電話を切り、僕は凝り固まった肩を回してほぐす。
それから、机の端で気配を消していた分厚い原稿用紙の束を手に取った。パラパラと中身を見れば、懐かしい彼の字がびっしりと並んでいる。
「ふふ、佑馬って昔から字が汚かったんだよね。だけどパソコン使えないもんだからいっつも手書きで」
彼の手はいつ見てもペンだこができていた。
こっちが作品を読みたがるたびに、書いたばかりの原稿用紙を一枚渡してくれた。途中の部分を渡されたって内容は全然わからなかったのに、不思議と惹きつけられた。
そしてそんな彼が、手術が終わった後に読んで欲しいと言っていたのがこの小説だ。本人が言っていた通り、読破するのに何日もかかる超大作だった。
だけど完成されたこの作品は、本当に素晴らしい物だった。
これを読んで僕は作家になることを決意した。この作品をオマージュする形で小説を書き、佑馬の名前と共に世に出したい。これが作家としての最終的な目標だ。
僕が、彼の生きた証拠をこの世に刻み付けるんだ。
それが心臓をくれた恩返し。
もしキミがこの決意を聞いたのなら、きっと、あの日桜の下で見せたような笑顔になるのだろう。
-fin-