「……は、、。またか」
もう何回同じ夢を見たか分からない。私の頭の隣では、スマホがアラーム音を鳴らしていた。それを止めながら部屋のカーテンを開ける。視界がぼやけていると思ったら、やっぱり泣いていた。手の甲に涙が垂れて湿った。
「最悪。」
この夢を見た後の、快晴はどうも私を苛立たせた。
制服に身を包んで、部屋を出る。
一階のリビングへ行くと、母が朝食の準備をして待ってくれていた。
「おはよー」
「おはよう…鈴、大丈夫?」
「何が?」
私は自分の姿を見て、思い出した。
私、大学生なんだった。つい癖でクローゼットから高校の頃の制服を引っ張り出してしまった。
「また、夢見たの?」
母は、私と涼のことを知っている。彼の事情のことも。そして、私が度々彼の夢を見て、こうして制服を着てしまうことも。
「無理して大学行かなくてもいいんだからね。彩ちゃんもそう言ってくれてるし。」
「あーうん。大丈夫だから。」
そう言ってもう一度自分の部屋へ戻って、制服を脱ぐ。
「…涼、戻ってきてよ。」
私、涼がいなきゃ生活できないって。
涼は他に好きな人なんて作ってなかった。私と離れるために、嘘をついてただけだった。
涼が別れを告げた次の日、学校へ行くと涼の机の上に花が飾ってあった。意味がわからなくて混乱した私が辿り着いた答えはいじめだった。
生徒は全員登校しているのにも関わらず、教室がしんと静まり返る中で私はひとり、声を上げた。
「涼はどこ?いじめたの誰?…ねぇ!この花瓶、置いたの誰!?最低」
彩が私の肩に手を乗せた。
「私たちは林君をいじめたりなんかしてないよ。涼はもういないんだよ。」
「は?どういうこと?」
そこで、担任が入ってきた。
「おはようございます。みんな、知っているとは思うが、昨日林涼が亡くなった。自殺、だと、聞いている。」
周りの反応を見る限り、みんな本当に知っているようだった。
「え…どういうこと?」
「町野、これ」
私に何やら封筒を渡してきたのは、涼と仲が良かったサッカー部の霧島君という子だった。
「涼は、町野だけには言わないでくれって頼んできたから言わなかった。涼の思いは全部その手紙に書いてあると思う。」
「え?なんのこと?涼が死んだ…?」
自殺。その言葉が私の心を蝕んでいく。何、私のせい?涼がもうこの世にはいないの?頭が混乱して、何も考えられなかった。
「町野、今日は早退しなさい」
担任にそう言われ、彩に手を引かれてしか歩くことができなかった。教室を出る時、私をからかってきた女子たちは、みんな私に申し訳ないような目を向けていた。こんなに教室の雰囲気が重いのは初めてだった。
一緒に早退してくれた彩と近くの公園へ歩く。平日の朝方だからか、公園には誰もいなかった。カラスの鳴き声と車のエンジン音以外は何も聞こえなくて、空気もひんやりと冷たい。私たちは歩いている間、何も話さなかった。不思議と、気まずくなかった。
「鈴…今まで、ずっと、言わなくてごめんね。林君のこと、私たちが守れなくてごめんね…」
彩は泣きながら私に謝った。私はまだ、何も状況を理解できていなかった。
私は黙って、霧島君に渡された封筒を開けた。
『鈴へ
鈴、何にも話さなくてごめんな。鈴のこと信頼してるから悩みは全部吐き出したいと思ったけど、弱い自分を見せるのがどうしても嫌だった。今、鈴はきっと怒ってると思う。本当にごめん。
俺は、鈴と付き合って一ヶ月半くらい経った時に病気が見つかった。膵臓が、悪いんだって。詳しいことは俺の母さんが知ってるから、もし気になったら聞いて。
すぐに鈴に相談しようと思った。でも、まだそんなに辛くなかったから大丈夫だと思ったし、余計な心配させたくなかったんだよ。そのくらい、鈴と他愛ない話をしてるのが幸せだったんだ。
病気が見つかってすぐに、症状が悪化してきた。鈴の前では辛いの見せないようにしてたけど、もしかしたら気づかれてたかもな。実は霧島とかクラスのみんなには鈴に言わないでほしいって頼んだ。嫌な気持ちにさせたこと、申し訳ないと思ってる。
