ふわりと温かな風がレースカーテンを揺らした。
　僕はパソコンのキーボードを打つ手を止めて外を見る。庭にある蕾が付いた桜の枝は、風を受けて大きく揺れていた。

「もうそんな季節か」

　春。風。桜。この三つがそろうと、自然と思い浮かぶ人がいる。
　高二の春に死んだ、幼なじみ。
　あの日からもう何年も経つ。最後に会ったのが、肌寒くも確実に春の訪れが感じられる、ちょうど今日のような日だった。

「締め切りの原稿は無事終わったことだし、そろそろあれを書くか」

　僕は絶賛売り出し中の小説家だ。
　残念ながら万人を惹きつけられるほどの文才はなく、現在は少しイレギュラーな売り出し方をされている。僕なんかより、幼なじみのあいつの方がずっと良い文章を書いていた。

　──そんな僕が、この時期になると必ずしていることがある。
　幼なじみを、生き返らせるのだ。
　もちろん、普通に考えて死んだ人間を生き返らせることは不可能。しかし、小説の中なら別だ。物語に描けば、何度だって会いたい人に会うことができる。
　僕はパソコンの電源を落とし、引き出しから原稿用紙と鉛筆を取り出した。
　今回は、僕たちが最後に会った日のやりとりを小説にしよう。
　書き出しはそうだな……『満開の桜の木の下で、僕は彼女を待っていた』が良いだろうか。