとかわしていた気がする。
もしかしたら、今頃暇を持て余しているのかもしれないな。
「あ、そうそう。
ちょうどいいから聞いてみたいことがあったんだ」
聞いてみたいこと? ストローですすったフラペチーノは口に入ることなく、その場で止まってしまった。
「あの子ってどうなのかな? たまに話してなかったっけ」
ああ、そういうことか。それにしても、今聞くべきことなのか?
ポニーテールにそばかすのある彼女が、面白いもの見たさを全面に出してにやにやしている。
「大人しくてさ、なんかもう少し心が開いてくれたら女子受けしそうな雰囲気があるのにさ」
たしかに、声変わりしたのか尋ねてみたくなるような高い声色だ。
彼女は恋愛感情的なものを探りたいのだろう。とはいえお互いに彼氏がいるわけではないのだけど。
「特にどうということはないんだよ、中学の頃から一緒なだけだよ」
ふぅん、と彼女の返答はそれだけだった。なんだか面白くなさそうな表情を見せていた。
でも、彼が熱心に本を読むなんて何があったんだろう。
「それを聞くのが、君の仕事じゃん?」
......君の彼氏なんだから、と彼女はくすくすと楽しい表情でコーヒーを飲んだ。
どうしてもそういう方向性にしたいらしい。
その時、私のスマートフォンが鳴った。
画面には母親からの着信と表示されている。目の前の人物に断って、その場で電話を受けた。
「......もう、お母さんさ。
チャット送ってくれればいいのにぃ」
語りかける私の言葉はすぐかき消された。
「はいはい、牛乳を買ってくるのね」
ただの買い物の催促に、私は思わず声を上げた。
そして、仕方なくメモ帳を取り出して<牛乳>と書いた。"一番安いやつ"というコメントも添えて。
電話を切ったところで、彼女が声をかけてきた。
「君って、ちゃんとメモ書くんだね。
偉いよ」
私はどちらかといえば物覚えが良い方じゃないと思っているから、つい色々書いてしまうだけだろう。
「ホント、お母さんみたいだもん。
いつもクラスの少数派みたいな子の助けをしているじゃない」
そうだろうか。クラス行事のことがあったとはいえ、ひとりだけ楽しくなかったり悲しい目に遭ったりするのは、私としては放っておけない気がする。
「そういえば、君っていつもボールペンだよね。
授業もそうだし、間違わないの?」
ああ、と私は右手に視線をやった。
「間違っても、頭のゴムで消せるし大丈夫だよ」
私が持っているボールペンは最近発売された特殊なやつだ。頭についているゴムでこすると、発する熱で文字を消すことができる。
<牛乳>の<牛>のところを軽く消してみせた。
ここで、私はつい手を止めてしまった。視線はぼんやりとボールペンに投げられ、全身の動きが固まってしまった。
「......ちょっと、大丈夫?」
私は彼女の呼びかけに慌てて顔を上げるも、薄く作り笑いを見せるしかできなかった。
「......シャープペンシルってなんだか苦手なんだ」
しんみりした空気が包み込むまま、私はふとした言葉を呟いた。
その視線はどこか遠いところを見ていたような気がした。