俺の周りのみんなは優しくて、純粋なやつばっかりだから、甘えちゃったんだよなー。あいつらいいやつだよな。
俺は強い人間じゃない。鈴が思ってるほど、優しい人間でもないかもしれない。でも鈴が大好きな気持ちは絶対変わらない。それだけは、ずっと忘れないでいてほしい。
勝手に病気のこと隠して、勝手に逝って、ごめん。我儘だって分かってるけど、
大好きだ。
涼』
読み終えた頃、私の目からは自然と涙が溢れ出していた。
「…何これ。私だけ、知らなかったんだ。」
「……鈴」
「涼は、こんなことして私が喜ぶと思ったのかな。馬鹿みたい……」
私は、涼の辛さに気がついていなかった。あんなに毎日一緒にいたのに、涼の苦しみ一つにも気がついてあげられなかった。それが、一番許せないことだ。
「鈴、林君が自ら死を選んだのは、ちゃんと…理由があるんだよ。」
答えないでいると、彩は通学鞄から私が貰ったものと同じような封筒を取り出した。
「林君さ、クラス全員に手紙書いてたの。林君の部屋の引き出しから見つけたって、林君のお母さんが言ってた。」
その封筒は二つに分かれていて、クラス二十九人分の封筒の束と一人分の封筒が入っていたという。二十九人分の封筒の束を先に渡すよう、涼の字で記されていたらしい。だから、私だけ涼の死に気が付かなかったのだ。
「私の手紙にはこう書いてある。『俺は鈴とこれから一緒に楽しい生活を送れなくなることも、今の治療を受け続けることも辛い。俺、もって二十歳だって医者に言われた。こんなこと中村にいうのもかっこ悪いけど、今が怖い。毎日怖くて、怖くて、死にたくなる』って。」
涼は彩に弱みを見せていた。辛い、苦しいってことを伝えていた。私じゃダメだったんだろうか。
「そんなに、私じゃダメだったんだね…」
「違う。違うよ、鈴。そんなこと言わないで」
「だってそうじゃん!彩にはこんなこと言って、私にはずっと隠してたんでしょ?そんなに頼りないかな、私…」
思わず自嘲気味な笑みが溢れる。私はこれから先ずっと、このことを考えて生きていかなければならない気がした。
「林君は、それだけ鈴が大切だったんだよ。それは、クラスみんなが知ってることだよ。毎日林君、鈴のこと話す時だけめちゃくちゃ嬉しそうだったもん。超幸せオーラ、見せつけてきてたんだから。」
彩がふふっと笑った。こうやって励まそうとしてくれているところが、本当に優しい子だと改めて思う。
「だからさ、鈴。みんなで、乗り越えていこう。思い出して辛いとき絶対あるけど、みんなで慰め合って、生きていかなくちゃ」
「…うん。」
ありがとう、という余裕はまだなかった。でも、私は彩のおかげで少し心が軽くなった。彩も霧島君たちも、みんな辛いんだ。涼は、それだけ大きな力を持ってた。皆を幸せで包み込むような雰囲気で溢れていた。
「じゃあ、行ってくる。」
玄関の扉を開ける。母の「行ってらっしゃい」の声が小さく聞こえた。少しだけ、泣きそうになった。
大学へ進学しても涼のことを忘れた日は一度もない。きっとそれはクラスのみんなも同じだろう。後悔がずっと胸の中に残る。時間はまだ解決してくれないようだ。
大学まで歩いているとスマホが着信を伝えた。彩からだった。
「もしもし」
「鈴ーおはよう。今日墓参り一緒に行こう。霧島たちも行くって」
「もちろん、行こ。なんで電話?」
「鈴と喋りたかったから!なんつって〜」
こうやっていつも明るく接してくれる彩だけど、本当は心配してくれていることは知っている。涼の命日になると、私が夢を見て時々高校の頃の制服を着そうになってしまうのを分かってくれているから。こんなに私のことを考えてくれる友達がいるって、めちゃくちゃ幸せなことだ。私も彩に恩返しできるような人間になりたい。
もうすぐ春が来る。涼との記憶だけは、いつまでも色褪せずに私の背中を押してくれる。
私は一度止めた足を、また一歩ずつ動かし始める。
もう何回同じ夢を見たか分からない。私の頭の隣では、スマホがアラーム音を鳴らしていた。それを止めながら部屋のカーテンを開ける。視界がぼやけていると思ったら、やっぱり泣いていた。手の甲に涙が垂れて湿った。
「最悪。」
この夢を見た後の、快晴はどうも私を苛立たせた。
制服に身を包んで、部屋を出る。
一階のリビングへ行くと、母が朝食の準備をして待ってくれていた。
「おはよー」
「おはよう…鈴、大丈夫?」
「何が?」
私は自分の姿を見て、思い出した。
私、大学生なんだった。つい癖でクローゼットから高校の頃の制服を引っ張り出してしまった。
「また、夢見たの?」
母は、私と涼のことを知っている。彼の事情のことも。そして、私が度々彼の夢を見て、こうして制服を着てしまうことも。
「無理して大学行かなくてもいいんだからね。彩ちゃんもそう言ってくれてるし。」
「あーうん。大丈夫だから。」
そう言ってもう一度自分の部屋へ戻って、制服を脱ぐ。
「…涼、戻ってきてよ。」
私、涼がいなきゃ生活できないって。
涼は他に好きな人なんて作ってなかった。私と離れるために、嘘をついてただけだった。
涼が別れを告げた次の日、学校へ行くと涼の机の上に花が飾ってあった。意味がわからなくて混乱した私が辿り着いた答えはいじめだった。
生徒は全員登校しているのにも関わらず、教室がしんと静まり返る中で私はひとり、声を上げた。
「涼はどこ?いじめたの誰?…ねぇ!この花瓶、置いたの誰!?最低」
彩が私の肩に手を乗せた。
「私たちは林君をいじめたりなんかしてないよ。涼はもういないんだよ。」
「は?どういうこと?」
そこで、担任が入ってきた。
「おはようございます。みんな、知っているとは思うが、昨日林涼が亡くなった。自殺、だと、聞いている。」
周りの反応を見る限り、みんな本当に知っているようだった。
「え…どういうこと?」
「町野、これ」
私に何やら封筒を渡してきたのは、涼と仲が良かったサッカー部の霧島君という子だった。
「涼は、町野だけには言わないでくれって頼んできたから言わなかった。涼の思いは全部その手紙に書いてあると思う。」
「え?なんのこと?涼が死んだ…?」
自殺。その言葉が私の心を蝕んでいく。何、私のせい?涼がもうこの世にはいないの?頭が混乱して、何も考えられなかった。
「町野、今日は早退しなさい」
担任にそう言われ、彩に手を引かれてしか歩くことができなかった。教室を出る時、私をからかってきた女子たちは、みんな私に申し訳ないような目を向けていた。こんなに教室の雰囲気が重いのは初めてだった。
一緒に早退してくれた彩と近くの公園へ歩く。平日の朝方だからか、公園には誰もいなかった。カラスの鳴き声と車のエンジン音以外は何も聞こえなくて、空気もひんやりと冷たい。私たちは歩いている間、何も話さなかった。不思議と、気まずくなかった。
「鈴…今まで、ずっと、言わなくてごめんね。林君のこと、私たちが守れなくてごめんね…」
彩は泣きながら私に謝った。私はまだ、何も状況を理解できていなかった。
私は黙って、霧島君に渡された封筒を開けた。
『鈴へ
鈴、何にも話さなくてごめんな。鈴のこと信頼してるから悩みは全部吐き出したいと思ったけど、弱い自分を見せるのがどうしても嫌だった。今、鈴はきっと怒ってると思う。本当にごめん。
俺は、鈴と付き合って一ヶ月半くらい経った時に病気が見つかった。膵臓が、悪いんだって。詳しいことは俺の母さんが知ってるから、もし気になったら聞いて。
すぐに鈴に相談しようと思った。でも、まだそんなに辛くなかったから大丈夫だと思ったし、余計な心配させたくなかったんだよ。そのくらい、鈴と他愛ない話をしてるのが幸せだったんだ。
病気が見つかってすぐに、症状が悪化してきた。鈴の前では辛いの見せないようにしてたけど、もしかしたら気づかれてたかもな。実は霧島とかクラスのみんなには鈴に言わないでほしいって頼んだ。嫌な気持ちにさせたこと、申し訳ないと思ってる。
俺の周りのみんなは優しくて、純粋なやつばっかりだから、甘えちゃったんだよなー。あいつらいいやつだよな。
俺は強い人間じゃない。鈴が思ってるほど、優しい人間でもないかもしれない。でも鈴が大好きな気持ちは絶対変わらない。それだけは、ずっと忘れないでいてほしい。
勝手に病気のこと隠して、勝手に逝って、ごめん。我儘だって分かってるけど、
大好きだ。
涼』
読み終えた頃、私の目からは自然と涙が溢れ出していた。
「…何これ。私だけ、知らなかったんだ。」
「……鈴」
「涼は、こんなことして私が喜ぶと思ったのかな。馬鹿みたい……」
私は、涼の辛さに気がついていなかった。あんなに毎日一緒にいたのに、涼の苦しみ一つにも気がついてあげられなかった。それが、一番許せないことだ。
「鈴、林君が自ら死を選んだのは、ちゃんと…理由があるんだよ。」
答えないでいると、彩は通学鞄から私が貰ったものと同じような封筒を取り出した。
「林君さ、クラス全員に手紙書いてたの。林君の部屋の引き出しから見つけたって、林君のお母さんが言ってた。」
その封筒は二つに分かれていて、クラス二十九人分の封筒の束と一人分の封筒が入っていたという。二十九人分の封筒の束を先に渡すよう、涼の字で記されていたらしい。だから、私だけ涼の死に気が付かなかったのだ。
「私の手紙にはこう書いてある。『俺は鈴とこれから一緒に楽しい生活を送れなくなることも、今の治療を受け続けることも辛い。俺、もって二十歳だって医者に言われた。こんなこと中村にいうのもかっこ悪いけど、今が怖い。毎日怖くて、怖くて、死にたくなる』って。」
涼は彩に弱みを見せていた。辛い、苦しいってことを伝えていた。私じゃダメだったんだろうか。
「そんなに、私じゃダメだったんだね…」
「違う。違うよ、鈴。そんなこと言わないで」
「だってそうじゃん!彩にはこんなこと言って、私にはずっと隠してたんでしょ?そんなに頼りないかな、私…」
思わず自嘲気味な笑みが溢れる。私はこれから先ずっと、このことを考えて生きていかなければならない気がした。
「林君は、それだけ鈴が大切だったんだよ。それは、クラスみんなが知ってることだよ。毎日林君、鈴のこと話す時だけめちゃくちゃ嬉しそうだったもん。超幸せオーラ、見せつけてきてたんだから。」
彩がふふっと笑った。こうやって励まそうとしてくれているところが、本当に優しい子だと改めて思う。
「だからさ、鈴。みんなで、乗り越えていこう。思い出して辛いとき絶対あるけど、みんなで慰め合って、生きていかなくちゃ」
「…うん。」
ありがとう、という余裕はまだなかった。でも、私は彩のおかげで少し心が軽くなった。彩も霧島君たちも、みんな辛いんだ。涼は、それだけ大きな力を持ってた。皆を幸せで包み込むような雰囲気で溢れていた。
「じゃあ、行ってくる。」
玄関の扉を開ける。母の「行ってらっしゃい」の声が小さく聞こえた。少しだけ、泣きそうになった。
大学へ進学しても涼のことを忘れた日は一度もない。きっとそれはクラスのみんなも同じだろう。後悔がずっと胸の中に残る。時間はまだ解決してくれないようだ。
大学まで歩いているとスマホが着信を伝えた。彩からだった。
「もしもし」
「鈴ーおはよう。今日墓参り一緒に行こう。霧島たちも行くって」
「もちろん、行こ。なんで電話?」
「鈴と喋りたかったから!なんつって〜」
こうやっていつも明るく接してくれる彩だけど、本当は心配してくれていることは知っている。涼の命日になると、私が夢を見て時々高校の頃の制服を着そうになってしまうのを分かってくれているから。こんなに私のことを考えてくれる友達がいるって、めちゃくちゃ幸せなことだ。私も彩に恩返しできるような人間になりたい。
もうすぐ春が来る。涼との記憶だけは、いつまでも色褪せずに私の背中を押してくれる。
私は一度止めた足を、また一歩ずつ動かし始める。